雪女郎幻想奇譚

作者:柚烏

 降り続いていた雪は止んで、今は白銀の砂を思わせる淡雪が、さらさらと地上を覆い隠している。春の足音は未だ遠く、冬の凍える寒さの中、生命は静かに雪の下で芽吹きの時を待っているのだろう。
「吹雪が止んだ、その次の日に……麓へ降りてくる雪女の伝承かぁ」
 一足ごとに降り積もった雪を踏み抜く感触を、何処か楽しそうに堪能しながら――上気した貌で辺りを見渡すのは、大学生と思しき青年だった。
「孤独に心を凍らせる彼女は、その孤独を……心を溶かしてくれるひとを求め、彷徨い続ける」
 確りとした装備で山道を歩く彼は、どうやらフィールドワークを行っている最中らしく、手元の資料を確認しつつすらすらと伝承を諳んじていく。
「けれど雪女の手は、触れたものを否応なく凍り付かせて死に誘う。或いは、心を溶かすほどのぬくもりを得てしまったら、己が溶けて消えてしまう――」
 ――ひととあやかし、双方が出会えばどちらかが消えてしまうしかないのだと。その何処か物悲しい雪女の伝説に彼は魅せられ、叶うのならば心を凍らせたそのうつくしい雪女を、一目見たいと思ったのだ。
「もし、会えたら……例え消えてしまうのだとしても、凍えた心を溶かしてあげられたらなあ。……いや、俺が死ぬかもしれないけど」
 ふふ、と白い吐息を吐き出して苦笑する彼だったが、その時不意に、白い世界には酷く異質な――漆黒の外套が風に揺れた。あ、と声を上げる間もなく、雪よりも尚白い肌と髪を持つ魔女は、手にした鍵で男の心臓を一突きする。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 意識を失った彼が、雪の絨毯にふわりと崩れ落ちたその時、具現化された興味は夢喰らうものとなって銀世界に降臨する。
 ――透き通る白磁の肌と、陽に透ける銀の髪。まるで死装束のような純白の着物を纏った、雪女のドリームイーターは――はらりと一筋の氷の涙をこぼし、凍える心を満たすぬくもりを求めて麓へと降りて行った。

「ううう、仕事なんか忘れて、猫と春まで戯れて過ごし――はっ!」
 身を切るような寒さに、いきなり現実逃避をしかけていた遠矢・鳴海(駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978)であったが――懸念していた事件が予知されたとのことで、彼女は佇まいを直して詳細に耳を傾けることにした。
「第五の魔女・アウゲイアス絡みの事件が、また起きてしまうようなんだ。不思議な物事に強い『興味』を持ったひとが『興味』を奪われる……今回の現場は地方の雪山だね」
 ――この地に伝わるのが、心を凍らせた雪女の伝説なのだとエリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は告げる。孤独に凍った心を抱えた雪女は、ひとのぬくもりを求めて麓を彷徨うのだ、と。
 しかし、雪女は触れたものを凍らせ生命を奪ってしまい、それが益々彼女の心を凍らせていく――そうして、例えぬくもりに満たされたとしても、あたたかな心を得た雪女は溶けて消えてしまう。そんな伝説だ。
「……ちょっぴり切ない話だよね。それで、その伝説に興味を持った男性が狙われて、彼の『興味』を元に雪女のドリームイーターが生まれてしまったんだ」
『興味』を奪った魔女は既に姿を消しているようだが、雪女のドリームイーターはひとを襲って事件を起こす。彼女による被害が出る前に、これを撃破するのが今回の任務となるのだ。
「このドリームイーターを倒す事が出来れば、『興味』を奪われてしまった被害者も目を覚ましてくれる……だから、どうかよろしくお願いするね」
 敵はこの雪女のドリームイーター1体のみで、自分を信じて噂をしたり――或いは自分と同じ、孤独をあたためて欲しいと願う者にも引かれるだろう。上手く誘き出せば有利に戦えるので、色々工夫してみるのも手だ。
「あとは、人間を見つけると『自分が何者であるか』と問うみたいだね。これは怪談のお約束みたいなものだけれど……答えられなかったひとには、問答無用で襲い掛かるみたいだから」
 雪女と答えるのが正解だろうが、今回は倒すことが目的の為、どう対応するのも自由となる。戦闘となればドリームイーターは、見た目に相応しく雪や氷を操って襲い掛かってくるだろう。
「雪の持つ儚さと美と、生命を奪う残酷さ……それが合わさって、雪女の伝説が作られたんだろうね」
 物語で描かれるその姿は、畏怖すべき美を湛えているが何処か哀しい――ひとり雪山を彷徨う乙女の姿を思い浮かべて、鳴海はそっと青の瞳を伏せた。
 人恋しさゆえに誰かを求める心が、雪女の伝説を生んだとも言われている。ならば、雪のように儚いその幻想を、熱い想いで溶かして見送ってあげよう。
「……だって、やっぱりひとりで居続けるより、誰かのぬくもりを知って消える方が、私は嬉しいと思うから」
 そうして呟きひとつ零して、鳴海の翳した刀からはらりと――六華の幻影が咲いて冬空に舞った。


