鎖す羽籠

作者:五月町

●白森に落つ翼影
 未だ深い眠りに沈む空は、鎖すようなコバルト色に染まっていた。
 早朝、と呼ぶにもまだ早い。山中に集まるコテージ群のひとつから子供たちが、続いて苦笑いの両親たちが忍び出てくる。
「さっむ!」
「こら、大きい声を出さないの。他のコテージじゃまだ皆寝てるんだから」
「はぁい。わぁ、ほんとにさむいー」
 澄み渡る夜明けの空の下、雪の立像──樹氷の森を駆け抜ける。コテージに宿泊する者たちの多くは、それが目的だった。
 まっさらな世界に誰よりも早く風になった痕を刻みたくて、まだ早いと嗜められながら起き出してしまった無邪気な子どもらの頭上を、ひときわ濃い影が過った。
 見上げた瞳が、奇怪なものを捉えて凍りつく。
 夜影に薄らと浮かび上がる、檻のような機巧の輪郭。かたかた、ことこと、囁き歌う歯車たち。そして──機体に具わった、明らかに異質な竜種の翼。
「……っ、な……駄目だ、逃げなさい! 皆、起きろ──」
 父親の叫びが人々の眠りを覚ます暇もなく、ダモクレスは一帯を業火に包み込んだ。悲鳴までも抱き取り、めらめらと明るく空を染め上げて。
『反応、消失。殲滅ヲ終了。次ノ標的ヲ探索』
 闇に浮かび上がる白皙の面が、無情な事実を無機質に告げる。
『標的ヲ捕捉。北北東、グラビティ・チェイン反応多数。──移動ヲ開始』
 全てを灼き尽くし、ダモクレスは発つ。機巧に絡め込まれたもうひとつの顔、竜のそれは、赤く暗く燃える眼で惨状を見下ろしていた。

●竜籠ノ補填庫
「指揮官型ダモクレスの侵攻が始まった。あんた方には『ディザスター・キング』配下、『竜籠ノ補填庫』の次の殺戮を阻止し、討伐して欲しい」
 グアン・エケベリア(霜鱗のヘリオライダー・en0181)は、次の、と問う仲間の眼差しに苦く頷いた。早朝のスキーの為にコテージに宿泊していた二十名の命は、既に燃え尽きている。
 指揮官型『ディザスター・キング』の束ねる主力部隊は、グラビティ・チェイン略奪を任務として襲撃を行っている。
 その一角、『竜籠ノ補填庫』は、まるで機械の島のような出で立ちの巨大なダモクレスだ。淡く発光する鉱石や歯車で構成された機巧回路に、一体の竜が融合しているかのような異質の姿。翼を持ち、木々の織り成す森の表層をなぞるように低空飛行で移動しているという。
「奴さんは既に次の標的を見据えてるようだ。取る進路に揺らぎがない。だからこそ、今なら迎え撃つことができる」
 放置すれば、被害は拡大するばかりだろう。進路に回り込み、敵が標的に到達する前に討つ。それが唯一の手立てだと語気を強めた。
 この季節『樹氷の森』と謳われる一帯には、広くなだらかな斜面が広がっている。銀雪を纏う木々の森は広々と開けて、戦うにも手狭にはならないだろう。ダモクレスの進路上に位置するこのポイントで迎え討つのが最善だ。
「寸分違わず送り届けてみせよう。あんた方は、奴さんを引き付けて確実に討つことだけを考えてくれりゃあいい」
 グラビティ・チェインの収集を目的とする故に、敵は進路上のケルベロスを無視して標的に向かう可能性がある。ひとたび戦端が開かれれば逃走することはないが、最初の一手に逃さぬ為の工夫は必要だろう。
 ダモクレスは守りに長け、四つのグラビティを駆使して戦う。組み込まれたガラス球に満ちる青い毒液を霧と化して噴射するもの、張り巡らされたチューブを敵と接続し、グラビティ・チェインを吸収するもの。巨大な歯車で敵を轢き潰し、囚われの竜は苛烈な焔を吐き散らす。
 言葉少なくヘリオンへ促して、グアンは同志たちを見渡した。
「蹂躙された命はどうあっても戻らない。命ってのは覆らないもんだ。だが、報いることは出来る。──無論、敵の目論見を叩き潰すこともな」
 あんた方なら必ず。そう覗き込む紅い眼に、漸く笑みらしきものが滲んだ。


