ヒーリングバレンタイン2017~君想う色の葉

作者:小鳥遊彩羽

●君想う色の葉
 ケルベロス達の活躍により、これまでミッション地域となっていた複数の場所の奪還に成功した。
「というわけで、この取り戻した地域の復興も兼ねて、一般の人達も楽しめるような何かを皆でやろう、という話なんだけど、乗ってくれる人ー!」
 トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)は楽しげに、ケルベロス達に呼びかける。
 解放されたミッション地域には、基本的に住人はいないのだが、新たに引っ越しを考えている人などが下見に来たり、周辺住民が様子を見に来ることがあるのだという。
 そこで、一般の人でも気軽に参加できるようなイベントを開催すれば、解放した地域のイメージアップにも繋がるだろうという計画らしい。

 今回担当することになるのは『神田古書店街』だとトキサは言った。
 神田古書店街は、近隣にいくつもの大学があることも相俟って、古くから研究者だけでなく学生達の需要をも見込んで様々な書物が集められた――言わば『本の街』だ。
 ケルベロス達にヒールをしてもらうのは、そんな古書店街の一角。イベント会場として使用するための大学のキャンパスと周辺の道路や建物などだという。
 すると、肝心のイベントについて、トキサは説明を続けた。
「というわけで、近所の方がどうかなって勧めてくれたんだけど……オリジナルのインクを作ることに、興味がある人はいる?」
 いてくれるといいなあ、とトキサはのんびり笑顔でケルベロス達を見やった。
 要は、ベースとなる数種類の色から二、三色ほどを選んで混ぜ合わせ、オリジナルの色のインクを作ってみないかということらしい。
「混ぜることによって様々な色が生まれる……世界に一つの、自分だけの色、ですね」
 トキサの説明に、フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)が楽しげに微笑んだ。
 元が同じ色でも、それぞれ違う色を合わせれば、そこから様々な色が生まれるだろう。合わせる色が同じでも片方が多かったり少なかったりすれば、それだけで違う色合いになる。
 そうして心の赴くままにインクを足していけば、それはさながら作り手の心を表す色となるかもしれない。あるいは、誰かを想う色を重ねれば、そこにはきっと、あたたかな想いが灯ることだろう。
 ちなみに足しすぎたと思ったら薄めることも出来るので、その辺りの心配は必要ないとのことだ。
「完成したら、ガラスのペンを使って試し書きもできるそうだよ。必要なカードとか便箋も用意してくれるそうだから、例えばバレンタインのチョコレートに添えるメッセージカードとかお手紙なんかを書くのもいいんじゃないかな」
 加えて、完成したインクは希望があれば、レシピを元に専任のスタッフがお持ち帰り用に精製したものをガラスの瓶に入れてラッピングしてくれるとのことだ。

 世界にひとつだけの色で綴られた、世界にひとつだけのメッセージ。
 大切な日に、大切な人へ。あるいは、自分自身へ。
 あなただけの『色』を添えてみるのは、いかがだろうか――。


