広島県と島根県をまたぐ西中国山地の最高峰、恐羅漢山(おそらかんざん)。
ダモクレスの支配するミッション地域であるこの地では、今日もケルベロスたちによる戦いが繰り広げられていた。
「よし、掃討完了、撤退を……!?」
一通りの敵を倒し、ケルベロスたちが撤収しようとした、その時。
突如として現れたさらなるダモクレスの軍団が、引き上げようとするケルベロスたちに襲いかかった。
「……ゼンシン、トツゲキ!!」
丸っこい頭、おもちゃのような全身鎧姿、細長い手足……その姿は、幾分ユーモラスさを感じさせるものだ。
だが、手にした西洋風の長槍からは、ケルベロスたちに向けられた、まぎれもない殺意が発せられている。
そして何より脅威になると思われるのは、その数。
前後二列に整列した軍団は、合わせて十六体にも及ぶ頭数を頼みに、一気にケルベロスたちに襲いかかった……!
「撤収、急げ!」
「殿は俺が!」
不意打ちを受けたケルベロスたちは、どうにか被害を抑えつつ、恐羅漢山の地を離れてゆく。
「チェックメイト、カンリョウ!」
丸っこい槍兵のダモクレスたちは、自分たちの与えた戦果を確認し、誇らしげな声とともに、こちらもまた戦場をあとにする。
十六体の丸い鎧姿がぞろぞろと並んで去ってゆく姿は、さながらチェスのポーンが連なって行進しているかのようだ。
恐羅漢山という盤面は、ようやくひとときの静けさを取り戻そうとしていた。
「押忍! 皆、よう集まってくれたじゃ。クリスマスにゴッドサンタが言うちょった『新たなダモクレスの幹部』こと、指揮官型ダモクレスの侵略が始まってしまったらしいんじゃ」
円乗寺・勲(熱いエールのヘリオライダー・en0115)は、厚い胸板に響く声でエールを一つ切り、集まったケルベロスたちに説明を始める。
「今回の目標となる敵を生み出したんは、指揮官型のうちの一体『マザー・アイリス』じゃ。奴は、ケルベロスとの戦いのため、コストパフォーマンスに優れた、量産型のダモクレスを投入しようとしとるらしいんじゃ」
そして、マザー・アイリスが生み出した試作機が、ダモクレスの支配するミッション地域に大量に放たれ、ミッションに挑むケルベロスたちを襲う事件が発生している……と、勲は言う。
「量産型っちゅうだけあって、一体一体の戦力はそれほどでもないんじゃが……連中、ミッションで消耗したケルベロスや、練度の低いケルベロスやらを狙って襲いかかっとるんで、少なからず被害も出てしまっちょる」
勲によると、問題の量産型ダモクレスは、ミッション地域の外縁部に潜んで襲撃活動を行っているとのことだ。
「じゃけん、奴らの潜伏しとる場所ば踏み込んで、殲滅してきてもらいたいんじゃ」
勲はそこでまた一つ押忍! と気合いを入れ、続いて、今回の相手となるダモクレスの戦力などについての説明を始める。
「まず、場所は、恐羅漢山じゃ。ミッション分類番号で言うところの、『7-4』がある所じゃな。そこに、マザー・アイリスが放ったダモクレス、『ポーン・デヴァイス』の軍団が潜んでおるじゃ」
勲によると、『ポーン・デヴァイス』はその名の通りチェスのポーンを彷彿とさせる西洋の槍兵風の姿で、手にした槍で突いて麻痺を狙ってきたり、石突で殴打することで怒りを誘ってきたり、槍を長く持ってのなぎ払いで複数の足止めを狙ってきたりする、という。
「戦力そのものは大したことないんじゃが、問題なんは、その数じゃ。全部で16体もおって、8体ずつ前後に分かれてぞろぞろと襲いかかってくる、と報告されちょる。ちょうど、チェス盤二列分……ということになるんかのう」
勲は顎に手をやり、多数の相手をいかに効率よく相手取るかが肝の戦いになるだろう、と予測を述べる。
