●
そのライブハウスでは、地下アイドルのライブが最高潮に達してた。
少女がサビを歌い上げ、ファンたちは熱い声援を振り絞る。
独特の一体感に包まれた空間に、戸惑いが混じった。
アイドルの背後に、見知らぬ女性が、影のように立っている。
丈の短い着物を着崩し、大きく開いた胸元。裾から覗くすらりと長い足の関節は球体で、よく見れば所々に金属のパーツが見え隠れしていた。
パッと見には、くノ一のコスプレのようだ。
「え? あなた……誰?」
アイドルに問われた女は、蠱惑的にほほ笑んだ。
「七つの大罪』が一人シン・オブ・ラスト。イマジネイターを援け、全てを捧げるもの」
名乗ったダモクレスの瞳が赤く光ると、アイドルは口から血を溢れさせ、くたりくずおれた。
「あっ……はぁ……あ、はぁあ……っ」
何故か、恍惚とした表情で喘ぐ。
「ギャッ」
「うわぁ!」
ほぼ同時に、最前列に陣取っていた客たちも、ばたばたと倒れた。
何れも恍惚となり、快楽の喘ぎを漏らしている。
「さあ、あなたたちも。もっと、全てをさらけ出して、私に見せて……」
恐れおののく人々へと、シン・オブ・ラストは両手を広げた。
「た、助けてくれぇええ!!!」
攻撃を免れた客たちは、出口に殺到する。
「うふふ……そうするのね。面白いわ」
我先に逃げようと互いを押しのけあうのを、シン・オブ・ラストは追わず、ただ、楽し気に見送った。
「早く来てね、ケルベロス。皆がイってしまう前に。そして、あなたたちの全てを見せて……」
悶え痙攣するアイドルの首筋を撫でる。
指先についた血を舐めて、シン・オブ・ラストは小さく忍び笑いを漏らした。
●
「クリスマスにゴッドサンタが言っていた、指揮官型ダモクレスの地球侵略が始まってしまったようです」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は急を告げる。
「6体の指揮官は互いを競争相手とみなし、それぞれ独自に地球侵攻の為の作戦を遂行しようとしています。既にいくつもの事件が起こっている事はご存知でしょう。
指揮官の1体『イマジネイター』が率いるのは、様々な理由でダモクレスの中で規格外とされたダモクレス達の軍団です。
彼らは、正規の指揮系統に組み込まれておらず、自由勝手に行動し、指揮官であるイマジネイターも特に作戦内容を命令していません。
ダモクレスの中でも、イレギュラーな存在である彼らは統一された作戦などは行っていませんが、グラビティ・チェインの略奪や、ケルベロス撃破などを目的として動いていると想定されます。
この状況で軍団として機能しているのは、ひとえに、規格外のイレギュラー同士の連帯感によるものです。
指揮官のイマジネイターを筆頭に、性質は多様ですが、どのような性質の個体でも『自分と同じ立場のイレギュラー達の為に戦って死ぬ事は厭わない』という意志が共通しているのです。
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今回の敵の名はシン・オブ・ラスト。
彼女が使用するグラビティ『アスモデの煙』はダメージを与え、痛みを快楽にすり替えます。人は、さらなる苦痛を求め、彼女に溺れるのです。
ケルベロスにそこまでの効果はないでしょうが、感覚を混乱させられ、動けなくなる可能性があります。
出入り口は扉が一つだけ。ここから突入するよりないでしょう。
会場にいるのは、シン・オブ・ラストとアイドルの少女。そして、およそ30人の傷付いた男女です。
死者はいません。……どうしてか、彼女は、ケルベロスの目の前で人々を殺したいようです。規格外とされるダモクレス達だけに、どんな思考で行動しているのか分かりづらいですね。
ともかく、戦闘になれば、シン・オブラ・ストは可能な限り一般人を巻き込んで攻撃を行うでしょう。
『その場に生きた一般人が誰もいなくなった』場合、彼女は任務を終了として即座に撤退を図ります。
グラビティ・チェインを奪うことも目的にしているようですから、もし皆さんがいかない選択肢を取った場合も、彼女は一般人を皆殺しにすると思われます。
逃がさず撃破するよう、しっかりと作戦を立ててください。
警察や救急の手配は行っています。戦場から脱出した後の避難誘導、けが人の搬送などはそちらに任せてください。
