碧に燦めく

■リプレイ

●夏の足音
　そよぐ翠の間に薫るのも、また甘い碧の芳香。
　新緑の木漏れ日に漂うその匂いに、着地したエマ・ブラン（白銀のヴァルキュリア・e40314）は爛漫に笑んでいた。
「今年もメロンの季節がやってきたね」
「是非とも、スイーツを堪能したいところだな」
　と、荒城・怜二（闇に染まる夢・e36861）も頷きその店を見遣る。冷静な瞳の中にも、甘味に期待する心を交えながら。
　エマも同じ気持ちでうん、と頷いて。
「その為に、攻性植物はやっつけるよ！」
　言いながら庭へと目を向け直す。
　がさりがさり、と。そこから這い出てくる影があった。
　それは白の花弁を巨大化させて、庭を翳らせるかすみ草の異形。
　青の瞳を巡らせて、瀬戸口・灰（忘れじの・e04992）はその布陣を確認している。
「横並びとはありがたいな」
「……ええ。……三体が同じ、で安心するとは思わなかったわ」
　キリクライシャ・セサンゴート（林檎割人形・e20513）は仄かな頷きを見せた。
　無論油断できる相手ではない。けれど複雑な立ち位置でないならば、此方の対応策も明確になるのは事実だから。
　店を背にして立ちはだかると、灰もまた一歩前に出て。
「夏の面倒な草刈り前のウォーミングアップといくか」
　瞬間、風に乗るよう疾駆。
　敵陣が反応するより疾く至近に迫ると、脚を撓らせ一撃。刃の如き蹴撃を奔らせ一体を打ち据えていく。
　巨花達は葉鳴りで敵意を表し、這い寄り始めてきた。
「厄介な上に、伸びすぎた草……か」
　宮口・双牙（軍服を着た金狼・e35290）は呟きながら、その姿を見据える。
　攻性植物はどこにでも生えてくる上、一般人では草むしりも出来ない。ならば確かにこれは、夏草と同じく。
「刈ってやらんとな」
　金の瞳を鋭く細めて。手甲に研ぎ澄まされた闘気を宿して一撃、鋭利な打突で花弁の一端を引き裂いた。
　その間にも別の二体が攻撃を目論む、が。
　瞬間、蒼の氷気が奔り抜ける。
　それは地を蹴ったラグエル・アポリュオン（慈悲深き霧氷の狂刃・e79547）が、槍の穂先へ帯びさせる輝き。
「目論見通りには、させないよ」
　狂気のガス抜きはしたばかり、だが既に己が内に黒いものは溜まり始めている。それも弟に追いつかんと、実戦の中に身を置き続けている為。
　故にこそ、振るう刃は鋭く。氷花に燦めく斬閃で三体の根元を浚っていった。
　均衡を崩す敵陣、それでも一体が白光を放ってくるが──。
「……対処は、私が」
　キリクライシャが林檎樹を張り巡らせ、艶めく果実の光で皆を護りながら癒やしてゆく。
「……これでひとまずは、大丈夫」
「じゃあ後ろの護りは俺に任せて」
　と、上方を仰ぐのはカシス・フィオライト（龍の息吹・e21716）。膨大な魔力を込めると、空と共鳴し合うように杖先を明滅させて。
「雷の障壁よ、仲間を守る盾となれ！」
　瞬間、蒼空が燦めくと天より無数の雷が墜ちてくる。弾けた鮮烈な輝きが、仲間を護る壁となってその場に留まった。
　時を同じく、怜二が夜色の魔力に形を取らせて──。
「分身の幻影よ、仲間を守ってくれ」
　カシスへ幻を重ねて護りを固めてゆく。
　戦線が整えば、エマは敵陣へロケットランチャーの砲身を向けて。
「ファイアー！」
　爆煙を上げて発射。『PBW』──着弾と同時に巨大な炎を上げて花を包み込んでいた。
　そうして一体の動きが鈍れば、エマは至近に迫り連撃。突撃しながら蹴りを見舞い大きく後退させてゆく。
　別の二体が反撃の動きを見せてこようとも。
「問題有りません」
　漆黒の髪をふわり靡かせて、伊礼・慧子（花無き臺・e41144）が手を空へと向けていた。
　──来たれ暗雲、雷鳴とともに。
　顕れるのは小さな雷雲。
　眩い光を抱いたそれは、直上より稲妻を落とす。
　重い衝撃だが、それだけではこの攻撃は終わらない。『暗闇の雲・イレギュラー』──慧子自身も斬撃を繰り出して。敵の精神さえもを抉って怯ませた。
　惑った花へ、怜二は走り出している。
「さぁ、柘榴……一緒に行くぞ！」
　応じたミミックが幻の黄金で撒いて反撃を封じると──怜二はそこへ冷気を渦巻かせて一撃。
「螺旋の力で、氷漬けにしてやろう！」
　突き抜ける衝撃で花を凍結させ、千々に砕いた。

