ヒーリングバレンタイン2017~和心真心恋心

作者:七凪臣

 これまでミッション地域となっていた箇所の幾つかが、ケルベロス達の奮戦により奪還に成功した。
 されどデウスエクスによって荒らされた地域は基本的に住人はおらず。
 復興の為には、華やかな行事の一つも催したいところなのだが――。

●ヒーリングバレンタイン2017
「平和になったお陰で、この地域への引っ越しを考えている方々もいらっしゃるようですし。近隣の皆さんが様子を見にいらしたりする事もあるそうですよ」
 全ては皆さんのお陰ですね、とケルベロス達を労ったリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は、「ついでと言っては何ですが」と人好きのする笑顔になる。
「地域のイメージアップを兼ねて、ぜひここでバレンタインに因んだイベントを催して欲しいのです」

 場所は東京、神田の古書店街。
「会場は書店だったビルです。まずは此方をヒールして、ここの一階で一般の方々も見学、参加可能な本型ギフトボックスを作るイベントを開催したいと考えています」
 本型ギフトボックス。
 つまりは本の形をしたギフトボックス。
 しかも一から作るのではなく、駄目になってしまった古書を再利用して作るのだ。
「とはいっても、再利用するのは表紙、背表紙、裏表紙の部分だけですけどね」
 それらに厚紙を当てて補強をし、本文が綴られていたところに木枠を填め込めば、一先ず形にはなる。
「肝心なのは、ここからです。せっかくですから、表紙部分に新たな彩を添えるのもいいんじゃないかなって」
 元の絵に、何かを足すも良し。趣ある紙を張るでも良いし、新たに描いた絵を張るのも良い。
 サイズは文庫本に単行本、文芸書に写真集など様々に。
「なるほど。その装丁に想いを籠めるというわけか」
「そうなんです!」
 横から入った六片・虹(三翼・en0063)の合いの手に、我が意を得たりとリザベッタの顔が一層輝く。
「古来、日本では和歌などで想いを伝え合ったと聞きましたので。贈り物の顔でもある表紙に、想いを託すのもいいんじゃないかなって思ったんです」
「直接的ではなく遠回しに、か? 美しい『奥ゆかしさ』だな」
「和心、と言うんですよね?」
 少年の問いに是を返した女は、そこで何事かを思いつたらしく。ふむ、と尤もらしく頷いてみせた。
「折角の『和心』だ。作業は個々でやる方がいいかもしれないな。皆で賑々しくやるのも魅力的だが、自分と向き合い作業をする方が……その、なんだ。『ぽい』気がする」
「確かに、そんな気がします」
 くすくすと、顔を見合わせ笑う二人はさておき。
 ベースとなる古書も、それに見合った木枠も、そして彩る画材などはリザベッタの方で事前に手配する。会場となるビルに運び入れる椅子や机も同様だ。
 ケルベロスに求められるのは、最初の会場ヒールと、ギフトボックス作り。他に何もする事がないという場合は、一般の方々の案内やら何やらをするという手もある。
「バレンタインチョコを入れるギフトボックスが手作り、というのも面白いかなって思ったんです」
 同意を求めるリザベッタに、そうだな、と虹もまた頷いた。
「小物入れとして後々までも利用できそうだしな。となれば、別にバレンタイン用でなくてもいいか」
 恋心を詰め込む器としては勿論、様々な真心を込めたり。或いは、自分のとっておき用にするのも悪くない。
「想いや物語を綴るのが本。それに倣って気持ちを表す器を作るのも素敵じゃないでしょうか」
 ですから皆さん、宜しければ。
 そう願い、少年紳士は日本の礼儀作法に則り、腰を折って頭を垂れた。


■リプレイ


 潰れてしまった平台テーブルも、壊れて雪崩を起こしている棚も、白い照明が落ちそうになっている天井も。
「ふぅ。これでヒールもばっちりやな」
 光流が満足気に胸を張るように、ケルベロスがヒールをすれば、無残な姿からもすぐにサヨナラ。
 所々に七色の花や蔦のモール飾りが絡んだけれど、明るさを取り戻した店内を見渡すメイの瞳は嬉しそう。
 ――壊れたものを直せる力があるのは、素敵な事。
 そしてこれから、その素敵をもっと素敵にする時間が始まる。

