殲虐の姉妹、剛断の赤

作者:のずみりん

 その日、地図から一つの村が消えた。
「目標の殲滅、確認」
 血煙のただよう村のただ中に『殲虐の9人姉妹』6女、シェッシュ・サヤフはいた。思う所もなげに剣を下ろし、アイズフォンを開く。
「任務続行、了解。姉さんたちはどうかしら」
 油断なく開かれた片目で通信を送るが、その前に動くものは何もない。
 山梨県南東、東京との県境に位置するその村は人口90人強、昨今に問題視される限界集落の一つだった。
 そこにいたのは、村の最期を看取ろうと残った長くはない老婆。故郷を諦めたくはないと誘致を働きかける若き実業家。
 その実業家に、都会の空気から逃げてきたという壮年の雑貨屋は余計なことを……とよく怒っていた。
「廃棄場のようなもののようね、ここは」
 それも、みんな死んだ。
 鮮血の色の脚部が小突いた瞬間、店が崩れ、跡形をなくす。雑貨屋には立ち寄った駐在の警官もいたか……一撫で皆死んだので、あまり覚えてはない。人を庇い、立ち向かう気概はあったようだが。
「次は南だったわね……」
 シェッシュが進むたび、足元で人だったものが形を失くす。進路の邪魔な残骸を巨剣で払い、ダモクレスは村から外へと向かう間道を進み始めた。
 
 指揮官型ダモクレスの地球侵略が始まってしまった。
 グラビティ・チェインの略奪を任務とする『ディザスター・キング』の主力部隊は既に各地で大きな被害を出している。
 何時にもまして厳しい曇り顔で、リリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)はダモクレス達の状況を伝えた。
「ダモクレス『シェッシュ・サヤフ』の襲撃で山梨の小村が全滅した……犠牲者は九十人を超えるだろう」
 ダモクレス部隊『殲虐の9人姉妹』の6女、彼女一人がそれをなした。その攻撃は迅速かつ巧妙であり、打てる手はなかったとリリエは唇をかむ。
「……シェッシュは次の襲撃へと移動を開始している。今ならまだ間に合う。彼女を迎撃し、阻止してほしい」
 今はまだ百人足らず、というべき状況だとリリエは言う。
 家屋すら両断する圧倒的な破壊力、情け容赦を知らぬ『殲虐の9人姉妹』が都市部へと出れば、その被害は想像を絶するものになるだろう。阻止しなければならない。絶対に。
 
「シェッシュと戦う際に重要なことは、逃走の阻止だ。彼女らの任務はグラビティ・チェインの略奪……武断派なところもみえるが、ダモクレスである彼女は命令を第一にするだろう」
 効率的な略奪……一般人を虐殺するにあたり、ケルベロスとの交戦は避けるべきものだ。隙を見せれば振り切って逃走を図るだろう。
 まず彼女には『逃走が難しい』と判断させる必要がある。
「とはいえ、村から移動する道はほぼ山間の一本道だ。道以外へ逃れようとする可能性はあるが、予想して布陣すれば包囲は難しくないだろう」
 性質上、一度戦闘が始まれば彼女が逃走する心配はないとみていい。全力でケルベロスたちを撃破し、突破を図るはずだ。
「ここからは推測、予想が多くなるが……シェッシュの武器は手にした対装甲用の巨大剣一つだ。火器を使った様子はないが、飛び道具と思しき形跡はある……剣一振りだが、技は幅広く、恐ろしく強力とみていい」
 鉄塊剣じみたブレードの威力は直撃すれば一撃、もって二撃。
 近距離、遠距離に対応する斬撃。狭いとはいえ短時間で村一つを皆殺しにしており、広範囲への攻撃、エンチャントもあると思われる。正面から挑むには危険すぎる相手だろう。
「近接型であることから、射撃では多少に分がありそうだが……相手もまだ全ては見せていない。油断せずに作戦を練ってくれ」
 絡め手、策を駆使して五分か六分。そういう相手ということか。
「危険な相手、厳しい戦いになるのは予想できる……負けることのできない戦いだ。ケルベロス、勝ってくれ」
 それが犠牲となった村人たちへの手向けにもなる。そう言ったリリエの、握りしめた拳は小さく震えていた。


