冬の夜の真白い花の咲き乱れ

作者:奏音秋里

 家の裏の山の上にある神社の跡地に、秘密基地をつくっていた少年。
 やっと完成した床に、やったぁーっと寝転がったのだが。
「ん??」
 足首に、なにかが絡みつくような感覚。
 真っ白い花を振り乱して、雪柳が襲いかかってきた。
「うわぁーっ!!」
 吃驚して飛び起きると、其処は自分の部屋である。
 布団をめくって確認したが、それらしきものはなにもいない。
「よかった……」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 と、安心したのも束の間。
 鍵に貫かれた少年の足許から、夢に視た植物が這い上がってくるのだった。

「いまは鳥居しか残っていませんが、その昔、神社があったようですね」
 地図を拡げ、標高100メートルほどの山上を示して。
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が、にっこり笑む。
「皆さんに向かってほしいのは、この山の麓にある家です。奪われた『驚き』をもとに生み出されたドリームイーターを倒して、彼を助けてください」
 隣にいる、蓮水・志苑(六出花・e14436)の表情にも緊張が走った。
 毎度のことながら被害者は、ドリームイーターを倒せば意識をとり戻すらしい。
「高さは、私と同じくらいありますね。観るだけなら綺麗なのですけれど。白い花に覆い被さってこられると、吹雪のなかように前が見えなくなってしまいます」
 トラウマを視せんと、その内側にあるモザイクで包み込もうとしてくる。
 また、花から発せられるモザイクは、此方の冷静さを奪いにくるのだ。
「少年の家の隣に、公園があります。ある程度の広さや照明がありますので、其処へ誘導するのがよいでしょう。早咲きの菜の花が、皆さんを迎えてくれると思います」
 ドリームイーターは驚かせる対象を求めているため、歩いていれば寄ってくるだろう。
 公園の出入り口は東西2箇所あり、少年の家には西側が近い。
 出会い頭に驚かない相手を攻撃してくる性質があることを、セリカは付け加えた。
「少年の未来を繋ぐために、よろしくお願いします」
 早く雪柳が咲くくらい暖かくなるといいですね、と。
 微笑んで、セリカはケルベロス達を送り出したのだった。


参加者
ミチェーリ・ノルシュテイン(青氷壁の盾・e02708)
ランス・オールコット(焔華紅の憐獄・e03546)
セツリュウ・エン(水風涼勇・e10750)
蓮水・志苑(六出花・e14436)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
巽・清士朗(町長・e22683)
エリオット・ネリネ(ムーンチャイルド・e30316)