 小さな棚にずらりと並べられた既に本文を取り払われた古本は、在りし日の姿を表にのみ留め新たな主が手に取ってくれるのを待っていた。
「……御本さん、使わせてね」
 紺色に小さな白が幾つか散りばめられた絵は、星座語りの扉であったのだろう。単行本サイズのそれを手に取り、氷翠はチョコの入れ物作りに取り掛かる。
 折れた角や、凹んでしまった箇所、塗料が剥げた部分に貼るのは紙の星。表題の文字に重ねるのは、星柄のテープ。そして同じテープで扉の内側に、月を写したものを貼り付け、優しい香りを放つポプリを入れたら、完成。
(「一緒に見る星月夜が一番好きだけれど……」)
 天気や都合でいつも見られるとは限らないから。
「……見れない時も、傍に在って思い出してくれると良いな」
 チョコを詰めた姿と一緒に思い浮かんだ顔に、氷翠は目元を和らげ、かの人の好む月の輪郭を指先で撫でた。
「これの筈です」
「ありがとう!」
 リザベッタからメイが受け取ったのは、百科事典の本文だった部分。パラパラと捲ると、園芸の巻だったものらしく様々な花も載っていて、自然とメイの表情も綻ぶ。
 分厚くて装丁も外国の本みたいで格好良い本は、人々の役に立とうと頑張って来た本。折角だからと探した中身も、すぐ見つけて貰えた。
「ふふっ、素敵」
 古惚けた絵や写真を綺麗に切り取り、表紙にぺたり。可愛い模様も描き足すと、愛い花園が箱の顔を彩る。大好きな宵待草の写真は、一番目立つところに。
 古書をギフトボックスに再利用とは、実に妙案。
 寂れた講堂なれど玩具だけなら沢山ある旅団【からころ日和】の長たるいぶきは、彩る前の表紙に心を馳せる。
 冒険譚か、はたまたミステリーか。煤けた分だけ、想像の余地は多く。男はくふりと笑むと、艶やかな千代紙たちを貼り付けていく。
(「贈る相手もおりませんしね」)
 拵えるのは自分用。ならば、好きな色を好きなように。思うに任せた方が、きっと満足の行く仕上がりになる筈だ。
 弾むいぶきの手元は、おもちゃ作りを嗜むだけの事はあり。眺め遣った善彦は、己も負けじと集めた表紙を前に意気込む。
 軍医という仕事柄、気付くと薬学書や植物の写真集ばかり。
(「まぁ、俺らしいか」)
 くつりと男は喉を鳴らし、家に在る古本の再利用法を学ぶ序に実地訓練に精を出す。
 ベースにするのは、文字が多いもの。そこへ気に入った植物写真を切り抜いたものを配していく。
(「こうすれば見た目も多少、綺麗だろう」)
 出来上がりは、上々。そうとくれば、気になるのは隣人の作業の様子。けれど、どうやら完成はいぶきの方が早かったらしく。
「お互いらしいもん、作れたんじゃねぇの?」
 相手の手元に鎮座するギフトボックスに、善彦は目を細め、
「そうですね。なかなかに満足いくものが出来ました」
 いぶきは旅団仲間へ、ふふりと笑った。

 『暇してただけだ』とつっけんどんに言う割に、ローデッドはクラレットに手を貸してくれる。とは言え今日は、己が心と相対し自分で頑張るのが大事なのだとか。故にクラレットは、緊張感漂う静謐に身を任せて植物図鑑と空の写真集に向き合う。
 植物図鑑は、傍えのビハインド、ノールマン――ノーレの為に。あの子のネモフィラを描き足し。
 もう片方は、何だかんだで面倒見の良い男の為に。されど覚束ない筆遣いに、色も形も不格好。
(「わかればいいんだ、何となくでも」)
 そうして青空ににょきりと生やした、ビルらしきもの。
(「あー」)
 手を出す代わり、実演で手本を示す男はそこで嘆息。
 不器用医者が何を描いているか分かりはしたが、あのビル街で青空を拝んだ事などあったろうか。
(「……眩しい」)
 澄んだ青にローデッドは目を細め、言うべき事は仕上げてからと後回し。


 東京神田の古書店街。蔓延っていたデウスエクスから解放された地は、久方ぶりの賑わいに華やぎ。傷んでしまった古書を元にギフトボックスを作る催しも、ふらり訪れた者が輪に加わっては、思い思いの『想いの詰め箱』を作り上げてゆく。
「わぁ、懐かしい……」
 手に取った児童書のタイトルに、真白の金の瞳が温かみを帯びた。これはかつて父と母から貰ったもの。世界中で愛される、ねこと少年とりゅうの物語。
「こういう装丁のお品もあったんですね」
 憶えにあるものとはまた一味違う古書を手に、真白は心躍らせ作業台へ。
 懐かしい出会いを果たしたのは、ざくろも同じ。
「家を出た時に置いてきたのにまた会えるなんて、ね」
 綺麗な湖と雪の国の素敵なお姫様の物語は、今はもういない母に繰り返し読んで貰った童話絵本。思わぬ再会に、ざくろは春色を乗せた筆を走らせ始める。
 冷たい湖の周りにも、春を求めて冒険に出たお姫様の上にも、パステルカラーの花々を。そうすれば冬の国は華麗な春の国へ。最後に菫色のリボンをかけて完成。
「うん、良い出来」
 呟いて、ざくろは想いを馳せる。
 ――春のお花の下にある、冷たい雪のことは。わたしがずっと、憶えているから。
「みんなもずっと、お花の上で笑っていてね」