参加者
オペレッタ・アルマ(ドール・e01617)
遠矢・鳴海(駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978)
イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)
王生・雪(天花・e15842)
瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)
ティリクティア・リーズ(甘味大魔王なエルフ・e23510)
レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)
ヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829)

■リプレイ

●雪の乙女が望むもの
 頭上を仰げば、澄んだ冬空が一杯に広がり――降り注ぐ陽光に照らされて、地上では真新しい白銀の雪がきらきらと輝いていた。まっさらな雪道に刻まれていく足跡を見下ろしながら、レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)の光翼が、仲間たちを導くように羽ばたいていく。
「大雪が止んだ次の日、麓へ現れる雪女……。それは完全な作り話か、あるいは何かしらの事実が伝承として形を変えて残ったのか」
 風にそよぐ銀の髪と同じく、その声もまた、氷雪を思わせる凍てついた響きを宿していて――嘗て魔女と恐れられた彼女は断言した。どちらにせよ、敵であるのならば斬るまでだ、と。
「孤独に心を凍らせても存在し続ける事と、温もりに触れて溶けた心とともに自らも消えてしまうのと。一体どちらが幸せなんだろう……」
 一方の地上では、瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)達が、レイリアの選定した場所で準備を整えていた。一般人を巻き込まないよう、なるべく人気の無く戦闘し易い場所を選んだうえで、うずまきは念の為にキープアウトテープを張り巡らせている。
「……私達が相対するのは興味から生まれた夢喰いで、本物ではないかもしれないけれど」
 伝説に語られる雪女――孤独に凍った心を抱えて尚、温もりを求めるその姿に、うずまきはやるせない気持ちを抱いているようだった。けれどそんな彼女へ、霊刀を握りしめた遠矢・鳴海(駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978)が、ゆっくりと噛みしめるようにして言葉を紡いでいく。
「それでも彼女がその心を孤独で満たし、ぬくもりを求めているのなら……届けてあげたい、そう思うんだ」
 ――さらさらと降り積もった粉雪は、まるで大地に眠る生命を護る褥のよう。今は未だ眠りの中にあり、冷たい静寂が山を包み込んでいるけれど、雪解けと共に訪れる春は溢れんばかりの色彩と恵みを与えてくれる筈。
(「……うん、大丈夫」)
 紅玉の瞳を瞬きさせて、皆へふんわりと微笑んだイルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)ら仲間の半数は、敵の襲撃に備えて潜伏をすることに決めて。ドリームイーターを誘き寄せる役目は、残り半分の者たちで行うことになった。
「すごい雪原ね、こんな場所なら本当に雪女がいそうだわ」
 正に興味津々、と言った様子で両手を広げるのはティリクティア・リーズ(甘味大魔王なエルフ・e23510)であり――蜂蜜色の髪が陽に透けて輝く様も、上気した肌から白い吐息が零れる姿も、正に妖精の如き愛らしさに満ちている。
「白くて綺麗で儚い……そんなイメージがあるわ、雪女は」
「ボクもこういう伝承とか興味、あるね。聞いたことない話はやっぱりドキドキするし、先が気になるものだ」
