御伽噺ショコラトリー

作者:七凪臣

●おとぎの国のショコラトリー
 街の中心部から車で二時間と少し、冬なお緑が茂る森の中にそのログハウスはひっそりと建っていた。
 アイシングでデコレーションされたようなスロープを上がり、こんがりキツネ色の扉を開けると、すぐさま漂ってくるのはチョコレートの甘い香り。
 しかしショーケースなどは見当たらない。代わりに広がっているのは、造花の庭。
 そして気付く。低木に生っているかに見えたキイチゴが、フリーズドライの苺を紅色のチョコでコーティングしたものである事に。
 更に視線を巡らせれば、背の高い木の枝にはオランジェットが実り、色とりどりなドライフルーツで彩られたマンディアンが花のように咲いている。
「うん……やっぱり、凝り過ぎたんだよなぁ」
 甘い甘いチョコレートの庭を抜けた先。カフェスペースに腰をかけ、肘をついて項垂れるのは中年手前のいかつい男。
「でもやっぱり。子供の頃に読んだ御伽噺は忘れられないし……」
 はぁ、と重い溜息を一つ吐き。男は一口サイズにカットしたバナナをフォークに刺し、目の前を流れる二段の水路の間に通す。途端、まろやかなチョコソースがバナナを包み込んだ。
「それに、チョコレートは綺麗で可愛いが絶対に合うんだっ」
 はぐり。
 チョコバナナを頬張り、男は奮起する――が、やっぱりすぐ項垂れた。
「けど、それで店が潰れたんじゃ意味ない……か」
 再び悔恨の念が籠りに籠った溜息を零す。
 だが、彼の後悔もここまでだった。
 何故なら。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 コックコートの背でぴこぴこ揺れていた作り物の妖精の翅越しに、彼の心臓は第十の魔女・ゲリュオンに貫かれてしまったのだから。
 斯くて男は意識を失い、代わりに彼によく似た出で立ちのドリームイーターが産声を上げる。

●譲れぬ思いの果て
 日野譲、三十七歳。
 熊みたいと評される外見とは裏腹に、『チョコレート』と『素敵』『可愛い』を好む男は三十を超えたところで脱サラをして、海を渡って修行をし。
 そうして先の夏、念願叶って自分のショコラトリーを持った。
 されど拘り過ぎた立地やら何やらのお陰で、訪れる客は殆どなく。初めてのバレンタインデーを待たずして、譲は己が夢の城を畳まざるを得なくなった。
「チョコレートフォンデュまで普通のタワー型じゃない、特注の小川仕様ですからね。日野さんの気合の入り方は分かります。その分、後悔も大きかったことでしょう」
 この後悔がドリームイーターに奪われ、また新たな事件が起きようとしていると語ったリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は、それを食い止める為にも、そして譲を目覚めさせる為にも、譲の後悔から具現化されたドリームイーターを倒して来て欲しいと言う。
 場所は、森の中にぽつんと建つログハウス風のショコラトリー。
 出迎えるのは譲によく似た店長型ドリームイーターで、戦闘になるとチョコチップの礫を投げたり、チョコレートソースの奔流を浴びせたり、チョコレートの甘い香りで意識を奪おうとしてくるらしい。
「いきなり戦っても構いません。でも、彼のおもてなしを受けて、それを皆さんが心から楽しんで下されば、彼……そうですね、仮にユズルとしましょう。ユズルの力は弱まるんです」
 幸い、ユズルが饗するのは譲が作ったチョコ菓子たち。味の方への不安は一切ない――の、だが。
「日野さん、お客様にも『可愛い』を体験して欲しかったようで。店内に足を踏み入れたら、おとぎの国の住人アイテムを身に着けさせられるらしくてですね」
 例えば猫耳カチューシャ。或いは、小人帽子。はたまた譲自身が着けていたおもちゃの羽など。遊園地でならよく見かける格好になって、チョコレートを堪能せねばユズルは満足しない。
「藍染さんも、ここまでは予想されていなかったかもしれませんが……」
 ショコラトリーで何か事件が起きるのではと懸念していた藍染・夜(蒼風聲・e20064)を思ったリザベッタは、申し訳なさ気に額をぽりと軽く掻き。
「皆さん、宜しくお願いします」
 それでもやっぱり、ケルベロス達へ全てを託した。


