光夜に游ぶ羽

■リプレイ

●包囲
　ネオンの光色が瞬く眩い夜。
　摩天楼に絶えず風が吹き上げる都会は、人が去った後でも静けさとは無縁だ。
　その只中にさらにプロペラ音も響くから──ミント・ハーバルガーデン（眠れる薔薇姫・e05471）は深海色の髪をはためかせながら視線を落とす。
「ドローン、ですか」
　ビル上から見据える、遠方の空中。
　街明かりを機体に浴びながら、縦横に飛ぶシルエットが見えていた。
　銀の瞳を僅かに細め、レスター・ヴェルナッザ（凪ぐ銀濤・e11206）は成程、と静やかな声を零す。
「紙飛行機やラジコンじゃなく今はあんなのが玩具か、進化したもんだ」
「最近はドローンの開発も盛んで、色々と便利になりましたね。ただ──その分、ダモクレス化の弊害もあるのですね」
　ミントの返すその言葉に、ええ、と頷くのは湯川・麻亜弥（大海原の守護者・e20324）。
　まるで遊び相手を探すように、羽を廻して宙を周遊する飛行機械。見据えるほどに、自身の危惧していた事件が現実に起きたことへの驚きは在った。
　ただ、予知できたからこそ防げる悲劇でもあるから。
「──このままダモクレスの好き勝手にはさせませんよ」
「ああ。ダモクレスに遊ばれちゃ最先端も泣くだろう。さっさと片をつけるか」
　レスターの言葉が、宣戦の合図。
　朱藤・環（飼い猫の爪・e22414）が宙へ銀粒子を撒き、きらきらとまるで星空のような煌きを描くと──。
「さあ、皆さんも！」
「ええ」
　頷く瀬入・右院（夕照の騎士・e34690）もヴェールのような光の粒を重ねて仲間の視界を澄み渡らせてゆく。
　その眩しさの中で、耳朶を打つのは優しくも清らかな歌。
　穹に羽ばたいて旋律を響かせる、愛柳・ミライ（宇宙救命係・e02784）の声。美しき愛の詩が、心を支えて皆の五感を澄明にした。
　ミライはそのまま先行して飛ぶことで、戦場に適した場を見つけている。
「向こうの交差点にしましょう！」
「では、追い込む形で──あの素早い動きを封じておきますよ」
　応じたミントは鎖付きの棘鉄球を大きく振り回していた。
　瞬間、豪速で撃ち出された棘はダモクレスの機動力を削ぎながら後方へ煽っていく。
　その間に、麻亜弥はビルからビルへと屋上を移動。素早く敵へ接近すると、大きく跳躍して空中へ躍り出て──。
「この飛び蹴りを、避けきれますか？」
　真正面から翻って一撃。海嘯を宿した魔力を弾けさせ、機体を押し出すように交差点へ追い込み始めていく。
　此方の存在に気づいたダモクレスは、まるで游び相手を見つけたというように嬉しげに羽を唸らせて。高高度に上がって機銃を掃射してきていた。
　が、弾丸の雨が前衛を襲うその時、紫の光が夜に燿く。
「悪戯な殺意を、決して通しはしませんよ」
　響くのは真っ直ぐな意志と心を宿した声音。
　ビルから跳んで、自律型ドローンと脳波稼働型ドローンを宙へ奔らせるフローネ・グラネット（紫水晶の盾・e09983）。
「ミライさん」
「はいっ！」
　上方へ声をかけると空翔けるミライが応えて手を伸ばすから──それを掴んで高空へ飛び出ながら、自身のシールドを同時展開。
　紅紫防壁陣──明滅するルビーとアメジストの光を堅固なる壁と成し、銃弾を弾いて威力を劇的に軽減させていた。
　ダモクレスは角度を変えて盾を掻い潜ろうとする、が、その面前に白銀が瞬いた。
「悪いが、させはしない」
　ネオンよりも明るい光に、ダモクレスが気づいたそれはレスター。
　右腕から漂う獄炎で宙に尾を描き、白く大きな竜翼で風を泳ぎ。機械の巨体に一切怯むでもなく肉迫していた。
　行動の疾さは、守りを確実にフローネに任せられるという信頼があってこそ。一瞬で上方を取ったレスターは、至近から砲を見舞ってダモクレスを吹き飛ばした。
