お餅で危機一髪

作者:缶屋


「今日は月に1度の……待ちに待ったお餅の日よ!」
 老人ホームの職員が声を上げる。と、それに呼応するように歓声が上がる。
 お餅はつきたてで、ほかほかのつやつや。手に持つだけで、美味しいこと一目瞭然。
「源さんお餅できたわよ」
 1人、部屋のベッドに腰掛ける男性――源に職員が話しかける。
「餅か……もちっと待ってもらえるかな?」
 職員は苦笑交じりに、机の上に餅をのせた皿を置く。
「何をつける? 砂糖? 醤油もあるわよ」
「生姜はないのかな」
「ありません」
「しょうがないな。砂糖と醤油でいい」
 わかったわ。と、職員はリアクションなく部屋を出る。
「もう……待てん!」
 職員の戻りが遅く、餅に手を伸ばす。
「冷えては台無しじゃ」
 パクリと餅を口に入れる。もちっとした食感と、粘り。ほんのり米の甘味が口に広がる。
「餅、に負けず、粘り強く生き――」
 源の顔が青ざめる。ベッドの脇に置かれた水筒に手を伸ばすが、届かない。
 その時、目の前の人影に気づく。
 人影が職員ではないことは一目瞭然だった。が、そんなことに構っている時間はない。
 ヴァルキュリアに助けを求めるように手を伸ばす。が、返ってきたの手ではなく、槍。
 槍は胸を貫き、死の間際、青白い魂のようなものを見るのだった。

 セリカ・リュミエールが口を開く。
「葉月・十六夜(のウィッチドクター・e01607)さんが危惧した通り、老人ホームにヴァルキュリアが現れました」
 ヴァルキュリアは餅を喉に詰まらせた、源という男性の魂を選定するために現れた。
「餅を詰まらせ、1分、1秒を争う状況ですが餅さえ取り除けば済むことです」
 餅を吐き出せ、ヒールで助けることができる。
「助かる命をヴァルキュリアにむざむざと渡すわけにはいきません」
 セリカの言葉に力が籠る。
「新たなエインヘリアルが生み出される前に、そして無辜な命が奪われる前にヴァルキュリアを倒してください」
 セリカはそう言うと、頭を深く下げた。

「では、戦闘場所についての説明を行います」
 戦闘場所は老人ホームの1室。部屋は4人部屋。
 現在、部屋にいるのは男性――源1人。
「他の居住者の避難は、老人ホームの職員が行ってくれるので心配はありません」
 セリカがヴァルキュリアの能力についての説明を始める。
「ヴァルキュリアは槍を装備し、槍に光を宿す攻撃、または氷を宿した攻撃を行ってきます」
 光を宿す攻撃にはパラライズ、氷を宿した攻撃の場合は、氷による継続ダメージが生じる場合がある。
「また鼓舞することで、傷を癒すことができます」
「楽しみにしていた1日を、惨劇の日に変えないために、どうか皆さんの力で源さんを救ってください」


参加者
楠・牡丹(スプリングバンク・e00060)
シェラーナ・エーベルージュ(剣の舞姫・e00147)
天崎・ケイ(地球人の降魔拳士・e00355)
葉月・十六夜(ウェアライダーのウィッチドクター・e01607)
ゼフィラルド・テラペイア(医道の為の銃弾・e02221)
若命・モユル(レプリカントのブレイズキャリバー・e02816)
ロカ・ラディウス(フェレアウリス・e05069)
カイジ・レオンハーツ(カラカルニンジャ・e05908)

