器に咲く

■リプレイ

●春花
「うーん、美味しそうだ……」
　優しい春風に甘やかな匂いが溶けて、心を惹きつける。
　そんな店の前の道へ降り立った瀬入・右院（夕照の騎士・e34690）は──ディスプレイされたメニューの写真をまじまじと見つめていた。
「完璧を意味するパルフェから来ているだけあって、この一つで完結するスイーツですよね……」
　考えた人、すごい、と。
　声には改めて感心と期待を含むけれど──。
「ブルーベリーもあんなことにならなければランプみたいな花を楽しめたろうになぁ」
　右院は言いながら振り返る。
　すると──庭に咲く花木の中。そこからゆらりと這い出る植物の影が見えていた。
　蠢く異形と化したその姿に、カシス・フィオライト（龍の息吹・e21716）はへぇと声を零している。
「ブルーベリーの攻性植物とは、また珍しいものも出てきたね」
「ああ。美味しい実をつけて目と舌で楽しませてもらえる樹──そこに随分と厄介なものが取り付いたものだ」
　頷きながら歩むのは北十字・銀河（星空の守り人・e04702）。店にも道の先にも、行かせぬように立ちはだかっていた。
「少し残念だが、元凶は取り除かないとな」
「そうだね。僕もブルーベリーは好きなのだけど……性植物になったからには油断せずに行こう」
　と、四季城・司（怜悧なる微笑み・e85764）もまた冷静な相貌を崩さずに。美しき三対の光翼をふわりと広げて翔び上がると手刀へ鮮烈な光を纏わせている。
「──始めようか。まずは、この刃で凍結させてあげるよ」
　瞬間、腕を振り抜き一閃。蒼紫に耀く冷気で三体の根を蝕んだ。
　そこへ右院が氷気の剣風を浴びせれば、巨花達は苦痛に嘶く。それでも敵意を顕に前進してきた、が。
　その只中へ眩い光が降り注ぐ。
　キリクライシャ・セサンゴート（林檎割人形・e20513）が掌の上へ濃紅に耀く小さな太陽を顕現。光線を照射して敵陣の足元を浚っていた。
「……リオン、中央の一体を」
　次いで傍らのテレビウムへ言葉をかければ──頷くバーミリオンがフルーツナイフを振るって一体の枝を削ぎ落とす。
　その巨花はよろめきつつも反撃に花弁を揺らめかせた、が。
「冷気と光──そこに熱も、加えてやるさ」
　討つ為に必要ならば、と。
　揺蕩う紅蓮が景色を歪める程の陽炎を生む。
　それは魔剣を真っ直ぐに翳した緋色・結衣（運命に背きし虚無の牙・e12652）の業。地の底に蠢く悲憤の魂を呼び覚ましていた。
　獄炎＜悠久の災禍＞──自身を媒介に放つ煉獄の業火は、生を否定するように永劫の命の権化達を赤熱に包み込む。
　一体は藻掻きながら、それでも芳香をばら撒き抗った。
　紛れもないブルーベリーの薫り。魅了される程のそれに、しかしリュシエンヌ・ウルヴェーラ（陽だまり・e61400）は怯まない。
「大好きなブルーベリーに取り付くなんて、なかなか勇気あるのよ」
　それでも認めてはあげられない。
　だって──じゅーしぃな果実は、パフェにたっぷり添えるものだもの。
「だからムスターシュ、だっしゅで倒してパフェ食べようね！」
　言うと、翼猫が高らかに鳴いて応え、翼で芳香を吹き飛ばす。リュシエンヌも深緑の鎖を魔法陣型へ展開し、皆を聖なる光柱に包んで癒やした。
　同時、カシスも杖を天へ翳している。
「雷の障壁よ、仲間を護る力となってくれ！」
　雷を操る龍の角を削って作られたと謂われるその杖は、蒼空にも雷雲を喚び起こし。眩い稲妻を奔らせて壁を成し、弾ける煌めきで皆を回復防護する。
　仲間が十全となれば──敵陣へ森の如き清風が吹く。
　翡翠・風音（森と水を謳う者・e15525）が奔り出し、細身の槍を振るっていた。
　すべらかに薙がれた風は無数の葉を従えて、木枯らしの如く気流を巻き込みながら三体を削ってゆく。
　そのまま皆は集中攻撃へ。標的外の二体が反撃を狙おうとすれば──。
「銀河さん」
「ああ」
　風音の声に応えた銀河が、白銀のブレスレットを輝かせていた。
　まだお前達の番じゃないぜ、と。敵へ向けたその光は一等星の如き眩さの塊となり、星屑のように飛散して三体を押し戻す。
　その隙にキリクライシャが『陽光の珠』。清浄な加護を燦めかせて戦線をより強固にすると──。
「畳み掛けますよ！」
　反撃を免れてほっと胸をなでおろしていた右院が、すぐにきゅっと唇を結んで攻撃態勢。『秋水剣舞』──澄明に研ぎ澄まされた刃で敵陣を薙いでいく。
　そこへ司も流麗な細剣を優美に振るっていた。
「僕のこの剣技を、避けられるかな？」
　鋭く空間を横切る衝撃波は『紫蓮の呪縛』。逃れ得ぬ呪いの如く、巨花を吹き飛ばす。
　同時に銀河が流星を墜とすように飛び蹴り。光棚引く衝撃で一体を散らせた。