 それが悲しい結末でも、とそっと呟くヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829)は、一瞬緑の瞳に翳を過ぎらせたものの――直ぐにへらりとした笑みを浮かべ、甘いものにも興味津々なティリクティアに棒つき飴を分けてあげた。
(「ボクが大切だと思った人とは正反対、だな……」)
 笑顔の裏で囁かれた、ヴァーノンのその言葉は降り積もった雪に吸い込まれていく。側に居るだけで温かくて、幸せで――色々と思い出してしまいそうだと彼はかぶりを振って、直ぐに気持ちを切り替えた。
「ボクもどちらかと言えば氷のように冷たい方だけど、気は合うかな。少し楽しみだ」
「そう言えば、雪女の伝説って人を凍らせたりする伝説も多いけど、今回の伝説は温もりを求めているお姉さん……なのかな……」
 透き通るような肌と、色彩を失くした髪――雪原に佇むうずまきの姿もまるで、伝承に謳われる儚き雪女のようだ。
「幸せにしてあげたいけど……お姉さんにとっての幸せはなんなのか……ボクは少し悩んじゃうな……」
「うん、孤独に心を凍らせて、流した涙すら凍てついて、何て哀しすぎるよね」
 凍える生か温もりに満ちた死か、なんて残酷な選択だよねと頷く鳴海は、それでも――と呟いて晴れ渡る空を見上げた。消えてしまうのも、やっぱり悲しい事かもしれない――けれど。
「彼女がそれを望むなら……私はやっぱり、温もりを知ってほしいと思う」
 びゅう、と吹いた一陣の風が肌の熱を奪っていく中で、ティリクティアの手袋が雪の塊を掬う。
「ね、雪ってほら、人の体温で溶けちゃうじゃない。とっても冷たいと私達の方が凍ってしまうけど、それよりも人が温かかったら溶けてしまう」
 ――そうして何気なく零れた彼女の呟きは、物事の本質を突いているかのようでもあった。
「……程よい関係じゃないと一緒にいれないのは、寂しいわね」
(「――……」)
 隠密気流を用い、木陰に身を潜めていたオペレッタ・アルマ(ドール・e01617)は、その時微かに溜息を零す。白を纏い雪に紛れ、身を低くして待ち続けることは苦にならない――しかし何かが、彼女の思考をかき乱そうとしているようだった。
(「ココロも、やがて凍ってしまうのでしょうか」)
 ココロ、とは目に見えぬもの。触れられないもの。なのにココロが凍る、と言う感覚がオペレッタには分からない。身動きが取れなくなってしまうのだろうか、と彼女が其処まで考えた時、噂話に誘われてドリームイーターが姿を現した。
 晴天の下で吹雪を引き連れてゆらりと歩を進める、その姿は伝承を模した雪女。その髪も肌も装束も、純白の雪を思わせて――伏せた瞳からはとめどなく、氷の涙が流れて頬を伝う。
「こんにちは、貴方を探していたのよ」
 微笑むティリクティアが優雅に挨拶をするや否や、雪女のドリームイーターは凍てつく声で問いかける。私は誰、と尋ねる乙女に『雪女』と答えたのはヴァーノンだった。
「君が本当に冷たいのか……心を凍らせることが出来るのか、興味深いね」
 ボクも凍らせてもらえるのかな、と――何処か心くすぐる声音で彼が囁いた時、周囲に潜伏していた仲間たちが一斉に奇襲を行う。まるで弔いの氷檻の如き殺界へ、白の世界から抜け出してきたようなイルヴァとオペレッタが飛び込んでいき――そして勇ましきレイリアに続いて斬り込むのは、王生・雪(天花・e15842)だ。
(「敵とは言え、その姿と境遇には何処か親近感も湧きますね」)
 その名が表す通り、雪のようなうつくしさと儚さを湛える彼女だが、その心には確りとした芯のようなものが宿る。睫毛を伏せつつも、相貌に浮かべるのは穏やかな微笑で、近しいものを感じるからこそ尚更、雪は放ってはおけぬ思いに駆られるのだ。
「大丈夫。私達は決して命落とさず、貴方に寄り添ってみせると約束しましょう――雪の姫君」
 凛然とした雪の声が四方に響き渡ると同時、戦に臨む彼女の構えた刀が、陽の光を受けて眩い輝きを辺りに振りまいた。

