ヒーリングバレンタイン2017~茶器、想いを乗せて

作者:遠藤にんし


 高田・冴が告げるのは、かつてミッション地域だった長崎新地中華街の復興だ。
「周辺住民や引越しを考えている一般人も来るはず。彼らも参加しやすいイベントで、この地のイメージアップをしたいね」
 冴がケルベロスたちにお願いしたいのは、長崎新地中華街のヒール。
 その中でも特に、茶器などを扱う雑貨店のある一角だ。
「ヒールが終わったら、その店でバレンタイン復興イベントをしてほしい」
 茶器に絵を描き、その茶器で中国茶を飲むゆったりとしたイベントになることだろう。
 道具や材料の搬入をするも良し、参加する一般客の面倒を見るも良し、参加しても良し。
「みんなが楽しくしている姿は、一般客を勇気づけてくれるはずだよ」
 思い思いの時を過ごして欲しい、と冴は微笑むのだった。


■リプレイ


「長崎来るのは初めてやな」
 蒼馬と共に出掛けることになるとは思っていなかった……香登の言葉に、蒼馬もうなずく。
「異国情緒漂うこの街のイメージを損なわないようにしたいね」
 癒しを広げる蒼馬の表情は普段とは変わらないが、内心ではとてもウキウキ。香登も共に、元の風情を取り戻せるようにヒールしていく。
「何や、訳分からん事なると寂しもんやからな」
 街の雰囲気に彩りを添えるのは珊瑚飾り。スズネも美しい街並みに満足げな表情だ。
「これで良いかな、陽治」
 穣に問われ、陽治は穣の手に指を絡める。
 街の印象を崩さないようにと、二人で施したヒール。
 長崎の街の人々もバレンタインの街を歩み、微笑みを交わしている――穣と陽治は手を繋いでその様子を見ていたが、やがて屋内へと入っていく。
 ――まだ真っ白な茶器を前に、何を描いたものかと陽治は思案顔。
 手始めに、街並みから着想を得て中華門の写生を始める。
 穣の描くランタンは、陽治のを真似てラフスケッチ風。たくさんのランタンの中にこっそりと自分と陽治の姿を忍ばせるのも忘れない。
「暖かい色合いに仕上がると良いんだが……」
 絵心に地震があるわけではない陽治は悩みつつ、思い出の記念になればと色を重ねる。
「上手いしとても素敵だよ」
 言いつつ、二人の絵は完成。
「仕上がりが想像つかない分、楽しみだな」
「これ、綺麗な藍になるのかな?」


