悠久の花唐草

作者:五月町

●始まりの風
 春風と呼ぶにはまだ早い冷ややかな風が、露わな肩や脚に吹き寄せる。それでも震えのひとつも見せず、レオタードの女は遠い山裾を見つめていた。
「──お待たせ致した」
「螺旋忍軍が一角、葵、嵐、ここに」
「早かったですね」
 唐突に背後に現れたそっくりな男たちへ世辞をひとつ、レオタードの女──ミス・バタフライは、では、と艶やかな唇だけで微笑んだ。
「貴方達に使命を与えます。あの山裾に工房を構えた頑固な職人……なんでも、型染めを生業としているとか。その職人と接触し、その仕事内容を確認。可能ならば習得しなさい。そしてその後は──」
「息の根を止めよ。そういうことで宜しいか」
「察しが良くて助かります」
「グラビティ・チェインは」
「奪っても奪わなくとも構わないわ。いずれ私達の利になることには変わりない」
「御意」
 託された男たちが煙のように掻き消える。凍てつく風に、迷いなき声を残して。
「我ら、最初の風とならん」
「些少な風ひとつ、如何に情勢を揺るがす大風となるか──とくと御覧あれ」

●手仕事に仕うひと
「厄介な仕事?」
 ミス・バタフライの次の狙いが分かった。そうケルベロス達に告げたグアン・エケベリア(霜鱗のヘリオライダー・en0181)の、続く言葉が少しばかり曇ったのを、茅森・幹(紅玉・en0226)は耳聡く聞き咎めた。
「ああ、いや、仕事自体は単純だ。奴さん──ミス・バタフライの手合いは知ってるな?」
 珍しい職を持つ人間から、技術や情報を得た上で殺害する螺旋忍軍のひとり。起こすのは一見して彼らの利になるとは思えない事件ばかりだが、彼女の『風桶の術』により、やがて大きく螺旋忍軍に利する事態へ発展するらしい。
「奴さんが使わす二人の螺旋忍軍より先に、職人……今回は、草木柄の紙型を使った染め物を生業にする爺さんになるが、その人に会って仕事を学び、技術を身に付けて爺さんの身代わりに連中と会い、返り討ちにする。そういう流れなんだが」
「染め物かー、いかにも職人って感じだね。頑固一徹! みたいなさ」
「厄介ってのはそこなんだ。今回狙われているのは、善次って爺さんでな」
 苦笑いのグアン曰く、仕事一筋の職人気質で有名な善次は、興味本位に仕事に触れられることを好まないらしい。
 修行体験の申し入れになんとか頷いてはもらったものの、半端な心意気ならば叩き出す! ──と息巻いているという。
「うわ、気難しい人なんだ」
「職人気質って奴なんだろうな。だが、爺さんの命を守る為には、なんとしても敵にあんた方の誰かを職人と信じさせる必要がある。その為には、あんた方の働きを爺さんに認めさせ、最低でも見習い程度の力量まで育てて貰わにゃならん」
 目の前で真摯に取り組む姿が頑なな考えを改める契機になれば、指導にも気の入ろうというもの。
 言葉より行動だ、とグアンは仲間を励ました。
 段取りが上手く行けば、戦いはケルベロスの得意とするところだ。善次を工房の奥に匿い、二人の螺旋忍軍と戦うことになる。
「善次さんを別の場所に逃がす訳にはいかない?」
「逃がせば襲撃そのものがなくなる可能性があるんでな。発生しないものは防げない。次に予知に掛かるかも定かじゃあない」
 現れる二人は、巧みな投具捌きと連携を誇る軽業師の兄弟。野放しにすれば、ひとつ、ふたつと新たな被害を生むことは想像に難くない。
「だが、戦いに関しちゃああんた方も手練れだからな。奴さんらに遅れを取りはしないだろう?」
「戦いだけじゃないよ。ね、みんな」
 持ち上げる口の端で信を示すグアンに、幹はにかっと歯を見せて、仲間と共にする思いを口にした。
「俺達の熱意で、きっと善次さんを唸らせてみせる! ──そうだよね?」
 返る顔はさまざまに、その胸には決意を込めて、ケルベロス達はヘリオンに乗り込んでいく。
 布の上に無限に伸びゆく唐草紋様のように、未来へ続いていく筈の技、紡ぐ職人の息遣い。どちらも摘み取らせる気など、彼らには些かもない。