参加者
ノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)
キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)
奏真・一十(あくがれ百景・e03433)
時城・さら(時の見守り人・e12957)
ジャック・スプモーニ(死に損ないのジャック・e13073)
レクト・ジゼル(色糸結び・e21023)
ブランシュ・エマイユ(春闇・e21769)
ティティス・オリヴィエ(蜜毒のアムリタ・e32987)

■リプレイ


 夜明け前の樹氷の森。人の気の絶えた冬の静謐にブランシュ・エマイユ(春闇・e21769)が展開した殺界は、彼らの気配をより際立たせた。
 遅い夜明けの前にここへ至る筈の敵を、待ち受けるケルベロス達。ノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)の備えは皆に行き渡り、ぽつぽつと灯る八つの光はやがて、その姿をいち早く彼らの目に捉えさせる。
「あの影……っ」
 チューブや歯車が絡み合う檻のような体、二つの顔、異質の翼。近づくにつれ露わになる輪郭は、時城・さら(時の見守り人・e12957)がいつか見た仇の影を嫌でも想起させる。
(「──初めて手にした依頼の相手が、あいつだなんて」)
 握りしめた拳の震えは憤りか、それとも──。覚悟を胸に臨むさらの背を励ますように叩き、キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)は熱ある風になった。
 その先に罪なき命を屠ろうというのなら、
「……行かせる訳、あらへんよ」
 満ちる冷気に炎の尾を引き、蹴撃を叩きつける。竜と女──ふたつの顔が、虚ろにケルベロスたちを見た。
『敵性存在ヲ確認。──殲滅ヲ開始』
「否! 殺戮はここで終わりだとも」
 静寂に響く鮮やかな声とともに、奏真・一十(あくがれ百景・e03433)は黄金の果実の輝きを後衛へ届ける。
「必ず絶とう。無論、悪縁もな」
 その意を汲んで、降下してくる敵へ突進するボクスドラゴンのサキミ。小さな影が離れるた途端、雨霰と撃ち込まれる火焔弾が敵の姿を明るく浮き上がらせた。
「さて……ぶっ壊すと致しましょうか」
 穏やかな声音に破壊の意志を秘め、重い銃身を易々と操るジャック・スプモーニ(死に損ないのジャック・e13073)に続くのは、白衣の細腕でこちらも軽々と鎚を掲げるレクト・ジゼル(色糸結び・e21023)。
「救えなかった命の分も、必ずここで。──行きますよ、イード」
 傍らに沿う金の髪のビハインドは、緩める口許だけで頷いた。似通う空気を纏う面影は儚く優しくも、撃ち出す竜の弾丸も敵を戒める金縛りの術も、苛烈さは鏡のようだ。
「それじゃ、さらが望みを叶えられるように頑張ろうか! こっちも行くよ、ペレ!」
 頼もしい相棒、ペレは強烈な焔のブレスで応える。微笑んだノーフィアの瞳がふと険を帯びた。
『我が顎門、我等が餓えは、如何なる防護も穿ち貫く!』
 まじなう声に、先刻までの温もりはない。雪上に立ち上がった魔法陣は漆黒の球体を象り、強烈な重力の内へ敵を引き摺り込み、圧し千切る。
 影の戒めが解かれた途端、敵は何事もなかったようにかたかたと動き出した。その頭上よりも高く、きらきらと降り注ぐのは星──の光を宿したティティス・オリヴィエ(蜜毒のアムリタ・e32987)の蹴り一閃。
「ごめんね、そっちには行かせられないんだ」
 澄み渡る海の瞳は、標的の大きさに素直な驚きを隠さない。けれど、倒すべき敵を見定めた少年の一撃に迷いはない。
「……っ、見かけ通り、かったいなぁ!」
「ええ。でも──必ず此処で止めなければ」
 不馴れな攻撃手であろうとこなしてみせる。ブランシュの蜜色の眼差しが戦意に煌めけば、掲げたアスガルドの槍も呼応して光を放つ。
「遠慮は、しませんよ」
 言葉通りの紫電が闇と鋼を劈いた。名を呼び促す柔い声に頷いて、さらは銃を握り締めた。
「赦さない……絶対に、止めてみせる!」
 想定していた技が自身の中に活性されていないのを感じ取ると、さらは迷わず使える力の中からひとつを選び取る。
 歌うように、奏でるように。不思議な言の葉の流れに力を載せ、たゆみなく紡げば、守人に伝わる術はさら自身に立ち続ける為の守りを齎してくれる。
 一巡の内に包囲は為った。ダモクレス、『竜籠ノ補填庫』はただ、熱のない声を響かせるだけ。
『対象、ケルベロス八名。攻撃開始』
 妖しく色づく毒液の霧が、抱くように襲いかかった。


