時計仕掛けのラビット

作者:秋月きり

「なんなん……。なんなん、これ……」
 最寄りの町からレンタカーで三時間程。祖父母の住む山間の山村を訪れた青年は、目の前に広がる光景に呆然としていた。
 建物は破壊され、動く影はない。空襲、蹂躙、全滅、と単語が頭に過ぎては消えていく。
「爺ちゃん? 婆ちゃん?」
 動く人々がいない中、青年の呼びかけに応えなど無かった。
 確かにこの村は限界集落と呼ばれていた。住むのは老人ばかりで、若者は都会に移り住み、戻る気配はない。過疎の波の中、終わりが見えた場所ではあった。
 だが、こんな終わりを誰が予期していただろうか。
「あれ?」
 遺体ではなく、生者を。動く影を求めて村を彷徨う青年に、そんな疑問系の声が掛かった。
 振り向く青年はしかし、次の瞬間、首に掛かる衝撃に目を剥き、そのまま命を奪われる。
(「なんで……女の子が……バニーガール?!」)
 最期に彼が見た光景は、破壊され尽くした村に立つ、バニーガールという冗談のような光景だった。

「任務完了。続けて次のターゲットを捜索します」
 念のために捜索を続けていたグロウは、最期に仕留めた地球人の前で通信機に報告する。
 この集落――村の住人は皆殺しにした筈だったが、危なかった。一人取り零す処だった等、恥ずかしくて報告出来る筈もない。
「それにしても、もうちょっとどうにかならないのかな?」
 首だけになった青年に語りかける。見開かれた目は未だ、現実を受け入れていないようにも思えた。
「ねー。もうちょっと歯応え、欲しいよね」
 それだけを告げると、踵を返し、道を歩み出す。叶う事なら、次のターゲットはコレクションを増やす存在であって欲しい。そう、呟きながら。

「指揮官型ダモクレスの地球侵略が始まってしまったわ」
 リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の言葉は、ヘリポートへ集ったケルベロス達へ、伏せた瞳と共に告げられた。
 彼女の見た予知は破壊と殺戮。指揮官型の一体『ディザスター・キング』の配下による凄惨な光景だった。
「『ディザスター・キング』は、グラビティ・チェインの略奪を任務とする主力軍団を率いており、有力な配下を派遣して襲撃事件を起こしているの。その配下の一人、グロウと言う名前のダモクレスは大分県にある山間の限界集落を襲撃し、そこで暮らしていた人々を殺戮、グラビティ・チェインの奪取を行った、わ」
 行った。過去形の台詞に疑問を浮かべるケルベロスに、リーシャはコクリと頷き、それが是であると告げる。
「『ディザスター・キング』の特性かは判らないけど、ダモクレスの襲撃を阻止する事は難しく、今回の襲撃への対応は間に合わない」
 けど、と繋ぐそれは、一縷の望みだった。
「次の襲撃を阻止する事なら出来るわ」
 襲撃を終えたグロウは次の獲物を求め、移動を開始している。おそらく、グラビティ・チェインを求め次の町へと向かっているのだろう。明らかに徒歩圏内ではないが、ダモクレスにとって障害ではない。
「だから、ここで叩いて欲しいの」
 このまま放置出来ない。放置する訳には行かない。
 切実に台詞が紡がれた。
「みんなとグロウとの接触は、町まで伸びる県道になるわ」
 地図を表示し、その詳細を告げる。グラビティ・チェインの奪取が目的である以上、道は次の襲撃場所への案内経路だ。そこから外れた動きはしないだろう。発見は容易の筈だった。
「それで、グロウの能力だけど、主にミサイルを中心とした火器で攻撃してくるわ」
 配下は引き連れていないが、主力軍団の一員と言うだけあり、その戦闘力は侮れない。また、注意するべきは遠距離だけでなく格闘戦も含むようだ。
「問題はその破壊力」
 高い攻撃力には充分に注意して欲しい。そんな忠告は揺れる瞳と共に紡がれる。
「あと、主力軍団全員に言える事だけど、彼女達の任務はグラビティ・チェインの奪取。だから、皆との戦闘は極力避ける傾向にあるわ」
 逃亡出来ないと判断したらケルベロス達へ戦闘を仕掛けてくるだろう。また、戦闘状態になってしまえば、ケルベロス達を撃破するまで逃亡する事はない。故に、逃がさない為、何らかの工夫が必要だろう。
「収集癖があるようなのね」
 何かの参考になれば、と予知の光景を付け加える。
「グロウを逃がしてしまえば、更なる犠牲者が出てしまう。それを防ぐ為、みんなに力を貸して欲しいの」
 そうして、彼女はケルベロス達を送り出す。いつもと同じ言葉で。無事に帰ってくる事を信じての言葉だった。
「それじゃ、いってらっしゃい。みんなの事、信じてるわ」


