春の残響

作者:崎田航輝

 春の終わりが近づいて、薄い紫が色づいてゆく。
 公園の中に伸びる道に、高い位置から枝垂れる花があった。
 それは旺盛を迎える藤の花。紫色のトンネルを作るように長く藤棚を形成して──陽光に優しく輝いていた。
 そこを訪れる人々が多いのは、藤まつりが催されているからでもある。
 景色を愉しむばかりでなく、露店で食べ物を味わって。藤をモチーフにした小物の市でも買い物をして、老若男女が和やかな賑わいの中を過ごしていた。
 と──そんな眺めから少し離れたところ。
 道から外れた植え込みの奥、草木が生い茂る中に横たわっている機械があった。
 それは土にまみれたスピーカー。
 いつかの祭りに使われていたものなのか、あるいは投棄されたのかも判らない。古い型である上、既に壊れて久しいらしく──もう二度と鳴ることはない、はずだったが。
 かさりかさりと、そこへ這い寄る影がある。
 それはコギトエルゴスムに機械の足が付いた、小型ダモクレス。壊れたスピーカーに近づくと、内部に侵入して一体化。俄に動き出していた。
 手足を生やして植え込みを出たそれは、まるで自らの存在を報せるかのように大きな音を響かせて。驚きを浮かべる人々へと、襲いかかっていく。

「藤の花が綺麗に見られる季節ですね」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は集まったケルベロス達へそんな言葉をかけていた。
 とある公園では藤まつりが開催されて、藤棚の景色で人々を集めているという。
「ただ、そこにダモクレスが出現することが予知されたのです」
 放置されていた旧いスピーカーがあったようで──そこに小型ダモクレスが取り付いて変化したものだという。
「このダモクレスは、人々を襲おうとすることでしょう」
 それを防ぐために現場に向かい、撃破をお願いします、と言った。
「戦場となる場所は公園内の道の一角です」
 敵が草木の奥から出てきたところを、こちらは迎え討つ形となるだろう。
「人々については警察が事前に避難をさせてくれます。こちらが到着するころには皆が逃げ終わっていることでしょう」
 こちらは現場に着いたあと、戦闘に集中すればいいと言った。
「周囲の被害も抑えられるでしょうから──無事勝利出来た暁には、皆さんもお祭りを見ていっては如何でしょうか」
 園内には長く続く美しい藤棚の道が伸びている。
 ゆっくり散歩してもいいだろうし、出店で食を味わったり、小物市に寄っても良い。爽やかな気候の下、晩春の時間を楽しめることだろう。
「そのためにも、是非撃破を成功させてきてくださいね」
 イマジネイターはそう言葉を結んだ。


参加者
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
六星・蛍火(武装研究者・e36015)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
キース・アシュクロフト(氷華繚乱・e36957)
紺野・雅雪(緋桜の吹雪・e76839)
四季城・司(怜悧なる微笑み・e85764)

