街頭の明かりだけが照らす深夜の路地裏で。
植物化した腕を身に宿しながら、熱に浮かされたように男が呟いていた。
「……ほら見ろよ、シンゴクン。俺だって、本気出したら強いだろ?」
答えるものは居ない。
先程まで怒号と悲鳴で満ちていた路地裏に動くものは、今では異形と化した男だけだった。
それ以外の人間は、既に死に絶えていた。
「この力さえあれば、他のグループだって、相手になんねえ。俺達が最強だ。……そうだろ?」
語りかけるようなその言葉は誰に届くこともない。
その場の人間は、既に死に絶えていたのだから。
「シンゴクン。……俺、もう、足手まといじゃないぜ」
自分が何をしているのかすら理解できないのだろうか。
シンゴと呼ばれていた肉塊を踏みつけながら、男は喜色に満ちた笑みを浮かべた。
「彼をそのままにしておくと、このような未来が待っています」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は沈痛な面持ちで、集まったケルベロスに予知を告げた。
「細かい事情を説明させてもらいますね……。予知された場所は、茨城県かすみがうら市。この街では近頃、若者たちによるグループ抗争が激化しているようです。……皆さんはグループ抗争って知ってます?」
要するに集団でやるケンカみたいなものなんですけど、と補足を入れるセリカ。
この抗争の最中に、攻勢植物を手に入れた若者が暴走し敵味方関係なく近くにいた人を皆殺しにしてしまう、というのが今回の事件となる。
「本来、若者グループの抗争はケルベロスが介入する問題では無いんですが、その中に攻勢植物の力を手に入れた者が混じっているなら話は変わってきます。ダモクレスの侵攻を見逃すわけにはいきません。この攻勢植物の撃破が今回の皆さんへの依頼となります」
男はケルベロス達の行う言葉や行動に対して一見理性があるような反応はするが、戦闘に入ると同時に暴走してしまい、戦闘をやめさせようとする説得などは通用しない。
また、グループ抗争の舞台となる路地裏に向かうために、攻勢植物となった男は開けた空き地を通る。そこでなら周辺への被害を気にせず男と戦えるだろう。ただ、空き地にはあまり人気がないが、抗争現場に近いため長時間の戦闘となると騒ぎを聞きつけて若者グループが集まってくるかもしない。もっとも依頼の成否に若者グループの生死は関係ないのだが。
「でも、どうせなら、被害が少ないほうがいいですよね」
セリカは真っ直ぐな瞳でケルベロス達を見つめる。
「……きっと、攻勢植物となった彼も皆殺しなんて結末は望んでいなかったと思います。お願いです。彼が誰かを殺してしまう前に、どうか彼を解放してやってください」
参加者 | |
---|---|
アリエータ・イルオート(戦藤・e00199) |
レティシャ・アーティライト(ツンデレミュージシャン・e00441) |
ヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128) |
スレア・ラドリフ(バレットマーチ・e01145) |
レイブン・クロイツ(灰色の鴉・e03867) |
瀬川・蓮(ドワーフの鹵獲術士・e04452) |
アインザーム・グリーフ(グラオリッター・e05587) |
馬鈴・サツマ(小物臭漂う植物使い・e08178) |
●とある空き地の夜は更けて
頼りなく明滅する街灯だけが照らす裏路地で、ケルベロス達は攻性植物に侵された若者を待ち受けていた。
「深夜の路地裏……どきどきしますね」
ぎゅうとミミックのミミちゃんを抱きしめながら瀬川・蓮(ドワーフの鹵獲術士・e04452)が呟く。
薄暗い空き地の空気は肌寒く、どこか不気味な静けさで満ちていて、この事件の結末を暗示しているかのようだった。
「相変わらず嫌な事件が続くけど、どうにかして少しでも情報を得たいっすね……」
これまで何度も攻性植物事件と関わってきた馬鈴・サツマ(小物臭漂う植物使い・e08178)は、そう言って頭を掻く。
攻性植物に関わる家系として、事件と相対してきた者として、これ以上の被害を防ぎたいと願いながら。
「はん、嫌な事件だと?」
