人の手を離れて久しい廃坑の奥深くから、孤独な駆動音がこだまする。暗闇を鮮烈なヘッドライトで切り開きながら採掘作業を担うのは、チャーミングなステッカーが特徴のトラックだった。考えるまでもなく、人も機材も引き払った現場をたった1台のトラックだけで採掘できるはずがない。その機体名は、ポボス・デカ。ダモクレス、『システム・セイヴァー』シリーズの一機である。
発破・採掘・輸送、発破・採掘・輸送……。廃坑最奥部に配備されたその日から、ポボス・デカはこのルーチンワークを途切れさせたことはなかった。高い機動力を誇る車両型の胴体と変幻自在な液体金属状のアームは、脅威の仕事量をたたきだす。なにしろ、この廃坑そのものを試作量産型ダモクレス製造工場として稼働させるために十分な資源を、彼女一機で掘り出し続けているのだ。
量産型の高速生産による戦線維持――それこそがシステム・セイヴァーの名のもとに生まれたダモクレスの役目であると、彼女たちの生みの親である白河・龍造は語った。この作戦が軌道に乗れば、ここは強襲型魔空回廊に頼らない先進的な一大拠点となろう。ケルベロスの手に渡ったグラディウスに脅かされずに済む点で、それは実に魅力的な可能性だ。
しかし、この地が大拠点と化しても、ポボス・デカの仕事はきっと変わらない。心臓のように休みなく働き、姉妹機のシステム・ノアやシステム・マリアが十全に稼働できるよう物資を行き渡らせるだけだ。
もしも彼女がイレギュラーな動作を決行するときが来るとしたら……それは、システム・セイヴァーに重大な危機が訪れた日にちがいない。
ケルベロスたちと対面する白鳥・セイジ(ドワーフのヘリオライダー・en0216)の眉間には、いつになく深いしわが刻まれていた。
「よくない報せだ、心して聞いてほしい……ダモクレスが、ついに指揮官型を地球侵略に投入してきた。なかでも『ジュモー・エレクトリシアン』と呼ばれる指揮官型ダモクレスは、地球進攻用ダモクレスを新造するために、すでに複数の研究施設を地球上に用意していたことがわかったんだ」
廃棄家電のダモクレス化、VRギア型ダモクレスの一斉出現……地球上でダモクレスが起こした事件は、すでにいくつも報告されている。研究施設を野放しにしていては、いずれ新たな事件を計画されてしまうことは想像に難くない。
「さっそく、福岡県北部の炭坑跡地に研究施設のひとつを発見した。そうとなれば我々は、研究が実を結ぶより先に施設ごと叩き潰してしまおうじゃないか」
施設にひそむダモクレスは計4体にのぼる。
1体目は『白河・龍造』。ほかの3体を率いて量産型ダモクレスの高速生産を計画する、この研究施設の主。
2体目は『システム・ノア』。施設のスーパーコンピューターとして、量産型ダモクレス試作機の設計・開発を担っている。
3体目は『システム・マリア』。この機体そのものが工場であり、設計された試作機の製造を一手に引き受ける。
そして4体目は、『ポボス・デカ』。施設を稼働させる資源の採掘・運搬に特化したトラック型ダモクレス。
「研究の主任である白河・龍造さえ倒せば、ほかの3体は撤退に踏み切り、計画そのものが白紙に戻る。しかし、ここに集うのはそれぞれが高い専門性を秘めた強力な敵だ。いずれどこかで厄介な計画に加担するだろう……1体たりともここから逃がすわけにはいかない」
つまり、求められるのはダモクレス4体の同時撃破。1体に対してひとつのケルベロス隊が対峙する、4チームによる協同作戦だ。
4体のダモクレスは炭坑内の別々の場所で各々の任務を行っている。坑道内を別々の方向に移動したケルベロスがタイミングを合わせて急襲を仕掛けるには、離れたチームとも連携がとれるような手段が必要になるだろう。デウスエクスの領域である影響か、坑道内では電話や無線などの機器を用いた通信は使えない。しかし、ダモクレスたちには互いが損傷したり撃破されたことを他の機体に通知する機構が備わっているようだ。敵の機能を利用することも、勝機を掴む策のひとつかもしれない。
「さて、私のヘリオンに乗る君たちには、ポポス・デカの討伐をお願いしたい。トラックに近い見た目の通り、4体のなかでも特筆すべき機動力を持つ。他の機体への襲撃を察知すると、その地点への援護に向かおうとすることも考えられる……強敵だが、君たちならきっと食い止められると信じている」
ポポス・デカは採掘と運搬が任務であるため、炭坑内のどこかにある採掘現場と資源保管場の往来を繰り返している。すれ違いや見失いを防ぐための索敵方法も作戦に勘定せねばならない。