「……この話、あまり得意じゃないんだ」
 願いの代償に泡と消える海の物語――古惚けた装丁の一冊を手に溜息をついたイェロは、どうせ中身がないのなら裏表紙で結末を変える事を思いつく。
 綺麗に描かれた表紙は、そのままに。代わりに、裏表紙は布張りのキャンバスに見立てて様々な色を置いてゆく。
 青、緑、時折差し込むひかりは銀。物語だから、より鮮やかに。ありきたり、なんて要らない。求めるのは、希望の色彩。
(「叶うにも、叶わぬ先にも。あぶくと消させやしない」)
 ノスタルジックな旋律を奏でるオルゴールと、少しばかり甘くて苦いシャンパントリュフを詰めながら、イェロは願う。
 ――やさしいきみが、しあわせでありますよう。
 意味を変える、海。ならば、空は色を変え。真っ青な空と海の写真集を選んだキースは、空の部分に筆を滑らす。
 絵心はないけれど、塗るだけなら何とかなる。そう思いなぞって重ねたのは、赤と橙。
「……よし」
 うっすら星を輝かせ、キースは満足を頷き――はたと、どんな思いを詰めるか迷う。
 浮かぶは数多、一つになど絞り切れず。
(「普段食べるものは、綺麗な缶に収めているしな……」)
 声に出して唸る程、迷いに迷い。同時に、迷えるくらい想いが溢れている事に気付く。
 知らず増えた想いは、宝物。なら、ここには宝物を入れるのが相応しい。
(「たいせつにするんだ」)
 無垢な瞳で茜の空を見つめ、キースは至った答に微かに口元を緩めた。
 物語を育んできた古書に、どんな思いを籠めるのか。迷う者あらば、端から決めていた者も。そして、星空が表紙の手の平サイズな豆本を手に取った鶫は後者。
 小さな画面に描く、鍵を咥えた黒鶫と、夜空を泳ぐ青い魚。
 モチーフは黒鶫は当然自分で、青い魚は――。
(「……なんだ、すげー恥ずいな」)
 対面に座す春次へ視線をやって、はぁ、と色々が綯交ぜになった嘆息一つ。
 たまに勝手に鶫の居場所に来ては寝る春次。その姿は、一人で居たいように見えて、人のいる場所を求めているようにも感じられる。
(「勝手な想像だし、余計なお世話かもしれねぇけどな」)
 そんな鶫の胸裡は知らず、春次はわんこが丸くなって寝ているだけのシンプルな絵本に、山桜の花を描き足していた。
 目付きは悪いし、口も多少悪い。だのに草花が好きな鶫が、優しい男だと春次は知っている。
(「……俺の面倒見も、えぇしな」)
 迷惑かもしれないと思う事は時々あるけれど。いつも断らないでいてくれる男に少し――否、大分甘えている自覚が春次にはあるから、降り注がせる薄紅に想いを託す。
(「俺が好きな花で、いつもの感謝を」)
 互いに知り得ぬ、互いの心。だが、明確な一歩を踏み出すべく鶫は仕上げたギフトボックスに、用意しておいた鍵を入れた。
 自分の居場所でもある、店の扉を開く鍵。
 居てもいいと言うのはやっぱり気恥ずかしくて。でも、これで。
 ――伝わると、いいけどな。
 不安は、自己満足かもしれないと思うせい。
 大きな水晶の中に閉じ込められた妖精らしきものと、それを見つめる子供が描かれた表紙を、フィーリングで選んだ爽も同じ迷いに駆られていた。
 綺麗な表紙は活かし、何処の言葉とも解からぬタイトルや背表紙にはマスキングテープを貼って。填め込む木枠にも、落ち着いた色を塗り。最後に新たな文字を扉に書き入れたそれは、『アレ』らを纏めておく箱。
「中々、雰囲気ある感じに出来た!」
 幻想的な仕上がり具合は、純潔天使な爽的には文句なしの満点なのに。
(「この中なら、きっと気に入ってくれる……よな?」)
 期待と不安が交錯すれば、落ち着かず。光流もまた、さざめく心を持て余す。
(「遠回しで伝わるんやったら、どないに良えやろ」)
 和心で美徳とされる奥ゆかしさ。けれど男は自分のそれは、本当の事を言うのを怖がっているだけだと知っている。
 ブルーな気分を誤魔化そうと、殊更豪奢な背表紙に手を伸ばし。
「……!」
 表紙に描かれたモノに、光流は息を呑む。
 緑の苔に全身を覆われた顔に、真っ赤な目。巨大な背鰭に、蛇の尾。
「気味の悪い……化け物やな」
 細い声は、震えていた。だが、元の持ち主が大事にしていたのだろう。表紙の状態が良いことに微かな安堵を覚え、光流は三粒の雫を描き足す――化け物の、涙として。
(「本当の俺を知っても、怖がらんといてくれますか?」)