つまらなさそうな顔をしながらレイブン・クロイツ(灰色の鴉・e03867)は独り言ちた。
「弱い奴が間違えて獲物になった。それだけの話だろうが。くだらねえ」
吐き捨てるようなその言葉は誰に届かせるわけでなく、ただレイブンの中で戦意を高めさせていた。
「静かに。……来たみたいよ」
レティシャ・アーティライト(ツンデレミュージシャン・e00441)が近づく気配を感じ取り注意を呼びかけた。
街頭の明かりの届かない公園の入口から、何かを剥がすような音、土を踏みしめる足音が響いた。
立入禁止テープの封印を破った侵入者、一般人でないことは明白だった。
「っ、……お前らか? 変なテープ貼ってやがったのは」
驚きと怒りの表情を浮かべながら現れた灰色の服を着た若者は、自分の行く手を阻むケルベロス達を睨みつけた。
「その服、『紫煙号』じゃねーな。……何だ、お前ら!」
「私たちは、あなたを止めに来たの」
あなたが、自分の大切な人を傷つけてしまう前に。
アリエータ・イルオート(戦藤・e00199)は哀れみを込めた目を向けながら、もはや侵略者と化した若者へアームズフォートを構えた。
「さ、始めましょう。力を示したいなら、私達が相手になってあげる」
次々に立ち並ぶケルベロスたちが武器を構える。
それは若者には折角得た仲間を助ける機会を潰そうとしているようにしか映らなかったのだろう。
「……なんだよ。なんで邪魔すんだよ。関係ねーだろ……。どいてくれよ、俺はシンゴクンたちのとこに行かなきゃいけねえんだよ……」
爆発寸前の火薬のような瞳で、居並ぶ『敵』を見据えていた。
「……だめよ。大切なものはあるのにわからなくなっちゃうなんて、そんな人を、行かせる訳にはいかないじゃない!」
スレア・ラドリフ(バレットマーチ・e01145)の真摯な思いも、もう届かない。
「……いいから! どけよぉぉおおおおおおおっ!!」
激昂と暴走が入り混じった泣き叫ぶような咆哮が戦闘開始の合図となった。
●壊れた理想
「! 来るわよ、気をつけて!」
攻撃の気配を感じたレティシャが戦いの歌を高らかに奏でる。
咆哮とともに活性化した攻性植物が目の前に立つアリエータを喰いちぎろうと牙を向いていた。
「させませんよ!」
そこに滑るように蓮が小さな身体を割りこませた。アリエータに代わって噛みつかれることになるが、ディフェンダーの耐久力とレティシャの奏でた「紅瞳覚醒」により傷は浅い。
咄嗟の支援に感謝しつつ地裂撃で追撃させまいと牽制し、自らのサーヴァントであるミミちゃん、ボクスドラゴンのシロと共に、仲間を攻撃から守るように展開した。
「ふふ、サーヴァントといっしょ……。がんばろうね!」
一方で、攻撃を阻まれた若者は苛立ちを隠せず、蓮とレティシャに視線を向ける。
「くそ、やっと役に立てるっていうのに……邪魔すんなぁ!!」
その隙を逃すヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)ではなかった。
「自分で勝ち取ったものじゃない力、そんなものが何になる」
「なっ……! があっ!?」
ヴィンチェンツォは若者が自分から意識を外したと察知した瞬間に一瞬で音もなく至近距離まで接敵。
二丁拳銃で達人の如き一撃を振る舞い、攻性植物と化した若者の体力を確実に削り取っていく。
「そうだ! インスタントに力を手に入れられるものか! 私が教えてやろう、小僧……この槍で本当の強さを!」
「おまけだ。植物ってんなら少しは効くだろ」
続くアインザーム・グリーフ(グラオリッター・e05587)が放つのは【上弦】【下弦】、そして【火月】を組み上げた巨槍から最大出力で放たれる殲滅雷月槍(バニシング・ロンギヌス)。
突き刺した穂先から体内で引き起こる爆発。エレキブーストで高めた力も加えた手加減無しの全力攻撃だった。
重ねたレイブンの氷の風の影響もあり、早くも若者の顔から余裕がなくなってくる。
「ぐうう……! ち、力を得たんだ俺は……!」
「そんなに力が欲しかったんすか? あんな不味そうな実まで食べて」
「ちから、ちからをぉおおおおっ!」
サツマは攻性植物の摂取方法についてカマをかけてみるが、暴走状態の若者に声は届かなかった。
