黄金の翼は闇夜に踊る

作者:文月遼

●狩人は笑う
「さァて、この辺りでいいかな?」
 誰も使わなくなって久しい廃ビルの屋上。そこにいるのはティーンエイジャーと呼んでも差し支えない少女だった。制服を思わせる衣服に身を包み、ツインテールに結った金色の髪と、その奥にある青い瞳。その背中には、髪と同じ色の翼のようなものが生えている。そんな超然とした少女が夜風を浴びてボロボロの鉄柵に身を預ける姿は、さながら青春映画の1シーンのように決まっている。
 けれども、隣にある巨大なライフルが、彼女の異質さを際立たせる。
「そろそろいーかな」
 そうぼやきながら、少女は照準器を覗き込んで、ビルの下にある通りを見下ろした。時刻は深夜と言うこともあって人通りはほとんど無い。
 少女が見たのは、通りを歩く一人の男だった。くたびれたスーツに、生気のない表情。少女はそれを見て、ゆっくりと引き金に指をかける。
「今日もお勤めご苦労さん。そしておめでとう。今日を以て長期休暇をくれたげる……なーんて」
 ばすん、というくぐもった、小さな銃声が響く。それに遅れて、男の頭が吹き飛んだ。数歩よろよろと歩いたのち、ようやく肉体が機能を止める。痙攣に合わせて、血が噴水のように噴き出す。
「まずは10ポイント。ヘッドショットで5ポイント」
 がしゃん、とレバーを引いて、少女はライフルに次弾を装填する。再び照準器を覗き込み、今度は路肩に停車してある車を撃つ。燃料タンクを撃ち抜き、激しい音と共に爆発を起こす。
「早く来なって、正義の味方諸君……モタモタしてると、通りが真っ赤になるかもよ」
 少女は燃える炎を眺めながら、ちろりと唇をなめた。

●小さな遊撃手
「お前たちも知っているだろうが、ゴッドサンタの予言していた指揮官型のダモクレスによる侵攻が活発化しつつある。俺が視たのは、その内の一体、『イマジネイター』の指揮下にあるダモクレスだ」
 集まったケルベロス達を前に、フィリップ・デッカード(ハードボイルドヘリオライダー・en0144)は手短に告げる。指揮官型の多くは、ある一定の特徴を持つダモクレスや、作戦に適切な部隊を編成し、侵攻作戦を行っている。しかし、『イマジネイター』はそうではない。
 指揮下にあるダモクレスに一貫した特徴や作戦プランは存在しない。要ははぐれ者、規格外のイレギュラーが、好き好きに活動しているのだ。
「指揮下のダモクレスの一体は深夜、ビルの屋上で通りの人間を狙撃している。グラビティ・チェインの収集にしては時間帯がズレている。恐らく、お前たちを誘い出すのが目的だろう」
 フィリップは続けて、くしゃくしゃの航空写真と赤いマーカーペンを取り出す。そこに写っているのは、地方都市の駅前の通りだ
「襲撃が予知できた地点は、この辺りだ。ここにある廃ビルの屋上に陣取って、手当たり次第に狙撃を行っている」
 通りかかった一般人、路肩に停めてある車。狙いに一貫したものはない。時間が時間とは言え、見過ごせば被害は大きくなる。そして、ケルベロスが動かなければ、それはそれとしてグラビティ・チェインを奪って場所を変え同じことを繰り返す算段と推測できる。
「襲撃を行うダモクレスの名前はエルナ・トゥエックス。詳細は不明だがELUNAシリーズと呼ばれるダモクレスの内の一体だ。見た目はそこらの子供と大差ないが、油断は禁物だ」
 外観は10代前半程の若い少女の姿を模しているが、その武装は華奢な体躯に似合わぬ、銃剣つきの巨大な対物ライフル。そして人型の素体の中に仕込んだ小型ミサイル。奇を衒わず、ミドル、ロングレンジからの範囲殲滅と狙撃に特化している。
「何より厄介なのは背中の推進機関だ。機動性は生半可なダモクレスとは比べものにならない。幸い、彼女の気質は外見通りだ。手強いが、手の打ちようはある」
「外見通り?」
「慢心、油断。例える言葉はいくつもある」
 首を傾げるザビーネ・ガーンズバック(ロリポップヴァルキリー・en0183)に。フィリップは淡々と答える。
 エルナ・トゥエックスは子供だ。恐れを知らず、自分が絶対の強者であると信じ、ゲーム感覚で無邪気に他人を見下し、蹴落とし、それに快感を覚える。その傲慢さに付け込めば、勝算はある。
「エルナ・トゥエックス……見た目が子供だからって、手加減する必要はない。気を抜くなよ」
 フィリップはそう言い残して、ヘリオンへと向かう。言葉は普段通り冷静なそれだったが、素体が人間のそれであるという情報に、少しだけ複雑な感情を覚えなくもないようだった。


