書の道はかくありき

■リプレイ

●書の道について
　現場を目指すヘリオン内。メンバー達の会話は今回の依頼にちなんだ話題が中心となっていた。
「俺の字、我流で滅茶苦茶やねん」
　ロシア生まれの美津羽・光流（水妖・e29827）。長い間、１人で生きてきた彼は、文字など自分だけが読めればいいと考えていたそうだ。
「せやけど、今は一人やあらへんから上手くなりたいて思う」
「書の道に興味がないではないが、今回はそれよりも優先すべきことがある、な」
　光流の意気込みを是とするダニエラ・ダールグリュン（孤影・e03661）。だが、今回はあくまで、デウスエクスの討伐が主目的だと、仲間に促す。
「書道を一体何に使おうとしてるんだかは知らねえが、同じ書を嗜む者として見過ごせねえな」
　村雲・左雨（月花風・e11123）は多少書道の心得があるようだ。だからこそ、軽々しくそれを修めようとする螺旋忍軍に眉を顰める。
「月日を経て生を重ねていく重みは、不死が当たり前だった奴らにゃわからないか……」
　地球人の天野・司（陽炎・e11511）は、そんなデウスエクスの考えに呆れすら見せ、声を荒げる。
「ちょろっとした事で盗めるほど、人の技は安かないぞ！」
　そのやり方は目に余るものがあると、リュセフィー・オルソン（オラトリオのウィッチドクター・e08996）も司に同意してみせた。
「技術を奪って殺そうとする、螺旋忍軍は許せませんね！」
「利用した後に消そうなんて、許さない」
　シャルロット・フレミス（蒼眼竜の竜姫・e05104）はそんな敵の討伐をと意気込むが、これからの依頼の都合もあり殺気を抑えるようにと努める。
「巡り巡った先の敵の目的が気になりますが……。とにかく、阻止せねばいけませんね」
　そう仲間に告げるレクト・ジゼル（色糸結び・e21023）を、金髪エルフの少年の姿をしたビハインド、イードが穏やかに見守っていた。

●書に打ち込め！
　現場は、埼玉県某所の書道家宅。
　直接、書道家の坂本・峻峰に接触することができたメンバー達は、事情を説明する。
　騒がせてしまうことになるとダニエラが謝罪の上、左雨が螺旋忍軍討伐の助力を坂本へと願う。
「…………」
　しかしながら、難色を示した坂本の前に、光流が進み出る。
「先生を守るためとはいえ、偽生徒みたいなもんやから抵抗あるかもしれへんけど……」
　ケルベロスだって、日々、地球を護る為にと戦っている。まして、螺旋忍軍の被害者となるかもしれない者を放っておくわけにもいかないと、光流は力説する。
「その為やったら何でもする覚悟や。ご指導お願いします」
「迷惑、千万なのは……承知ですが。どうか、ご協力……お願い、します」
　中世的な見た目のレプリカント、櫂・叔牙（鋼翼骸牙・e25222）も真摯に願うと、坂本はケルベロス達へと家に入るよう、手を振って促すのである。

　螺旋忍軍が来るまで３日。メンバー達はそれぞれの時を過ごす。
　無愛想ではあったが、坂本は書に関しては非常に前向きで、ケルベロス達へと懇切丁寧に習字の指導をしてくれた。
　相手に通いの練習生と言い張れるくらいの修練をと、叔牙は筆を握って文字を書き始める。硬筆は苦手なシャルロットも、筆は得意とすらすらと書いていく。
「書道家の先生には叶うべくもないが、書道はまあ趣味でちょいとな」
　左雨もなかなかの達筆な字を書いてみせる。坂本は褒めこそしないものの、感嘆はしていたようだ。
　光流は自身の言葉を実証すべく、坂本の書いた手本を見ながら書き順を覚え、一枚一枚丁寧に書き、かなり熱心に枚数をこなしていた。
　同じく、書道には元々興味があったというレクト。彼は礼儀正しく坂本に教えを請う。毛筆のコツを聞き、一日千枚という目標を立て、ひたすらに書に打ち込む。
「書道は慎重さも大事ですが、思い切りの良さも必要なんですね」
　ある程度書き慣れてくるとレクトは思い切って筆を払い、迷いのない字を書いていたようだ。
　ダニエラは戦うことのできそうな庭を眺めつつ、隠れやすそうな場所をチェックしていた。
　螺旋忍軍が書道を習得して如何に使うかなど、ダニエラには想像もつかないが。
（「こういう日本独自の振る舞いには、興味があるがな」）
　邪魔しない程度に書の道を見せてもらえると良いなと、彼女も考えていたようだった。