●決着
　白色が未だ、木漏れ日を遮って揺らめく。
　残る巨花は二体。鋭利な殺意に蠢いて変わらぬ獰猛さを見せていた。カシスはその見目に小さく息を吐く。
「かすみ草……元は綺麗な花なのだけど、ね」
「そう、ですね」
　慧子も瞳を伏せる。
　華美とは言えないその花は、いつも脇に置かれる役という印象があった。それが自分と重なって、少し物思ってしまう。
　自分が主役になりたいというわけではないけれど。
（「この子たちは何かを思って弾けちゃったのかな──」）
　花の心は判らないけれど、そう思うと心は痛んだ。
　それでもカシスが声音に戦意を込める。
「何であれ。攻性植物になったなら……倒してしまわないといけないね」
「勿論。皆の脅威になるなら、やるべきことは一つだから」
　ラグエルは云いながら、清冽な冷気を敵へ這い寄らせていた。
　いつもより凶暴性が増している実感は、ラグエル自身にもある。
　それでも暴れる欲求も斬りたい欲求も、まだ弱く。喰霊刀も腰に佩いたままだから、自身で制御できるレベルだった。
　故にこそ理性的に、狙いは違わずに『氷華咲檻』。氷を広げ植物の躰を抉ってゆく。
　他方の一体が襲ってきても、既に灰が立ちはだかっている。
「悪いが、相手はこっちだ」
　言葉と同時、肉迫して数閃。
　素早く刃を抜いて剣撃を滑らせ、蔓を斬り刻んで動きを抑えていた。
　その間に慧子が凍気を抱く刀で一刀、妖力棚引く斬撃を加えれば──怜二もオーラの塊を放ち花弁を食い破らせる。
　ふらつく巨花へ、エマはブォンと音を響かせ光剣を具現。
「攻性植物は特定外来植物だから。伐採して、駆除しなきゃね！」
　と、光の斬線を描きながら振り下ろして一体を両断した。
　エマはそのまま退かず、太腿のホルスターから慣れた動作でガジェットを抜いて。
「次は……こっちだね！」
　マズルフラッシュと共に射撃。近づいていた一体を下がらせる。
　その巨花が、閃光で反撃してきても──。
「すぐに回復するからね！」
　カシスが紅翼を広げて飛翔。
　大空へ羽撃きながら、杖を大振りに振るって魔力を拡散して。涼やかながら清らかな慈雨を注がせて苦痛と負傷を拭い祓っていた。
　灰の頭の上からぱたりと翔んだ翼猫、夜朱も癒やしの爽風を仰ぎ、皆を治癒。
　キリクライシャのテレビウム、バーミリオンも料理動画を流して盾役を癒やせば──前線は万全。
　それを確認した怜二は槌へ冷風を纏って打撃。炸裂させた風で花の一端を凍らせて。
「後は畳み掛けてくれ」
「……ええ」
　判ったわ、と。応えたキリクライシャも伸ばした林檎樹に枝葉を伸ばさせる。
　瞬間、赤々と実った果実が真っ直ぐに落下する。『林檎落』──天頂を打った衝撃に、巨花は傾いでいた。
　斃れまいと抗うその植物の、花弁も蔓も、双牙は腕と脚で払い除け。
「これで、終わらせるとしよう。……受けろ」
　零距離に入りながら、閃く手刀に紅の炎を灯して。
　放つ斬打は『閃・紅・断・牙』──獣の如く靭やかに、鋭く。茎を四散させ、花を灼き、跡形もなく異形の命を断ち切った。