「それから、戦況に影響しそうな事は、もう一つあるじゃ。敵は恐羅漢山の外縁部に潜んでおるじゃて、連中をどう探索して戦いに持ち込むかが、初手の状況を左右するじゃろうの」
探索がうまくいけば、一方的に攻撃するチャンスが生まれるかも知れない。逆に、探索でしくじると、相手から奇襲を受ける可能性もあるだろう。
「見敵必殺の心意気で、有利な戦いを目指すんが肝心じゃ。気張って行ってくるじゃ、押忍っ!」
「はいっ! 『サーチ・アンド・デストロイ』ってやつですよね! ミッションに挑む皆さんのためにも、頑張ってきまーす!」
天野・陽菜(ケルベロス兼女優のたまご・en0073)は元気良く手を上げ、勲の気合いに応える。
そんな彼女と集まったケルベロスたち力強く頷きかけ、勲は皆を送り出すのだった。
参加者 | |
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松葉瀬・丈志(紅塵の疾風・e01374) |
姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974) |
フレナディア・ハピネストリガー(サキュバスのガンスリンガー・e03217) |
シャルロッテ・リースフェルト(お姉さん系の男の娘・e09272) |
峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147) |
氷鏡・緋桜(矛盾を背負う緋き悪魔・e18103) |
平坂・穣子(ウェアライダーの巫術士・e25580) |
フィアルリィン・ウィーデーウダート(死盟の戦闘医術士・e25594) |
●盤面準備
雪の白と針葉樹の濃緑が入り混じった山間の地に降り立ったのは、9人のケルベロスたち。
「じゃあ、三班で手分けして探すけど、離れて孤立しない様にね。三個分隊は一つの小隊なんだからね!」
姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)の言葉にうなずき、彼らは3人ずつの分隊となって、ここ恐羅漢山の地に現れた量産型ダモクレス・『ポーン・デヴァイス』の姿を求め、駆け出してゆく。
「量産型で数が多いのは厄介だけど、コツコツ潰してきゃ親玉まで辿り着くだろ!」
「ああ、ケルベロスだけならともかく、一般人に被害が及ぶとヤバいしな。残さず全員始末しないと」
山間を東側に進むのは、峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)、松葉瀬・丈志(紅塵の疾風・e01374)、フレナディア・ハピネストリガー(サキュバスのガンスリンガー・e03217)の3人だ。丈志が防具に秘められた力で植物を分けた小路を拓き、雅也は隠密性を高める気流を纏ってできるだけ敵からの発見を防ぎつつ木々の間に目を配り、フレナディアは周りの音や風向きにも注意を払いながら敵の姿を探し……と、丁寧に連携を取って、彼らは自分たちの担当地域を進む。
「良い男に挟まれてお姉さん、嬉しい限りだわ。これで任務が無ければどこぞに連れ込んで色々してあげちゃうのに~」
チームメイトたちの頼もしい様子に、フレナディアが悪戯っぽく片目をつぶる。もちろん、軽口を叩いている彼女も、セクシーなお姉さまの冗談に軽く照れる野郎二人も、本来の目的を忘れたりはせず、五感を総動員して敵の姿を求めながら、だ。
「見つけたら……倍の数の敵と戦うのか。めんどいなぁ」
少しだるそうな半眼で、それでも着実に戦場を見渡すのは、平坂・穣子(ウェアライダーの巫術士・e25580)だ。穣子、シャルロッテ・リースフェルト(お姉さん系の男の娘・e09272)、氷鏡・緋桜(矛盾を背負う緋き悪魔・e18103)の3人は、先ほどの3人とは反対側、地上西側の索敵に回っている。