兵站役に見えるこの機体も、攻撃に転じれば油断ならない力を発揮する。荷台に積んだ液体金属が襲いかかってくるのだ。ときに鋭く、ときに重く自在に姿を変える武器に惑わされないように注意を払うべき敵だ。
「ダモクレスの思惑を正面から叩き潰し、地球侵略を阻止するためだ。我々も君たちも、ともに力を合わせて立ち向かおう!」
未知の敵地へ挑む勇敢なケルベロスたちへ、セイジは小さな拳を掲げてエールを送った。
参加者 | |
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和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413) |
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526) |
千歳緑・豊(喜懼・e09097) |
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770) |
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339) |
久堂・悠月(悠久の光を背負うもの・e19633) |
エルディス・ブレインス(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e27427) |
荒吹・チドリ(シャドウエルフの自称巫女さん・e32132) |
●轍の先へ
光の届かない隧道の奥地では、ちいさなペンライトでも視界を開いてくれる頼もしい光となる。元来は地底世界の住民であるドワーフの目にとってはなおのことだ。
「私たちの読みどおり、ですね。トラックほどの大きさの車両が通れる道は、そう多くありません」
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)は最低限の声量で仲間たちにそう告げた。彼の目に映っているのは、長らく放置されていた坑道を車道に作り変えた痕跡だ。大型車が旋廻できるほどの幅、急ごしらえながらも整えられた舗装……彼らがたどってきたほかの道とあきらかに異なる。
「あの……これって、タイヤの跡ですよね。近くに、いるんでしょうか……」
地面に置いたランプをのぞき、和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)は己に言い聞かせるようにつぶやく。ごく低い光源が、地面に刻まれた浅い轍の凹凸を浮かび上がらせていた。倒すべき敵――ポボス・デカの特徴を考慮したケルベロスたちの探索は功を奏し、目標とする採掘地帯をすみやかに見つけることができた。そうとなれば、この中を走行しているポボス・デカがいつどこから現れてもおかしくない。
「後方からは音も光もありません。敵に遭遇するとしたら、やはりこの先です」
「順調だな。この通り、堂々巡りにもなってない」
だからこそ、エルディス・ブレインス(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e27427)は予期せぬ遭遇を最後尾から警戒し、久堂・悠月(悠久の光を背負うもの・e19633)はたどった道をアリアドネの糸で確かめる。敵陣の只中を少しでも安全に歩くための堅実な備えだ。
「――あれか! 見てみろ、ほら早く!」
不意に、隠密気流を駆使し最前列で斥候を務めていた蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)が声をあげた。ケルベロスたちが呼ばれたほうに駆け寄ってみると、緑色のテールランプが徐々に遠ざかっていくところだった。
「いま、向こうの角から曲がってきた。こんな場所でハイビームを焚いて、律儀にウインカーまで出していたからすぐわかった。あいつがポボス・デカだ、間違いない」
「追いましょう。ここで逃す手はありません!」
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)の迷いなき一声を皮切りに、テールランプが向かった先へと8人と1体が薄暗く沈む道を蹴りだしていく。闇より黒い髪を惜しげもなく振り乱して走りながら、荒吹・チドリ(シャドウエルフの自称巫女さん・e32132)は併走するひとりの仲間に声をかけた。
