湧き出るチョコは尽きることなく

作者:雨音瑛

●無限の甘い香り
 部屋の中心に、それはあった。
 チョコレートがこんこんとわき出る泉。いわゆる、チョコレートファウンテン。
 部屋の主であるちよは、目を輝かせて近づいた。気付けば、手にはイチゴの刺さったフォーク。さっそくチョコを絡ませて、口に運ぶ。食べ終わると、フォークにまた果物が刺さっている。食べてはつけて、つけては食べて。
 チョコはまだ流れ出る。最初こそ嬉しかったが、ちよのお腹も限界だ。食べる速度も落ちてきたとろこで、チョコレートがあふれ出した。やがて、チョコは室内を満たしてゆく。さながら、チョコのプールだ。
「チョコは大好きだけど……もう十分!」
 そう叫んで、ちよは目覚めた。きょろきょろと室内を見回すが、チョコレートファウンテンなどはない。
「なーんだ、夢なのね」
 ちよが安堵の息を漏らしたところで、鹿のような生き物に乗った少女——第三の魔女・ケリュネイアが、ちよの心臓に鍵を突き刺した。ちよはベッドの上に倒れ、意識を失う。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 ケリュネイアがそう呟くと、ちよのベッドサイドにはチョコレートファウンテンの形をしたドリームイーターが出現したのだった。
 
●ヘリポートにて
 ヘリポートに吹く風が、クアトロリッツァ・チュチュヴィエンナ(モノトンエトワール・e20413)の耳を揺らす。
「わたしが警戒していた夢喰いが現れるの」
「無限にチョコが湧くチョコレートファウンテン……そのような夢を見た子どもがドリームイーターに襲われ、『驚き』を奪われてしまう事件が起きている」
 『驚き』を奪ったドリームイーターの姿は、既に無い。しかし奪われた『驚き』を元にして現実化したドリームイーターが事件を起こそうとしていると、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)が説明する。
「君たちには、現実化したドリームイーターの撃破をお願いしたい。このドリームイーターを倒せば、被害者の少女も目を覚ますことだろう」
 では敵の情報だ、と、ウィズは掌に立体映像を出現させた。チョコレートファウンテン……に、二本の脚が生えている。
「2メートルほどのチョコレートファウンテンの形をしたドリームイーターが1体。配下などは存在せず、被害者の家の付近に現れる」
 攻撃方法は、3つ。湧き出すチョコレートを浴びせるように放つ攻撃、チョコを絡めたフルーツを撃ち出す攻撃、フォークを槍のように投げる攻撃だという。
「こいつは、相手を驚かせたくてしょうがないようだ。被害者の家がある市街地付近を歩いているだけで、向こうからやってきて驚かせようとしてくるだろう。驚かせる方法としては——出会い頭にあふれるほどのチョコレートを湧き出させる、といった方法のようだ」
 そして、とウィズは言葉を続ける。
「こいつは自分の驚きが通じなかった相手を優先的に狙うという性質がある。これをうまく利用できれば、有利に事を運べるかもしれないな」
 説明を終え、ウィズは立体映像を消す。
「夢を利用して事件を起こすなんて許せないの……必ず撃破するの」
 クアトロリッツァは思案顔でつぶやき、ケルベロスたちに頭を下げた。


参加者
カンナ・ガブリエリ(ミッドナイトブルー・e00254)
未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445)
アニマリア・スノーフレーク(疑惑の十一歳児・e16108)
クアトロリッツァ・チュチュヴィエンナ(モノトンエトワール・e20413)
三廻部・螢(掃除屋・e24245)
ステラ・アドルナート(明日を生きる為の槍・e24580)
シフ・アリウス(獣は嗤う此の裡で・e32959)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)

■リプレイ

●スイート・サプライズ
 静まりかえった市街地で、ケルベロスたちは警戒しながらあたりを見回す。アニマリア・スノーフレーク(疑惑の十一歳児・e16108)は周辺に一般人がいないことを上空から確認し、仲間の元へ戻った。
「周囲に一般人はいませんでした」
「ありがとう。それじゃ、キープアウトテープを貼るわね」
 と、クアトロリッツァ・チュチュヴィエンナ(モノトンエトワール・e20413)が、少し緊張した様子でテープを貼り付けてゆく。
 それでも、まるで女子会が始まるかのような気持ちにもなるのは、今回戦う敵が大きな大きなチョコレートファウンテンだからだろうか。ポケットに忍ばせたかぼちゃのお化けシュークリーム、羽根ビスケット、バナナ、焼きマシュマロの甘い香りが、時折鼻をくすぐる。
 テープを貼り終えたところで指先が冷えているのがわかるが、未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445)から貰った手編みのセーターのおかげで、体は温かい。
 セーターの袖をきゅっと握るクアトロリッツァを見て、メリノは思わずほころんだ。

