●おもいかえせば
自宅へと帰ってきた女性は、郵便受けを確認すると乱暴にその蓋を閉めた。
「ああもう!!」
とにかく不機嫌であった。
「久しぶりの休みだってのに……なんなの、ホントになんなの!」
部屋の鍵を開けるかと思いきや、堪えきれないといわんばかりにドアを叩き始めた。
どうやら彼女はひとり映画を観に行ってきた帰りらしい。
「なんだよあの痰吐き親父! カーッじゃねーよカーッじゃ! ずっと隣で何十回も気持ち悪いわッ!」
どうやら隣に座っていた別の客が、ことあるごとに喉を鳴らして痰を吐いていたようだ。
うるさくて映画に集中できない、いやそうでなくとも気持ち悪い。
嫌悪感を抑えきれずに女性が身震いをする。
「その『嫌悪』、わからなくもないかな」
不意に後ろから声がして女性は振り向いた。しかしその相手を確認するより前に、胸に何かが突き刺さった。
「え?」
「といっても私のモザイクが晴れるわけじゃないけどね」
倒れた女性に、そのドリームイーターの声はもう聞こえていなかった。
●ロールアウト
どこか考えるようにヘリオライダーの茶太は腕を組んだ。
「痰かぁ……いますよね、そこかしこに吐き出しちゃう人」
それもやたらと大きな音を立てて。
体調の問題もあるのだろうが、稀に連射する人もいる。
「良いものではないですよね。女性ならなおさら」
おかげさまで、その『嫌悪』の感情を奪うドリームイーターが現れた。そのドリームイーターは姿を消しているが、奪われた感情から新たに生まれたドリームイーターが事件を起こそうとしているのだ。
「今回の嫌悪をもとにした怪物というわけですから……」
ちょっと考える茶太。頭を振る柴犬。
「あちこちいろいろ吐き散らかしそうです」
直ちに倒すべきである。
敵は怪物型のドリームイーターが1体。夜の住宅街を徘徊している。
人通りが多い場所ではないので、すぐに対処すれば一般人がおそわれる心配はない。
「まあ、問題点をひとつあげるなら」
茶太が指を立てた。
「気持ち悪いって事ですかね」
痰を吐く怪物だから。
「女性に関しては昏睡しているだけです。ドリームイーターさえ倒せば回復します」
放っておくとまずいが、女性を救うためにも、事件を起こさないためにもするべき事はひとつ。
「ドリームイーターの撃破、お願いします」
そう言って茶太は頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
ラトゥーニ・ベルフロー(至福の夢・e00214) |
眞月・戒李(ストレイダンス・e00383) |
リリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775) |
ルイ・コルディエ(菫青石・e08642) |
長船・影光(英雄惨禍・e14306) |
トライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989) |
セリア・ディヴィニティ(揺らぐ蒼炎・e24288) |
ユーディット・アルニム(装甲砲士・e29597) |
●月に叢雲
周囲への警戒を続けながら、トライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989)は後ろ頭を掻いた。
「まあ、痰が絡んだときの苦しさは知らないわけじゃないんだけどな」
父親が兄に懇々と説いていたことがあったりなかったり。
「だからって許されるものでもないけどね」
「その通りだぜ」
眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)の言葉に力強くうなずく。
「さっさと倒さないと被害が広がるのは勿論だけど、それ以前に長く現界させておきたくないよ」
「お、おう、よっぽどだな……」
あまりの言いっぷりにちょっと引き気味のトライリゥトだが、わかってあげてと言わんばかりにボクスドラゴンのセイさんがぽんと肩を叩いた。
「生理現象のひとつというのはわかるのだがな」