厳しい戦いになるでしょうが、一つずつ事件を阻止していく事で、必ず攻略の糸口が見つかるはずです。どうか、よろしくお願いします」
「おう、心配すんな! 全部俺達に任せとけって!」
羽野間・風悟(ウェアライダーのブレイズキャリバー・en0163)が力強く請け合い、彼のライドキャリバーがぶぉんと同意を示す。
セリカの愁眉が少しだけ開いた。
「はい。皆さんのご武運を祈っています」
セリカは一礼すると、急ぎ足で皆をヘリオンへと誘うのだった。
参加者 | |
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星喰・九尾(星海の放浪者・e00158) |
アリス・セカンドカラー(腐敗の魔少女・e01753) |
ヴェスパー・セブンスター(宵の明星・e01802) |
シャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123) |
渡羽・数汰(勇者候補生・e15313) |
マリオン・オウィディウス(響拳・e15881) |
伊庭・晶(ボーイズハート・e19079) |
ユーディット・アルニム(装甲砲士・e29597) |
●
時刻はそろそろ夕刻に近いころ。
ヘリオンが現場に到着したころには、通報を受けた警察と救急もかけつけていた。
シン・オブ・ラストが乗っ取ったライブハウスから逃げだした人々が、我先にと地上へ飛び出してくる。
「元でも螺旋忍者とダモクレスの力を併せ持った難敵相手だってのに、状況まで最悪っていう」
渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)の言うとおり、まだライブハウスには、シン・オブ・ラストの手にかかった人々が残されている。
這う這うの体で地上へと逃げ延びた観客らと入れ替わりに、ケルベロスらは地下へと突入した。
会場の扉はぴったりと閉まっていて、優れた防音効果を施されているためか、通路側には何の音も漏れてこない。
取っ手を握り、鍵はかかっていないと言う扉を、慎重に押し開く。密閉された空気が抜ける音がして、果たして容易く開いた。
大きく開いた瞬間に、異様極まる光景が展開した。
照明を落とし、薄暗い室内に人びとが血まみれで転がっている。床には血だまりが出来て滑っていた。密閉空間にこもる熱と、むせかえる血の匂い、快楽の喘ぎと苦痛の悲鳴、全てが入り混じり渦巻いている。
そんな中、舞台だけが目が痛くなるような赤とオレンジの照明で眩しく照らされていた。
「あら、まあ。随分早いのね……」
スポットライトを浴びて、着物姿の少女が笑う。長く垂らした前髪で顔の半分は隠れていたが、蠱惑の笑みを浮かべれば、それすらも妖しい魅力になる。
スレンダーでしなやかなラインを描く肢体。裾や胸元から覗く金属のパーツや球体の関節がその正体を物語る。
識別コード『七つの大罪』、『色欲』シン・オブ・ラストが今や主役とばかりに佇んでいた。その足にはついさっきまでアイドルとして歌い踊っていた少女が縋りつき、だらしなく涎を垂らしながら、もっと痛くしてほしいと懇願していた。
「『色欲』……」
かつての姉妹機との邂逅に、ヴェスパー・セブンスター(宵の明星・e01802)は、唇をかむ。胸の奥が酷く揺さぶられるのを感じて、そんな自分に戸惑いを覚えていた。
「さあ、楽しみましょう」
縋りつくアイドルを蹴飛ばし喘がせておいて、シン・オブ・ラストは両手を広げ、歩み出た。赤い照明に紛れて、その瞳が妖しく光ったことに気付くのが遅れた。
ヴェスパーの身体の裡から熱がせりあがる。灼熱の刃が内側から突き出すような痛みが肉を裂いて、血が噴き出した。
恐ろしいのは、確かに痛いはずのその感覚が、強烈な快感になっていることだった。体を流れる血の感覚すら心地よくて、もっと欲しいと思ってしまう。
「くっ! これしき」
シャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)もまた、その力を食らって血を吐いた。
「ああんっ♪」
ちょっと変な声が出てるのはアリス・セカンドカラー(腐敗の魔少女・e01753)だ。
『アスモデの煙』の効果は、ケルベロスと共にアイドルと、近くで倒れていた人々にも作用した。
「グラビティに頼るなぞ、大罪を名乗るには自身の色香が足りぬと言っとる様なもの」
星喰・九尾(星海の放浪者・e00158)が笑う。
