●白昼の惨劇
その日、街は血に染まった。
休日の繁華街に現れたのは、一見すれば、蛇の如き下半身を持つ仏像である。
だが、その正体は、仏とは程遠い悪鬼である。
その者の名は、ダモクレス『仏喰天魔』。彼は突如として無差別な殺戮を開始。
一人殺しては、啜り食らう。
二人殺しては、啜り食らう。
何人もの人間を殺しては、そのグラビティ・チェインを奪い取る。
「足りぬ」
だが、多くの犠牲者を出しながら、仏喰天魔は、そう吐き捨てた。
「我の飢えを……渇きを満たすことができるのは……やはりケルベロスのグラビティ・チェインのみ」
逃げ遅れた男が、仏喰天魔の目に留まった。
男が、ひっ、と悲鳴をあげた次の瞬間、仏喰天魔はその尻尾の先端で男を突き刺した。
そのまま男の死体を自らの眼前へと持ってくると、鋭い牙で喉元に食らいつく。
「……足りぬ」
口元を真っ赤に染めながら、死体を放り投げる仏喰天魔。彼は新たな餌を求め、蹂躙を再開する。
●天魔迎撃
「くそっ、連中、やりやがった!」
アーサー・カトール(ウェアライダーのヘリオライダー・en0240)が叫んだ。
普段は努めて冷静に振舞っている彼であるが、焦りが生じた時はこのように、素が出ることがある。
つまり。今回の事件は、それほどに緊急事態という事である。
「ゴッドサンタが言っていた、指揮官型ダモクレスの地球侵略が始まっちまった!」
アーサーが頭を掻きむしりながら、集ったケルベロス達に伝える。
今回の一件を起こしたのは、指揮官型の一体『踏破王クビアラ』だ。
クビアラは自分と配下をパワーアップさせるため、ケルベロスの戦闘データを収集しようとしている。
今回、街に現れたクビアラ配下の『仏喰天魔』は『ケルベロスを呼び寄せるためだけに』無関係な一般人を次々と殺害。未だ殺戮を続けながら、ケルベロスの到着を待ち続けているという。
「連中の目的は、俺たちの戦闘データの獲得だ。連中の目的を達成させないためには、俺たちが現場に向かわなければいい。だが……すでに何人もの被害者が出ている! これ以上、犠牲者を出すわけにはいかない!」
仏喰天魔は1体のみで街を蹂躙している。現場は混乱し、一般人の避難もままならない状況だ。
だが、仏喰天魔の目的はケルベロスである。ケルベロスが現れ、戦闘を開始すれば、一般人への攻撃は止むことだろう。
「けど、それじゃあ敵の思うつぼだ。敵に俺たちの戦闘データを奪われないためには、ちょっと工夫する必要がある。いくつか手段はあるんだが――」
まず一つ目。『速やかに敵を撃退する』。敵に戦闘データを渡さない為には、可能な限り短い時間で敵を撃破する事が有効と考えられる。戦闘データを取得するための時間が短ければ短いほど、敵に渡るデータは少なくなる、という理屈だ。
二つ目。『手を抜いて戦闘を行う』。手を抜いて戦う事で、データの信憑性を下げるという方法だ。だが、それで敗北してしまえば元も子もないのはいうまでもないし、敵に気取られれば見せしめに周囲の一般人が殺される事態になるかもしれない。
そして三つ目。『普段のケルベロスが使用しないような戦術を用いて戦う』。この方法では、敵が得るデータの信憑性を下げると同時に、ケルベロス側も様々な戦術の実験を行なう事が可能となる。
敗北してしまえば意味がない事はもちろん、あまりにも妙な戦術と敵に気取られれば、一般人が見せしめに殺されてしまう可能性もある。
「どう戦うかは皆に任せる……頼む、これ以上の犠牲者が出る前に、敵を倒してくれ!」
アーサーはそう言うと、ケルベロス達に向けて勢いよく頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
篁・悠(暁光の騎士・e00141) |
御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327) |
相馬・竜人(掟守・e01889) |