 連なる技ごと払い除けんと、竜は吼える。
 声は魔力の熱を帯び、一瞬で雪下に萌える緑をも灼き焦がした。護りは堅く、幾度かの攻撃にも未だ揺らぐ気配はない。
「前衛へ回復を。お願いします」
「うむ、サキミ、頼んだぞ!」
「こっちも了解。ペレ! ブランシュへ回復をお願い!」
 レクトの流星の一撃が上方に注意を惹き、一十の稲妻の突きが地上から空へ駆け上がる。続くイードの金縛りに一瞬、敵の動きが凍りつくと、主らの声に大きく頷いた二匹の小竜たちは、その隙に癒しの力を仲間に繋ぐ。
「まだまだいくよ、受け取って!」
 荒れゆく戦場をノーフィアの黄金の光が染め上げる。絶え間なく癒しの術を重ねながらぽつり、
「竜を従えてるのか、機械的に操ってるのか……それとも、模してるだけ?」
「判断がつきませんね。この姿、なんと形容していいのか……」
 極大の銃口を向けたブランシュも言葉に詰まる。敵の下方、ダモクレスに呑まれたかのような竜の姿は気に掛かりつつも、撃ち抜く火焔弾は鮮やかな火の花を敵に灯らせる。
「ふむ……興味深いが、観察している場合ではないな」
「ああ、いずれにしても倒さないことには──ね」
「ん、警戒だけは緩めんとこ、皆!」
 一十に頷き、ティティスは輝くルーンが浮かび上がる長斧を叩きつけた。傷ついた装甲ががらんと歌うのに微笑むと、油断なく戦況を見守っていたキアラが背面へ滑り込む。
「──風穴、開けたる。倒せない相手なんていないんよ!」
 どれほど堅い護りも、穿つ一撃に揺らぐことがある。それは戦いの中で身に刻まれたこと。
 願わくはその一撃にと叩きつけた蹴りに、機体はじんと鈍い振動を返した。
「……あの炎、ジャックにはあんまり堪えとらん気がする! スゥ、ブランシュの応援お願い!」
 元気よく手を振り上げ、テレビウムのスペラは仲間を鼓舞する不思議な動画を映し出した。
「ふむ、全く堅い相手ではあるが……もとより長期戦は想定内である」
 戦線維持は盾の務めと笑う一十には、まだ余裕が見えていた。両脚に燃える暗い炎を鎌先に分かち、振るう一閃で新たな火花を敵に咲かせれば、追随するサキミのブレスも負けまいと新たな熱を焼きつける。
 規則的な音を響かせていた巨大な歯車が、不意に回転速度を増した。分厚く重い車輪と化し、その回転にジャックを轢き込もうとする。
「……っ、これは強烈な。そんなに欲しければ差し上げますよ」
 噛んだまま放さぬコートはくれてやる。けれど、与えるのは無論、そればかりではない。
 純然たる悪意を込めた銃弾は、至近距離から撃ち込まれ機巧の奥まで潜り込む。そして数秒──鮮やかな橙の焔を噴き出し、爆ぜた。
「見事な腕前ですが、どうか無理はなさらず。『白き光で包み、癒せ』!」
 レクトの魔力に呼応して、遠い月光が輝きを増した。優しい光の腕に包まれて、ジャックはふぅと息を吐く。
「これでまた、天国も地獄も遠のきましたね」
「ふふ、何よりです。──イード!」
 頷いたビハインドは、先の衝撃で吹き飛んだ敵の欠片を空へ掬い上げ、叩きつける。その間に、レクトの視線に応えたノーフィアも、練り上げた自身の気力をジャックへと放った。
「任せて、誰も倒れさせないから!」
 主の暖かな力が味方の疲労を大きく軽減したのを横目に、ペレも猛然と飛びかかる。
 サーヴァントたちの健闘に柔い笑みを浮かべたのは一瞬、ティティスは御業を炎へ紡ぎ上げた。すかさず追いかける稲妻の槍が、振るい手であるブランシュの姿を闇の中にくっきりと描き出す。
 続くさらを返り見た瞳が見開かれた。それまではひたすらに必死だった表情に、滲み始めた憎しみと溢れる涙。
 喪った縁ある人のこと、手が届かず殺されたコテージの人々のこと。思いつめるほど募りゆく憎しみに、ゆるさない──と思わず声になるさらを、
「大丈夫です」
 強く確かなブランシュの声が引き戻す。
「今は私達が付いていますから」
「――、うん……!」
 涙を拭い、澄んだ視界で、さらは銃口を仇敵へ定めた。跳ね返る銃弾で幾度も敵を貫けば、二対の眼に捕らわれぬ一角へキアラが踏み込む。
(「さらにあんな顔さして……罪もない人を、殺して。……お前は、幾つの命の歯車を壊したんやろか」)
 けれど、それももう終わり。降魔の蹴撃に揺らいだ敵の一瞬の隙を突き、地へ降り立った脚に力を込め、もう一度空へ翔び立つ。
「この白い世界で、お前の歯車も……終わり」
 しなやかに弧を描いた脚が、風を切り裂く斬撃を生んだ。地へ引き返す体と引き換えに、時空を凍りつかせながらもう一度、さらの銃弾が駆け抜ける。
「ぜったい、外さないよ……!」
「尊い決意です」
 ジャックの声が綻んだ。幕引きを担う決意が彼女にあるのなら、彼が引鉄に指をかけ、敵前へと躍り出る理由としては十二分。
 駆り立てられるまま連射した銃弾は楔のように突き刺さり、次々に爆ぜる。
 地鳴りのような駆動音が響く。異常に阻まれ、気力を吸い取ろうとしたチューブをだらりと垂らした『竜籠ノ補填庫』は、無感動な唸りを上げた。


