めぇめぇわたあめ

作者:犬塚ひなこ

●あまやかなもの
 甘い香りに包まれた空に浮かぶのはふわふわした動物。
 綿飴の毛はやわらかく、ぐるぐると渦巻く角もまるでキャンディのよう。空からころんと落ちた羊のような綿飴は、めぇ、と愛らしく鳴いた。
「ふふ、こんにちは。ひつじみたいなわたあめさん」
 少女は近寄って来た綿飴羊に手を伸ばし、可愛らしさに目を細める。
 人懐っこく擦り寄ってきたそれはすりすりと少女の身体にひっついた。ふわりと甘い匂いと心地に、何だか幸せな気分が満ちる。
 しかし、そんなときだった。
「わ、わ。どうしたの、そんなにくっついたら……むぐ!?」
 急に少女の口元めがけて綿飴羊が体を押し付けてきたのだ。口の中いっぱいに広がるのは甘くて咽返るほどの甘味。やめて、と声も満足に出せない少女に構わずふわふわのそれはぐいぐいと口に綿飴の体を押し込もうとする。
 甘過ぎて、苦しくて、辛いのに。それでも、綿飴のようにふわふわと甘い羊のような何かは少女に擦り寄り続けていた。

 息苦しさに耐え切れず、少女は喉を押さえてベッドから飛び起きた。
「……いやあ! って、あれ。夢だったんだ、良かったあ」
 実際には苦しい訳ではなかったのだが、少女はけほけほと咳払いをして落ち着きを取り戻す。夢の出来事で安心した彼女はもう一度寝ようと温かい布団を手繰り寄せた。
 しかし、本当の危機はすぐそばに迫っていた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 唐突に響いた声と共に少女の胸が大きな鍵で貫かれ、夢の力が奪われる。その声の主はパッチワークの魔女、ケリュネイア。崩れ落ちるようにして意識を失った少女に構わず、魔女はその場から早々に立ち去った。
 そして、部屋に残されたのは『驚き』から具現化された存在。
 わたあめの体を持つ不思議な羊のような生き物は、めぇめぇと愛らしく鳴いた後に窓から飛び出した。ふわふわと跳ねながら動き出したそれの狙いは勿論――ドリームイーターとして事件を起こすこと、ただそれだけ。
 
●ひつじのような、なにか
 ドリームイーターの魔女によって、驚きの夢の力が奪われた。
「綿飴と羊は結びつきやすいんですね。ね、バイくん」
 予知されたのは具現化したわたあめひつじが事件を起こす未来。未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445)は傍らのミミックへと首を傾げた後、事件を放ってはおけないと手にしていた戦旗を強く握った。
 そして、集った仲間達を見渡したメリノはヘリオライダーから伝え聞いた話を語ってゆく。メリノ自身が話した通り、今回の敵は綿飴の体を持つ羊めいた形をしている。
「驚きを奪った魔女はもう姿を消しているみたいです。そっちは追えないので私達は綿飴を倒しに行くことになります、ね」
 綿飴を討伐すると言うと不思議な響きだが、事実のなのだから仕方がない。見た目は可愛らしい存在だが夢喰いとしての恐ろしい能力を秘めているので油断はできない。
「ええと、敵は被害者の女の子の家の近くの公園あたりにいるようです。まだ朝なので人は通り掛かっていませんが……危険なのは変わりません」
 それゆえにすぐさま現場に向かい、一般人が来る前に戦いを終えなければならない。
 幸いにして敵は誰かを驚かせたくて仕方がないらしく、公園の中で待っていればケルベロスの前に現れる。だが、その際にひとつ注意点があるという。
「敵は現れた瞬間に、その場にいる全員に魔力の綿飴を食べさせてきます。あの、食べるといっても急に雲みたいな甘い塊が口の中に入り込んでくる、らしいです」
 その甘さは思わず口を押さえたり、むせてしまうほど。
 それ自体にダメージやカロリーなどはないようだが、急に口の中に甘い感覚が広がったら誰でも驚いてしまうだろう。そして、敵はそれに驚かなかった相手を優先的に狙う性質を持っている。
 何とかして急な甘ったるい攻撃に驚かずに耐えれば、攻撃の矛先を一定の人員だけに向けさせる作戦もとれる。どうするかは向かったもの次第となるだろう。
 また、敵は本格的な戦闘になると更なる甘い攻撃を仕掛けてくる。
 口に直接自分の甘い体を押し込もうとする、ふわふわたっくる。綿飴を飛ばしてくる、ふわふわしゅーと。更には頭上に飛び上がって落ちてくるふわふわぷれす。とにかく攻撃はふわふわ尽くしとなる。
 そうして、説明を終えたメリノはゆるりと息を吸う。
「このままですと夢の主になった女の子がずっと目を覚ませないままです。無邪気な夢を本当に悪いものにさせないためにも、頑張りましょうっ!」
 メリノが気合を入れると隣のバイくんも口蓋をぱかぱかと開け閉めして答えた。
 それから立ち上がったメリノは手にしていた旗を掲げ、軽やかなステップで明るいリズムを刻む。くるくると踊る少女の動きに合わせて戦旗が弧を描いてふわりと靡いた。それは共に戦場に向かう仲間達への鼓舞の代わり。
 そして、淡く微笑んだメリノは、行きましょう、と仲間達に向けて手を差し伸べた。