参加者
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
ル・デモリシア(占術機・e02052)
神崎・晟(海闊天空・e02896)
綾崎・渉(地球人のガンスリンガー・e04140)
ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)
メルーナ・ワードレン(小さな爆炎竜・e09280)
セラ・ギャラガー(紅の騎士・e24529)
トパジア・ランヴォイア(療源の黄玉・e34314)

■リプレイ

●シェッシュ・サヤフ
 山道を駆ける赤の影は、眼前の状況に歩を緩めた。
「待ち伏せ、いえ……包囲、というつもり?」
 手にした柄から流水の如く巨刃が伸びる。光弾を弾く。その抜刀は防御でもあった。
「……誤報であってほしかったわ、ティーシャ・カシャット」
 呼びかけを遮るようにティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)は隠密気流を解いた。
「ハミシィ姉さんは倒した……シェッシュ姉さん、覚悟してもらうよ」
 それが合図だ。脚を止めたダモクレスへ、ケルベロスたちは一気に包囲を現した。
「話は聞いているよ、ティーシャさんの姉妹。片はつけさせてもらう」
 林からはティーシャと共に潜んでいた綾崎・渉(地球人のガンスリンガー・e04140)たちが。
「これ以上、犠牲を出させるわけにはいかん。悪いがここから先を通りたければ、我々を倒してからにしてもらおうか」
「殺戮人形、お前の悪行はここまでだ。私の神速が大地の軛から解き放ってやろう、死という終焉をもってな」
 空からは神崎・晟(海闊天空・e02896)、セラ・ギャラガー(紅の騎士・e24529)が。突破の不可能を悟り、だが満足そうにシェッシュは手の剣を向けた。
「そこまで大事とは知らなかったわ、あの廃物……」
 そして瞬間、戦端は予告なく開く。
「言わせるかッ!」
 自覚なき悪意がメルーナ・ワードレン(小さな爆炎竜・e09280)を爆発させる。ボクスドラゴン『ミカン』の炎を纏い、地を擦る鉄塊剣が横凪ぎに激突する。
「……大切なら、きちんと整備し、使ってやればいいでしょうに」
 弾ける火花。あえなくはじかれ、だが竜翼を展開して彼女は構えを展開する。
「ムカつく……酷くムカつくわ、アンタは! どんな大層な理由があっての事か知らないけど、そんな、軽々しく!」
「……いつもながら、今更じゃが……話がかみ合う訳もなし、か」
 メルーナを退けた勢いのまま放たれる剣閃。雷、火花の如く飛ぶそれをル・デモリシア(占術機・e02052)は腰かけるように構えた『Verthandia-cannon』アームドフォートで受けた。
「ぬぅっ……ティーシャの知り合いは如何してこうも、アレなんじゃろうなー」
 軽口をたたいて見せるが、余裕はさしてない。否、やせ我慢でも気を張らなければ飲まれる……そういう相手だ、彼女は。
「ロックがいるのデス……気持ち、切り替えて頑張るデスよ!」
 シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)はギターを弾く。消えた村の事を考えれば心は荒れ、沈んでしまう。仇を討つためにも、今は目の前の敵だけを考えるのだ。『竜姫謳う生命讃美』は勇気を咆える。
「気持ちで人は殺せない。今の自分は理解しているでしょう、ティーシャ」
 その思いでも、シェッシュは揺るがない。衝撃は連戦に傷ついたティーシャを容赦なく狙う。見逃してくれるはずがない。
「だから! 私たちがいるのです」
 しかしそれも予想された事、トパジア・ランヴォイア(療源の黄玉・e34314)のオウガメタルが癒しと感覚覚醒の粒子を放ち、援護する。
「そう簡単に倒れるつもりはない。己を奮い立たせろ! ラグナル!」
 振り下ろされる大剣より早く、展開する晟の砲戟龍の姿がダモクレスの巨剣を受け止めた。