「次を頼む」
「うん、任せて」
　頷く燈家・陽葉（光響射て・e02459）は追随して跳びながら蹴撃。真っ直ぐの衝撃を加えることで機体をさらに交差点へ追いやってゆく。
　その頃には、ダモクレスも此方の狙いを察したろう。形成される包囲から抜けようと低空へ下がり始めた、が。
　風を裂いてそこへ滑空するのが右院。
「逃さないよ」
　鮮やかに光る翼を十全に活かし、一瞬で距離を詰める。
　空を翔けていると、此処こそヴァルキュリアとしてカッコいいところを見せられる戦場──と思ったけれど。
　手に携えたものを改めて見下ろすと……それは槌、というより猫の手にも似たすぱすぱにゃんマー。
　これで良かったのだろうかと一瞬微妙な気持ちになるけれど……。
「まあ、これはこれで良いか！」
　性能で選んだ分、開き直れば問題はない。何より爪が熊手の形を取っているため敵の捕獲には最適だから──ダモクレスを直接捕らえてぶん回す。
　そのまま交差点方向を向くと、零距離から砲を放って機体をそちらへ飛ばした。
「あと少しです」
「では、あとは私が！」
　道を挟むビルを素早く渡りながら、応えるのは環。
　前方数十メートルに、目指す交差点はある。そこへ追いやられまいと、ドローンは羽を唸らせて自身の速度を相殺しようとしていた。
　環は給水塔を蹴って、そこへ飛びこむ。
　斜めに跳んだから、最早足元にビルはなく遙か下方に道があるだけ。
　けれど環は空中でもう一段跳躍することでダモクレスに迫り、一撃。冷気を纏ったパイルで機体を穿ち、交差点の中心へと突き飛ばした。

●空戦
　反作用で後方へと舞い戻った環は、靭やかな猫のようにひらりとビル上に着地していた。
「これで、包囲は完了ですねー」
　見渡すと、そこは東西南北の道が合流する四叉路。
　その四方を囲う高層建築に、番犬達は位置して包囲陣を形成している。
　ダモクレスは容易に突破できないと理解してだろう、浮遊したままに中央の位置で様子を見ている状態だった。
　ただ同時に、この戦況をも楽しんでいるかのように。まるで喜びの声にも似た空砲を、摩天楼に山彦させている。
　レスターはそれを見据えて微かにだけ瞳を細めていた。
「ドローン兵器、ってのもあるらしいが。あれとはこれは違うんだろうな」
　脳裏に浮かべるのは、人の手によって作られた、人の手の及ぶもの。
　けれど眼前に有るそれは最早人を離れた異物。機械を乗っ取り、命を蹂躙するための意志と矛を得た異形の命。
　なればこそ、遣るべきことは一つなのだと。
「人殺しの玩具にならんうちに、ここだけで遊び倒してやるか」
「そうですね。被害は皆無で、終えましょう」
　応えたミントは飽くまでクールに、しかし行動は迅速で淀みなく。ビルの縁に立つと銃を携えながら、淡い光を空中に顕現させている。
　それは人の形を取る残霊。宙を翔けて突き進み、ダモクレスの機体へ刺突と斬撃の乱舞を繰り出すと──そこへ連なる形でミントが銃口を向けていた。
「大空に咲く華の如き連携を、その身に受けてみなさい！」
　間断なく、咲き乱れる大輪の如き鮮やかな連撃は『華空』。締めの突撃と弾丸の衝撃が、爆発的な威力でダモクレスを大きく後退させる。
「さあ、次の攻撃を」
「判りました」
　お任せを、と。
　そこで待ち受けるのが建物の屋上からふわりと跳んだ麻亜弥。
　波打つ髪を揺らし、まるでバレエを舞うかのように優美に回ってみせながら、その脚に眩い焔を纏わせて燃え盛らせていた。
　ダモクレスは突進して麻亜弥を退けようとするが、その敵自身の速度すら威力に変えるように。麻亜弥は正面から炎の蹴撃を叩き込んで機体の一部を溶解させた。
　巨大ドローンはまるで苦悶するように駆動系を唸らせる。それでも羽の回転速度を増して風の刃を返してきた、が。