「なあ、緑眼翁。これからどないしたろうか。あやつが袋小路に止まるまで待ったるか、それとも……」
翁と呼ばれるような歳じゃあないんだが――千歳緑・豊(喜懼・e09097)は淡い苦笑をもらしつつ、掌の中の懐中時計をちらりと見やる。そして、決断的にこう宣言した。
「いや、いまこそ好機――全力で追いつき次第、背後から奇襲と洒落込もうかね」
●砕きうがつ金色
この廃鉱に散在する資源採掘ポイントのひとつを目指し、ポボス・デカはひた走る。いままで何度となく通ってきた岐路を、平時と変わりなく曲がるべく減速したところだった。
『――!!』
龍の咆哮にも似た轟音とともに、荷台がかち割れんばかりの衝撃が走る。落盤に巻き込まれたか、いや、自然現象ではありえないこのダメージ状況はなにごとか。非生物的なまでに冷徹な思考回路が事態の真相を突き止める矢先、次なる衝撃はすでにポボス・デカを襲おうとしていた。
「いまです、蒼天翼さん!」
「わかってる!」
紺が撃ち込んだ轟竜砲に続き、真琴のスターゲイザーが機体後部へ突き刺さる――その直前、彼の視界を黄金が覆った。荷台にぽつんと放置されたダンボールから、金色に輝く液体金属が間欠泉のように解き放たれたのだ。液体金属は超重力の飛び蹴りを相殺すると、ひとりでに投光機の形をなして、自身を取りまく影たちを照らし出した。ポボス・デカの進路に立ちはだかる者たち、ケルベロス。デウスエクスの体にグラビティをもって致命傷をもたらしうる、地球の守護者。
ポボス・デカの緑に光るハザードランプが断続的に点滅するのを豊は見た。ヘリオライダーが言っていた、この坑内にいる他の機体への緊急通信がはじまっているのだろう。計画書の文面にしか存在しなかった、己の妹機になっていたはずの機体を前にして、彼は屈託のない気持ちを口にした。
「はじめまして。君に会えて、ほんとうに嬉しいよ」
親しげな言葉とは裏腹に、声色に慈悲の色はない。挨拶と同時にけしかけられた炎の獣が牙を向くさまは、さながら純粋な戦意だ――出会った場所が戦場である以上、『戦い』こそが最上の会話なのだから。
機動力を削ごうと襲い掛かる猟犬をも振り払わんばかりに、波打つ黄金が敵をえぐるための爪をもつショベルが振り回される。行く手を阻む全員をまとめて打ち据えようとするポボス・デカの猛攻を目前にして、だからこそ、イッパイアッテナは相箱のザラキと共に誰よりも前へと進み出た。
「僕たちの力は、覚悟は、けっして負けません。僕が守り抜きます!」
「……そ、その、ええと……皆さんがんばって! 私も、がんばりますから……!」
乱反射するバラ色の魔力を震える手で届けながら、紫睡も震える声でエールを送った。機動力の高い敵を封じるべく組織された前衛陣のバックアップが、いまの彼女の役目である。攻撃に特化した仲間たちを支えるため、今日ばかりは弱虫な紫睡ではいられない。
「逃がしはしません、ここで仕留めてみせます――ショット!」
エルディスの号令とともに放たれた無数の光弾が、タイヤを的確に撃ちぬいた。ポボス・デカはぐらりと体勢を崩し、横転する寸前でぐるりと俊敏に身をひるがえす。
「なっ!?」
想像を超えた様相挙動に、エルディスは目を見開く。液体金属の一部が腕に似た形と化して機体をささえ、運動性を補っているのだ。
「なにがあっても動けるっちゅうわけやな。獣みたいに走りよる」
チドリのライトニングボルトがフロントガラスをうがつものの、まだ敵がひるむ様子はない。きっと運転席がごっそりなくなっても動き続ける気だという確信に近い直感が、彼女の眉間にしわを作らせた。
いっぽうで、予想を裏切られてもなお、悠月の目に燃える闘志は消えない。
「脚がとんだぐらいじゃへこたれねえってか……おもしれえ! 疲れて動けなくなるまでぶっ叩いてやらあ!」
それどころか表情には楽しげな笑みさえ浮かべ、彼は地を蹴るエアシューズにいっそうの力をこめた。
●地の底の道
進路を一掃することが先決と考えたのか、ポボス・デカは前線に立つ攻撃陣全体を巻き込む攻撃を繰り返す。紫睡の手当てを受けながらも、多少の怪我はやむなしとばかりにケルベロスたちは渾身のグラビティを叩き込み続けていた。
「このカッタい水は叩き切っといたで。そうら、本体にくらわせたれ」
チドリのシャドウリッパーが液体金属をさばいた隙間を、音速を超える銃弾が通過する。
「ヒット。……まだ持ちこたえますか。しぶといの一言に尽きます」