■リプレイ

 ケルベロス達の尽力によって全ての作業は滞りなく終わり――訪れた人々の楽しげな声が響く中、会場には様々な色彩が溢れた。
 自身の瞳と同じ鮮やかな天色に、書き易さを考えて少しの薄藍を。
「このインクで、いつか大事なひとに宛てる手紙を書きたいんだ」
 この色を見て自分を思い出してくれたら嬉しいと願いを紡ぐいちるに、頷く信倖。
 信倖は紺に水色の明るさを加えた鮮やかな青を、絵葉書を描くのに使うと言った。
 青い鳥や花を描けば言葉の代わりになるから、口下手な自分には丁度良いと。
 出来映えを確かめる信倖の横顔をそっと伺いながら、いちるは静かに微笑む。
 ――私の想いをインクに込めて。もう少しだけ大人になったら、きみに伝えよう。
「インクと付けペンってロマンを感じません?」
 どんな色にするか悩みつつ、ウルズラは傍らのトキサに問う。
「うん、ロマンだね。ずっと昔からある、想いや心を綴るための道具だものね」
 葡萄の皮のような紫をビーカーに垂らし、ガラスの棒でインクをくるくる。
 まるで秘薬を作る魔女のようと微笑むウルズラに、青年も笑って頷いた。
 例えば、そのインクで書いた手紙が誰かの心を動かすのなら。
 それは確かに、魔法使いみたいだと。
 翼の色みたいな鶯茶を作りたいと言うヒコを見やり、春次も並ぶインクを手に取った。
 渋い黄色、落ち着いた青、明るめの茶。慎重に色を垂らしてゆっくりと混ぜ合わせつつ、ヒコが隣を覗き見ればそこには見事な春の色彩が。
「お、春次のも綺麗な色合いじゃねぇか」
 やや黄色みを帯びた柔らかな桃色は、ヒコと共に在る時の春次の心に灯る色。
「面しとっても俺の気持ち分かり易いってヒコは言うけど、やっぱり目には見えんから」
 春めいた想いを重ねた、自分だけの色で。
 今日の想い出も、まだ見ぬ春への憧憬も。
 ――それから、普段は言葉にし難いような秘めた想いも綴ってみようか。
 どきどきしながら選ぶのは、まるで絵具のパレットのような色とりどりのインク達。
 真っ白な世界に青色を落とし、恐る恐るガラス棒でかき混ぜるハクアを見真似ながら、紫と銀のインクを少しずつ、リラは零さないように慎重に混ぜていく。
 ハクアが作り出したスカイブルーな雪色インクに、リラはほわりと微笑んで。
「晴れやかで、綺麗で、愛らしい、素敵な、ハクア色、です、ねっ」
「ハクア色……! 何だかとっても素敵な言葉! リラ色もとても綺麗……宇宙みたい」
 光に反射して煌めく夜穹色はまるで小さな星の海のようで。素敵とハクアも頬を染めた。

 何色に見えるか問われ、自然と惹き寄せられる瞳の色を素直に選び、ローデッドは景臣へ藤色を渡す。同じ問いを返すローデッドの閉じた左目を暫し見つめ、景臣は星が耀う空のような青と答えた。
 それは自身に扱えるのか躊躇うほどに鮮やかな色だったけれど、それでもローデッドはその青を用い、夜闇の藍と鮮烈な赤を加えて色を作り上げる。
 手元に集中するローデッドに悟られぬよう、景臣は彼に宛てた青を少しだけ自分のビーカーに落とす。すぐに黒で上塗りし、僅かに濃さの増した藤色を置いた。
 二人の色が並ぶ様がくすぐったくて、ローデッドは喉を鳴らして笑う。
 そんな友の姿にこういうのも偶には良いでしょう? と景臣も緩く笑った。
 澪が目を奪われたのは纏が選ぶ色の美しさ。何色にするのかと尋ねれば凄くベタなものよと笑って、纏は澪の耳元に唇を寄せた。
 ――あのね、彼の瞳の色なの。
 氷河のように沁み渡るアイスブルー。いつか纏を恋に落としたその色は、纏にとっては彼の腕に抱かれる時と同じ落ち着きを与えてくれる痛み止めのような色だ。
 聞いてばかりなのもズルいでしょうかと、澪は優しく笑みを一つ。
 藍色に薄紅を落として混ぜれば、ビーカーの中の夜空が曙の空に変わる。夜が明ければ新しい日と生を告げるこの色は、希望なのだと澪は言う。
 ――『あい』の色に掛けた言葉は秘めたまま。けれどこの色なら、きっと大切な人達へ届けてくれるから。
「ロイはどんな色にするん?」
 月明かりの白に映える夜空の色だろうか。
 そんな想像を巡らせるキアラが目指すのは、琥珀の飴色。人と共に永い時を経て形作られたあたたかな灯りのような琥珀に、皆との縁がずっと続くよう願いを託すつもりで。
 キアラの紡ぐ想いに目元を和らげつつ、ロイも並ぶインクに視線を移す。
「夜空色も良いが……黒地のカードに合うような、金のインクが欲しい……かな」
 決して華美ではないが確かにそこにある、銀にも似た二等星ほどの輝きの金。それくらいが自分には丁度良いと思うから。
「ね、ロイにも贈るから。きっと受け取ったってね」
「ああ、必ず。私も贈ろう」
 無数の色が咲く世界に、新たな二つの色が咲いた。
 たくさんの彩りを指先で追いながら、サヤが思い描くのは夜空の青。
 同じ青でも、イチカは晴れた日の空色が好きだと言う。
 インクをくるくるかき混ぜつつ、それぞれの書く文字に話題が移れば。
 女子高生らしい丸い文字を書くというサヤに、パソコンで打ったみたいにかちこちしている文字だとイチカは答えた。
 けれどもサヤに言わせれば、真面目で真っ直ぐで几帳面。
 そしてそれを覆う心が可愛らしいことも、サヤは知っている。
 サヤの夜空とイチカの青空。ラベルには折り紙を切り抜いて、夜空に輝く一等星と桜色のハートを。
 楽しいの気持ちも一緒に添えて、まずはバレンタインの招待状から認めようか。

