猫は降る星のかなたに

作者:土師三良

●白猫のビジョン
 銀世界と化した高原のキャンプ場に人影が一つ。
「巷間に流れる噂によると、この地には――」
 夜空を見上げて呟くのは、厳しい顔付きをした総髪の男。
「――雪でできた猫が降ってきて、暴れ回るという。生ける者の血を啜り、己の白い体を赤く染めるために」
 そう、彼がここに来た目的は『雪猫が降る』という噂の真偽を確かめるためだった。
「周りの連中は『いや、確かめるまでもないっしょ。デマに決まってるじゃーん』とかなんとか抜かして笑っておったが……なにも判っておらん! こういうことは自分の目でしっかりと見極めねばならんのだ!」
 そして、男は猫耳付きのカチューシャを装着すると、にゃんにゃんポーズを取って体を左右に揺らしながら、奇妙かつ間抜けな呪文らしきものを唱え始めた。
「雪猫にゃんにゃん、雪猫にゃ~ん♪ 雪猫にゃんにゃん、雪猫にゃ~ん♪」
 都市伝説のまとめサイトで知った雪猫招来の儀式である。
 呪文の詠唱(?)に集中しているため、男は気付かなかった。いつの間にか、黒衣の女が自分の背後に立っていたことを。
「私のモザイクは晴れないけれど――」
 そう囁きながら、黒衣の女は鍵のようなものを男の背中に突き立てた。心臓のある位置だ。
「――あなたの『興味』にとても興味があります」
「雪猫にゃ……うっ!?」
 なにが起きたのか気付かぬまま、男は倒れ伏した。しかし、死んだわけではない。鍵を刺されたはずの箇所には傷一つついていない。
 そして、倒れた拍子に巻き上がった雪煙が集まり――、
「にゃあーっ!」
 ――大きな白い猫に変わった。
 男の『興味』からドリームイーターが生み出されたのだ。
 
●ベルカナ&音々子かく語りき
「長野県松本市のとあるキャンプ場にドリームイーターが出現しました」
 夜のヘリポートでヘリオライダーの根占・音々子がケルベロスたちに語り始めた。
「ある不思議な噂を調査していた五味村・岩之助(ごみむら・がんのすけ)さんというかたが何者かに襲われまして。その結果、岩之助さんが抱いていた『興味』がドリームイーターとして実体化してしまったんです」
『興味』から生まれたそのドリームイーターは人間サイズの白い猫の姿をしているが、見かけによらず狂暴なのだという。放っておけば、キャンプ場から人里に降りて、多くの命を奪うだろう。
「そういうわけなので、被害が出る前になんとしてもやっつけちゃってください」
「うん。ところで――」
 と、ベルカナ・ブラギドゥン(心詩の詠唱姫・e24612)が頷いた後に尋ねた。
「――岩之助さんが興味を持った不思議な噂というのはどんな内容なの?」
「雪猫という妖怪の噂です」
「雪猫?」
「はい」
 音々子はにゃんにゃんポーズを取り、体を左右に揺らしてみせた。
「件のキャンプ場に行って、頭に猫耳をつけた状態でこういう風に『雪猫にゃんにゃん、雪猫にゃ~ん』と呪文を唱えると、雪でできた猫の妖怪が現れるんだそうです。あくまでも噂ですけど」
『興味』から生み出されたドリームイーターは、自分のことを信じている者や噂をしている者のほうに引き寄せられる性質があるらしい。ケルベロスたち(全員である必要はない)が現地で『雪猫にゃ~ん』の呪文を唱えれば、姿を現すだろう。
 もちろん、呪文だけでなく、にゃんにゃんポーズと猫耳も忘れてはいけない。
 繰り返す。にゃんにゃんポーズと猫耳も忘れてはいけない。
「……それって、なにかの罰ゲーム?」
 ベルカナがぽつりと呟く。
 そんな彼女の声が聞こえなかったのか、あるいは聞こえない振りをしているのか、音々子が明るい声を出して話題を変えた。
