ミッション破壊作戦～番犬は正義を咆哮する

■リプレイ

●その声が届くまで
　びゅうびゅうと風が吹いていた。開ききった降下ハッチから流れる風は、黒部峡谷から吹き上がる風か、冬の外気をヘリオンが取り込むがためか。
「カッカッカッ！　滾るのぅ！」
　叩きつけられるような風に銀髪を弄ばれながら、ドルフィン・ドットハック（蒼き狂竜・e00638）は哄笑する。彼の紫色の瞳が捉えている物は、眼下に伸びる峡谷の遥か先。ドラゴン達がこの地を侵略するために開いた強襲型魔空回廊だった。
　魔空回廊を破壊することは即ち、ドラゴンに戦いを挑むこと。それは、彼自身の望みでもあった。
「相手にとって不足はない」
「ええ、奴らへの反撃のときです」
　ドラゴンを相手取ることに息巻くのはドルフィンだけではない。長谷地・智十瀬（ワイルドウェジー・e02352）と鳴門・潮流（渦潮忍者・e15900）も同じ気持ちだ。
　そのために此処に集った。そのために光剣グラディウスを手に取った。
　あとは、ヘリオライダーの言葉の通り、想いの強さを力に変えて、魔空回廊を穿つのみだ。
「行くであります」
　光の翼を広げ、クリームヒルト・フィムブルヴェト（輝盾の空中要塞騎士・e24545）がハッチから飛び降りる。彼女自身、そして先陣を切る彼女に続くケルベロス達は誰もが、グラディウスを抜き放ち、虚空に飛び出していく。
　全ては侵略者デウスエクスに一矢報いるために。
　今こそ、反撃の狼煙を上げるときだった。

「私の手は決して綺麗じゃない」
　自由落下に身を任せるアイリ・ラピスティア（宵桜の刀剣士・e00717）は自らの業を独白し、剣を抱く。幼き頃、暗殺の技を磨き上げて来た彼女は、いつしか、一つの疑念に捕らわれていた。
　自身の故郷を奪ったのは、その報いなのか、と。
「それでも、私は戦い続ける。――守るために」
　汚れた手でも血塗られた刃でも、誰かを守ることができると知った。だから戦う。ゆえに戦う。誰かを守る。その想いのために。
「ボクを助けてくれた男は、こう言ったのさ。『俺は地獄の番犬さ。当然だろう』ってね」
　豊田・姶玖亜（ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077）は、己が目前に構えたグラディウスに語り掛けた。
　これから振るう力は思いの強さ、すなわち魂の咆哮だ。自身の覚悟を語り示すことはその強化に繫がると、彼女は言葉を続ける。
　男は示した道はデウスエクスのいない世界。馬鹿げた夢だと誰もが笑った。もしかしたら語る男自身も、それが夢物語と思っていたのかもしれない。
「ところが、ここにも馬鹿がいたわけさ」
　だから力を振るう。夢物語を夢で終わらせないために。それが姶玖亜の戦い理由。存在の証明だった。
「出来る出来ねぇじゃねぇ！　やるんだ！」
　バン・トールマン（番頭するマン・e25073）の叫びは同業者を思ってのことだった。黒部峡谷には無数の温泉があったと聞く。ならば、彼の同業者である旅館経営者達も幾多にいたはずだ。
　だが、今や、この地域はドラゴンによって蹂躙されている。人々にぬくもりを伝える温泉も、心休まる団らんのひと時も、侵略者によって奪われてしまった。それを必ず取り戻すと、バンは強く決意する。
「心も体も凍らせる元凶なんざ砕けてしまえぇぇぇ！」
　心からの、そして魂からの咆哮は、光の剣を眩いばかりにきらめかせる。
「ねえさっさと壊れ、死ね、滅べ！」
　エルス・キャナリー（月啼鳥・e00859）が縋るものは憎悪。ドラゴンに対する憎しみだった。竜十字島からの唯一無事の帰還者。それが彼女の背負った業の名だった。
　共に帰還が叶わなかった仲間の分まで叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。
　此度は小さな一歩となるだろう。だが、着実に歩を進めることができる。やがて、あの忌々しい島も、そこに巣くうトカゲどもも、いつか無へと帰す日が来るだろう。
「いつかきっと、全部全部滅ばしてやるわ！」
　宿る昏き想いはしかし、受け止めたグラディウスの光を極限にまで輝かせる。
「ドラゴンと浅からぬ私の因縁。一族のため、ひいては世界のため……、ここに全身全霊を掛けて牙を突き立てます！」
　潮流は一族の想いを、そしてそこに絡む因縁の糸を切り裂くため、光の刃に力を集中させる。ドラゴンを倒す事そのものが自分たちの悲願だとそう信じている。
「人々を守るために。そして、先達の努力に継ぐために！」
　クリームヒルトの想いはむしろ、願いだった。
　前回参加した神田古書店における破壊作戦では自分達による魔空回廊の破壊は叶わず、次のチームに託すことになった。彼らは無事、その任務を完遂したが、今は自分達が彼らとなって魔空回廊を破壊したい。その願いが彼女を突き動かす。
「気合いを入れてぶっ倒すぞ！」
　智十瀬の上げる獣の雄たけびと。
「行くぞ！　皆！」
　ドルフィンが上げるときの声の下、ケルベロス達は一斉にグラディウスを振るった。
　裂ぱくの気合いの元、収束されたグラビティはごう音を轟かせ、そびえ立つ魔空回廊へ次々と突き刺さっていく。
　八条の光が爆炎と雷鳴を纏い、魔空回廊そのものに突き刺さる光景は正に圧巻の一言だった。
「どうだ！」
　破壊の一撃は確かに届いた。響く氷竜達の悲鳴も、湧き上がる黒煙もその証左。ケルベロス達の想いは光の刃となり、魔空回廊を蹂躙していく。