参加者
リノ・ツァイディン(旅の魔法蹴士・e00833)
泉本・メイ(待宵の花・e00954)
月海・汐音(紅心サクシード・e01276)
キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)
未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445)
花露・梅(はなすい・e11172)
リリー・リー(輝石の花・e28999)
心意・括(孤児達の母親代わり・e32452)

■リプレイ

●ふわふわの朝
 澄んだ空と冷えた空気。
 吐いた息が綿雲のようにふわふわと立ちのぼる。その白さも早朝の薄い空もしんと冴えていた。だからだろうか、この時間は夢の世界と繋がっている気がする。
「さむいけど、良い朝なの」
 泉本・メイ(待宵の花・e00954)は大きく伸びをして朝の空気を胸に満たした。
 その言葉を聞き、未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445)はこくんと頷く。その手にはブラックコーヒーが注がれた水筒のコップ。ミミックのバイくんに視線を送ったメリノはそれを一口だけ飲み、気を引き締める。
「準備万端です、いつでも掛かってきてください、ね」
 その目的は今から此処に来るという夢喰いの甘い攻撃対策だ。甘すぎるぐらいでは驚かないと決意するメリノの傍ら、リリー・リー(輝石の花・e28999)も意気込む。
「リィも大丈夫なのよ。梅干しを食べてるから酸っぱいのよ、とっても酸っぱいのー」
 思わずくしゃりと表情を歪めたリリーだったが、ウイングキャットのリネットを抱きしめるその姿からはやる気が感じられた。
 月海・汐音(紅心サクシード・e01276)は二人を見遣った後、今回戦う敵を思う。
「愛らしく鳴く羊……っぽいドリームイーター。……ううん」
 可愛いものは好きだけど、と汐音は胸中でだけ呟く。何にせよ相手がドリームイーターならば倒すのみ。キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)は周囲を見渡しながら仲間達に、がんばろな、と声をかける。
 リノ・ツァイディン(旅の魔法蹴士・e00833)は勿論だと答え、敵に思いを馳せた。
「羊みたいな綿菓子のような、か……オロシみたいに可愛いと良いな」
 そういってリノは隣に控えているボクスドラゴンを見下ろす。
 そのときだった。何かの気配が近付いてきた事に気付き、ケルベロス達は身構えた。次の瞬間、その場にいた全員の口の中にふわふわした物が飛び込んでくる。
「むぐ……ぷは、ふわふわやけどもめっちゃ甘々! な、何が起きたん!?」
 キアラが驚き、テレビウムのスペラも主人と一緒にぴゃっと飛び上がる。
 汐音はけほけほとむせ、リノや花露・梅(はなすい・e11172)もオーバーリアクション気味に甘い口撃に反応した。
「わ、とても甘いです! こんなに甘い綿飴ははじめてです……!」
「わ、すごく甘い! こんなに甘いの初めて!」
 驚く梅とメイの声が揃う最中、出現したわたあめひつじは満足気にぴょんぴょんと跳ねている。心意・括(孤児達の母親代わり・e32452)はその光景に微笑ましさを感じた。だが、今は素直に驚くべきとき。
「私も子供達にお菓子をよく作るけど、これは流石に甘すぎないかしら―? ここまで甘いと子供達でも渋い顔をしそうね!」
 括が彼女なりの驚き方を披露する中、リリーとメリノはぐっと耐える。
 梅干しとコーヒーで味を中和した二人の口の中はもう大変なことになっていたが、少女達は戦いへの思いを強めた。
「わたあめは、人を喜ばせるものです。驚かせちゃ、いけません」
 だから、悪いものは絶対に倒す。
 メリノは敵に真剣な眼差しを向け、仲間達と共に使命を果たすことを誓った。