 どすん、という歩行音が聞こえ、チョコレート特有の香りがふんわりと広がる。次いで現れた巨大チョコレートファウンテン——のドリームイーターの登場に、アニマリアは飛び退いてドラゴニックハンマー「ロザリオ【シルバーペイン】」を構えた。
「っ!? 敵ですか!」
 「心の底から驚けば戦闘時は狙われにくくなる」と予知で聞いてはいたものの、驚かせてくることをあらかじめ知っていたら、無理な気もする。が、そこは割り切って。
「わはーっ!? 凄い、何あれ!?」
 チョコレートファウンテンを見上げて歓声を上げるのは、ステラ・アドルナート(明日を生きる為の槍・e24580)。チョコレートを湧き出させながら歩行するさまを見て、目を輝かせながら驚く。アタッカーとして狙われないようにして立ち回るという作戦で、本心から驚いているわけではない。決して。
「うわー! 本当に足の付いたチョコレートファウンテンだー! 何人前あるんです!? 本当に無限に湧いて出るんです!?」
「ビジュアル的にヤバいよ! 匂いはいいけどさ!」
 興奮気味に驚くシフ・アリウス(獣は嗤う此の裡で・e32959)と、 リアクション大きめに驚く瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)。続けてカンナ・ガブリエリ(ミッドナイトブルー・e00254)も小さな悲鳴を上げて、大袈裟に驚きを表現する。
 そんな仲間たちに続いて驚くため、三廻部・螢(掃除屋・e24245)もチョコレートファウンテンを見上げた。回復役を担う螢は、狙われないにこしたことはない。
 とはいえ「驚き」は子どもの頃以来ではある。
(「大丈夫、大丈夫……呼び覚ませ俺の昔の心」)
 大きく息を吸い込み、目を見開く。
「わーすげーっ!」
 その直後、仕事だからと自分に何度も言い聞かせる。仕事仕事とぶつぶつ呟く螢の横で、彼のサーヴァント、テレビウムの「るんば」は無反応を装っていた。カンナのサーヴァント、ミミックの「ヴァチカン・カメオ」も、ぴっちり蓋を閉じて驚いていないそぶりを見せている。
 驚かないのは、攻撃を引き受ける盾役たち。進み出たクアトロリッツァは、淡々とチョコレートファウンテンに語りかける。
「甘くて美味しそうな匂いがすると思っていたの。けれどスイーツの時間には、夜が更けすぎているのではないかしら。——少し腹ごなしが必要ね」
「チョコレートファウンテンは人を喜ばせるもので女の子を驚かせて感情を奪うものではありません。さぁ観念なさって。驚きを、返してください、ね」
 先ほどまで驚く仲間達の様子に興味を示していたメリノも、チョコレートファウンテンと仲間の前に立ち塞がった。漂う甘い香りに、少しばかり目を輝かせつつ。