　――だが。

　彼らの想いは強けれど、魔空回廊もまた、尋常ならざる存在であった。
　傷つき破壊の跡は見られるものの、未だ健在。先のチームの穿つ爪痕の上に彼らの攻撃を刻みながら、崩壊迄には至っていなかった。
「さすがはドラゴンの魔空回廊、と言うわけですね」
　身をもって彼らの恐ろしさを知るエルスが呆然と呟く。
　ケルベロス達の想いが弱かったわけではない。だが、此処もまた、ドラゴン達の堅牢なる拠点。そう易々と破壊出来る場所ではないと言うことだろうか。
「だけれど、次に繫ぐことは出来る」
　悔しそうに浮かべるバンの言葉はしかし、希望を失っていないという宣言でもあった。自分達が今日、魔空回廊を破壊しようとしたことは無駄ではない。後進への礎になるのだから。
「……そしてわしらもまた、再起を図ることは出来る」
　晴れぬ黒煙の中、カッカッカッと笑うドルフィンの声はいっそ清々しく。
「まずはここを突破してから、であります」
　グラディウスを納刀するクリームヒルトは気持ちを切り替えるべく、深呼吸とともにバトルオーラを身に纏う。傍らでサーヴァントのフリズスキャールヴが己の得物を構え、主に続いていた。
「帰りのバスは何時かな？　遅れないように気を付けないとね」
　ケルベロス達に向かってくるフロストワイバーンを前に、姶玖亜が揶揄にも似た言葉を口にするのだった。