参加者
シグリット・グレイス(夕闇・e01375)
エピ・バラード(安全第一・e01793)
ミュラ・ナイン(想念ガール・e03830)
ジルカ・ゼルカ(ショコラブルース・e14673)
フリードリッヒ・ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵・e15511)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)
九鬼・エンジュ(綿津見・e34493)

■リプレイ

「おもてなしですかっ。受けます受けます!」
 生活音の遠い、森の中。鬱蒼と茂る木々の向こうにチョコレート色の屋根を見つけ、家無し無一文だが元気と食欲は有り余っているエピ・バラード(安全第一・e01793)は鞠のように走り出す。
「まるでティル・ナ・ノーグだな」
 果実の園に、花々の庭、そしてチョコレートフォンデュの水辺。三つのエリアで構成されるショコラトリーを、神話で語られる妖精の国に准えた藍染・夜(蒼風聲・e20064)の呟きに、ジルカ・ゼルカ(ショコラブルース・e14673)は躑躅色の視線をきつね色の木壁に投げた。
「夢のお城、だったんだね」
 つわものどもが何とやら。それなら、せめて、これから先の一時は。
「さて、行くかね」
 憂う少年の眼差しを追い、けれど夜はあっけらかんと笑う。
 同じ夢なら、悪夢で終わらぬよう。始末の宴は、華々しく。

●ご来店
 ひと、ふた、み、の、よ。数えて八人のお客様の来店にコックコートを着た熊――もとい、ユズルの顔がパァッと光を放つ。
『いらっしゃいませェ』
 堪らず語尾がひっくり返るのもさもありなん。だって彼が最初に出迎えたのは、既に御伽噺の中から飛び出して来たような青いエプロンドレスの少女だったのだから。
「すみません、この服に似合うヘッドドレスはありますか?」
 持ち主の気分に合わせて姿を変えるという不思議な服の――今日は先述の通り――パフ・スリーブを軽く竦めたミュラ・ナイン(想念ガール・e03830)の求めに、ユズルは『勿論ッ』と青いリボンが頂点で結われたカチューシャを木箱の中から取り出しスチャっと渡す。
 どうやら入店してすぐにある木箱が、素敵に可愛くなる為の小道具入れらしい。
 察したフリードリッヒ・ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵・e15511)は、被っていたとんがり帽子を白いふわふわウサ耳カチューシャに取り換え、持参のモノクルをかけると、ついでとばかりに黒の礼服の胸ポケットに懐中時計を忍ばせる。対して九鬼・エンジュ(綿津見・e34493)が見つけ出したのは、ネズミの耳と尻尾がセットになったもの。
「睡眠も良いが、チョコも齧って茶会を堪能しようではないか」
 くるんと丸まった尻尾をベルトで腰に固定して。薄く開いた目を眠たげにエンジュが擦ると、ユズルのモザイク瞳の中に星が散り。
「郷に入っては郷に従え、というからな。何事も楽しんだ者勝ちだよ」
 似合う? とベルベットのリボンが巻かれたシルクハットを被った夜が尋ねれば、熊店長の頬のモザイクはピカピカ桜色に瞬く。
「あのね、あのね、あたしは女王様なんです! あっあっ、でも。このスカートの前はばーんと開けるんです!」
 だって、ここの肌色を隠すと! 足が、太く、見えちゃうんです……。
 ぺちぺち腿を叩き思春期の乙女らしい事情を訴えたエピは、着替えておいたぞろびくマント付の真紅のドレスを翻す。その眩さ――主に腿――にユズルが目を逸らしたところで、シグリット・グレイス(夕闇・e01375)は真顔で訊ねた。
「青いイモムシになれるものはないか?」
 持参の水タバコ(ただし中身は希釈したアロマオイル)を抱えるシグリットに、暫し『ムムム』と唸るユズル。状況が状況だけに流れを理解した偽りのショコラティエは『なんで青いイモムシ』と疑う事はなく、そして何かを思い出すと裏手へ走り――。
『これで、どうだ!』
 青く塗られた巨大スプリングをシグリットへ渡し、そのままのノリで左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)へサンドイッチマン用の道具を押し付けた。
『これにスートを描けば完璧!』
「あ、あぁ」
 言い出す前から予定を当てられ、十郎はレッサーパンダの尻尾をふらりと揺らす。しかし、まぁ。これだけ揃えば、次の予想も容易いか。
 これでどうぞ、と渡された黒いフェルトペンを手に十郎はくつりと喉を鳴らす。普段なら少し恥ずかしい仮装も、仲間と一緒なら学生時代の文化祭のようで実に愉快。しかも皆、文句なしの似合いぶり!
「おいしいチョコはどこかニャー?」
 くんくん、すんすん。
 鼻を鳴らすジルカは縞々模様の着ぐるみに身を包み、さっそく店内をきょろきょろ。正体がばれるといけないから、お揃いの格好にしたウィングキャットのペコラは、籐籠の中で一休み。
「みーつけたっ」
 そして見つけたチョコ木苺をはしっと両手で捕獲し、不思議な猫は自前の悪魔の尻尾でハートを描いた。