●殲虐
「その姿、なるほど……ならば」
 受けられた巨剣が姿を変える。より薄く、より広く、長く。強靭無比な空色の竜鱗がざくりと割れる。
「いかん……散開!」
「殲虐斬甲刀、竜巻」
 踏み込もうとした仲間を留め、抑え込む。だがその身体ごと、無慈悲に剣の嵐は周囲を飲み込んでいく。
「なるほど、村一つを潰すだけの力とは嘘ではないらしいな……!」
「こんな……こんな……癒します、気を強く!」
 壮絶な破壊が生み出した炎が戦羽衣ごとセラを焼く。後衛に布陣したトパジアの癒しの雨がなければ、そのままやられていたかもしれない。
「無論! まだ倒れてはいない!」
 傷は深いが、戦乙女は果敢に踏み込む。手にした鎌刃に『虚』をまとわせ、攻守一体に打ち合う。数合。
「まだ命には届かないわ、ヴァルキュリア」
 蹴り飛ばし、ギターを構えるシィカに向かう。まず癒し手から潰そうという寸断か。
「この……一応確認ですが、ティーシャさん。姉妹の構造的に脆い部分とか弱点とかって……」
「……関節とか狙えばいいんじゃないか?」
 援護に回り込む渉、そっけないティーシャ。いつも通りであり、他にいいようもない。
「マジ定番ですね!? ……わかりました、いってきます!」
 自分と同じ、姉たちもティーシャの知る日から大きく力を増している。雑で短いやりとりの末、渉は焼夷弾の連射を選ぶ。絞れないなら面で押すまで。
「っ……野暮なことを……!」
「それはどうも!」
 間一髪、荒れ狂うシェッシュが弾幕に飛び退く。有効打はないが、それでも十分。
「避けた、イコール、通るということ、デス!」
 ヒビいったギターを投げ捨てつつの回し蹴り。シィカの一転攻勢に、シェッシュは再び巨剣で受けた。
「飛び退け! また例の変幻自在じゃぞ!」
「対応できてきた? ……そうでなくては」
 声と同時、二人が跳ね退く瞬間にルがミサイルの雨を降らす。風車のように回された太刀が盾となり、更に姿を変えていく。
「斬甲刀、自在」
 分厚く、短く、弧を描く。三日月の大太刀が切り込んでくる。その狙う先は愛しの妹。
「そうも好き勝手、やらせるか!」
 気合の叫びと共に、メルーナの剣が割り込んだ。

●叫び
「邪魔よ……どけ!」
「断る!」
 瞬間、声と激突……否。押し返そうとしたメルーナの身体が流れた。流された。
「なら、死ね」
「メルーナさん、いけない!」
 トパジアの声は間に合わない。鍔迫り合った刃を受け流し、滑りこんだ太刀がドラゴニアンの少女を貫いていく。
「……み、か……ッ」
 やられた。そう悟り、少女は血の塊と共に一言を吐く。何があろうと……何になろうと。此度の戦い、負ける訳にはいかないから。
「……ガァッ!」
 消え入りそうな声、しかし彼女のサーヴァントは応えた。返す太刀がボクスドラゴン『ミカン』を切り裂くまでのわずか、だが間一髪の時間でインストールは完了した。
「っ……!?」
「確かに受け取ったぞ……!」
 ミカンの属性を乗せた、セラの超音速の拳がシェッシュの死角から太刀を砕く。ほどなく刃は姿を戻すが、恐るべき切れ味は確かに削がれた。
「抑え込んでこれって、どれだけロックなんデスカーっ!?」
「時間は稼ぐ! アレを封じろ!」
 シィカの悲鳴じみたギターの音色に晟もまた咆える。大剣を振り抜いたシェッシュへ捨て身の突進、零距離へと電光の突きで食らいつく。
「今のティーシャを、貴様と合わせるわけにはいかん!」
「御節介を!」
 距離を詰めたことで振り抜かれることは避けたが、万力のような剛力がごりごりと太刀をドラゴニアンへめり込ませていく。装甲が砕け、ボクスドラゴン『ラグナル』が力なく脱落していく。
 この威力が傷の癒えぬ少女に向けば……!
「貴方には分からないのですか! 引き裂かれる姉妹の心の慟哭が!」
「貴様らに……わかるはずもない!」
 ウィッチオペレーションで前衛を支えるトパジアに、いらだたしげな衝撃波が叩きつけられる。血の花がまた咲いた。
「止まれ……姉さん! 止まれぇーっ!」
 照準するゴーグルの向こう、晟が、仲間たちが倒れていく。ティーシャは叩きつけるようにライフルの銃爪を引いた。