■リプレイ


 四人部屋の一室。同居人たちは老人ホームのホールで舌鼓をうっていることだろう。
 そんな中、大好物に浸ろうと部屋に残っている老人が1人――源さんだ。
「もちもちの餅――もう待てん」
 職員の戻りの遅さに、痺れを切らした源さんは皿に置かれた餅に手を伸ばす。
 口の中に広がる米の甘味、つきたての餅の温かい温もりに、粘り強い噛みごたえ。美味だが、この餅は総入れ歯には難敵に思える。
「今日の餅は中々の強敵じゃな」
 いつもは小さく切り分けられている餅は、今日に限って大きかった。
「うっ……」
 端的に言えば喉に詰まった。
 こんな時に限って、職員も来なければお茶も用意していない。
 薄れる意識の中、目の前の女が目に入る。槍を持った乙女――ヴァルキュリアだった。
 槍を携えたヴァルキュリアが、死に行く源さんに槍を突き立てようとした瞬間――ヴァルキュリアは大きく後ろに飛び退く。
 足元に突き刺さる手裏剣。
 ヴァルキュリアが床から顔を上げると、源さんの前に立ち塞がるように立つケルベロスたちが目に入る。
「申し訳ないが、彼はまだそちらに行くべき魂ではないんだ」
 ロカ・ラディウス(フェレアウリス・e05069)の言葉に、忌々し気な表情を浮かべるヴァルキュリア。
「今のうちに行くでござる、お主はそこで動かないでもらうでござるよ」
 新たな手裏剣を構えるカイジ・レオンハーツ(カラカルニンジャ・e05908)。
「わかりました、後はお任せします」
「源さん、助けに来たぞ。俺の肩に掴まれ」
 天崎・ケイ(地球人の降魔拳士・e00355)とゼフィラルド・テラペイア(医道の為の銃弾・e02221)は肩を貸すと、そのまま部屋のドアへと向かう。
 それを阻止するかのように踊りかかるヴァルキュリア。
「オイラたちが相手だぜ、ヴァルキュリア」
 若命・モユル(レプリカントのブレイズキャリバー・e02816)が接敵し、拳を振るが、ヴァルキュリアはそれを身を翻し、躱すとそのまま駆ける。
 肩を貸している2人にヴァルキュリアは、槍を繰り出す。が、その槍は2人に届かない。
「2人の邪魔はさせないわよ。テレビウムも2人を守るのよ」
 槍を受け止めたのは楠・牡丹(スプリングバンク・e00060)。牡丹の命令にサーヴァントのテレビウムが動く。
 しかし、ヴァルキュリアが止まったのは、ほんの一瞬。その身を翻し牡丹の脇を抜ける。
 出口まではあと数歩。
「だから、2人の邪魔はさせないと言っているでしょ」
 葉月・十六夜(ウェアライダーのウィッチドクター・e01607)が体をていして動きを止めにかかる。
 強引に突破を図るヴァルキュリア。
 しかし、十六夜の顔には不敵な笑みが浮かぶ。脇から飛び出す斬馬刀。死角から飛び出したそれはヴァルキュリアの皮膚を裂く。
「惜しかったわね」
 微かな手応えにシェラーナ・エーベルージュ(剣の舞姫・e00147)は、残念そうな表情を浮かべる。
 しかし、稼いだ時間は十分だった。
 源さんは部屋から無事連れ出され、それを見たヴァルキュリアの標的が残ったケルベロスたちに変わるのだった。