「させませんよ」
　そこへ飛来する輝きは、翼で風を掃く右院。
　白妙の髪を風に踊らせて、錐揉みの軌道で滑り込むと衝撃を身を以て受け止めていた。
　膚を裂く痛みは浅くない、けれど遠慮なく飛び込めたのは仲間を信じているからでもある。
　その証左に──既にミライが治癒の唄を歌っていた。
『どんなに願っても、涙は枯れはしない。ゼロを１に変える魔法が、生まれたときから君に掛かってる』
　響くメロディーは“KIAIインストール”。
　それは願望こそ人類の原動力たることを証明する意志の歌。
　もう少しだけ歩めるように、もう少しだけ頑張れるようにと。思う心が具現するよう、魂を濯う旋律が傷を癒やしていく。
　同時に、宙に光の花が咲くように、或いは結晶が実を結ぶように菫色の光が生まれた。
　それはフローネが煌めかす治癒の祝福。誰かを守りたいと、心に宿った穢れなき慈愛が温かな眩しさと優しい心地を与えて負傷を消し去っていく。
　ミライとフローネが空とビル上で見合うのは、それで終わりではないから。
「いきますよー！」
「ええ！」
　瞬間、ミライが合図と共にロープを放つと、前方へ跳んだフローネがそれを空中で掴み──縦方向に弧を描くように飛び上がり大きな距離を前進していた。
　敵への距離はまだ短くない、が、フローネはさらに斜め向かいの建物へフックショットを射出。半円の軌道でスイングバイして一気にダモクレスへ肉迫していく。
　その速度にダモクレスも即時に反応できない。刹那、燦めかせたエメラルド・ソードの一閃が、機体に深い傷を刻み込んだ。
　ダモクレスは即時に距離を取り体勢を立て直そうとする、が。
「レスターさん──」
「ああ」
　フローネに応えたレスターが、既に風を叩いて高速で飛翔していた。
　ダモクレスは今度は容易に追いつかれまいとして、上下方向に蛇行しながら此方を振り切ろうとしてくる。
「……全く、すばしっこいのはどうも苦手だ」
　ただ、レスターはそうぼやきながらも、敵を追う様はまるで狩りを楽しむかのように。
　敵が下がれば滑空し、上がれば大きく羽ばたいて浮上して。少しずつ、しかし確かに距離を詰めて──銀焔纏う竜骨の剣で一撃、叩き下ろす衝撃を打ち込んだ。
　樹脂の破片を散らせながら、ダモクレスは大きく高度を下げる。それでも反撃を目論見んで風を逆巻かせるが──。
「そこまでですよー！」
　爛漫な声と共にそこへ降下してくるのが、飛び降りてきた環。
　ダモクレスは横方向へ加速して逃れようとするが、環には予想済み。振り回して勢いをつけた鎖を機体に巻きつけると、大きく引っ張り自身も斜めに加速していた。
　そのままダモクレスの上に飛び乗ると、風圧を自身で受け止めながら、拳で一撃。足元を殴る形で機体に亀裂を入れていく。
　環の受けた衝撃も大きい、が、直後にそこに淡い光が一つ、二つと咲き乱れ始めていた。
　それは在りし日のアスガルドを溢れんばかりに覆った、ヴァナディースの『七色に輝く花』──右院が広げたその鮮やかな幻影。
　何処か甘い芳香までもを漂わす輝きが、傷を浚うように消滅させていく。
「これで万全、と」
　呟く右院は、同時に高空から低空へと滑空。機体へと急速に接近していた。
　ダモクレスは間合いを取ろうとするけれど、半ば環に押さえられている状態では自由も利かない。
　その一瞬さえあれば、右院が零距離に迫るには十分。
　回転して脚を撓らせた右院は、星が墜ちるかのように速度のままに蹴撃。直下へ苛烈な衝撃を叩き込み、機体を地に追突させた。

●夜空
　夜陰を照らすネオンカラーに交じって、火花が弾けて散っていく。
　半壊した巨大ドローンは、羽から異音を零しながらも再度浮遊していた。
　それはまるで、手に入れた命を手放したくないと訴えているかのようで──ミライはそっと瞳を伏せる。