数汰が破壊のルーンを九尾に宿らせ、伊庭・晶(ボーイズハート・e19079)が祝福の矢を射て、力を与えてる。
ゆるりと狐尾が揺れた、その次には地を蹴って宙に舞い、電光石火の回し蹴りをシン・オブ・ラストへ炸裂させる。
たたらを踏んでこらえたシン・オブ・ラストの背後に着地する、九尾の豊満な胸が揺れていた。
「滑稽じゃな、小娘?」
九尾は挑発的な流し目をくれてやり、反応を見る。少しばかりのラグがあり、シン・オブ・ラストはにこりと微笑んで。
「まだ成長途中なもので、『おばさん』」
最適解だろうと言わんばかりのドヤ顔で言い放った。余裕の表情を崩さぬ九尾の眉が微かに吊り上がる。
剣呑な空気が漂う二人の視界の外から、シャインが飛び込む。
「私と共に踊れ!」
隙をつかれたシン・オブ・ラストに立て直す隙を与えず、乱舞攻撃を叩き込み翻弄する。
惜しげもなく美脚を翻しての華麗なステップからは想像もできないほど重く強い一撃だ。
「そのようなナリでケルベロス一人を落とせぬとは、色欲を司るとは大言壮語と言っても過言でもなかろう?」
ヴェスパーは、未経験の感覚に震えながらも、畳みかけて挑発する。
すると、シン・オブ・ラストから表情が消えた。そうすると、酷く人形めいた相貌になる。
「データ不足だと言うの? ……いえ、そうね。その通りね」
奇妙な反応で、今度はヴェスパーが首を傾げる番だった。
「ああ、あなたたちが全部欲しい。もっと見せて。もっともっと曝け出して。あなたたちを!」
巨大な円月輪を構えて背後に倒れるアイドルへと向く。いち早くシャインが割り込み、迎撃の蹴りを仕掛けると、その姿がかき消えた。
実体は、客席へと飛んでいた。
●
倒れた人々を踏みつけるのも構わず飛び込むシン・オブ・ラストの前に、2体のライドキャリバーが飛び込み、妨害する。
その隙に、マリオン・オウィディウス(響拳・e15881)の紙兵が数多宙を舞った。
「秘してこそ華という物ですよ。さらけ出す相手は選ぶべきでしょう」
いや、それとも選んだからこそなのか。
わざと着崩した着物はさらに乱れて、一層、肌を露出させていた。機械の部分も隠さないシンオブラストを見て、マリオンはそう思う。
ユーディット・アルニム(装甲砲士・e29597)のヒールドローンが飛び交い、その癒しで正気を取り戻した人々がそろそろと起き上がった。
「はいはい、落ち着いて。ここは私たちが引き受けるから慌てずに避難してね。可能であればまだ動けない子を運んでもらえると助かるわね?」
アリスは己の魅力を最大限に生かしつつ、混乱する人々を宥め、出口へ誘導する。
「風悟、こちらの足を持ってくれ」
「おう!」
ユーディットは羽野間・風悟(ウェアライダーのブレイズキャリバー・en0163)と協力して動けない人々の移動を援けていた。
「サキュバスの螺旋忍者みたいなダモクレス……これもう分かんねぇな」
とは言え、今はだるい気分になっている場合ではない。犠牲覚悟の戦いなどしたくはないのだ。
晶の放った蹴りがシン・オブ・ラストの急所を捉えたのか、その動きが鈍り、よろめいた。
「『色欲』っ!!」
そこへ、ヴェスパーのフォーオレスキャノンノンが火を噴いた。立て続けの攻撃でシン・オブ・ラストは動けない。
「貴様が動き出したと言うことは、他の兄弟も動き出したという事!」
ヴェスパーの普段とはまた違う、凛たる口調。逃げる人々から自分へと注目させると、最も知りたい問いを投げかける。
「『傲慢』はどこだ! 私のかつての対機『傲慢』はどこにいるっ!?」
シン・オブ・ラストは、目を見開いてヴェスパーを見た。虚を突かれたと言った風情だ。ぽかんとしていると表現しても良い。
その間に扉からまた1人、2人と出ていったが、シン・オブ・ラストは気づいていないようだった。
破顔する。くるみ割り人形のように大きく口を開け、顔を歪めて嗤った。
「あははははは! 対、と言ったの? 『傲慢』を、『お前』の、『対機』と!?」
風悟が打ちかかった切先を月輪で受け止めて弾き、再び舞台へと跳び退く。おかしくてならないと言うようになお身を捩る。
「なにが可笑しい、『色欲』!」
「気やすく私の名を呼ぶな、ケルベロス!」
怒るヴェスパーに、シンオブラストもまた初めて怒気で返した。円月輪を構え直して、蠱惑の笑みを取り戻す。
