冬の香果

■リプレイ

●冬果
　冬の匂いに加わる薫りが、一層清涼さを運ぶ。
　そんな芳香を生む金色の果実を前に──果樹園に降り立ったカトレア・ベルローズ（紅薔薇の魔術師・e00568）は声音を華やがせていた。
「レモンですか、良いですわね。酸味も、スーッとする香りも絶品で……」
「ええ。私もアロマテラピーで好んでいますが──」
　と、頷くのはミント・ハーバルガーデン（眠れる薔薇姫・e05471）。
　ただ、今その紫水晶の瞳を向けるのは無垢な果樹ではなく。
「攻性植物になったからには倒すしかありませんね」
　園の中より這い出てくる、巨樹。
　その姿は既に異形と成り果て、獣の如く獲物を求めるばかり。
　陽を透かす蜂蜜のような、美しい瞳にその樹を映し──翡翠・風音（森と水を謳う者・e15525）は寂寥の声を零した。
「爆殖核爆砕戦の影響は未だに続いているのですね」
　ならば、今できることは。
「さよならをしに行こう」
　旬の君たちが、誰かを傷つける前に、と。
　楪・熾月（想柩・e17223）は獰猛なる木々へそっと伝えると、次には澱みなき戦意を湛えて。冴え冴えと輝く白雷で仲間へ護りを齎した。
「じゃ、始めましょうか」
　と、顔を覆う面を取り払うのは安海・藤子（終端の夢・e36211）。手を下方へのばし、魔力を地に叩きつけると──。
「まずは念のため、ってな」
　逆巻く風に翠の光片を輝かせ、自己の力を高めゆく。
　湯川・麻亜弥（大海原の守護者・e20324）もまた戦線の強化を図ろうと。鮮やかな翠の蔓を螺旋状に伸ばして一帯を包み込んでいた。
「黄金の果実よ、その奇跡の実りよ、豊穣の力を以って仲間を癒して下さい」
　植物の無限回廊へ結実するのは、祝福を内包する果実。滴る甘露が融け込むと、前衛に加護が広がっていく。
「これで態勢は整いましたね」
「では、攻撃に移りましょう」
　と、静やかな表情を向けたミントは、振り抜いた腕から青薔薇色の煌きを発射。明滅する光で敵陣全体を鈍らせた。
　それでも一体だけは突っ切ってくる、が。
「させない」
　オルティア・レオガルデ（遠方の風・e85433）が腕を撓らせ、空へと槍を翔けさせた。
　直後、その穂先が驟雨の如く注ぎ、鮮烈な衝撃を齎して。敵の葉を貫き、幹を穿ち、躰をその場に縫い止めてゆく。
　そこへ風を味方につけるよう、風音がふわりと跳躍。
　翠竜のシャティレに仲間の補助を任せながら──自身は一体へ鮮やかな蹴りを加えた。
　下がりながらも巨樹は果弾を撃ってくる。が、それを麻亜弥が防御すれば、即座に反撃に出るのがカトレア。
「その身に刻め、葬送の薔薇！　バーテクルローズ！」
　刹那、隣に喚び出した残霊と共に剣線で薔薇模様を描き──最後の一突きで爆破を起こして大きく吹き飛ばす。
　その間隙に、刃を握り、歩速で拍を取るのが小柳・玲央（剣扇・e26293）。
「それじゃあ、舞おうか」
　剣を扇に見立て、踊るのは麗しくも軽やかな剣舞。
　譜面を辿るようにメロディアスに、同時に生き生きとリズミカルに。それに魅せられた空が星の加護を降ろすと、綺羅びやかな光が仲間の傷を癒やしていく。
　時を同じく、藤子が気力に魔力を交え、強大な治癒力を顕現。肉体に同化させて麻亜弥の苦痛を消失させた。
「これで動けるようになるといいんだがな」
「俺も手伝うよ」
　と、熾月がそこへ癒やしの雷光を触れさせれば、麻亜弥は万全。
　熾月のシャーマンズゴースト、ロティが一体へ爪撃を加えていくと、その巨樹はやり返そうと枝を撓らせる、が。
「こっちを見てもらおうかな」
　涼やかに言った玲央が、一際流麗に舞い『炎映・枝垂柳幕』。獄炎で水素を燃焼させ、水の膜へ光を反射させて受容体を惑わせた。
　そうして誘われるがままに這った巨樹は、既に果樹園より離れている。
　遠慮なく戦える環境なら、尚更加減を挟まずに。
「まずは一体です」
　麻亜弥が海の力を抱く靴で一撃。凍った飛沫を伴う蹴りで一体を打ち砕いた。