参加者
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)
疎影・ヒコ(吉兆の百花魁・e00998)
クラル・ファルブロス(透きとおる逍遥・e12620)
クー・アアルト(レヴォントゥレット・e13956)
左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)
ウバ・アマムル(風の随・e28366)
錦織・海(廻・e30356)

■リプレイ


「始めに言っとくが、味見してぇだけなら今ここで帰れ」
 礼儀正しい挨拶にも眼差しを緩めることなく、腕組みした職人はそう言い放った。
「ちょっと舐めてみてぇだけの奴に教える事は何もねぇんだ。おめぇさん方にも時間の無駄……」
 ──だ、と言い切る声が、居並ぶケルベロス達の顔を一巡りして止まる。
「無駄にはならない──ううん、しない。携わる事ができて嬉しい。貴重な機会、とても有難く思っている」
「同じく、感謝を。こんな形で日本の伝統に触れることができるとは」
 怯むどころか柔和な笑みを浮かべ、アキト・ミルヒシュトラーセ(紫穹・e16499)が感謝を告げる。頷いたウバ・アマムル(風の随・e28366)が緩めた眼差しも真摯なものだ。
「誠心誠意で、真剣に事に当たらせていただこう」
 本来要する筈の膨大な修練の時間を、恐れ多くも短縮して技を得ようと云うのだから──と、ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)も真直ぐ職人を見つめ返す。悪戯めいたり戦意に華やいだり、鮮やかな色を見せる瞳には、今日は意欲が煌めき、言葉には決意が滲む。
 表情も言葉もそれぞれながら、誰ひとりとして始まる修行を軽んずる様子はない。
 凛と背筋の伸びた青年──疎影・ヒコ(吉兆の百花魁・e00998)が前に進み出た。苔色の瞳は実直に、明確な敬意を宿して善次へ向かう。
「厳しい修行は承知の上だ。……どうか宜しく願います」
 真剣な顔が下げた頭の向こうに消えると、すぐさま左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)が隣へ踏み出す。
「世話になります、師匠!」
 二人に続き、全員が頭を下げた。職人の足許で、踏みしめた砂がぎゅっと鳴く。そして、
「……ついてこい」
 工房へ身を翻した善次の声からは、少しだけ棘が消えた──ように彼らには思われたのだった。

