ヒーリングバレンタイン2017~チョコに詰める物語

作者:古伽寧々子

 ミッション地域は次々に解放され、平穏を取り戻しつつある。
「それも、皆が頑張ってくれたおかげだね」
 どうもありがとう、と丁寧に礼を述べ、芹城・ユリアシュ(君影モノローグ・en0085)はにっこりと微笑んで見せた。
 けれど問題は、まだ山積みだ。
 解放されたミッション地域にはまだ住人もいなければ、復興だって――始まったばかり。
「ヒールはケルベロスにしかできない大事なお仕事だもの」
 こくこく頷く詩・こばと(ミントなヘリオライダー・en0087)に頷き返して、ユリアシュは笑みを深くする。
 ヒールをして、ちょっとファンタジックな街にもなってしまうことだし。
「バレンタインのイベントにしたら楽しそうじゃないかなって」
 引っ越しを考える人が下見に来ていたりもするし、せっかくなら周辺の人たちも呼びこんでお祭り騒ぎもいいかもしれない。
 復興も、バレンタインの準備も、何もかも、欲張って。
 
「それで、皆には神田古書店街に行って欲しいんだ」
 かつては古書店街として知られていて、飲食店も多く存在した。
「その中のお店を借りて、チョコレートを作ろう?」
 大切な人へ心を込めて、チョコレートを贈る日。
「古書店街だから、こんなものはどうかな」
 そう言って、ユリアシュは一冊の本を取り出した――ぱらりとめくるようにその表紙を開けば、中身は空っぽ。
 ブックボックス。ちょっとレトロな本の形をした小物入れは大小様々で美しい。伝えたい想いを詰めるには、素晴らしいのではないかと思って。
 好きなものを選りすぐって詰めるだけならなかなか手軽に、プレゼント作りができるのではないだろうか。
「ぬいぐるみとか、お手紙とか入れてもいいわ」
 うきうき。
 楽しさを抑えきれない様子で、こばとが口を挟む。
「お菓子作りが得意な人は、いろいろ作ってくれたら嬉しいな」
 集まってくれた人たちが贈り物を作るためのお菓子を提供して欲しい。
 復興とイメージアップを狙ったイベントでもあるから、とユリアシュは付け加えた。
「あ、もちろん、バスケットとかギフトボックスでもいいよ」
 だってその中に詰められるのは、物語には違いないのだから。

 ――本の中に綴じられる想いは、どれだって、他には二つとない物語。
「どうかな?」
 ケルベロスたちの顔色を窺うように、ユリアシュは軽く首を傾げて見せる。
 たった一人だけのあの人へ。
 大好きを伝えたいみんなへ。
 ありったけの想いを詰め込んで――届けて。


■リプレイ


 神田古書店街はヒールを受けて、徐々に元の姿を取り戻していた。
 ちょっとファンタジックになってしまうのはヒールのご愛敬。
 また、この街に人々の平和な暮らしが戻ってきますように――そう、願いを込めて。
 そして、そんな街を守りたい。
 もっと強くならなければと、決意を抱いて和希はヒールする。
 ケルベロスたちの活躍で、街並みはあっという間に元の姿を取り戻したのだった。


