糖芸菓子の妙

作者:柊透胡

「あなた達に使命を与えます。この界隈に『糖芸菓子』を作る職人が居るようです。その人間と接触し、その仕事内容を確認・可能ならば習得した後、殺害しなさい。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
「畏まりました、ミス・バタフライ」
「一見、無意味とも取れるこの任務も、巡り巡れば、地球の支配権を大きく揺るがす事になるのですね」
 跪いて応じる道化師風の少年と何本ものナイフを腰に佩く少女を見下ろし、螺旋の仮面を着けたマジシャン風の女――ミス・バタフライと呼ばれた奇術師めいた扮装の螺旋忍軍は、悠然と頷く。
「その通りよ、カナタにコナタ。2人共、期待していてよ?」
 やはり仮面で素顔を隠した2人は、跪いたまま、夜闇に溶け入るように姿を消す。
 ミス・バタフライも又――しんしんと凍りつく冬の空気が微かに揺らぎ、無人となった路地裏に粉雪混じりの夜風が吹き過ぎた。

「……なるほど。和菓子のウェディングケーキ、という訳ですか」
「披露宴に於いて、新郎新婦がケーキカットの代わりに懐紙などに盛付け、招待客に配ったそうですよ」
 知識欲が擽られたのか、興味津々の面持ちのオラトリオの青年。感心したように頷けば、鷹に似た翼と黒髪を彩る赤い縷紅草の花がひらりと揺らぐ。
「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 改めてヘリポートに集まったケルベロス達に向き直り、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は静かに口を開いた。
「ご存知の方もいらっしゃると思いますが……ミス・バタフライという螺旋忍軍の一件となります」
 ミス・バタフライが起こそうとしている事件は、直接的には大事では無い。しかし、巡り巡って大きな影響が出るかもしれないという、ある意味、厄介な事案となる。
「今回狙われたのは、京都の和菓子職人です。『糖芸菓子』を専門としているそうです」
「何だか珍しいお菓子みたいで、気になっていたのですが……案の定、でしたね」
 仕方ないとでも言いたげに、ルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)は微苦笑を浮かべている。
「カナルさんの懸念が、私の案件にヒットしましたので、皆さんに集まって戴いた次第です」
 和菓子の一種である『糖芸菓子』は、本物と違わぬ程、精巧に作られた飾り菓子。雅なる花鳥風月を、有平糖や干菓子で表現する。
「平安時代からの技術を集約した『京菓子の最高峰』とも言われています。ターゲットの京菓子職人の名前は、桧垣・靖(ひがき・おさむ)。婚礼用の糖芸菓子を手掛ける老舗で修業して、最近独立したそうです」
 ミス・バタフライの命を受けた螺旋忍軍は、珍しい職業の一般人の所に現れて、その仕事の情報を得たり、或いは、習得した後に殺そうとする。
「この事件を阻止しないと、謂わば『風が吹けば桶屋が儲かる』そのままに、ケルベロスの皆さんが不利な状況に陥ってしまう可能性が高いのです」
 勿論、デウスエクスに殺される一般人を見逃す事は出来ないだろう。
「皆さんには、桧垣さんの保護とミス・バタフライ配下の螺旋忍軍の撃破をお願いします」
 桧垣・靖は、京都府の山麓に『ひのき庵』という京菓子工房を構えている。
「基本は、ターゲットの桧垣さんを警護、現れた螺旋忍軍と戦う事になりますが……事前に避難させると、敵も標的を変えてしまいます。そうなると、結局、被害を防げなくなってしまいますので、お奨め出来ません」
 幸い、ケルベロスも、事件の3日くらい前からターゲットの一般人に接触する事が出来る。事情を話すなどして仕事を教えて貰えば、螺旋忍軍の狙いをケルベロス達に変えさせる事ができるかもしれない。
「囮になるには、見習い程度の力量は必要です。『京菓子の最高峰』ですから、かなり頑張って修行しなくてはならないでしょう」
 尤も『見習い程度』の腕前ではあるから、全てを完璧に習得する必要は無い。花一輪、葉一枚、或いは小鳥一羽、小物であっても何か1つ完成させれば十分だ。ケルベロス達で合作するのも良いかもしれない。
「囮になる事に成功すれば、訪ねて来た螺旋忍軍に技術を教える修行と称して、有利な状態で戦闘を始める事が出来ます」
 配下の螺旋忍軍2体を分断したり、一方的な先制攻撃などが可能となる訳だ。
「デウスエクスにも、ケルベロスと同じく『眼力』はありますが……一芸に秀でた一般人も似たようなものと思い、特に怪しまずに接触してくるようですね」
 螺旋忍軍は、10代後半の少年と少女の姿をしている。
「少年は道化師で、ラッパを吹き鳴らして攻撃します。少女はジャグラーのようですね。ナイフが武器です」
 工房自体はそんなに広くないが、表は車が数台停められる駐車場となっており、裏庭もある。うっすらと雪化粧しているが、外の方が戦い易いだろう。
「バタフライエフェクト、ですか……面倒ですね」
 小さく溜息を吐き、眉を顰めるルイ。同様の面持ちの創だが、ケルベロスに寄せる信頼は常と変わらない。
「物事には何らかの『発端』があるものです。その『発端』の時点で阻止すれば、それ以上の問題は起こりません」
 つまり、螺旋忍軍を倒して狙われた人を助ければ良いのだ。やる事はいつもと変わりない。
「そう言えば、もうすぐバレンタインデー。風変わりな菓子の贈り物も、乙なものかもしれませんね」