●凍れる心を溶かして
 ――絹、と雪の呼ぶ声に応えて、木陰に身を潜めていたウイングキャットが虚を衝いて奇襲を仕掛けた。尻尾の輪がドリームイーターの力を封じたのを見計らい、雪もまた刀を手に胡蝶の舞を捧げていく。
(「私も嘗ては、幽閉され孤独に囚われていた身」)
 畏れ混じりの崇拝を受けたと言うのも、その神懸かった舞を見れば納得も出来よう。彼は夢か現か、蝶が娘か娘が蝶か――然れど彼女には、手を差し伸べ寄り添ってくれた人達が居る。
(「だから今は此処に、心凍てる事なく在れる」)
 気づけば雪女の眼前には煌めく白刃が迫り、蝶の代わりに舞い降りたのは剣士の娘。優雅で居て鮮やかな一太刀が、得物に迷いを生じさせる一方で――星辰を宿したオペレッタの剣先が、仲間たちを守護する星々を描いた。
 ――選んだ理由は、きっとそれしか、しらなかったから。けれど。
「ぽつり瞬く星の名を、覚えていたから」
 純白のカンバスに生まれたのは、ひととせ遡る満天の星の空。それはいつか教えて貰った、冬の星座達だ。そうして青い目玉の仔犬がもたらす加護を胸に、因果律を砕く槍を手にしたレイリアが、稲妻を帯びた神速の突きを見舞っていった。
「孤独に心を凍らせ、温もりを求めるか……不愉快だが」
 標的の神経を焼き切ろうと斬り込むレイリアが、微かに眉を顰めたことに気付いた者は居ただろうか。その時、彼女の脳裏に過ぎったのは、たった一度の過ち――愛を拒絶したあの時、或いは出会うのが今だったら――そんな事を考えるが、直ぐに無駄な思考だと気持ちを切り替える。
「私の心は、再び凍らせた。あとはこの槍のように、戦場で散るまで戦い続けるのみ」
 ――けれど雪女も、態勢を整えて反撃へと移っていった。吹き荒れる孤独の吹雪に耐えながら、うずまきは身動きが取れなくならないようにと、懸命に紙兵を展開して仲間を守ろうとする。
(「ボクは、大切な人が欲しかった……」)
 しかし彼女の笑顔は不意に陰りを帯び、膨れ上がる感情が行き場を失って――見つけたつもりの居場所が泡となって消えたことが、うずまきの心を凍えさせていた。
(「今もまだ、甘えたいと思う事も頼る事も、温もりに触れるのが、素直になるのが……怖い」)
 ああ、雪女は――彼女はどうなのだろうとぼんやり思いを巡らせる中、鈴の音のように響いたのはティリクティアの歌声。生きる事の罪を肯定する詩を乗せた癒しの旋律を奏でた後、少女は貴方を抱きしめに来たのだと優しく語る。
「貴方が溶けてしまうくらいあつく強く、貴方を抱きしめる為に来たのよ。……冷たくても痛くても大丈夫、必ず貴方を抱きしめるから」
 だから貴方も全力で来てね、とティリクティアが悠然と手を伸ばすのを見守りながら、ヴァーノンの銃が火を噴いた。それは炎の魔法の如く激しく燃え上がる、愛しき弾薬で――嘗て『彼女』の命を終わらせたことへの、戒めの弾薬でもある。
「どうしても、こういう女性はほっとけないね。きっと男心を掴むのが上手いのかな」
 劫火に包まれた乙女に向かい、戦弓のルーンを刻んだイルヴァが拳を振るった。鋼の鬼と化した武装が易々と敵の装甲を砕くのと交互に、その脚は流星の煌めきを宿して的確に機動力を削いでいく。此方の攻撃の通りが良くなったことにより、列範囲による不利もどうにかなりそうだとヴァーノンは引き金に手を掛けた。
「揺れるけどボク……俺にも譲れないものがあるからね。誰も傷つけさせない」
 ――これは色々な人と出会えたから生まれた思いで、ならば自分も少しは暖かくなっただろうかと彼は自問する。一方で鳴海は、とめどなく溢れる氷雫の涙を受け止め、奪われていく熱に必死で耐えていた。
(「……本当の所は分からないけど、いつかはきっと君の心も溶かしてあげたい」)
 手にした霊刀――雪灯に宿ると伝えられる、孤独に凍てついた魂。それを雪女の伝説に重ねた鳴海は、そしたら君も消えてしまうのかなと苦笑しつつ、毅然としたまなざしで凍れる雪女に向き直る。
「……でも、今は、目の前の哀しい魂の為に。力を貸して、雪灯」
 孤独の痛みを悲しみを、一番知っているのは他でもない君だろうから、と――二刀を構えた彼女が放つのは、霊体のみを斬ると言う疾風めいた衝撃波だ。
(「わたしも、誰かに出会えなければこんな風になっていたのかな……」)
 声なき悲鳴を轟かせる雪女を、痛ましげに見遣っていたイルヴァであったが、その時彼女の瞳が不吉な光を宿したのに気付いて声をあげる。
「……いけない、オペレッタさん!」
 ――そう、雪女の凍れるまなざしは、オペレッタに狙いを定めていたのだ。