「吐き出してください」
 青ざめた顔の源さんの背中を叩く、ケイの手に力が籠る。
「俺がやろう」
 メディカルキットから医療用の手袋を取り出したゼフィラルドが口の中を確認し、手を入れてみるが餅は粘り強く取れない。
「これを使いましょうか」
 脇から出されたのは掃除機。
「よし」
 開けられた口に掃除機が突っ込まれ、電源が入れられる。強度は強、一気に吸い取るつもりである。
 音を立て吸引する掃除機。と、それに抗う餅。その軍配は掃除機に上がった。
 ボンっと音を立て、入れ歯ごと餅を吸い取ると掃除機の吸引が止まる。
「源さん、大丈夫か?」
 心配そうに見守るゼフィラルドとケイ。
「死ぬかと思ったわい。花畑と川、それに婆さんが手招きしとったわい」
 元気そうに口を開いた源さんに、2人は安堵の表情を浮かべる。源さんは掃除機から入れ歯を取り、口を開く。
「そういれば、助けてくれたんじゃな。ありがとう」
 源さんは入れ歯を口に入れ、2人に頭を下げる。
「すいません、この方をお願いします」
 通りかかった職員に源さんを預け、2人は仲間が待つ部屋へと駆け出すのだった。
 時が少し遡る。
 ケイとゼフィラルドが出て行った部屋で、ケルベロスとヴァルキュリアの睨み合いが続いていた。
 口火を切ったのはシェラーナ。
「私のシェラーナ、シェラーナ・エーベルージュよ。あなたの名前を聞かせてくれるかしら?」
「私に名前などない」
 ヴァルキュリアはそう言うと、槍を持つ手に力を籠める。
「ニーベルングの指環を知っているか?」
 ロカの問いにヴァルキュリアは首を振る。
「エインへリアルの配下をやめて、地球に舞い降りぬでござるか? それだけが、そなたの道ではござらぬだろう」
 カイジが説得を行う。
「私は選定する者。それ以下でも、それ以上でもない」
 そう言い放つと、ヴァルキュリアの槍が氷を纏い始める。
「やる気のようですね」
 十六夜は満月に似たエネルギー光球を作り出し、自分の体にぶつける。と、その野性味が凶暴性を増す――ルナティクヒール。
「やるんだったら、負けないぜ」
 モユルの四肢から地獄の炎が溢れ出し、モユルの全身を包み込む――インフェルノファクター。
「来ますよ、皆さん」
 牡丹は攻性植物を黄金の果実を宿す収穫形態に変形させ、聖なる光でケルベロスたちを包み込む。
 と、同時にヴァルキュリアが槍を振るい、槍に纏った氷がケルベロスたちに襲い掛かるのだった。


「全砲門オープンだ! くらえ!」
 モユルは体中からミサイルポッドを出し、大量のミサイルをヴァルキュリアに浴びせる――マルチプルミサイル。
 舞い上がる爆炎を切り裂く二刀の衝撃波――二刀斬霊波。
 衝撃波を躱したヴァルキュリアは、それを放ったシェラーナに槍を向ける。
 光を宿した槍はシェラーナの肩を貫き、その動きを一瞬止める。シェラーナの顔が苦痛に歪む。
 その一瞬をヴァルキュリアは逃さない。槍を引き抜こうとするヴァルキュリア。
「シェラーナ」
 十六夜の声に反応したシェラーナが、肩に突き刺さったヴァルキュリアの槍を掴む。
 動きの止まったヴァルキュリアに、高々と舞い上がった十六夜はルーンアックスを力の限り振り下ろす――スカルブレイカー。
 しかしルーンアックスはヴァルキュリアではなく、床を砕いた。
 飛び退いたヴァルキュリアは辛くも避けるのに成功したのだが、すぐには動ける態勢ではない。
 そこにカイジが放った螺旋手裏剣が分裂し、ヴァルキュリアの頭上から降り注ぐ――シュリケンスコール。
 間髪を入れずロカの電光石火の蹴り――旋刃脚が襲いかかる。
 壁に叩きつけられたヴァルキュリアは槍を拾い上げると、ケルベロスたちの方へ視線を向ける。
 ヴァルキュリアは自分を鼓舞すると、槍に氷を纏わせケルベロスたちを薙ぎ払う。放たれた氷はケルベロスたちを蝕む。
 膝を着くケルベロスたち。
 ヴァルキュリアは止めを刺すべく、1歩、また1歩とケルベロスたちの許に歩を進める。が、その足が止まる。
 ヴァルキュリアの視線がドアに向くと、そこには源さんの避難を終えたケイとゼフィラルドが立っていたからだ。
「遅くなりましたが、お相手お願いします」
「みんな大丈夫だよな? 回復するぜ」
 ケルベロスたちの前に雷でできた壁が構築される――ライトニングウォール。次いで、ゼフィラルドの溜められたオーラが傷を癒す。
「Mark......traverse......皆さんに癒やしと、砕きの刃を提供します――Mark-and-Sweep」
 牡丹は自然の中に溢れる生命力を吸収し、ケルベロスたちに分け与える。
 ケルベロスたちの治癒をただ見つめているヴァルキュリアではない。
 槍に光を宿し、モユルに突き立てる。
「こんなこともできるんだぜ」
 モユルはお返しとばかりに、流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴り――スターゲイザーを浴びせる。
 次いでロカが背後から拳を繰り出す――縛霊撃。ロカの拳から網状の霊力が放出され、ヴァルキュリアの体を縛り付ける。
 動きを止めたヴァルキュリアをシェラーナと十六夜が挟み込む。
 シェラーナは斬霊刀から魂を喰らう一撃――降魔真拳を放ち、十六夜は獣化した拳に重力を集中させ、高速かつ重量のある拳――獣撃拳を繰り出した。
 