「……ま、そんなもんすかね」
この若者からは事件を止める情報は得られないだろう。進展を見るには独自に推理することが重要かもしれない。
そう思いながら、サツマも代々の研究によって作られた馬鈴式侵毒馬鈴薯【荒魂】で味方に芋の力を付与。不調への抵抗を身につけさせる。
「次、任せたっすよ!」
「ええ、行くわ」
補助をしてもらった、攻撃を庇ってもらった。頼りになる仲間にいることを感謝しながら、アリエータはアームドフォートを高らかに掲げる。
砲身を光で包み剣にする。それは本来あり得ない使い方。イレギュラーなアリエータだけの技、フォートブレード。
「助けられなくて、ごめんね」
仲間のために力を得ながら、今はたった一人で戦う若者に、アリエータは高まる光を振り下ろした。
●歪んだ願望
光が迸り、銃弾が駆け抜け、氷が吹き荒れ、斬撃が飛び交う。
巡る戦いの果てに力を失いつつあるのは、回復する手段のない若者のほうだった。
積み重ねられた不調によって凍てつき麻痺し石のような身体を引きずっても、まだ戦う意志だけは衰えていない。
けれど、それはケルベロス達のように覚悟を決めた強さではなく、攻性植物によって理性を失った悲しき暴走の果てだった。
「そこを、どけよぉ!!」
「いいえ、私たちは通しませんよ!」
蔦を伸ばして攻撃役を絡め取ろうとするも、蓮を始めとするディフェンダーたちに攻撃を庇われて通用しない。
そのダメージもレティシャの補助により軽減され、スレアや蓮によってすぐに癒やされてしまう。
「ミミちゃん、シロちゃん、治します。もうちょっとですよ!」
「くそ、俺は、俺は俺は! 足手まといじゃねえ!」
「そんなザマでなに言ってんだ。……いいから一発殴らせろ」
力に振り回される若者をレイブンは弱さだと断じる。悪漢たる彼はその弱さを救わず、ただ挫くだけだ。
「砕けな」
中空に召喚した巨大な機械腕、壊れた機神像の一撃(ゴッド・ハンド・クラッシャー)で追い打ちをかけるように殴り飛ばした。
「こんな、ことでぇ……!」
「ねえ、聞かせてよ」
吹き飛ばされて息も絶え絶えになりながら立ち上がる若者へスレアは話しかける。
これまで何度も彼の名前を、この街のことを、所属していたグループのことを問いかけていた。
けれど、暴走状態に入った若者はまともに返答することはできなかった。
それでも、スレアは若者に問い続ける。ほんの少しでも、彼に届くとそう信じて。
「聞かせて。……その力で何をしたかったの、それは誰のためだったの」
「そうだ! 君は何のためにその力を望んだ! 力を誇る為では無いだろう!」
真っ向から槍で攻性植物と向かい合うアインザームも声を張り上げた。
「……俺は、」
一瞬、攻性植物の動きが止まる。言葉が届いたのか、ただ偶然独り言が噛みあっただけなのか、それは定かではなかったが。
「俺は、ただ、みんなと一緒にいる場所を、奪われたくなかったんだ……」
それは自分への答えのようにスレアには聞こえた。
「ぐ、おおおぁああああああ!」
「っ……ばか!」
最後の理性を使い果たしたのか。意味もない言葉を叫びながら攻性植物を振り乱す若者へと、目元をにじませながらスレアはグラビティ・バレットを放つ。
発生する重力が攻性植物を鈍らせる。アインザームは怒りに任せてそれに続いた。
「子供に馬鹿な玩具を与えやがって!」
アインザームは義憤を抑えることができなかった。かつて同じように道を踏み外したものとして、理性を失い獣となる姿を見ていられなかった。
これは彼の望んだ喧嘩ではない。けれど、最後の喧嘩には違いない。その流儀には従おうと正面から最大威力の技を放つ。
「最大出力だ! 持っていけ……!」
掲げた巨槍より溢れだす雷撃の奔流が圧倒的火力を持って攻性植物を飲み込んでいく。
「このまま生きても、あなたは他人を破滅させるだけ。ここで氷に閉ざされて眠りなさい」
「……もう、終わりっすよ」
更にレティシャに、サツマに、それぞれ重ねられた氷が若者の生命を奪いとる。
しかしそれでも、傷つきボロボロになった身体で攻性植物はまだ動めいていた。