●まだ、死ねない
 ティーシャの放った光弾を血塗られた刃が弾く。シェッシュは踏み出す。
「なに……?」
 だがそこまでだ。ふらとダモクレスの身が流れる。妹を追いかけるセンサーはティーシャの挙動を見逃さなかったが、それゆえに見逃したものもある。
「前衛ができない……って、わけじゃないんだ……」
 倒れた姿勢から蹴り上げた渉の旋刃脚はシェッシュの脚……向こう膝の接合部を切り裂いていた。
「貴様……!」
「勝ち運が見えたの! 覚悟せい!」
 渉を蹴り飛ばし、持ち直そうとするシェッシュ。ルは切り札のコンテナをあけ放つ。放たれるのは彼女自身、自立型特殊攻撃兵器『それゆけ!ちびルル軍団!』
 30センチ足らずの小型機が自由はやらぬと喰らいつく。
「ちょこざいな!」
「くふふ……腹立たせる事にかけては、妾はかなりの優等生であるでな? 爆ぜろ!」
 そして爆発。見た目にエゲつないが、その効果は覿面。爆発を煙幕にかいくぐり、閃光がダモクレスに十字砲火を見舞う。
「わが攻撃、光の如く、悪鬼羅刹を貫き通す」
 ひとつはセラの手から放たれた、すべてを貫く『光翼天神』。もう一つは足元、骨身まで砕けながらも喰らいついた渉の『毒性徹甲弾』。
「こういうときの為に、用意した……特別製だ……」
「大した、覚悟だ……!」
 その凌駕した肉体をシェッシュの剛脚が今度こそ地に沈める。だがこれで彼女は一手遅れた。
「シェッシュ姉さん……滅する」
 銃身の焼きついたライフルに代わり、ティーシャの手にしたドラゴニックハンマーが火を噴く。今度こそ、放たれた竜砲弾はシェッシュの半身に食らいつき炸裂した。

 紅蓮の肩甲が砕け、大地に突き立つ。かのダモクレスはまだ動いていた。恐るべきことに……先だった妹と同じように。執念がそこにあった。
「まだ、死ねはしない……使命は、果たす……!」
 捨て身の突進がティーシャに向かう。伸びた腕が妹を掴む。全てをふった総攻撃から、動けたものは……。
『天上の霧よ、罪深き者を清め、御霊を清浄と為せ。悪しきを啜り尽くし、我が身を以て浄化せん――』
 一人、いた。
 重傷の彼女の傍についたトパジアは、だから動けた。傷は深いが、この秘術には問題にならない。
「……本来、この祕法は体内に滞留する淀みを瀉出する為のもの。本意ではありませんが、やむを得ません……」
 それは淡く光る霧に見えた。徐々に、やがて急速に、シェッシュの身体が力を失っていくのをティーシャは感じた。
「あなたは、直に死にます」
「そのようね……残念だわ」
 浸食され、ダモクレスは静かに残骸と化していく。最後、血に汚れた指先がティーシャの頬をなぞり、シェッシュは完全に動きを止めた。
「これからもっと辛くなるわよ、ティーシャ・カシャット」
「ティーシャ・マグノリアよ、姉さん」

「ティーシャさん……大丈夫デス?」
「問題ないわ……みんなのおかげで。ありがとう」
 シィカの気遣うような声に、ティーシャはゆっくりと首を振った。
「私も、まだ死ねないから」
「そうだな……辛いことだが、我々にはやるべきことがある」
「ま、万が一の敗北は全力で拒否させてもらうつもりだったし」
 治療を受ける晟、メルーナが声だけで返してくる。既に覚悟はできていたのだろう、そうならずにすんだのは喜ぶべきことか。
「一つ、頼まれてくれるか……村の弔いだが、身体が動かなくてな……」
「わかった、引き受けよう。姉妹たちの痕跡も探したい……飛べる方が、罠外しも楽だろうしな?」
 万が一に備えて周囲に張り巡らせた罠を思い出しつつ、セラは晟にふっと微笑んだ。

作者:のずみりん 重傷:神崎・晟(熱烈峻厳・e02896) 綾崎・渉(光速のガジェッティア・e04140) メルーナ・ワードレン(小さな爆炎竜・e09280) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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