 真剣な面持ちで作業に没頭するアイラノレが目指すのは、愛する飛行船のような古い真鍮に似た色。試行錯誤の末に出来上がったインクに良い子が出来たとやり遂げた顔で、傍らの二人に問いかける。
「カミルと鼓太郎さんは、どんな色になりました?」
「私のは……少々暗くなり過ぎた気がするな」
 カジミェシュは古の王が見たという夕陽の深い茜色を思い描いたけれど、夕焼けというよりは残照を思わせる、けれどそれはそれで美しい天鵞絨のような夕空の色を作り出した。
「欲張ってちょっと混ぜすぎましたかね」
 悩みながら目についたインクを片っ端から混ぜていった鼓太郎のビーカーの中では、何とも味のある深い紫色が揺れていて。
「なかなか高貴な色を作っているじゃあないか」
「綺麗な深紫色ですね……! なんだか、夜明け前の空が思い浮かびます」
 二人の言葉に、ありがとうございますと鼓太郎は嬉しげに。
 新しく作ったインクで綴るのは今日の想い出と、それから――。
 透明感のある青を作ろうと工夫を凝らすミチェーリの隣で、フローネは真剣な表情で紫のインクに少しの翠色を混ぜる。
 混ざり合って変わりゆく色は人の心のよう。出来上がったインクに互いの色を少し加えれば、一人では作れない色に微笑みが咲いた。
「フィエルテあねさまも、作るのは好きな色かのう?」
 綾の声にはいと微笑むフィエルテの手元には、夜空を閉じ込めたような藍色のインク。
 青と白を混ぜながら、綾はウイングキャットのかかさまの瞳を覗き込む。
 透き通ったアイスブルー。ぴとっとくっつく鼻先に零れる笑み。
 アイスの意味は冷たいだけど、かかさまの瞳は――とてもあたたかい。
 ガラス棒でぐるぐるとビーカーの中のインクをかき混ぜる作業は実験みたいで。
 白衣が似合いそうと言ったリィンハルトに満更でもない様子のトキサは、掛けてもいない眼鏡を直すような仕草をひとつ。
 リィンハルトは大好きな人を重ねた夜空をビーカーに。きらきらしたラメを振れば星が灯ったようで。
「……トキサくんは?」
「俺はね……」
 トキサは笑って、ビーカーの中の薄い青紫を見せる。
 それはインクとして使うにはやや物足りなさそうな、夜明け前の空の色だった。

