ジグラット・ウォー

●フォーチュンテイカー
　残り僅かな手勢と共に、ダンジョンの一角に陣取ったフォーチュンテイカーを、ケルベロス達は追い詰めつつあった。
　幸福感で心を支配するフォーチュンテイカーの虹色の光。
　それに対抗するように、イズナ・シュペルリング（黄金の林檎の管理人・e25083）は氷と炎の力を広げ、皆を援護していく。
　幸せをもたらす光が薄れた瞬間、イズナは秘石を掲げた。
「今だよ！！」
　瞬時に召喚された氷結の槍騎兵たちが、一斉の突撃でフォーチュンテイカーを貫いた。　氷の槍によって壁に縫い留められるような状態になったフォーチュンテイカーが、モザイクの破片になって消えていこうとする。
　イズナは、静かに消えていこうとする彼に問い掛けた。
「ねえ、ピラーをゲート化する技術を造ったのってあなた達なんでしょう？　それってどんなものなの？　閉じられる？」
「グラビティ・チェインを導く働きを果たさなくなったピラーを、その星と地球を繋ぐ転移装置に改造するものだ。ゲートを閉じるなら、単純に破壊すればいい……」
　フォーチュンテイカーは、素直に答えた。
「逆にゲートをピラーに戻す手段は……私達は、発明していない。ただ、既に私達の時代から700年以上。技術や魔術に長けるデウスエクスは、出来ても不思議はないだろう」
　イヅナの脳裏に、幾つかの種族の名が浮かんだ。
　既にケルベロスが滅ぼしたが、レプリゼンタ・クルウルクは、オウガの本星プラブータのピラーを短時間でゲートに変えてしまった。
　同じように、他の種族が別の改造技術を隠し持っている可能性もあるだろう。
　だが、とフォーチュンテイカーは続ける。
「ゲートをピラーに戻したとして、グラビティ・チェインの枯渇が改善されていなければ、惑星は急速に滅びへと向かってしまう」
　深い諦念があった。
　そもそもの問題は、そこに帰結しているのだ。
　およそ２０００年以上の昔から、グラビティ・チェインの枯渇は始まったとされている。それこそが、地球を舞台とした戦いのそもそもの遠因でもあった。
「とはいえ、地球の者は７００年も耐えたのだ。枯渇問題に対し、地球の知的生命体を殺害する以外の手段を見出さなかったデウスエクス側に大きな責任がある。君達が抗う権利は誰に否定できるものでもない」
　フォーチュンテイカーはそう断言した。
（みんなを幸せにしようとしたのに……残ったドリームイーター達さえ、自分達の後に続かなかったのが悲しいのかな）
　イズナは、彼に幸せそうな様子の一つもない理由の一つなのだろうと思う。
　せめて幸あれと、イズナは黄金の林檎を差し出す。
「うん……はい、これあげる。あなたも幸せになってね？」
「……ありがとう、地球のお嬢さん」
　黄金の林檎を触手で受け取ったフォーチュンテイカーは、感慨深げにそれをしまい込むと同時に消滅していった。

●ファーストキス
　ゲートを守るファーストキスと、彼女と共に戦うドリームイーターを、ケルベロスは確実に撃破していく。
「見つけたぞ」
　ヴォルフ・フェアレーター（闇狼・e00354）の視線が、ファーストキスを貫く。
　西洋風の城の中にあって、制服姿のドリームイーターは如何にも目立っていた。
「そんな熱烈に求められると困っちゃうわ」
「安心しろ、すぐに済む」
　ヴォルフの放つ気の弾が、とぼけたように言うファーストキスを掠めた。
　長い髪の毛が、パラパラと飛び散る。
「わお！」
　逃がす気はない。
　ヴォルフは偃月刀を構えると、距離を取ろうとするファーストキスを牽制する。
　彼女を援護しようと、周囲のドリームイーター達が次々に現れては、周りで戦うケルベロス達に倒されていく。
「冗談じゃないわ。せっかくモザイクも全部晴らせそうだっていうのに、こんなところで負けてたまるものですか！」
「それだけ多くの学生から、ドリームエナジーを奪って来たのか」
「やっぱり、学生さんが一番恋愛しやすい年頃だっていうから……素敵な恋っていうのは、どうしても分からないんだけど」
　やはり、逃がしてはならない相手だ。ヴォルフ達ケルベロスは、孤立したファーストキスを追い詰めていく。
「どきなさいよ、私の『初恋』のために……！！」
『初恋』が欠落要素である以上、彼女は一定以上、他者を好きになることがない。
　どこかドライな様子は、それ故のものであろう。
　その欠落を埋めねばならないという焦燥感を抱きながら生きることが、どれだけ苦しいのか。
「だが、己の幸福のために他人を犠牲にするのは、いただけないな」
　結局のところ、その身勝手さは許し難いものだ。
「止めさせてもらう」
「しまっ……！！」
　回避の瞬間に生まれた隙を、ヴォルフは見逃さなかった。一瞬のうちに撃ち出された気の弾丸が、学園ドリームイーターの胸を貫く。
「全く、ケルベロスに地球の人達が憧れるのも分かるってものね。恋でもしちゃいそうだわ」
　全くそう思っているように聞こえない軽さで言うと、初恋を欠落したドリームイーターは消滅していった。