参加者
秋草・零斗(螺旋執事・e00439)
ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)
水無月・一華(華冽・e11665)
ルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)
ティスキィ・イェル(ひとひら・e17392)
ゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)
ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)
ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)

■リプレイ

●糖芸菓子工房「ひのき庵」
 山麓の家屋は真白の漆喰が冬の陽射しに眩く、「ひのき庵」と記された看板もまだ新しい。
「糖芸菓子、初めて聞きました」
「作品を御覧になったら、きっと驚かれると思います」
 小首を傾げる水無月・一華(華冽・e11665)に、静かに答えるルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)。糖芸菓子は以前より興味があったが、落ち着いた物腰で呼び鈴を鳴らす。
「どちら様でしょうか?」
 奥から現れたのは、生成り甚平姿の40代の男性。温厚そうな彼が糖芸菓子工房「ひのき庵」の主、桧垣・靖だろう。
「突然、大人数で申し訳ありません」
 丁寧に会釈したベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)は、ふと飾り棚に目を留める――竹細工の鳥篭に、鶯が1羽。
「これは……」
 碧眼を見開くベルカント。ゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)も、緑柱石の瞳を輝かせる。
「もしかして、糖芸菓子?」
「ええ。鶯も鳥篭もそうです」
 精緻な造作に、揃って息を呑んだ。
「美しい技術ですね……」
「こんなに素敵な技は、決して奪われてはなりませんわ!」
 敵も見る目があると、逆に感心してしまう。一華の決意に、ベルカントも否やは無い。
「盛り上がっておる所すまんが、そろそろ、事情を話す方がいいかのう?」
「そうですね……桧垣さん、私達はケルベロスです」
 ムフロンのような太角が揺れる。ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)に促され、ルイは改めて自己紹介。だが、靖は怪訝そうか。
「ケルベロスの皆さんが、如何なる御用でしょうか?」
「失礼。靖様、とお呼びしても?」
 秋草・零斗(螺旋執事・e00439)の言葉に、返答は短く「お好きなように」。
「では、靖様、あなたは螺旋忍軍に狙われています」
 3日後、螺旋忍軍2名が靖の技術と命を狙ってくる事。靖を守る為に、ケルベロスが来た事。
「驚かれたやもしれません。ですが必ず、お守り致します」
 表情を強張らせた靖を気遣う一華。
「桧垣さんも糖芸菓子の技術も、必ずね」
 ケルベロス自らが『囮』となる為、修行させてほしいとティスキィ・イェル(ひとひら・e17392)は頼む。誰かの役に立ちたいと、いつも懸命な少女は真剣な表情。
「3日間、ですか……」
 靖は考え込んでいる。確かに『京菓子の最高峰』とされる技術を学ぶには、短期間過ぎるかもしれない。
(「伊達や酔狂じゃねぇって、判って欲しいがなぁ」)
 左目は閉じたまま、右目も眇めるローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)。下手に口を挟んで事を荒立てぬよう、成行きを見守る。
「無理を押して、頼み申す。糖芸菓子については、儂も文献に目を通したが……一筋縄でいかぬのは承知の上」
「先生を危険に晒さない為にも、頑張りますから!」
 ゼーが重々しく頷けば、熱意溢れるゼルダとテレビウムのあるふれっどが拳を握る。
「修行出来るのでしたら……わたくし、お花が作れるようになりたいです」
 短期間だからこそ、何を学びたいかという意識は大事。形を成した一華の意気込みに、靖は漸く表情を和らげる。
「判りました。こちらこそ宜しくお願い致します」