「これが花唐草……」
 数ある図案から職人が得意とするその柄を選び取ったクー・アアルト(レヴォントゥレット・e13956)は、澄んだ空色の瞳を瞬かせ、慈しむように見つめる。
「染めるもんの腕次第で連綿と広がっていく模様だ。完成なんぞないと思い知らされる、そういう柄だ」
 わかるかと問う職人に、クーは素直に頷いた。
「美しく連なる様は、連綿と受け継がれてきた技と想いそのものなんだな。それが自然と重なっている。……故郷を思い出すな」
 型紙に写し書く線に集中力を吸い込まれ、クーの言葉が絶える。
 沈黙が緊張から熱中のそれに変わっていく。いくつかの手が止まった頃、彫り刀を持ち出した善次は皆の視線を促し、次の作業の説明を始めた。
「切り出しはこう。刃の角度はこうだ。こまい部分は先を焦るな。端からあんたらに速さは求めとらん」
 迷いのない手の動きを食い入るように見つめ、一言一言を胸に刻みつけるように聞いて、錦織・海(廻・e30356)はその動きを慎重に真似ていく。惜しまず貸し出された道具を損なうことがないよう、丁寧に大切に──意思が透ける扱いに、善次は探るような眼を向けている。
「……ここから既に繊細さが必要となるのですね」
 細やかな紋様を写し出した型紙にほうと息を溢し、クラル・ファルブロス(透きとおる逍遥・e12620)は小さな彫り刀をそっと紙に刺し入れた。ひとたび彫り始めてしまえば、日頃の無気力などどこにもない。指先に集中していく意識は、覗き込む善次の厳しい視線も気にならない程だ。
「曲線が難しいね。……線一つにここまで時間がかかるとは」
 奥深いものだと呟きながらも、刃の先に込めた力は緩めることなく。引ききった曲線が美しい桐紋を抜き出せば、ウバの唇に微かな笑みが浮かぶ。
「これは引彫りになるのかな。曲線を切り抜くには突き彫りという技法もあるようだけど、善次殿の工房では使われるのだろうか」
「……よく調べてきたもんだ」
 ぽつりと独り言ち、別の彫り刀を手に取った善次は、同じ桐紋をまるで味の違う線に切り出してみせる。
「仕上がりに求めるもんが違えば道具も変わる。だが、半端に手を出せば全部が半端にしかならん」
「成程、道理だ。では、まずは最初の手法をきっちりと修めよう」
 長年の修練を経た人の言葉は、素直に胸に染み込んでくる。再び型紙に向き合うウバの手許に頷いた善次は、不意に順調に彫り進める十郎へ声をかけた。
「器用さに甘えるな。慢心は容赦なく刃を鈍らせる。慣れに甘えて気が入ってねえ彫りは一目見りゃ分かるぞ」
「っ、はい、師匠」
 止める声に、滑らかに彫り進んでいた刃が急に重くなる。
 こうだ、と示す老いた手が刻む曲線は、熟練の力強さ。全身でそれを受け取ろうとしながらも、喉の奥からはつい感嘆の息が漏れた。多くを知るでなく、一芸を極めた職人の凄さを見せつけられたようで。
 やってみろと返された刃の先に、やがて意識を溶かしていく十郎を──皆を、職人は物言わず見つめる。小さな頷きは、少しずつ増えていった。

 型紙が出来上がれば、今度は型の上から糊を置き、その部分に色が入るのを防ぐ防染の作業。
 刷毛持つアキトの手がつい強張ってしまうのは、善次の一挙一動に倣おうとする生来の生真面目さ故だ。固くなるなと添えられた手に従い、ひとたび感覚を掴めば、糊の甘い匂いとともに褐色の紋様が布に描かれていく。
「……難しいね。一枚ならなんとかなるけれど」
「ああ、綺麗な連続模様を、と意識すると……次の型の置き場には迷ってしまうな」
 まずは一刷毛、好ましく惚れ惚れするような伝統柄に糊を乗せられた布と、宙に浮いたままの型とを何度も見比べるネロ。職人は紋様の中に自然に入れ込まれた合印を教える。
「一度合わせたら迷うな。それと、型置きから型上げまでの姿勢を覚えろ。型をずらす度に同じ姿勢を繰り返すんだ」
「……わかった、やってみよう」
 次第に熱を帯びてくる善次の指導に睫毛を柔く伏せたのは一瞬、ネロは手先に向かいがちになる意識を全身に向ける。ひとつずつ、確かめながら──横目に注視していたアキトも自然とそれに倣って、数枚分の糊置きが終わる頃には、動きは随分馴染んだものになる。
 乾くのを待って、作業は要の染めに入る。刷毛使い、視線の動き、息遣い──職人の技から何一つ溢さず見定めようとするヒコの視線は、一枚仕上げる毎に掬い取った技を作品の上に増やしていった。
「……よし。──……拙作ながら、御目通り願います」
 緊張の面持ちで差し出す白地には、金色の梅花蔦。隅々まで検分する善次の遠慮のなさには、幹も思わず息を潜めた。
 そして、
「……おめぇさんの眼は随分と達者だな」
 それが下手な誉め言葉だと気がついて、仄かに朱の差した頬。
「これで良いとは言えん」
「はい。無論、数日で会得できるもんとは思っちゃいません」
「だが、大したもんだ」
 ──おめぇさん方もな。
 告げる声は荒くも、不快の色は清々しく拭い去られていた。
「ようやりなさった。……染めが終わったら、茶にしよう」
 それが善次なりの謝罪と、満足だった。