●決着
　春陽の下に長い影が揺らめく。
　二体となった巨花は未だ兇猛な殺意に流動していた。
　そこに異形の因子を与えた勢力の目論見を根強く感じて──風音はローズオレンジの瞳を物憂く閉じる。
「攻性植物の侵攻が、続きますね……」
「ああ。この街での事件は、何度目だろうな」
　結衣も静かな辟易を声音に交え、呟いた。幾つの花が胞子に囚われたことだろう、と。
　それでも、胞子の届く範囲に草花を置くなと言うのは余りにも無粋なのだろう。人にも花にも、咎はないのだから。
「……いいさ、何度でも植えればいい」
　それが脅威となるのなら、その時に排除するだけ。
　──無意味な戦いを終わらせるのも、業を背負い続けるのも、俺の役目だ。
　だから刃に纏う灼熱も、内奥に滾る昏き決意も、決して消えはしない。結衣はその焔を斬閃に乗せて花へ刻みつけていく。
　風音も静かに頷いていた。
（「ブルーベリーの花言葉は『実りある人生』、それに『思いやり』でしたか」）
　そんな花がこうして攻性植物と化してしまった事は、やはり悲しい。
　故にこそ、せめてこれ以上の悲劇は起こさせず。ここで過ごす時間が、人々にとって実りある素敵なひと時になるように。
「人々と憩いの場を護る為にも、参りましょう」
「──勿論です！」
　応える右院は凛然と敵へ飛翔していた。
　這いずる巨花が枝を振るう前に一閃、銀灰の髪を踊らせながら回転斬撃を繰り出すと──銀河が獅子と天秤、双光を宿す剣撃を重ねていく。
「よし、次は頼む」
「……任せて、頂戴ね」
　飛び退いて開けられた射線に、キリクライシャが直進。低空を滑りながら、翼で風を下方に流して前方宙返り。流線を描く蹴りで一体を砕いた。
　残る巨花は枝を振るう。が、銀河が二振りの剣を盾にして受け止めて──。
「甘いな、仲間に傷一つもつけさせはしないぜ？」
　そのまま枝を弾き返す。
　自身へのダメージは零ではない、が、直後にはカシスが藍紅の魔力を自身の手元へ纏わせて傍へ駆け寄っていた。
「これですぐに、処置するからね」
　手先を素早く奔らせると、光の軌跡が傷を縫うようにして痛みを薄らがせてゆく。
　同時にリュシエンヌも白妙の輝きを掌から零していた。
　美しい花を象るその光は、はらりと花弁へほどけて行きながら、優しく傷痕を拭って癒やしていく。
「さあ、ムスターシュもお願いね？」
　声に応じてムスターシュも柔風を仰いで治癒を進めれば──風音の翠竜、シャティレも木漏れ日の光を与えて体力を保たせた。
　その間に風音が『音無きものの交唱』。無機物の波動を刃へ具現し、風に水気を交えた鋭い一閃を敵へ叩き込むと──視線を受けた銀河も疾駆。
　──ネメアの獅子よ！
　神話の獅子の力を纏わせた刃で燦めく斬撃。『獅子王』の一刀で花弁を切り飛ばす。
　揺らぐ敵へ、司は間隙を作らず踏み込んでいた。
「華麗なる薔薇の舞に、見惚れてしまうと良いよ」
　踊らす剣撃は、花を象る麗しき斬閃。奔る衝撃に、植物が戦慄くように惑えば──司はそこから零距離へ迫り連撃。
「これで最後だよ」
　廻転して刃へ氷の渦を刷くと、刺突。異形となった茎も根も、全てを凍らせて砕き跡形も残さなかった。