「雑魚が量産されても、ぶちのめすだけだ……せいぜい俺を楽しませろよ!」
普段の少しふにゃけた様子から一転、戦いの昂りに身を任せた荒々しさで戦場の端から端までを睨み回している緋桜には、ことさら気合が入っている。今回の相手たるポーン・デヴァイスは彼にとって特別な敵の一群とあれば、それも当然のことだろう。
「この辺りに、それらしい気配はありませんね……」
ならば、どうすべきか。素早く思考を巡らせたシャルロッテが取った行動は、緑色の瞳に組み込まれたアイズフォンを起動させ、その旨を他班に伝えることだった。レプリカントとして、元・同胞とも言えるダモクレスたちの侵略を阻止するために。自分にできることを考え、着実に動こうと心に決めてきた彼(ただし見かけは彼女)に、迷いはない。
「了解です、こちらは引き続き未確認のエリアを探すですよ」
シャルロッテからの電話に、フィアルリィン・ウィーデーウダート(死盟の戦闘医術士・e25594)が応答する。山の中で携帯の電波は良くなかったが、何とかチーム間で意思疎通ができないこともない程度だったのは、不幸中の幸いだろう。こちらは、フィアルリィン、ロビネッタ、天野・陽菜(ケルベロス兼女優のたまご・en0073)の羽根持ち3人組で、上空からの探索を行っている。
(「あたしはあんまり頭が良くないから、あの子とチェスをする時、直感で指していつも負けちゃうんだけど……でもチェス盤思考は探偵にとって重要なんだよね。チェス盤を引っ繰り返すって言うんだけど、相手の側に視点を変えると見えなかったものが見えるの」)
ポーンの名を冠する相手ということで、チェスの得意な友人のことを思い浮かべつつ、ロビネッタは一生懸命に頭を回転させる。
「んー……ここでチェス盤を引っ繰り返して考えると、隠れて不意打ちし易い場所に居るんじゃないかな!」
16体のポーンたちは、何が得意で、何をしたくなるか……ポーンと立場を入れ替えて考えてみたロビネッタの出した結論は、シンプルなものだ。
「むー、不意打ちし易い場所、ですか?」
「ええと……16体もの大所帯なら、隠れるにもそれなりの広さが必要なのは確か、だと思うです」
頭脳労働は苦手な陽菜がうーんと考え込む横で、ロビネッタの意見から導き出された思考に基づき、フィアルリィンが再び辺りを見回す。条件に合う場所はあるか、風と関係なく動いているような草木がないか……今までにも増して注意深く、彼女は木々の間を見通した。
「……!」
意識して探すことで、何となく見ていた時には見つからなかったものが見つかることもある。
まさに予測した通りのもの……風向きに逆らって動く木々の一群を見つけ、フィアルリィンは二人の仲間に目で合図を送る。空中で相手からも見つかりやすい状況を鑑み、上空の3人は出来る限り今までと変わらない動きを心がけながら、ひっそりと他班の仲間たちに連絡を回した。
「よっ、お手柄だな!」
地上を探っていた残り二班は迅速に駆けつけ、俺たちが揃えば怖いものなどないとばかりに、雅也が仲間たちににっかりと笑顔を向ける。
それが、集結したケルベロスたちの、戦端を開く合図だった。
●対局開始
「さーて、ゲームと行こうぜ……!」
いの一番に駆け出したのは、緋桜だ。戦い慣れした練度に支えられた動きは迅速で、迷わず一点を目指し、彼は戦場を駆け抜ける。その目標は、ケルベロスたちの前方に屯する、丸みを帯びたブリキの人形めいた姿。今回の目標である、ポーンたちに他ならなかった。
「……!」
ずらりと並んだ同じ顔から手近な一体の標的を選び、緋桜自慢の拳から、魂を喰らう一撃が繰り出される。この量産型ダモクレスたちに魂があるかはさておき、狙われた1体のポーンは、警告音声を上げる間もなく吹き飛んだ。