「知りたいのなら、力づくでいらっしゃいな。私の全てを暴いてごらんなさい」
●
シン・オブ・ラストの姿が不意にぶれて、いくつもの分身が現れ、かく乱する。
晶の放った螺旋の氷が消したのは分身だ。
(「コイツら本当に『心』がねーのか? 一般人弄りをケルベロスに見せつけたいとか、性根腐りすぎだろ……」)
それは、晶には理解しがたいものだった。それにさっきの怒り方。心がないのではなく、形が違うのかもしれない。
九尾の急加速したバトルガントレットは、分身を生むより早く本体へ重撃を与えた。
「ほれ、そんな粗末な分身では喰らう価値もないぞ。つまらん」
挑発するのも忘れない。
アイドルを抱えてシャインは出口へ走る。させじと投げつけられた月輪を、体で受け止めた。
血に染まる自分を見て、真紅のドレスも悪くないな、などと思っていた。
シン・オブ・ラストを食い止める一方、人々をほぼ扉の外へと送り出すことに成功していた。
扉の向こうにフローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)と幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)が待機して、出てきた人々を地上へ誘導する。戦場にはいなくとも、それは大いに助けとなった。 最後の一人が扉から逃げて、通路にいた2人は急ぎ扉を閉めた。完全に閉まる直前、数汰は手を振って、友に感謝の意を示す。
『頑張れ』
隙間から見えた友の拳がそう言っていた。
完全に閉まった扉の前にユーディットにマリオン、風悟にサーヴァントらが陣取り、シン・オブ・ラスト逃げ場を塞ぐ。
今やライブハウスは、ケルベロスたちとシン・オブ・ラストの舞台となった。
●
シン・オブ・ラストは円月輪を投げつける。木箱が跳ねた。ミミックの田吾作が庇って円月輪に斬り刻まれる。
数汰の惨殺ナイフで斬りかかり、傷口を開く。機械の部品、コードが見える。
シンオブラストは何故かうっとりとしていた。自らがさらけ出されていくことに快感を覚えているようだった。
「喰らえ!」
晶は拳に螺旋の力を込めて触れる。それだけで、ラストの身体が弾け飛んだ。
『通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの細道じゃ』
ゆるりと体を揺らして歌う九尾。ただそれだけの動きで、次にはラストの懐深くに飛び込み、一撃を食らわせていた。
シャインは問う。
「貴様の目的はなんだ? 単にグラビティ・チェインの略奪や、我等の虐殺だけではなかろう?」
「あなたたちがどうするのか。見たかったの」
どういうつもりか、この問いにはシン・オブ・ラストは答えた。
「あなたたちは、弱いものを捉えれば当たり前のように助けに来る。自分たちの不利も顧みない。それを確かめたかったの」
それは、データ収集だとシンオブラストは言っているのだった。
「企み、戦い、イマジネイターに、あなたたちの情報を捧げる。それを元にして、イマジネイターが勝利したなら、それが私の何よりの喜び」
心底から恍惚となって、シンオブラストは語る。
要は、あらゆる状況でのケルベロスの行動パターンを観察し、情報として収集しようとしている。そういう事のようだった。
「あ、もういいわよねっ?♪」
それ以上語る様子もないとみて、アリスが割って入った。とりあえず、恍惚としてるダモクレス美味しそう。
「さぁ、ラストちゃん。いい声で啼いてね?」
アリスが魔導書をくと、呼び出された黒き触手が絡みついた。ダモクレスが肢体をくねらせて苦痛に喘ぐ様が、なんでだかアリスを異様に回復させる。
マリオンの放つ『御業』がシン・オブ・ラストを捕縛する。
「もう遠慮はいりませんね?」
一般人にぶつかりそうで控えていたが、もう障害はない。ユーディットはブーストし、超加速突撃を敢行した。
「そぉっれぇ!」
風悟は赤熱する鉄塊剣を叩きつける。
絶え間なく攻撃を仕掛け、動きを止め、釘付けにし続ける。
今度こそ、ケルベロスたちを殺すために、シンオブラストはアスモデの煙を放った。
不可視の熱に肉を裂かれる苦痛と快楽は、ケルベロスでさえも抗いがたい。数汰は血を噴き、次の一撃をと踏み込もうとした晶の螺旋力が萎えた。
「あっ……く、そっ……」
「ねえ、どうして、あなたたちは弱い人間を見捨てないのかしら? もっと楽に戦えるのに」