身体は殆ど麻痺し、死を間近に迎えながらも、肥大化した右腕で周囲にいる全てを破壊しようと暴れ回る。
瞳から光は消え理性は失われ、彼はもう戦うことを止められない。
「元々、まともに喋れるだなんて期待しちゃいなかったが……。いよいよだな」
目を細めて、動きの鈍った若者へとヴィンチェンツォは二丁の拳銃を構える。
「あ、あ……!」
「お前がなぜここで倒されるか分かるか?」
ゆっくりと銃口を露見した生命力の核となる部分へと向けながら、ヴィンチェンツォは宣告する。
「答えは1つだ。お前は人ではなく、ただのMostroに成り下がった。……それだけの話だ」
どれほどの強さも、どれほどの絆も、際限なく破壊するだけの怪物が抱えられるものではなかった。
どこか諦めるような瞳で銃口を見つめる怪物に向けてヴィンチェンツォは引き金を引く。
「Addio」
それは今生の別れの言葉。
倒れた若者が起き上がることは二度となかった。
●若者が消えた街
戦闘は終わった。若者の死体は発火して灰となった。
それを見届け、ヴィンチェンツォは煙草を一本だけ若者に捧げると立ち去った。
残ったケルベロス達は、戦いが終わった後に空き地に現れたグレイウルフのメンバーと接触することを選んだ。
「怒らないで聞いて欲しいんすけど……」
「できれば聞いて欲しい。君たちの仲間の話です」
そう言ってサツマとアインザームはリーダーのシンゴへと事情を説明した。
彼は話を聞いて怒りと悲しみを滲ませながらもはっきりと返事をした。
何も思ってないといえば嘘になる。けれど、アンタたちが悪いわけじゃない。アイツを止めてくれてありがとう、と。
「思ったより聞き分けがいいんだな」
いつでも若者たちが暴れ出したら止められるよう準備していたレイブンは、目は油断なく若者を見据えながらも、構えていた手を下ろす。
「あの、燃えちゃってこれだけしか残らなかったんですけど……」
そう言って蓮が取り出すのは少し焦げた灰色の狼を象ったエンブレムネックレス。
それはグレイウルフの仲間の証らしい。それだけでも残してくれて嬉しいと、グレイウルフの面々は蓮に感謝の言葉を述べた。
そんな彼らにアリエータとアインザームが質問をする。
「こっちも1つ聞かせてもらっていいですか? グループ抗争が激化した原因を知りませんか?」
「攻性植物をどうやって手に入れたかということもです」
デウスエクスが絡んでいるのでは、と考えてのアリエータの質問だったが、グレイウルフは抗争には巻き込まれただけで事情はよくわからないとの事だった。
アインザームの質問についても同じで、最近様子がおかしいとは思っていたようだが、彼が攻性植物化していたことは知らなかったようだ。
「君たちは……これからどうするんすか?」
サツマの気を使うような問いに、若者たちは顔を見合わせて一言二言交わし答えた。
グレイウルフは孤独だった一匹狼たちが群れ合うための場所、アイツが望んだこの場所をこれからも残して行きたいと。
「そう。……素敵な仲間たちなのね」
がんばって、とスレアはエールを送る。
「お前たちの弟分の件、俺が落とし前をつけてやる」
アインザームも、かつて同じように世間から弾かれた先輩として若者たちの怒りを背負って戦うと心に決めた。
「こうして仲間を悲しませてしまうのなら、身に余る力なんて求めるべきじゃないのよ」
離れて話を聞いていたレティシャは一人思う。
攻性植物化は力のない理性のない化物となること。信頼する仲間を、家族を自分から振り切ってしまうことだ。それはどこかケルベロスの暴走と似ていた。
燃え尽きた若者と自分は違う。大切な姉妹のために決して暴走しないことをレティシャは誓った。
「私は家族を悲しませたりしない」
そうして、この日街から一人の若者が消えた。
それを知るものは、あまりいない。
作者:玖珂マフィン |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2015年10月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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