■リプレイ

●花路
 藤紫に解けた陽光が煌めいて、道を照らす。
 幻想のようなその景色を、公園に歩み入った四季城・司(怜悧なる微笑み・e85764)はじっと見つめていた。
「やはりこの季節になったら、藤の花が綺麗だよね」
「……うむ。日本は四季によってこういう祭事があるのも良い」
 と、キース・アシュクロフト(氷華繚乱・e36957)も爽風に白妙の髪を靡かせて頷く。
 事実、その眺めは美しくも趣深く。
 自身も好きなその花に、賑わいが混じれば愉しくなると想像できるから、紺野・雅雪(緋桜の吹雪・e76839)の声にも期待が滲んだ。
「祭り、とても楽しみだな」
「ええ。けれど──スピーカーのダモクレスだなんてね」
 と、六星・蛍火(武装研究者・e36015)が仄かに眠たげな瞳で、それでもしかと見据える草木の間。
 その影から姿を現すひとつの機械がある。
 それは古めかしい色と形を残したダモクレス。
「春の音の名残りでも、聴かせてくれるのか?」
 問いながら、ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)の声は鋒のように鋭い。それがもう、音色を聴かせるだけのものじゃなくなったと識っているから。
 応えるように、スピーカーは音を鳴らすけれど──確かにそれは命を奪う凶器の音色。
 ただ、旧いその曲は賑わいを盛り上げるような旋律でもあって。
「お前もお祭り行きてえのか」
 尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)はその心を感じて口にする。
 故にこそ、護るべきものを護らなければいけないから、と。
「悪いな。ここは通してやれねえんだ」
 だから思いっ切りかかってこいよと、自身が笑顔で立ちはだかって。
「お前の声、聞いてやるぜ」
 言うと折り紙の紙兵を風に乗せ、防護を整え真っ向から戦う意志を示した。
 スピーカーはそれに対し、大音を鳴らそうとする。けれど既にビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)が頑強な腕を突き出している。
「悪いが、先手は譲れないな」
 滾るグラビティを大地へ注ぎ込み、礫に纏わすのは焔。
 瞬間、足元から突き上がる衝撃は──『炎礫射撃』。
 己が発する臙脂色に交じえて、匣竜のボクスの白橙色の炎も燃え盛らせて。二彩の炎撃でスピーカーをよろめかせた。
 そこへキースが風裂く蹴撃を加えれば──ノチユも黒髪に宿る星屑を陽に煌めかせて、光を伴う刺突で体勢を突き崩す。
 スピーカーは倒れ込みながらも鐘の音を轟かせた、が。
 その音を包み込む程の光が周りに満ちる。
 キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)が林檎の枝を巡らせ、眩い黄金を結実させていた。
 零れ落ちた果実は、甘やかな感覚で傷を癒やしながら。清浄なる加護となって皆の内奥へ留まっていく。
 そこへボクスが癒やしの光を注げば盾役の体力も保たれるから──キリクライシャは傍らのテレビウムに視線を落とした。
「……リオン、お願いするわね」
 奔るバーミリオンはそれに応え、ナイフを突き出しスピーカーを穿つ。
 衝撃に後退したその躰へ、逃さず迫るのが蛍火だった。
「さぁ、行くわよ月影。サポートは任せたからね!」
 匣竜が鳴き声と共に、月光の加護を攻撃役の仲間へ注いで前線を万全にすると──蛍火はそのまま敵の零距離へ。
 ドレスの裾を柔く翻し、半円を描きながら抜刀。光の粒子を伴った斬撃で温度を奪って機械の体を軋ませた。
 スピーカーは間合いを取ろうとする、が。
「その素早い動きを、封じさせてもらうぞ!」
 雅雪が風に舞うように高く跳躍。宙で翼を顕にして、羽撃きながら加速していた。直後に蹴撃で脚の一端を破砕してみせると──。
「頼むぜ!」
「了解、任せて」
 涼やかに返した司が翼を輝かせ、光を蒼空に刷く。滑空しながらきらりと振り翳すのは──美しきレイピア。
「僕のこの剣技を、避けられるかな?」
 切っ先から生み出す風を、紫に耀く衝撃波と成して。『紫蓮の呪縛』──取り巻く嵐の如き斬閃でスピーカーの体を深く切り刻んでいった。

●決着
 ゆらりと立ち上がるスピーカーは、破損した部位から火花を零す。
 このまま破損が進むなら、きっとその機械は原形も残らないだろう。
「投棄などせず、正規の手続で処分願いたいところではあったがな」
 ビーツーは呟きながらも、手斧を握る。見ればスピーカーは傷つきながらも戦いの歩みを止めていないから。
「人々を襲うならば、きちんと壊してしまうほかあるまいな」
「うん、祭りを荒らさせる訳にはいかないしね」
 司が淀まず答えれば──そうだな、と雅雪も躊躇わずに走り出して。
「さっさと倒しちまうとするか」
 言うと同時、揚力を利用し高速で跳びながら──。
「これで、燃やし尽くしてやるぞ」
 スピーカーが仰ぐ時間すら与えずに、脚に這わせた豪炎で灼熱の衝撃を見舞っていた。
 蹈鞴を踏む機械の躰へ、司も艶やかな程に鋭い刃を握り込み。
「この鎌で、切り刻んであげるよ」
 鋭い風音を鳴らして投擲し、足元を寸断してみせる。
 そこへビーツーが青光靡かす斬打を叩き込めば、転げるスピーカーは、それでも鐘の音を鳴らした、が。
 仲間を蝕む苦痛を、広喜は青に燦めく花風で吹き飛ばしてみせる。
「これで、苦しくないだろ」
「……後は、こちらで万全を期しておくわ、ね」
 と、キリクライシャも魔力の光を昇らせ、宙に虹を架けていた。
 きっとあの機械は──祭りの賑やかさにまた、混ざりたくなったのだろう。音を聴く程に、そう思えてならない。
 それでも自分はその音を届かせるわけには行かないから。七彩の鼓舞で皆を癒やしきり、力も押し上げた。
「……攻撃の手は、お願いね」
「ああ、了解した」
 応えたキースは白光する魔法円より幻竜を顕現、燃え盛る炎で反撃する。
 ふらつきながらも、スピーカーはいつかの唄を響かせていた。その音ひとつひとつが、やけに優しく響くから。
 ──ああ、耳障りだ。
 ノチユは突いて、抉り、蹴ってその機械を壊してゆく。ガラクタにくれてやる情なんて持ち合わせてないのだと、手心だけは加えずに。
 衝撃にスピーカーが倒れ込めば、蛍火もこつんと踏み寄って。狙い澄ました刃の刺突で硬質な躰へ罅を刻み込んでいった。
 足掻くようにスピーカーが音を発しようとしても──雅雪は譲らずに。
「これでその傷口を、更に広げてやろう」
 跳びながら冷気を纏わせた鉄爪を振り被っている。刹那、奔らす斬撃で鎌鼬の如く、縦横に傷を抉り込んでいた。
 地へ墜ちるスピーカーへ、司は一瞬の猶予も与えない。
「華麗なる薔薇の舞を、ご覧あれ」
 翔んで懐へ入ると、刃で鮮やかな花を模って。花弁を舞わすように破片を散らせていく。
 壊れゆく躰で、スピーカーも抵抗を試みようとしていたけれど。
「これで、終わりよ」
 蛍火が手を伸ばし、闇夜の弾けるが如き衝撃波を与えて。その機械を四散させ、跡形も残さなかった。