「ちなみにそのキャンプ場ではとても綺麗な星空が見られるそうですよ。戦闘が無事に終わったら、皆で天体観測と洒落こむのもよろしいかと」
「綺麗な星空か……そういうのも悪くないけど、他になにか楽しめるものはないの?」
「ありません」
「ないんだ……」
 しょんぼりと肩を落とすベルカナであった。


参加者
ハンナ・リヒテンベルク(聖寵のカタリナ・e00447)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
ケーシィ・リガルジィ(黒の造形絵師・e15521)
咲宮・春乃(星芒・e22063)
ジャスティン・ロー(水色水玉・e23362)
ベルカナ・ブラギドゥン(心詩の詠唱姫・e24612)
トープ・ナイトウォーカー(影操る戦乙女・e24652)
カリュクス・アレース(ごはんをおやつをくださいまし・e27718)

■リプレイ

●星と猫
 天には星が輝き、地には雪が積もり、人には猫耳が生える――そんな冬の夜。
「お星様に願いをかけたら、いつかきっと叶う。あたしはそう信じてるんだ」
 白い息を吐きながら、オラトリオの咲宮・春乃(星芒・e22063)が夜空を見上げた。星に負けぬ輝きを瞳に宿して。
「だから、お星様は大好き」
 しかし、視線が地上に戻ると、瞳から輝きが消えていった。
 寒々しい現実の世界に引き戻されたのだ。猫耳を装着したケルベロスたちの姿を見ることによって。
 その『ケルベロスたち』の中には春乃自身も含まれているのだが。
「思ってたよりも恥ずかしいかも……で、でも、だいじょうぶ! なんとかなるよ!」
 自分を励ます春乃。その傍でウイングキャットのみーちゃんが『なんとかなるのかな?』とでも言いたげな顔をして首をかしげている。
「猫耳までは良いとしても――」
 今にも消え入るような声で呟きながら、オラトリオのハンナ・リヒテンベルク(聖寵のカタリナ・e00447)が右手を招き猫のように曲げてみせた。頬を羞恥に染めて。
「――踊るのはやっぱり恥ずかしい」
「う、うん。恥ずかしいよね」
 ヴァルキュリアのベルカナ・ブラギドゥン(心詩の詠唱姫・e24612)が頷く。
 とはいえ、全員が恥ずかしがっているわけではなかった。
「ハンナお姉様もベルちゃんも一緒ににゃんにゃんダンスの練習しようよ! 楽しいよー! にゃん、にゃん、にゃ~ん!」
「にゃあにゃあ、我こそは天然ネコミミを持つ猫型獣人ウェアライダー! にゃんにゃんポーズはお手のものなのにゃー!」
 ハイテンションでリハーサルをするメイド服姿のジャスティン・ロー(水色水玉・e23362)。自前の猫耳を得意げに動かすチーム最年少のケーシィ・リガルジィ(黒の造形絵師・e15521)。
 その横ではヴァルキュリアのカリュクス・アレース(ごはんをおやつをくださいまし・e27718)が満面の笑みを浮かべている。
「にゃんにゃんにゃ~ん! うふふ。けっこう楽しいですね。トープさんもいかがですか?」
「吾輩はこの種のことに向いてないと思うのだが……」
 仏頂面をしながらも、ヴァルキュリアのトープ・ナイトウォーカー(影操る戦乙女・e24652)は義務的に猫耳を装着した。
 その姿を見て、カリュクスが目を輝かせる。
「あら? とてもお似合いですよー」
「気を使わないてもいい。いや、気を使っているのなら、むしろ『似合ってない』と言ってくれ。この状況は似合っているほうがキツいような気がするから……」
 仏頂面をしている者は他にもいた。
 玉榮・陣内と比嘉・アガサだ。
