ヒーリングバレンタイン2017~米子出張カフェ!

作者:木乃

●奪還記念イベント
「やあ! 最近は冷え込みも少し落ち着いてきたね?」
 ひょっこり現れた永喜多・エイジ(お気楽ガンスリンガー・en0105)は二カッと歯を見せて笑う。
「皆の活躍でこれまでミッション地域になっていた複数地域の奪還に成功、本当にお疲れ様! そろそろ取り戻した地域の復興作業を始めたいところだけど……もうすぐバレンタインだよね。準備しておきたい子も多いだろうし、地域復興と一緒にバレンタインチョコを作るのはどうだい?」
 エイジ曰く、解放された地域に引っ越そうか考えている市民が下見に訪れたり、周辺住民も様子が気になり見に来ることが増えてきたらしい。
「一般の人も参加できるようなイベントを開いたら解放した地域のイメージアップに繋がると思うんだ、地元の人達も元気になれば皆ハッピーさ!」
 最後の締めくくりに大いに盛り上げよう!
 エイジは気炎をあげて拳を空に突き上げる。
「僕達の向かう鳥取県米子市は螺旋忍軍が暴れてた地域だね。ここは山陰の大阪って言われるほど栄えてて、国産コーヒーや紅茶なんかも出回ってるんだ――そこで!」
 腰に手を当てつつエイジはビシッとケルベロス達を力強く指差す。
「一日限定カフェを開いて手作りチョコを試食してもらうのはどうかな? 参加者も暖かい飲み物で気分も落ち着くし、チョコも作れて一石二鳥だと思うんだよね」
 『我ながら名案』と言いたげなエイジの表情は眩しいほど輝いている。
「道具や材料の搬入、参加者の給仕にチョコ作り、やることは一杯あるけどきっと楽しい思い出になるよ! 皆で素敵な一日にしようね」


■リプレイ

●甘くて長い一日
 午前9時頃。陽ざしの暖かさと寒風が季節の変わり目を感じさせた。
 集合した米子駅のロータリーはところどころ陥没し、道路もビルも不自然な傷だらけ。駅から少し離れれば建造物の損壊がさらに目についた。
「ではエイジさん、手分けして修復にあたりましょうか」
 生明・穣の紳士的な挨拶に永喜多・エイジは笑顔で頷く。
「一緒に頑張ろうね!」
「で、どこまでやればいいんだ?」
 街を眺めていた望月・巌は活動範囲を確かめると、エイジは別方面へ。
 ケルベロス来訪を機に早くから自治体や地元企業が美化活動を行う中に穣達も作業に加わる。
「2年前になるんだなぁ、鳥取砂丘で道路を直したのは」
 崩れた植込みに光を注ぐ巌が呟くと穣も笑みを浮かべる。
「あの時は商会の皆で来たな、穣」
「賑やかな復興作業だったね」
 でも今日は――穣が見やると巌と視線がかち合った。
「こうして2人ででかけるのは久しぶりだね」
「なんだ、同じこと考えてたか」
 嬉しさとくすぐったさからどちらともなく笑いがこぼれる。
 ヒールはイメージ通りに働かないものの、修復作業は順調に進んだ。穣が道路の亀裂を紙兵で塞いでいると、花壇の前にしゃがむ巌の後ろ姿が。
「何してるの?」
「花の植え替えだ、グラビティじゃ増やせないから俺も手作業だけどな」
 破顔する巌の様子は実に楽しげで微笑ましい。
「緑多き街か……良いね、巌」
 街は沢山の変化と緑を取り入れて新たな風景を形作っていた。