「もう誰にも操作されない、自由な羽……」
　でも、と。ゆっくりと首を振る。
「ごめんね。その時間は、もうおしまいにしない、と」
　誰かを傷つけてしまうのなら、それはきっと元となった機械が望んでいることではないのだからと。
　ダモクレスはその言葉に抗うように、動力を唸らせて突進を試みる。
　が、オウガメタルを前方に伸ばし、張力で引き寄せるように最接近した右院が焔を宿した飛び蹴り。プロペラの一端を四散させながら同時に機体に飛び乗っていた。
「行かせないよ」
　ダモクレスは方向を変え、右院を壁に打ち当てる形で体当たりを見舞う。
　けれどミライが苦しみを拭う唄を歌って治療すれば──環も癒やしの気を猫の形の魂へ練り上げ、拳を振るって撃ち出していた。
　それは『気功式・療猫砲』。眩く疾く、傷も不調も捕食するように消し去っていく。
「このまま行きますよ！」
　環がパイルを放って機体を貫くと──フローネも続いてビル上からジャンプ。ミライとノールックで手を握り合い、方向転換をする形でダモクレスに降り立った。
　そのまま銃口を押し当て、接射してプロペラの一基を完全に破砕すると──。
「お願いします」
「判った」
　応えて入れ替わりに機体に飛び乗るのがレスター。右腕の獄炎を剣先から火柱にして昇らせ、梁龍の如く畝らせている。
「夜遊びは危険だとこれで学んだか」
　──街は眠らねえが、お前は眠れ。
　声と共に加える『檣』の一撃が、機体を食い破り破壊を進めていった。
　浮力を保てず、巨大ドローンは傾ぎ始める。
　そこへ麻亜弥は飛び降りながら、隣に目を向けていた。
「これで、仕留めましょう」
「ええ」
　応えて空中で並ぶのはミント。緩やかに躰を廻転させながら、その足先に灯火を生み出している。
　同時、麻亜弥が袖から引き出すのは暗器【鮫の牙】。
「海の暴君よ、その牙で敵を食い散らせ……」
　文字通りの形を思わせる、鋭利な刃を突き立てて──ダモクレスの体をひしゃげさせ、千切り、分断していった。
　そこへミントは脚を振り抜いて、滾る焔の斬線を描く。
「この炎に、焼かれて朽ち果てなさい！」
　瞬間、命中した炎撃が胴体を貫いて。機械が得た永劫の命を、打ち砕いていった。

　低い建物の屋上に、ドローンの残骸は落ちていた。
　フローネは暫しそれを見つめている。心にあるのは少しの憐憫だった。
「最期に楽しんで飛ぶことは、できたでしょうか」
「ええ、多分……ううん、きっと、そうだと思います」
　ミライも応えて、小さく頷く。
　少なくとも、この機械が人々を傷つけずに終われたのは事実。だから環はその残骸までしっかりと回収して──周囲のヒールを始める。
　右院も一帯を修復した。とは言え、傷ついた箇所は多くない。
「これで、戦いの跡もなくなりましたね」
「ええ」
　頷く麻亜弥は、ふうと息をつく。
「空中戦はやはり疲れますね。暫くは飛び跳ねたくないです……」
「そうですね。でも、無事に終わることが出来たよかったです」
　ミントが言えば、レスターもああ、と応えて地を見下ろす。
「戻るとしようか」
　皆がそれに続いて帰路についていく中──環は高所を渡り歩くように散歩を始めた。
「綺麗ですねー」
　ドローンが見ていたかも知れない夜景に、空。
　戦いの熱を快く冷ます風の中、空中散歩をするように眺めを楽しむと──少しうきうきして、心地が良かった。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年12月16日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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