●甘い誘惑
 放たれた甘さに驚いた者、驚かなかった者。
 其々を見極めたわたあめひつじは特に動じなかった少女二人に狙いを定める。
「めえめえさん、リィを狙うといいの!」
 リリーが高らかに宣言して皆の前に立ち塞がれば、羊はそれに呼応するように向かって来た。ふわっとした塊がリリーに放たれ、痺れを齎そうと迸る。
 すかさずリネットが清浄なる翼を広げて主人を回復し、足りぬ分は括が癒していった。梅は痛みに耐えるリリーに、頑張ってください、と告げてから地面を蹴りあげる。
「こんなに可愛いのに倒さなければいけないのですね」
 敵のわたあめの体はとても愛らしい。だが、躊躇も油断も出来ないと自分を律した梅は炎を纏った蹴りを放った。
 穿たれた敵はめぇ、と鳴いたがその感触はまさにわたあめそのもの。
 不可思議やね、と呟いたキアラは銃口を敵に差し向けた。
「うちらは休まず攻撃を叩き込んでいこか。スゥ、合わせて!」
 鋭い冷気の光線を解き放ったキアラに連携し、スペラが凶器を振り上げる。凍結の力が巡りゆく中、激しい殴打が敵を僅かに揺らがせる。
 メイは鋭利な一閃で切り込み、リリーも爆破スイッチを押して爆風を巻き起こした。
 汐音はその隙を狙って魔力を集中させる。
「ふわふわしたものは嫌いじゃないけど、放っておくわけにもいかないのよ」
 創造された刃は暴虐の力となり、緋色の軌跡を描きながら戦場を翔けた。汐音の一撃によって敵が切り裂かれ、ふわっとした毛が散る。
 それすら甘い香りを放っているようでリノは不思議な心地を覚えた。
「わ、本当に綿菓子だ。見た目で侮らないようにしないとだね」
 されど、手は抜けないと拳を握ったリノは攻勢に入る。跳躍からの蹴りはまるで流星の如く敵を翻弄した。其処に合わせてオロシが雲の属性の力を解放する。
 自分に守護の力が宿っていく様を感じながら、メリノは重力を練り上げてゆく。
「悪いふわふわは、見過ごせません」
 言葉と同時に指先が敵に差し向けられ、雷撃めいた衝撃がわたあめを貫いた。自由を奪う一撃に敵がじたばたと暴れる。
 其処へ括のウイングキャット、ソウが尻尾の輪を舞い飛ばした。
「いいわよー。その調子ねー」
 相棒猫に呼び掛けた括も攻撃に入り、杖から迸る雷を敵に向けて放つ。メイも仲間に続き、武器を大きく掲げた。
「ふわふわ! 可愛すぎるの! でも……」
 一瞬で敵との距離を詰めたメイは縛霊の一撃で敵を捕縛する。可愛くても見逃すわけにはいかない。そんな思いが籠った攻撃はわたあめの体を更に散らした。
 だが、敵も負けてはいない。
 ふわふわたっくるをしようとした敵がメリノを狙い、其処にリノが割り込む。
「うわ……甘ッ……!? ごほ、ごほ……」
 口の中にわたあめを押し込まれたリノは思わずむせてしまう。甘いものは好きだが甘過ぎるとなると涙目にもなってしまう。すると、その姿に同情したらしいバイくんが次は自分が庇うとばかりに張り切った。
 その姿に頼もしさを覚えつつ、梅は敵を狙い撃つ。
「わたくしはこれでも、めぇめぇグリーンをしております。お覚悟を!」
「そうです。めぇめぇの力では負けません、よ」
 梅が時空を凍結させる弾を解き放ち、続いたメリノは同意を示しながら超鋼の拳撃をくらわせてゆく。ケルベロスの仲間と戦うときは誰であろうととても心強いが、今日は仲の良い人達も一緒。
 メリノが自然と微笑みを浮かべている事に気付き、キアラも薄く笑む。
「負けないくらいにもっともっと、飛ばしてこ!」
 さあ、とスペラを手招いたキアラは旋刃の一閃で以てわたあめひつじを穿った。テレビウムも凶器を使って更なる攻撃に移り、敵の力を削っていく。
 そうして、戦いは巡っていった。
 甘くて蕩けるような攻撃が繰り出され、ケルベロス達の体力も少しずつ減っていく。しかし、リリーには負ける気などひと欠片もなかった。
 ポシェットから緑瑪瑙を取り出したリリーは回復の力を発動させ、自らの力を取り戻す。リネットも仲間達の援護に回り続け、戦線を支えていた。
「ドリームイーターじゃなければペットにしたかったのね。そしたら時々食べたりもふもふしたり……じゅるり」
 思わず本音を口にしてしまいながらもリリーは懸命に戦う。
 その背を支えようと心に決め、括も誰も倒れぬよう努めていった。
「大丈夫よー。このままの勢いで勝っちゃいましょうねー」
 のんびりと、それでいて心強い口調で皆に呼び掛けた括。その声に後押しを受けた気がしてリノは大きく頷いた。
「甘いの好きだけど……君は甘すぎだね。それにオロシの方が可愛い」
 そして、リノは電光石火の蹴りで敵を打つ。めぇ、と悲痛な声が聞こえたが動じはしない。綿菓子のような可愛さならば相棒竜のオロシの勝ちに決まっていた。
 それに、どれほどいたいけな見た目でも相手は夢喰いだ。
「……容赦は出来ないわ」
 汐音は静かに相貌を細めると、ひといきに地面を蹴った。速度に乗せた一閃が差し込み始めた朝の光に反射する様は、まるで鋭い閃光が放たれたかのよう。
 少しずつではあるが敵が弱る様子を見つめ、汐音は次の攻撃に備えた。
 甘いふわふわは夢そのもの。けれど、と首を振ったメイはぎゅっと掌を握り締める。
「綿飴も羊さんもふわふわだけど、ここにいちゃ駄目なんだよね」
 甘くて素敵な夢も――ほら、醒めなくては意味がないから。だからね、と手を天に向けてかざしたメイは甘露の匙を形作る。ちりんと鳴る小さなベルが柄に付いた銀のシュガースプーンは夢を掬い、悪夢から救う為のもの。
 そして、放たれた眩い光は夢喰いの力を削り取っていく。