●螺旋忍軍の訪問
　３日後――。
「是非、我々にも書の道をご教授願いたい」
　玄関のチャイムを押したのは、道化師の姿の女性と、サーカス団員の男性の姿。螺旋の仮面を被った男女はそれぞれ、キッカ、タノと名乗った。
「いらっしゃいませ、興味を持って頂ける事は喜ばしいことです。今、先生はお暇で、庭においでになります。ご案内致しましょう」
　出迎えたのは、使用人に扮した司だ。不信感を抱かせぬようにと彼はニコニコと笑い、丁寧な物腰で接する。
　その途中に通りがかった部屋に、見習いとして、字を書いていたレクトと光流の姿があった。
　真摯に書に向き合う姿勢、それに数をこなしたことで、見られる字になったと坂本からお墨付きをもらったらしい。
「躊躇わず、思い切って書くといい字になりますね」
　レクトは坂本から教わったことを、そのまま螺旋忍軍の２人に伝える。興味を向けるのが狙いだ。
「筆はこう持って……そうそう」
　光流も初歩的な話を行うのだが、彼の瞳の奥には、螺旋の仮面に対する怨恨の念が渦巻く。
（「心がざわつくけど、書道の先生の安全が一番大事やからな」）
　努めて冷静に自らを律し、彼は司と共に敵を庭へと誘導する。
　一方、庭では、他メンバー達が物影から見守る中で、坂本が腕組みをした状態で招かれざる客の来訪を待っていた。
　そこに、司が螺旋忍軍の２人を誘導してくる。彼らが坂本へと近づく前に、ダニエラが坂本の前に飛び出す。
「相変わらずこそ泥行為に励んでいるようだな。お前達の企みも、今ここで私達が阻ませてもらう！」
　続き、左雨、リュセフィー、叔牙もまた姿を現すと、螺旋の２人も構えを取る。
「ケルベロスですか……」
　ここまで２人を連れてきた司もまた、敵意の視線を差し向ける。
　レクト、光流が坂本を屋内へと避難させるが、敵もそれを許さない。
「面倒ですね……。ならば、力づくで」
　その腕を自らのものとすべく、キッカは取り出したステッキの尖端に棘を生やし、殴打してくる。身を張って受け止めたのは司だ。
「……やらせはしないぞ。邪な思いを抱えた奴にくれてやれる程、命は軽くねぇ！」
　司は敵を睨みつけ、指先に炎を灯す。
「何だって、最初はちょっと怖いだろ？」
　司はキッカをスルーし、手前のタノの体をつつく。指先の炎は原始的な恐怖を相手に呼び起こす。そいつも何かを思い出したのか、やや足を鈍らせる。
　まだ、書道の習得ができていないこともあり、螺旋の２人が坂本を襲う様子はないようだが、この後も狙わない保障もない。坂本を連れてレクト、光流が一旦屋敷内へと坂本に避難を促す。
　左雨は連れていたボクスドラゴンに攻撃を行わせ、自らはカラフルな爆発を起こし、前列メンバーに力を与える。
「貴様らの任務は失敗よ！」
　力を得て敵に飛び込むシャルロット。屋内外両方の戦いを想定していた彼女は戦場が庭ということで、蒼眼竜霊刀・咢の刀身を非物質化させてタノの霊体に斬りかかる。
「グラビティ・チェインの、略奪が……目的で、無いとしても……。虐殺を、見逃す。ケルベロスでは……無い！」
　この場では坂本を襲おうとせずとも、２人いずれ彼を手にかけるのは間違いない。冷静に敵を見据えた叔牙は仲間に続き、ドラゴニックハンマーを砲撃形態となして竜砲弾を発射した。タノに足止めを行う彼は、そのまま敵に仕掛けていく。
　タノも一方的にやられてばかりではない。多少、その場に足止めされようとも、軽やかに舞うその男は、空中から格闘を仕掛けてくる。
　身構えたダニエラは体当たりを仕掛けるようにして、連打をその身で受け止める。
　凛とした表情を崩さぬダニエラは長い髪をなびかせ、チェーンソー剣を唸らせて敵へと切りかかっていく。
　また、ミミックに屋敷に入る坂本を庇わせつつ、リュセフィーはライトニングロッドを振るい、仲間を賦活していく。
「任務の為には、排除せねばなりませんか」
　ステッキを振るうキッカは突然どこからか奇妙な人形を出現させて、ケルベロス達へと痺れが走るほどの驚きを与えてくる。
「仲間をやりたきゃ、せめて俺一人は倒せなきゃな？」
　だが、それもまた、司がしっかりと受け止めて見せた。彼はオウガメタルをその身に纏い、キッカを抑えつつもタノ目掛けて拳の連打を繰り出す。
　タノへの攻撃は続く。左雨が余裕の表情を浮かべながらも、流星のごとき蹴りを浴びせかける。３日だけとはいえ、自分達に書の道を教えてくれた坂本に恩義を尽くすべく、左雨はこの場で螺旋忍軍の撃破を目指す。
　叔牙もまた、坂本が完全に屋敷に入る前にと、重力を宿す蹴りを繰り出していく。
　坂本が完全に屋敷に入ったのを見て、レクトも戦線に加わる。ビハインドのイードが庭に転がる小石を投げ飛ばしたのに合わせ、彼もまた履いたエアシューズでタノへと蹴りかかった。
　戻ってきた光流もまた、力の限り渾身の蹴りを放って素早く動くタノの足を止めた。
「キッカとタノやな……。墓標は良え字で刻んでやるさかい。安心して去ねや」
　冷たい笑顔を浮かべる光流。しかしながら、敵もまた仮面の奥から淡々とケルベロスを見つめ、グラビティを繰り出してくるのである。