●爽風
　寒風に揺れながら、二体の巨樹は未だ殺意に嘶いていた。
　今や漂う香りだけが果樹であった名残のようで──。
「丹精込めて育てられたレモンが攻性植物になってしまうのは、悲しいものですね」
　風音は声音を静める。
　それでも自然を、命を護る思いがあらばこそ。
「これ以上の被害が広がらないよう、尽力しましょう」
「ええ。この香りは、爽やかで好きですけれど。危害を及ばせるわけには行きません」
　麻亜弥が言えば、それに玲央が頷いて。すべらかにターンして、薙いだ風を波動にして敵の根元を浚った。
　巨樹が止まった一瞬、ミントは残霊を飛翔させ『華空』。槍撃の乱舞と弾丸の嵐で衝撃の花を咲かせてゆく。
「さあ、ぴよ」
　と、熾月が短く紡ぐと、肩に乗るファミリアの雛がぴっと小さく鳴いた。
　瞬間、巨樹達が垣間見たのは“ぴよのゆめ 『冬のドアノブ』”。細く奔った痺れが夢幻のように幹を捕らえてゆく。
「皆、今のうちに」
「判りました」
　と、風音は細指をのばしていた。
　瞬間、美しき木の葉が鋭利な刃となる。『風葉輪舞』──自然の怒りを体現する斬閃が舞い散り、巨樹の全体を斬り刻んだ。
　ふらつく敵へ、奔り抜けるのがオルティア。
　自身が意識すら介在させず。張り巡らせた感知魔術で反射的に刃を振り抜くそれは『蹂躙戦技：舌鼓雨斬』。爽風の如き一刀で一体を四散させた。
　残る一体は強酸を撒いて抗う。が、藤子が地中に渦巻く惨禍から魔力を引き上げて皆を治癒していた。
「麻痺は厄介だからな。間に合えよ──」
「大丈夫、俺も手をかすから」
　真っ直ぐな言葉に、誰かを癒やすという鉄壁の矜持を含めて。熾月も清らかな慈雨で仲間の傷を濯い去っている。
「問題なさそうだな。なら」
　と、藤子は周囲に滾る焔を喚び出した。
「我が言の葉に従い、この場に顕現せよ。そは怒れる焔の化身。全てを喰らい、貪り、破滅へと誘え。その恨み、晴れるその時まで……」
　聲と共に焔は狼の姿となり、解き放たれた。『紅蓮の焔・狼怨』──獰猛なるそれは爪と牙を以て巨樹の躰を灼き裂いていく。
　暴力的なまでの炎は己にすら降りかかる程。
　それでも自身を省みぬ藤子は、ただ敵を灼くことに腐心していたが──それを止めるのがオルトロスのクロス。攻撃を引き取り、代わりに自身が敵へ斬撃を与えていた。
　後退する樹木は尚暴れる、が。
　その面前へ玲央がステップを踏んでいる。
「そこまでだよ」
　そっと言い含めるように、けれど放たれる拳の一撃は鋭く。はやての一撃で幹へ深い罅を生ませた。
　傾ぐ巨樹へ、麻亜弥は飛び込みながら刃物を煌めかす。
「海の暴君よ、その牙で敵を食い散らせ……」
　それは暗器【鮫の牙】──名に違わぬ刃を抱く凶器。噛み合わせることで圧倒的な破壊力を発揮し、木片を散らせながら幹をへし折った。
「さあ二人とも、このまま最後まで」
「ええ。行きますわよ」
　カトレアがしゃらりと紅の髪を揺らして視線を送ると、頷くのがミント。魔力を宿した茨で覆われた靴で、素早く巨樹へ疾駆していた。
　そのまま浅く跳躍すると、一回転して脚に業火を湛える。
「さぁ、高く燃え上がりなさい」
　瞬間、振り抜いた蹴りが直撃して樹木の全身を炎上させた。
　悲鳴ともつかぬ吼え声を上げる巨樹。そこへ逆方向から迫るのがカトレアだ。
「これで、終幕にしますわ」
　抜き放つのは目を奪われる程に美しき刀。
　曲線を描かせると、繰り出すのは鮮麗な斬撃。
「月の様に綺麗な太刀筋を、ご覧あれ」
　まるで夜空が現れたかのように、三日月を描くと──巨樹は両断され散っていった。