●題材と真摯に
 早速、座敷に通された。
「皆さんは、糖芸菓子についてどの程度ご存知ですか?」
 靖の問いに、顔を見合わせるケルベロス達。
「糖芸菓子は……山水花鳥風月を表現した飾り菓子の事じゃな」
 専門書の内容を思い出してゼーが答えれば、靖は徐に頷き返す。
「歴史を遡れば、江戸時代の神社仏閣、大名への献上菓子が始まりでしょう。当初は干菓子として、鑑賞しながら賞味されていたようです」
 時に資料も交え糖芸菓子の歴史について教えられた。やはりミス・バタフライ絡みでシュガークラフトや和菓子の正月飾りを習ってきた零斗は、技術を目で盗む気概であっただけに些か拍子抜けか。
「――ですから、糖芸菓子は菓子作り全ての技術を駆使します。併せて、自然風物を写実的に、芸術性豊かに表現する為、絵の素養や緻密な観察力が必要です」
 続いて、紙と鉛筆が配られた。
「3日という短期間です。何か1つ、作ってみましょう。まず、デザインは出来るだけ細密に。図鑑や写真集、裏庭をよく観察して下さい」
 短期間故に、靖は『目で技術を盗む』という悠長を待たず、技術習得の筋道を立てようとしているようだ。
(「雪の中で咲く……椿の花にしましょうか」)
 純白に鮮紅をイメージしながら――零斗は、明確な象を結ばない事に愕然とした。人の認識とは曖昧なもの。早速、写真集に手を伸ばす。
「春の花が似合う大切な方に、わたくしが作った花を見せたいのです」
 桃の花が作りたい一華。様々な角度の写真を見比べている。
 一方、ルイの題材は梅の花。騙し絵のような不思議なデザインを描く。
「掛け軸を背景にして、その一部が菓子で飛び出すイメージでしょうか」
「面白い趣向ですね」
 ルイのアイデアを、愉しげに褒める靖。
「狙いは判りました。次は菓子で作る花を、色々な角度から描き出してみましょう」
 糖芸菓子は立体だ。実物をよく知るのは非常に大事。
「デフォルメもアレンジも、本物を知ってこそです」
(「まずはしっかりと観察、なのね」)
 梅は百花の先駆けならば、ゼルダもその花枝を描いている。ふと顔を上げれば、窓の外に黄色いフードがピョコピョコと。
「私がお菓子の修行の間、お婿さんはかくれんぼの修行ね」
 手を振るとテレビ画面が笑み満面。満足したのか、すぐテレビウムの影は遠のいた。零斗のライドキャリバー、カタナもいる待機場所に戻ったのだろう。
「ひとひらとて奥が深い」
 ゼーの『花』は、桜の花弁。初訪日の際、目を奪われた繚乱の光景が脳裏に焼き付いている。
「このひとひらで、この国の人々は、喜びも悲しみも表現するそうじゃからなぁ」
 たかが一片、されど一片。老眼鏡を掛け、スケッチに余念が無い。
「優しい作品にしたいな」
「大丈夫ですよ。頑張りましょう」
 ベルカントとティスキィは合作。白椿と紅椿、並べばきっとおめでたい。
(「大事な義妹の前では手は抜けませんしね」)
 本来は物ぐさなベルカントも、熱心なティスキィに触発され、裏庭に咲く白椿を丁寧に写生する。
(「確かあいつのファミリアは……」)
 唯一、小鳥を題材にしたローデッドは、駒鳥を描きながら記憶を辿る。姿だけなら、資料を確認した方が正確だろう。本来、駒鳥は橙褐色だが、友の相棒の青い羽衣はローデッドの記憶の中だけに在る。
 ――斯くて、初日は日暮れまで、紙面を走る鉛筆の音がひのき庵に充ちていた。