 冬の夜気に冷えきった毒霧が全身を刺すようだ。けれどブランシュの手は凍えも止まりもせず、霧の幕を斬り開く。
 失われた命は戻らない。だが、戦うことで、倒すことで、報いることなら出来る。唇に乗せない思いは気配とともに秘め、巨大な影の中から見えざる斬撃を繰り出せば、突かれた敵は身を軋ませた。
「いつまで保つものか、見物であるなあ」
 反転、明るみに身を躍らせるのは一十。光迸る穂先が機巧の継ぎ目をこじ開けると、視線は合わずとも助けるようなサキミの体当たりが決まる。
 数多の術に縛られたダモクレスの、竜の頭だけが頸を振り上げた。来る、と思った時にはもう、邪悪な炎が中衛を襲っている。
「スゥ、さらを!」
 翔ける脚に燃える焔で応戦するキアラに、スペラはまかせて、ととっておきの動画を映し出した。元気も気力も涌き出すような音楽にありがとうと視線を寄せ、さらは銃を翻す。
 骨ばった翼も煌々と炎の燃える鋭い口も、硬質の部品たちで構成されたダモクレスとは、まるで違うもののよう。けれど、
「……ううん、今はそれよりも!」
 仲間の加護で肌を灼く痛みから解き放たれ、躍り出たさらの銃弾が帯びる気は、氷。時すら凍りつかせる一弾は、燃え盛る竜の喉奥へ突き刺さった。
「何しろデカい的だ……狙う場所ならまだまだありますよ」
 ジャックの体から指先へ、伝いゆくブラックスライムが槍を成す。思いもつかぬ鋭さで的を貫くと、振動で振り払おうとする敵の動きをビハインドの念が縫い止める。
「その調子です、イード。では僕も──……そこ、ですね」
 高速演算で弾き出した一点目掛け、レクトは軽々と鎚を振り下ろした。複雑に絡み合う回路を叩き潰すと、ひしゃげた装甲が苦しげに蒸気を吹く。
「……それが君の声かな? 死に向かう声──」
 毒すら感じる甘い微笑みで、ティティスは華奢な体を武骨な巨体にぶつけていく。爪先が描いた星が敵の動きをひととき止めると、淡い瞳はその好機を逃さず、樹氷の森に似合いの魔を喚び出した。
『白き絶氷の主、我が愛しき友に歌おう。甘い毒は絢爛の美酒、翻る氷華の羽衣。──魂喰らいの華咲かせ、仇敵を滅せよ!』
 光り輝く魔法文字から生まれたのは、ティティスと同じ色の氷の子。氷礫の嵐に翻弄される機体が次の一手へ動き出す前に、ブランシュは槍をくるくると躍らせ、その先に熱を集わせる。
「凍えてしまいましたか? 今度は熱を、召し上がれ」
 炎熱の巨弾が牙を剥く。噛み痕そのままにめろりと熱に溶け落ちる体から、がたがたと不協和音を立てて部品が崩れ落ちてくる。
「お見事! 喰らったのは此方のようだが、さて──」
 冷気と熱の衝突に巻き起こる風。押さえた帽子の下で、一十はふと笑う。
「受け取れ」
 魔術と力とを繋ぎ紡いで、地獄の焔は駆け抜ける。渦巻く赤い閃光は、鋼の体に轍の痕すら刻み付けた。
「頑張れ、さら。もう少しだから」
 広げた翼、天を指す角。体の隅々まで満ちる気を掌へ集め、ノーフィアがさらへ癒しを齎せば、ペレもそれを真似るように属性の力を送り出す。
「たくさんの人を殺して奪った分、あなたの命で償いを」
 鎧装を巡る回路が、レクトに穿つべき一点を示す。穏やかな眼に決意を灯し、迷わずそこへ竜の鎚を打ち込めば、外殻を貫かれた敵は歪んだ軋りを上げた。
「今です。どうぞ、貴女の想いを──仲間を信じて」
 はっと顔を上げる少女に、ケルベロスたちの意識が集う。
 敵を縫い止めるイードも、輝く斧を深々と機巧に沈めたティティスも、
「行っておいでよ、さら。悔やまないように」
 得物を休めても敵への警戒は緩めぬまま、追い風の声で背を押すノーフィアも──皆、その終わりを望んでいる。
 今一度の攻撃の機を得て、竜籠ノ補填庫は炎を吐き散らした。苛烈な熱を甘んじて引き受ける仲間たちに、さらの脳裏にいつかの記憶が蘇るけれど、
「うちらは大丈夫! さらならやれる──その手で終わらせるんよ!」
「奴は貴女に討たれるべきだ。貴女の決意に、力と祝福を」
 油断なくも武器は振るわず、キアラとジャックが示す道。こころと体の震えを振り切って、さらは飛び込んだ。
「もう絶対に……悲しみの連鎖なんて、引き起こさせないんだから……!」
 頬を過る熱を貫き、凍て風の弾は駆け抜ける。軋んだ機体の中心を射抜いた瞬間、氷はぱきぱきと巨躯を包み広がって──重力に絡め取られ、温度を喪いながら、白い大地に沈み込む。
 ──かたかた、かた、……かたん。
 奥の方で動き続ける命の歯車が音を止めた。雪の静寂が、ケルベロスたちの勝利を告げる。