参加者
露木・睡蓮(ブルーロータス・e01406)
御門・愛華(魔竜の落とし子・e03827)
斎・時尾(レプリカマリオネット・e03931)
刑部・鶴来(狐月・e04656)
舞原・沙葉(生きることは戦うこと・e04841)
青葉・リン(あふれる想いを愛しいあなたへ・e09348)
青葉・ラン(もふもふツンデレラ・e11570)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)

■リプレイ

●兎狩りに行くなら
 南国九州とは言え、一月初旬の空気は未だ冷たい。空気同様、冷気を孕む風に特徴的なポニーテールを撫でられながら、露木・睡蓮(ブルーロータス・e01406)は周囲に視線を巡らせる。
 山間の中、休耕地と化した田畑に挟まれた道路は、ただずっと、遥か彼方へと伸びていた。ヘリオンからの目視、そしてネットのマップで周囲の地形は把握済みだ。この路線が次の町にぶつかるまでには徒歩で数時間を要する事も知っている。彼らケルベロス達の任務はこの道沿いに進むダモクレスの足を止め、それ以上の進軍を阻む事だ。
「これ以上の殺戮を容認する事は出来ませんわ」
 旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)の独白は、この場に集ったケルベロス達の総意であった。グラビティ・チェインの強奪を、何より無辜の人々への敵対行動を許すつもりはない。
「そろそろ予定時刻ですね」
「みんな、準備はいい?」
 青葉・リン(あふれる想いを愛しいあなたへ・e09348)と青葉・ラン(もふもふツンデレラ・e11570)、姉妹が懐から取り出した懐中時計の針はヘリオライダーが予知した時刻を指そうとしていた。デウスエクスとの接触にはもう数刻、時間を要しそうだが、それも遠い未来の事ではない。
「準備を始めなければな」
 隠密気流を起動する舞原・沙葉(生きることは戦うこと・e04841)の言葉は僅かに緊張の色を纏っていた。
「弱きを守る為力を貸して下さい、断華さん」
「一刀、行こう」
 続く呟きは御門・愛華(魔竜の落とし子・e03827)と斎・時尾(レプリカマリオネット・e03931)から。愛華は己の左腕を包むガントレットに触れ、時尾は自身の背後に佇むビハインドに語り掛ける。逡巡にも似た時は一瞬だけ。彼女達もまた、隠密気流を展開し、己が身体を風景に溶け込ませる。そこに続く睡蓮と竜華も同じく、隠密気流を展開する。
「全く、嫌な兎狩りもあったものですね」
 肩を竦めた刑部・鶴来(狐月・e04656)もまた、隠密気流を展開した。その視線は、遥か彼方を歩む筈の怨敵、バニーガールの姿をしたデウスエクスが進んでいるであろう方角に注がれていた。

 やがて、時は至る。
 空、或いは海を切り抜いたような青いバニースーツに身を包んだ人型のダモクレスが舗装路とは言え、田舎道を通る様子は何処か違和感を醸し出している。何処かのカジノ、或いはコスプレ会場に相応しい外観のそれは何も色を浮かべてない視線を進行方向に向けながら、無造作に進んでいた。
 その名前はグロウ。指揮官型ダモクレスの一体『ディザスター・キング』に仕える主力軍団の一人だ。
 田舎道にありがちなおざなりな舗装路を歩む彼女はしかし、その最中で足を止める。
 兎耳を思わせるアンテナがぴくりと揺れていた。
「視覚情報、熱源、共に感知無し。……だけど」
 上手な隠蔽工作だと笑い掛ける。気配を殺し、機械的、電気的センサーは全て迷彩済。うっかりと見落としても不思議は無いそれは、しかし、デウスエクスである自分を欺く事は出来ない。
「地獄の番犬、ケルベロスだったかしら?」
 問いは、臨戦態勢と共に発せられていた。

