雪桜のふくろう

作者:崎田航輝

 雪深い神社に、一人の少女が訪れていた。
 山道を通る必要があるために、普段から賑わいを見せない神社である。
 桜の季節になれば、神社の木々が美しい桜を咲かせるということで、その時期だけ少しばかり人が増えることはある。
 だが、今日はあいにくの雪。
 道程は完全な雪山登山と言ってもいい状態で、それでなくてもふもとにいくらでも桜の見所がある地域。だからここをわざわざ訪れるものは……少女くらいのものだった。
「本当に、出るのかな……? まさかね」
 少女も、目的も無しにこんなところに来たわけではない。
 階段を上りきると……そこに、雪に降られて煌めいた、満開の桜があった。
 雪桜。
 暖かくなり桜が咲いた後に、雪が降ることで見られる――この地域では珍しい風景だった。
 幽玄な神社の中、ぞっとするほどの美しい景色に、少女は心奪われた。
 そして、ここなら本当に出るかも、と呟く。
「“雪桜に現れる死の使者”……か。人のいない神社なんかで、雪桜に出会うと……使者に命を持って行かれる。変な噂だと思ったけど……」
 でも、変な噂だからこそ、興味を持ったのだ。
 粉雪が舞う中で、満開の桜がそよぐ様を眺めながら……それでも現実離れしたこの光景には、そんな噂は合っているのかも知れなかった。
 しかし――直後、少女が見たのは、使者ではなく不思議な女性だった。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 第五の魔女・アウゲイアス。
 アウゲイアスは、手に持った鍵で少女の心臓をひと突きする。
 少女は意識を失い――奪われた『興味』から、その横に、真っ白なものが出現した。
 それはフクロウの形をしている。
 死の使いとも言われる事もある、深い目をした姿。
 凛、と神楽鈴の音が鳴った。
 そのフクロウは音と共に、飛び立った。人々の前に現れ、命を攫っていくために。

「雪に桜、幻想的な風景ですね」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は集まったケルベロスたちに、そんなことを言った。
 それから改めて見回す。
「ドリームイーターの出現が予知されました。人の『興味』を奪うタイプのもののようで――山間の神社にて、少女の興味により、生まれるようですね」
 ドリームイーターは、そこから飛び立ち、人を襲うだろう。
 それを、未然に防ぎ、少女を助けることが必要だ。
「皆さんには、このドリームイーターの撃破をお願い致します」

 それでは詳細の説明を、とセリカは続ける。
「敵は、フクロウの姿をしたドリームイーターが1体。場所は、神社の境内です」
 山間にある神社であり、雪深い状況となっている。
 ただ、他の一般人の姿は全く無いので、避難誘導などを行う必要は無いだろう。
 ケルベロスが神社に着いた時点で、ドリームイーターはすでにいないが……死の使者という噂について興味を持つそぶりをしたり、噂したりしていれば、誘き寄せることは出来る。
「一度誘き寄せれば、あとは戦うだけです」
 ドリームイーターを倒せば、少女も目を覚ますことが出来るだろうと言った。
「ドリームイーターの能力は、神楽鈴を鳴らす遠単麻痺攻撃、体当たりによる近単武器封じ攻撃、自己回復の3つです」
 さて、とセリカは少し口調を変えた。
「無事に敵を撃破出来たら、折角の雪桜ですから、観賞していってもいいかも知れませんね」
 神社なので、参拝をするのもいいだろう。いつもとは少し違った風景の中で、桜を感じることが出来るかも知れません、とセリカは言った。
「それでは、皆さんの健闘をお祈りしています」


参加者
ルヴィル・コールディ(黒翼の祓刀・e00824)
卯京・若雪(花雪・e01967)
クラム・クロウチ(幻想は響かない・e03458)
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)
月原・煌介(泡沫夜話・e09504)
クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)