 誰かを思う千の心で満ちる中、夜は幽玄の居住まいで、水を多く含ませた紙にぽてりぽてりと色を置く。途端、滲んで広がる綾は、花のよう。
 旧家生まれに相応しい、雅な技巧。幾輪か咲かせ終え箱の表に貼りながら、夜は教え込まれた武芸其々は、走る名に恥じぬだけの興味深さがあった事を思い出す。
 中でも歌詠みと舞いは格別。今も常や戦の舞台で生きている。
(「人の生を花とするなら、種はきっと可能性だ」)
 何を以って『花』と成すかは、千差万別。知るのは己のみであり、可能性は己が内にこそ。
 ――つまり、心もまた花。
 そこで、ふと。
 古の猿楽師が記した本であった花箱に視線を落とし、男は我が裡に首を傾げた。
(「誰も『好き』になれない己は、心を何処へ落としたのだろう?」)
 欠いた心は、ゆく方知れず――。


 先ほど飲み込んだ言葉をローデッドが告げれば、クラレットはフフンとふんぞり返り、
「あそこの空は、こんなに晴れてないって? 知らないのか、平気でこういう事が出来るのが本というものさ」
 なんて言うから。今度はため息を音にした男は、天文学書と思しきものをベースに作ったギフトボックスを女へ差し出す。
「ほら」
 表紙に輝く、二つ星。
「別に意味はねェけど」
「いや、うん」
 是の頷きとは裏腹に、クラレットの顔は微笑みを描く。何事も、ひとつよりふたつの方がいいのは、優しいお約束。
 ギフトボックス作りにぴんと張りつめていた緊張も、僅かずつ雪解けのように緩み始めた頃。
「今日はおつきあい、ありがとうございました」
「いや、俺も勉強になったしな」
 いぶきが善彦へ同道の礼を告げる書店ビルの入り口からは少し影になる位置で、闇號虎はエヴェリーナに差し出されたギフトボックスを受け取っていた。
「開けてみてくれないか?」
 金の髪の戦乙女にねだられて、人の好い虎面の男は沢山の動物写真に彩られた扉に手をかけ――、
「っ!?」
 飛び出して来た紙の虎に赤い眼を瞠る。
「名付けて『飛び出せ虎ちゃんまっしぐら』だ」
 悪戯が成功したように目を細める女に、闇號虎もほぅと丸い息を吐く。
 己が作ったのは、明るい黄色を基調にしたギフトボックス。大きさは程々で、少しのお菓子を詰めるのにちょうどよいくらい。
(「……まぁ、俺のも恥ずかしくはないだろう」)
 出来栄えは、それなりに。敷き詰めた羽の上に置いたチョコを思い、男は肩に入っていた最後の力を抜いた。
 古きものをただ捨て去るのではなく、新たな命を吹き込む催し。初めての物作りに心配もあったが、なかなかに佳い時を過ごせたのではないだろうか。
 自分の手が何かを素敵に生まれ変わらせるのは嬉しいこと。
「笑顔の花が、メイさんみたいですね」
 メイから感動をお裾分けされたリザベッタは、ぐるりと会場中を見渡した。そこかしこで綻ぶ笑顔は、満足気なものが多く。見ているだけで幸せになれると思っていたら、ぱたぱたと駆けてきた真白が差し出したものに瞬く。
「頂いて宜しいのですか?」
 贈られたギフトボックスに驚き、しかし憶えのある表紙に「僕もこの話、知っています」と少年が笑うから。真白は思い出と現実を重ねて頬を輝かせる。
 真白に空飛ぶ翼はないけれど。リザベッタが繰るヘリオンから眺める世界は、『少年』の夢が叶った景色のようだと思っていたのだ。
「先日の待ちぼうけのお詫びと、日頃の感謝ですの」
「ありがとうございます。大事にします」
 破顔した可愛い物好きの少年紳士は、中に詰められたテディベア型のチョコに気付いたら、更に笑顔を蕩けさせる筈。