●夢の世界へ
 ふわふわとしたわたあめひつじがふらふらとよろめく。
 敵からの攻撃は激しかったが、攻撃も回復も十二分に巡っていた。敵を引き付けるリリーやメリノ、果敢に仲間を庇い続けるリノ。
 更には括やソウ達の癒しの援護もあってまだ誰も倒れていない。
 いよいよ戦いも大詰めだと感じた梅は、これまでに敵に与えてきた不利益が上手く巡ったのだと感じた。
「じわじわと効いてきましたね」
 ひつじの身を包む炎や氷の効果は実に大きなものだ。
 一気に行きましょう、と告げて跳躍した梅は如意棒を百節棍へと変えた。空中で回転を入れて速度を増した梅は全力の連撃を打ち込んでゆく。
 其処へメリノが好機を見出し、傍らの相棒に攻撃を願った。
「さぁ、バイくんも実力を見せてあげてください、ね」
 その声に応えたミミックがもこもこしたエクトプラズムを吐き出して武装に変える。具現化された武器が敵に襲い掛かる中、スペラも凶器を投げて応戦した。
 そして、キアラが拳を握った動きに合わせてリリーも降魔の力を紡ぐ。
「ふふ、どーんとやってしまおか」
「もちろんなのよ。リィパンチをお見舞いしてあげるの!」
 二人は視線を交差させ、一気に駆け出した。右側から回り込んだキアラに対してリリーは左側。せーの、で放たれた二人の真拳はひつじの身を深く抉った。
 汐音は仲間達の見事な連携に賞賛の視線を送り、自らも打って出ようと決める。
「さてと……ぺしゃんこにしてあげるわ」
 ――舞え、暴虐の刃。無辜を滅ぼす罪の緋。
 そうして再び放たれた緋色の刃が激しく迸り、言葉通りに敵を潰してゆく。その様を見守るメイの瞳には薄い涙が浮かんでいた。
 それは宛ら、夢が終わっていく気分。それでも夢喰いは倒すと誓っている。
「あなたが悲しみを生まない様に、夢の世界に還すの。……羊さん、おやすみなさい」
 お友達になりたかった、という言葉を押し込めたメイは別れの言葉を紡いだ。そうして、少女が放った熾炎が業炎となって戦場を焦がす。
 敵はかなりの痛手を負っていた。リノはもうすぐ戦いが終わると感じ取り、自らの脚に風の力を纏わせる。
「風よ、烈風の力を――。さぁ、オロシも一緒にいくよッ」
 旋風を思わせる鋭い蹴りが放れ、風の力によって敵が空にふわりと舞った。其処へ、リノに呼びかけられた匣竜の体当たりが見舞われる。
 間髪入れずにソウが追撃に走り、わたあめひつじを引っ掻く。括は自分も最後の攻撃に出るべきだと察し、杖先に雷を錬成した。
「甘い夢は終わりにしましょうねー。さあ、覚悟はいいかしらー?」
 穏やかな微笑みに乗せ、括は容赦も手加減もない一撃を解放する。めええ、とひときわ大きな敵の声が辺りに響いた。
 キアラと汐音は頷きあい、敵の力があと僅かだと確認しあう。同様の事を感じたメリノもわたあめひつじを瞳に映した後、再び指先を向けた。
「ふわふわもめぇめぇも間に合っています。大人しく、驚きを返してくださいね」
 痺れを宿す一閃をメリノが放てば敵の動きがぴたりと止まる。リリーはその隙を逃さず活かそうと考え、素早く回り込んだ。
「次はリィキックなの。蹴るとふわっふわするのー!」
「そして、最期は――忍法・春日紅!」
 梅はこれが終わりの一撃になると確信し、リリーに続いて花露忍法を発動させる。穿たれるひつじが倒れゆく中、小さな紅の花弁が舞い散った。
 刹那。鮮やかな花の色に紛れ、鋭い一閃が放たれる。
 それは一瞬で甘い悪夢を葬り去り、戦いに儚い終焉を齎した。