 近くのテーブルでは、『飴屋すず』の一行が絵付けの最中。
「さて、皆はどんな絵柄にするの?」
 千歳は問いつつ、桜の花弁で彩りをつける。
「キュートな茶器に仕上げてやるぜ」
 勇はやる気満々で猫を描こうとする――が、繊細な作業に苦戦模様だ。
「わあ、お絵かきできるのじゃな! 何でも描いていいのかのう?」
 楽しそうに言って、千歳のミミック『鈴』と自身のウィングキャット・文を描く綾も、むむむとうなっているところだ。
「……うまくかけないのう……変な生き物になってきたのじゃ……」
 千歳あねさまは、と綾が見ると、千歳は既に仕上げに移っている。
「……お、おじょうず……! 普段からアメでいろいろ作ってるからかのう?」
「飴屋としてはチョコに反発したいところね」
「チョコも飴も甘いお菓子は全力でウェルカムだけど、難しいもんだなぁ」
 ルードヴィヒはくすりと笑い、綾は楽しそうに声を上げる。
「アメ屋さんとしてはアメがいっぱいのお祭りもあれば楽しいのう!」
「商売というのは難しいのですね」
 ルルゥは言いつつ、青い塗料を溶いている。
「チョコレートにも飴にも、中国茶にもそれぞれ別の良さがあるから……って並べられないか」
 チョコだけでは、甘い物が苦手な人はバレンタインを乗り切れない――語るアリシスフェイルの脳裏には、恋人の姿がある。
 綾と勇の筆運びは慎重。
「描くなら猫なの? 鳥もいいよ?」
 翼をばっさばっさするルードヴィヒに、矢車菊のイメージで青い花を描くシエルもくすりと笑う。
「あ、鳥いいね」
 何を描こうか考えていたアリシスフェイルは鶯に、小さな赤い梅の花を描きだす。
 シエルが小花を散らせるのは可愛くて華やか、少しばかり歪になったアリシスフェイルのうぐいすにも趣がある。
 ルルゥは少しずつ青を置くが、緊張のあまり筆先が震えてしまい……ほっそりしていた鳥は、青ひよこに変身。
「ルルゥの青い鳥、ふっくらかわいいよ!」
 ルードヴィヒはといえば、雛菊の花(に見えなくもない何か)を描いている。
「せっかく真似してたのに、ルーイは鳥じゃないのね」
 上機嫌に千歳が笑うのは、自身の作品が見事春爛漫に完成したから。
「ふふ、かわいいのうー!」
「おお、思ったより上手く描けた気がする」
『気まぐれお散歩猫』と題した作品が上出来に仕上がり、綾の歓声を受けた勇は嬉しそうに花模様を散らす。
 ――花を描くのは、後方の席にいる陣内も同じ。
 ウィングキャットの猫のリングと羽を見本に没頭する陣内の横、アガサは故郷・沖縄の桜を描く。
 本土の桜は白っぽいが、沖縄のものはしっかりと濃いピンクをしている……こちらでは、あまり見ることのないものだ。
(「向こうではもうそろそろ満開の頃なんじゃないかな」)
 懐かしさと共に花の形を思い浮かべているのだが、画用紙とは違うからうまくいかない……感じた視線は、陣内のもの。
「もしかして下手くそだと思ってるんじゃないの?」
「別に、思ってないよ」
 笑みを含んだ声だが、『描けなくなった』ことのある陣内にアガサの絵を嘲る気はない。
「上手く描けるかどうかにとらわれすぎて『楽しく描く』とか『描きたい』って気持ちが潰れてしまったら何にもならないよ」
 今は気楽に楽しく描けている――言う陣内の筆は軽く、さらりとカワセミも描き上げる。
「……そうだね。何がいちばん大切かって、気持ちが大切なんだもんね」
 うなずくアガサへと、ところで、と陣内は問う。
「それ、何? ハイビスカス?」
「ちーがーうー! ハイビスカスじゃなくて桜の花!」
 軽口にむきになり、手直しするアガサ……しかしどうしてか、直せば直すほどハイビスカスへと近付いてしまうのだった。


 絵付けは初めてのスズネは、辺りのお客との会話も楽しみながら筆を運ぶ。
「皆さんお上手ね。よかったら私にコツとか教えて頂ける?」
 アドバイスも受け、描き上げたのは沈丁花。
 良い香りの沈丁花はスズネの一等好きな花。自分用の茶器が完成して、今度は一揃いに千鳥草を描くことにした。
 丁寧に作業するスズネをじ、と見ていたアーロンは、グレイシアへと顔を向ける。
「ふむ、面白そうだな……やってみるか?」
 アーロンとスズネを交互に見ていたグレイシアは、アーロンの瞳を見たまま数秒間の沈黙。
 そして、こくんとうなずいた。
「うん、やってみたいわ」
 席に着くグレイシアは、少し迷ってから、思うままに輪っかを連ねる――アーロンのようにまっすぐな気持ちで動けないから、グレイシアの気持ちは重なり合う輪のように。
「これを使って好きに描けばいいんだな」
 アーロンが描くのは紺の螺旋。
「……む。意外と難しいものだな……」
 下の線に少し重なるように薄い青で小さめの雪を描けば、完成。
「グレイシアはどうだ?」
 視線を移すと、そこには幾重もの円。
 紫の眼が、ゆっくりと瞬き――く、と小さな笑みは喉の奥。
「こ、これは……金魚鉢の水槽の泡よ……芸術作品なのよ……」
 躊躇いも恥じらいも、優しく降る雪も――うまく答えられないグレイシアへ、アーロンは笑んで。
「あぁ、そうだな……それもこれも芸術作品だ」