参加者
エルナ・トゥエンド(主求めし機械少女・e01670)
千手・明子(犬の天稟・e02471)
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)
ハインツ・エクハルト(光鱗の竜闘士・e12606)
伊・捌号(行九・e18390)
セデル・ヴァルフリート(秩序の護り手・e24407)
櫂・叔牙(鋼翼骸牙・e25222)
レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)

■リプレイ

●ジャッカルの夜
 その夜は、ひどく静かだった。すでに電車の終電も終わったような時間。申し訳程度にコンビニやチェーンのレストランの光が窓の隙間から漏れている程度で、あとは点滅した信号機と頼りない電灯が地上を照らしている。そして、十数階ほどの高さにもなれば、まともな照明はどこにもない。窓から差し込む微かな月の光さえ、ケルベロス達のたよりだった。
「この先に、あなたの……」
 千手・明子(犬の天稟・e02471)は隣に立つ、淡い桃色の髪の少女を見て静かに呟いた。少女は答えず、ぎゅっと彼女の手を握る。
「……どうしたの? まさか、恐くなっちゃったとかかしら?」
 冗談めかしたその言葉に、エルナ・トゥエンド(主求めし機械少女・e01670)はふるふると首をふる。
「エルナ達は……マスターを……守る時……性能を発揮、できる……から。姉妹機……と、戦うには……マスターは……」
 普段よりも口数の多い彼女の様子に、明子は手を握り返す。ここまできて、拒絶するにはあまりに多くの時間を共に過ごし過ぎた。
「話がまとまった所で、みなさん、準備はいいっすか?」
 屋上へ続く階段を登り、ドアの前に立って伊・捌号(行九・e18390)は振り返る。ケルベロス達が頷いたのを見て、捌号――伊九は思い切りドアを蹴り破る。アルミ製の薄いドアが一気に外れ、冷たい外気がひゅうと音を立てる。狭いドアを抜けて、ケルベロス達は屋上へと飛び出した。
 視界に映るのは、屋上の枠に対物ライフルを載せ、光学照準器を覗き込みながら鼻歌を歌う金髪の少女。肩甲骨の辺りにせり出した、二つの機械が彼女が異形の存在であることを際立たせる。
「お? 遅かったじゃん。いや。早かった? まずは二、三人ブッ殺しておこうと思ったんだけどさ。まー、歓迎するよ、正義の味方諸君!」
 エルナ・トゥエックス。イマジネイターの従えるイレギュラーたちの一角。人を殺すことにまったくもって現実感を感じていない、無邪気なその物言いに、ケルベロス達は微かに眉をひそめる。
「間に合ったんなら、まあマシか。悪いことしてるって自覚はあるみたいだな。だったら、そこまでにしようか」
「ええ。これ以上、好きにはさせません」
 ハインツ・エクハルト(光鱗の竜闘士・e12606)はエルナ・トゥエックスを身構える。セデル・ヴァルフリート(秩序の護り手・e24407)は一瞬だけ下の通りに視線をやる。路肩に停められた軽自動車。見過ごせば起こる筈だった惨劇は回避された――ケルベロス達が下がらない限り。
「ん。いいよ。雑魚をちまちま狩るより、あんたらをサクッとやっちまう方が手柄だもんね」
 ケルベロス達の様子を見たトゥエックスはちろりと赤い舌を出して唇を舐める。ライフルのコッキングレバーをがしゃりと鳴らし、弾丸をわざとらしく装填し直す。
「そう? だったら話が早いわ。我の強い狙撃手がどうなるか、教えてあげる」
「エスコートは…僕達が、致します。さあ…Show Timeと、参りましょう」
 一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)がリボルバーのシリンダーを軽く鳴らす。櫂・叔牙(鋼翼骸牙・e25222)全身からしゅうと熱が立ち上る。
「全く、そんなに人殺しが楽しいかい……」
「ああ。楽しいよ。そのために産まれて来たんだから!」
 レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)の呻くような呟きを聞いて、トゥエックスはにたりと笑う。そこに屈折したものを感じる。一瞬、レスターの脳裏に赤い少女の姿がダブった。半身にしびれを感じて、微かに右目を細めた。