●君にぬくもりを
(「……どうして、ないているのでしょう?」)
 零れた先から、透明な涙は氷へと変わる。それは、カナシイ涙なのか。それは、ウレシイ涙なのか――思考の度にオペレッタの頭にはエラーが鳴り響き、やがて彼女はがくりと膝をついた。
「エラー、エラー。『これ』は、その感情をしりません」
 凍てつくまなざしに射抜かれ、剥き出しの動力炉――彼女のココロが激しく震える。途端オペレッタは声にならない悲鳴をあげて頭を振ったが、知らないようでいて酷く懐かしくもある声が、隙間風のように入り込んで爪を立てた。
『オマエも孤独だ』
『――……に、……されなかったのだから』
 ああ、なにも、なにもかんじなくなってしまう――虚ろな瞳でオペレッタが機械仕掛けの肘を動かしたその時、視界を埋め尽くす光が彼女の迷いを消し去っていく。
「大丈夫かい? 酷く震えていたけれど」
「ねこさん、お願い!」
 オペレッタに気力を分け与えたのはヴァーノンで、うずまきのウイングキャットも羽ばたきを駆使して邪気を払ってくれているようだ。その間もレイリアは攻撃の手を休めず、光の粒子となってドリームイーターを追い詰めており――直ぐにオペレッタも踊るように、軽やかな身のこなしで新雪を蹴った。
(「孤独の定義、それは、だれにもみつけられないことでしょうか。だれからもわすれられることでしょうか」)
 ――機械仕掛けで導き出したそれが、孤独と呼ばれるのであれば。電光石火の蹴りを叩き込むと同時に、彼女は宣言する。
「アナタはもう、ひとりきりではありません」
「私も、此の地で流れる孤独な日々を、その涙を、止めてあげられたら――」
 空の霊力を帯びた雪の刀が、雪女の傷痕を正確になぞって。更にイルヴァは禍々しい形の刃を手に、獲物を複雑に斬り刻んでいった。
「……深い眠りにも似た冬の静寂の中、物寂しさを感じることもあるかもしれない」
 それでも冬は同時に、やがて訪れる春を守るもの。雪が融ければ花が咲くように、孤独もきっといつか――終わりを告げる。だから、あなたの孤独にもここで終わりを告げようと、イルヴァは懸命に声を振り絞った。
「……鳴海さん、お願いします! 彼女を見つけたあなたに、最後はぬくもりを届けてあげてほしい――」
 その声に背を押された鳴海は雪道を駆けて、引き合う力――重力の鎖を込めた抱擁を交わす。凍気にも構わず、その孤独を引き取ろうと――どうか温もりが届くようにと、精一杯の想いと共に。
「こんな形でしか、届けられなくてごめん。でも皆、君の孤独を終わらせたかったんだよ」
 両手を広げる鳴海にそっと、其処で小さな手が添えられる。さよならの矢を放ち、抱擁に加わったのはティリクティアだった。
「だって言ったもの、私は抱きしめると」
 おやすみなさい、雪女――あたたかな心が彼女の輪郭を溶かし、後にはただ、点々とした足跡だけが残された。

 ――恐らくこれも、一つの幸福な最期。そう呟いたレイリアの背を見送りながら、イルヴァはめぐる命の行く先を思う。いつかこの星にまた生まれる時、寂しさを埋める何かに、きっと出会えるのだと信じて。
「ぜったい、ぜったい、大丈夫ですよ。……だって、わたしだってそうだったんですから」

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。