ひっそりと凍滝に佇む女性は

作者:奏音秋里

 その山奥の滝には、とある言い伝えがあった。
 大昔、滝行中の女性が山賊に殺されたのだと。
 それでもなお、彼女は滝に打たれて修行をおこなっている。
 復讐のための力を、蓄えるために。
「此処か……」
 光もろくに射さぬこの場所へやってきたのは、1人のカメラマン。
 噂の真偽を確かめる企画で、証拠写真を撮影しにきたのである。
「いまのところは誰もいないが……」
 と、周囲の様子を確かめているときだった。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 声の主は、大きな鍵を持った魔女。
 彼を嘲笑うかのように、びしょ濡れの女性が出現した。

「また新たなドリームイーターが出たっす。向かってもらえるっすか?」
 カップを置き、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が問う。
 幾人かのケルベロス達が、首を縦に振った。
「奪われたのは、女性の霊に対する『興味』の感情っす。山賊に殺された恨みを持っていて、見付けたヒトを片っ端から襲う気満々っすね」
 誰かが襲われる前に倒してほしいっすと、ダンテは訴える。
 ミケ・ドール(深灰を照らす月の華・e00283)も、ダンテに同意。
 毎度のことながら被害者は、ドリームイーターを倒せば意識をとり戻すらしい。
「テレビとかで観たことあるっすか? ドリームイーターは、所謂滝行時の白装束を着た女の人っす。髪は短いみたいっすよ」
 手には錫杖を持っており、突かれればトラウマを視せられてしまう。
 加えて、此方の煩悩を喰らおうと巨大な口型のモザイクを放ってくるのだ。
「近くに開けたところもないんで、滝の周りで戦うのがベストっす。苔が生えていたり小さな石が転がっていたりして、足許に多少の難アリっすけど」
 古くから修行に使われてきていたこともあり、滝壺の周りは少し整備されている。
 畳6畳分くらいのスペースがあり、比較的、平らで植物も少ない。
 とはいえ舗装されているわけではないし、川は凍っていて滑る危険性もあった。
「ドリームイーターは『自分が何者であるか』を訊いてくるんで、注意してほしいっす!」
 へんてこな回答をした者へ、怒って優先的に攻撃してくるらしい。
 誰かに攻撃を集中させるのか否か、到着までに相談してほしいと付け加える。
「現場へ行けばフツウにいるっすから、よろしく頼むっす」
 いつもどおりの笑顔で、ケルベロス達を送り出すダンテ。
 せめて温かい飲物でも準備しておこうかと、考えながら。


参加者
ミケ・ドール(深灰を照らす月の華・e00283)
シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)
鈴代・瞳李(司獅子・e01586)
秋津・千早(ダイブボマー・e05473)
立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)
アトリ・セトリ(翠の片影・e21602)
ウェイン・デッカード(鋼鉄殲機・e22756)
グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)