 染めつけた唐草に囲まれての休憩は、それまでより和やかなものになった。
 ──けれど、ケルベロス達にはまだ仕事が残っている。静かながらも手仕事への熱意が滲む会話が途切れた時、海は切り出した。
「なあ、じいさん。あんたほどの熟練を名乗るなんておこがましいとは重々承知してるが、それでもだ。……ほんの僅かの間でも、職人を騙れそうな奴はここにいるか?」
 不穏な物言いながら、訳があると察したのだろう。言ってみろ、と求める視線に、クラルが次を引き取った。
「紺屋さんの身に危険が近づいています。あたしたちは……ケルベロスは、それを」
 『繋がってきた』紋様、繋いできたその手を、
「無法者に折られることないよう、守るためにここへ来たのです──」


「……始めに言っておく。味見したいだけなら、今ここで帰れ」
 現れた螺旋忍軍の前で、十郎は善次の言葉をそのままなぞった。
 それぞれ光るものはあれど、現時点では団栗の背比べ、との忌憚ない評価に、手を挙げたのは十郎自身だ。
 よりらしく見えるようにと持参した作務衣も、若さに驚いた風だった敵を納得させるに力を貸す。
 是非学ばせて欲しいと願い出た螺旋忍者達の本意は、染色それ自体にはない。内心の苦さを隠すのに、十郎と弟子を装うヒコの愛想無しは役立った。
 二人の素早い目配せに、同じく弟子として後ろに控えるアキトと海が、師匠を宥める体で工房の戸を開ける。
 敵を誘い出した工房内には、油断なく隠れ備える仲間達。さらに奥の小部屋には、自分達を信じ、のんびりと茶を啜る職人がいる。
 そして──。


