菩薩累乗会

●（24）芸夢主菩薩
　辛うじてケルベロスを撃退した戦場では、芸夢主菩薩が、ケルベロスの再攻勢に対抗する為、残り僅かな戦力の再配置に勤しんでいた。
　多くの菩薩が健在である為、ケルベロスは戦力を分散せざるを得ないだろう。
　ならば、残された戦力であっても、ギリギリ耐え抜ける筈！
　重要なのはゲームバランスなのだと、設置型のタワーディフェンスの要領で効率よく戦力を配置した芸夢主菩薩は、ケルベロスを迎え撃つ為に立ち上がる……。

　だが、現実は非情であった。
　芸夢主菩薩の戦場に現れたケルベロスの軍勢は、芸夢主菩薩の想定をはるかに超えていたのだ。
「やはり、現実はクソゲーであるな」
　芸夢主菩薩が丹精込めて再配置した戦力が、圧倒的な戦力で攻め寄せたケルベロスに衆寡敵せず次々と蹴散らされていく……。
「勝敗が時の運であるのは認めよう。だが、攻略不可能なゲームはゲームではないであろうに！」
　大戦力のケルベロスにそう文句をつける芸夢主菩薩に、ケルベロスの先頭に立っていたリョウ・カリン（蓮華・e29534）が反論する。
「それは当然だわ。この世界はゲームでは無いのよ！　現実があるからゲームってのは楽しいの。皆、日々の現実を一生懸命生きて、その疲れをいやす為にゲームをする……。
　ゲームを楽しむのは良いけれど、ゲームと現実を混同するのは絶対ダメなのよ！」
　だから、お主はダメなのよ！　と、芸夢主菩薩を全否定するカリンに、芸夢主菩薩の顔に怒りの形相が浮かぶ。
「現実がゲームよりも大事な者が居るのは認めざるをえまい。だがしかし、ゲームが現実よりも大事な者を否定するのは許さぬ。我に願いを託したゲーマー達の生き様を、お前は今、否定したのだ！」
　戦場に、激高した芸夢主菩薩の攻撃が吹き荒れる。
　まるで、ケルベロスをいかに素早く殺し尽くすかを競うゲームであるかのような攻撃が繰り出され、多くのケルベロスが傷ついていく。
　だが、それでも、カリンが怯む事は無い。
「あなたにそれを言う資格は無いわ！　純粋にゲームが好きな人を誘惑し、ビルシャナ化したあなたには！
カタルシスだかなんだか知らないけど、私達の星で勝手なことはさせないからね！」
　こうして芸夢主菩薩とカリンが高尚なゲーム論争をしている間も、戦場ではケルベロスがケルベロス絶対殺す明王らを次々に鎮圧していく。
　圧倒的な戦闘差は、現実であろうとゲームであろうと覆す事はできず、戦場の制圧が確定しようとした時……。
　遂にカリンから発せられた影が、むき出しの左脚にタトゥーのように纏わりついたのだ。
　その魅惑の左脚こそが、カリンの最強の技の発動に他ならない。
「我らケルベロス、汝らを食い散らす牙なり！」
　カリンの放った蹴撃は、吸い込まれるように芸夢主菩薩を貫き通し、その存在を滅ぼし尽くしたのだった。

●（33）ヴィゾフニル明王
「だいふく、美園、あと半分、頑張りましょう！」
　自らのサーヴァントと、親友の四条・魅園（地球人の降魔拳士・e43853）に声をかけると、天泣・雨弓（女子力は物理攻撃技・e32503）は曙の如き光を放つ仏塔の頂上の扉を開いた。

　神々しい輝きの中にいたのは、数多くの犯罪者をビルシャナ化し、『悪人こそが救われる』とする教義を広めて来たヴィゾフニル明王だった。
　ゆっくりとケルベロス達の方を向いたヴィゾフニル明王は、甲高い声で告げる。
「悪人こそが救われる……それこそが我が至りし真理なり！　ケルベロスよ、汝らも其れを受け容れよ！」
「悪人が救われるだなんて……はた迷惑もいいところです！　私たちが懲らしめてあげます、覚悟してください！」
　両手の鉄塊剣を構えた雨弓の翼の地獄が、怒りを示すように燃え盛る。
　それをいなすように、ヴィゾフニル明王は言葉を向けた。
「そうか。ならば、悪人である貴様らは迷惑な存在なのだな」
「なんですって……？」
「星々のために戦うデウスエクス。それを邪魔する貴様らは悪人に相違あるまい」
　反論の言葉を発しようとしたが、舌が思うように動かない。
　不意に鉄塊剣が重さを増したように感じ、雨弓は膝をついた。
「分からぬか。全ては『悪』の側面を持っているのだ。『殺す』ということの悪性を自覚し、我が教えを受け容れよ。己が悪たることを自覚せよ……」
　重ねられるヴィゾフニル明王の言葉に、雨弓の視界が揺らぐ。
「しっかりしなさい……！！」
　瞬間、響いた美園の声に、雨弓は荒い息をついた。
「今、私どうなっていたんですか？」
「何か相手が鳴き声を発したかと思ったら、突然目が虚ろになってたわよ」
　雨弓は今の会話こそがヴィゾフニル明王のグラビティであることに気付いた。
　圧縮言語で相手の脳に屁理屈を叩き込み、社会にとっての悪を為す悪人こそが救われると自己正当化を図るための、文字通りの『理論武装』だ。