 チョコレート色のカフェの店内、壁の端から端まで、床から天井まで一面に収められている本の中身はからっぽ。
 それを水増しと取るか、これからものが詰められると取るかは置いておいて。
「凄い、なんとシャレオツな……!」
 夕雨は感心しきりで声を漏らした。
「よし、拙者はこれに決めた!」
「これは自分へのプレゼントにします」
 こくりと頷いて、選んだ一つを大事そうに抱え込んだ。
「これは確かに自分の部屋にも欲しくなります。私は……これで」
 蝶と花々が描かれたブックボックスを選んだいちるのは、早速作業に取り掛かる。
 中には緑色のリボンでラッピングしたチョコと、青いガラスの花が収められた小瓶。キラキラ輝く様はとても綺麗で、まるで花畑に居るような気分になれる。
「ユタカさんのを見ていると和装も良いな…と思ってしまいますね」
「そうか?」
 緑色のアンティーク風のブックボックスに親近感を覚えつつ、いちるのが嬉しそうに笑むのに、ユタカもまんざらでもない様子。
 とはいえ、ギャップを狙って中身は和風。
 『霊長類100人が泣いた感動エピソード集~3巻~』と『1巻と2巻は買ってね』と書いた手紙も忘れずに。
 童話のようなシルエットのキャラクターたちが踊る、沙葉の選んだ箱には、兎のぬいぐるみに花の形のゼリーでとてもキュートな仕上がりだ。
(「柄にもなく可愛らしくし過ぎたかもしれない……」)
「 沙葉さんの素敵ですね」
 可愛らしい、と目を細めるレカはすでに選んだ掌サイズの焦げ茶のぶっぐボックスを詰め終えて一息ついたところだ。
 夜空に見立てた紺色の金平糖に、クリーム色の星の金平糖がきらきらと。黄金色の金平糖は、三日月のように並べて――夜の物語。
「個性が出てますね」
 チョコレートをもぐもぐしながら、嬉しそうなアイカはなんだか他人事だけれど。
「ふふっそういうアイカさんはどうするんでしょうか?」
「私ももちろん自分へのご褒美ですよ」
 笑むレカに、えへんと胸を張って、レトロな魔道書のような茶色を示したアイカは、ふむぅ、と少し悩んでからカップを手に取った。
「綺麗なカップ! これにしようかな」
 隙間はもちろん、スイートな幸せでいっぱいにして。
 可愛らしく美しいボックスが出来上がっていく中、濃紺の深い色が落ち着いた本の箱へ、豪快に開けた袋からずざーっと麦チョコを雪崩れ込ませていくのは夕雨。
「スペースがなくなったので、これにて終了です」
「夕雨殿、お前……」
 ユタカドン引き。
「……いや、冗談ですよ」
 もぐもぐ。
 食べて開けたスペースも、きっとあっという間に埋まることだろう。

「調子はどうですか?」
 外気の寒さに頬を赤くした和希に珈琲を勧めながら、ティクリコティクはぐっと親指を上げて見せた。
 アンセルムがそれに合わせて小さく頷く。
 せっかくのバレンタイン。カフェに来てくれるお客さんに配ろうと、数を作るためにせっせと小さなのブックボックスにチョコを詰めていく。
 ケルベロスが戦えるのは、帰りを待っていてくれる……たくさんの人がいるから。両親の教えは、確かにティクリコティクの胸に残っていから、ボックスの一番上にはカード。
 『たくさんのありがとうをおくります!』のメッセージカードも忘れずに。
 一方、アンセルムのボックスはチョコやキャンディが盛りだくさん。
 ちょこんとお澄まししているぬいぐるみも可愛らしい。
「それってボク?」
 お手製のお洋服はそれぞれにティクリコティクと和希の服を着ていて、可愛らしい。趣味を捻じ込んだと言われたら、否定は出来ないし……する気もないけれど。
 食べたら消えるお菓子も、形で残るぬいぐるみも。
 どちらも大切にしたいから。
「ありがとう、これからもよろしく」
 二人が満面の笑みで受け取ってくれるので、思わずアンセルムも笑顔になる。構成植物に寄生されたのは悲劇だけれど、皆に出会えて、こんな風に一緒に出掛けたりする楽しいことがあって……それはとても、幸せなことだから。
 ヒールをしっかりばっちり終えた、旅団、星屑の教会の三人組の少女たちは、並んでラッピングに励んでいた。
「私はこの洋書型のボックスを使いたいですっ」
 分厚くて、何だか重たそうなボックスを選んだラズリアは、雰囲気たっぷりですよね、となんだか嬉しそうだ。
 中には瓶詰の金平糖。しゃらしゃら鳴る音がまるで、星空のよう。
「ええっと、この本型の箱を、可愛く出来れば良い…のでしょうか!」
「ですね」
 おずおずと尋ねる希月に、レイラが頷く。
 レイラが選ぶのもやっぱりアンティーク風の洋書。
 渡したいあの人を思い描きながら……お花の形のチョコに、一番上にはお手紙を乗せて。
「……これでよし」
 喜んでくれたら、いいのだけれど。
 希月は赤いカバーの洋書に、白やピンクのリボンやレースをふわふわ飾り、真ん中に置いたチョコレートを両端のぬいぐるみが運んでいるようなポーズ。
「可愛いものを作るの、楽しい、ね!」
 嬉しそうに笑う希月にラズリアとレイラも頷いて。
「……そういえば、ラズリアさんと塰宮さんはどなたかに差し上げたりとかするのですか?」
 二人の作業を覗き込んで、レイラは首を傾げる。
「……私、ですか? ふふ、秘密ですよー」
「僕は……誰に贈ろうかな……」
 にっこり笑顔でかわすラズリア、一方、ううん、と悩み込んでしまったのは希月だ。
(「兄様に……わ、渡せるかな……?」)
 きっと大丈夫。ほんの少しだけ、勇気を出して。