 イベント会場となるレストランスペースはオープンカフェスタイルで開放感のある造りだ、パーティや披露宴で利用されることもありテーブルや椅子も充分そろっている。
「ルヴィルさん、その、テーブルはこちらに……」
「おーらい、ここら辺かな」
 朝倉・ほのかが誘導しながらルヴィル・コールディと共に丸いテーブルを運ぶ、広々としたスペースを活用して通り道に余裕を残す。
 設置されたテーブルにノル・キサラギと鏑木・郁が椅子を並べていく。
「こういうイベントって準備の段階からワクワクするよな!」
「うん、二人で出かけることもあんまりなかったからね」
 ノルにとっても郁と一緒に活動できる機会がやってきたことが嬉しくもあり、興奮気味な親友の姿を見ていると楽しい気持ちが湧いてくる。
「永喜多さん達も外で頑張っていますし、私達も素敵な会場をご用意しましょう」
 ほのかがテーブルクロスを広げているとアデリーヌ・マーシュが両手いっぱいにアネモネを抱えて飛び込んできた。バレンタインを意識したのか、赤や白、ピンクに紫と可愛らしい色合いが多くアデリーヌも嬉しそうに目を細めている。
「花屋さんにイベントやるのって教えたらいっぱいもらっちゃったわ! テーブルにさりげなーく飾るのってどう?」
「少しいただきますね」
 ほのかも同じように考えていたらしく、用意してきた花瓶にアネモネを数本差してテーブルに置いてみた。
「おー地味過ぎず派手過ぎず、いい感じだな!」
 同じ花で統一感があり、控えめながら上品で申し分ないとルヴィルも大きく頷く。テーブルメイキングは花を添えて仕上げることにして、いよいよお菓子作りの始まりだ。

 お菓子の下準備は会場設営と並行して進められていた。
「……チョコの刻みよし、粉ふるいよし、バターの常温戻しよし」
 上野・零が抜けがないか確かめていると、調理器具を拭いていた八王子・東西南北は一息吐く。
「よし、こんなところでしょうか」
「東西南北はん、お気張りやすねぇ」
 張り切る東西南北に八千草・保が微笑む、自らの手で解放した地域とあって思い入れも強いだろうことは保も理解していた。
「これも復興のお手伝い、一役買えるなら喜んで尽力しますとも!」
 賑やかな空気に包まれてから少し経ち、ほのかとルヴィル、修復から戻った実達がやってきた。
「後はマーシュさん達にお任せしてお菓子作りを始めようかと」
 零も諾の意を示し、さっそくお菓子作りスタート。
 チョコを湯煎し始めるとふんわり甘い香りが部屋中を包み込む。
「……よし」
 作り方は昔教わったし、復習もばっちりこなした零に不安はない。美味しく食べてもらえるよう励むのみ。
(「……他の人は何を作るんだろう?」)
 被らない方が良いだろうと考え、他の調理台に零が目を向けると大柄な二人組が真っ先に入ってくる。
「いいものがあるじゃねぇか」
 巌はお酒を使ったチョコは外せないだろうと思った矢先、目についたのは『日本酒』だった。
「地酒の大吟醸、こいつでケーキを作るか。ザッハトルテかオペラか、ガナッシュか……悩むな」
 愉快そうに口元を歪める巌が材料を確かめている対面では、穣が串で器用に細工を施している。
「こんな感じでしょうか」
 チョコプレートに地元名産のネギモチーフのキャラを描きこんでいて、傍らには梨のジャム瓶やマーブル模様のチョコが注がれたハート型のトレイ。女性や子供に向いた内容にするらしい。
(「……あちらは」)
 視線を左にずらしてほのかを見ると調理台にはカルドヴァスのボトル、大人向けのチョコレートになりそうだ。
「なかなか大変、ですね」
 湯煎してからずっと混ぜ続けているとあって腕が疲れたのか、ゴムベラを握る手を離して力を抜く。その表情は優しく穏やかだ。
「美味しそうだな……」
 林檎のブランデーにも驚かされたルヴィルだが、これで何を作るのか興味津々。
「きっと美味しくできると思うので、ルヴィルさんも食べてくれると嬉しいです」
 ルヴィルにも喜んでもらいたい一心で選んだのだ、ほのかのはにかむ微笑は可憐そのものだ。
「零はんはなにを作らるん?」
 保も何を作ろうか悩んでいたらしい。零の方針も固まった、そろそろ作業にかからねば。
「……子供も食べやすいブラウニーにしようかと」
 材料は準備できている、オーブンに予熱を加えておけば手際よく進められるだろう。
「はっ! ホットチョコも用意しないとですね。小金井、牛乳をください」
 テレビウムの小金井から紙パックを受け取った東西南北は深底鍋で温め、砕いたチョコレートをマグに分ける。その間に零はナッツを荒く砕き、バターと湯煎したチョコに溶き卵、上白糖と薄力粉を慣れた手つきで混ぜていく。
「零はん、ええ手際やねぇ」
 感嘆の声を漏らす保も丁寧に溶かしたチョコを動物型のトレイに流し込み、ほんの少し残したチョコレートを別のトレイにこっそり注ぐ。
(「これは二人の分、と」)
 保は小さく笑みを浮かべ冷蔵庫のドアを閉じた。