●花の時間
 風にほの揺れる花を、歩む人々が眺めていく。
 道を修復した番犬達は、周囲に無事を伝えて平穏を取り戻していた。既に祭りは再開されて、淡い香りと賑わいが満ちている。
 番犬達も散策に向かう中──ビーツーも藤棚の路へ歩み入っていた。
「ふむ。良い景色だ」
 見上げるそれは美しく、宝石のような光を瞬かせている。
 それでいて眩しすぎず、昏くもなく。快い灯りに照らされたような景色が何処までも続いていた。
「花に被害が及ばず、良かったな」
 それには肩に寄り添うボクスも、同意するようにぱたりと羽を動かす。ビーツーはそれを見ながら人々へも視線を向けた。
 愉しげに、和やかに景色を味わう老若男女。
 その平和な眺めに、守るべきものを守れたのだという実感を得ながら。
「店、か」
 ふと道の脇に見えたのは仄かな甘い匂いを薫らせる出店。そこにソフトクリームの文字があるのを見て、立ち寄った。
 購入したのは、ベリーで色と甘酸っぱさを加えた藤色の綺麗な一品。
 ビーツーが渡してあげると……ボクスはきゅっと目を見開き受け取って、はぐりとかぶりついていた。
 ひんやり感と甘味を楽しむ、そんな姿をビーツーは眺めながら。
「もう少し歩いていくとしようか」
 花の道へと再び入ってゆく。

 頭上を覆う、枝垂れた藤色の天井。
 キリクライシャはゆっくりと歩を進めながらその彩を仰いでいた。
「……とてもよく、咲いているわね」
 しっかり見ようとすると、高さに少し首が痛くなる。その事実が少し面白くて。横を見れば、傍のバーミリオンもまた画面を上に向けていた。
 キリクライシャは仄かに瞳を和らげまた視線を上へ。
 垂れ下がるその様子は優美だけれど。
「……今にも降ってきそうね」
 そのまま歩みを続けると、花の景色が動いて不思議な感覚だ。まるで幻想の中を揺蕩っている気がして。
「……確かに、酔いそう?」
 恋に、愛に、或いは情に、と。
 花言葉も想起しながら思っていると……隣のバーミリオンは何故かお酒の画像を示しているのだった。
 そうして景色を見た後は、出店でりんご飴を確保。綺麗な紅と甘い香りを楽しみながら、小物を見て回る。
「……これ、綺麗、ね」
 と、一角で目を留めたのは藤の簪。
 花の形の意匠が上品で、可愛らしくて。それを買うと、ふたりでまた藤の下へと歩んでいった。

