少女の心は凍てついて

作者:ともしびともる

「あの人は……どこ?」
 都内某所の駅前、曇り空の商店街を足早に歩く人々へと、うつろな目をした少女が問いかけた。この寒空の下、裸足に薄手の病衣一枚という少女の異様な容姿に、道行く人が思わず振り返る。
「あの人は……ケルベロスは、どこ?」
 側にいた人が少女に声をかけようとした瞬間、彼女の足元から凄まじい冷風が放たれた。周囲にいた通行人十数人が、為す術無く次々と全身を氷漬けにされていく。
「ひ、ひいぃっ!!!」
 脚部を凍らされ、逃げられずにもがく女性へと、少女の姿をしたダモクレス、『ミサ・アサギリ』が近づいていく。
「教えて。あの人は、どこなの?」
「やめ……っ、た、助けて……!」
 怯え、懇願する女性を、ミサは不快げに眉をひそめて見やった。
「……うるさい。知らないなら、黙ってて」
 ミサは足元の氷を更に成長させ、涙を流す女性の全身を、完全に氷の中へと封じ込めた。
「……大丈夫、これをし続ければいつかあの人に会えるって、クビアラ様が言ってくれたもの」
 ミサは虚ろにそう呟いて、氷漬けの人々を置き去りに、次の獲物を求めて街の中へと歩いていく。


「指揮官型ダモクレスが、本腰を入れて地球侵略を始めています……!」
 ミルティ・フランボワーズ(メイドさんヘリオライダー・en0246)が緊張気味の面持ちで状況説明を始める。
「ダモクレス指揮官型の一体、『踏破王クビアラ』は、ケルベロスとの戦闘経験を得ようと、こちらに配下を送り込んできました。クビアラ配下のダモクレスは、ケルベロスの全ての力を引き出して戦う事で、より正確なケルベロスの戦闘データを引き出し、自分や配下のパワーアップを図るつもりのようです。そしてその目的の為ならば、一般人を惨たらしく殺したり、人質を取るなどの非道も、躊躇なく行ってきます。敵の目的はこちらの力を暴く事だとしても、人々に下される非道を見過ごすことは出来ません……!」
 ミルティは焦り気味の表情を浮かべつつ、掌に事件現場の立体映像を展開する。
「皆さんに向かって頂くのは、『ミサ・アサギリ』が現れる都内の駅前の交差点です。彼女は氷のグラビティを操り、目につく人を手当たり次第に氷漬けにしようとしています。彼女は人を襲い続けることでケルベロスに接触できると盲信させられており、私達が彼女を放置すれば被害者は膨大な数に膨れ上がってしまうでしょう。ですが、皆さんが今すぐ現場に向かえば、彼女が数人を凍りつかせた直後に現場に到着でき、凍らされた人々も皆さんが氷の中から速やかに救い出してあげれば、窒息する前に救出することが出来るはずです。彼らを開放したのち、ミサ・アサギリとの戦闘を開始してください!」
 ミサ・アサギリの襲撃行為は『ケルベロスとの接触と戦闘』が目的なので、ケルベロスとの戦闘が始まった後は、周囲の一般人を意に介する事はなく、氷から救い出した人も含めて、逃げていく人々を彼女が追い撃つことはまずない。
 「ただ、もし皆さんが一般人の救出などに人数を割いて全力で戦闘しなかったり、戦闘データを取られないように手を抜いて戦闘している、などと彼女に捉えられてしまうとまずいことになります。手を抜かれたことに彼女は怒りを表し、皆さんを本気にさせようと周囲に対して手当たり次第に攻撃を仕掛けてくるでしょう。そうなれば、身を隠している周囲の一般人が犠牲になってしまうかもしれません」
 つまりは、戦闘に勝利し、且つこちらの戦闘データを出来る限り渡さないのがこちらの最善手となる。
「データを渡さない手段の1つは、可能な限り短い時間で敵を撃破することです」
 データを取る時間が少なければ、渡るデータも当然少なくなる。
「2つめは、わざと手を抜いて戦闘を行うことです。データの信憑性を下げられますが、それを敵に気取られることのリスクとの隣合わせになるでしょう」
 もちろん、手抜きの末の敗北は許されない。ケルベロスを倒したミサ・アサギリは、次のケルベロスを求めて再び一般人を襲い始めるだろう。
「3つめの方法は、ケルベロスが普段使わないような戦略を用いて戦うことです。この方法であれば、敵が得られるデータの信憑性を下げられますし、ケルベロス側も新たな戦術を見いだす実験になるかもしれませんね」
 勿論、敗北できないのは同じなので、戦術について充分な検討が必要となるだろう。
「さあ、今すぐヘリオンを飛ばしますよ! 難しい任務ですが、どうか氷に閉ざされた人々を助けてあげてください……! 皆様、いってらっしゃいませ!」


