罪を照らす光

作者:ふじもりみきや

 時計が深夜零時を示すころ、男が一人ふらりとその寺に姿を現した。
 ふらつきながら歩く姿は酔っ払いそのものである。素面ならばこんな夜中に人気もない、鬱蒼とした木々に埋もれるようにしてある寺に一人来れようはずもない。
 しきりに彼は何かを探すように周囲を見回し歩いている。そういえばここ最近、この寺には一つの噂が流れていて、その噂の確認でもしに来たのだろうと、口ぶりからは推察された。
 曰く。その寺には、女の霊が出るという。
 ご丁寧にも幽霊のお約束にもれず、柳の下に立ち尽くし絢爛な着物を纏っているという噂である。
 彼女は半透明であるのだが、どういうわけか実体を持った古い古い鏡を持っていた。そして罪ある者を見つけそのるとそれを前にかざす。するとその人間の罪が暴かれ、そして結果死ぬのである。
「そして結果死ぬってなんだよ。そのあたりがど~~~にも嘘くさいんだよなぁ。これは見て確かめないと」
 男はつぶやくように言って天を仰いで笑った。本来ならばそれで終わり。やっぱり何もなかったと、言うような話であったのだけれど……。
 ふと、視界の端に人の姿が映った気がした。それも、女。
 慌てて振り返る。それと同時に、彼の心臓を鍵のようなものが穿った。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 傷はない。血も流れない。しかし男は崩れ落ちた。……そして、
 いつの間にかその男の傍らには、着物を着て鏡を持った女の霊が立っていた。
 ちょうどあつらえたかのように、柳の下であったという。
 

「私は、幽霊が出るなら桜の下がいいな。でなければ紅葉。それを肴に一杯やるのもまた面白いだろうに」
「僕は……そうですね。ピアノに座っているものだと思います。……が」
 浅櫻・月子(オラトリオのヘリオライダー・en0036)の言葉に、萩原・雪継(地球人の刀剣士・en0037) が思わずそんなことを言って。それから咳ばらいを一つした。続きを促すような彼の様子に、月子は笑ってうなずいた。
「まあ、そういうわけで諸君。幽霊退治だ。と言っても本当の幽霊ではないのだがな。相手はドリームイーター」
 月子は語る。不思議な物事に強い興味を持って、実際に自分で調査を行おうとしている人が、ドリームイーターに襲われて興味を奪われる事件が起こっているのだと。
「興味を奪ったドリームイーター自体は、すでにその場を去っているとお聞きしましたが」
「そう。残されているのは、奪われた興味をもとに具現化した怪物だ。こいつがこれ以上被害を出す前に、撃破してほしいのだよ」
 雪継の言葉に月子がうなずいて一堂に寺の写真を手渡す。
「これが現場。と言っても時刻は夜だけどな。こいつを倒せば、興味を奪われてしまった被害者も目を覚ますだろう。……すまないが、これも人助けと思っていってきてほしい」
 戦闘能力的には、そこまで強くはないと彼女は言う。
 心を抉る鍵や、モザイクを飛ばすよく見るタイプのドリームイーターと、変わりはないだろう。
「ただ、罪を暴く、というのが気になるな。多分、トラウマを具現化させるドリームイーターの技をよく使用してくると思う。そこは注意しておくといい。……まあ」
 君たちならトラウマなんて、簡単に吹き飛ばせるだろうがな。と、軽い口調で月子は言ってくすりと笑う。
「それとな、このドリームイーターは面白いんだ。彼らは人間を見つけると、『自分が何者であるかを問う』。そして正しく対応できなければ、殺してしまうというんだ。……何とも不思議な話だな。正しく答えれば見逃されることもあるらしい」
「自分が、何者……。今回の場合は、幽霊、とかですか?」
 雪継が難しい顔をして首をかしげる。幽霊にしては随分と幽霊らしくない気がすると彼は言った。半透明だったりするところは幽霊だが……、
「んー。幽霊、でいいのかな? でもまあ、そこまで深刻に考えなくてもいい。だって結局戦って倒すのだからね」
 なお、彼女は言った。ドリームイーターは、自分を信じたり噂している人間がいると、その人間に引き寄せられる性質があると。
 うまくおびき出せる可能性があるというが、
「現場は深夜で、人通りもないから、必要があるのかないのかはわからないけれどもね」
 まあ、覚えておいてほしいとだけ。彼女は言った。
「何せ、幽霊というのはよろしくないな。あれはさ、興味を持って探して、結局見つかってはいけない。浪漫みたいなものだよ、浪漫。浪漫を形に、それも化け物にするのはあんまり賛成しない」
「ええ……と。月子さんの考えにはいささかついていけないものがありますが、精いっぱい努めてまいりますので、どうぞよろしくお願いします」
 月子の言葉に雪継は苦笑する。そして、
「幽霊は得意ではありませんが、ドリームイーターと思えば話は別です。どうぞ、よろしくお願いしますね」
 お世話になりますと言って、頭を下げた。