「ナニモノ!?」
「センテ?」
「ファランクス!」
彼に続いて次々と殺到するケルベロスたちに、残されたポーンの集団は慌てたように片言の音声を発しつつ、それでも最低限の状況を理解したようだ。その身に組み込まれた戦闘プログラムの名前だろうか……『ファランクス』という単語、すなわち歩兵の集団が密集した陣形を組むかのように、ポーンたちはおおまかな二列横隊らしき体勢を整えようとしているようだ。
「ダサい。量産型って言うから、兵器としての機能美が感じられるのかと思ったけど。これじゃ、ブリキの出来損ないだな」
ガチャガチャとやかましい音を立てて右往左往するポーンたちを見て、穣子がストレートかつ辛辣な感想を述べる。その言葉は単なる感想にとどまらず、敵の動きを規制する獣の咆哮の力を込めたハウリングとなり、大勢のポーンたちを巻き込んだ。彼女のテレビウム『田中くん』も主人に同調するかのように、液晶テレビの顔面から閃光を明滅させる。
「人海戦術なんかに負けないぜ、一人残らず仕留めてやるよ」
前の方に陣取るポーンたちにダメージが入ったのを見て取り、丈志もまた前衛の敵大勢を巻き込んで、『Bullet of Owl』の銃技を見舞う。彼の母方の国に根付く精霊の力を乗せた弾丸は、前に立つポーンたちに、さらなる被害を広げていった。
「このチェス勝負、一歩も遅れを取るつもりはありません。戦局を一気に引き寄せましょう!」
シャルロッテが元指揮官機の矜持とばかりに、味方有利で推移している流れを追って、月光のように弧を描く斬撃で、目の前のポーンを切り伏せる。着実に数を減らそうとふるった刃は快打となって、1体のポーンを切り裂いた。
「刀の扱いなら、専門の俺が負けるわけに行かねえ、ってな!」
シャルロッテの一太刀が指揮官の矜持なら、こちらは今居る仲間たち唯一の刀剣士のプライドか。雅也はあえて愛用の日本刀を鞘に収め、彼らだけが扱える浄められた刀をしんとした霊気とともに引き抜き、桜吹雪の舞う幻惑の一撃を振り下ろした。雪の残る白い景色に桜色の花びらが舞う光景は一見幻想的だが、舞い散る花弁の中心にあるのは、触れたものに惑乱と強烈なダメージをもたらす、渾身の太刀筋だ。
「……トラレル!」
「ダガ、ススメ!」
雅也の一太刀は、味方たちの範囲攻撃でより強く消耗していた数体の前衛ポーンをまともに捉え、一気に2体の動きを止めた。ポーンたちは浮足立つが、前のめりに進むのが彼らの基本行動ルーチンとして組み込まれているようで、残る12体の多くが一気に、痺れをもたらす突きの波状攻撃を仕掛けてくる。
「その一発、止めさせてもらうぜ」
「こちらの作戦上、通すわけにはいきませんね」
1体の戦闘力そのものはこの場のケルベロスたち殆どに及ばずとも、数に任せての攻撃は、馬鹿にできないダメージをもたらす。丈志とシャルロッテは可能な限り標的となった仲間たちをかばい、堅い守りの体勢で被害を軽減する。
「アリガト。そんな風にカッコいいとこ見せられちゃったら、アタシも本気出すしかないわね」
フレナディアは自分への攻撃を代わりに受けたディフェンダー陣に軽く笑みを向け、自信たっぷりにポーンたちに向き直る。
「ほ~ら、こんなのはどうかしら?」
フレナディアが満を持して取り出したのは、連装式のミサイルランチャーだ。彼女特製の武器『PCMランチャー』は、ペトロクラウドミサイル、すなわち石化をもたらす弾頭の頭文字を取ったもの。むろんそのまま全てが石になるような天変地異が起こるわけではないが、グラビティに込められた力は、巻き込まれたポーンたちの動きを着実に鈍らせていた。
「皆さん、大丈夫ですか? 傷も痺れも、しっかり回復しますね」