「……征十郎は何が好き?」
 若草のような瞳の色。戦いの中で垣間見える、蛍火の迸る色。
 言葉を交わしながら、ミルラは征十郎の色を探る。
「……好きな色、なら」
 雨の鈍い銀、陽の黄金、彩雲、都会の灰、風の青。自分の色を定めるのは征十郎には難しいけれど、世界を形作る色はどれも新鮮なもので。
 紡がれるのはどれも世界に満ちる優しい色。そうしてミルラは、最後に緑とも青とも取れる色を選んだ。
 やがて出来上がる、何色にも変わっていけるような――ミルラの思う彼の色。
 思いついたように征十郎もインクを手に取り、自身の思うミルラの色を作る。
 黄昏の橙、夕暮れの紫紺、星屑の金と熱い心の翡翠を一滴。
 それは征十郎の世界を彩る夜の帳の色。
 これからも、君の世界をもっと鮮やかに出来ると良い。くすぐったくてはにかみながら、ミルラは有難うと告げた。
 薄紅の春色に、咲き誇る花を思わせる鮮やかな黄色を添えて。
 作業にのめり込むカイリを見つめていた仁王は、柔らかな日差しと青空の下で芽吹く若草を思わせる水色とレモン色へ視線を下ろす。
 不意に仁王の頬に触れた柔らかな感触。それは、カイリが贈るただ一人への愛情のしるし。照れ笑いを浮かべるカイリに、仁王も目元を和らげた。
 二人で一つの桜色を。
 慣れぬ手つきでおっかなびっくりな様子のムギに対し、さくさくとインクを加えていく紺。揺れる色合いに一喜一憂しながらも、楽しそうなムギの表情に紺の心も楽しく弾む。
 今というこの時間が、ずっと続けばいい。永遠に褪せぬ想いを、二人で紡ぐ色に重ねて。
 銀色に金色と蒼を足し、真剣に色を作る緋音を見つつ、ノルは夕陽に似た深い赤に瞬く銀を散りばめていく。
 愛しい人の顔を見ればそれだけで綻ぶ笑みの花。きっと互いに考えていたことは同じだろう。大好きな君へ、機械の文字では表せない想いを手紙で伝えよう。
 揺らめく火の色はこれと決めるのが難しい。
 けれど記憶から色を抜き出すのはもっと難しい。
 それでも。自分に色をつけるのならば赤橙に揺らめく炎の色がいいと、ティアンは記憶の中に灯る色を探りながら赤と黄色のインクを混ぜる。
 出来上がったら一番に伝えよう。――『きみ』の色をつくろうとしたことを。

 ルーチェのビーカーの中には、父の黄昏色。そこに母と自分の瞳の紅を混ぜて、最後に傍らの弟ネーロの青色を落とす。
 一方のネーロは兄が色を混ぜる様子を見ながら思案顔。そうして悩みに悩んだ末、ルーチェの瞳の紅色に自分の青色だけを混ぜることにした。
 試行錯誤を繰り返し、完成した色に零れる笑み。
「これで父さんと母さんに手紙を書いてみようか」
「うん、きっと父さんと母さん、喜ぶと思うんだ」
 亡き両親へ、そして血を分かち合った唯一の片割れへ。最愛の気持ちを、綴る色と言葉に込めて。
 君の往く先が、明るく幸せでありますように。
 夜の銀色の瞳。掴みどころのないそこに映る未来に宿利は彩りを添えたいと願い、蒲公英色に紅緋を垂らしほんの少し萌黄を添えて、あたたかみのある山吹色を作り出す。
 少女の真っ直ぐな眼差しと想いに応えようと、夜もインクを手に取った。
 黎明の雲の東雲色に、添える綾は濃い目のピンクと淡紫。
「……君と初めて共に見た花の色だ」
 春の賛歌、桜の謳歌。柔らかな日の差し込む世界に舞う想い出の一欠片。覚えているかと問う夜の声に、覚えているよと宿利は顔を綻ばせ、幸せそうに笑みを深めた。
 インクを混ぜながら、十郎は隣に座るレイラと手紙を交わした日々を思い出す。
「貰った便りは、全部宝物だよ」
「ええ、大事な、大事な宝物です」
 夜更けまで言葉を選び、想いを綴ったあの日も。届いた手紙に一喜一憂して、逸る心をペンに託したあの日も。
 時にすれ違うこともあったけれど、その全てが今に繋がる尊い想い出だ。
 ビーカーの中で揺れる少しくすんだ青緑色に満足気な十郎の傍ら、レイラもまた彼のような、明るい橙色のインクを完成させて微笑む。
 そっと重ねた掌に、伝う確かなぬくもり。
 一緒に作ったこのインクでまた手紙を書くのも良いだろう。綴る想いはきっと、たくさんの幸せに満ちている。