 夢が用意するのは真っ白で大きなブックボックス、洋酒の香り豊かなホワイトチョコカヌレに琥珀糖を鏤めて。そして、ダークピンクの薔薇のシールは背表紙に――花言葉『感謝』の意を込めて。
 言葉のない物語は、贈り物の語り部に訊いて。
 そんな想いを込めて、慣れた様子でラッピングする夢の隣で、ミュルザンヌが小さく呻いている。
 どうやら悩んでいるらしい。
「ねエ、夢、こレはどうヤって……」
 言い掛けて、やっぱりその箱を引っ込めるミュルザンヌ。
「うウん、やっぱリ、見たラ、ダメ。中身は、開けタ時のお楽しミにしましょウね」
「あら……ミュルザンヌ様、ダメなのですか? 隠されると気になってしまいますねぇ」
 本当は今すぐにでも中身を見たい。けれど、彼女が後の楽しみのために頑張ってくれるそれだけで、胸がいっぱいで声が弾んでしまう。
 そんな夢に気付かれないよう、ミュルザンヌはボックスの中に、ピンクサファイアのブローチを忍ばせた。……彼女の瞳と同じ色が綺麗だったから。
 当日にはきっと、ミュルザンヌお手製のボックスのチョコの中で眠るナノナノのぬいぐるみが、いろんな一生懸命を教えてくれることだろう。

 故郷のお菓子、ルーネベリタルト。
 星と月燦めく表紙の本箱へ、そっと手作りのお菓子を詰めて、リボンを掛けて、クーはほぅ、と一息ついた。
 迷走を初めてしまうのは、そこから。
 お気に入りの硝子のペンを弄りながら、吐息が漏れる。
 ――元気か?
(「昨日会ったばかりだな……」)
 ――いつも世話になってるな。
(「それはそうだが、もっとこう、」)
 彼の色の紫紺のインクが落ちては、捨てられて――こんなにも、伝えたい想いは溢れているはずなのに、恋愛事に不慣れな想いを纏めるのは難しい。
 大切で、愛おしくて、かけがえのない、唯一の存在で……傍に居られるだけで幸せで、笑顔を見れば胸がこんなにも温かくなるのに。
 結局、最後の吐息と共に、たった一言をやっと書き添えた。
 伝えたい言葉は、彼にだけ。

 ぱぱぱっと好きなものをいっぱい、どんどん詰め込んでいく紡と、うんうん唸って悩んでなかなか進まないティアリスは対照的だ。
「はいかんせーい!」
 紺の色の本に銀のリボンを結んで、うむ、とでも言うように紡は満足げに頷いた。中には宝石のようなショコラが綺麗に詰め込まれている。
「もう出来たの? ……私はダメ。あげる立場って迷うのね」
 好き嫌いを聞き出すのも失敗してしまったし、と珈琲を口にし、吐息を漏らすティアリス。
「そっかあ、難しいねえ」
 素敵なチョコをあげたい、その気持ちは――ちょっとわかる。
 ティアリスも乙女なんだなぁ、としみじみ感じながら、ふと。
「ってゆか誰にあげるの? 彼氏??」
「彼氏じゃないし。……あー、紡はお兄ちゃ……むぐ」
 口に出そうとした言葉を、内緒、の動作で人差し指で封じるように――ショコラで塞がれて、ティアリスは瞳を瞬いた。
「ふふ、美味しい?」
「……うん」
 悪戯っぽく笑って顔色を窺う紡に、口の中で溶けていく甘さに頬を綻ばせながら、ティアリスはこくりと頷いた。
「ありがと」
 一口サイズのトリュフチョコを詰めたティアリスの緋色の本も、黒のレースリボンで閉じて無事完成。