 ネコ科のウェアライダーである二人は動物変身をして、陣内のウイングキャットとともに琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)の体に張り付いていた。陣内とアガサは左右の肩に、ウイングキャットは頭の上に。
 もちろん、淡雪自身も猫耳を付けている。いや、耳だけでなく、尻尾も付けて、更に猫毛のマフラー(本物の猫の毛が使われているわけではない)を巻くという凝りよう。
「では、いきますよー。せぇーの! 雪猫にゃんにゃん、雪猫にゃ~ん♪」
 四面猫(うち二面は仏頂面)と化した淡雪の音頭によって、雪猫招来の儀式が始まった。
 横一列に並び、呪文を唱え、にゃんにゃんポーズで踊るケルベロスたち。
「雪猫にゃんにゃん、雪猫にゃ~ん♪」
 と、楽しそうに踊る者がいる(ケーシィやジャスティンやカリュクスなど)。
「ゆ、ゆ、雪猫にゃんにゃん、雪猫……にゃ、にゃ~ん♪」
 と、恥ずかしげに踊る者もいる(ハンナや春乃やベルカナなど)。
「……ユキネコニャンニャン、ユキネコニャン」
 と、なんとも言えない顔をして踊る者もいる(主にトープ)。
 そんな中でただ一人、チーム最年長(五十歳)のヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)だけは距離を置いて他人の振りをしていた。女子供に混じってにゃんにゃんポーズを取るなど、プライドが許さないのだろう。吹けば飛ぶようなプライドだが。
 その安いプライドを実際に吹いて飛ばすべく、ジャスティンが声をかけた。
「ほらほら、ヴァオおにーさんも踊ろ? 雪猫にゃ~ん!」
 楽しそうに踊る彼女の頭の上ではボクスドラゴンのピローがにゃんにゃんポーズを取っていた。当然のことながら、ピローも猫耳付きだ。
「ヴァオ様も可愛い猫になりきりなさーい! 一人だけ逃げようたって、そうはいきませんわ! 正直、二十超えた私だって辛いのよぉー!」
 淡雪も(思わず本音を交えて)ヴァオを急き立てる。
「判ったよぉ。でも、踊りだけだかんな! 猫耳は絶対に付けないかんな!」
 不承不承、踊りの列に加わるヴァオであった。
 だが、ただ加わればいいというものではない。『不承不承』を許さぬ淡雪がすぐさま教育的指導を入れた。
「もっとやる気を出して! 可愛く踊ってくださいな! ほら、あかり様を見習って!」
 淡雪が指し示したのは新条・あかりだ。猫耳だけでなく、『性経験が皆無の男子を死に至らしめる衣装』としてネットで話題になっている露出過多のセーターを身に着けている。もっとも、このロケーションでしかも年齢が十歳とあっては、誰も死に至らしめることはできないだろう。性経験の多寡にかかわらず、見る者が抱く第一印象は『寒そう』か『かわいそう』のどちらかだ。

●猫と雪
 そして……。
「雪猫にゃんにゃん、雪猫にゃ~ん♪ 雪猫にゃんにゃん、雪猫――」
「――にゃあぁぁぁ~ん!」
 皆の唱える呪文に野性味溢れる(?)咆哮が割り込み、白い猫型の獣が姿を現した。
 ちなみに儀式を始めてから十数分が過ぎている。
「……なぜ、こんなに待たせた?」
 トープが呟いた。彼女を含む幾人かのケルベロスの顔には疲れと苛立ちの色が滲んでいる。
 その『幾人か』には含まれないケーシィが――、
「雪猫にゃんにゃん、出てきたにゃ~ん♪」
 ――元気よく踊り続けながら、ミミックのぼっくんを雪猫めがけて投げつけた。
 投げられ慣れてるぼっくんは雪猫の前に華麗に着地。蓋を開き、エクトプラズムで出来た武器を掲げた。
「……にゃ?」
 小さな箱型の敵を前にして、首をかしげる雪猫。
 その様子にベルカナが相好を崩す。
「かわいい!」
「確かにかわいいけど――」