 クレープにベビーカステラ、藤色のもなか。
 ノチユは巫山・幽子の食べたいものを、出店でさくさくと購入していく。
「三色団子も、買おうか」
「お団子……食べたいです……」
 幽子が瞳を小さく輝かせれば、ノチユは頷いてそれも加えて。藤棚の傍のテーブルと椅子について、一緒に食事を始めた。
 クレープをはむはむ、団子をもにもにと食べる幽子を見つつ……ノチユは冷えたお茶と共に、ミニカステラをひとつ貰って一息。
 寒くないし暑くもなく、ひきこもりにも助かる季節だと寛いで。
 ゆらゆら耀く花を、見遣る。
「風に揺れる藤が、綺麗だね。グラデーションみたいで」
「はい、とても……」
 その美しさに、幽子も仰いで心から頷いていた。
「幽子さんちの庭も、春の花はもう終わりがけかな」
「そうですね……少し寂しいですが……」
 来年の春と、そしてもうすぐ見られる夏の花が楽しみと穏やかに言う。ノチユは、ん、と頷いて──食事が終われば少し休んでから歩み出した。
「散歩しようか」
 そうして二人で、藤棚の路へ。
 祭の賑やかさも一、二年ちょっとで随分慣れた気がすると、ノチユは活気を見回す。
 幽子との藤も、二度目で。
 隣を見れば、五月の光と花の影に透ける姿が、前よりずっと近く見えた。
 神様みたいに思っちゃ駄目だ、と。己に言い聞かせれば、本当に普通の女の子で。
「……」
 見つめていると、視線が合った幽子が柔らかく笑み返してくる。
 だから向こうもそう思ってくれてたら、と。期待もしながら、ノチユは幽子と共に花風の中を進んでいく。

 黒い浴衣と羽織の姿で、広喜は待ち合わせの場へ。
 そこに居るのは、藤文様の白い浴衣と羽織に身を包んだ、君乃・眸。広喜の凛々しい姿に見惚れながら、柔い表情で迎えた。
「戦いお疲れ様、広喜」
「おう、眸も援護ありがとなあ」
 広喜が笑顔で応えると、どちらからともなく藤棚の間へと歩き出す。
 そうして陽の光が鮮やかに翳ってきて、段々とひとけがなくなれば──眸は広喜の手を取り、広喜も握り返して。
 手を繋いだまま、のんびりと歩を進めた。
 淡紫の光に合わせて、二人の手もゆらゆら揺れて。藤のトンネルの幻想的な風景を共に愉しんでゆく。
「綺麗だなあ。花が綺麗だって感覚、ダモクレスだったころは知らなかったな」
 広喜が実感と共に口にすれば、眸も肯き視線を巡らせていた。
「こウいう景色を眺めルと、地球を守らねばと、いっそウ思う」
「うんっ、そうだな」
 だから今日も守れて良かったと、広喜も改めて心に強く思うのだ。
 と、広喜は視線を下ろしてから少しばかり声を上げて。
「眸、これっ」
 見れば地面にも藤の花弁が積もり、美しい色彩を成していた。
「すげえ、紫の絨毯みてえだ」
「そうだな」
 本当に、と。眸も示された道に目を向けて微笑む。
 そうして紫の絨毯の柔らかさを足の感触でも覚えながら、辿り着くそこは一層花が深く。
「眸と一緒に歩く道だから、こんなに綺麗に見えるのかな」
 広喜がはしゃぎながら顔を向けると、自然と、目が合った。
 藤の中の眸が、とても綺麗で。
 眸もまた、視線に導かれるように──藤の花の影の中、そっと顔を寄せる。
 何が起こったのかは、二人と藤だけの知ること。さらさらと、涼やかな花の音ばかりが優しく響いていた。