 花の図鑑のようなのデザインが鏤められたブックボックス。
 イェロが送るあの人は、花が好きだと聞いたから。
 もちろんそれだけでなく、淡紫の刺繡と星空みたいなビーズを添えて、ガラスと木枠にぎゅぎゅっと収めて、まるで本格的な標本のようだ。
 アネモネにガーベラ、梅や桜と広がる花々の形をしたチョコレートは……なんだか輝いて見える。
「これなら、本もあわせて手製だと言い張ってもいい、かな……?」
 甘いものを食べる習慣がないから、そこは既製品で賄ってしまったけれど……手を掛けて想いを詰めたことにはかわりない。
 気に入って貰えると、いいのだけれど。

「しぇ! ……先生!」
 噛んだ。
 いきなり噛んだ。
 ……顔から火を吹いて死ぬんじゃないかと、桃華は思う。……けれど。
 甘すぎないマフィンも、コーヒー風味のチョコも、ラッピングのバランスだって悩みに悩んで、シュヴァーンの為だけに作ったものだから。
「あの、その……っいつもお話聞いてくれて。あ、あと励ましてくれて、ありがとうございます……!」
 受け取ってください、と差し出した掌が、ふっと軽くなる。
 顔を上げれば、シュヴァーンが桃華のチョコを手にしてにっこりと微笑んでいた。
「私からの贈り物も受け取って貰えるかな?」
 差し出された、落ち着いた本の表紙に桃華は言葉を失う。
 だってだって、渡すことばかり考えていたから、貰えるとは全く考えてもいなかった。
「あ、えっと、えっと……ありがとう、ございます」
 何とか絞り出すようにそう言って、大切そうに箱を抱き締めた。変な顔、してないだろうか。
 その中には、ちょっと高めのチョコレートが、子兎のマスコットと一緒にコサージュの花畑で眠っている――まるで絵本の中のような世界。
 底に忍ばせた本命のプレゼント『アヴェンチュリンとエンジェライトのブレスレット』には自信を高める効果がある……らしい。
 それはシュヴァーンからのエール。どうか、もっと自信を持って。

「古書店街って聞いてね……放っておけなくって。僕も物書きだから」
「ずっと大事にされていく本って、すごいよね」
 書く人も、それを読んで受け継いでいく人も。素直に頷くユリアシュの言葉に、和は湯気の立つ珈琲を一口、緋色のブックボックスを大事そうに撫ぜた。
「ところで、芹城くんは? 誰かにあげたりしないの?」
「もちろん、……と言いたいところだけど予定はないかな」
 モチとユオと分けたいところだけどと、ユーリは肩を竦める。箱を覗き込んで、ファミリアの餅とモチが身を乗り出していた。
「そっか……そんじゃ僕から、日頃お世話になってるお礼だよー」
「んぐ」
 ユリアシュの口へチョコをぽいっと入れて笑顔。チョコはどうして、人を幸せにしてくれるんだろう。
「甘い」
 思わず笑んだユリアシュに、和も満足げにして、ぽいっともうひとつを自分の口へ。
「うーんおいしい。これは執筆中のお供によさそうだ」
「……それ、プレゼントじゃないの?」
 ユリアシュのちょっと意地悪な問いに、和は慌てて背筋を正す。
「いやほら味見! 味見だよ!?」
「そういうことにしとこっか?」
 くすくす笑うユリアシュは、プリザーブドフラワーの飾られたボックスの受け取り手はきっと喜んでくれるだろうと想いを馳せるのだった。


 憧れのカームと一緒、紺は密かに燃えていた。
 そんな紺の熱気を感じとりながら、カームはひとつひとつの作業を丁寧に進めていく。
 銀箔の散った瑠璃色と水色の不織布のベッドに、金や銀のホイルで包んだ星形のチョコ、オーロラペーパーでくるんだミニケーキ、銀のリボンの小花を詰めて――そこにはあっという間に星空が出来上がる。
「羽鳥さんはどう?」
「え、あ」
 カームのラッピングをこっそりとお手本にするはずだったのに、気付けばチョコがぎっしりつまっただけの箱に、思わず手で蓋をする紺。
「私のはあれです、非常食にもなるインテリアとして考えておきましょう」
 あわあわと慌てる紺の姿に、ふふ、と笑ってカームはそっとラッピング用の不織布を手にした。
 チョコを包んで、一捩じり。
 もうそれだけで、女子力高い。
「これをいくつかとレースリボンをあしらって……というのは?」
「わ……ありがとうございます!」
 瞳を見開いて、紺は息を呑んだ。かわいい。
「これで、最低限文化的な女子力が保たれるはずです」
 感動しきりの紺に、そこまで大仰なものではないけれど、とカームは笑むのだった。