「ここまで甘い匂いが来るわ、どんなチョコが出てくるのかしら」
 アデリーヌが余ったアネモネを受付に飾っていると、エイジが遅れて戻ってきた。
「あれ、アデリーヌは作らないのかい?」
「料理苦手なのよ~、別に嫌いじゃないのよ? なんか上手くいかないのよね」
 実は大雑把に作ってしまうから残念な出来上がりになってしまうのだが、今は知る由もなし。
 『今日は準備やウェイトレスを頑張っちゃうから任せてね!』と意気込むアデリーヌは満面の笑顔を返す。
「OK、14時になったら皆やってくるからね!」
 活動していた市民も小腹がすいているし、体が冷えて暖かさを求めてやってくるだろう。
「なんかドキドキしてきた! ノル、接客のコツとかあるか?」
 期待と不安が入り交じる郁にノルは笑顔で答えた。
「表情が硬いな、もっと頬を緩めてみよう」
 ぶにーと引っ張ると郁の口元が横に伸び「いひゃいいひゃい!」と悲鳴が上がる。
 時計の針はカチ、コチと音を立てて進んでいき――続々とお菓子は完成していた。
 ほのかも林檎ブランデー入り生チョコに、仕上げのココアパウダーを振りかけて一口サイズに切り分ける。
「あの、ルヴィルさん……どうぞ」
 『気持ちを込めて』は、恥ずかしいので……心の中で。
 王冠付きのフォークで口元に運ぶとルヴィルは目を見開いた。
「美味しい! ブランデーの風味もちょうどいいし、さすがほのかは料理上手だな」
 ルヴィルのストレートな賛辞にほのかの白い頬はポッと薄紅に染まる。
「穣、そっちは一息つけるか?」
 切り分けたオペラを冷蔵庫に戻していた巌に、不思議そうな表情が向けられる。
「いつも側にいてくれて、ありがとうな」
 出されたのはオレンジピールにチョコを付けた特製ディップチョコ、ケーキを作る合間にこっそり用意していたのだ。
 曖昧に笑う穣もオーバル型のチョコを差し出した。
「梨ジャム入りのチョコなんだ……こちらこそ有り難う、ずっと一緒だよ」
 互いを想う気持ちが詰まったチョコレートはなによりも甘美に違いない。
 保もこっそり仕込んでおいたチョコの具合を確かめると、零達を呼び止める。
「これ、ボクから二人に」
「……じゃあ僕も友チョコを」
 出てきたのは保らしい小振りのハートチョコ、零も二人のためにとっておいたブラウニーを差し出す。
「美味しそう、頑張った自分のご褒美として美味しく頂きましょう……!」
 巌達の作ったお菓子は渾身の出来栄え、開始時間まで30分を切っていた――間もなく出張カフェの開店時間となる。
 