●糖芸菓子の妙
 修行2日目は、糖芸菓子の生地作り。
「くもひら?」
「うんぺい、です。京都では生砂糖とも」
 「雲平」という言葉に首を傾げるローデッドに答え、靖は材料を見せる。
「砂糖に寒梅粉を混ぜ、水を加えて揉んでいきます」
 寒梅粉とは、糯米をついて薄く延ばし色を付けずに焼き粉末にしたもの。砂糖に混ぜて捏ねると粘りが出る。
「よく揉んだ所で、色付けです。着色料はこちらをどうぞ」
 習うより慣れよで、雲平作りに挑戦するケルベロス達。塩梅を見て生地をよく揉む。只管揉む……。
「何か硬くなったんじゃが」
「時間が経つと、生地が締まりますので気を付けて」
 それは先に言って欲しかった……思わず苦笑するゼーだが、めげず再挑戦。そうして、上手く揉み纏めれば、密閉容器で暫く寝かす。
「先生、それは?」
 一段落してホッとしたゼルダは、湯気立つボウルで作業する靖に興味を持つ。
「あんぺいですね」
「よくご存知です」
 元より、ルイは洋菓子のみならず和菓子も普段から作っている。基礎となる生地は覚えもあろう。
 白並餡、上白糖、上用粉、羽二重粉を合わせて蒸し、熱い内に揉んで再度蒸す。手早く纏めて冷ましたのが、餡平だ。
「雲平はキメが細かくて作業もし易いですが……乾きが早く割れ易い。餡平は逆に乾きが遅く、乾燥前なら曲げても割れません」
「なるほど。それぞれ特徴を活かす訳ですね」
 雲平は花弁や葉、餡平は木や蔓などと使い分けるという。和菓子ならではの技術に、零斗は感心したようだ。
「カラフルですわね」
 1日かけて作り上げた色とりどりを見下ろし、一華はしとやかに灰の双眸を細める。
「明日が楽しみです」
 雲平と餡平の作り方をメモしながら、穏やかに微笑むベルカント。紅緋の瞳を輝かせ、ティスキィも大きく頷いた。

 修行3日目。いよいよ、お楽しみの造形だ。
 ケルベロス達の前には、それぞれの題材に合せた見本の糖芸菓子。雲平や餡平の他に、抜き型や道具が並ぶ。全て菓子で出来ている、と言いたい所だが……その実、木や葉の芯は針金だし、針金同士を繋げるのに糸や接着剤も使うようだ。
 明日には螺旋忍軍も現れる。朝食もそこそこに、作業を始めるケルベロス達。
(「シュガークラフトの技術を応用できるでしょうか?」)
 比較的慣れた手つきで雲平を扱う零斗。紅椿は上手く出来そうだが……問題は雪の方。湿気で萎んだり固まってしまう綿菓子は不向きとすぐ実感した。
「ザラメ糖か、餡平を使ってみましょうか」
 靖の助言に頷き、試行錯誤で思い描いた世界観を創り上げていく。
「あつッ!?」
 指先の熱さに思わず飛び上がるティスキィ。紅椿の組立てには蒸気を使う。雲平に蒸気を当てると柔らかくなり、ノリ状になった所でくっつける。この塩梅が相当に難しい。
「届け、絢爛たる花の導き」
 差し向かいで、対の白椿を作っていたベルカントが小声で歌う。
「もう大丈夫ですよ」
「ありがとう、ベル兄」
 癒しの魔曲に火傷の痛みが和らぐ。ホッとした義妹に表情に、青年は変わらぬ微笑を浮かべる。
 葉から始めて、花弁を1枚ずつ――2人で協力すれば、難しい花芯にもくじけない。写実的に、けれど菓子ならではの遊び心も忘れずに。
「桧垣殿はこの子達にどんな想いを込めておられるのかのぅ?」
 見本の花弁は、繊細な色合いの桜色。本物と見紛うその薄さに、ゼーは改めて感服する。
「桜は、日本人の特別ですから」
「なるほど。繊細であり深き世界観、儂はその一端に触れさせて頂いたのじゃな」
 喜び多き事を願い、雲平を丁寧に延ばすゼー。型抜きして花弁の筋を引けば完成だが……まず均等に薄く薄く延ばす難しさ。
「実に修行のしがいのある」
 ともすれば、乾いてひび割れる繊細な雲平の扱いに、悪戦苦闘する。
(「私も、ゼーおじさまに負けてられないわね」)
 一心不乱な竜人の背中を見やり、ゼルダは再び手元に集中する。
 老獪なる武将という風情のゼーは、亡くなった養い親に似た年頃と雰囲気。今日の花枝も、甘味を好む彼に贈りたくて。
(「先生のようには、いかないけれど」)
 見本と比べて零れる溜息。でも、込めた気持ちはきっと負けない。
「……あ、重過ぎましたか」
 ルイの騙し絵も、梅の枝は糖芸菓子で作る。基本に忠実に、雲平で花を、餡平で枝を――掛け軸に貼り付けるので、自重で崩れぬよう特にバランスに注意する。
「桧垣様、これはどのように?」
 ここまで来て、不器用と言ってる場合ではない! 精一杯、指先まで神経を尖らせる一華の横顔は、常の笑みも鳴りを潜める。
「ありがとうございます。とても上手に出来ましたわ!」
 桃の花弁は桜のような切込みは無く、梅より縦長の楕円。靖のお手本に、見よう見真似で、まずは一片。
「銀細工とは、また勝手が違うな……」
 唯一、小鳥を作るローデッドは、細かなパーツを眺めて頬を掻く。
 駒鳥について、鳥の図鑑から羽根の枚数や動きに至るまで、未知を知に変えるのは正直楽しかった。芯にバルサ材を用い、菓子材に包まれたパーツは今や組立てを待っている。
 使う道具は、いっそプラモデル作りにも似て。だが、力を込めれば容易く砕ける菓子材を慎重に扱うコツを探りながら、試行錯誤する。何かと気遣ってくる友人の喜ぶ顔を、思い浮かべながら。
 ――その日、ひのき庵は深夜を過ぎても明かりが消える事はなかった。