 夜空のような藍色。お星様のような金色。染まらない黒と、染まりゆく白。
 その一つ一つに春乃は己を重ね、本当の自分はこの黒なのだと寂しげに微笑んだ。
「ね、トキサさん、……わたし、まだ変われる?」
 願うように零れた問い。
 けれど、怖れていても何も変わらないと少女は知っている。
 紡ぎ、変わりゆく果てにある『わたし』だけの色を。きっと見つけてみせると笑う春乃に、トキサもまた笑顔で頷いた。
「俺にも見せてね、春乃ちゃん」
 その時が来るのを、待っているから。
 組み上げるのは、言葉を伝えるための色。間違えたなら、最初から。
 この作業そのものが吐き出す言葉に良く似ているのかもしれない。
 何度目になるだろう。ビーカーに落としてくるくる回し、光に透かす。思案に耽っていたせいか、夜空の色を作ろうとしたつもりが深い深い海の色にも見えた。
 天上と海底。世界の端と端。どちらでもあってどちらでもない深い青。『僕』には似合いかもしれないと、ナガレはひとり、想った。
 夜の色は特別で、きらきらしていて、あたたかい。
「ジエロの色、という気がするんです」
 深い藍色をベースに、クィルは宵の蒼と紫を混ぜる。星色にラメを散らせば、書く度に星が浮かぶようで。
 一方のジエロは水の色。勿忘草の咲くあの湖のような、綺麗な青を。
「それに、君の色でもあるから」
 藍色と水色、更にその中間の青を慎重に層を分けて重ね、ほんの少し混ぜるとグラデーションが掛かったよう。そっと覗き込んできたクィルが、似た色ですねと微笑んだ。
 夜の空と、夜に似た色の湖。
 溢れる想いを尽きるまで綴ろう。たったひとりの、あなたに。

 ――しあわせをくれてありがとう。
 シンプルなカードにシズネが乗せるインクは、夕暮れのような赤橙。
 彼の心にあたたかい色を燈してほしいとは建前で。綴る文字に託すのはこの色を見て自分の瞳を思い出してくれたら――なんて我儘でささやかな願い。
 ふと向けた視線の先にちらりと見えた異国の文字。気づいたラウルが盗み見は駄目だよと柔らかく笑う。
「教えてくれねぇのか?」
「……内緒。楽しみにしててね?」
 ならばこちらも秘密だとカードを身体で隠し、楽しみにしていろとシズネは得意気に笑う。
 濃藍と薄縹を混ぜた青は、いつか共に見た星空の色。罫線のない白い便箋にラウルが綴っていたのは、普段は言えずに仕舞っていた想い。
 たくさんの願いと感謝、そして幸福を君に届けたい。
 紅色と空色を重ねれば、夜明け前の空に似た紫色。
「これが僕達の色なんだね。……そうだ、フィア」
 ルージュに言われるまま、フィーは完成したインクで二人の手に半分ずつの星を描く。
 繋ぐように手を合わせると、そこに瞬く――二人だけの星。
 桜をあしらったカードに、里桜が綴るのは『Je t’aime』の文字。懐かしい故郷の綴りに、デフェールも揃いのカードに『愛してるぞ』と記す。
「……こう見えても照れてんだからな」
「私だって照れてるんだからね、デフェのバカー!」
 似たような少し不格好な文字。けれど想う気持ちは確かなもので、こうして一つずつお互いを知っていけることが何よりも嬉しい。
 お互いをイメージして作ったインクは今日の想い出に。
 何に使うかは、帰ってからのお楽しみ。
 ゼフトはカードの端に森の緑を描き、青いインクで想いを綴る。自然の似合う愛しい貴女へ。自然と同じくらい愛してくれたら嬉しいと。
 エアーデもまた、夜の道しるべとなる愛しい貴方へと、少しの濃藍と金を混ぜた銀色のインクで濃紺のカードに書き記した。
 不意にゼフトの掌が重なり、エアーデはふわりと微笑む。
 貴方という帰る場所があるから、私はもう、どんな困難にも負けないよ。