●碧の時間
　新緑も建物も傷つかずに終えた後は、甘味の時間が訪れる。
　人の賑わいが戻り始めた中、番犬達は店へとやって来ていた。その一角、テラスの隅へとついた双牙も、メニューを広げている。
　そうして暫し碧の美しい品の写真を眺めつつ、注文。
「では、パフェで」
　やってきた品は、たっぷりのクリームや果実が華やかな一品だ。
　双牙は早速、果実を一口。
　瑞々しさと香りが口に広がって──クリームと共に食べると滑らかな甘さが加わり違った味が楽しめた。
「……成程」
　美味だな、と。実感と共に呟き、食を続ける。
　さらりと音が聞こえて、視線を遣れば……爽やかな風に揺れる翠が見えて。目にも耳にも初夏の彩りを感じられる。
「──また来るのも、いいだろうな」
　瞳を閉じ、思いを巡らせながら静かに呟いて。
　それからまたクリームをたっぷりと掬って口に運んでいった。

「普段はあんまり食べないが、こういう機会こそ楽しむべきだよな」
　先刻までは真面目に戦っていたけれど、実はメロンを楽しみにしていたから。期待の心も相まって、灰はメニューを悩み中。
　迷った結果、生クリームてんこ盛りは少しきついからとプリンを注文。新鮮な果実が沢山乗った一皿がやってきた。
　早速ひとかけを食べると、爽やかな果汁と甘味が快く。
「少し分けてやろうな」
　果実とプリンとカラメルを、掬って差し出すと──夜朱ははぐはぐと食べて、満悦の鳴き声を返していた。
　さらに追加注文で、ソルベを一皿。メロンを使ったスイーツにも色々とあるもんだと、ひんやり食感を楽しんでいく。
「それにしても──」
　見つめるのは新緑に溢れる庭。
　夏の足音を感じる、心も明るくなりそうな緑色。
　ふと横を見遣ると──それに似た色を持つ夜朱の瞳が見ているのは、もっと薄くて鮮やかな翠とオレンジの集まりだから。
「ああ、いつも通りだ」
　長閑な時間の流れ。
　それを楽しむように、灰はまた食を再開する。

　クリーニングの能力で身支度を整えてから、キリクライシャはテラスへ。
　涼しい木陰の席で、器の中に多層が燦めくヴェリーヌを注文していた。
「……良い色合い、ね」
　ムースの乳白と、果実のジュレによる澄んだ碧。
　そのストライプが何とも鮮やかで。
「……層を美しく整えるのも、ここのパティシエの技よね」
　早速口に入れると、さらりと溶けてまろやかな美味。生の果実を含んだ層もあって、メロンそのものの味を感じられる。
「……熟れ過ぎない丁度いいタイミングの甘い香り……」
　その華やかで、上品な風味を堪能しつつ。庭にかすみ草を見つければ、その清楚な眺めも一緒に楽しんだ。
　ふと、美しい碧のジュレを掬うと──バーミリオンが目のイラストを浮かべる。
　それが自分の目を指していると気づいて、キリクライシャはぱちくり。
「……同じ色に見える……？」
　バーミリオンは肯定の頷き。
　キリクライシャは仄かに目元を和らげつつ……。
「……でも、ここまで甘くはなれないわよ？」
　戯れ半分に言ってみせながら。
　そんな時間も楽しんで、食事を終えると──メロンのジャムもお土産に購入。木漏れ日の下を、帰路へ歩み出してゆく。