●氷の翼、氷の顎
　黒煙晴れぬ戦場に、蒼氷のブレスが舞った。飛来した一体が牽制の如く吐き出すブレスは、ドルフィン、潮流、グリームヒルト、そしてテレビウムのフリズスキャールヴの体に凍傷を走らせていく。
「強力、かつ凶悪な護衛部隊、か」
　ヘリオライダーの言葉を想起しながら、潮流は彼女の言葉を口にする。
　我が身を覆う冷気は、いつも対じするフロストワイバーンたちと違い、強い。恐らく能力そのものがそれらより抜きんでているのだろう。
「だが、それがどうしたと言うのですか」
　光り輝くオウガ粒子で仲間達を強化しながら、それでも抱く想いは誓い。
　護り抜く。護るために戦う。その想いはこんな場所で挫かせる訳にいかない。
「ええ、そうであります」
　潮流同様、クリームヒルトもまた無数の盾を展開、守りの力を高めていく。彼女の唇が奏でる歌は、失われた面影を悼む魂寄せの歌だ。静かな調べが、未だごう音晴れやらぬ峡谷に、染み入るように響いていく。その傍らに立つフリズスキャールヴは自身のモニターに主人の活躍を投影。冷気に傷を負う体を癒やしていく。
　主人と従者の治癒行為の残影が残る中、息吹の応酬へとドルフィンが飛び出した。己の両腕、そして尻尾で行おうとした捕縛はしかし、フロストワイバーンは翼をはためかせ、天に逃れることで、その一撃を拒む。
「カッカッカ。さすがに手ごわいのぉ！」
　強者との殺し合いに渇望すら抱く竜人は感心したように、フロストワイバーンへ語り掛ける。そこに浮かぶ色は、ただ、戦いへの喜びだけだった。
「震えよ。喜べよ！　この復讐はまだ始まったばかりなのです！」
　エルスが紡ぐ守護星座のきらめきは、ドラゴンの存在を否定するべく、魔法陣を描いていく。魔空回廊の破壊は叶わずとも、ここでフロストワイバーンの首級を上げ、ドラゴン勢力を梳る。その喜びが彼女を突き動かしていた。
　アイリもまた、紙兵を散布することで、彼女同様仲間への態勢付与を行っていく。敵は氷を操る竜が一体。それに抗う力は必ず役に立つはずだ。
「ま。早めに、けりをつけてしまいましょう」
　刻限は自身らを覆う黒煙が晴れるまでの間。気持ちを急かすバンはしかし、極寒の冷気に手を悴ませ、己の得物である鍵を落としてしまう。
　フロストワイバーンが吠えたのは、その新兵さながらのミスをからかうための物だった。そして、ミスが命取りになる教訓を彼にたたき込むべく顎を開く。
　その瞬間、竜の表情は驚愕に染まっていた。
　鍵は落としたのではない。地面に突き刺さることで、フロストワイバーンの動きを制していたのだ。
「忍法、影縫い――ってね」
　バンの忍術によって動きを縛られたフロストワイバーンに突き刺さる無数の弾丸は、姶玖亜のリボルバー銃から放たれる。居合抜きのように放つ弾丸は竜の鱗を剝ぎ取り、爪を傷つけていく。
　そして猫の影が飛ぶ。智十瀬は全身のバネを用いてフロストワイバーンへ跳躍。鋭い跳び蹴りを叩き込む。
　地面に落とされ、悲鳴を上げるフロストワイバーンはしかし、それは一瞬のこと。再び皮翼を羽ばたかせ、空中へと飛び上がる。
「――やはり、簡単に倒れてくれない。……当然ね」
　宵桜。桜の花弁を思わせる霊気を帯びた斬霊刀を抜刀したアイリが、それも当然とばかりに、その文言を口にした。