●生来必殺
「さあ、泣き喚いて命乞いの一つでもしてみなよ!」
 緊張が頂点に達した時、真っ先に動いたのはトゥエックスだった。たっと数歩ステップを踏んで下がると共に、背中から髪と同じ色の粒子が翼のように噴き出す。ふわりと宙に浮かんだそれの肩から二つの小さな金属が飛び出す。
「気をつけて!」
 明子が注意した瞬間、ケルベロスが散開する。遅れて金属が割れ、極小の小型ミサイルが驟雨の如く屋上に降り注ぐ。セデルは瑛華を押し退けてその範囲から追い出した。イヤーサイレントが一瞬歓喜に身をくねらせ、すぐに苦しそうにぶるぶると震えた。
 エルナは、じっと防御姿勢を取って、ミサイルの雨を耐えている。
 その姿を見て、トゥエックスの表情は微かに和らぐ。
「今なら間に合うよ。アタシがあんたを使ってやる。アタシはそのために――」
 トゥエックスの言葉が途中で途切れる。エルナの放ったアームドフォートの弾丸に反応して、急制動をかけてそれを回避しなければならなかったからだ。
「ほー、なるほど。そーゆーことね?」
 返答代わりの弾丸が虚空に消えたのを見つめて、トゥエックスは歯を鳴らした。
「ってか! 今の何よ。チートじゃん! 完全に不意討ち決まるとこっしょ!?」
「え。ええ。けれど、やるしかありません……」
 空中での静止からほとんど直角的な回避を見て、ザビーネ・ガーンズバック(ロリポップヴァルキリー・en0183)がぎゃあぎゃあと驚く。ほとんど本心から驚く彼女とは裏腹にセデルの言葉の芯には落ち着きがあった。冷静に紙兵を撒いて自身をサーヴァントたちを手当てする。イヤーサイレントが手近な鉄柵をねじ切って飛ばし、牽制をする。それに遅れてザビーネも仕事を思いだし、手当てに動く。
「これだけ動かれては……けれどっ!」
 瑛華が手にした巨大な砲を構えて二度、三度と砲撃を行う。けれど、それはトゥエックスの不規則な軌道によってすべて虚空に消える。
「……」
 明子は静かに、狙いを定め、数度砲弾を放つ。全てが命中とまでは行かなくとも、数発は彼女を掠めた。まずはそれで十分だった。トゥエックスの動きを制限すれば、おのずと直撃コースも見えてくる。
「くっ。空なんか飛ばれたら当たるもんも当たらないだろう!?」
「さっきの余裕はどうしたの? 止まってあげてるじゃん」
「そりゃどうも。チビ助、気合入れろよ!」
「おっ? 可愛い犬っコロ連れてんじゃん。いいよね、犬。ムカッ腹が立つときに蹴っ飛ばしたりさ」
「一緒にするな!」
 ハインツは歯噛みしながらエックスを睨む。余裕の表情を浮かべる彼女を見て、後ろ手にオウガメタルの粒子を散布する。焦りは本物だった。下手に動いて見抜かれれば、作戦は一気に崩れる。
 自身の行動の意図を悟られないように、ハインツの相棒は口に加えた刃を振るい果敢に攻める。
「空へ逃げるだなんて俺達が怖いのかい?」
「まっさか。相手の届かない場所からいたぶるのが楽しいのよ!」
「届かない、ってのはやってみなきゃ分かんないだろう?」
 レスターはトゥエックスの言葉に辟易しながらも、手にしたライフルの引き金を絞る。少女は怯む様子もなく。軽く首を振る。かつて首の合った場所を、銃弾が飛び去って行く。それでも、かすめたのか頬に薄い線が走った。
「ざーんねん」
 これでいい。レスターは思った。ひたすら相手に自分が優位であると思い込ませるには十分だ。そして、相手の油断が最高に達したところで牙を突き立てる。彼はトゥエックスと戦いながら、別の相手とも戦っていた。
「敵機動解析……捉えきるには不十分、ですがっ!」
 叔牙は前腕や肩、胸の水晶にも似た励起体を露出させる。不規則かつトゥエックスの気ままな気性も相まって、即座に軌道を読むことは出来ない。けれども、構わず誘導式のレーザーを無数に放つ。空に幾何学の線が走り、その微かな隙間を、トゥエックスは笑みさえ浮かべて潜り抜ける。数本の細いレーザーが掠めた程度で、完全な命中には至らない。けれど、サンプルとしてはあまりに貴重なものだった。
「的扱いも、そういうのも、あんまいい趣味とは言えねーっすよ、お嬢さん……」
 わざとレーザーの厚い層を敢えて潜り抜けようとさえする動きに、伊九は不快感を隠そうとしなかった。放出した金属の粒子は、伊九の感覚をも研ぎ澄ませていく。視界の隅でエイトは瑛華に自身の力を分け与え、支援に徹している様子も、鮮明に見えてくる。それでも、完全に彼女を捉えるまでには遠いようだった。