弘前・仁王(魂のざわめき・e02120) |
八崎・伶(放浪酒人・e06365) |
カジミェシュ・タルノフスキー(機巧之翼・e17834) |
筐・恭志郎(白鞘・e19690) |
鉄・冬真(薄氷・e23499) |
●天魔討伐
「これ以上、好きになどさせるものか!」
篁・悠(暁光の騎士・e00141)が叫んだ。
ヘリオンから降下中のケルベロス達は眼前に広がる悲劇を目の当たりにした。
怒号と悲鳴。逃げ惑う人々と、無残にも倒れた人々。
見ているだけで怒りがこみ上げてくる。しかも、奴は――ダモクレス・仏喰天魔は、ただケルベロスをおびき寄せるためだけに、これだけの殺戮をやってのけた。
許せるはずがない。
それが、ケルベロス達の総意である。
「待ていッ!!」
最終決戦モードとなった悠が、着地と同時に叫んだ。
一瞬、町中の視線が彼女へと集まる。同時に、降り立つ七つの影。
「来たか……」
仏喰天魔が静かに……だが、どこか喜びの色を見せつつ、言った。
(「俺たちを呼び出すための襲撃か……ケルベロスの為に一般市民が犠牲になるなんて、本末転倒じゃねぇか……!」)
八崎・伶(放浪酒人・e06365)は、苦い思いを抱きつつ、天魔へと相対する。
「待ちくたびれたぞ、ケルベロス共」
「こんな回りくどい手を使わなくても、普通に挑んでくりゃ相手してやるぜ? ダモクレスさんよ」
伶が言う。その言葉に、仏喰天魔は笑いながら言った。
「確実な手段をとったまでよ」
「我らを呼び出す……ただそのためだけにこのような殺戮を」
カジミェシュ・タルノフスキー(機巧之翼・e17834)が、声を震わせながら、言った。
「断じて許さない! その罪、ここで償うがいい!」
カジミェシュの叫びに応じ、ケルベロス達が戦闘態勢をとる。
「俺らが引き付けとく。その内にさっさとここから失せろ!」
相馬・竜人(掟守・e01889)が、未だ残っていた市民たちへ向かって叫ぶ。
これ以上、仏喰天魔に殺戮を続けさせるわけにはいかない。今は速やかに奴の注意をこちらへと引き付け、殲滅するのみ――!
「死を撒くモノは冥府にて閻魔が待つ。潔く逝って裁かれろ」
御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)が、呟きと同時に駆ける。彼の炎を伴う蹴撃は、仏喰天魔の身体を焼いた。
「我が身、地獄の鬼如きに裁かれるものではないわ!」
大笑する仏喰天魔。
「なら、地獄の番犬に喰われて終わりだ」
皮肉気に薄く笑いながら、白陽が答える。
続いて、カジミェシュは中衛のケルベロス達に援護グラビティを使用。同時に、彼のボクスドラゴン『ボハテル』のブレスが仏喰天魔を襲う。
「ピスケスよ輝け! 勇者の戦いに勝利を!」
悠が描いた守護星座が輝く。
「ったく、やってくれんぜ。八崎も言ってたが、連絡でもくれりゃ存分に殺しに行ってやるってのにな!」
ドクロの仮面をつけた竜人が言う。彼のオウガメタルより放たれたオウガ粒子が、仲間たちの感覚を研ぎ澄ませる。
「先ほども言ったが、安全策を取ったまで。万が一にも尻尾を巻かれれば、此方としても不愉快なのでな」
仏喰天魔が言う。
「あぁ?」
竜人が声をあげた。
「ハッ……面白れぇ冗談だ。テメエのやり口が気に入らなかったから、ぶっ殺すとは決めてたがよぉ、今のでなおのこと! テメエをぶっ殺すって決めたぜ! 覚悟しとけよ? 俺たちは、テメエがビビって逃げ出そうとしても、絶対に逃がさねぇからな!」
その言葉を肯定する様に。筐・恭志郎(白鞘・e19690)が剣を手に飛び掛かった。
「人喰いの化物……いや、だからこそ!」
思いつめたような言葉と共に、放たれた斬撃。
「ほう……貴様、恐怖が見えるぞ! 何者かの喰い残しか!?」
嘲笑うように仏喰天魔。
「だったら……どうだというんです!」
「図星か! ならばその喰い残し、我が頂こうか!」
口を大きく開き、鋭い牙を見せつける仏喰天魔。その牙が、恭志郎へと迫る。