 雪猫を睨みながら、春乃がゾディアックソードで守護星座を雪面に描いた。
「――迷惑かけちゃ、めっ、なんだよ!」
「タマ、アガサお姉さん、行きなさい! あ? あかり様と猫様は私の横で良いですからねー」
 陣内とアガサに攻撃命令を出す一方、あかりとウイングキャットには優しい言葉をかけつつ、淡雪が『魔法少女マジカル☆ことみんステッキ』なるライトニングロッドを振った。
 スターサンクチュアリとライトニングウォールの光が前衛陣を包み込む。
 そこにオウガ粒子の光も加わった。白猫の可愛さに心を蕩かせながらも、ベルカナがメタリックバーストを用いたのだ。
 続いて、ジャスティンが『鷹の目(ホーク・アイ)』を発動させた。対象者たちの眼前に眼鏡型の立体映像を出現させて、命中率を上昇させるグラビティである。雪原ということもあって、今回の立体映像はすべてスキーゴーグルの形をしていた。
「あちゃー! メイド服にゴーグルは似合わなかったかも」
 そんなジャスティンの嘆きの声を聞きながら、ゴーグル(の立体映像)をつけた三人娘――ハンナ、トープ、カリュクスが次々と雪猫に攻撃を加えた。ハンナはペトリフィケイションで、トープでフロストレーザーで、カリュクスは旋刃脚で。更に淡雪の命を受けた(喜んで従っているわけではないが)陣内とアガサも動物変身を解き、各々のグラビティを繰り出していく。
「にゃあー!」
 痛みと怒りで興奮し、尻尾を膨らませる雪猫。
 突然、その白い体が黒く染まった。
 ケーシィがブラックスライムの『ドリーマ』を放ったのだ。
「レゾナンスグリードだにゃー!」
「にゃにゃにゃにゃにゃあーっ!?」
 自分の尻尾を追いけるような動きで雪猫は走り回り、『ドリーマ』をなんとか引き剥がした。
 そして、反撃に転じる……と思いきや、体を伏せて、前足で包み込むようにして顔を隠した。『ごめん寝』という俗語で知られるポーズ。
 だが、それはやはり反撃のための挙動だったらしい。あざとい『ごめん寝』が披露されてから半秒も経たぬうちに――、
「いたたたたっ!?」
 ――と、カリュクスを始めとする前衛陣は悲鳴をあげることとなった。
 無数の雪玉が空から降り注いできたのである。
 それらはとても硬く、冷たく、そして、可愛かった。なぜならば――、
「――丸まって眠る子猫の形をしてるんだぁ」
 ダメージに苦しみながらも、顔が綻んでしまうベルカナ。
 その様子をボクスドラゴンのウィアドが睨んでいた。『ルルルルル……』といつになく重苦しい声で鳴きながら。主人の歓心を買っている子猫たち(雪玉だが)に嫉妬しているらしい。
「猫玉に萌え死んでる場合じゃないぞ」
 ベルカナに注意を促しながら、トープが螺旋氷縛波を放った。
 青白い螺旋が雪猫に命中し、白い体表の一部に氷が張っていく。
 そこにハンナが簒奪者の鎌を振り下ろし、絶空斬のジグザグ効果で氷の範囲をさらに広げた。
「痛くして、ごめん、ね……」
「でも、痛いのは最初のうちだけ! すぐに気持ちよくなりますわー!」
 ハンナの申し訳なさそうな声を妖艶な哄笑でかき消し、淡雪が鞭状のスライムで雪猫を打擲した。『夜のお仕事(ヨルノオタノシミ)』というグラビティである。
「ふにゃあ!? みゃあ~ん! ふみゃあぁぁぁ~ん!」
 尻尾の付け根の辺りを何度も叩かれ、悩ましげな声をあげる雪猫。苦しんでいるのか、喜んでいるのか、よく判らない。
 しかし、ベルカナのヴァルキュリアブラストとぼっくんのエクトプズムの攻撃を立て続けに食らうと、鳴き声から喜悦の響きが消えた。
「しゃあぁぁぁーっ!」
 怒れる雪猫は威嚇の声を発し、尻尾を今まで以上に膨らませると――、