坑道の壁面を最大限に活用した跳弾射撃が機体下部の機関部に命中したことを見取っても、エルディスの表情は緊張の色を保ったままだ。わななかせた胴体にさらに追い討ちをかけるように、真琴は炎にまかれ傷ついた左腕をあえて晒した。
「万象生みし根源たる力、我が血の元に呼応せよっ!」
火炎よりも赤い符が起こす突風で敵の巨体を押しとどめ、ケルベロスたちを突破しようとする勢いを殺す。逃げ場のない圧力を全面に受け、ゆらめく液体金属までも大きくたわんで見えた。
「ううん、ちがう――新しい攻撃です!」
最後列からの紫睡の叫びが響き、前線に立つ者たちが一斉に身構えるよりほんの少し早く、液体金属が鋭く渦巻く流線型をかたどった。
風を切って振り下ろされる凶牙、耳を刺す金属音――岩盤の破片が散乱する下に、イッパイアッテナが膝をついていた。
「まだです、僕はまだ……皆を、地上へ……」
それでも前へ出ようするイッパイアッテナの前に、紺が雷の霊力を宿して躍り出る。追撃をけん制するように雷刃突を鋭く放ち、彼女は背後へ向けて声を張り上げた。
「あなたは十分に私たちを支えてくれました! 無理は禁物です、あなたの命にかかわります!」
スカルブレイカーを振り下ろした悠月が彼らのそばに着地する。自身もいくぶんか負傷しているにもかかわらず、彼は迷わずイッパイアッテナに肩を貸した。
「そうだぜ。皆そろって地上に帰りたいのは、俺だって同じだ」
「……かたじけない。あとは、頼みます」
ふたりの気迫に背を押されるかたちで戦線を離れる彼とすれ違い、豊は静かに、しかし力強くうなづいて見せた。かたわらには、五つ眼を光らせる地獄の炎の獣。
「私たちを守ってくれてありがとう。大丈夫。あの子は、ちゃんと殺すから」
そう、ケルベロスたちの士気は、いまだ衰えていない。
●エンジンの止まるとき
「お前が金ならこっちは黒だ、どっちが強いか勝負といこうぜ、なあ!」
悠月のブラックスライムが液体金属とぶつかり合い、金と黒の飛沫が激しい火花のように爆ぜる。ポボス・デカの4つのタイヤはすでにはじけ飛び、動力を補うために液体金属を割かざるを得ない状態だ。強力なグラビティのぶつけ合いで、互いに残る体力はそう多くない。紫睡も残る魔力を振り絞って花弁の翼に変え、必死に紫水晶の杖と声援を振るった。
「き、気をつけて、攻撃がきます!」
けたたましく鳴る金属の回転は、エルディスを巻き込んで岐路の角へ叩きつける。全身を襲う衝撃に歯を食いしばって耐え忍んだものの、身体の消耗を上回る精神力で辛うじて立っている状態だ。
「伊達眼鏡、よう気張ったのぅ。水晶嬢の代わりで悪いが、うちの手当てで堪忍して――」
「いえ、それには及びません。それよりも……いまが、『全力で叩くとき』、です!」
チドリの申し出をみずから退けた彼の眼には、負傷による疲弊よりも色濃く、勝機への希望が輝いていた。いまだ脅威とはいえ威力の鈍った攻撃、攻撃にまわす液体金属の減少……いずれも、ポボス・デカの限界が近い事実を示しているとエルディスは悟ったからだ。
その声を聞きつけ、真琴は烈槍葵牙を握る腕にいっそうの力をこめた。
「そうか……いまこそ、絶対に突き通す!」
最後の抵抗とばかりに荒れ狂う液体金属の波を、稲妻の力をこめた葵色の薙刀が切り開く。
「わかりました、ここでバッチリ決めて見せますとも!」
紺も雷の刃で切り込み、二重に合わせられた雷撃のグラビティが黄金の激流を完全に四散させた。
液体金属の守りを完全に失ったポボス・デカの機体上に踊りこんだ豊は、車体上に貼り付けられたステッカーに気づいた。あれほど激しい戦いを経ていながら驚くほどきれいに残された、桃色のリボンのステッカー。いまこの瞬間まで、けっして傷つけるまいとポボス・デカが液体金属で必死に隠していたものだ。
「そのリボン、とても可愛いよ。似合ってる」
彼のおだやかな言葉を手向けとして、ポボス・デカの機体は葬送の炎に包まれ、ついに姿を消したのだった。
作者:緒石イナ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年2月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 2/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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