●師を手にかけるということは……
　書道家坂本がこの場から離れたことで、ケルベロス達は螺旋忍軍２体の討伐に尽力する。
　軽業でケルベロスに攻撃を繰り出す、サーカス団員タノ。巻き起こる風に乗って蹴りを食らわせてきたり、グラビティによる衝撃波を放ったりと、そいつは軽やかな攻撃で、痛打を与えてくる。
　だが、ケルベロス達の連携攻撃により、タノは早くも動きを鈍らせてきていた。
　近接攻撃に織り交ぜ、砲撃を行う叔牙。頃合いを見て、彼は両手の電撃端子を展開させていく。
「放電開始……Ready Impact！」
　放たれる最大出力での放電。掌に生まれた雷電を、彼はタノへと叩き込む。自らの兵装と武闘術を合わせた技。タノは全身から煙を噴出しつつ、体を痙攣させながら果てて行った。
「役に立たない男ですね」
　思ったようにはならず、キッカは苛立ちげにステッキを振るって旋風を巻き起こす。前に出たダニエラが身を裂くような風に耐えた後、狙いをキッカへと切り替えて肉薄し、チェーンソー剣の刃を振るう。
　仲間達の傷は徐々に深まってきている。医学生のレクトは誰１人落とすまいと、撒いた紙兵に仲間を守護へと当たらせつつも、一部の紙兵は仲間の傷を癒す為に霧散していく。
　リュセフィーもまた、回復役として立ち回る。回復グラビティメインで戦闘準備を行ったリュセフィー。傷の深い盾役メンバーには緊急手術を施し、トリッキーな攻撃も多い敵の攻撃で異常を覚える仲間には、オーロラの光を発して癒しを与えた。
　残る敵は１体。後は全力で叩くだけ。左雨は後方の光流が何か仕掛けるのを横目で見て、先んじて攻めていく。
「天網恢恢。廻り巡れ、イカヅチを以て怨敵の念を捕らえよ」
　左雨が指先から発した蒼い雷。それが弧を描きながら敵の周囲を舞い回り、キッカの体へと浴びせかける。
　続き、光流が投げ飛ばす手裏剣。内部に毒を生成したそれが命中すると、キッカはその毒に犯されたのか、顔を青ざめさせてしまう。
　その痛みに歯軋りをしたキッカが飛び出し、ステッキで殴りかかるが、司がそれをしっかりと受け止める。
　彼は反撃にと精神を集中させ、キッカの体に爆発を巻き起こすと、キッカの握るステッキにヒビが入っていたようだ。
「光れ竜の紋章、絶えず湧き上がる破壊の器」
　一瞬怯んだ敵へ、シャルロットが迫る。
「天に轟き、地に響き、咆哮を世界へ届けん。猛る魂と我が声に答え譲渡せよ。撃滅する力を！」
　竜の力を開放した彼女は赤いオーラを蒼眼竜霊刀・咢に纏わせ……、全力でキッカの体を斬り捨てる。
「あああああぁぁっ！」
　その一撃に耐えられず、キッカは力なく崩れ落ちていく。
「師を殺すって事は、師を超えるってことよ」
　そっけなく告げたシャルロットは、振り払った刀を鞘へと納めたのだった。

●表には出さなかったが……
　螺旋忍軍２人を討伐したケルベロス一行。
　シャルロットは剣を地に振り、改めて状況を確認する。
　戦場になった庭は残念ながら荒れている箇所もあった為、レクトが溜めた気力を撃ち出して補修を行う。リュセフィーもまた破壊箇所へと、ショック療法を施すことで修復をしていた。
　こうした手早いケルベロス達の行動もあり、庭は瞬く間に幻想を交えながらも元の形に近づいていく。
　それも終われば、別れの時が訪れる。
　３日という僅かな間だったが、思った以上に熱心な指導をしてくれた坂本に、レクトが礼を述べる。
「色々教えてくださり、ありがとうございました」
「この度は……ご協力。ありがとう、ございました。これからも、ご活躍と……後進の、ご指導。頑張って、下さい」
「これからも、書道を書き続けて下さいね」
　叔牙も感謝の言葉を重ね、リュセフィーが激励の言葉を送ったのに対し、坂本は小さく頷いて家の中に戻って行った。

　余談だが、ケルベロスに触発された坂本はすぐに書斎に篭ったそうだ。きっと彼は、ものすごい大作を書き上げたことだろう。

作者：なちゅい	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年1月28日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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