■リプレイ

●梟
 粉雪が、景色を白く染めている。
 そんな中、さくりさくりと雪を踏みしめ、ケルベロス達は山道を神社まで上っていた。
「パッチワークの魔女による被害も、一向に減りませんね……」
 上着を着込んだイリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)が、白い息を吐く。
 近づく境内を見ながら、ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)は頷いた。
「今回も、あるいはアウゲイアスが本当の死の使者になる、か。そうならぬよう、全力を尽くさなければな」
 それには皆もまた頷きを返し……神社へと入る。
 少女はすぐに見つかった。
 皆は、倒れている彼女を、駆けつけてくれた他の仲間達の手伝いで保護。
 その後改めて、皆で境内に立ち、準備を整えた。
 曰く、梟の誘き寄せには噂が必要だ。だから皆は周囲を確認しながら、それを始めた。
「――この雪桜、神秘的だよな~! 噂の死の使者が現れそうな気がするよ」
 と、桜を見上げるのはルヴィル・コールディ(黒翼の祓刀・e00824)。いつも通りのような朗らかな声を、雪の合間に響かせる。
 そうだね、と応ずるのは月原・煌介(泡沫夜話・e09504)。
「“雪桜に現れる死の使者”……本当なら、見てみたいね」
 煌介もまた、普段通りの柔らかな声音。だがその目は、辺りをくまなく警戒している。
 卯京・若雪(花雪・e01967)も、背中合わせに広く視線を走らせつつ、言葉を途切れさせない。
「梟の姿をしているとか。古来より白い生物は神聖や吉兆の象徴とされる事も多いですが……梟は、死の象徴と忌まれたそうですね」
「神聖なのに、死の象徴ですか。不思議……だからこそ、こんな幻想的な場所なら現れてもおかしくないのかも知れないですね……」
 イリスも言葉を継ぎながら……意識を集中させる。
 するとそこに、凛、凛、と響く音があった。
 音は、まだ遠い。クラム・クロウチ(幻想は響かない・e03458)はそれに気付きながらも、話を続けた。
「あんまりにも幻想的な光景を前にすると、この世以外のものを連想しちまう事もあるとは言うが……確かに、この光景なら分からなくも……ねェわな」
「桜が散ることと死生観が結びつきやすいのかもな。または、本当に死の使者が――この光景に惹かれるのか」
 ビーツーは音が確実に近づくのを感じる。
 外国人観光客を装うヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)は、周辺をスマートフォンで撮影しつつ――その方向へレンズを向けた。
「……是非、写真に収めてみたいものだな、その姿を」
「耳を澄ませば……使者の声も、聴こえてくるかもよ」
 と、クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)が、その中性的な声でぽつりと言った時だ。
 ばさり、と桜の間から花弁が散る。
 同時に、飛び出してきたのは――白い梟。
 若雪は見上げながら、既に刀を抜いていた。
「……出来れば、このまま静かに過ごしたい所でしたが――災いの芽は、早急に摘み取ると致しましょうか」

 飛来した梟は、攻撃的な間合いを取っていた。
 接近するために、そのまままっすぐ羽ばたいてくる――が。
「先手を取るつもりだったようだが。……遅いな」
 マズルフラッシュが閃き、梟を弾丸が襲う。梟の速度を正確に見切った、ヴォルフの射撃だ。
 正面からの衝撃を受け、梟は宙でもたつく。
 と、その直下の地面にある礫が、まるでマグマのように火を纏っていた。
 その能力は、『炎礫射撃』――ビーツーが手を微かに動かすと、礫は上方に飛翔。炎の固まりのようになって、梟を打つ。
 ビーツーの手振りと同時、ボクスドラゴンのボクスも飛んでいた。以心伝心、ビーツーの攻撃と連なるように、体に纏う白橙色の炎と同じ、火山属性のブレスを浴びせた。
「よし。このまま、短期戦といこう」
「了解です!」
 ビーツーに応えたイリスは、飛びすさる梟に、刀を突きつけて見せた。
「銀天剣、イリス・フルーリア――参ります!」
 名乗りを上げ、放つのは『銀天剣・零の斬』。
 地を蹴ると、全天から光を集め、輝いた刀で一閃。時間の停止した梟へ――さらに、翼から光を溢れさせ、それを無数の剣にして斬撃を見舞った。
 小さく鳴き声を上げつつも、梟は神楽鈴をイリスへと鳴らす。
 だが――その衝撃を、飛び込んだルヴィルが庇っていた。
「わっ、と、やらせないよ~!」
 直後、すかさずテレビウムの櫛々が画面を発光。ルヴィルを癒していく。
「くしくし~ありがとう!」
 櫛々が画面をちかちかさせ応えていると、ルヴィルは長く鋭い針状のものを手にし、くるりと器用に回転させる。
 狙いを、白い梟へ正確に定めた。
「その姿、すっごい、雪桜にあってる感じだけど! ――危ないからここで退治させてもらうよ!」
 同時、振り下ろす。『空縫の楔』……その一撃が梟を穿ち、動きを止めた。
 その間に、煌介は『夜梟流翔』を行使。金色の梟を、飛び立たせている。
「梟の姿はひとつだけじゃない……。戦女神の使い、知恵の神……俺の内なる梟で――勝負、だ」
 金の梟は仲間に羽毛の雪を散らせ、その知覚能力を向上させた。
 一方、白の梟は、動き出して再び接近を試みている。
 が……そこへ若雪が跳躍し、流れるような動きで刀を振るっていた。
「――咲き誇れ」
 漂う優しい花香は、ここに咲く桜だけにあらず――『花眩の舞』で作られた傷に、幻の花が絡みつき、梟の飛行を困難にさせていく。
 梟は高度を落としながらも、同時に体当たりを仕掛けようとしている。
 だがそこを、クラムの轟竜砲が吹っ飛ばした。
「――近づかせねェよ」
 同時、クラムのボクスドラゴン、クエレも暗色のブレスをしかけると、梟は一度、煽られて地に落ちた。
「このまま削りきるぞ」
「うん。……お師匠、援護をお願いね」
 クラムに応えるクローネは、手をのばす。
 オルトロスのお師匠が敵へ駆け、剣撃を喰らわせると同時……クローネは目映いばかりの光線を発射。梟の片翼を石化させていった。