(「もももももうすぐですね……今日は頑張ると決めたんです、ワガママは言ってられませんよ!」)
 他人との接触に強い恐怖心があるが、友人達に格好悪いところは見せられない。接客用のエプロンに着替えた東西南北は小金井と共に気合を入れていると、ドアが開いて多くの市民が会場に押し寄せてきた。
「い、いいいらっしゃ、いま……せ!」
 まずは頑張って挨拶を! 顔が火照る感覚にもめげず東西南北は来場する市民を出迎える。
「来てくれてありがとう。外は寒かったでしょ、すぐ席に案内するわね」
 普段通りきさくに振舞うアデリーヌは、会場の奥に詰めるようにして座席を埋めていき、さっそく注文しようと挙げた手を見つけて郁が小走りで駆け寄る。
(「頬は緩めて、硬くならないように……」)
 心の中で言い聞かせてみるが、騒がしい心音に妨げられているような気がして郁はあたふたするが、なんとか注文を聞き取ってオーダーを伝えに行く。
「生チョコとガナッシュですね。ドリンクはどれになさいますか?」
 ノルの声が聞こえて郁は横目で一瞥した。聞き取ると同時に書き留め、落ち着いて対応するノルの姿に純粋に感心を覚える。
(「さすが、喫茶店経営してるだけあるよなぁ……俺も頑張るぞ!」)
 ほんとに凄いと思う、同時に気合を入れ直し郁はオーダーを届ける。
 目まぐるしくキッチンと会場を往復する保は仲介を務めて、会場の給仕に加わった零と東西南北に手渡していた。
「これは3番の、こっちは5番のテーブルや。お願い……どないしたん?」
 東西南北の顔色はやや蒼白、具合でも悪いのかと聞けばすぐに否定された。
「上野さんも保さんも、やっぱりしっかりしてるなぁって……ビビらない接客の秘訣とかあるんでしょうか!?」
 土下座する勢いで乞うものだから慌てて保は止めて、零と一緒に秘訣らしいことはあるかと考えこむ。
「言うても……すまいる、かな? 緊張がほぐれるし、お客さんも喜んでくれたらえぇなぁ、って」
「……そうだね。それと『自分はビビらない』って暗示をかけるとか」
 思い込むことが大事、と零も持論を述べると「な、なるほど……」と東西南北も恐々と頷く。
「東西南北はんも楽しんだらえぇんよ、皆はんも幸せそうやろ?」
 にっこり微笑む保の指差す先には美味しそうにホットチョコを飲む老女の姿。一緒に来ていた少女と美味しそうに頬張る姿は、螺旋忍軍の脅威が取り払われたからこそ見られる光景だ。
「……ありがとう、ボクももう少し頑張ってみます」
 気を取り直した東西南北は受け取ったトレイを手にテーブルに向かって歩きだす。

 ――人波もだいぶ落ち着いて、緩やかな流れに変わった頃。
(「郁は大丈夫かな」)
 ノルが目的の人物を視線だけ巡らせると入り口の辺りに立っていた。
「お兄ちゃん、あいがとー!」
「気をつけて帰るんだぞー」
 目いっぱい手を振る男の子に郁も笑顔で振り返す、初めはぎこちなかった彼の姿には余裕が出来ている。心を込めて尽くす姿が眩しくてノルが見入っていると、振り返った郁と目が合った。
「お疲れ、だいぶ落ち着いてきたな。最初はどうなるかと思った」
 と言う親友の声は嬉しそうに弾んでいて、ノルも微笑を作る。
「でもさ、こうして楽しんでる人達を見てるとこっちもすごくホッとしてくるっていうか……」
 ――戦うこと以外で人の力になれることが嬉しかった。
 新鮮な感覚だと感慨深げに語る郁の視線は、暖かな空気に包まれる会場内に向けられる。
 家族、同僚、親友、恋人――大切な人と過ごす市民の姿が、そこにはあった。
「……俺もね、誰かの役に立てるのがうれしい!」
 戦う事しか出来なかった自分が、甘いチョコや飲み物を届けることで幸せにすることも出来る。
「そうして笑顔になっていく人達を見るのが好きなんだ。だから郁も同じ風に思ってくれて、俺、なんだか嬉しくて」
 想像通りの親友の言葉に郁は歯を見せて笑うと、互いの拳を小突き合わせて歩きだす。

 日が暮れて18時、出張カフェは大盛況のうちに終わりを迎えた。
 懸命なおもてなしはじんわりと心を温かく解きほぐし、不安の陰に隠れていた市民の心に暖かな陽射しを差し込んだ。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月13日
難度:易しい
参加:10人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 1
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