■リプレイ

●壱
 現場へ急行したケルベロス達は、凍滝の前に佇む女を発見した。
 川の反対側には、首からカメラを下げた男性が倒れている。
『私は、何者?』
 不意に頭のなかへ響くのは、女からの問いかけ。
 その表情からは、しかしなんの感情も読みとれない。
「何者かって……和服の美人さん?」
 シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)が、ハンズフリーライトで照らす。
 少しでも滑らないよう、足許はブーツだ。
「何者……うんん……ファータ? 山の……そうじゃなかったら……スピリトとか?」
 ミケ・ドール(深灰を照らす月の華・e00283)は、怒らせたら怖そうと考えて恐る恐る。
 首から提げたペンライトで、整備された範囲をよくよく確認した。
「面白半分で危険な滝に打たれてみたら不慮の事故で亡くなった間抜けで可哀想な観光客……の幽霊かしら? 修行者のコスプレも完璧ね。でも幽霊にモザイクがあるなんて、聞いたことがないわ」
 立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)も、挑発的な眼差しを向ける。
 思い付く限りの適当な出鱈目を、わざと並べた。
『……』
 ほかのメンバーは、問いかけを無視している。
 攻撃を引き受けるために、ディフェンダーの3名が巫山戯て解答したのだ。
『どれも……違うっ!!』
 当然ながら、ドリームイーターは納得しない。
 なかでもイチバンいい加減な言葉を発した彩月へ、錫杖を突き出した。
「ふふ、ごめんなさいね。答え間違ったかしら?」
 絶対に不正解という確信はなかったため、どきどきしていたのだが。
「ステレオカメラドローンを展開しておくわ。敵の動きを教えてくれるから、少しは攻撃の助けになると思うの。けれど、こればかりをアテにしないでね」
 狙いどおりに注意を惹けて、緊張がとけた表情には自信が現れていた。
 トラウマを視せられながらも、ステレオカメラを搭載したドローンを浮遊させる。
「落ち着いて、すぐ回復するよ」
 即座に動いたのは、アトリ・セトリ(翠の片影・e21602)だ。
 爆破スイッチを押せば、前衛陣の背後にカラフルな爆発が起こる。
 敵味方双方の動向に注意を払い、回復グラビティ発動を準備していた結果だ。
 あまり広くない戦場での爆風は強烈だが、スパイク付きの靴で踏みとどまる。
「キヌサヤ、清浄の翼をお願い」
 相棒のウイングキャットに指示して、やはり前線へとバッドステータス耐性を付与した。
 準備してきた光源は、解答しているあいだに戦場の隅へ配置している。
「Non……適当言ってはいないよ……イタリア語通じなかったなら、Mi scusi.」
 鈴を転がしたようなソプラノの声で、イタリア語混じりに話すミケ。
 対角にランタンを置いてから、ウイルスカプセルを投射した。
「この寒さで放置していては、カメラマンも風邪を引いてしまう。その前に片をつけるか」
 鈴代・瞳李(司獅子・e01586)の視線は、被害者の姿を捉えていた。
 モザイクを避ける動きに合わせて、腰のLEDライトが揺れる。
「鈴は警鐘。その代わりの私は、私の役割を果たすだけだ」
 凛としたよく徹る声で冷静に言い放ち、グラビティで編み上げた弾を発射。
 集中砲火を追うように激しい雨が降り墜ちて、ドリームイーターを足止めする。
 同じ旅団の仲間であるミケを含めて、瞳李は皆の姿に自分を奮い立たせた。
「ほら、そんな辛気臭い顔してないでスマイルスマイル。私としては、もうちょっと表情の柔らかい方が好みだね」
 シェイも、軽い口調で返答。
 魂を喰らう降魔の一撃で、ドリームイーターの体力を奪う。
「こんな山奥にまで感情を奪いに現れるんだ……ご苦労様だね。本当に」
 ひとつ溜息を吐いて、ウェイン・デッカード(鋼鉄殲機・e22756)は呟いた。
 全体を把握することに努め、特に味方との連携を重視している。
「人から奪ったその感情の味はどうだい」
 滑り止めの付いた靴で踏み込み、見抜いた構造的弱点へ痛烈な一撃をお見舞いする。
 この場所から絶対に逃がさないと、睨みを利かせた。
「なんか、口裂け女の進化形みたいな感じだねぇ……」
 グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)が、鎖の付いた槍を巧みに操る。
 稲妻を帯びた超高速の突きで、神経経路を麻痺させた。
「こっちの方が、足場はよさそうだよ」
 底がゴム製の靴で確かめた地面の感触を、仲間へと伝える。
 対峙する姿は、堂々としていて凛々しい。
「ありがとう、グレイシアさん」
 お礼を告げて、秋津・千早(ダイブボマー・e05473)も其方へ移動する。
 動きやすいけれどもスニーカーだから、可能な限り平らなところに位置どっていた。
 特に川へは、極力、近付かないように。
「まあ、なんというか……災難だったよね」
 その場で精神を集中させて、ドリームイーターの身体を爆破させる。
 二度目の強風に、千早のランプも盛大に揺れた。