恭志郎はとっさに、自身の身体を庇っていた。過去の古傷を、無意識に守ろうとしてしまったのだ。
「ぐっ……!」
ガードした両腕から鮮血がほとばしる。
「美味! 美味! 美味美味美味美味美味!! やはり喰らうはケルベロスよ!」
牙を鮮血に濡らし、仏喰天魔が笑う。
「恭志郎!」
鉄・冬真(薄氷・e23499)が叫んだ。表情こそ変わらないモノの、声には焦りの色が見えた。
「いえ……傷は浅いです、大丈夫です!」
恭志郎は答えて、再び戦闘態勢をとる。
「こっちです、ダモクレス!」
弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)が叫び、仏喰天魔の注意を向けつつ、仁王は構える。
「使える相手が限られる技ですが、できないことはないのですよ?」
降魔の力を己の中で変質させ、そのグラビティを視線を介して対象に注ぎ込む、とされる仁王の奥義――。
「無手幻葬・尸咲――!」
直撃。その技は、相手に幻覚(トラウマ)を見せるという。仏喰天魔は果たして何を見たのか――。
「彼をお願いします」
と、相棒のボクスドラゴンへ、恭志郎へのヒールを指示。
「ぶつけろ、焔!」
伶がサーヴァントへと指示。同時に、聖なる光を以て仲間へのサポートを行う。
「渇きを癒すのがお前の望みか? なら――……乾いたまま死んで行け」
と、冬真。無表情ではあるものの、敵へ向ける視線には、厳しいものがが見て取れる。
「怒りに狂え」
冬真が静かに呟く。螺旋の力を凝縮し、形成された小さな針は、狙い違わず仏喰天魔へと直撃。
彼のグラビティ、『赫炎の狂針(カクエンノキョウシン)』は、敵より判断力を奪い、その心を怒りによって支配させる。
「おのれ……まとめて喰らってやるぞ、ケルベロス共!」
仏喰天魔の怒りの叫びがこだました。
「よし……一気に仕掛けるぞ」
対照的に、白陽の静かな号令が響く。
彼の二振りの斬霊刀が日の光を反射して輝いた。
「死にゆく者は無知であるべきだ。要らぬ煩悶は捨てて逝け」
言い終ると同時に、彼の姿が消えた。そして次の瞬間には、仏喰天魔の背後に、彼は立っていた。
「無垢式・絶影殺」
呟きと同時に、
「ぬうっ!?」
仏喰天魔はうめき声をあげた。
目に見えぬほどの高速攻撃か、或いはそれをも超越したなにかか。
それが白陽の技である。
「……貴様がこの集団の統率者か!」
「さぁな……自分でよく、考えてみたらどうだ……?」
仏喰天魔の問いに、白陽は皮肉気に応答する。
「はあああっ!」
裂ぱくの気合と共にカジミェシュとボハテル、コンビネーションの一撃が放たれる。仏喰天魔へと肉薄しながら、
「お前が傷つけた人々の痛み、思い知れ!」
カジミェシュの叫び。
「何を、食料如きか!」
仏喰天魔はその傲慢な態度を崩さない。
「無軌道なりし悪しき行い、その報いは、巡り巡って己へと戻るのだ。巡る因果、その必定たる道理。……人それを、『悪因悪果』と言う!」
悠がゾディアックソードを突きつけ、言う。
「我に道理を語るか、小娘ェ!」
「貴様の悪行もここまでだ!」
悠の一撃は、仲間のケルベロスがつけた傷跡を正確になぞり、さらにダメージを蓄積させる。
間髪入れず、竜人が突っ込む。オウガメタルによる拳の一撃は、仏喰天魔の装甲へとダメージを与えた。
恭志郎も再び斬撃を繰り出す。
「おのれ……ケルベロスどもめ! これでどうか!?」
仏喰天魔の背負う光輪がひときわ輝きだした。邪悪なる後光が中衛のケルベロス達を薙ぎ払う。
だが、ケルベロス達はその攻撃を回避、或いはディフェンダーによりブロックして見せた。
「その程度の攻撃では、私達を止めることはできません!」
いいながら、二度目の『無手幻葬・尸咲』を放つ。
その間にも、仁王の相棒のボクスドラゴンが、味方への支援のため戦場を飛び回る。
「行くぜ、焔!」
伶の、サーヴァントのボクスドラゴン、『焔』との息の合ったコンビネーション。月光の如き一撃と、竜の突撃が、仏喰天魔の体力を削る。