●挑発、そして
「あんたが村を襲った犯人ね?」
 姿を真っ先に現したランが口にした言葉は観念のそれではなかった。不敵に紡がれた文言を皮切りに、八人のケルベロス達はグロウの前に姿を現した。
 行く手を阻むように立ち塞がるのは愛華、沙葉、リン、竜華の四者。ラン、睡蓮、時尾、鶴来の四者は退路を断つように、グロウが進んで来た道を塞いでいる。
「不意打ち、と言う訳では無いようね」
「元より、デウスエクスに通じるなんて思ってないっぽい」
 グロウの独白に睡蓮が応える。
 隠密気流はあくまで防具特徴によるグラビティ。デウスエクスの目を誤魔化せないのは百も承知だ。使用目的は挟撃の成功のみ。故に、グロウの前後の道を塞いだ時点で目的は達していた。
「お前の滅ぼした村から救難信号が入った」
 淡々とした言葉は沙葉から告げられる。
 無論、これはケルベロス達によるハッタリだ。村からそのような物は届いていなく、グロウによって全滅させられた事は覆せない過去となっている。
(「悔しいけど……」)
 無意識にガントレットに触れる愛華の想いは悔悟だった。ディザスター・キングの特性とは言え、救えなかった命に覚える痛みは堪える事しか出来ない。
「その村人達の救助を、貴方に邪魔はさせない」
 だが、今はグロウの足止めをする為にその痛みすら利用する。
 その気概は果たして――。
「そっか。生き残りがいたのね」
 ちっと舌打ちし、難しい表情で腕を組むグロウはケルベロス達の言葉を微塵も疑っていないように思えた。
「あの人達の退避の邪魔はさせません! どうしてもそれをしたいと言うのなら!」
 息巻くリンの台詞はしかし、ひらひらと手を振ったグロウによって遮られる。
「ああ。もう良いわ。今から戻るのも面倒だもの。ちょっと報告が片手落ちになっちゃうけど、充分なグラビティ・チェインは集めたし」
 それに、と続く言葉はミサイルと共に紡がれた。問答無用とばかりに広がる爆炎に、ケルベロス達の反応が一手遅れる。
「此処に良質なグラビティ・チェインがあるしね。貴方達を手土産にする事にするわ」
(「釣れた――!」)
 サーヴァント・一刀によって爆炎から庇われた時尾が喜色を浮かべる。挑発は成功した。グロウの意識――殺意は今や、完全にケルベロス達に向けられている。
「さっさとやりましょうですよ?」
 妹を庇ったリンは藍色と紺青の革籠手に包まれた両腕で構えを形成した。傍らでサーヴァントのタマが一声鳴き、羽ばたきによる傷の浄化を開始する。
「早急に片付けさせて貰う」
「大人しく倒れなさい!!」
 続く沙葉とランは同時に己の攻性植物より聖なる光を発露。バッドステータスに対する耐性を仲間に付与した。
「さぁ、この一時の逢瀬、存分に楽しみましょう♪」
 そして竜華がグロウに肉薄する。振るう八岐の鎖はダモクレスを捕縛し、その豊満な肢体を縛り上げた。ぎちぎちと音を立てて食い込む鎖に、グロウが呻き声を零す。
「断華さん、力を貸して」
 一歩遅れて彼女に続いた愛華は右腕のガントレットに仕込んだブレードでグロウの身体を切り裂く。身体を覆うバニースーツに入った一筋の亀裂に、グロウはうわぁと不平そうに表情を歪めた。
「お客さん、お触りは禁止ですわよ」
 揶揄の言葉と共に跳ね上がった蹴りが愛華の小柄な身体を吹き飛ばす。覗く白い肌は人間そのもの。だが、秘めた膂力はデウスエクスのそれだった。自身を拘束する縛鎖を引き千切った彼女は、手にしたミサイルを構えると、投擲の如く射出する。
 再び舞う爆炎。だが、そこを掻き分け、四つの影が彼女に襲来する。
「売られた喧嘩は買わせて貰いますよ」
 鶴来の煌めきを纏った蹴りは、グロウの細腕に食い込み。
「まずは動きを封じさせて貰うかも!」
 睡蓮のケルベロスチェインは束縛から逃れた彼女を再び縛り上げる。
 続く時尾の蹴りと一刀の一撃はグロウの身体を穿ち、その場に踏鞴踏ませた。
「いいね。貴方達、悪くない」
 自身から零れる血液、或いはその代用潤滑剤を拭いながらグロウは笑う。端麗な微笑はしかし、獲物を前にした肉食獣の悦びのようでもあった。