「でも、マナーはまた別の話よね」
「ああ」
ユーディット・アルニム(装甲砲士・e29597)とセリア・ディヴィニティ(揺らぐ蒼炎・e24288)も互いに心情を語っていた。
「そもそも公共の場である映画館で音を立てるのは論外だ」
「図書館や電車の中でも同じね」
極めて常識的な話である。
ひとつの行為で多くの人が嫌悪感を抱くというのならそこは配慮すべきであり、そんな事態に遭遇してしまう気持ちはわかるというもの。
それは、長船・影光(英雄惨禍・e14306)も同様である。
「確かに、分からない嫌悪ではないが……分かってほしくは、なかった……」
それはドリームイーターに対してである。ドリームイーターがこの嫌悪に目をつけなければ、こんなことにはならなかったのだから。
「ところで……アレは、なにをしているんだ……」
影光の示す先では、ルイ・コルディエ(菫青石・e08642)がおもむろに電柱に登っていた。知っていたらしく、戒李が答える。
「なんでも、高いところで月をバックに決め台詞決めたいらしいよ」
「……誰だ、許可を出したのは」
許可制だったらしい。でも誰が言ったのかは不明。
当のルイといえば電柱のてっぺんで自分の身体を抱えて震えていたりする。
「か、カッコよさにはが、我慢も必要よね……は、早く春にならないかしらぁっくしゅんっ」
「……降りろ。素直に、降りろ」
言うがあまり強制しない、自己責任である。
「なんか真似してる子までいるぞ」
「ふっふっふー、このわたしの存在にきづくとはさすがですー」
「丸見えなんだが」
ユーディットが指摘すると、リリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)はなぜかすごいドヤ顔してアホ毛揺らしてた。
「ぼーりんぐできたえた登り術、いまここでみせつけてあげます!」
「ボウリング……?」
ボルダリングのことです。
「ぬわ~です~」
手が届かなくてリリウムが落ちた。電柱をつかもうとしたアホ毛が宙を切る。
でも下でライドキャリバーのアインクラートさんがクッションになってくれた、助かった。
「それで、こっちは……?」
セリアが見遣ったのはミミックのリリさん、とそれに引きずられてきたラトゥーニ・ベルフロー(至福の夢・e00214)であった。
「寝てる?」
問われて、すいませんといわんばかりにリリさんが頭を下げた。そしたら急に目が覚めたのか、ラトゥーニがリリさんをつかんだ。
「もぅふ……それから、ぉかし……」
ごそごそ物色。くつろぐ気満々である。
●勝活喝
何が起きたのか。
目標のドリームイーターを発見しすぐ攻撃態勢に入ったはずだ。
だが、気がつけば電柱の下半分が消えうせ、ルイが地上に落下していた。変な格好でさかさまになってる。
「Was ist denn?」
なんなのこれ、とユーディットから思わずドイツ語が出た。
つまるところ、ドリームイーターの吐き出したモノが電柱を引き飛ばしたというわけだ。
ちなみに、ルイは決め台詞の真っ最中だった。
「るなてぃっくひーる、ひーる!」
リリウムのアホ毛がぺかーっと光ってる。治療は任せておけば大丈夫だろう。ちょうちんあんこう。
「……ああ、そういうことか」
「どういうこと?」
気づいたらしい影光に戒李が尋ねた。
「……誰も、攻撃が粘ついていると、言っていなかった」
「たしかに!」
納得してから、また考える。
「ねえ、それもはや痰じゃなくない?」
応えるかのようにドリームイーターが大きく口を開いた。そして、無数のミサイルが吐き出される。
だがいかにミサイルといえど吐き出したモノには変わりない。
「……汚いものは汚いのだから、ひとつたりとて貰いたくはないわね……」
冷静に言うセリアだが、その動きはとてもひっし。
襲い来るミサイルを避けるため、飛んで跳ねて斬り落とす。見事な槍捌き。
いかに定命を受け入れたとはいえ、越えたくない一線もあるのだ。
それでも捌ききれるものではない、落とし損ねたミサイルのひとつがセリアに迫る。
「くっ……」
だが、目の前に唐突に現れた箱にミサイルが阻まれた。