「はいっ! 痛かったら早め早めに申告、ですよっ!」
一方で、フィアルリィンと陽菜は癒し手として、前衛たちのフォローを担う。フィアルリィンは愛用のライトニングロッドをくるくると取り回し、状態異常への抵抗力を高める癒しの雷壁を生成した。生命を賦活する雷の力は頼もしく戦場を駆けめぐり、ポーンの突きでもたらされた痺れの影響を、一つ、また一つと取り去ってゆく。
「何か必要な役があれば喜んで手を貸すぜ。できること、どんどん言ってくれ」
さらなるサポートを提供するのは、援軍に駆けつけたモンジュだ。
「ん、ロビィの推理によると、回復で一息ついた今は、景気良く反撃のタイミングかな! 一緒に、前にいるポーンを!」
「あー、めんどいけど、数を減らさないとな」
「了解だ、一発ブチ込んでやろうか!」
後方からポーンに狙いをつけていたロビネッタと穣子のお願いを快く受け、彼は身体を負うオーラに力を込める。
「ポーンだけでチェックメイトしようなんてー! そうはいかないんだからー!」
「…………」
ロビネッタは明るく元気良く、穣子は無駄口を叩かず黙々と。彼女たちそれぞれの個性に合わせて放たれたのは、文字通り前衛の制圧を狙って撃ち出された弾幕と、巫術によってカードから呼び出された光る悪戯猫の群れだ。
さらに連携で続いたケルベロスたちの広範囲を巻き込む攻撃に、既にダメージの蓄積していた前衛のポーンたちは、次々と崩れていった。
「……!」
「……チェック?」
「マダマダ!」
半数の味方が盤面から取り除かれた状況に、後方に控えるポーンたちがざわつく。だが投了という選択肢は、彼らに組み込まれてないようだ。
●全力の駒取り
「よーし、これで半分、後半戦だな! 集中切らさず、一気に行こうぜ!」
戦力はそれほどでもないが数の多い敵との戦いにおいて、中だるみや油断は思わぬ苦戦のもと。雅也は腹の底から響く元気な声で仲間たちを鼓舞し、戦いのテンション維持につとめる。
「はいっ! 皆さん、思いっきりやっちゃってください!」
雅也の呼びかけに呼応し、陽菜は士気を高めるカラフルな煙を前衛陣に振りまいた。
「おう! ……散れッ!」
「言われずともそのつもりだ……!」
雅也は心得たとばかりに今度は愛用の日本刀を閃かせ、居合い斬りの要領で『斬光』の太刀筋をポーンに見舞う。そこに連携で緋桜が続き、こちらは徒手空拳のファイトスタイルから繰り出す『闇拳』のダークエネルギーを、手近なポーンの胴体に叩き込んだ。二体の目標は一撃必殺とまでは行かずとも、ブリキの鎧には目視で分かる損傷が発生しており、あと一息で動きを止めることができそうだった。
「この山中では相当動きにくいだろ? まして、そんな状態じゃな」
仲間が弱らせたポーンに追い討ちをかけるように、丈志はゲシュタルトグレイブをひらりと翻らせる。そして槍のバランスを取る支点を掴んで勢い良く回転させ、無傷のポーンたちもろとも、まとめて薙ぎ払った。目標の多さで減衰を受けつつも、槍の刃先はシャープな一撃となって敵を貫き、弱っていた2体はその動きを止めた。
「これで、残りは6体……生かしておいたら、そのうち昇格するんですか? まあ、させないですけどね」
味方の体力には十分な余裕があると見て、フィアルリィンも回復の手を止め、ポーンたちを追撃する。一兵卒とあなどり強力な戦力に成り上がる隙など与えぬとばかりに、フィアルリィンは身にまとった流体金属に意識を集中させ、黒い太陽の光で量産品の鎧を灼いた。
「ランク、イジ!」
「フォーメーション、チェーン!」
立て続けにダメージを受けたポーンの群れは、それでも士気を落とすことなく、互いに隣り合って身を寄せ合うように陣形を整える。そして丈志の槍さばきに対抗するかのように、それぞれが手にした槍を長く持って、後方のケルベロスたちを大きく巻き込むように薙ぎ払った。