●機械仕掛けのラビット
 兎が跳ぶ。兎が舞う。兎が笑う。
 爆炎と轟音を響かせ、兎を模したダモクレスが跳躍。ミサイルと拳、蹴撃の雨を降らせる。
 番犬が吠える。番犬が放つ。番犬が切り結ぶ。
 襲い来る雨嵐をはね除け、或いは受け止め、青いバニーガールへ重力の楔を突き立てる。
 互いに己の全てを梳る戦いはしかし、天秤は何れの方向へと傾いていく。――勝利へと。

「一刀――ッ」
 グロウの足刀がビハインドの身体を切り裂く。幾重にも繰り広げられた攻撃の終わりは、呆気ない程、速やかに行われた。
「咲き乱れなさい、炎の華よ……!」
 仲間の最期を無駄にしないと放たれた竜華の地獄の炎は、消滅していく粒子を掻き分け、グロウに着弾、その白い肌を食い荒らしていく。
「あはは。うふふ」
 兎が浮かべた笑みは哄笑だった。高笑いも斯くやの笑いと共に、応酬のミサイルを射出。それが食らい付く先は、未だ炎弾を放つ竜華だった。
 金属音が、そして爆音が響く。
 仲間を襲った凶弾を大鎌で弾き、あらぬ方向へ飛ばした沙葉が荒い息を零した。
「……最近、データ収集に執心しているダモクレスが増えている聞く」
 返す刀は虚を纏った一撃だった。脇腹を切り裂く一撃を受けたグロウは宙に跳び、それ以上の攻撃を阻む。
「そうなの? 奇特な奴もいるものね」
「お前のコレクションとやらはなんだ? 私達はそれに足る存在か? もっとも――」
 途切れた沙葉の言葉を引き継いだのは、愛華の爪撃だった。己の身に取り込んだ獄竜の力を解放した一撃は、グロウの身体を地面に叩き付ける。
「そう簡単に加えられるつもりはないけどね。――行くよ、ヒルコ」
 一刀。二刀。三刀。
 幾多に振るわれる爪剣は、グロウの身体を傷つけ、その肢体に幾多の傷を負わせていく。真紅に染まった左目は確かにそれを捕らえていた。
 だが。
「――貴方達はいらないわ」
 それでも兎は不遜に笑う。両腕を盾とし爪撃を受け止めた彼女は膝を跳ね上げ、愛華の顎を強打。その身体を宙に舞わせる。
「誰だったら満足するって言うのよ!」
 光の盾を愛華に付与したランが叫んだ。痛みに呻く仲間から意識を反らせる為の問いは、強者の余裕からか、グロウはんーっと、人差し指を唇に当てた後、答えを口にする。
「この子とこの子かなぁ」
 指を差す事二度。矛先となった睡蓮と時尾がビクリと震えた。
 グロウの視線は二人の胴体に取り付けられたアームドフォートに注がれていた。
「兵器マニアっぽいかも」
「当たりー」
 ご名答の言葉はミサイルの投擲と共に紡がれる。
「嬉しくないかもっ!」
 ミサイルを叩き落とそうと砲撃で応じる睡蓮の攻撃はしかし、投擲と共に肉薄したグロウによって遮られた。
 肉食獣さながらに飛びついたグロウの一撃は睡蓮の首を切り落とす。――少なくとも、彼女はそう確信していた。
「やらせません!! なのですよ」
 間に割って入ったリンが凶手を阻む。無理矢理な体勢から放たれた籠手による裏拳は、一瞬だけ、グロウの意識を追い打ちから逸らさせる事に成功した。
「やられた事はやり返される。ヴォーパルバニーには首刈りってね」
 だが、その一瞬だけで充分だった。
 グロウの背後に忍び寄った鶴来の歌留多が狙うはその素首。緑色の髪を切り裂き、白い喉を断つ。
 響く金属音は日本刀とダモクレスの体がぶつかり合う音だった。
「――ああっ。もうっ」
 致命傷の一撃を、しかし首飾りで受け止めたグロウはちっと舌打ちする。無残にも千切れた青い蝶ネクタイは余程お気に入りだったのか、涙目にすらなっていた。
「今の一撃を躱します、か」
 主力軍団の名は伊達ではない、と言う事か。
 感心と共に続く鶴来の二の太刀は、爆風によって遮られる。零距離からのミサイル砲撃は、鶴来の身体を宙に舞わせていた。
「――くっ!」
 地面に叩き受けられた鶴来は土の大地を転がり、衝撃を殺しながら距離を取る。
「なんて、破壊力」
 それでも未だ立てるのは仲間達の支援、そして防具自身の持つ耐性が故だった。首の皮一枚で自身の命が繋がっている事を実感する。
 そして、闘志が萎えなければ未だ戦えるのだ。
 仲間達の攻防は未だ続いている。今、此処で脱落する訳に行かなかった。