参加者
メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)
西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)
鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)
薊・狂(狂い華・e25274)
月井・未明(彼誰時・e30287)
高橋・慶(チェンジリング・e30702)

■リプレイ

●うつすもの
 西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)は空を見上げる。あたりはしんとした空気が満ち、天には冴え冴えとした月が輝いていた。12時も回れば寒さは凍えるようで。霧華の隣で月井・未明(彼誰時・e30287)が両手に息を吹きかけた。
「ここには幽霊が出るそうだな。着物姿の、女性の」
 念のために周囲に人気がないことを確認し、始められた未明のうわさ話。寺に集まったのは計九人。油断せずに柳の下にて幽霊が現れるのを待つ。
「……、……否、別に怖くはない。怖くはないぞ噂だしな本当に出るかも判らんしなこわくはない」
 年齢相応の演技か、それとも本音かはわからぬけれど、小さく付け足された言葉に鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)はふんわり微笑んで首を傾げた。メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)がハクアの隣で、
「おばけ、おばけなのね……。わたくし、あまりおばけは得意じゃないわ」
 と小さく身をすくめるので、優しくその肩をハクアは叩く。
「うーん。幽霊ってほんとにいるのかな? 罪を暴く鏡を持っているのでしょ? それってまるで、地獄からやってきた使者みたい。ええと、なんだっけ。そう、浄玻璃の鏡!」
 ならば幽霊ではないだろうと、だから大丈夫と優しく微笑むハクア。いや、そうだけれどもそういう意味じゃないと、ふるふるメイアは首を横に振る。
「ううう、でも、本物のおばけじゃなくてドリームイーターだもの。大丈夫、大丈夫なのよ。ゆきちゃんはおばけ平気?」
 問われた萩原・雪継(地球人の刀剣士・en0037)は柳から視線を戻す。少しだけ考えるような間の後で、
「驚かされるのは苦手ですが、今回のように静かに佇んでおられるなら、まだ」
「ああ。なるほど。それに。幽霊は見えないから幽霊なんだ。手にした鏡は罪を暴くそうだけれど、さて……」
 言い聞かせるような未明に、高橋・慶(チェンジリング・e30702)はなるほど。となんとなく納得したようにうなずく。
「じゃあ、あれは幽霊ではなくて……」
「さて、どうでしょう。もしかしたら……手に持っているらしい、鏡に憑いた幽霊なのかもしれませんね」
 リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)もまた静かにそういった。はかなげに、目を伏せる姿はどこか寂しげな色があり。対して薊・狂(狂い華・e25274)はおかしげに唇をゆがませる
「罪を暴く女の霊と古鏡なァ。随分と悪趣味な女だねェ。悪趣味だが、面白れェ」
 愉快だと、心底おかしげに言う彼女が、ふとある一点を見据える。ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)もゆっくりとそちらに目をやった。
「罪を暴く……か」
 何となくつぶやかれた言葉。柳の木の下には女が立っていた。
 絢爛な着物を纏った、美しい顔の女。
 けれどもそれがどう絢爛かと問われれば答えられぬ。
 けれどもそれがどう美しいかと問われれば答えられぬ。
 だれもが見ることができぬ半透明のその姿。
 ただ、その手に持たれた鏡だけが、古ぼけながらもその形を確かにし、その姿を確かにしていた。
 女は問うた。誰も声は聞こえなかった。けれども確かに女は問うた。それはだれもが理解した。……曰く、
 自分が、何者なのかと。
「ハクアさんの言う通り、まるで閻魔王の御前、浄玻璃の鏡ですね。罪科を裁くというと閻魔王を連想します。閻魔王の関係者で女性というとヤミーや同生を想像しますけれど、どうなのでしょうね」
 霧華がそういって一歩前に出る。ハクアもうなずいて足を踏み出した。ディフェンダーがその声にこたえる手はずになっている。その前に霧華はふと振り返って、
「萩原さんはどう思いますか?」
 不意に投げられた問いに雪継は瞬きをする。それから、
「……僕には難しいことはわからないのですが……。噂というものは、人が人自身の力で作り上げるものなのだと思います」
 雪継の言葉に霧華は目を細める。彼は言外にこう言った。噂を作り出すのは人。そして噂に名前を付けるのも人。であるならば、人自身が、罪は裁かれることを望んでいるのだ、と。
 霧華は軽く首を横に振った。いずれその裁きを受ける時が来るとしても、少なくとも今は違うとは心のうちに。ハクアが女の前まで歩み寄り、そっと声をかける。
「貴女は地獄からやってきたひと?」
 そしてその地獄というのも、人が作り出した想いの世界だと思いながら。
 答えはなかった。そして女は無言で鏡を彼らの前にかざした。曇った鏡から光が漏れて。そして周囲を包み込んだ。