参加者
メリッサ・ニュートン(眼鏡の真理に導く眼鏡真教教主・e01007)
戯・久遠(不退転の気功術士・e02253)
千斉・アンジェリカ(空墜天使・e03786)
ゼラニウム・シュミット(決意の華・e24975)
キーア・フラム(黒炎竜・e27514)
トワ・トガサカ(スケアクロウ・e30469)
ユアン・アーディヴォルフ(生粋のセレブリティニート・e34813)
桔梗谷・楓(オラトリオの二十歳児・e35187)

■リプレイ


「あの人は……、久遠は、どこ?」
 曇天の駅前十字路。ミサの襲撃により、道行く人が無差別に5人凍らされ、逃げ惑う人々にも、ミサ・アサギリは氷撃を放とうとした。
「よう、誰かをお探しかい?」
 そのミサの目前へと戯・久遠(不退転の気功術士・e02253) が突如飛び込み、彼の達人の一撃がミサの頬を掠めた。
「――ははあ、誘き寄せのために無辜の人々を巻き込む、と。成程」
 飛び退いたミサの前に、螺旋の仮面をつけたトワ・トガサカ(スケアクロウ・e30469)が視線を遮るように立ちはだかる。
「これ以上の被害は出させませんよ!!」
 続いてメリッサ・ニュートン(眼鏡の真理に導く眼鏡真教教主・e01007)現れ、メガネをキラリと光らせる。
「俺、参上! かわいこちゃんの注目を得る役目は大歓迎だぜ!!」
 バサリとマントを翻し、派手に登場した桔梗谷・楓(オラトリオの二十歳児・e35187)。しかしミサの視線は楓ではなく、一人の人物に釘付けになっていた。
「久遠……? 本当に会えた、久遠……!!」
 楓達がミサを引き止めている間に、ユアン・アーディヴォルフ(生粋のセレブリティニート・e34813) とテレビウムのヴィルヘルムが氷漬けにされた人に駆け寄る。
「真面目なのは柄じゃないけど……! 救出班、作戦開始します!  行くよ、ヴィルヘルム!」
 人の生死を預けられた状況に、ユアンは普段のゆるさを捨てて迅速な行動力を発揮する。
「こんな氷…! ドラゴニアン舐めんなっての!!」
 ユアンがブレスを慎重に吐きかけ、みるみる氷を溶かして一般人2人を解放する。
 救助活動を妨げられぬよう、ゼラニウム・シュミット(決意の華・e24975) はミサに向けて素早い右の蹴り上げを放ち、巻き上がる炎でミサを牽制する。
 その後ろで、キーア・フラム(黒炎竜・e27514) は黒炎の翼を広げて囚われた2人をまとめて包み、その炎で氷を溶解させていた。救い出された一方の女性が息を引きつらせ、倒れそうになったのをキーアが咄嗟に支える。
「落ち着いて、息はできる? 大丈夫、あいつは私達が引きつけるわ。歩くのが辛ければ、あの建物の裏に隠れてて」
 氷を叩き割って一人を助け出したヴィルヘルムが、ユアンに指示されて5人を安全な場所へと先導していく。
「私達を呼び寄せる、その為だけに無関係な人を巻き込んだのですか? 余りにも身勝手すぎますよ……」
「まあ、実に有効な手ではありますね、生きて帰る算段があれば。まああっても圧し潰しますけど。ええ潰します、潰させて貰いますよ」
 ゼラニウムとトワが軽蔑を込めて言ったが、ミサは気のない様子で首を振る。
「久遠に会うためなら、他人なんて、どうだっていい。会えて嬉しいよ、久遠。だから……あなたを殺さなきゃ」
 狂気を湛えて笑うミサに、千斉・アンジェリカ(空墜天使・e03786) が駆け寄り、執着的な視線を切るようにに破鎧衝を派手に打ち込む。
「ほらほら、相手はここだよっ☆ くおんくんばっか見てちゃ、やーだよっ?」
 衝撃で僅かにふらつき、苛ついた様子でアンジェリカを見返すミサ。
「こちらは大丈夫です! お待たせしました!」
 手早く救助を終えたキーア達が合流し、ユアンが久遠の様子をちらっと伺いつつ、そう宣言した。
「殺す、か。つれないねぇ、久し振りの再会だってのによ」
 久遠が最後の唐揚げを口に放り込み、眼鏡を外して表情を引き締める
「悪いがお前を止めるぜ、ミサ。……久しぶりに喧嘩をするか」