●発端の終焉
 靖の前に並ぶ、糖芸菓子の数々。ケルベロス達の奮闘の成果だ。
「上出来です、皆さん素晴しい」
 強いて佳作を選ぶならと請われ、靖が選んだのは――ゼーの花弁。只管に雲平の薄さを追求した繊細な仕上がりが評価された。
 靖が避難して程なく――果たして訪れた面妖なる2人組を、ケルベロス達は何食わぬ顔で迎える。
「写真の見比べか、実物探しか、2人で片方ずつは如何?」
 にこやかな一華の言葉に、顔を見合わせる2人。実践を交えて技術を教えると、ティスキィが先生役のゼーと零斗を紹介すれば、ジャグラーの少女はその気になった模様。
「同じくらい、実物の観察も大事なんですよ」
 ベルカントの言葉にそんなものかと頷いた道化師の少年は、疑う様子もなく青年の後に続いた。
 駐車場のギリギリ外れまでカナタを誘い、ルイは逡巡する。恐らくこの位置でも戦騒の音は聞こえるだろうが、下手に勘付かれる前に。
「結びし誓約の元、我が呼びかけに応えよ。東方を守護せし者、東海青龍王敖広」
 ルイの剣に宿る雷光が、先制して少年を縛る。
「騙したな!」
「はて、何の事やら。あなたの最初で最後の修行場はここですよ」
 冷ややかに言い放ち、一華の淀みない雷刃突が奔る。ゼルダのブレイブマインが炎上するや、待機の鬱憤を晴らすようにあるふれっどが突撃した。
「糖芸菓子の素敵な歴史を断たせる訳にも、貴方達に利用させる訳にもいかないの」
 冬空の下、天花演舞曲を歌い上げるベルカント。ティスキィの轟竜砲に続き、獣撃拳を繰り出したローデッドは獰猛に吐き捨てる。
「ハッ、ワビサビの欠片も解さねェテメェらに技術はやらねェよ。その計画、へし折らせて貰うぜ」
「うるさい!」
 ――――!!
 轟くラッパの音にハッと顔を上げ、螺旋忍軍の少女は身を翻す。
「さて、どのようなものが作りたいのじゃ?」
 屋内の戦闘は避けたかったが仕方ない。逸早く扉の前に立ち、地獄の炎撃を叩き付けるゼー。
「どけ! ジジイ!」
 叫ぶコナタのナイフが閃く。その斬撃を零斗が庇う。

「逆巻く時の渦よ、顕現せよ――」
 零斗の時戻しの陣と同時に窓を突き破り、突入したライドキャリバーが少女を轢き潰す。
 ――カナタを倒した仲間が駆け付けるまで、2人と1台は駐車場へ通じる扉を死守した。

 納刀した一華の愛刀『護青』の鍔が静かに鳴る。首尾よくコナタも倒せたが、ルイは思わず溜息を吐いた。
「……はぁ、仕方ありませんね」
 荒れた工房を靖に見せるのは忍びない。早速ヒールする零斗。ローデッドも文句を言いつつ片付ける。
「良かった。これは壊れてないね」
「我々では見習いが精一杯ですが、ずっと繋いで欲しい技術です」
 飾り棚の鶯の無事にティスキィが笑み零れれば、ベルカントも鷹揚に頷いて。
「ゼーおじさまもお疲れ様」
 ゼルダが差し出した梅枝に目を細め、ゼーは嬉しそうに感謝を告げた。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。