 空間の主が静寂だった時分は徐々に過ぎ、けれど贈る誰かの顔を思い浮かべる女たちは、未だ指先に意識を集中させる。
 白薔薇のコサージュにローズレッドのリボン、それから星のように煌くビジューで作る雪の結晶。それらをイルヴァが丁寧に配していくのは、真白い表紙に咲いた赤い薔薇に惹かれた古書。
(「あの人の瞳の紅に、とても似ています」)
 飾り終え、胸の裡でくすりと微笑んだイルヴァは、仕上げ作業に取り掛かった。
 ――あなたの歌にいつも助けられています。
 ――だから、わたしの祈りもあたなを守りますように。
 薔薇と雪の庭を楽譜に見立て、ありったけの想いを籠めた音符たちを綴っていく。
 他の誰も知らない、イルヴァだけが紡ぐ旋律。感謝と祈りを謳う、祝福のうた。耳の奥に、あの人の歌声を聞きながら。
(「いつでもわたしは、あなたを応援しています」)
 透明な音色が、溢れて鳴り響く。
 音楽に想いを託すのはイルヴァだけではなく、宿利も想い出を辿る旅人の夢を描いた歌の一説に、己が願いを籠める。
(「いつか来る、遠い未来に」)
 暫く考え手にした、滅びた文明の世界を生涯かけて渡り歩く旅人の物語。
(「あぁ、この長い旅路も悪いものではなかったと。出逢えて良かったと――そう、想えるように」)
 届けたい旋律を小さく口遊みながら、宿利は色紙を丁寧に丁寧に歌の譜の形に切り取っていく。
(「君の旅が、夢のように満ち足りたものになりますように」)
 指先で五線をなぞり表紙に張り付ければ、宿利の祈りは形を成す。
「……喜んでくれるかしら?」
 チョコレートを詰め込んでプレゼントする相手の笑顔を思い浮かべ、宿利も柔らかく目を細める。
 直接の言葉ではないからこそ、心に響くものがあると信じて。

「では、僭越ながら」
 贈る相手の事を考え、一抱え出来そうな大きく分厚い古書を選んだナディアは、擦り傷多く文字も読めない程に掠れてしまった表紙を一度拝み、小さく千切った和紙たちを貼り散りばめ始めた。
 珊瑚、薄黄、青磁、白藍に藤。
 優しい色味たちは積もる感謝のあらわれ。並べ合わせてゆけば、小さな花たちが咲き始める。
 手先の不器用さは自認するナディアだが、絵心はあるのだ。おかげで見る間に、表紙、背表紙、裏表紙にと全ての面が春の園に顔を変える。
「そして、こうだな」
 ふむっと仕上がりに満足した極道の女組長は、参していた甘い菓子を詰め始めた。
 箱と中身、二つが出逢って初めて物語は完成する。
 否、完成はもう少しだけ先。
 寒さを厭う彼の元へ、一足早い春を届けた瞬間が真の完成。
 哀しい話や、為になる御高説だって大事だけれど。物語ならやっぱり、最後はハッピーエンドがいい。
 シンプルな下地に黒の線と表題が入っただけの表紙へ薄い下書きを終えた纏は、飾りたちを並べながら、古い詩集であったものを新たな物語で彩ってゆく。
 崩れ行く世界。繋ごうと針と糸を持って旅をする少年と、絲紡ぎの少女。ふたりの小指には、絶えず見えない赤い絲が結ばれていた。
 果たして最期はどういうエンディングを迎えたのか?
 ――答えはほら、わたしの手の中。
 修復された証のように繋ぎ合わさった世界を、コラージュっぽく紙で貼り。
 少年と少女、寄り添う二人の姿を描いた絵を仕上げ。
 赤絲と、少し大きめの赤いリボンをつければ、纏の物語はハッピーエンドを高らかに謳い始める。
 ベッドサイドに置ける文庫本であったものは、今や可愛らしいリングピローに姿を換えて、
(「彼等のように、何時迄も寄り添っていられますように」)
 纏が籠めた幸福な願いを、優しく抱き締めていた。

 想いと願い、祈りと心が交差する日に――ハッピーバレンタイン。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月13日
難度:易しい
参加:21人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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