「ふふっ、私も久遠の相手だけしてあげたいけど、クビアラ様のためにもちゃんと全員と戦わなくちゃね」
 水鎖はそう言って、一般人を襲った凍てつく氷の波動を前衛陣に鋭く吹きつける。
「やはり情報収集が目的……。では、私達も作戦通りに」
「ええ、そうしましょう。螺旋忍法・影千切りの術!!」
 ゼラニウムの言葉にトワが頷き、仮面をつけて螺旋忍軍のふりをしたトワが、存在しない技名を叫びながらシャドウリッパーを放つ。
 こちらの情報を得ようとするダモクレスに対し、彼らが取った作戦は偽りの情報をより多く与え、情報全体の信憑性を落とすことだ。
「え、えーと……悪は絶対許さない! ケルベロスにその人あり! 正義の戦士ジャスティス秘密仮面見参! なのでござる! 彼は相棒のワトソンくん!」
 同じく秘密の仮面を身につけたユアンが謎の名乗り口上を述べる。ヴィルヘルムを何故かワトソンと呼んだりやや迷走気味であるが、本人は至って真剣だ。
「正義に降り注ぐ光、サンシャインヒール!! そしてワトソンくん、敵を攪乱してくれでござる!」
 ユアンは大仰に両腕を掲げてオウガメタルの光粒子を前衛へと降らせ、ヴィルヘルムは手にしたバールのようなものを乱暴に振り回す。
「女の子と戦うのは心が痛むが、仲間のことは俺が守るぜ!! 難攻不落、拒絶の極光! 聖痕の煌めき、ディヴァイン・フィールド!!」
 楓も至って真剣に、しかしやたらに長い偽名称を唱えつつ、前衛を守護する雷光の壁を展開する。
 ケルベロス達は速攻撃破を狙って攻勢をしかける。序盤は痺れや足止めの効果をねらう攻撃を加えつつ、耐性の強化を味方全体を速やかに施していった。ミサの氷の鞭がキーアを狙い打ったが、キーアは翼で身を覆い、氷結攻撃を翼で受けきる。
「私の炎は尽きる事のない黒炎…その程度の氷で私の黒炎は凍らない…!」
 纏った守護の力が直ぐに氷を溶かし、キーアが黒炎の翼を広げると、纏わりついていた氷は飛沫に変わって振り払われた。
「こちらの手番よ。捕えて、キキョウ!」
 キキョウと呼ばれた攻性植物が、キーアに応えるように蔦を伸ばしてミサの腕へと素早く絡みつく。
「メタ・ローカストファング! 土蜘蛛、対象の捕食を!」
 ゼラニウムはロッドを新体操のようにくるくると回し、偽の技名を叫んでブラックスライムの土蜘蛛にミサを襲わせる。ロッドを回す動作に意味はなく、あくまで情報を撹乱するためのブラフだ。纏わりつく土蜘蛛とキキョウの蔦を振り払おうとしている隙に、トワが両手を組み、これみよがしに詠唱を始めた。
「……『我思う、故に我あり――賢人は斯く謂うた』『しかし其処に汝は無く、ただ翡翠が堕つるのみ』……」
 詠唱が終わると同時に、トワは敵へと瞬間的に距離を詰め、貫手の形に整えた指先に螺旋の力を集中させた。
「珠穿鋭槍・落涙翡翠!!」
 ミサが反応する前に、螺旋の刺突を敵のみぞおちへと叩き込む。ミサは爆発的な衝撃に吹き飛びながらも、背面に氷の壁を形成し、倒れることなく体勢を立て直した。
 メリッサが手で眼鏡の形を作り、その両手で変身ヒーローのような謎の動きをする。
「ME・GA~NE!! その身に刻みなさい、眼鏡断罪斬!!」
 余計な動作の後にブリレ・ゼンゼを構え、鋭いレンズでミサの体を素早く切りつける。力を吸収されて睨みつけてくるミサの眼前でメリッサは、唐突に最高の笑顔で手にした眼鏡をバリっと食べた。
「ああ、この一口がたまらない! 眼鏡を食べると力が湧いてきます!」
 戦闘中に、さも旨そうに眼鏡を噛み砕く女という異様すぎる光景にミサが呆気に取られていると、今度はばっさばっさと妙に大きな羽音が響き出した。
「ああっ! 我々オラトリオは常に翼を出していないとろくに攻撃できないのだーー!」
 アンジェリカがわざとらしくそう宣言しながら、翼をやたらめったらに羽ばたかせる。
「……ケルベロスって、おかしな人達なのね」
 呆れ気味に呟くミサに、アンジェリカがニコッと笑い返し、直後にドラゴニックハンマーをブーストさせ、勢いよく中空へと飛び上がる。
「正義の鉄槌☆ オラトリオ・インパクトっ!」
 加速降下して巨大なハンマーを振り下ろすアンジェリカ。回避不能と見たミサが咄嗟に氷の盾を張り、超重量の衝撃が氷を派手に叩き割ってミサを襲った。ふらふらと体勢を崩すミサの懐に、今度は久遠が右腕をかざして飛び込んだ。久遠はミサの気を喰らう一撃を放ち、お互いすぐに体勢を直して向き合う。
「……ねえ、どうしてあなたはそっちにいて、私はこっちにいるの?」
 虚ろに呟きながら、鋭利な樹氷をまとった攻性植物を鞭のようにしならせる。
「もう一度一緒になるには、やっぱりあなたを殺さなきゃ」
 狂気的につぶやき、樹氷の鞭を久遠にけしかけた。
「その攻撃は知っている」
 久遠は冷静に、鞭の軌道を読んで身を翻す。しかし追い縋ったミサに、その左腕を掴まれた。
「そうだよね。私もその動き、知ってるもん」
 薄く笑ったミサは、氷針の切っ先を容赦なく久遠へと差し向けた。鋭い樹氷は、咄嗟に出した久遠の右腕を刺し貫いて肩まで達し、凍てつく氷晶が吹き出す血すら凍らせて、彼の体をみるみる覆い始めた。