「リリ……なぃすきゃっち」
ラトゥーニだった。リリさんでミサイルをインターセプト。
「カァァァーッ!!」
「全く恐ろしい敵だぜ……だがッ!」
攻撃が止んでもなお猛るドリームイーターにトライリゥトが向かう。
「てめぇがカーッと来るんなら、ハオーなんとか拳を使うしかねぇ!」
なにそれといわんばかりに見てくるセイさんに親指を立てる。
「だが俺には使えねえ!」
「何が言いたいかわかんないけど、頼むよ!」
戒李に言われて、ふたりで普通に突っ込んで行く。ふたりの連撃から間髪を入れずに影光が蹴りを繰り出し敵の機動性を削ぎ、ユーディットに命じられたアインクラートさんがガトリングを撃ち込んで、やはり動きを阻害していく。
「余り近づきたくないからな」
でも言ってることは素直。
「あーほーげーのはーなーがー」
そしてリリウムはなぜか鍵盤ハーモニカを取り出して応援を始めていた。
●怯むことなき猛者
「カアアアァァァァッ!」
ひときわ大きくドリームイーターが雄たけびをあげた。今までにない勢いの攻撃が来るに違いない。
「カァぶ、おごおおっ!?」
だが次の瞬間、ドリームイーターの口にリリさんが投げ込まれていた。ラトゥーニのナイスピッチング。そして詰まった痰がその場で爆発した。
「うう、リリさんのぎせいはわすれませんっ……」
まだ死んでない。だが仲間をやられたことには変わりない。リリウムが怒りにとうとう絵本を開いた。
なんか以前にも見たことあるような猪頭の獣人が出てきた。
前と違うところといえば、革のストリートファッションに身を包み、サングラスをしているところだろうか。
「ふごっ」
指さしポーズ取ってきた。なんかむかついたので尻を蹴っ飛ばした。
「ふごごごごふごーっ」
呼び出して酷いーっ。
泣いた猪頭はドリームイーターに一撃かましてそのまま消えていった。
よろめいたドリームイーターは、一度上半身をがくんと向こう側に倒したが、勢いをつけて歪な頭をもとの位置に戻してきた。
「どんなB級ホラー映画だ」
気味の悪い動きを見て、ユーディットが顔面めがけて砲弾を撃ち込んだ。少しずつ、確実にドリームイーターの動きが鈍っていく。
そうなれば、敵の攻撃も見切りやすい。仲間に向かっていった塊を、トライリゥトが庇って叩き落した。弾かれたソレは勢いを失って、彼の身体を吹き飛ばすことはなかったのだが。
「気合を入れれば痰をつけられようが平静でいられる……そう思っていた時期が俺にもありました」
攻撃の勢いがなくなれば、ソレはただの痰に違いなかった。
「うわ、気持ち悪」
「近づかないでくれる?」
「体張ったのに!」
戒李とセリアがそそっと離れた。味方だと思ってたセイさんまで顔をそらしてる。トライリゥトはがっくりうなだれた。
「もうこれ以上放っておけないね。塵も残さずしっかり消毒するよ!」
そう言って戒李が手をかざすと、次々と魔力の矢が生まれた。相手から罪の意識を引きずり出し、力に変える彼女自身のグラビティ。
「いや、誰かしら必ずあるもんだけど……それにしたって多くない?」
気づけば無数に発生した魔力の矢が、針の雨のごとく降り注ぎ、ドリームイーターの身体を削ぎ落す。
ドリームイーターは、女性の嫌悪感から生まれたもの。だとすればそれはいったい何者の罪悪なのか。
「そんなに悪いと思っているのなら……」
セリアの突き出した槍が、正確にドリームイーターの口元を突いた。
「粗相ばかりを働く口を縫い閉じてあげるわ」
正確にいうと、槍はわずかにドリームイーターから離れていたが、切っ先から放たれた冷気がドリームイーターの口を凍らせ縫い付けていく。
「ふっかーつ!」
「ぁ、ぉきた」
さっきまでそこでぴくぴくいってたルイが飛び上がった。それに気付いたのはラトゥーニであるが、彼女はもう起きる気はないらしい。
身を低くしていれば敵の攻撃を避けやすいが、別にそーではなくだらけているだけだ。
「ピンチからの大逆転もヒーローならではだよね! 汚いのが嫌とかそういうんじゃないから!」
なんかいろいろ地が出てる。しかしそれでもここが決め所と剣に炎を纏わせ果敢に飛び込んでいく。