●狼煙
 戦線は膠着している。そもそもトゥエックスの兵装はあくまで中、遠距離からの支援に徹したものであり、戦況を変えるほどの一撃を繰り出すのは難しい。ケルベロスに少なくない損害を与えてはいるものの、伊九やザビーネによる回復もあれば、戦線を崩壊させるまでには至らない。逆に、ケルベロス達もトゥエックスの装備である推進装置が食わせ物だった。お互いに決定打を欠いたまま時間だけが過ぎていく。
「……っふ!」
「っと! アタシが、ちまちま銃だけしか使えないとでも?」
 瑛華のナイフによる刺突を、手にしたライフルを槍のように振るい、バヨネットを用いてすんでのところでいなす。
「無理はしないで!」
 姉妹機のよしみか、エルナは集中的に攻撃を受けていた。いくら頑丈とはいえど、何度も対物ライフルに耐えられるわけではない。明子は駆け出して、彼女を手当てする。
「……へぇ。随分と仲良しじゃない? そういうのさ……」
 トゥエックスが、その様子を見て歯噛みする。どれだけ望んでも得られなかったものへの憧れが、憎悪に変わったように。
「虫唾が走るのよッ!」
 構えた対物ライフルを、明子目がけてトゥエックスは乱射する。
「その攻撃だけは、通さない!」
 タバスコ瓶大の弾丸の前に、セデルは身を晒した。装甲が凹み、センサーが割れる。それでも、立っている。セデルはそのまま跳躍し、落下の勢いを乗せて踵を振り下ろす。それを、トゥエックスは容易く避ける。
「んだよ。赤の他人相手にそんなに必死になって、バッカみたい」
「……ですが、芝居はここまでです」
 セデルの呟きに反応する間もなく、再度飛んでくる鉄柵にトゥエックスは反応する。けれど、その動きは推進機器に任せた強引な動きだ。
「用意は十分……ここからが本番だぜ!」
 トゥエックスの動きに精彩を欠いている様子を見て、ハインツはぱちんと指を鳴らす。ケルベロスの周囲で華やかな爆発が巻き起こる。それは、主役が交代したことを告げるよう。ハインツの爆発に紛れ、チビ助もまた、パイロキネシスでトゥエックスを牽制する。
「そうするとしよう。じきにデッドエンドだ」
 狙撃手の鉄則は、タイミングを逃さないことにある。永遠のように長い時間、その中の針のような一瞬。レスターはそれを見逃さない。魔弾は屋上をすっぽりと覆う結界を生成する。トゥエックスがそこから逃れようとする前に、縦横無尽に飛ぶ弾丸が彼女を正確に捉える。
「――ぇ?」
「神威の時間……っつーか、おしおきっすよ!」
 身動きの止まった一瞬、伊九はすかさず飛び出した。白銀の仔龍が突撃する。それを強引な軌道で回避するが、その静止地点の真上では、伊九が思い切り足を振り下ろす準備をしていた。
「何で――」
「お得意の、ダンスも……そろそろ、終演……ですね。今度こそ、捉えました。光条嵐舞……纏めて、持って行け!」
 観察に徹していた叔牙が動く。再度放つ光線は、戦闘の中で照準を彼女の機動予測通りに動いた。叔牙の放つレーザーが、吸い込まれるようにトゥエックスの翼の一つ、推進器の片方を砕いた。ぼんっと爆発が起きて彼女は大きくバランスを崩し、どうにか持ち直す。
「こんな――っ!」
「見れば分かるっしょ。あんたの、おねーさん? よく見なって」
 信じられないというように、トゥエックスは身を震わせる。それを見ていられないと言うように、髪をくるくると弄んで、ザビーネは彼女を指差す。髪の奥に隠れた青い目が、潤んで震えていた。その眼が、エルナを見つめる。徐々に変化していく、赤い目を。
「マスター……も、妹達も……近くにいない……2Xじゃ。倒せない……!」
 トゥエックスが、耳鳴りを堪えるようにかぶりを振る。耳をおさえて、うわごとのようにつぶやく。
「黙れ。黙れよ。出来損ないの癖に。なんであんたがそうやって――」
 トゥエックスはケルベロス達を一度見渡してから、妹を睨みつけた。その表情は憎悪とも困惑。そして、ほんの少しの羨望があった。

