菩薩累乗会

●マンダラマンダラ～ホイヒェライ菩薩
　曼荼羅とは、サンスクリット語で『中心を持つもの』を意味する言葉に由来する。
　その意味で、マンダラマンダラはまさに「中心の中心」であった。

　ケルベロス達は、累乗曼荼羅の中枢であるマンダラマンダラに攻め入っていた。
　マンダラマンダラの敵ビルシャナは、ケルベロス達の攻勢により刻一刻とその数を減じている。
　だが、隠岐島上空に広がっていた累乗曼荼羅もまた、その大きさを増しているのを、外周部の戦場に赴いたケルベロス達は感じていた。
　戦場そのものが広くなっているのだ。

「ここで止めなければ、菩薩累乗会は防げなくなる……！！」
　イズナ・シュペルリング（黄金の林檎の管理人・e25083）達は勝利を掴み取るため、ケルベロス達はビルシャナ達を倒し続け、中央部へと辿り着く。
　そこでは黄金の輝きを放つ輪を手に、『ホイヒェライ菩薩』がケルベロス達を静かに待ち受けていた
　空気は澄み渡り、曼荼羅に響く耳障りな衆合無ビルシャナの読経も、妙なる調べのように変わってゆく。世界が『善』なるものに変わっていくような感覚……。
　ヴィローシャナ・ビハーラで残霊と交戦したことのあるケルベロス達は、『ホイヒェライ菩薩』が世界を変貌させうる力を持つ『菩薩』であることを、改めて理解する。

「この世は『衆合無（カタルシス）』に至るまでの暇（いとま）のようなもの。
　喜びも悲しみも、創造も破壊も結局は等価。
　だからこそ、この世に弱者はいてはなりませぬ。
　皆平等に暇を過ごさねばなりませぬ」

「菩薩累乗会は、そのための行いでありました。
　ですが、やはりケルベロスは、それを防がんとするのですね」

　はらはらと涙を流し、ホイヒェライ菩薩はケルベロス達に告げる。
　その涙はイズナに、この菩薩が心の底から自分の行いが宇宙のためになると信じ切っていることを理解させた。
　だが、その行いの意味を理解することはできない。
　ビルシャナによって苦しみ涙を流すことになった人々が、ケルベロス達の後ろにはいるのだ。
「いっぱい正義はあるけど、想いがあってこそなんだからね！」
　それを無視して、教義を押し付けて来るビルシャナに、従うわけにはいかない。
　イズナの叫びと共に、戦いが始まる。

　マンダラマンダラを満たしている輝きが、ホイヒェライ菩薩の手にした輪から生じていることをケルベロス達は理解していた。
「太陽の光で、あなたの偽善も焼き尽くしてあげるよ！」
「これは異なことを。太陽の力は、私のアポロニアンチャクラムに宿っております。
　これなるは十二創神その人より奪いしもの。
　その力にて、私は白き沙羅双樹を育むのです」
　ホイヒェライ菩薩の声に、戦場後方にあった輪がいっそう強い光を放つ。
　その光を受け、床から生えるのは白い樹木だ。
　ケルベロス達を貫き、命を吸い上げる沙羅双樹は瞬く間に戦場を埋め尽くした。
「！？」
　言葉の意味するところに混乱を覚えながらも、イズナは光の翼を広げ、樹の合間を縫って前へ跳ぶ。
「太陽の輝きは、私の『偽善』をより明るく照らすものなのです」
「そんなこと……！！」
　無数に生えた沙羅双樹を蹴り付け、加速を繰り返しながら、ホイヒェライ菩薩へとその手にしたゲシュタルトグレイブを体ごと叩き付けるように突き出す。
「たとえ太陽があなたのものでも、私達は勝つよ！」
「ええ、それもまた『偽善』。私の教義に一点の曇りもない……その信念を貫く意志と力、あなた達が宇宙の実りを独占し、枯渇と死によって停滞をもたらす、不平等なる存在であることが、私は悲しい」
　イズナが飛びのくと共に、菩薩へと沙羅双樹を凌いだケルベロス達の攻撃が集中する。
『――緋の花開く。光の蝶』
　そしてイズナの放った炎の蝶が、戦輪ごとホイヒェライ菩薩を焼き尽くした。

●衆合無ビルシャナ
「「「衆合合切衆合無、衆合合切衆合無、導く菩薩は如来に……」」」


「色即是空空即是色、だよー……って、あれ？」
　景気よく衆合無ビルシャナを倒していたホリィ・カトレー（シャドウロック・e21409）は、不意にビルシャナ達の詠唱が止んだのを感じた。

　別の戦場では、キソラ・ライゼ（空の破片・e02771）達も、同様の現象に怪訝な顔をする。
「マンダラマンダラを制圧したのか？」
　累乗曼荼羅を満たしていた黄金の光が弱まり、内部が次第に暗くなっていく中で、ケルベロス達はビルシャナ達の声を聞く。

「「「衆合無（カタルシス）いまだ来たらず」」」
「「「導く菩薩は消え、我らもまた疾く去りぬ」」」

　ビルシャナ達は生き残った菩薩達の元に集まり、すぐに魔空回廊を経由し姿を消す。
　そして累乗曼荼羅も次第にその存在を薄れさせていった。
　真意の分からぬビルシャナが起こした大作戦。
　ケルベロス達は、その阻止に成功を収めたのだ。