「悪いな。お前たちに触らせていい道具は、ここには一つもねぇ」
 唐突に腕を掴んだヒコに驚く暇もなく、敵の片割れ・葵は、十郎の足許の影から湧き出した影の狼たちに覆い尽くされた。
「葵!? ……っ、師匠殿、これはどういう──」
「おや、誠に尊ぶ気のない者が軽々しくその呼び名を紡ぐものではないよ」
 物陰から現れ出でた艶やかなネロの笑み。察したもう一人──嵐が身を翻すより速く、束ねた気の珠は支援を担う葵へ咬みついた。
「……っ、ケルベロス!」
「ご名答、と誉めるのも勿体ねぇ」
「ぐ……っ!」
 外への引き戸ががらりと開け放たれたのを合図に、ヒコが見舞うは星と見紛う音速の礫。からがら外へ逃れた男を追い、アキトは素早く庭へ飛び出した。星霜の剣で地を示し、咲き広がる星の聖域で仲間を支える護りを敷く。
「職人は何処に」
「狙われていると知って、留めておく俺達だと思うかい」
「──っ」
 ウバのにこやかな誘導に乗り、嵐はアキトに阻まれた投具もそのままに外へ飛び出していく。したりと密かに頷いて、変容する竜の鎚を掲げ工房を後にする。
 心配は無用だと、変わりない日常を自分達が守る、職人に誓ったから、
「約束を守る為にも、早々に片をつけなければね」
「ああ、立て直すヒマなんざ与えてやらねえし──こっちもてめぇらに傷つけられる気はねえ」
 ウバが撃ち込んだ衝撃に低く笑い、海は戦場に鎖を走らせた。描き出す紋様が光を放ち、前衛に護りを打ち立てる。その眩さに金の煌めきを重ねるのは、クラルの掌に輝く金の果実だ。
「お怪我は」
「ボクはまだ平気、皆を守って」
「──了解しました」
 高まる力に、乳白の髪がふわりと浮き上がる。アキトの笑みに頷いて、加護の力は中衛へ。担う癒しは仲間のみならず、工房の奥に在る職人をも守る筈だから。
「この技術はありのまま後世に伝えていくべきものだ。敬意も慈しむ気持ちもないお前達には、絶対に渡さない!」
 真昼の月を思わすクーの髪に、紡いだ気弾の光が跳ねる。意志を写した一撃は、
「──くそ、術が使えん……!」
 傷を癒せずにいる葵へ容赦なく降りかかる。
「幹も行けるかい? 狙いは、葵に」
「了解っ、頑張るよ。俺も少しは役に立ちたいからね……!」
 盾となるのは厳しくとも──と、狙撃の役を与えてくれた仲間達、頑張ろうと励ましてくれたウバの声。過る視線で感謝を告げて、幹も重ねた弓を引く。その間にクラルが閉めた引き戸を以て、戦場は工房の外へと完全に隔てられた。
「そら、刃の雨にご注意あれだ」
「ああ、勿論抜かりはないとも。頼もしい加護もあれば──ね」
 戦場を広く見霽かすヒコの眼が、空へ放たれた幾つもの投具を捉える。注意の声にネロは唇を緩め、降る刃に刻まれた熱を、足許に広がる仲間の術が拭い去ろうとする様を示す。
「血の一滴を厭いはしないよ。背に護るもののある戦いは嫌いじゃないのさ」
 柩の魔女が歌うように紡ぐ呪言は、血に錆びたナイフをその手に招く。報われぬ恋情のような狂おしさで葵を掻き斬れば、苛烈な斬撃に背く男の傷は抉られるばかり。
「お前らも本気で師匠の技を欲しがってるんだろう。だが、お前らが欲しがる理由は到底理解できない」
 駆け出した十郎の足許で火花が跳ねた。師と技に向き合う心ほども熱く、燃える一撃を敵の懐に叩きつける。
「アンタらは隠したつもりだろうが、真っ黒い肚が見えてんだよ──はっ、面白くもねえ」
 暗い笑みを吐き出し、海が投げつけたカプセルが割れる。魔性を蝕むウイルスは忽ち葵を絡め取り、練ろうとした回復術を自らを苛むものへと変える。
「卑怯な狗どもが……っ、騙し討ちとは……!」
「偽りの興味を振り翳し、かの職人を殺そうと企む君達と、どちらがだい?」
 我が手のように操る槍一閃、振り下ろしたウバの切っ先は嵐を躱して葵のもとへ。迷いのない斬撃は、髪ひとすじも無駄に揺らさず標的の命を切り裂き、目を細める。
「おや、返す言葉もないようだ」
「……! ぬかせぇっ!」
 片割れの死に激昂する視線すら冷ましそうな眼で、ヒコは嵐へ向き直った。
「何度でも言ってやる。払う敬意も持たねぇ奴に、技も命も渡しやしねぇ」
 招くは浄土からの迎い風。絡め取った脚で叩き込む一撃は、蹴り飛ばした嵐を現とも夢ともつかぬ心地に引き摺り込む。
「人として惑うが苦痛なら、いっそ戦場の白梅と咲いて散りゃあいい」
「咲く暇も与える気はないけど、ね」
 頼もしく並べた言葉に信が返る。受け止めたアキトは敵の懐に踏み込み、淡く囁いた。
「……キミの攻撃は通さない。ボクが盾である限り」
 守り切る。覚悟と共に振り上げた手に、空の一点、オリオンの右肩から赤い光が降り注ぐ。勇者の力は剣を象って、嵐の防具を鮮やかに切り裂いた。