●チョコレート・エネミー
 チョコレートファウンテンは、おもむろにフォークを投げつけた。向かう先は、驚かなかったうちのひとり——メリノ。気遣うクアトロリッツァの視線に笑顔で応えて、衝撃を受け止め。
「……地に伏せてください」
 指先大の重力の塊は、グラビティ・チェインを織り上げて圧縮したもの。それがチョコレートファウンテンを貫けば、流れるチョコが波立っては弾ける。
 メリノの傷を癒やすのは、螢。驚いた時に見せた目の輝きはどこへやら、その目は次第に輝きを失いつつあった。特段何かあるわけではなく、それが「笑顔すら滅多に見せない擦れた大人」と自己分析する掃除屋螢の通常運行だ。そんな主をサポートしようと、るんばも応援動画を画面に映す。
 バイくんが愚者の黄金をばらまけば、さらなる光がチョコレートファウンテンに襲いかかった。ステラによるものだ。
「その身に刻め、全力全開の一撃……!」
 光の翼を暴走させ、降魔の力と鹵獲魔術をも融合させた火力を拳に集めた、最大速力による閃光の軌跡。それは一振りの巨槍を描き、チョコレートファウンテンに大きな衝撃を与えた。衝撃に続く衝撃を加えるのは、アニマリア。チョコレートが四方八方に飛び散るが、そこは無限に湧き出るチョコレートファウンテンのドリームイーター。再びチョコを湧き出させては、体勢を立て直した。
「ドリームイーターって、お話に聞いていたよりなんでもありなんですね……」
 まじまじとチョコレートファウンテンを見つつ、シフはエアシューズで加速する。
「たとえチョコレートファウンテンでもデウスエクスはデウスエクス、しっかり倒さないと!」
 意気込み、流星の一撃を叩き込んだ。それを見たカンナが、微笑む。
「まあ……シフちゃん、気合い充分ね」
「ありがとうございます! あ、あの、ちょっと言いにくいんですが、僕、男の子です……!」
「あら……ごめんなさいね、シフくん」
 そうして、カンナは表情を切り替える。普段よりも、ちょっとキリっとした表情に。
「満たし満たして、廻らし巡れ。星の癒しを願いたまえ、星の力を祈りたまえ。閃きは此処に、輝きは心に、煌きは剣に——星明り舞う言祝」
 光の珠が、カンナの武器に宿る。そうして、ヴァチカン・カメオへと視線を向ける。
「後で拭いてあげるから、チョコかぶっちゃっても怯んじゃダメよ」
 ヴァチカン・カメオはこくりとうなずき、チョコレートファウンテンへと歩んで行く。左右にふれながらとことこと歩く様は、可愛らしい。しかし、攻撃は容赦なく。がぶりと噛みつき、後続のケルベロス——右院に、場所を譲る。
 右院は手元の惨殺ナイフ、その刃を変形させて斬り込んだ。仲間の攻撃によって与えられた状態異常を増やすのが、今回の右院の役回りだ。
 誰かが攻撃をする度に、あるいは敵が攻撃を仕掛ける度に。甘い匂いがふわりふわりと広がるが、クアトロリッツァは集中を保っていた。
「やんちゃなデザートだわ。でもわたし、美味しいものはお行儀よく頂きたいの。だから、どうか良い子にしていてね」
 終わったら、うんと甘い物を食べよう。そう決意して、クアトロリッツァはチョコレートファウンテンを夢の世界へと誘った。

●チョコレート・オーバーフロー
 ステラのゲシュタルトグレイブがチョコレートファウンテンを貫いた直後、メリノが足元めがけて煌めきの蹴撃を加える。
 続けてクアトロリッツァも同じ攻撃を加えようとしたが、当たり所が悪かったのか、妙に固い箇所に弾かれ、バランスを崩しそうになる。どうにか空中で体勢を整えたが、着地地点にあったチョコレートに足元を取られてしまった。
 その拍子に、隠していたお菓子がひとつ、またひとつと零れてゆく。
「これは非常食よ。決して、無限にチョコが楽しめると思って来たわけではないの。本当よ」
「もう、トロリさんったら……」
 メリノは微笑みつつ、お菓子を拾うのを手伝う。
「えへへ、それでは無事倒しましたら祝勝にデザートビュッフェへ行きましょう、ね。ですので今はもう一頑張りしましょう、ね」
 なんだか微笑ましい雰囲気を見て、右院は改造スマートフォンを取り出した。目の前の心温まるエピソードを投稿し、シフの傷を癒やす。
(「投稿は仮名だから尊厳とプライバシーは守られるよ!!」)
 右院は心の中でサムズアップし、改造スマートフォンを仕舞うのだった。
 もちろん戦闘は続いている。バイくんがエクトプラズムの武器でチョコレートファウンテンを殴りつけ、カンナがオーラの弾丸を撃ち込む。
 チョコレートファウンテンの巨体が揺れ、上下に左右にチョコレートが零れる。
 チョコレートファウンテン自体が2mというだけでも十分驚きに値するが、チョコレートが無限に溢れてくるのはさらに驚きだ。
「でも、食べるのはほどほどでいいわ……美味しくなくなっちゃう」
 カンナがチョコレートファウンテンから距離を取ると、ヴァチカン・カメオが偽物の財宝をばらまいた。さらにシフの凍結光線が命中し、チョコレートの一部が凍り付く。
 それをものともしない様子で、チョコレートファウンテンはチョコを絡めたフルーツを撃ち出した。どうやらフルーツは苺のようだ。
 凄まじい速度で撃ち出された苺は、右院へと直撃した。ついでとばかりにチョコレートを指先に取り、ぺろりと舐めてみる。
「これは……いけ……ない」
 市販チョコレートで食べられるカカオ分の範囲がちょうど65パーセント〜72パーセントの間だという右院に、衝撃が走る。
「美味しそうですね……少し気になりますが、ひとまず回復といきましょうか」
 螢自身、実は甘いものが好きだったりする。螢は右院を霧で包み、るんばも後追いするように応援動画を流した。
 ルーンアックス「ロザリオ『シルバーラース』」を手に、アニマリアは跳躍する。その途中、ふと今回の仕事のことを思う。
 知っていたら、驚きにくい。知らなければ、驚くことができる。そう考えると、本当に驚くのは純粋な人でなければ難しいのかもしれない。
「ふふ……」
 アニマリアの口から、笑みが零れる。それは、驚くことが少なくなったことを思い返しての、自嘲だ。
 アニマリアが振り下ろしたロザリオ『シルバーラース』の手応えは、確かなものだった。