●兎狩りの終焉
 そして終わりはやってくる。
 終焉は呆気ない程簡単にもたらされた。兎にも、そして番犬にも。

 剣戟が響く。爆音が響く。炎が舞う。光が煌めく。
 仲間と敵。それぞれが攻撃を交わす戦いの中で時尾は目を閉じ、己の心に問うた。
「一刀。私が……して欲しいと願ったものよ」
 愛と破壊。二つの願いを抱き、グロウとの戦いの最適解を探る。
 グロウは強い。ケルベロス達と力は拮抗している。その拮抗がどちらの勝利に傾いても不思議はないくらいに。
 縋るべきビハインドはもはやこの戦場に立っていない。だが、心は共に在り続けている。
「この世界が滅ぶまで、私は貴方と共に存在し続けるのみ」
 まるで何者かに操られるかのように、時尾の身体が戦場を駆け抜けた。飛び込み放つ痛烈な強打の狙いは、グロウの身体――ではなく。
「――っ?!」
 ミサイルを投擲し、グロウは時尾の一撃を阻もうとする。だが、彼女の執念はそれを許さなかった。
 時尾の狙いはグロウそのものではなく、彼女を守る装甲。バニースーツの形をした戦闘衣を剥ぎ取る一撃は、自身への被弾を代償として敢行された。
 自身を蹂躙する爆音を耳にする。ずるずると崩れ落ちる身体は意識を手放そうとも、グロウに叩き付けた呪いだけは放すつもりはなかった。
 零れ落ちた白い肌も、まろび出た豊満な肢体も人間と寸分違わず。
 薄れ行く意識の中で、時尾は己の願いを口にした。
「後は……お願い」
 そして、番犬たちは最後の咆哮を行う。
「ええ、託されましたわ」
 時尾の決死の特攻は均衡を崩すのに充分な一撃だった。力を失い崩れた身体はリンが受け止め、ランが懸命な治癒を施している。己の裸身を晒している事に羞恥の色すら浮かべないグロウが次に取った行動は、ミサイルの投擲だった。
 グラビティ・チェインを奪取する。終始一貫した彼女の目的はしかし。
「黒の魔弾は呪の魔弾。咲き誇るは呪いの華。……託された以上、頑張るっぽい」
 睡蓮の命の元、咲き誇った黒い華がその行く手を遮る。
「邪魔を――」
「それが、私達の務め。邪魔者には……退いて貰う!」
 冷気を孕む大鎌が舞う。端正な表情を歪めるグロウの叫びに応えた沙葉はその行く手を阻み。
「全て燃えて砕け!」
「これで終わりとしよう」
 赤い炎と白い銀光が舞った。竜華の放つ鎖はグロウの身体を繋ぎ、鶴来の振るう日本刀の煌めきはその身体を蹂躙していく。
 それを防ぐ手段はグロウには無い。その為の装甲は既に剥ぎ取られていた。
「――くっ!」
 それでも蹂躙から逃れるべくミサイルを掴む彼女に、小柄な体躯が肉薄する。
「私は此処で貴方を倒す。そう誓ったから」
 宣言はそれだけだった。そして、愛華の右拳がグロウに叩き付けられる。蹂躙された人々の想いを託した拳が、醜悪な侵略者、デウスエクスの身体を貫く。
「――ディザスター・キング……さまっ」
 断末魔の叫びを上げるでもなく、己の敗北を認めるでもなく。ただ、グロウは己が指揮官の名を口にし、果てていく。
 それが、無辜の住人達を殺戮し、グラビティ・チェインを得たダモクレスの、終焉だった。

 兎と番犬の戦舞は終わりを迎え。
 ただ、真冬の太陽だけが、その終局を照らしていた。

作者:秋月きり 重傷:斎・時尾(レプリカマリオネット・e03931) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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