●色彩の味
　戦いの後、周囲を癒やした番犬達は無事を連絡。人々を呼び戻すことで、一帯に活気を取り戻し始めていた。
　その中で、結衣は戦場の痕を暫し見遣っている。
「……全く」
　──護りたいもの全ても護れずに何をしているのやら。
　手に残るのは剣戟の感覚。いつまでも続く悲劇へ、辟易した感情が零れていた。
「……今更だな、らしくもない」
　それから首を振り、仲間に続いて店へ入る。少し休んで頭を冷やしていこうと思ってのことだ。
　和やかな賑わいに満ちる中、メニューを開いた。
　載っているのは彩り豊かなパフェだ。
「パフェ、ね……」
　想起したのは身内の四人。誰か一人でも隣に居れば気が紛れたであろう、と。
「連れて来てやればあいつらは喜ぶかな」
　それでもそう思えば、声音の憂いは殆どなくなっていた。
　優先するものが頭にあれば自分の感情は全て無視されるように。平静に戻ると、お勧めの品を味の下調べ代わりに頼み──食べ終われば静かに帰っていった。

「パフェ、どれも綺麗で美味しそうですね──年甲斐もなく、つい目移りしてしまいます」
　メニューに載る品々は正に花のようで。
　風音は瞳を燦めかせて視線を彷徨わせている。
　どれも美味しそうで迷ってしまうけれど……ふむと頷いて。
「ベリーのパフェを頂いてみましょうか。シャティレは……苺パフェ、だね」
　ぴゃう、と隣が小さく鳴けばそれに微笑みを向けていた。
　品が来ると早速、一口。ぷちりと弾けるラズベリーの酸味と、なめらかなクリームの甘味に目を細める。
　シャティレには、苺を掬って食べさせてあげた。
「美味しい？」
　はぐはぐと食べつつ、つぶらな瞳を向けるのは肯定の証。そうして手伝ってあげながら、風音はまたメニューを眺めて。
「今度また、違うものを食べに訪れたいですね──」
　その時は誰かを誘いたい、と。
　楽しみが出来たように穏やかな表情を見せていた。

　キリクライシャは席に座ってメニューをじっと眺めている。
「……どれも美味しそう、ね……」
　並ぶ品は魅力的なものばかりだけれど……探すのはブルーベリーを使った和風のもの。丁度、抹茶ベリーパフェなるものを見つけると──。
「……ほうじ茶も、良さそうね……」
　和風のバリエーションも発見し、食べ比べすればいいとそれも注文。林檎パフェがあれば、迷わず加えて──卓に色彩豊かなパフェ達が並んだ。
　ベリーの藍に抹茶の緑。それを口に含めば濃密な甘さに仄かな苦味が溶けて、趣きのある風味だ。
　ほうじ茶は苦味が少ない分、芳しさが強い。
　どちらも美味で、どちらも彩が美しく。
「……好きな色と、甘さね」
　芸術品のようなスイーツに改めて呟く。
　そして林檎パフェは、小さく切った果実の歯応え、甘く煮た果実のとろみ、果汁を含んだクリームが美味で林檎づくし。
　バーミリオンはそんな食べ比べする姿に、やれやれとポーズを取っていたけれど。
「……まさにこのパフェみたいに……実りある人生を謳歌していると思うわ？」
　キリクライシャはあむりと口に含んでは、その美味を堪能していた。