●雲が見送る先
 わたあめひつじは無に還り、平穏な朝が訪れる。
 子供の純粋な驚きも悪夢にならずに夢の世界に戻ったはず。梅は武器を下ろし、リノはオロシと視線を合わせ、戦いが終わった事に安堵を覚える。
「皆にも怪我はないみたいで良かった!」
「女の子も、もう夢から醒めてるかな……」
 リノが笑顔を浮かべると、メイは夢の主を思う。きっと大丈夫だとキアラが答えるとスペラもぴょんと元気よく跳ねた。
「それにしても、二人とも平気?」
 そしてキアラは振り返り、リリーとメリノに問いかける。
「ううん……梅干しはもう食べないのよ」
「……はい、実はブラックコーヒーは苦すぎて、得意ではありません」
 甘さに耐え、戦いの中で痛みを堪えた二人は苦手な物にも負けずによく頑張った。梅は淡く微笑み、頼もしかった少女達を労う。
 括も戦いを思い返して皆が無事であったことを喜んだ。
「羊ちゃんと綿飴の組み合わせは孤児院の子供達も喜びそうねー。今度羊ちゃんの形をした綿飴のお菓子でも作ってみようかしらー?」
 おかげで新しいメニューが浮かんだと語った括の後方、汐音は何気なく朝焼けの空を見上げていた。吐く息は来た時と同じように真白く染まり、空の蒼と混ざりあう。
「何か暖かいものでも買って帰ろうかしら」
「すてきね。温かいもの食べて帰りましょう」
 汐音の言葉にリリーが同意し、お汁粉が飲みたいと主張した。
 良い考えだとメイが笑ったそのとき、ふと空に大きな雲が浮かんでいることに気付く。
「羊さん、空に駆け上がったみたい……」
「ふふ、本当です。帰ったら皆様にわたあめを作りたいですね」
 本物の綿飴も食べたくなったとメイが呟くと、梅が作ってみようと提案した。バイくんもそれが良いと思ったのか、蓋を大きく開けてふわふわのエクトプラズムを吐く。
 メリノは仲間達のあたたかさと微笑ましさに双眸を細め、そっと踏み出した。
「戻りましょうか。皆さん、いっしょに」
 静かな朝が巡り来れば、夢はもう終わりの時間。
 いくら幻想が甘くても自分達には帰るべき現実がある。澄んだ空の色と降り注ぐ朝の陽射しはやさしく、仲間達の帰路を示してくれていた。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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