 ヴァルキュリアとの戦闘は佳境を迎えていた。
 ヴァルキュリアはすでに満身創痍といっても過言ではない。しかし、その闘志は揺るぎをみせてはいない。
 槍を持つ手に力を籠め、槍に光を宿す。と、ヴァルキュリアはカイジに振るう。
「カイジ君、大丈夫」
 牡丹はカイジに溜めたオーラを放ち、傷を癒す。
 傷が癒えたカイジは螺旋手裏剣を放つ。放たれた螺旋手裏剣は、螺旋の軌道を描きヴァルキュリアではなく、槍に突き刺さる――螺旋射ち。
「せいぜい、美しい花を咲かせるんだな――鉛の種子」
 ゼフィラルドは対デウスエクス用ウイルスが込められた弾丸を受けた、ヴァルキュリアが膝を着く。
「ros alo ……――petite.loca.ver」
 ロカの大気中の水分で作った手のひらサイズの無数の分身が、ヴァルキュリアの周りを飛び交い翻弄する。
 分身を槍で振り払おうとするヴァルキュリア。そこに駆け込む2人――モユルとケイだ。
「全力でぶった斬ってやるぜ! ――タルタロスクラッシュ」
「貴方達には自由という翼を失ってまで戦う理由があるようですね……ですが、私にも戦う理由があるッ! ――降魔真拳」
 モユルは両の手に持つ鉄塊剣でヴァルキュリアを十字に斬り裂き、ケイの手刀から放たれた魂を喰らう一撃が炸裂する。
 2人が飛び退くと、そこには2刀を構えるシェラーナ。2刀から放たれた衝撃波がヴァルキュリアを切り裂く。
 まだヴァルキュリアは立っている。1歩、1歩と足を引きずるようにドアへと向かう。
「我が狩猟本能を今解き放つ!! ――猫まっしぐら」
 ヴァルキュリアに向かい十六夜は突撃し、本能の赴くまま連続で拳を叩きこんだ。
 音もなく倒れるヴァルキュリア。
 ここにヴァルキュリアとの闘いが幕を閉じるのだった。


「できる限り元に戻さないとね」
「そうだな……ちゃんと大人用に治せるだろうか」
 医療器具以外をせっせと治すシエラーナと、ロカは少し不安を覚えながらも戦闘で傷ついた部屋を治す。
「おじいちゃん、ちゃんと小さく切ってゆっくり食べてくれよな、もっと長生きして好きなものをもっと楽しむためにもな」
「好物を食べるなとは言わんが、もっと小さくして食べてくれ」
 ゼフィラルドとモユルに注意され、源さんも懲りたのか黙って頷く。
「なんでヴァルキュリアって、見た目は可愛いっぽいのに、凶悪なんだろうね。ざんねん」
 と、呟きながらテレビウムの頭を撫でる牡丹。
「私は強くなる為に……、仲間の為に闘いました。貴方は何の為に闘ったのですか?」
 物を言わないヴァルキュリアに語りかけるケイ。と、その横でヴァルキュリアの成仏を願い念仏を唱えるカイジ。
 ロカたちが部屋を治し終えると、ケルベロスたちは源さんの部屋から去るのだった。

作者:缶屋 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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