「待たせたな」
 そよ風の中、キースが軽く手を振って合流したのは──グレイシア・ヴァーミリオンと、レフィナード・ルナティーク。
 藤棚も出店も見たいし早く行こうと、共に花色の路へと歩き出していた。
「へぇ──」
 と、グレイシアは瞳を巡らせ声を零す。
 陽光が藤色に溶けた空間は淡く美しく。一人だったら絶対行きそうにない場所だなぁ、と素直に思った。
 レフィナードも感心の声音だ。
「これは見事なものですね」
「ああ、そうだな」
 と、応えながらキースは……二人の反応に深い溜息。
「これで一緒に来たのが女性だったら口説くんだがなぁ……」
「女性?」
 はたと目を開いたグレイシアは、顔に悪戯な笑みを浮かべる。
「マジかぁ、今日女装用のウィッグ忘れちゃったんだよねぇ」
「そのままでもお似合いですよ」
 レフィナードも微笑みを返していると……キースはそういうことじゃない、とまた息をつくのだった。
「でもさ、実際2人はどんな口説き文句で女性オトすの?」
 グレイシアがふと尋ねると──キースは遠い目。
「必要ないさ。俺には可愛い恋人がいるからな。……名前は『仕事』っていうんだ」
 土蔵籠り兼自宅警備員のグレイシアはえぇ、と本能的に青い顔。逃げるように逆を見遣ると、レフィナードは口説き文句ですか、と頷いて。
「ご存知ですか? 藤の花言葉には『恋に酔う』というものがあるそうで。この気持ちが藤のせいか素面になれる場所で確かめてみませんか?」
 顔を近づけ、声のトーンを落として。
「最も『決して離さない』の方になるかもしれませんが──。などでしょうか」
「……」
 グレイシアは一瞬真顔になった後、スーッと視線をキースに向ける。
 キースは僅かに口を開閉させてから。
「お前それさぁ……男相手に冗談で言うレベルじゃなくねぇ?」
「おや、キースくん。いつものクールはどこ行ったのかなぁ?」
「……悪かったな」
 グレイシアが笑いを堪えて言うと、キースは何とかそう返したのだった。
 その後、レフィナードが何事もなかったかのようににっこりと土産物屋へ誘えば……二人も素直に頷いて。共に祭りの時間を続けていく。

 叙情的な花色と、明るい賑わい。
 その眺めは晩春と初夏、二つの趣きを感じられるようで。
「僕たちもどこかに寄っていこうか」
 司は祭りを見渡しながら、歩み出すところだった。
 頷いて並ぶ蛍火も、紫紺の瞳でぐるりと見回して。多彩な屋台や露店に、興味深げな面持ちだ。
「色々と出店があるわね」
「なら、まずは食を味わいに行くか?」
 と、笑んで闊歩していくのは雅雪だ。自分もまずは店に寄ろうと思っていたところ、迷いなくそちらへ向かっていく。
 二人も顔を見合わせると、一先ず同道。甘い匂いに香ばしい匂い、祭りらしい音と芳香の満ちる中、店をひとつひとつ眺め始めた。
 中でも蛍火が惹かれるのは、甘味だ。
「饅頭みたいな物とかあるかな?」
「あ、この辺じゃないかな」
 言って司が足を止める、その視線の先にはどら焼きや煎餅など和の味が並んでいる。
 月影がぱたぱたと、そこに饅頭の店を見つけて羽ばたいていくと……蛍火も後を追って。自分の分と、さらに月影の分も饅頭を買った。
 ふーむ、と雅雪は顎をさする。
「美味そうだな。俺も買っておくか」
 言って一つ二つと購入しつつ……更に焼きそばやたこ焼きと、祭りの定番を見つければそれも購入。
「こんなもんかな」
「それじゃあ僕も」
 と、司もじゃがバターや焼きとうもろこしといった塩味に加え、あんず飴やイチゴ飴も買い揃え……飲み物はお茶にして、皆でベンチに座り食べることにした。
 麗らかな陽に揺れる藤を眺めつつ──蛍火は月影と一緒に、饅頭をあむり。餡子もたっぷりで疲れも癒える甘さだ。
「ん、美味しいわ……」
「おお、本当だ」
 と、雅雪も自分のものを齧りつつ同意の笑み。更にたこ焼きと焼きそばで濃厚なソースを味わえば、際限なく食べ続けられそうだ。
「やっぱ、祭りはこうでないとな」
「そうだね」
 ほくほくのじゃがバターをつまみつつ、司もクールながらに満足の頷き。デザートに甘味も楽しんで、ふうと一息ついていた。
 それから蛍火は立ち上がって。
「折角だし、最後に藤棚の下を歩いていきましょう」
「歩きながら食べられるものも、買ってくか」
 雅雪が串団子を調達すれば、司もそれを受け取って──皆で花の天井の下を歩いてゆく。
 色づいた光に、淡く瞳を細めつつ。蛍火はふと呟いた。
「綺麗ね」
「ああ。守ったかいがあった」
 こうしてその花が見られてよかった、と。
 雅雪も心から言えば、司も微笑みを見せて。
「向こうに行くと、もっと花が沢山ありそうだよ」
 藤棚の濃い場所があれば、そこへ二人を連れるように踏み出して──三人で暫し、藤色の時間を過ごしていく。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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