●香果
　仄かな香りと、穏やかな音楽が快く流れている。
　戦いの痕を癒やした皆は、周囲の無事も確認。その足でカフェへとやってきていた。
　可愛らしい色使いの店内を歩み、藤子は席につく。
「さて、美味しいお菓子でも食べて疲れを癒しましょうか」
　呟いて頼むのはパウンドケーキ。
「レモンって初恋の味って言われるけど、どうなのかしらね？」
　それを確かめるにもいい機会、と。早速一口食べてみる。すると柔らかな食感と共に、香気が吹き抜けて。
「甘酸っぱい、っていうのかしらね」
　その味に何を思ったろうか、仮面の下で笑みを浮かべて。お茶うけにもいいと、お土産にも買って帰ることにした。

　お洒落な内装は、眺めるだけでも心楽しくなる。
　店内に歩み入ったカトレアは、気品ある笑みで見回していた。
「まあ、とても素敵なお店ですわね」
「暖かくていいですね」
　応えるミントも、無表情ながら仄かに寛いだ声音を零す。そんな二人に同道した麻亜弥も柔らかく頷いていた。
「私はスイーツが食べたいです。一緒に座りましょう」
「ええ」
　カトレアは二人と共に席につき、メニューを広げる。
　二人にもそれぞれ渡してあげた。礼を言って品の写真を見つめる二人に、カトレアは暫ししてから笑みかけた。
「お二人とも、食べたいものは決まりましたか？」
「私は、喉が渇きましたので紅茶を頂きたいですね」
　ミントは品書きを見ながら応える。採れたてのレモンを使ってレモンティーに出来るらしく、それが気になったのだ。
「食べ物は、パウンドケーキを」
「では私も飲み物は紅茶にして──スイーツはレモンケーキを頂くことにしましょう」
　カトレアが決めると、麻亜弥も同じ紅茶とレモンケーキにした。
「折角の、果樹園からの直送ですから。味わってみたいです」
　ということで三者のメニューがやってくると、早速食事の時間。
　レモンケーキは、果実を象ったようなレモン型が特徴的。見目にも楽しいけれど、食べると表面のアイシングが仄かにぱりっとして小気味良い。
　そしてほわりとした生地から薫るのは涼やかな芳香だった。
「んー、レモンの爽やかな香りが絶品ですわねー」
「ええ。それに程よい酸味が美味しいですね」
　麻亜弥もあむりと齧って頷く。生地にも存分に果実が練り込まれているが、中にレモンピールを使った濃厚なジュレも入っていた。
　それが甘さと酸味のバランスがよく美味。そして紅茶を啜ると──。
「美味しいですね」
　ミントはほう、と温かな吐息をする。
　紅茶は秋摘みの茶葉で、熟成した濃厚な味わいが楽しめるもの。そこにレモンを加えると、酸味と風味が相まってとても深い香味となるのだ。
　パウンドケーキも食べつつ、ミントは頷く。
「お土産も買って帰りましょうか」
「そうですわね」
　カトレアは優しく微笑んで。三人で暫し、寛ぎの時間を楽しんだ。