 梟は、翼を固められつつも……残る翼で無理に飛び、再度攻撃を仕掛けてくる。
 そこへ再び、クラムは砲口を向けていた。
「これなら、どうだ?」
 直後、白い光の奔流を迸らせる。雪を散らせながら伸びる、氷柱のような光線が、梟の体を蝕むように凍らせていく。
 ルヴィルがそこへケルベロスチェインを伸ばし、締め上げた。すると梟の凍った部分が、微かに欠けていく。
「きっと、もうすぐ倒せるよ~! みんな頑張ろう~!」
「そうですね、最後まで、油断せずに……!」
 イリスは、拘束を逃れようとする梟へ、炎を撃ち出す。
 燃え上がる梟は、しばし暴れるように、縦横を飛び回る。
 若雪は、それに追い縋ることもなく、粉雪と桜を背後に、静かに剣線が通る一瞬を見極めていた。
「目と心を奪われる、名残の雪と桜の共演――然れど命迄は奪われぬように。静謐を乱し不条理な死を齎す紛い物には、一場の夢と消えて頂きましょう」
 瞬間、弧を描く斬撃を繰り出し、梟の体を深々と斬る。
 悲鳴を上げた梟は――それでも必死の様子で体当たりを敢行。だが他の誰かへ届く前に、お師匠が走り込み、ダメージを肩代わりした。
「助かるが、平気だろうか」
「お師匠は、これでも結構頑丈……多分。とにかく、よくやった」
 ビーツーに、クローネはそんなことを言いつつ……マインドシールドを展開してすぐにお師匠を回復させた。
 頷いたビーツーは、既に攻撃態勢を取っている。フロストレーザーを放ち、正確な狙いで梟の体力を削り取っていくと……。
 満身創痍の梟へ、ヴォルフと煌介が狙いをつけている。
「これで、終わりだ」
 ヴォルフがレゾナンスグリードで梟の体を喰らっていくと……煌介は炎をたたえた竜の幻影を撃ち出していた。
「罪と破壊の王成らざりし。――逝け」
 その衝撃が、梟を四散させ、燃やし尽くした。
 ……武器を締まったヴォルフは、敵が消えた跡から、すぐに視線を外す。
 ヴォルフにとって、敵はただの殺すための対象に過ぎない。だから、敵が消えれば、興味を失うだけだった。

「終わったね~!」
 戦闘後、雪降る神社にルヴィルの声が響く。
 危険もなくなったことで……皆は早速少女を介抱し、周囲の荒れた部分を片付けていた。
「大丈夫ですか?」
 と、イリスが声をかけると、少女はありがとうございました、と頭を下げていた。
「怪我などがなく、なりよりだ」
 ビーツーも、少女の無事を確認すると……見上げるようにして言う。
「では、雪桜観賞といくか」
 それを機に皆は三々五々、雪の桜を見に、歩き出す。