●戦闘後半
「く……っ!」
 防御を固めていなければ倒れていたであろう強烈な一撃に、久遠が氷に覆われた傷口を抑えるようにしてよろめく。
「くおんくん!!」
 アンジェリカが叫び、次の瞬間トワがミサの脇腹に無詠唱で『珠穿鋭槍・落涙翡翠』を抉りこんだ。突然の側面攻撃に、ミサは対応しきれずに吹き飛ばされて地面を転がる。
「ちょっと吹っ飛んででください。……そもそも詠唱いりませんし」
 ぼそっと呟くトワ。メリッサが両手を掲げて即座に大顕現眼鏡郷(サバエファンタジア)を展開する。無数の眼鏡が舞う癒やし空間が久遠の氷の戒めを速やかに溶解させ、駆け寄った楓が煙幕玉を目隠しに使いつつ傷口にロッドをかざすと、久遠の大怪我が急速に癒えていった。
「大丈夫、倒れさせないぜ。ミサちゃんと決着、つけてやってくれ……!!」
 自分では可愛い子にトドメは刺せないからと、内心で呟く楓。煙が晴れる中、久遠は目線で礼を伝えつつ立ち上がる。
「わかりましたか? ケルベロスの力の源は眼鏡なんですよ!」
 メリッサがスタイリッシュに眼鏡を噛じり、パリィっと小気味よい音を立てて割れたレンズの破片が、光を浴びて七色に舞い散った。
 体制を立て直したケルベロスの反撃が始まる。ミサの攻撃に対応した装備を選んできたことと、ドレインを織り交ぜた戦略を取ったことが部隊の消耗を軽くし、攻撃的な体勢を維持することに繋がった。敵が耐性を付ければ、
「おっと、ソレは無しだぜ。宵闇の誅罰、陽炎墜とし!!」
 楓が難しい言葉を即興で繋げたような技名を叫びつつ、螺旋手裏剣を飛ばす。込められた螺旋力は衝撃とともに、ミサの守護を即座に引き剥がした。
 被弾が嵩み、ミサの足が止まりつつあるのを見て、ゼラニウムがクリスタルウィルの術式を解除し、その力を極限まで引き出す。
「……ライトニングボルト!」
 リミッターが解除されたクリスタル・ウィルから、『ライトニングボルト』ではありえない超巨大砲撃が繰り出される。加減を知らぬ雷砲をまともに浴びて硬直するミサの耳に、地獄から響いてくるような歌声が届く。
「『咲いた、咲いた、赤い薔薇。咲いた咲いた大きな薔薇。赤い花は彼岸へ流し、彼方の空へ。』」
 地獄化された恐怖の歌声に、ミサの表皮構造がビリビリと破れだす。死の歌声に苛まれるミサの身体から、突如漆黒の炎が巻き上がった。
「貴女のその冷たい世界、全て燃やし尽くしてあげるわ、塵も残さずに……!」
 キーアの両手から放たれる呪いの黒炎、メギドフレアの業火だった。
 さらにユアンがドラゴンブレスを重ね、炎は勢いを増して燃え上がる。
「うあああああ!! 熱い、熱いいいい!!!」
「どうした? まだ終わってないぞ。俺達の最後の喧嘩は!!」
 炎柱と化し、叫びを上げて藻掻くミサに、久遠が猛然と突っ込んでいく。掌に陽の気を集結させ、その手を振りかぶった久遠の瞳を、ふいにミサが真っ直ぐに見つめた。
「…………ころして、久遠」
「……ああ。これで終わりだ、ミサ」
 久遠は掌底とともに、万象流転の力をミサの心臓部に撃ち込んだ。久遠の研ぎ澄まされた陽の気は、ミサの狂気と歪められた運命もろとも、彼女の心臓部を破壊した。