　漂う清廉な香りに、シャティレは楽しみだというように翼をぱたつかせて。
　それに微笑みながら、風音は丁度テーブルに品がやってくるのを見ているところ。
　ことりと置かれたそれは、レモンケーキ。
　仄かなきつね色に、白いアイシングが透けてレモンのよう。一緒に頼んだ紅茶には、カットされた瑞々しい果実がついていた。
「綺麗な色のレモン……愛情をこめて育てられたのでしょうね」
　優しく笑み、ケーキを一口。
　甘さと、そこに交じる強すぎない酸味がとても良く合って。込められた愛情が伝わって来るかのようだった。
　シャティレは、ちょっとだけ触れて舐めてみたレモン果汁の酸っぱさに驚きつつ。風音に分けてもらったケーキと、はちみつレモンの美味しさにご機嫌だ。
　小さく尾を振るそんな姿に、風音は瞳を穏やかに細めて。温かなレモンティーを飲んで静かに息をつく。
「落ち着きますね」
　勿論、お土産も忘れたくないから。
「はちみつ風味のパウンドケーキ、お土産に買っていきましょうか」
　ぴゃう、とシャティレが鳴いて応えるとまた笑みを向けて。人々に幸を運ぶレモンが、次の季節もしかと実りますようにと、願いを抱いていた。

　熾月はロティ、そしてぴよと一緒に店内の一角へ着いている。
　旬のしあわせを十二分に味わいたいけれど。
「わぁ、これは選べないね」
　メニューを開けばレモンが目白押しだった。
　どれも悩ましく……けれど全部食べたい、ならばと。
「三人で分ければ困らないかな？」
　折角だから欲張ってしまおうと決めれば、ふたりも嬉しそう。
　そして品が来ると頂きますをして。
　ロティがマリネをそっとよそうと、ぴよがぴっとつついて食べ──今度は熾月が差し出してあげるとロティが食べる。
　レモンケーキやパウンドケーキを味わい、チーズケーキもその滑らかな口溶けと酸味の相性を楽しんだ。
　飲み物は三人お揃いでレモネード。酸味は抑えめで、ほっと出来る味だった。
「おいしかったね？」
　花のような笑顔で熾月が言えば、ふたりも肯定の返事。
　家で待つ残りの家族や仲良しさんへのお土産も忘れずに。おすすめのケーキを包んで貰い、三人は帰路についていった。

　メニューを見つめながら、玲央は悩み中。
「んー……どうしよう……」
　本気で迷うのは、スイーツ。
　幾つものケーキの、どれもが美味しそうで困ってしまう程なのだ。
　それでも、ものすごく考えた末に一つ頷いて。
「それじゃあ、蜂蜜風味のパウンドケーキ……かな」
　後ろ髪も引かれつつ、頼んだからには全力で楽しもうと決めた。
　食事はおすすめのパスタと、スモークサーモン。オイルと胡椒の風味がレモンに合うことに感心を抱きつつ頂くと……次は楽しみのケーキ。
　ふわふわの食感と、溶けるような柔らかさと。少しの香ばしさの中に混じるレモンの芳香がとても透き通っていて。
「美味しい……！」
　大事に完食すると、後はお土産。ジャムとレモンピールを買った。
「紅茶に入れても、パンケーキに乗せるとかも美味しそうだ」
　普段は珈琲派だけれど、たまに飲む紅茶がこういうときは楽しみで。そんな期待を抱いて、玲央は帰り道に向かった。

「レモン三昧、とても楽しみ……！」
　テーブルに着いたオルティアは、お品書きを見て夢いっぱいの声音。
　あれもこれもと思うけれど、まずは頼もうと食事からレモンパスタを注文する。
　スライスされた果実の乗ったそれは艷やかで綺麗。勿論食べても美味で──まろやかになった酸味が、旨味と塩気と良く合った。
「おいしい……。そのままだと、酸っぱ過ぎる、のに……料理だと、爽やかな風味に落ち着くの、不思議」
　さっぱりと、たくさん食べられる、と。
　食事を堪能した後は、レモンケーキ。
　甘味ならどうだろうと口に入れると……ふわっとした舌触りに、仄かに吹き抜けるような酸味と香り。
　中のレモンピールは美味しさを凝縮したようで、そのコントラストが楽しかった。レモネードは爽やかだ。
　もうかなり、楽しんだけれど。
「……チーズケーキも、もらおうかな？」
　予算はぎりぎりだけどねじ込んで、品のある甘みと食感を心ゆくまで味わった。
「お土産、も……ほしい、けど……、残りは生活費……。……うん」
　まだ行ける気がする、と。
　前だけを見ることを決めたオルティアは、ジャムにレモンピール、生の果実もついでに幾つか買って……そのまま帰路に向かっていったのだった。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年1月25日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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