 ……さあ、あなたの罪の話をしましょう。
 そしてその罪を裁きましょう。

●欠片
 まるで、ゆめをみているようだった。
 死後の世界なんてないよ/そんなことはしっている。
 だからあれは幽霊じゃない/そんなことはわかっている。
 只の、それを罪だと想うこころだ/あぁ。でも。だからこそ。
 未明は顔を上げる。未明と同じような年ごろの子供たちが襲い掛かってくる。その中には陽色の目をした兎耳の少年がいる。
「――、―」
 手を伸ばす。彼らの爪か刃かわからぬものが未明へと襲い掛かる。その刃は傷を与えるのに未明は彼らに触れることすらできない。
 それでも、それは……。
 音がして、戦いのさなか未明は思わずそれを拾い上げた。どこから零れ落ちたのかそれは、
 砕けた月長石のかけらだった。

 罪は贖わなければいけない。
 けれども少なくとも今はその時ではない。
 そう……、決めたのは、彼女自身だ。
 彼女が勝手に決めたことだ。
 霧華は顔を上げる。なぜ、と口の中でつぶやく。なぜ、と幻もいった気がした。
 復讐は彼女が勝手に決めたこと。
 故に復讐相手のデウスエクスの姿も、滅ぼされた故郷の景色も、見えたとしても彼女の苦ではなかった。……それなのに。
 なぜ、お前だけが助かったと問われれば。……そして、
 なぜおまえは助かったのに幸福と生を謳歌しないのだと問われれば。
「……っ」
 助けてと幻は言った。なぜと問うた。……それは、確かに、彼女の……、

 仲間たちが苦しんでいる。見えないけれども攻撃を受けている。
 ハクアにはわかっている。けれども彼女も、そこから動くことができない。
「……嫌だよ。怖いよ、苦しいよ」
 “アレ”が来る。
 “アレ”が来る。
 “アレ”が来る。
 白い、白いしろいシロいそれは白い髪を揺らして白い瞳で見つめそして手を伸ばしこの首を……、
「……!」
 体が動かない。
 悲鳴すら上げることができない。“アレ”から目をそらすこともできずに、彼女はただ、正面を見据えた……。
 どうして。
 どうして。
 なぜ、ポケットには鍵があるのか……!