 深く落ち着いた、夜を想わせる菖蒲色。
 高潔で、けれど決して高飛車ではない美しさを備えた色。
「これなら、お手紙のとき、使えそう……」
 試し書きを終え、ハンナは傍らの執事をふと見やる。
「……ラファー、書かない、の?」
「私は、もう書きましたので」
 ラファーはにっこりと微笑み、一通の手紙を差し出した。
 主たる彼女の髪と瞳と同じ、凛として美しい青碧色のインクで綴ったのは、今の『自分』と出逢わせてくれた彼女への尽きぬ感謝だ。
 驚きに大きく瞳を瞬かせ、けれどハンナはゆっくりとした所作でそれを受け取った。
 開かずとも嬉しさが込み上げるのは、そこに在るあたたかな想いを知っているから。
 どんな色にしたのか、試し書き用の白いカードを前にアラタは律に問い、そして彼の返答を待たずして己の色を語り出した。
 アクアマリンのような青と幸せを呼ぶ緑が混ざって出来た、透明感のあるブルーグリーン。
「光に翳して見た時、これだ! って思ったんだ」
 えへんと胸を張るアラタのとびきりの笑顔ごと、律は気のない相槌と共に聞き流す。そんな律のインクは夕暮の道に落ちる影のような、セピアに少しの赤みを加えた焦茶色で。
「火岬のも、好きな色なのか?」
「余計な事を言ってないで、さっさと書いたらどうなんです?」
 アラタにとってはいつも通りの怖い律だが、インクを見る目だけはいつもよりも少しだけ優しい気がした。
「……まぁ、嫌いじゃないならいいよな」
 お気に入りのインクで、アラタが綴るのは感謝の気持ち。
 一方の律もインク壺に浸していた自前の万年筆を引き上げ、便箋へと走らせた。
 どこか懐かしくも儚いラムネ玉に似た色のインクにラメを一振り、煌めく星に宴の心にも光が灯る。
 ボトルに星のチャームを添えて。さて、どんな想いを記そうか。
 白地に星が瞬く便箋に、ヒストリアとアルノルトは夜空色のインクを纏わせたペンを走らせる。
 綴る想いは届かないとわかっていても、生き別れた両親へ。自分達が愛するこの世界はとても優しくてあたたかくて、二人で幸せに生きているのだと記して、願う。
 決して離れることのない片翼を護るための力を、どうか――。

 クランベリーのようなみずみずしい赤と、彩度を抑えた緑。万年筆で描く世界に湧いた興味のままに拵えたインクで、陣内は手帳にあかりの横顔を描いていく。
「ほら、綺麗な色だろ」
 さらさらと流れるように描かれる横顔はどこか甘く、きっと彼を見つめている時の表情に違いないと思えば、あかりは何だか無性に恥ずかしくなってしまって。
 三つ目の薄い碧色で、陣内は横顔の絵に『ma cherie』と書き添える。すると、それまで平静を装っていたあかりが耳まで赤くした。
「……ズルいなあ」
 そして、あかりもガラスのペンを取る。
 翠色に金色めいた黄色を混ぜた明るい緑は、混ざり合う二人の視線の色。陣内の文字の側に『mon cheri』と綴ったあかりは、彼が描いた横顔と良く似た表情ではにかんだ。
 心の彩りを分け合えば、ぬくもりが灯るよう。
 紺色に紫を溶かした、澄んだ玄冬の月夜を思わせる宵の色。それはシャーリィンが生きる世界の色であり、その世界で音を奏でるローアルの色だった。
 シャーリィンが描くのは、焦がれる月への想いと傍らに在る『彼』の名。
 一方、ローアルが硝子の器に満たしたのは、淡い藤色と月色が緩やかに溶け合って出来た満月の夜色。
 繊細なものを扱うのは苦手というローアルの手に、シャーリィンの繊細な指先が触れる。
 一輪の花を持つような優しい熱に笑みが零れるのを感じながら、ローアルはガラスのペンに、自らの核に刻まれたことばを託した。
 小さな銀星の瞬く深藍の水面に祈る気持ちでペンを浸せば、溝を伝う色にゼレフは思わず笑みを零す。
 繋がった空の、ほんの少し違う色。友と遠い故郷の姪へ褪せない彩を届けられたらと願いながら、カードに想いを記してゆく。
 この世界は、この空は、果たして君にはどんな風に見えるのだろう。
 たったひとつだけの色で、世界に一人だけの君へ贈る――メッセージ。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月13日
難度:易しい
参加:61人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 0
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