剣を振りかぶり、炎の色が青へ、白へ、そして最後には色自体を失う。
「闇夜に紛れ悪事を働くその姿、お天道様が見逃してもケルベロスは見逃さない! この蒼炎の……ってちょまっ!?」
ドリームイーターの歪な頭部の一部が開き、何かを吐き出そうとしてきた。もう完全に勢いをつけていていまさら止まれない。
いや、敵の撃破という点では問題はないのだ。敵が最後の一撃を放っても直撃をくらっても、いまなら相打ちどころか押し勝つだろう。
問題は、攻撃を受けてしまうことそれ自体である。
「いやーっ! こんなのヒーローっぽくないーッ!」
だが、ドリームイーターの一撃が吐き出される前に、横から影光が飛び込んできた。相手を内部から破壊する掌底を撃ち込んだ。
ドリームイーターの顔の向きがそれ、溜め込んだモノがあられもない方に吐き出され、その辺の塀を崩す。
「……今のうちだ」
「ありがとっ!」
そして、ルイが見えないほどに熱を持つ炎の剣で、ドリームイーターを両断した。
●傷跡の先へ
無事ドリームイーターを倒したものの、思ったより周囲への被害は大きかった。それらをヒールし終わったころ、相変らずラトゥーニは寝転げていた。ぽりぽりスナック菓子食べながら。
「リリ、じゅーす」
へんじがない、ただのミミックのようだ。
「……あの自堕落ぶりもここまでくるとある種の根性を感じるな」
半ば変な方向に関心しつつ、ユーディットはリリさんの方を見遣った。現在リリウムの治療真っ最中だ。
「うー、しっかりしてくださいですー」
「いたわってやるのはいいが、セロハンテープでは治らないと思うぞ……いや、お前のことはああは扱わないからな」
そう言われてアインクラートさんちょっと安心気味。
「それでですねー、わたししってるんです。映画をみるときは静かに見なきゃいけないんですよ」
「いきなり話がとんだが、それでどうした」
「つまり! このドリームイーターは悪の組織のいちいん……!」
「どうしてそうなった」
そしてリリウムは言わなかった。映画館で騒いで怒られたことがあることを。
「災難だったわね」
「ああ、全くだぜ」
セリアに言われてトライリゥトが身を起こした。クリーニングをかけてもらったのだが、なんか若干距離を感じる。
「うん、あまり近寄らないで」
「正直すぎるっ!」
さらっと拒絶してくる戒李にげんなり。でもこの程度でめげるトライリゥトではない。
「とりあえず、栄養ドリンクを飲む!」
お客さん今日はそれくらいにしておきな、と言いたそうにセイさんがドリンクのふたを開けて差し出してくれた。
「よし、運動しよう。動いて忘れよう、おお!」
「逃避したわね」
「そうね」
そっとしておくことにした。
「ここ最近でも有数の強敵だった気がするわね。直撃は死に直結するし、威力を殺せば汚れるし……あ」
「そういえばセリア、けっこうミサイル叩き落してたっけ」
「……」
「……」
「……ちょっと槍クリーニングしてもらってくる」
「そうしてもらいな」
ここまで来て大活躍のクリーニング。生死にかかわるレベルかもしれなかった。
「はああ~……なんか今日は失敗ばかりだったなぁ」
最後の一撃は決めたものの、それ以外は見せ場がない、というかむしろ空回りしてばかりだった気がしてルイはため息を吐いた。
「……気を落とすことは、ない」
影光が言った。彼が自分から語りかけるのは珍しいかもしれない。
ヒーロー、英雄。言い方は違えど目指すものは同じ、ゆえに思うところがあるのかもしれない。
「……目指して行動するのなら、いずれ成れるはずだ」
「そっかなぁ……うん、でもありがと、がんばるっ!」
素直に行動できていることに対する憧れ、だがそんな姿を見せてもらえることで、彼の心にも少しずつ光が差していくのかもしれなかった。
作者:宮内ゆう |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2017年2月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|