■リプレイ

●壱
 煌めく夜空のもと、ケルベロス達は拓けた場所へ降りたつ。
 早速、被害に遭った少年の家へと向かった。
「どうしたんだ?」
 巽・清士朗(町長・e22683)が、姓を呼ぶ声に振り返る。
 呼んだのは、蓮水・志苑(六出花・e14436)だ。
「お3方と御一緒でき、大変心強いです。どうぞ宜しくお願いします」
 走りながらではあるが、最大限、礼儀正しく挨拶をする。
「勿論だ」
「此方こそ、お願いします」
「空木ともども、よろしく頼む」
 ミチェーリ・ノルシュテイン(青氷壁の盾・e02708)が、清士朗に続き応えた。
 オルトロスと一緒に、御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)も無表情のまま軽く頷く。
「本日は宜しくお願いしますね」
 そんなオルトロスの頭をそっと撫でて、志苑は微笑んだ。
 顔には出さないが、ヒトに慣れてきた相棒の姿を嬉しく思う蓮。
 4人と1体は、同じ旅団に所属する顔馴染みなのである。
「みんな、携帯電話の番号とアドレスの交換は済んだ?」
 比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)の呼びかけには、全員が首を縦に振った。
「互いの笛の音も確かめたし、準備は万端かの」
 セツリュウ・エン(水風涼勇・e10750)の首には、携帯電話と『ホイッスル』が下がる。
 ハンズフリー通話状態にしており、腰には『特製ハンズフリーライト』も点灯していた。
「チャックのこと、よろしくお願いします」
「あぁ、任されたぜ」
 此処からは、誘導班と待機班に別れての行動となる。
 エリオット・ネリネ(ムーンチャイルド・e30316)が、オルトロスを離した。
 ずるずると退魔神器を引き摺りながら、主の名に従うダックスフンド。
 ランス・オールコット(焔華紅の憐獄・e03546)の面倒見のよさが、発揮されそうだ。
「空木、お前なら花が覆いかぶさったくらいでは驚かないだろう。誘導班の者に従い、敵を誘導してこい。味方を守ってくれよ、頼んだぞ」
 蓮もやはりオルトロスを預けて、誘導班のメンバーを見送った。
「さて。戦場をつくるまでが肝だな。油断せずいこう」
「すぐにテープを張るよ」
 人の気配を感じた清士朗は、柏手を打ち、その音に乗せて烈気を解放する。
 アガサも、少年の家の端から公園の端までの道路を立入禁止テープで塞いだ。
 『龍の牙』の光に浮かぶ菜の花に、ほんの少しだけ微笑んでいるようにも見える。
「私達はケルベロスです」
 公園を去る一般人の足許を『特製ハンズフリーライト』で照らしてやる、エリオット。
 ちなみに待機班の『ホイッスル』は、エリオットが所持していた。
「デウスエクスが出るから避難してくれ」
 誘導班でも、ランスが『小型携帯ライト【避役】』で先を示す。
 そのうち、2体のオルトロスが低音で唸り始めた。
「お出でになりましたか」
 落ち着いて、ミチェーリが視線を向ける。
 あくまでクールに動じることなく、ドリームイーターの姿を認識した。
「雪柳の姿持つ『驚き』を奪う敵……心傷を突きつけてくる雪柳となぁ。同じ名を持つ身として、捨て置けん」
 合図の笛を吹き、公園で待つメンバーへと報せるセツリュウ。
 やはり驚かず、程よい距離を保ちながら歩を進めていく。
「鳴りましたね」
 告げる志苑の声からは、緊張が読みとれる。
 手持ちの『強盗提灯』を花壇の縁に置き、気を引き締めた。
「あぁ、始まるな」
 『Glow』を身体に固定して、蓮も得物に手をかける。
 暗路に揺れる雪柳が、段々と大きくなってきた。

●弐
 公園の敷地内へと誘導して、西側の入口をテープで封鎖。
 全員が合流したところで、戦闘の始まりだ。
「……消し飛べ」
 速攻でバトルガントレットを振り上げ、拳を打ち付けるアガサ。
 衝撃に、赤茶のセミロングがうしろへなびいた。
 ぶちぶちと、茎の折れる音が響く。
「この季節に相応しいな。しかし、花は愛でるものだろう?」
 紙兵を撒き散らし、蓮は前衛陣にバッドステータス耐性を付与した。
 主を守らんと、オルトロスも地獄の瘴気を吐き散らす。
「この戦、我が身は花狩の刃、その一片ゆえな」
 魂を憑依させれば、清士朗の身に神代文字や鱗模様が浮かびあがった。
 黒の外套の下からは、着物の裾に手甲と足甲がちらつく。
「震えることすら許さない……露式強攻鎧兵術、“凍土”!」
 より真剣な表情に、ミチェーリの口調が変化。
 バトルガントレットの掌底部に展開する強制冷却機構を起動し、熱を奪い尽くす。
 一瞬にして、ドリームイーターの自由を奪った。
「ここを戦場にするのは忍びありませんが、少年の命のため、被害拡大を防ぐためにも、参りましょう。前衛として攻撃に徹し、信頼できる皆様に背中を預けさせていただきます」
 自分へ、そして仲間へ、強い気持ちを表明して。
 雷の霊力を帯びた斬霊刀で以て、志苑は神速の突きを繰り出した。
「『愛嬌』『愛らしさ』『賢明』『殊勝』『静かな思い』……どれも、デウスエクスとは遠い花言葉だな」
 己の炎を纏わせた鉄塊剣をドリームイーターへ叩きつけ、威力重視の一撃を。
 そんなランスを目掛けて、白い茎が伸びる。
「……仲間は、やらせぬよ?」
 割り込んだのは、セツリュウが具現化した光の盾だ。
 淡き翡翠の艶めく滑らかな肌に微笑を浮かべ、盾の効果を上げる。
「ボク等もいこうか、チャック」
 言ってエリオットが、オウガ粒子を放出して前衛陣の超感覚を覚醒させた。
 オルトロスは懐へと潜り込み、跳躍して下から神器で斬り上げる。
 向けられる敵意に、小花が慄いていた。