●雪と桜
 はらはらと降る雪の中……温かな湯気が立ち上る。
「お疲れ様でした、どうぞ一息――」
 と、若雪や、少女にもお茶を差し入れるのは北郷・千鶴だ。
「ありがとうございます。千鶴さん」
 柔らかい笑みで受け取る若雪。楚々とした仕草で差し出されたそれを、少女も頭を下げて飲んでいた。
 少女がお礼を言って、帰っていくと……若雪は千鶴と共に、木造の屋根のある一角へ。その近くにもまた雪桜があり、静かな空気の中、観ることが出来た。
 見上げれば雪の中、桜が儚くも力強く咲き誇る。
「美しい、ですね」
「ええ」
 千鶴は応えると、津々とした空気の中、若雪に目をやる。
「雪と桜とは――何処か親近感がわく様な、不思議な気持ちになる光景ですね」
「そうですね。まるで、何かの巡り合わせのようです」
 桜花纏う千鶴。雪の名を持つ自分。若雪は、風景にある桜と雪との対比を思った。あるいはこれも、ひとつの縁だろうか。
 と、ウイングキャットの鈴が、寒くなったのか千鶴にごろごろとすり寄る。
 若雪は微笑ましく笑みをこぼし、また桜を見上げた。千鶴も顔を上げる。
「移ろい行く季節の、素晴らしい情景ですね」
「千鶴さんと楽しめることが、何よりの幸いです」
 それだけで心が温まる、というように若雪は言った。
「私こそ――こうして、共に貴重な思い出を重ねられる事、感謝しています」
 千鶴も静かに返した。
 心地よい空気がしばし、2人を包む。
 それから2人は、社にお参りに赴いた。
 若雪は今日この日、平和を守れたことを思う。
 そして、祈った。願わくは、この先もこの情景や平穏を護って行けるように。
 ――どうかご加護を。
 社を出た2人は、雪桜の中、歩き出した。

●苦く甘く
 桜の横の石柵に、長船・影光は僅かに寄りかかるようにして立っていた。
 しばし、さらさらと雪音だけが耳朶を打つ中……そこへクラムが歩いてきた。
「ほれ」
 と、クラムは持っていたものを放る。
 影光は片手でそれをぱし、と受け取ってから確認した。
「……コーヒーか」
「あァ。やるよ。だいぶ甘いやつだけどな」
 寒い中、少しの湯気を上げる、缶コーヒー。
 クラムも影光の横に並んで、少し寄りかかった。
「飲めよ。ブラックばッか飲むのは、別に好みだからッてわけじャねェんだろ?」
「そう、だな……。味の好みは、特には無い」
「じゃ、問題ねェな」
 影光は短い時間、見下ろしてから……熱いうちにプルタブを開け、一口飲んだ。
 すると、クエレがぱたぱたと羽ばたき……影光になついている。
 クラムは息をつき、桜を見上げた。
「ま、何かしら抱えてんのは見てりャ分かる。俺も似たようなもんだしな」
「……」
 影光はそれに一瞬、黙していた。
 ――元暗殺者の現英雄志望。
 己の血塗られた手では、目指す英雄へは至れない。さりとて諦めきれず、足掻き続ける。
 だから影光の思考や表情は、普段から暗さの中にある。悲観的に過ぎるほどに。
「――だからッて、四六時中沈む必要はねェさ。綺麗なもんを見て、甘さに浸ッて、そういう時間も、たまには、な」
 クラムが言った。
「……甘いコーヒーも悪かねェだろ?」
「……ああ。……確かに悪くない、な」
 それが変わるかどうかは、分からない。
 でも、影光は思い遣りへの感謝のこもった一言を返した。
「――有難う」
 苦みの入り混じった甘さが、雪に溶けていく。

●温もり
 皆が花見へと向かう中、レッドレーク・レッドレッドはその場に立ち止まり……改めて、クローネを見下ろしていた。
「クローネ、お師匠、本当に怪我はないか?」
「うん、ぼくは大丈夫だよ」
 クローネが応えると、お師匠もわふぅ、と鳴き声を返す。
 レッドレークは呵々と笑った。
「そうか! 無事なら重畳だ!」
「ふふ、レッドも手伝ってくれてありがとう」
 2人で少しばかり笑みを酌み交わす。
 そして、2人はゆっくりと桜の間を歩き出し、綺麗に観られる場所を探しながら、道中も観賞していくことにした。
 と、少し進んだところでレッドレークが立ち止まる。
「この天気では流石に寒いな」
 取り出した水筒型の保温容器からカップに注ぐのは……ミネストローネスープ。
「わ、いい匂い、だね」
「沢山作ってきたので、コレでも飲んで温まってくれ!」
 差し出されたそれを、クローネは少し啜り、目を細める。
「丁度、あったかいものが恋しいと思ってたんだ……嬉しい」
「是非おかわりもしてくれ」
 そんなふうにしばし2人で暖を取ったあと……一面、満開の桜と雪が観られる場所に着いた。
 クローネは四方を見回す。
「冬の雪と春の桜が、一緒に見られるなんて不思議だよね」
「うむ。季節の変わり目にはこんな事も起こるのだな。桜に雪が積もって重そうなのが少々気の毒だが……沢山花が広がっているようにも見えるな!」
 見れば、粉雪が降るたびに、それが桜に積もり――その度に花が煌びやかな成長を見せているようでもあった。
 そして風が吹けば、雪と共に花弁が舞う。
「あれも幻想的で、美しい風景だな」
「うん。ピンク色の混ざった吹雪……温かい色が優しくて、綺麗で、なんだか、夢の世界に迷い込んだみたい」
「一緒に見られて嬉しいぞ、クローネ」
「ぼくもだよ、レッド」
 クローネは桜を彷彿とさせるような、淡く穏やかな笑みを返す。
 普段見られない光景を、大好きな温もりに寄り添い楽しむ――贅沢な一時を、胸の中で実感しながら。