「にゃん!」
 ――またもや『ごめん寝』を披露した。ネコの一つ覚え。
 子猫型の雪玉群が再びケルベロスの前衛陣に降り注ぐ。
 だが、それらの痛みに耐え(ると同時に愛らしさに魅せられ)ながら、ジャスティンと春乃が反撃した。
「ちょっと可哀想だけど――」
「――お星様になってね」
 ジャスティンの縛霊撃に拘束され、春乃にスターゲイザーを打ち込まれると、雪猫は『ごめん寝』のポーズのままで固まった。防御の構えを取っているつもりなのかもしれない。
 その可愛い(だけの)構えを打ち破るべく、カリュクスが日本刀『θανατοσ・μαυρο・αναλαμπη』で破鎧衝を見舞った。
「さようなら」
 別れの言葉とともに刃が振り下ろされる。
 雪猫は一瞬にして幾億もの粉雪に変じた。
 そして、風もないのに飛散し、周囲の雪面と混じり合い、ケルベロスたちの前から消え去った。

●雪と星
「どうぞ、ヴァオ様」
 これ以上はないというくらいの良い笑顔を浮かべて、淡雪は自分が付けていた猫耳と尻尾をヴァオに差し出した。
「猫耳姿を写真に撮って、娘さんたちに送ったら、きっと受けますわよー」
「やったー! サンキュー!」
「……え?」
 まさかの好リアクションに『良い笑顔』のまま固まってしまう淡雪。
 彼女の前でヴァオは嬉々として猫耳と尻尾を装着していく。吹けば飛ぶようなプライドは本当にどこかに飛んでいってしまったらしい。
「いやー、おまえらと一緒ににゃんにゃんダンスを踊ってたら、なんかハマッちゃったわー!」
「……」
「あ、そうだ。娘たちだけじゃなくて、別れた女房にも写メを送ってやろうっと。猫耳を生やした俺の可愛さに惚れ直して、復縁ってことになっちゃうかもなー。なはははははは!」
「復縁どころか、完全に縁を切られる未来しか見えませんわ。あと、『写メ』はもう死語らしいですよ」
 硬直した笑顔のままで淡雪が忠告するも、ヴァオは聞き入れることなく、楽しげに自撮りを始めた。雪原で自らの猫耳姿を撮影する五十路のバツイチ男――あまりにも痛々しい光景である。
 そこに本来の意味の痛さも加わった。再び動物変身をしたアガサがヴァオの肩に飛び乗り、寒さを紛らわせるために激しい猫パンチを見舞い始めたのだ。
「いたたたたた!? なにすんだよぉー! そんな風に爪を立てちゃったら、もう猫パンチじゃないから! 猫パンチじゃなーいーかーらー!」
 一方、陣内のほうは動物の姿には戻らず、例のセーターを着たあかりにコートをかけてやっていた。
「薄着をするにはちょっと早かったね」
 と、あかりはウイングキャットを抱きしめ、ついでに陣内にもぴったりと寄り添って、二人(と一匹)だけの世界をつくった。
 その横には別の『世界』が築かれていた。こちらの住人はハンナとゼノア・クロイツェル。あかりたちと同じように体を寄せ合い、一つのストールを二人を羽織っている。
「これ、風邪をひかんように飲んでおけ」
 ゼノアが保温水筒をハンナに差し出した。中身は濃い緑茶だ。
「口に合うかどうかは知らんが……」
「ありがと」
 ゼノアの厚意に微笑を返し、ハンナは緑茶をすすり始める。
「皆さん、おやつはいかがですか? 緑茶には合わないかもしれませんが、クッキーを用意して参りましたの」
 と、仲間たちにクッキーを配って歩いているのはカリュクスだ。
 クッキーはすべて猫の形をしていた。種類も豊富である。黒猫、虎猫、三毛猫、それに――、
「――白猫もありますよ。どれも可愛いでしょう?」
「うむ。可愛いし、美味い……しかし、体が冷えてしょうがない。星空も良いが、どこか暖がとれる場所に行かないか?」
 震えながら、トープが提案した。歯の鳴る音が声に混じっている。