●グッド・ナイト
「……美味しいかはわかりませんが……ガブリングで齧っちゃって、いいですよ、バイくん」
 チョコレートファウンテンに凍結光線を浴びせつつ、メリノはバイくんに言い放つ。バイくんはどことなく嬉しそうにチョコレートファウンテンに駆け寄り、思い切りがぶりと噛みついた。
 チョコレートファウンテンの動きは、相当鈍くなってきている。このままいけば、ケルベロスたちの勝利は確実だろう。
 両手にルーンアックスを構えたカンナは、わずかに首を傾げた。あのチョコレートファウンテンの構造が気になるのだ。
「ふたつに割ったら構造が分かったり、しないかしら……?」
 と、十字に斬りつける。湧き出すチョコレートが一瞬途切れるが、すぐにまた流れ出す。ヴァチカン・カメオもカンナの動きを真似するかのように、エクトプラズムの武器を叩きつけた。シフの撃ち込んだドラゴニックハンマーで、チョコレートファウンテンの凍てつく部分が増えてゆく。
「楽しい夜にしましょう」
 クアトロリッツァが回転木馬を出現させたところで、右院が刃を変形させた惨殺ナイフで斬り込もうとする。が、チョコレートに刃が滑ってしまう。
 その隙に、チョコレートファウンテンは前衛に向けてチョコレートを放った。
 もちろん、螢が薬液の雨を降らせてカバーする。やや慌てた様子で、るんばも一生懸命動画を映し出している。
「無限に溢れるチョコレート、ホント夢みたいだよね。けれど……!」
 ステラが駆けだし、光の翼を暴走させる。
 しかしやはり、夢は、夢。本当に存在してしまったのなら、それは夢見る光景ではなくなってしまうから。
「ごめんね。そろそろ、夢から醒める時間だよ! 全力全開……! 突き穿て、グングニル――!」
 一閃。巨大な光の槍が描かれた直後、アニマリアがチョコレートファウンテンの真上まで跳躍した
「デウスエクスなりの都合があるのでしょうが。取らせるわけにはまいりません。ちよちゃんの気持ちと命、返して貰いますよ」
 エアシューズ「時渡りの金剛花」に、赤い光を宿す。
「陽光浴びる高き峰よ、凍てつく山の影巫が命ず、我が前に立ち塞がる者を穿ち、砕け!」
 真上から、攻撃を叩き込む。加えられた衝撃は内部から炸裂し——チョコレートファウンテンはぐらりと傾き、そのまま倒れ込んだ。
 静かな夜は、勝利の余韻か。
「チョコレートまみれですね。うん、ですよねー……掃除して帰りましょうか」
 棒読みの言葉で螢が呟き、掃除を開始する。右院も標識を率先して掃除し始める。
「見えないと生活に差し支えるものだからね。綺麗にしておかないと」
「そういえばチョコレート……食べます? さっきまで殴ってたやつを食べるってのはでも、どうなんですかね」
「チョコレートかぁ……あ、そろそろバレンタインデーだね!」
 螢のなげかけに、破顔するステラ。もちろん、ステラが忘れるはずがない。2月14日は、ヴァルキュリア定命化のきっかけがあった日だ。地球の人々がステラを、ヴァルキュリアを迎えてくれた時のことに、そっと想いを馳せる。
 カンナが何気なく周囲を見れば、家々の光がひとつ、静かに消えるのが見えた。
「ちよちゃん、ちゃんと目を覚ましてくれてくれているといいのだけれど……」
「きっと、大丈夫ですよ。僕たちが勝ったんですから。……それじゃ、僕はこれで失礼しますね」
 ぺこりと頭を下げ、シフは帰路に就く。明日のおやつはチョコレートにしようか、などと考えながら。
 月の傾きは、大きくなっている。クアトロリッツァは、メリノと視線を交わして微笑む。日が昇ったら、デザートビュッフェで仕切り直すつもりなのだ。
「今度は大人しいチョコファウンテンだと良いのだけれど」
 まだ甘い香りをはらむ夜風に紛れて、クアトロリッツァが呟いた。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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