●弐
 寒さや足場の悪さをものともせず、ケルベロス達は懸命な攻撃を繰り返す。
 サーヴァントと回復もこまめにおこない、徐々に優勢な状況をつくっていった。
「足場が悪くなければね……」
 独り苦言を呈し、アトリは愛用のリボルバー銃からとり出した弾を投げる。
 煙幕のなか、四方八方から連続した蹴り技を繰り出した。
 普段はもっと足技で攻めるのだが、今回はこのグラビティのときだけだから。
「何年恨み続けたか知らないけど、いいことあった? あるわけないよね。恨むのを終わりにさせるわ。だから倒れられないの!」
 声を張り上げて、自身の体力を回復させる彩月。
 頭につけたLEDライトが、ドリームイーターを煌々と照らしている。
 後付け型のスパイクを装着した靴で氷の程度を確かめて、攻撃を再開した。
「鉄は刃、鉄は鎧、鉄は血。戦を制する者とは、すなわち鉄を制する者なり。案ずるな。残さず余さず、全て食らってくれる」
 己の血液を媒介として千早が召還したのは、巨大な鉄の杭である。
 生命を持つそれはドリームイーターの胸部を貫き、内側から牙を剥いた。
「非業な死を遂げた者の成れの果ての具現化だろうが、それを見ず知らずの他人に向けるのは、角違いと言うものだろう」
 雪上用のスパイクを付けた登山靴で、足許に最大限の注意を払い、懐へ。
 好戦的な性格を反映したように獰猛なオーラの弾丸が、魂へ喰らいついた。
 ただし瞳李自身は、それを抑えてあくまで冷静に振る舞っている。
「みんな、あと少しだよ」
 攻撃よりも回復を優先して、声かけをしつつ立ちまわるシェイ。
 溜めていたオーラを中衛へ注ぎこみ、状態異常まで完璧に治療する。
 当然ながら、ディフェンダーのため防御の手を緩めることはない。
「山でいたずらをする生き物だというのは、間違っていないと思うけどなぁ……でも、消えてね。Addio. Va' all' inferno.」
 上下の長い睫を離せば、黄金の瞳がドリームイーターを見据える。
 ミケは両足へ紅の光を纏わせて、灰と白の両翼で以て高く高く飛翔した。
 月の翳るが如く明暗を繰り返す光に合わせて、蹴撃が幾度も襲う。
「Overcharge」
「大気に満ちる空気よ、凍れ。氷の刃となりて、切り刻め……」
 警告の電子音声が響いて暴走状態となるのは、全身に蓄積された魔力。
 鋭利な光の粒子となりて放出され、頭上から雨霰と降り注ぐ。
 ウェインの身体が落ち着くまで、まるで獅子の鬣のように。
 後衛からのグレイシアの詠唱に応えて、周囲の気温が更に下がる。
 凍った空気は、無数の鋭い針を形成してドリームイーターへと突き刺さった。
 ニヤリと悪そうな笑みが、ハンズフリーのライトに照らされている。
『っ……』
 ウェインとグレイシアの同時攻撃によって、遂にドリームイーターの声が途切れた。
 間もなく、その場へと崩れ落ちるのだった。

●参
 滑らないように川を渡り、カメラマンのもとへと駆け寄る一行。
 声をかけたり揺すったりしているうちに、彼は意識をとり戻した。
 事情を説明すると、感謝の言葉を述べてくる。
「これに懲りたら、風景写真家とかどうだろうな……あ。よかったら、記念に皆を撮ってくれないか?」
 瞳李の提案は、男性に、より安全な写真を撮影してほしい気持ちの表れ。
 気さくな姉御肌の爽やかな笑顔に応じて、シャッターが切られた。
「滝の写真を撮りたいの。一緒にどう?」
 愛用のカメラをとり出して、彩月も男性を誘う。
 自然が大好きなため、美しいと感じた風景を写真に収めていく。
「歴史のある場所みたいだし、可能な限り修復しよう」
 このあいだに、ほかのメンバーが現場を修繕。
 淡々と喋り、ウェインは手摺りや床の欠片を拾い始めた。
 学習中なため表現は薄いが、敵意を抱いていたし、いまは安心もしている。
「それにしても綺麗だね。キヌサヤもそう思わない?」
 オウガ粒子を放出しながら改めて、アトリは滝をちゃんと眺めた。
 ウイングキャットとともに、感嘆の声を漏らす。
「東海の龍よ、大樹の加護で朋の身を癒せ」
 龍のように変化させた気を身体に覆い、大樹の加護で身体を活性化させるシェイ。
 片付けの終わった場所から順に、メルヘンな花を咲かせていく。
「いやー寒いねー。こんな寒い時期に滝行とか、想像したくもないね。おでんとか、あったかい物が食べたいなあ。ああ、でもダンテくんがコーヒー位準備してくれてるかなあ」
 作業の傍ら、ハラペコになりつつも千早が見付けたのは小さな祠。
 言い伝えの女性を供養したものだろうと推測し、掃除をしたうえでお祈りをした。
 皆は勿論、彩月に連れられて男性も、静かに手を合わせる。
「本当に。この時期の滝行とか、炬燵が恋人のオレとしては絶対に嫌だねぇ……真似もしたくないけどねぇ……想像しただけで寒そう。それより、なにか甘い物食べて帰りたいねぇ……」
 雪は好きだけれども、寒いのはあまり得意でないグレイシア。
 男性に訊ねて、山の麓にある和菓子屋の情報を教えてもらった。
「滝に打たれるシュギョーが本当に存在するなんて……ミケさんも絶対したくない……とても寒そう……」
 華奢な身体を震わせて、ミケも2名に同意する。
 ひとまず和菓子を食べることを楽しみに、滝へ別れを告げるのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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