「どこにも行く必要ないにゃ! にーちゃんの差し入れを食べれば、すぐにあったまるにゃー!」
 ケーシィが皆の前に元気よく駆け込んできた。兄のディクロ・リガルジィとともに。食欲のそそる芳香を漂わせながら。
「差し入れ?」
「うん。冷えるだろうと思って――」
 聞き返したトーブにディクロが頷き、左右の手に持った飯盒を掲げてみせた。その二つの飯盒こそが芳香の源泉だ。
「――カレーうどんを作っておいたんだ。ピリ辛風だけど、女の子が食べれないほどの辛さじゃないよ」
 ケーシィが皆に紙カップと割り箸を渡し、ディクロがカップにカレーうどんをよそっていく。
 そして、ささやかながらも温かいカレーうどんパーティーが始まった。
「ほくほくにゃー! ほっくほくにゃー!」
 カレー汁を撒き散らして四方の雪面に染みをつくりながら、兄の手料理を満喫するケーシィであった。

 心づくしの差し入れで体を温めた後、ケルベロスたちは改めて星空を観賞した。
「冬の夜空は、お星様がよく見えるよね」
 眠たげな顔をしたみーちゃんを抱きしめて、天を見上げる春乃。
 彼女の傍らにある物にベルカナが目を止めた。
「これは……望遠鏡?」
「うん。山の上の天文台で出会った望遠鏡を模してつくったの」
『見つけた』ではなく、あえて『出会った』という言い方をする春乃。その天文台の望遠鏡がダモクレス化していたということは告げなかった。
「ぼーえんきょー? ちょっと貸してにゃー」
「俺もぉ! 俺も見たい! おーれーもぉー!」
 取り合うようにして望遠鏡を覗き込むケーシィ(八歳)とヴァオ(五十歳)。
 そんな二人の横で天を仰ぎ続けながら、春乃は呟いた。
「雪猫ちゃんは、お星様になれたかな?」
「たぶん、なれたと思う」
 そう言って、ハンナが夜空に手を伸ばし、指先で星を繋ぎ始めた。
 同じストールにくるまっているゼノアがその動きを視線で追い、幻の星座の形を記憶に刻んでいく。狂月病のせいで夜空を恐れていたこともあったが、それは過去のこと。今の彼は心穏やかに星を眺めることができる。
 ベルカナもまた魅入られたように空を見上げていたが――、
「ベルちゃん! 雪遊びしよっ、雪遊び!」
 ――雪玉を転がしている(猫型の雪だるまを作ろうとしているのだ)ジャスティンに声をかけられ、我に返った。
「雪遊びか……うん、いいわね。だけど、もうちょっと星を見ておきましょうよ。今度はもっと近くで」
「近く? ……って、うわ!?」
 ベルカナにいきなり抱え上げられ、ジャスティンは驚声を発した。
「いくわよ」
 ジャスティンを抱きかかえたまま、光の翼を広げるベルカナ。
 次の瞬間、二人の姿はそこから消え、光の粒子が混じった薄い雪煙だけが残された。
 夜空に舞い上がったのだ。
 主人たちを追い、ピローとウィアドも慌てて飛び上がった。

「きゃっほぉーい!」
 驚声を歓声に変えて、ジャスティンはベルカナの腕の中ではしゃぎ回った。時には星を掴み取ろうとするかのように手を伸ばし、時にはベルカナの顔を見て微笑みかける。
(「私にもお友達ができたのよ」)
 友のぬくもりを感じながら、ベルカナは心の中で語りかけた。
 ここにはいない想い人に。
(「貴方にも紹介したかったな……」)
 ジャスティンを抱いて、ベルカナは星空の下を翔け続ける。
 その後方ではピローとウィアドが翼を必死にはためかせていた。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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