　舞うは霧氷。吹雪も斯くやの息吹はケルベロス達の体を傷つけ、それに伴う冷気はフロストワイバーンの傷を癒やしていく。
　寒冷地に特化した竜の有様に旋律すら覚える。
「カッカッカッ。楽しいのぅ。楽しいのぅ。フロストワイバーンよ！」
　それでもケルベロス達の動きは止まらない。数度目となる投げ技を敢行したドルフィンはさも楽しそうに笑い声を上げる。
　反撃の爪や牙はしかし、彼の横から飛び出した潮流の如意棒とクリームヒルトの盾に阻まれ、ドラゴニアンの体を貫くことは出来ずにいた。
「紫電に巻かれ、跪け！」
　逆に、受け止めた潮流の紫電によって、腕や顔を焼かれる始末であった。
「もう終わらせるでありますよ。フロストワイバーン」
　荒い息とともに口にするクリームヒルトの言葉は、何処か賞賛にも似ていた。
　傍らに立つはずのフリズスキャールヴの姿はもうない。仲間を守ろうと文字通り自身を盾とし、そして消し飛んでしまったのだ。それは、目の前にいるフロストワイバーンの強さを物語っていた。
　被害はフリズスキャールヴだけではない。主であるクリームヒルトも、そして仲間達も、誰一人無傷な者など誰もいなかった。特に盾役を担った潮流とクリームヒルトの損害は激しい。ヒールグラビティでの回復が追いつかなくなった身体は、痛みによる限界を叫び続けていた。
　だが、それはフロストワイバーンも同様だ。八人と一体による攻撃を受け続けたドラゴンは、見るも無惨な姿を晒している。終局の近さを伺わせていた。
　クリームヒルトの蹴りがフロストワイバーンに牙を剥く。幾度と無く冷気の鎧を、そして鉄壁を誇る竜の鱗を剥いだ一撃は、此度もまた、その身を梳っていく。
　堪らぬ空中に逃れるフロストワイバーンに、しかし、無数の銃弾と、手裏剣の如き鍵が突き刺さった。
「逃がさねぇよ」
「これでも寂しがり屋さんなんだ。最後まで付き合ってもらうよ」
　鍵は心臓を穿ち、道化じみた言葉は弾丸と共に皮翼を切り裂いていく。
「紅蓮の天魔よ、我に逆らう愚者に滅びを与えたまえ！」
　今は倒すことに集中するべき時、と回復をかなぐり捨てたエルスは虚無の力を召喚した。
　フロストワイバーンから吹き荒れる冷気すら飲み込む黒い炎はその身体を飲み込み、蹂躙していく。彼女の復讐を体現するそれは、悪魔の存在を思わせた。　
「俺の居合……見せてやるよ！」
　竜体を焼く炎消えやらぬ中、智十瀬は我流の抜刀術を放つ。誇れる戦いを。後悔の無い戦いを。そう決めた彼の一撃はフロストワイバーンの腕を――それと一体化した翼ごと切り飛ばす。
　空を飛ぶ力を失ったドラゴンを迎え入れるのは大地の抱擁だった。重力のまま地面に叩き付けられた竜は悲鳴の如き叫びを上げる。
　それが彼の者の断末魔となった。
「寄り添う自然よ、力を貸して。災いを阻む、縛めの力を」
　小さな詠唱はアイリが紡いだ願いだった。大自然の力を借りて生み出した種子の弾丸はフロストワイバーンに着弾と共に急成長し、その自由を奪う。
　拘束された竜に、次の一撃を抗う力はなかった。
「これぞ手向けよ！　受け取れぃ！」
　飛び出すドルフィンはその巨体を抱え上げると、大空へと舞う。翼の羽ばたき一つで空に飛んだ彼は、力の限り、竜の身体を地面へと投げつけた。
　最期の抱擁はぐしゃりと肉が潰れ、骨が砕ける音を響かせる。
　地に伏せ、動かなくなった敵影を前に、ケルベロス達はそっと安堵のため息を零した。犠牲者を生まなかった。その喜びを噛み締めながら。

●いつかその日が来たのなら
　黒煙が腫れていく。魔空回廊を蹂躙する漠炎と雷光は既に無く、そしてケルベロス達の姿もその中にない。
　黒部峡谷における二度目のミッション地域破壊作戦はしかし、傷跡を残しながらも破壊に至らないと言う結果となってしまった。
「やはり、悔しいな」
　撤退の歩を進めるケルベロス達の中で、智十瀬の視線は光を失ったグラディウスに注がれている。再びこの光剣が力を取り戻すまでどのくらいの月日を要するのか。それを考えるとやはりここで魔空回廊を破壊したかった、との悔悟が頭を擡げてしまう。
「ええ」
　その気持ちは皆の総意でもあった。作戦は失敗したわけでは無い。だが、それでも。
「カッカッカッ。なに、またチャンスはある。今は耐えるときじゃて」
　凶暴ともとれる獰猛な笑みを浮かべたドルフィンは、戦闘による高揚感か、それとも魔空回廊に投擲した己のグラディウスを走って回収したためか、息を弾ませていた。
「……そして、いつか、絶対」
　背後を振り返るエルスの視線は健在の魔空回廊に向けられている。
　ドラゴンを撃つ。ドラゴンを倒す。ドラゴンを滅ぼす。
　その誓いを再び胸に焼き付けるように、彼女の漆黒の瞳は、氷で覆われたその門を捉えていた。

作者：秋月きり	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年2月11日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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