「久遠……。ごめん……ね……」
 倒れ、久遠に半身を抱えられたミサが、久遠の頬にそっと触れた。
「ねえ久遠。私、また……あなたの側……、に………」
 瞳に優しい光を取り戻した『麻桐・水鎖』は、最期にに少しだけ微笑みながら、静かに息を引き取った。
「……悪ぃな。いつかそっちに行くからよ」
 久遠は呟いて、水鎖の身体を丁寧に横たえた。遺された彼女の氷晶に彼の気を送り込んで安定化させ、それを水鎖に優しく握らせる。
「お守りだ。これで勘弁してくれ」
 久遠は暫し、静かに黙祷した。
 メガネをかけ立ち上がった久遠に、アンジェリカがヒールを施した。
「くおんくん、大丈夫? おつかれさま、だよー♪」
 アンジェリカがそう言ってにぱっと笑い、久遠も眼鏡を直しながら笑みを返す。
 キーアはいち早く、避難させた人々の元へ向かっていた。動揺していた女性も既に呼吸を整え、全員が大した怪我もなく無事だった。涙ながらに感謝する人々を、キーアが軽く制する。
「お礼はいいわ。……あなた達が無事なら、それで十分よ」
「みんなもお疲れ様ー、大変だったねっ♪」
 アンジェリカが仲間を労い、ハイタッチをしてまわる。戦場周辺に逃げ遅れた人はおらず、想定外の被害者も出さずに済んだようだった。
「私達の『情報』…向こうはどう判断するでしょうか?」
「どうでしょう……引っ掻き回してやった自信はありますが……」
 戦闘跡をヒールしながらゼラニウムが言い、メリッサが顎に手を当てて考え込む。
「……ミサちゃん、ごめんな。ちょっと失礼するよ」
 情報収集の為、楓は謝りながらミサの姿を数枚フィルムに収める。損傷部から内部回路が見える部位もあったが、今回の戦闘データの評価などは分からない。
「速攻撃破とは行かなかったけど、早めに倒すことは出来たと思いますよ。後は錯乱作戦が功を奏していることを祈るのみですね」
 仮面を外したトワが呟くように言う。
「さ、帰ろうぜ。まだ俺達にはやる事があるだろ?」
 そう言って歩み出そうとする久遠の姿を、ユアンはじっと見つめていた。絆の結晶を握らせ、水鎖を追悼した久遠。並々ならぬ想いを抱え、それでも一貫して冷静に振る舞う気丈な久遠に、ユアンは掛ける言葉が見つけられなかった。
「……心ってなんだろうな……。誰かの何かに対し、他人ってのは無力だな」
 ユアンは誰にも聞こえないようにそう呟き、久遠に倣って、そっと水鎖に黙祷した。
 ヒールを終え、現場を後にするケルベロス達。その最後尾を歩いていた久遠が、最後に水鎖がいた場所を振り返った。
「ゴメンな、水鎖。あの時助けられなくて・・・本当にゴメン。刃と先生の事はきちんと決着を付けてみせる。絶対にだ」
 そう呟いて、久遠はもう振り返らずに、再び歩き出した。

作者:ともしびともる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 2
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