 鏡が紡ぐ像は見る人によって姿を変える。狂は僅かに唇を歪めた。
 鏡が輝いた一瞬。その光に自分も、仲間達も呑まれた。一時は、怯む者もいるだろう。恐怖をを得る者もいるだろう。……だが
「罪の数は女の価値だ。女は罪を負う程に艶が出るってモンだろ」
 それが何だというのだ。所詮は致命傷を負わせられぬ心の傷。それで倒れるほど柔な仲間はいないだろう。無論、彼女自身も。
 狂の目に映るのは体液、肉片、血色――アンタの、色。
 かつてのように、彼は刃を手に狂へと襲い掛かる。今日はゆっくりと鎌を傾け……、
「暴きたけりゃ暴くが良い。派手に、華麗に、狂ってやるよ」
 そうして傷を気にすることなく、地を蹴った。
 視界にうつるのは彼の姿。何故と問いかけても答えはきっと返ってこない。
 ならばただ、今は美しく狂い咲くのみである。

 きらりと目の前鏡が輝く。何度目かの打ち合いの後になったのかはもうわからないけれど、それが現れたときリコリスも、あぁと、小さく息をついた。
 銀髪の、白い一対の翼を持ったオラトリオ。
 リコリスによく似た。悲しみの染まったその瞳。
「あ、――」
 リコリスは母を呼んだつもりで、けれどもそれは上手く言葉にならなかった。
 首元にそっと手をやる。今でもまだ、覚えている。自分を追い詰めた人たちのことも、追い詰められた母親も。それに……、
「――私達は生きていても、誰かを傷付けるだけだから」
 呟きは、彼女自身のもので。でもぞっとするくらいその声は、自分の母によく似ていた。
「違、う……」
 違わない。何も違わない。淡々と母親は告げながら彼女を傷つける。彼女にしか見えない幻は、やっぱり哀しそうな顔をしていた。

 隣で、ハクアの怯えるような声を聞いた。
 だいじょうぶなの。メイアは声をかけようとするけれどもそれは上手く言葉にならなかった。
 いつの間にか視界はまっくらで、誰もいない。
「……!」
 不意に気配を感じて振り返った。
 そこには仲間の姿ではなく、自分の姿があった。
 メイアには記憶がない。過去の自分はわからない。
「え……」
 だから、現れるならきっとそれは彼女が一番恐れているもので……、
 記憶をなくしても深層で関わりがあるはずのものなのに、
 彼女には、なにも、なかった。
 貌がない。声がない。中身が何かもわからない。メイアは気付く。
 それはただの、空っぽの瓶だ――。

「……大丈夫。戦えます。大丈夫、大丈夫……大丈夫」
 呪文のように繰り返しながら、慶は目の前を見据える。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫」
 歯の根が、あわない。声が、掠れる。
 そこにいるのは、幼い慶。
 本物の慶。
 炎に焼かれて、炎の中に死んでいった子供。
 子供は指を差す。何故お前はそこにいると。端の焦げた家族写真が示すのは誰だと。
「……っ」
 『俺』は死んだ子供に成り代わり、死んだ子供として生きた。今は彼が慶くんで。
 けれども、俺の、本当の、本当、は……。
 それは違うと、子供は言った。声なき声でそれはないた。では慶は何処に行くのだと。では自分は何処へ行くのだと。
 死んだ自分は、弔いすらされず、何処に行けばいいのかと。
「ごめん、なさ……」
 しかし赦しは与えられない。与えてくれる人はこの世にもういない。
 故に幻は声なき声を上げ続け、慶は大丈夫、と口の中で繰り返した。