　だが、ネタが割れた今、もはや惑わされることもない。
「おのれ、我が布教の邪魔立てをするとは！！」
　ヴィゾフニル明王の放つ光が、ケルベロス達の心を直接に書き換えようとする。
　それを掻い潜り、雨弓は舞うように剣を振るう。
「例え私達が誰かから見て悪人だったとしても、私達は私達を正義と信じます！」
「悪たることを自覚せぬ者こそ、真の悪人なり……」
　己を悪と自認するヴィゾフニル明王を、雨弓の刃が微塵に切り裂く。
　曙光の如き羽毛を散らし、ヴィゾフニル明王は消滅していった。
「正義は勝つんです。月並みな台詞でしたでしょうか？」
　雨弓は微笑み、悪の教義への勝利を宣言した。

●（48）自愛菩薩
　自愛菩薩の支配する戦場に奇襲攻撃を仕掛けた紫揚羽師団によって、広い戦場の中、自愛菩薩のいるであろう場所は判明していた。
「あれか……」
　自愛菩薩の姿を模した、多数の彫像で飾られたコンサート会場。
　天矢・恵（武装花屋・e01330）は、父である天矢・和（幸福蒐集家・e01780）と共に戦場を突っ切り、その入り口へと辿り着く。
　群がるビルシャナを蹴散らし、客席入り口に辿り着いた恵達は、自分達の推測が間違っていなかったことを知った。

『ケルベロスのみんな～！　今日は私の説法（ライブ）に来てくれて、ありがと～！』

　寺院が立ち並ぶ様子にまるで似合わない、ＶＲ機能だのＡＲ機能だのホログラム機能だのを使いまくった未来的なコンサート会場のステージ上で、ピンクのビルシャナがそう声を上げる。
　ふと壁のポスターの隅を見ると『技術協力：ダモクレスの皆さん』と書かれている。
「そんな説明は要らない……くッ？」
　思わず頭痛を覚えた恵。
　一瞬、あまりに非現実的な光景によるものかと思いかけた彼は、父や他のケルベロス達も頭痛を覚えている様子に眉をしかめた。
　各所に設けられたスピーカーから、自愛菩薩の教義（メッセージソング）が響き、ケルベロス達の脳髄を直撃する。

『自分が一番大事、大事なのは自分だけ♪
　他人が自分を否定したって関係ないわ♪
　だって、他人は大事じゃないの♪
　他人の評価の為に自分を偽らないで♪
　もっとも～っと、自分を好きになって♪
　ありのままの自分が一番♪
　だから、他人の評価なんて関係ない♪
　一番大事な自分だけを最高に評価して♪
　そう、あなたは、最高なの♪』

　自分を愛しましょう。そうすれば、全ては許される。
　自己陶酔したような様子で教義を歌い上げる自愛菩薩の教義の影響を受け、思わず前へ向かおうとする足を止め、客席に座り込んでしまうケルベロスも現れ始める。
　だが恵は足を止めることなく、群がって来るビルシャナ達を殴り飛ばしながら、
　彼が戦い始めたのも、戦いを続けている理由も、自分一人に因るものではない。
　ステージ上へと辿り着いた恵に、自愛菩薩は可愛らしく小首をかしげる。

「触っちゃダメダメ♪　今の私自身で磨き上げた私自身が一番最高なの♪」
「お前が自分に陶酔するのは勝手だが、今の俺を否定させはしない……！！」

　自愛菩薩の周囲に浮かんでいた星が、唸りを上げて飛来する。
　それを掻い潜った恵の手には、いつの間にか一振りの刀が現れている。
「まったくもって面倒なことをしてくれたものだ。これで終わりにするぜ」
　斬華一閃。
「あ……♪　斬られる私も、素敵ィィィィ♪♪♪
　でも私が死んじゃうのって、とっても可哀想！！！
　悲劇の主人公の私って最高♪♪♪」
　死に際で新たな自分の一面を発見したことに歓喜の声を、死にゆくことへの慟哭の声を同時にあげながら、自愛菩薩は消滅していく。

　四体のビルシャナが倒れた瞬間、累乗曼荼羅の中央に閃光が走る。
　そして現れるのは、累乗曼荼羅の中央であるマンダラマンダラだ。
　決着の時が迫っていることを、ケルベロス達は確信していた。