「並べて一個の絵になるようにして見いへん?」
 香登の提案を、蒼馬は笑顔で快諾。
「ああ、対の茶器と言う訳だね? では、龍を描こうか」
「絵には自信あるんや」
 言う香登の絵は漫画風。
 蒼馬は香登を想い、雄大さを加えた。
「それにしても絵付けした茶器がじきに使えるんすごいな?」
 長めの良い席で茶を飲む香登は、蒼馬にくっついて尋ねる。
「なぁなぁ、長崎の街はどこがお勧めなんや?」
 アイズフォンで情報を調べ、蒼馬は抱き寄せた香登へと囁きかけるのだった。
 ――ぐるり、國景は人々を見渡し、問う。
「何とも興味深い催し物ですが……如何致しますか」
「面白そうですね。勿論、挑戦いたしますよ」
 答える夕星は気分のままに筆を走らせ、國景も続く。
「曲面は矢張り難しいですね……」
 細筆で輪郭をなぞり、辻褄合わせにぼかす。流線を一回りして手を止め、國景は夕星の進捗を確かめる。
 枝に打たれた点は花咲き、ひと掃きは鳥となって枝へ向かう。
「……何を描かれているのかと思えば……鶯に梅とは風流ですね」
「……抽象画と言ってはいけませんよ?」
 視線を交わして覚える温もりは、夕星が國景の手元に目を落としても残る。
「そちらは、何でしょうね……?」
「私は……芍薬です。美人の代名詞とでも言いましょうか」
 思いめぐらす夕星に応える國景。
 微笑には、僅かばかりの愁いがあった。


「少し喉が乾いたが……グレイシアも何か飲むか?」
「そうね。喉乾いちゃったわ」
 絵付けを終えてアーロンはプーアル茶、グレイシアは桂花茶でゆったりした時間を過ごす。
 お土産を買いに行っていたスズネも休憩中。人々の中に、先ほどスズネが描いた千鳥草の茶器を利用する者もおり、思わず笑みが浮かぶ。
 沈丁花のカップと共に香る華やかな茶の芳香。極上の気分と共に、スズネはカステラを口に運ぶ……その背後を、中華風のシャツ姿の瑛玖が通った。
 隣には鞠緒。今日の為に仕立ててもらったチャイナ風ロリィタドレスとこれから買う中国茶に、浮かれた様子だ。
「お似合いになっています」
 珍しい衣装の兄に声をかけるうち、二人は茶屋に到着。
 色々な茶を少量ずつ試飲する鞠緒は真剣、瑛玖は見ているだけで幸せ気分……ふと目に着いた茶のラベルには、『白牡丹』とある。
(「昨年は色々あったが、元気を取り戻してくれて良かった」)
『遠之城』の家を継ぐ者としてこの笑顔を守らなくてはいけない――遠い目の瑛玖が次に見つけたのは、梔子のお茶。
「これ好きだろう」
 差し出され、鞠緒は何も言わず膨れる――あまりに自分を知り過ぎている、という無言の抗議として。
(「きっと何故こんな顔をしたか解らないでしょうね」)
 茶葉は数種類、茶器は一組。
 買い終えたタイミングで鞠緒が差し出したのはチョコレートだ。
「私の分、忘れていなかったんだね」
「お茶請けですから……ただの!」
 瑛玖の微笑に、鞠緒はつんと言い返すのだった。

「これを貴方に見せたかったのです」
 國景が言うと、二人の眼前で硝子のポットに水中花が開く。
「工芸茶……ですか」
 水が染まり、芳しい香りが立つ……ゆるりと変化する様を眺める夕星を、國景は誘う。
「飲みますか。美味しいですよ」
「頂きましょうか。ありがとう御座います」
 心落ち着く麗しさと共に、二人は穏やかなひと時を味わう。
 ――静かな時の中で、穣と陽治は仕上がった茶器を交換、茶を注ぐ。
 お互いの『らしさ』と中国茶、雑談。
 その全てを楽しみながら、陽治は手を穣の手にそっと重ねた。
「あったけえな……」
 ぬくもり、想い。
 通じ合うものは、長崎の良い思い出となるだろう。

「ほあー……お茶美味しいのう……」
 綾は膝の上のかかさま……文を撫でてまったり気分。
 ご機嫌にお散歩しそうな茶器で飲むお茶は、頑張ったこともあって格別の味。
 勇の隣、ルルゥもほっこりと微笑む。
「中国茶は初めてでしたが美味しいものなのですね」
 贅沢な日だね、とルードヴィヒもうなずいて。
「私はお茶の文化が違うから、どっちも新鮮かも!」
 日本のお茶と何が違うのかなー、と首をかしげていたシエルが言えば、千歳も笑いかける。
「異国の文化が楽しめるっていいわよね」
「中国茶は淹れ方というか飲み方がちょっと違うんだっけ?」
 アリシスフェイルは言いつつも、今日の思い出に楽しげな表情。
「こんなバレンタインも楽しいわよね」
 千歳が見回して言えば、飴屋の一同はもちろんと笑い合うのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月13日
難度:易しい
参加:20人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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