シンオブラストは不思議だと言わんばかりだった。規格外と言えども、効率を優先させる物言いはいかにもダモクレスだった。
思えば、シン・オブ・ラストは、『色欲』という役割をこなしているだけ、そう思える節もあった。
ならば、この問いもシステムによってなされるテンプレートなモノなのかもしれない。それでも数太は答えた。
「市民を護ってデウスエクスも倒す。両方やるのがケルベロスだ!」
シン・オブ・ラストは、黙って聞いていた。しっかりと記憶しているようにも見える。これも、彼女にとっては『データ』なのか。
「……あなたたちは『強欲』ね」
そう言って、シン・オブ・ラストは妙に相好を崩した。
マリオンが紙兵を飛ばし、2人の熱を鎮める。
「これだけ喰らってまだ動けるとはたいしたものじゃな」
九尾はシン・オブ・ラストに指を突き入れる。のけぞらせる喉元から石化の魔力が流れ込んで、内部を冒していった。
「魂まで吸い尽くしてあ・げ・る♪」
もはやどっちが色欲かわからない勢いで、アリスはシンオブラストに絡みつき、快楽エネルギーを吸い取った。
「『我が手に宿るは断罪の雷霆――その身に刻め。裁きの鉄槌を!』」
数汰は天高く掲げた武器や拳に落雷を受け、その威力を一点に凝縮してシンオブラストへ叩き込む。
シンオブラストの全身を稲妻が走った。
膝をついたダモクレスへ晶がスカイブルーのボールを投げつける。ぶつかって割れた中から、おもちゃの蛙とカタツムリ、仔犬のシッポが飛び出した。
一見、可愛いだけの代物だが、そのダメージは凄まじい。
技の追加効果で不快を覚えているシン・オブ・ラストには、やはり、感情はあるようだ。
過去の事を言われても構わないつもりでいたヴェスパーだったが、シンオブラストは彼女を既に『いない物』としていた。
「まずは目の前の悪を切る、それだけであります」
ならば、それだけの事だ。
「『貴殿の行いは大罪に値するであります。その悪徳ごと、断罪します』」
ヴェスパーはセブンスソードを振り上げた。力を集め上段から振り下ろす。
「Set……Ready……GO!」
シン・オブ・ラストは避けない。どこかが焼き切れたのか、俯きよろめいている。
人の感情を理解したいと願うヴェスパーの一撃は、かつての姉妹を両断した。
●
「もう一度問う。『七つの大罪』の『傲慢』はどこだ?」
力を失い、機能停止しようとするシン・オブ・ラストに、ヴェスパーは鋭く問うた。
光を失いかけた赤い瞳で、シンオブラストは、ヴェスパーを見上げる。
「……知らない……わ……」
切れ切れの、合成音声めいた声音で、応える。
ヴェスパーがさらに問い詰めようとするが、シン・オブ・ラストの身体が赤熱しショートし始める。
「っ、危ない!」
急いで跳び退けば、シン・オブ・ラストは爆発四散した。
半壊した首が、ごろりと転がる。露わになった顔半分は、燃えて黒ずんだ金属の球体と化していて、もうどんな顔をしていたのかもわからなかった。
●
全てを終えて地上に出たときにはすでに夕刻だった。暮れなずむ空に、一番星が瞬いている。
救助活動や現場の後片付けはまだ続き、警察や消防が忙しく立ち働いていた。
地下アイドルのライブが襲われたという話はあっと言う間に広まったらしく、野次馬の数も半端ない。
当のアイドルは一番の重傷で、真っ先に病院に搬送されていったと、フローネが教えてくれた。
とは言え、死ぬことはないだろうと言う話だ。誰も死者はいなかった。
犠牲も覚悟していた晶にとって、それは何よりの朗報となった。
「ヴェスパー……大丈夫か……?」
気遣うシャインにヴェスパーはただ肯首した。
「知った顔と戦うのは、怖いですよ。今日は難儀でしたね」
マリオンも慰める。
2人の気遣いには感謝しながらも、ヴェスパーは思い出す。
対機などないと『色欲』は言った。もう、彼らにとって自分は存在しないのだ。
思いは尽きず、それがまたヴェスパーを戸惑わせる。
藍色の夜が近づく空に、徐々に星の数は増え、その輝きを増していた。
作者:黄秦 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年2月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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