●内緒のお茶会
 ストロベリーパウダーを塗したホワイトチョコは、最初はちょっと酸っぱく、でもすぐ甘く。さくと噛むと、フリーズドライ苺の甘酸っぱさが舌先から沁みてゆく。
「にゃあにゃあ、次はあの高い木のチョコを取って欲しいニャー」
 縞々猫がするりじゃれついたのは、びよんと伸びる青いイモムシとスートサンドイッチマンの兵隊さん。けれど彼らは少しばかり動きにくそうで、代わりに帽子屋な男が高い枝先に生った果実をぱちんと摘み取った。
「どうぞ、猫さん」
「ありがとニャー」
 はぐり噛み付くジルカは満面笑顔。ついでに自分もと夜はもう一つオランジェットを捥ぐと、薄いフィルムを剥がして食んでみる。
「んー」
 鼻から抜ける柑橘の香りは、優雅に爽やか。口の中では、ピールのほろ苦さとチョコのまろやかな甘さがダンスするよう。
「おっかし♪ おっかし♪ あの、あの。フィナンシェはありますか?」
 頭上のリボンと、白いエプロンを躍らせミュラが問えば、ユズルは『勿論!』と果実の園からショコラフィナンシェを手に取り、『お口に合いますように』とミュラへと渡す。
 その実に嬉し気な横顔に十郎は、まずは今回の被害者である譲を重ね、その上に己が育ての親を思い浮かべた。
 少し可愛い物好きな面がある四十路の、若干ぽっちゃり癒し系な熊系男。考えれば考える程、他人には思えなくて肩入れの一つもしたくなるものだ。
『どうかしましたか?』
 思考に耽れば、動きも止まる。大柄な男にぬぅっと顔を覗き込まれ、我に返った十郎は「いや」と笑ってマンディアンの花を一輪、味わう。ミルクチョコをベースにピスタチオのがく。それから杏の花柱と、クランベリーの花弁。
「この店のチョコは本当に美味しいな。きっと、丁寧に愛情を込めて作られているんだろう」
「かわいい、かわいい!」
 食感までも楽しんだ十郎の感嘆に被ってくるのは、赤い女王様のうっとりとした声。
「食べるの勿体ないですね……でもっ」
 エピの躊躇は刹那。耐えがたい甘い誘惑に抗わなかった少女は、もぐむぐもぐっと花を味わい、表情を蕩けさせる。
「かわいいだけじゃなくて美味しい!」
 まるで足を踏み入れたが最後、外に出たくなくなる魔性の森。けれど魅惑の園はもう一つ。何やらトロトロ流れる音に、エンジュはネズミ耳をわざわざ動かし奥のスペースを覗き込んだ。
「あれは……なんだ?」
 見た事のないチョコレートの小川に興味津々なネズミに、ぱたたっと駆け寄った猫は、振り返るようにユズルを振り仰ぐ。
「ありがとう、とってもおいしい。まるで夢の国みたいだニャ――次はどこに案内してくれるの?」
 期待にジルカの瞳が輝くと、それが合図だったかのようにフリードリッヒがおもむろに胸ポケットから懐中時計を取り出す。
「ふむふむ」
 約束に遅れまいと走るウサギがは、ある意味タイムキーパー。だから文字盤で頃合いを確認した男は、ファンファーレのように時を謳う。
「ヴァレンタインには早いけれど、チョコパーティーを始めようか」
「楽しいお茶会ですよ。ユズル様もご一緒に」
 お手をどうぞ、ならぬ、手を引いて下さいな?
 城の主に案内を求めるのは、女王様の大事なお役目。