「さあ、行って──皆を守りましょう」
 前線をなぞるクラルの指先に従い、ヒールドローンが仲間達の前に飛び出していく。
「追い詰めるぞ! 刻も想いも途切れさせはしない……繋いでみせる!」
 思いも魔力も水晶の礫に籠め、撃ち放つクーの狙撃の技が光る。嵐を穿つ一撃に倣った幹の一矢が駆け抜けると、ネロは間隙を一気に詰めた。
「受け継がれてきた年月の重みを知らぬ者よ。疾く消え失せるがいい、強欲な螺旋忍軍」
 ひとたび喪われれば、二度と取り返せない時のかさね。守る柩にそれを知る魔女の大鎌の一閃が、鋭く命を刈り取りにかかる。
「……一人となろうとも、使命は果たす!」
「させない。──聞け、森の守り手達の唸り声を」
 十郎を取り囲んだ影たちが、闇色の牙を剥く。喉笛目掛け躍りかかる獣達の上を、揺らぐ光が横切った。──海の喚んだ水の気が、空泳ぐ魚の群れを創り出したのだ。
「留まるな。廻れ、廻れ、廻れ──!」
 渦巻くいのちが敵を呑み込む。翻弄されながらも、嵐は憎々しげな眼をこちらへ向けた。
「……我が螺旋、喰らうがいい!」
「はは、ノーコンノーコン」
 十郎へ向かう軌道に割り込んだ海が、掌に込めた一撃を受け止める。アキトの翳す杖から迸る白光が、飛び退く嵐の横っ面を鋭く打った。
「うっ……!」
「ボクらが護り切ると言ったよね」
「諦めを知らないようだ。それなら」
 撃ち出す竜気で追い詰め、ウバが鎚を翻す。信を繋がれたヒコは、身軽く敵の視界の内に飛び込んだ。
「しまっ──」
「──体で識ってもらう他ねぇか」
 突きつけた短剣が返す光が、悪夢の鏡像を結ぶ。見えぬ何かに必死に抗う敵を一瞥し、クラルは気力を振り絞った。
「錦織さん、ご無理をなさらず」
 護り手といえど、受け止めた衝撃は浅からぬもの。緩い眼差しで感謝を告げる海に頷いて、繋ぐ連携はクーへ。
「任せて。さあ、もっと大きく、力強く満ちて──咬み砕け!」
 クラルの気が癒しなら、クーのそれは苛烈な戦意。掌に育った気の塊が嵐に喰らいつくと、ネロは古の呪を舌にのせた。
「それでは御終いだ。彼の道行きに誰か、贈るものはあるかい?」
 組み上がる術の放つ光に、石となりゆく命と意識。静かに微笑むネロに、翻る白装束が応えた。
「一朝一夕、志不純なお前たちに盗めるもんじゃねぇと理解したか?」
 吉兆を占う身なれど、悪しきものにはその報いを。終わりへと吹き寄せる風は翼を伝い、降り落ちる一蹴に集約する。
「──身分不相応な職人技に手を出した己を呪え」
 静かで苛烈な受け止めた男は、声もなく崩れ落ちた。それが、悠久に繋がれゆく花唐草を絶たんとした者の末路。
「……終わり、だな」
 海はやれやれと頭を掻いた。そして──。


「終わったのか」
 引き返した工房の奥で、恐れる風もなく茶を啜っていた善次が口を開いた。
「この染めが俺で終わっちまうなら、それも運命って奴だろうがな。……なんだ、助けられちまったようだ」
 ぐいと頭を下げる善次に、ウバは首を横に振る。
「善次殿もかつて師から技を継いだのだろう? かの技は、継がれていくべきものだ」
「その……ありがとうな、師匠。俺達にこの技を教えてくれて」
 十郎の不器用な感謝に、クラルとクーも笑顔を並べる。
「我らを番犬の戯れとあしらうでなく、正しく伝えてくださったのです」
「そうだな。貴方の経てきた歳月を、技として教えてくれたんだ。こちらこそありがとう、善次さん」
 目を瞬いた職人の手をケルベロス達が取る。ほら、まだ染めが残っているからと、急かすように。
「……急に孫らができたみてぇだな」
 立ち上がりしな、職人はそう呟いた。
 その顔に浮かんだ表情は決して上手とは言い難い、──けれど確かに、笑みに類するもの──だった。

作者:五月町 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 2
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