　カシスと怜二は共に席につき、品を選び始めていた。
「メロンスイーツと言っても種類があるようだな」
　様々な碧色の写真の数々に、怜二は逡巡。
　元より興味を抱いていたメロンの甘味、どれも予想以上に美味そうで……視線も少々彷徨っている。
　カシスも頷きつつ、それでも雪のような白のクリームに惹かれていた。
「俺は、メロンのショートケーキを頂きたいね」
「それも良いが……そうだな、俺はメロンタルトを頂くとしようか」
　怜二も最後には決心して注文。
　品が来ると──ほう、と感心交じりに見つめた。
　タルトは厚く切られた果実が花のようにたっぷりと盛られていて。果汁を含んだ薄緑のナパージュが全体を艶めかせている。
　カシスの頼んだケーキは、ふんだんなクリームと、側面に見える果実のコントラストが美しくて食欲を唆った。
「それじゃあ食べようか」
　わくわくと、早速フォークで切って食べると──カシスは目を開いて。
「おお」
　蕩けるクリームとふわふわのスポンジ、その間に感じられる果実の香り。噛むとじゅぷりと果汁が溢れて口の中が幸せだ。
「やっぱり旬のメロンは最高の味だね」
「ふむ。此方も中々」
　と、怜二もタルトを食べて頷いている。
　決して甘すぎず、表面の艶は香り重視。それでいて果実は芳醇な風味で、小気味良い食感の生地と良い相性だ。
「程よい甘みが絶品だな」
「美味しそうだね。もう一品、頼んじゃおうかな？」
　カシスがメニューを取ると、怜二もそうだなと目を向けて。
「俺ももう一つや二つ、頼むとするか……」
　まだまだ終わらず、甘味の時間は続いていく。

　いよいよお待ちかねのメロンだと、エマは期待一杯。
　メニューを一つずつ眺めて……気になるものを発見していた。
「生ハムメロン……？」
　何だか不思議と興味を惹かれて、注文。ことりとテーブルに置かれたそれを、まじまじと見つめる。
　名の通り、メロンにプロシュートが巻かれた品だ。
「こ、これはどうやって食べるのかな……？」
　思わず困惑に、ちょっと眦を下げて。
　それでもまあいっかとフォークで刺すと──。
「生ハムから食べちゃえ！」
　ぺろんとハムだけを取って、その全部を一口で頂いた。
　塩気があって、それ自体は旨味も強く美味。通りすがりの美食家が卒倒しそうな食べ方……かも知れないけれどエマは楽しげに。
「次はメロン！」
　良い香りの果実を口に運び、涼しげな甘さを味わう。
「やっぱりメロンは甘くて美味しい」
　それは今年も変わりなかった、と。
　そんな思いと共に、エマは暫し余韻と涼風を愉しんでいた。

「あ、これ良さそう……」
　慧子がメニューの中に見つけたのは、ミルクレープ。
　クリームの間に、ジュレの層とピューレの層が重なっている品で──注文して目の前で見ると、その色合いも鮮やかだった。
　とは言え、頼んだのはただ綺麗だからだけではない。
　メロンはぐずぐずになるぐらい良く熟れたものを好む者として、完熟メロン使用の文言に惹かれたのだった。
　実際、表面にもたっぷりとかかった碧色を掬って食べると……。
「ん、美味しい……！」
　ふくよかで濃厚な甘さが、ダイレクトに感じられる。
　それでいて風味がしつこくないのは、ひとえに果実の選び方が良いからだろう。
「自分じゃ見極められなくて……！」
　プロの目利きに感動も覚えつつ、慧子は一口、また一口と食を進める。クリームで一層引き立つ味に、幸せな吐息を零すのだった。

　テラスで柔い風を浴びながら、ラグエルはソルベを頼んでいた。
　濃くないとは言え未だ狂気も渦巻いている。冷たい品があるなら、それでクールダウンしようと思ってのことだった。
　運ばれてきたそれは、碧の水晶のよう。澄んだ色合いに、ひんやりとした温度を纏った美しい一品だ。
　スプーンで口に運ぶとその冷たさが心地良く。
「……うん。良い甘さ」
　溶ける食感に、しっかりとメロンの甘味も吹き抜ける。食べ終わる頃には、心身ともに落ち着いていた。
「それじゃあ、後は──」
　と、食後にはお土産の吟味。
　綺麗なタルトと、料理にも使えるメロンのピューレを見つけるとそれを包んでもらい。
「さて、帰ろうかな」
　弟と友人の顔でも見に行こう、と。
　決めると足取りも仄かに楽しげに。夏の始まりの風に髪を揺らしつつ──帰り道へと進んでいった。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年5月18日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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