「天使の為に一杯、可愛らしいお嬢さんの為に一杯、悪戯な猫の為に一杯……」
 手元は優雅に、けれどご機嫌な鼻歌を奏でながらフリードリッヒは透明なガラスの茶器を繰る。茶葉は持参のアッサムのファーストフラッシュ。澄んだ鮮やかな色をした紅茶から、甘い花のような香りがチョコレートの川縁に漂い始めると、お茶会の準備は完了。
「成程、これがチョコフォンデュというものか……」
 我が家にも一つ欲しいと言うエンジュは真顔。けれども、その隣のシグリットはもっと真顔。
「一家に一台チョコフォンデュ……妹も喜ぶ――げふっ」
 じゃらんじゃらんとスプリングを鳴らしていた青いイモムシ、堪能していた水タバコで思いっきり咽たが、
「――喜ぶか。美味いしな」
 ……何事もなかったように真顔で続けた。その余りの真顔ぶりは、ユズルは『お口に合わないですか?』と心配する程。けれどシグリットは笑顔が苦手なだけ。懸念を払しょくするよう懸命に作り出したイモムシスマイルには、チョコレートの水辺で戯れる一同も(良い意味で)度肝を抜かれたし。
「にしても、本当に美味い……っ」
 ころり、転がりかけたシグリットが握るフォークの先のカットバナナ。
「なら、これで食べるといいと思うよ」
 すかさずフリードリッヒが差し出すクラッカーは、思わぬサプライズの礼も兼ねて。おまけにこれも、と差し出すリンゴは、美人ウサギにカット済。
「苺も瑞々しくて実にいいねぇ」
 とろぉりチョコソースを纏わせた苺をクラッカーに乗せて、フリードリッヒはぱくりと一口。ふかもきゅの食感を楽しんでいた夜も、ふぅ、と全面同意のため息を零す。
 まさにここは地上のパライソ。全てのチョコレート達が、幸せの種を宿している。
「ここは素敵で可愛い店だ」
 大満足と眦を下げた夜に、ユズルの輪郭が微かにブレて。
「女王様のチョコレートケーキにチョコマカロンに、ホットチョコレート……えへへ、あたし幸せです!」
 ありとあらゆるチョコレート菓子を抱えたエピの満面の笑みに、偽りのショコラティエは熱い感動に包まれた。
『自分こそ、大満足です!』

 なお夢喰いが歓喜に咽ぶ間に。
「ささっと片付けておかないとっ」
 ミュラはちゃちゃっとテーブルセットやら何やらをカフェスペースの隅に寄せ、
「……手を貸そう」
 シグリットはイモムシから真顔で脱皮しながら手伝っていた。