●参
 どんなにダメージを喰らっても、ケルベロス達は攻撃の手を緩めない。
 連携をとって、全員で攻め続けた。
「敵ながら美しいが、やはり違うの。雪柳はな、もっと……っ! わからぬが、もっと、だ。ぬぅっ……祖なる風、澄みたる自然よ。願いし眼に光を示せ……いざ!」
 包み込まれてトラウマを視せられても、まったく怯まないセツリュウ。
 寧ろ、自身の理想と懸け離れたありように苦言を呈する。
 見詰める刀身から舞い現れた雪柳の花弁に包まれる、そんな幻に癒された。
「季節外れの雪柳など、公園の菜の花にも劣る……ましてや人を傷つける花など許せません。消え失せてもらいます」
 両腕の装甲で力業を受け止め、逆に大地を蹴るミチェーリ。
 目にも留まらぬ速さで、急所へと思い切り蹴り込む。
「仇花にはさっさと散ってもらうとするかね。全力と最善を尽くすのが番犬の役目だ」
 烈火の弾を放つランスの脳裏には、家族や上司の姿が浮かんでいた。
 きちんと任務をこなさないと、激励という名の一撃を叩き込まれる関係なのである。
 最近はストレスのもととなる甘味や野菜を食す機会も多く、容赦する余地はなかった。
「あたしはっ……負けないんだっ!!」
 次の標的となったアガサも、トラウマを視せられて泣き出しそうに顔を歪める。
 しかしこれ以上の感情も弱みを見せまいと、シャウトして気持ちを切り替えた。
「不浄を糧とし、此処に花開け」
 白く柔らかな光が、重ねてアガサを包み込む。
 エリオットの言葉に呼応して咲くそれは、まるで蓮の花。
 雪のように散り落ちて、トラウマともども消え去った。
「夢喰いというのは厄介だな。尽きることのない、ヒトの感情を喰らうのだから。こういう事件は尽きなさそうだ……何度起きても止めるがな。喰らえ、そして我が刃となれ」
 庇うオルトロスの背後で、蓮は自身を霊媒として古書に宿る思念を具現化させる。 
 赤黒く禍々しい、いにしえの鬼にも見える影。
 鋭い爪のような部分で、突風を巻き起こしながらドリームイーターを切り裂く。
「極意とは 別にきはまる こともなし たえぬ心の たしなみとぞ知る」
 眼光鋭く戦場全体をよくよく観察していたため、隙に乗じることもできたのだ。
 素手の痛打を命中させて、その耳許でそっと囁く詠唱。
 反撃を受けぬように、清士朗は即座に離脱した。
「足は止めた。ゆけ、志苑」
「ありがとうございます……凍れる白雪、散らすは命の花」
 桜の花をかたちどる白雪が、志苑の周囲に降り落ちる。
 それはドリームイーターの生命であり、斬撃の数だけ増えていく。
 公園いっぱいにうっすらと桜の積もったとき、雪柳も枯れ朽ちた。

●肆
 通行は制限したままで、少年の家を訪ねたケルベロス達。
 戦場と家が隣ということもあり、先に様子を確認することにしたのだ。
「よかったです。無事に目を覚ましたのですね」
 寝ぼけ眼を擦りながら出てきた少年に、ミチェーリは僅かに口許を緩める。
 何処にも怪我のないことを確認して、安堵した。
「もう怖い夢なんて見ないから大丈夫だよ」
 小さな声で、アガサも呟く。
 少年は、うんと言ってその脚に掴まり、笑んだ。
「それでは、某達は帰るの。おやすみ」
 セツリュウも琥珀色の瞳を細めて手を振り、扉を閉める。
 一行は、戻ってきた公園の原状復帰を手早く済ませた。
「綺麗な菜の花だね、チャック」
「やはり花は愛でるもの、だな、空木」
 夜闇に浮かぶ黄色い花を、オルトロスと一緒に眺めるエリオットと蓮。
 同じサーヴァントを相棒とする者同士、話も盛り上がる。
「雪柳……雪のように美しい花は、人を驚かせるものではありません。夢喰いではなく、本物の雪柳を愛でたいですね」
「そうだな。咲く頃になったら、旅団の皆で観にいくのもいいかも知れないな」
 志苑は『花しぐれ』を開き、しみじみと山を見上げる。
 季節が満ちれば、頂上には見事な雪柳が咲くのであろう。
 清士朗も、そんな風景を頭のなかに浮かべていた。
「……ったく、さっさと春になってほしいもんだぜ」
 菜の花を見遣って、独り零すランス。
 吹き抜ける風に、うっすらと暖かさを感じるのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。