 白みゆく澄んだ空に、さらの泣き声が響く。
 ただ止めたかった。それを成し遂げた。けれど倒しても戻り来ぬものに、悲しみも憎しみも寂しさも織り混ざった慟哭は、全てを果たした今、虚ろな響きを孕む。
 深い絆を未だ持たぬティティスには、目の前で感情を溢れさせるさらの姿はただ眩しかった。
「お疲れさま、だねー。……おわっとっと」
 飛び込んでくる愛竜を懐に抱きとめながら、ノーフィアはさらの肩を支える。
「……立派に見届けたのであるなぁ」
「ええ、本当に。……力になれて良かった」
 存分に泣けばいい。見守る一十とレクトの傍らで、キアラはある方角を振り仰いだ。樹氷の森の向こう、遠い山間に、未だ弔われぬままの魂がある。
「コテージの人たち、……寒い思いしないで、あったかいとこ早く行けると……」
 震える唇はその先を紡げなかった。堪える瞳に揺れる雫を、差し込み始めた朝陽が染める。見ぬふりで、ジャックは目を伏せる。
「この朝を迎えられなかった人々に、せめてもの冥福を──」
 願わくは、目の前で泣く少女の家族もそう在るように。
 ケルベロスたちの祈りを見守りながら、夜は明けていく。故なく奪われる命があるのなら、何度だって──そんな決意さえ、鮮やかに澄ませながら。

作者:五月町 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 5/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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