●御伽噺の続き
「これぞまさにチョコフォンデュの癒しです!」
 実らせた黄金の果実をさっとチョコの小川に潜らせ、出来上がったファンシーな林檎でミュラはケルベロス達の身も心もトロっと癒やす。搦められた甘い香りに、夢喰いまでが酔ってしまいそう。
「皆様の力になりますっ!」
 戦となれば、クイーンは縦横無尽。赤いドレスを翻し、エピは背に機械翼を展開し仲間を強化する力を放ち。実はマントとスカートの間に隠れていた赤黒テレビウムのチャンネルも凶器を片手にユズルへ走る。
『マサカ、ソンナぁ』
 先ほどまでの歓喜の分だけ、夢喰いの落胆は激しく。しょんぼり肩を落として吐かれた息には勢いが感じられない。けれど嗅いだシグリットさは甘さを覚え。油断は禁物と、フリードリッヒは浄化の力を練る。
「分かっていないね、夢盗人君。チョコレートの香りというものは人を癒すものなのだよ」
(「この声が譲にも――」)
 香木の欠片を取り出し、ウサギな男が調合したのはチョコレートの香。挑発の言葉も裏を返すと、今は眠る男へのエール。意識はなくとも魂に響いてくれれば良いと、フリードリッヒは祈った。
 ともあれ、ほぼ仮装の侭――流石にシグリットと十郎は脱いだ――の戦いは、愉快な歌劇にも似て。知らず誰もが笑顔になるが、シグリットだけはやっぱり真顔。
「それにしても美味しそうな攻撃だな……俺は食らいたいとは思わないが」
 喰らってみたいヤツがいれば止めはせんぞ、と本気とも冗談ともとれぬ事を、目にも留まらぬ速度で引き金をひきながら言うものだから。はっと気づいたエピは目を輝かす。
「はい! あたし食べたいですっ」
「え、なら庇わない方がいいか?」
「女性は須らく護るべきだよ、十郎」
 伝播する笑いのリズム。十郎が小粋な冗句を飛ばせば、すかさず夜がつっこみ。だよな、と是を応えた十郎は、夢喰い目掛けて雷を迸らせる。
『クゥッ』
(「全く、後悔からヒトは成長するものなのだが。それを奪うドリームイーターとやらは厄介なものだね」)
 仰け反るデウスエクスを一瞥し、エンジュは木目の床から獣の身軽さで跳躍した。
(「これも一つの縁。彼の譲れなかった思いの果ては、我々で守ってみせよう」)
 想いを籠めたチョコレートは、謂わば心を伝える手紙のようなもの。好むそれらで腹も心も満たした女は、重力に引かれる蹴りで結末を引き寄せる。
 戦いは、エピが余裕でチョコチップの雨に噛り付けるくらいに、ケルベロス側の圧勝だった。
「ざんねん、ざんねん」
 絵本とチョコレートだけが慰めだったジルカも、皆と食べる美味しさに気付いたから。
「俺はここがとっても、大好きなのに――」
 きっとこの場所もそうなのだろうと胸を痛め、ジルカはベニトアイトの煌き宿す幻の大鎌を構える。
「きみに、あげる」
 やっとの出番に張り切るペコラの爪に重なる、時を止める刃の軌跡。だが、ユズルの眠りは、譲の目覚め。だから夜は謝意を込めて太刀を抜く。
「ありがとう、良き持て成しだった――白鷹天惺、厳駆け散華」
 返す刃の閃きは、人の限界を優に超え。幾重にも描かれた翔け星が如き斬撃に果て、偽りのショコラティエは甘い香りの中に命を散らした。

「例えば、ネットショップからとかどうだろう? サイトで世界観は表現出来るし」
「成程!」
 目覚め、混乱、把握――この流れを経た譲は感謝の嵐でケルベロス達を改めて出迎え。今は十郎の『御伽噺ショコラトリー再生講座』に懸命に耳を傾ける。
(「これだけの腕を持っているんだ、かれならばまた……」)
 その瞳に燃える情熱に、エンジュは巡りくる『いつか』を確信する。
 苦いばかりじゃ、逃げたくなる。でも、甘い夢ばかり見てはいられない。
(「どちらも誰にだって必要なんだ」)
「おじさん、またやり直せるといいね。御伽噺とチョコレートは、きっと誰かを笑顔に出来るんだもの」
 我が身を通して知る想いを、ジルカは遠慮がちに伝え、
「あたし、またチョコレート食べたいです!」
「っ!」
 エピが真っ直ぐ願うと、譲は感極まって鼻を啜る。
「ありがとう、頑張るよ」
 十郎メモを握り締めて、力強く頷く譲。旅団の皆用のお土産用にいっぱい買って帰りたい、というミュラの申し出には、即席でエプロンドレスの少女を象ったマンディアンまで作り上げる始末。
 再起にかける想いには、すっかり火が点いたらしい。
 大事なのは、最後まで終わらせること。失敗も成功も、全て糧にして。
「ご馳走様。とても素敵な夢を見せて貰ったよ」
 ビターな現実から、スイートな夢を見せてくれた男へ夜が礼を告げると、ビターなチョコもスイートに仕上げるショコラティエは「夢の続きも必ずお見せしますよ」と笑う。
 やっぱりチョコレートは無敵で最高だね!

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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