「……あぁ」
 引鉄に添えた指の力は一瞬で、ラウルは目を眇めた。
 ほんの一瞬。本当に瞬きする間。
 ラウルはただ素直に、目の前の女の姿を見つめた。
 淡い金髪に忽忘草色の瞳。
 必ず守ると誓ったその姿。
 彼女は月の彩に似た銃に触れて、静かに標的を見据えるラウルを、ただ静かに見つめていた。
 感傷に浸る前にやるべきことがある。故にそれは本当に一瞬だ。
 ただ、……ただ。永遠に残る後悔がある。
 何故助けられなかったのかと、後悔が胸をつく。
 けれどもそれを言葉に出す前に……、
 彼女もまたその目で、何故、と聞いているような気がした。何故助けてくれなかったのか。それで彼に襲いかかった。……だから、気がついてしまった。
 これはラウルが造り出す幻で、
 本物では決してないと。
「……君に格好悪い所は見せられないよな!」
 引き金を引く。それは祈るような音と共に飛んでいく。

 何かに、罅が入るような音を聞いた気がした。

●ツミヲテラスヒカリ
 ラウルの弾丸が鏡に当たる。鏡に僅かな罅が入った気がした。
「……効いてるみたいだぜ。このまま」
 いける。とラウルは言う。女の幽霊は幽霊らしく、攻撃を受けてもその姿を乱れさせることがなかったが、手応えも確かにある。鏡が砕けるのも相まって、攻撃は効いてはいるのだろう。
 女は半透明の姿で変わらず鏡を持ち続けている。その言葉に狂はニィと笑って、
「遊戯は終りだ、愉しもうぜ」
 黒い高下駄の音高らかに駆けた。攻撃を加えれば手応えだけは確かに。血の一滴も流さぬ幽霊に、これはこれで面白くねぇな。と、思わず狂は笑った。
「大丈夫? 怖い事思い出しちゃった? いまは、わたし達がそばにいるよ。さ、あと少しがんばろ?」
 ハクアがメイアに手を伸ばす。『小さき者の囁き声』。妖精達の聲を添えて。メイアもその手を握りしめた。両者の手は震えていた。
「うん、がんばらなくちゃ」
 ぎゅっと彼女はその手を握り、そして走り出す。流星の如き蹴りを相手に叩きつける。
「かっこ悪いところ見せれないよね」
 ざぁっと、半透明の影が崩れた気がした。リコリスは「御業」を放つ。それは炎と化して幽霊へと襲いかかる。
「……幽霊と、鏡。どちらが本体なのでしょう」
 口の中で呟く。悲しげな顔でそれでも何でもないことのように炎弾を打ち続けた。
 攻撃は、それほどまでに強くはない。ハクアのボクスドラゴン、ドラゴンくんとラウルのウイングキャット、ルネッタがメディックになり回復に回っているので充分である。
 ただ、トラウマの解除にまで手が回っていない。戦闘的には最低限、催眠の解除は行っているし、放置していても問題ない傷ではある。……が、
 みんな、心は痛いだろう。そう思いながらも、リコリスはそっと目を伏せる。
「……手早く終わらせましょう」
 悲しそうな彼女の顔を一瞥して、霧華は一歩踏み込んだ。眼鏡を外した戦闘状態の彼女は、目にも止まらぬ早さで斬霊刀を抜刀。鋭い一線は幽霊の目にも映っただろうか。
 鏡が光り輝く。その光が未明の身体を焼く。
「……おれがいきれば、あいつはしなない」
 未明は痛みに表情を変えることもなく、ドラゴニックハンマーをくるりと旋回させて超重の一撃を放った。鏡に大きな罅が入る。幽霊の存在が透けていく。
「……大丈夫ですか?」
「!」
 そんな中、気力溜めと共に声をかけられて慶は思わず顔を上げる。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫です」
 幻の慶の向こう側で、雪継が心配そうに此方を見ていた。大丈夫です。って、もう一回慶は言って地獄の炎を己が槍に纏わせて、そうして女の霊をひと突き、突き刺した。
 悲鳴は上がらない。ただ炎だけがある。慶は一歩引く。……そうしたら、戦場が一瞬、よく見えた。
「皆さんは、大丈夫なんですか」
 不意に、そんな呟きが出た。トラウマが完全に解除されている状況とは言い難い。……それでも、
「さァ、俺を愉しませてくれよ、なァ? 最後の最後まで!」
「攻撃、来ます。……備えましょう」
「うん、まかせて。わたし達が、みんなをまもるよ」
 霧華とハクア。そしてメイアのボクスドラゴン、コハブが仲間を守るべく前に出る。
「させないよ……。大丈夫、みんながいる……」
「そうですね。次が来る前に。……これ以上、来る前に。終わらせましょう」
 メイアがオウガメタルを「鋼の鬼」と変え突撃し、リコリスが時空を凍結させる弾丸を放った。慶は続けるように地獄の炎弾を放つ。
 また、炎が見える。どうして、と口の中で慶は呟いた。
 辛いはずだ。苦しいはずだ。……それでもみんな、前を向いて戦っている。
「……でも」
 その呟きを、聞いていたのか。雪継が気力溜めの準備をしながら言った。
「高橋君も、大丈夫なんでしょう?」
「……あぁ」
 そうか。そういうことか。その瞬間、ラウルの弾丸が鏡の中央を貫いた。
「最後まで気を抜いたらダメだぜ。大丈夫だ、この悪夢も、じきに……」
 晴れると。言う言葉に続くように未明が、
「ありがとう。もう二度と、あえないと思っていたのよ」
 ドラゴニックハンマーをその霊に叩きつけた。
 鏡が割れる。その姿が消えていく。不意にそれは顔を上げた気が、した。