●雪桜
 皆で花見をしようということに決まった後……。
 煌介は一度、参道を歩いて拝殿までやってきていた。
 雪の中でも、変わらず厳然としたその建物へと、煌介は階段を上がって参拝した。
「荒らしてしまって、失礼……」
 舞う雪の中で……その静かな声は、しかし確かに届いたことだろう。
 と、階段を下りた煌介に、近くにいたイリスが行き会う。
「おや……イリス。君も参拝、かな」
「あ、私は一応、この辺りも被害がないか確かめようと思いまして」
 イリスは応えると、社殿の方を見る。
「でも、参拝はするつもりです。お花見の後にしようかなーと」
「そう。それなら、まずは皆に合流しようか……」
 頷くイリスと、煌介は歩き出し……桜の多い一帯に戻る。
 そこではビーツーやヴォルフが、花見の体勢を整えていた。雪の薄い場所へと陣取り、既に美しい桜を見上げている。
 寒空ではあるが、ビーツーはボクスを両腕に緩やかに抱き、暖を取っていた。
「花見だ~!」
 と、向こうから走ってきたルヴィルは、首にマフラーをまきまき。防寒対策はばっちりといった様子だった。
 ただ、ルヴィルはそれだけではなく、その手に徳利とお猪口を持っていた。
 ビーツーは半ば感心するように口を開く。
「随分と用意がいいのだな」
「寒い中での熱燗、最高だからな~! 飲みたい人は言ってなー」
 ルヴィルはそう言って笑顔で座っていた。
 煌介は、自身が用意していた保温容器を取り出す。
「温かいもの、なら……紅茶も用意してきたよ。どう、かな」
「紅茶か。では、いただこうか」
 ビーツーが応えると、煌介は早速注ぐ。
 桜の香りと温かい湯気が、ふわりと広がる。煌介は皆に、それを振る舞った。
「あ、もし足らんくなったら俺も紅茶持ってきてるから。義兄、俺の飲む?」
 と、言うのは……月宮・朔耶だ。
 ちょこんと座り花見に参加する義妹を、ヴォルフは見る。
「朔耶……来てたのか」
「来てたのかとはあんまりな。可愛い義妹やで? というか、手伝ってたやん。色々」
「……わかってるよ」
 ヴォルフは言うと、一応紅茶を受け取っていた。それから、朔耶が桜餅を出したので、とりあえずそれも。
「それにしても、いい景色やね」
「そうだな」
 と、朔耶のその言葉には、ヴォルフも頷く。
 仲睦まじげな様子は、正しく兄妹とも言える雰囲気だった。
 煌介も改めて、雪桜を見上げた。美しい粉雪が、可憐な花びらを彩っている。
「桜と雪……見事だ、ね。風流って、こういうの、だね……」
「うん、風流風流~! お酒ともよく合うな~!」
 ルヴィルは上機嫌に、猪口を傾けていた。
 しばし仰いでいたビーツーは、ポツリと口を開く。
「やはり桜は、憂いなく見てこそだな」
「そう、だね……。この景色を、共に守れて良かった、よ」
 そう言った煌介は、皆を眺め、優しく微笑していた。これもまた桜と同じく、守り、手に入れた景色。
 その後、いいところで、帰ろうかということになり……。
 イリスは最後に、拝殿に訪れて祈りを上げた。
「あなたとずっと一緒に居られますように……」
 雪の中の温かさのような、淡く、しかし確かな思いであったろうか。
 イリスが帰ると、神社は静かになる。それでも今しばらく……雪は桜を美しく飾り立てていた。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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