　店内の一角、司は席についてお品書きを広げていた。
「パフェが色々とあって……目移りするね」
　器に盛られる色彩の数々は写真だけでも美味しそうで迷う。
　近くに座った右院も悩ましげだ。
「本当ですね……」
　果実のパフェも揃っていて、右院は旬のものを頼もうとは思っていたけれど。
「苺もマンゴーも抹茶も、全部旬だ、どうしよう……！」
「俺は、チョコレートパフェを食べたい気分だよ」
　と、中でも最初に言ったのはカシス。アイスにクリーム、深いチョコ色が並ぶ写真に惹かれてこれしかないと即断していた。
　司も悩ましげにしつつ、和風の品に目を留める。
「それじゃ、僕は抹茶パフェを頂こうかな」
「あ、抹茶パフェあるのか──」
　メニューを眺めながら、呟いたのは横へ座った銀河。
　スイーツ男子の面もあるからか、こちらもまた多くの品に迷っていたが……苦いコーヒーや抹茶という大人の風味も好むからでもあろう、自然とそれには惹かれた。
「それじゃあ、抹茶パフェを……」
　と、銀河が少し照れつつも頼むと──右院は悩んだ結果お勧めを聞くことにする。
　すると沢山の果実を含んだ春の盛り合わせがあるということで……右院はそれを選んだのだった。
　品が並ぶと銀河は思わず感心する。
「本物は一層、美味そうだな」
　抹茶クリームが美しい緑で、薫り高い。
　早速はむりと口に含むと、快い苦味にミルクの甘味が相性抜群で。餡子と白玉もまた、上品な和の甘さを伝えてくれた。
「ん、これはいいな」
「抹茶、美味しいよね」
　同じものを食べる司も、同意してこくりと頷く。
　抹茶ソースがかかった生クリームも一緒に盛られていて、時に濃密に、時に淡く抹茶の味を調節できるのが楽しい。
　食べ進めると濃いめの蜜にもたどり着いて、深い甘味も味わえて。もぐもぐしつつ瞳を仄かに細めていた。
「うん。これ頼んで、よかったかも」
「こっちも濃厚な甘みが絶品だよ」
　と、舌鼓を打つのはカシス。
　チョコチップを含んだクリームは口どけと食感がよく、カカオの香りを口に広げる。パウダーのたっぷりかかった生チョコを合わせるとより風味が強くなり、ムースを一緒に食べればよりなめらかになって飽きが来なかった。
「そっちも、美味しそうだね」
「えへへ、とっても綺麗じゃないですか？」
　右院が嬉しげに応えて眺める春パフェは、旬の味を少しずついいとこ取りした逸品。
　赤の苺、橙のマンゴー、緑の抹茶。
　色合いの美しさを目で楽しみつつ、早速頂けば……新鮮な苺が甘酸っぱく、マンゴーは濃密な甘味。そこに抹茶入り生クリームの香ばしさが加わって美味だった。
「んー、美味しいです！」
　頬に手を当てて笑みつつ、飲み物で一度リセットして。皆と味の感想を交わしながら、右院はまた春の甘味を楽しんでいった。

「ムスターシュは何のパフェにする？」
　リュシエンヌは翼猫を膝に乗せて、メニューを選び中。
　一緒に写真を覗き込むと、全部が美味しそうで悩んでしまうけれど。
「いっぱいがんばってくれたから、好きなパフェ頼んでね？」
　その言葉に応えるように、ムスターシュはもふもふの手でプリンパフェをタッチ。
　頷くリュシエンヌ自身は──。
「これにしようかな？」
　たっぷりベリーのチョコパフェを選んだ。
　品が運ばれてくると、チョコに映えるベリーの色にまぁ、と表情を煌めかせる。
「真っ赤な苺と、お庭に生っていたブルーベリー盛り盛りね♪　守れてよかった……！」
　実感と共に頂けば、芳醇なチョコの香りに、ベリーが瑞々しさと新鮮な甘味、酸味を加えて美味しくて。
　ムスターシュもカラメルソースがふんだんなプリンにご満悦。
「食べ終わったら、うりるさんの待ってるお家に帰ろうね？」
　リュシエンヌは笑みながら、心にはその人の姿を描いて。食事の後にはムスターシュと共に、帰路についていった。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年4月30日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 2／キャラが大事にされていた 2
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。