 ……さあ、あなたの罪の話をしましょう。
 そしてその罪を裁きましょう。
 裁きが終わったその後に、
 罪人が全てを許されますように……。

●想い
「それがどんなものにせよ……彼女は、人の作ったものだったのでしょうね」
 幽霊が消えた後、霧華はそうつぶやいた。ドリームイーターに襲われた男性は、すぐ近くに倒れていた。ヒールをして事情を話すと、何度か礼を言って帰って行った。なんだ。やっぱり噂は噂だったのか。なんて顔をして。
「皆さんも大丈夫でしたか。……初めての仕事でこれは、正直しんどいですね」
 慶が幽霊が出た場所を見やって、ちょっとしゃがみ込んで笑っている。何だか瞼の裏にまだ炎が映っている気がして、ごめんなさい、とまた心の内で小さくわびた。
「……大丈夫だ。それに、あれは幽霊じゃなかった。だから、怖くもなかった」
 淡々と、未明は言う。それに笑い声をあげたのは狂だった。
「その通りさ。なんてことないね。……まったく、仕様もねェコトを思い出しちまったモンだ」
 そういうと、狂は背を向けて歩き出す。最後はだれにも、聞こえないぐらい小さな言葉で。
「うん、じゃあ、帰ろうか」
 ラウルもまた、戦闘時とは違いのんびりとした口調でそういうと、なんとなく皆思い思いに頷き歩き出す。
「うぅ、 寒いし夜のお寺怖いし……。すぐお家に帰って一人になるのはちょっと怖い、かも。 ゆきちゃん、良かったらファミレスでお茶していかない?」
 不意にメイアがそういって服の袖を引く。雪継は瞬きを一つして、あぁ、と笑った。
「もちろん、いいですよ。……鬼屋敷さんも、よろしければいかがですか? 珈琲、一杯くらいは……奢れる、かも」
 なんだか若干残念なセリフを吐く雪継に、ハクアも笑う。そしてふと、振り返ると、
「……」
 柳の木の下、闇の中に何かがうごめいた気がした。
「あの幻は、私たちの内から現れたものなのでしょうね。ならば……」
 リコリスが小さくつぶやく。ならば、彼らは、今もなおここに……。
 夜の中風もないのに柳が揺れた気がした。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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