「さすがに、全部は止め切れませんでしたか……」
「大丈夫! それっ、バックランクメイト!!」
全ての攻撃を庇い切るには至らず少し悔しげなシャルロッテに、ロビネッタは元気いっぱいの応えを返し、特製のサインを目の前のポーンに刻みつける。盤面最後方まで追い詰めた王手にたとえた一撃は、名前負けすることなく目標の身体をしたたかに捉え、ブリキの鎧は派手な音を立てて崩折れた。
「数を揃えるって方向性は悪くない。だけど、集めたのがガラクタだけじゃあな」
壊れたおもちゃのように倒れたポーンを見て、穣子が抑揚のない淡々とした声で、ドライに言い捨てる。そして、とっとと帰るためにもさっさと終わらせて、自分の役割を果たすのみ。穣子はシンプルな目的意識に従い、シャーマンズカードから暴走したロボットのエネルギー体を召喚し、ポーンたちを真っ直ぐに轢き潰した。特に強烈な当たりを食らったポーンが1体、文字通りガラクタのように壊れたのを見ても、穣子は眉一つ動かさずに次の一手を構えるのみだ。
「あらあら、もう、あと4体? じゃあ、残りも集中攻撃で手早く片付けるわよ」
フレナディアは、思いの外早く片付いてしまいそうな物足りなさを埋めるように、よく手入れされた愛用の銃を、目にも留まらぬ速さで構え直した。若干トリガーハッピー気味に撃ち出された弾丸は、狙われたポーンの槍をかすめ、痛烈な一撃となってその鎧を貫く。
「そっちはもらった!」
残り3体となったポーンに向けて、雅也は地獄の炎をまとった刀を力いっぱい叩きつけ、火力全開の一撃でその機体を真っ二つに切り伏せた。
「悪いが、そろそろチェックメイトだ!」
もう1体のポーンには、緋桜の拳が全力で振り抜かれる。鍛え抜かれた拳は卓越した技がもたらす冷気を帯びて、雪の残る山肌に、氷がこびりついた鎧の残骸を散らせる。
「トウリョウハ、フカノウ……」
「ああ、その通りだ。俺たちの動きは止められないぜ」
それでも残る1体のポーンは、詰んだ盤面に逆らうかのように、懸命に槍を突き出してきた。
最後の抵抗の標的となった丈志は、武器でその槍を確りと受け止め、両手で押し返すように渾身の一撃をいなした。
「これで……終わりっと!」
丈志の返す刀は、三日月の弧を描き、ポーンの鎧の継ぎ目を的確に切り裂く。
それが、チェックメイトの合図だった。
●感想戦
「あたしはチェスの駒だとなんになったかな? ぴょーんって飛び越すナイトかな?」
「そうですね、同意します。よく似合っていると思いますよ」
荒れた戦場の整頓をしながら無邪気に戦いを振り返るロビネッタに、戦いを終えて緊張感を解いたシャルロッテが優しく微笑む。
「さすがにあれだけ数が多いと、それなりに面倒だったな」
「ええ。それに、今回はこの程度でしたが、強い個体が量産されたら恐ろしい話ですね」
力仕事で片付けに励む雅也と、ヒールで場の損傷をリカバーしているフィアルリィンの会話は、おおむねこの場にいるケルベロスたちの共通認識と言っても差し支えなかっただろう。
「その時は、また潰すだけだ」
そしてまた、それに応える緋桜の言葉も、単純明快にして究極の結論だった。
チェスを挑まれたら、何度でもチェックメイトをかけ返す……グラビティを駒として戦えるケルベロスたちには、それができるのだから。
作者:桜井薫 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年3月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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