●ホーム・スイート・ホーム
「どうしてあんたみたいな奴がお仲間をたくさんつれて……あたしらは、はぐれ者扱いで……」
 トゥエックスはうわごとのように呟きながら弾倉を交換する。病的なまでの執着が、彼女を突き動かしていた。
「こうなったら、あんただけでも!」
 構えたライフル。けれど、それの銃身に飛び込んだ弾丸が、内部で爆ぜた。銃身がひび割れて、花が咲くようにぱっくりと割れた。瑛華の手にしたリボルバーから、薄い硝煙が立ち上っている。加えて、彼女が気付いていないうちに放ったグラビティの鎖が、彼女とトゥエックスを縛りつけていた。
「お遊びはここまでにしましょう。嫉妬に狂うほど、醜いことはありません」
「黙れッ!」
 トゥエックスは用をなさなくなったライフルからバヨネットを外した。逃げることは既に思考の外に会った。残りの推進装置を使って、一気に加速する。
「エルナっ!」
 加速するトゥエックスを見て、明子は刀を振るう。その動作に合わせてグラビティで生成された龍があぎとをひらき、残っていた推進装置をももぎとる。けれど、それで仕留めきれるわけではない。あとは、信じるだけだった。
 静寂。
 まるで初めからそうなることを宿命づけられているかのように、刃はエルナの鳩尾に沈む。そして、彼女の手刀の突きが、トゥエックスの心臓部を貫いていた。
 トゥエックスの全身から力が抜ける。そして、エルナにしだれかかるようにして、そのまま動かなくなった。エルナはそっと懐から刃を引き抜き、姉とも呼べる存在の亡骸の、首元をさする。その手には、小さな電子チップが握られていた。
「……大丈夫?」
「……ん。帰ろう。あきら……それとも、マスター?」
「好きな方でいいわ。けれど、ちょっと照れくさいかも」
 緊張がほぐれたように、明子は普段通りの笑みを浮かべる。エルナも、ダメージを受けたせいか動きが少しぎこちないものの、過剰に思い悩む様子はなかった。
「……ひとまず、これで。幕引き、でしょうか」
 叔牙はすっかり熱を持った身体を、出力を下げて冷ましながら、静かに呟いた。ケルベロス達の言葉と、遠くで車のエンジンの唸り以外、何も聞こえない。
「彼女、指揮官機らしいっすけど、それがイレギュラー扱いってことは……」
 伊九がぽつりと呟いた。複数の姉妹機が生産され、量産されているにも関わらず、トゥエックスが単独で出て来たのは。彼女がはぐれ者の烙印を押されているのは、名誉ある事ではないのだろう。
「彼女は、何のために引き金を引いていたんだろうな」
 レスターはふと思う。過剰なまでの嗜虐性はどこから来たのかと。生まれついてのプログラムなのか、それとも後天的なものなのか。考えても気持ちが沈むだけなので、それ以上考えることはしなかった。
 少なくとも、自分は自分の意志で引いていると信じたかった。
 ハインツは、ぼんやりと街の風景を見た。セデルも、通りを見ている。通りのずっと上にあるコンビニやファミレスからは、普段と変わらない照明の光が漏れていた。酔っているのか足取りの少しおぼつかないスーツ姿の男が通りを歩いている。路肩駐車をしている軽自動車は停まったままだ。もしかすると、明日には黄色いテープが張られているかもしれない。
 けれど、それは普段通りの生活だった。

作者:文月遼 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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