「予定通り、補助を重ねるよ、白陽」
冬真は、『リーダーの指示で動いている』と印象付けるように言葉を選びつつ、仲間たちに守護の魔法陣を描いた。
今回のケルベロスの作戦はおおむねの所、以下のような形となる。
キャスターをメインの火力ソースとし、ディフェンダーで防御。サーヴァントを支援役として配置する、という布陣である。足りない火力はバッドステータスの付与で補う構えだ。
戦術としてはオーソドックスなモノであり、事実安定して戦局は進んでいった。
些か長期戦となってしまったものの、耐久前提で布陣を組んだケルベロス達にとっては予定通りと言った所か。着実に敵へのダメージは蓄積。ケルベロス達は一歩ずつ、勝利への道を歩んでいった。
度重なるケルベロス達の攻撃により、仏喰天魔の装甲のあちこちには亀裂が入り、もはやその役目を果たしてはいなかった。四本ある腕の一本はだらりと垂れ下がり、もはや動く事はない。
「おのれ……おのれおのれおのれ! 何故だ、何故倒れぬ! 貴様らは――!」
苦し紛れの尾の一撃。だが、それも、ケルベロス達への致命傷となるには程遠い。
「このような無残な光景を見せられて、倒れるわけにはいかないんです。私達は」
仁王の一撃。放たれた攻性植物は、仏喰天魔の装甲を打ち砕く。相棒のボクスドラゴンも、ここぞとばかりに攻撃に転じた。
「お前はここで終わりだぜ! 決めるぞ、焔!」
伶と焔が同時に攻撃を加える。まともに受ける仏喰天魔。
「もう一息だ……皆、がんばって」
呟きつつ、冬真が回復グラビティで支援を行う。
「ボハテルよ、龍(Smok)にして英雄(Bohater)の名持つ友よ、汝その名の所以を顕せ!」
カジミェシュの叫びと、あふれ出るグラビティ・チェインに応じるように、ボハテルの姿が変貌する。軍馬ほどのサイズへと変わったボハテルへと騎乗したカジミェシュは、武器を構え、突撃を指示。
一陣の赤い疾風と化した2人は、仏喰天魔へと迫る。
「畳みかける! ヴァヴェルの丘の朱き龍(スモーク・ヴァヴェルスキー)!」
仏喰天魔を吹き飛ばす強烈な一撃。そして、仏喰天魔が吹き飛ばされた先には、既に白陽が待ち構えている。
「き、貴様ら――」
「終わりだ」
言葉とともに放たれた斬撃は、仏喰天魔の活動を完全に停止させるに至った。
●癒える傷、癒えない傷跡
戦闘を終えたケルベロス達は、周囲の建物、そして傷を負った人々へのヒールを行った。
白陽はヒールを使えなかったので、それ以外の――主に物理力で――貢献している。
「ダモクレス、許しがたい者共め……」
周囲を片付けながら、悠が呟いた。
癒せるものは良い。直せるものは良い。
だが、既に、どうにもならない犠牲者が、存在してしまっていた。
彼らはもう、蘇る事はない。ケルベロス達にも、どうする事もできないのだ。
伶が、犠牲者の亡骸を運び、並べた。
冬真が、可能な限り、それを綺麗に整える。
ケルベロス達は、彼らに黙祷と祈りをささげた。
「悪かったな。間に合わなくてよ」
竜人が呟く。
「間に合わなくてすみません……あんな思い、もう誰にもさせたくなかった」
悔しそうに、恭志郎。冬真は、そんな彼の頭を優しく撫でると、
「帰ろう。皆が待っているよ」
そう言った。恭志郎は、ゆっくりと頷く。
「……君が無事でよかった」
冬真が呟いたその小さな言葉は風にさえぎられ、誰の耳にも届かなかった。
救えたもの、救えなかったもの。
その重さを噛みしめながら、ケルベロス達は帰途へとつくのであった。
作者:洗井落雲 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年2月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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