「有栖はどんなの作ってるっスかー?」
「……あ、零菜!? まだ見ちゃ駄目ッス!」
 隣から覗き込む零菜に、箱に覆いかぶさるようにして有栖は慌ててその視線を遮った。だって、贈り物は当日のお楽しみ。
 特にアンティークな雰囲気の漂うボックスの中に、溢れんばかりの薔薇の造花。うさぎやEAT MEと綴られたクッキーと、一輪だけ……埋もれた中には、チョコレートの薔薇も忍ばせて。
 最後に目一杯魔力を込めたら、鹵獲術師特製ブックボックスの完成!
「はい、じゃあ自分からはこれっス」
「……えっオレに!? もう!?」
 満面の笑みの零菜から渡されて、有栖はぱちぱちと瞳を瞬いた。
「バレンタインの朝、起きたら開けて欲しいっス!」
 中身は内緒っス、と笑う零菜に、有栖はこくこくと頷いて見せた。
「開けちゃ駄目なんスね!? が、我慢ッス」
 有栖が大事そうに抱え込んだブックボックスの中にはメッセージひとつ。
 それは、こう『今日、自分の家に来てほしいっス! チョコを用意して待ってるっスよ!』――バレンタイン当日の、招待状。
「当日までぜーったい、開けちゃダメっスよ?」

 ルビークとエヴァンジェリン、二人の父娘は二人並んで。
「ねぇ、来年はアタシ、大人になるわ」
 今は19、来年は20。
 ビタースイートなチョコの隣りに、大切そうに炎揺らめくカットのロックグラスを大切そうに詰め込みながら、エヴァンジェリンはそっと口にする。
「そうしたら、最初のお酒は、パパと飲みたいの」
 未来なんて、来年なんて、あまり考えないけれど……これは特別。
「受け取ってくれる?」
 白のリボンをかけた深緑の本箱を差し出して、エヴァンジェリンはまっすぐに父を見詰めた。
「ありがとう、楽しみが出来たな」
 ルビークは嬉しそうに目を細め、それを大事そうに受け取って頷く。
 代わりに、そっと、故郷のお守り――ヒンメリを忍ばせた贈り物をエヴァンジェリンに手渡した。
 あまりお守りは信じていないのだけれど、とルビークは笑って。
 本当は、この手で守れたなら一番いいけれど、娘と四六時中一緒、というワケにはいかないから。
 だったら、気休めだって構わないはずだ。守りたい想いは、本物だから。
「ありがとう、大好きよ、パパ」

「で、どんなの作ってんの?」
 こういうのは覗きたくなるのが世の常。ならば仕方がない。
 一人こくりと頷いて、ロアは隣のアオのボックスを覗き込む。……ばれないようにそーっと、こっそり。
「ちょっとなに覗こうとしてるの! 大人しくしててよ!」
「やべ、バレた!?」
 だが、一瞬だった。
「三十六計逃げるにしかーず!」
「ちょっとロアー!」
 手作りしたチョコレートがなんだかちょっぴり、恥ずかしくて、だから、見られたくなくて……でも。
「もう……折角作ったのに渡す相手が居なきゃ、意味無いじゃない……って、いた!」
 ぶつぶつ。
 呟き続けながら逃げたロアを探すアオ。
 カフェの外に腰を下ろしてチョコをつまんでいる姿は、やっぱり憎めない……と言うか、癒されるというか。
 小言を続けるアオの表情が微かに和らぐのを、ロアは見逃さない。うん、やっぱりアオは可愛い。
「まあまあ落ち着け。ほれ、あーん」
「むぐっ……なに、にゃにを!?」
「ほら、できたなら帰ろっか」
 アオの指に指を絡ませてロアは立ち上がった。
 アオの顔が耳まで真っ赤に染まる。
「う、うん……」
 今日は渡せなかったけれど、大丈夫。バレンタインの本番は明日。

 ハッピーバレンタイン。
 物語に込める想いは様々、だけれど――どうか。
 この想いが、君に届きますように。

作者:古伽寧々子 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月13日
難度:易しい
参加:29人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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