からくれなゐに

作者:あき缶

●真っ赤に燃える山
 今は秋の行楽シーズン真っ盛り。さわやかな風が吹き抜ける真っ青な空の下、鮮やかに暖色に染まる山。
 人々はその赤や黄色にそまる稜線を眺め、秋という季節を楽しんでいる。
 だが、人々の知らぬ山奥では恐ろしいことが起きていた。
 一本のイロハモミジが急激に育ち、巨木となったかと思うと、まるでイロハモミジとは思えない形相を露わにし、動き始めたのだ――。
●進撃するイロハモミジ
 大台ケ原に生えていた一本のイロハモミジが、攻性植物になってしまった。
 と、笹島・ねむは、ケルベロス達に新たなるデウスエクスの事件発生を告げた。彼女の隣には、西水・祥空(クロームロータス・e01423)が深刻そうな顔をして立っている。
「行楽シーズンの山に攻性植物が現れたという噂を聞いて、胸騒ぎがしていたのですが、案の定だったようです」
 祥空は眉をひそめた。どうやら鎌倉奪還戦の際に散った攻性植物の花粉が、美しい紅葉を誇るイロハモミジを変えてしまったらしいのだ。
 ねむは一同に、ヘリオンでの予知の結果を伝える。
「まだ山奥で目覚めたばっかりの攻性植物です。まわりに人はいませんけど、このまま放っておいたら、人のいるところにまで出てきちゃって危ないです!」
 つまり、まだ無人の山奥にいるうちに倒してしまわなければならない。
「モミジは、毒とか光線とかで攻撃してくるみたいです。自分を回復する実も作れます」
 また、攻性植物は一本だけだが、敵は単体ではない。
「サーヴァントみたいに、まわりの動物をつれてるんです。鹿さんが三頭います。角で突っついたり転ばせたりしてきますけど、皆さんよりは弱いです」
 ねむは、このまま放置しておくと、地球上に攻性植物が繁殖してしまうと危惧する。
「どんどん攻性植物が増えちゃったらとっても危ないです! どんどん刈り取っちゃいましょう!」
「よろしくお願いします」
 祥空も、ケルベロス達に協力を頼むのであった。


参加者
フランツ・サッハートルテ(剛拳のショコラーデ・e00975)
西水・祥空(クロームロータス・e01423)
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)
国津・寂燕(好雲流酔・e01589)
ハチ・ファーヴニル(暁の獅子・e01897)
葉月・静夏(マイペースな闘士・e04116)
タクティ・ハーロット(緑碧の拳破龍・e06699)
アレク・コーヒニック(無才の仔・e14780)

■リプレイ

●山燃ゆ中へと
 赤や黄色、そして常緑樹の緑と美しく色づく大台ケ原へと、ケルベロスはヘリオンから次々降下していく。
 山の中は静かなものだった。人が居ない山奥で、ひそやかに目覚めた攻性植物。
 真っ赤で可憐な葉を茂らせたイロハモミジは、じっとケルベロスに対峙している。その両脇に鹿。
「悪い予感ほど当たる、とは聞きますが……」
 西水・祥空(クロームロータス・e01423)は、ヘリオライダーから聞いていた通りの状況に渋面を作った。
 彼が予感した秋の行楽地の脅威――それが現実になるとは。
「当たってしまった以上、全力で対処いたします」
 冥府のような漆黒の鉄塊剣を両の手に構え、祥空はイロハモミジを睨んだ。
 大真面目の祥空とは対照的に、ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)のノリは軽い。
「ぼちぼち紅葉も見頃、ってな時期に空気読めない攻性植物も居たもんだな」
 エアシューズの車輪を地面に擦って、ダレンはヘラと笑いながらも、感覚を研ぎすませた。
「ま、なんだ。コレからレジャーを楽しむであろう、未だ見ぬオネエちゃん達の為にも頑張りますかね!」
 ダレンの言葉は軟派だが、人に被害を出したくないという正義の意思の現れである。
「……それにしてもどうやって鹿を操ってるんだぜ? 個人的にはとても気になるんだぜ」
 きょとんと首を傾げ、タクティ・ハーロット(緑碧の拳破龍・e06699)はモミジの隣にキチンと整列している鹿にその緑の視線を投げかけた。
「奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の声きく時ぞ秋は悲しき……と」
 読書家らしく、この場にふさわしい和歌を引用したフランツ・サッハートルテ(剛拳のショコラーデ・e00975)は、高らかに名乗りを上げた。
「折角の紅葉。大人しくハラハラと散るのでなければ、フランツ・サッハートルテが我流にて地獄に案内しよう!」
 落ち葉ふりつむ腐葉土の上、木漏れ日よりも眩しく星座の力が弾ける。
 後衛達に与えられる天の加護を皮切りに、戦闘は始まった。

●鹿威し
 イロハモミジがその枝を禍々しい形に変え、タクティへと伸ばす。
 牙が生えた口のような形の枝は、とっさにタクティが己を庇うように突き出したバトルガントレットに食いつく。
「くっ」
 ギチチ……ときしむ金属、締めあげられる感覚にタクティは眉を寄せる。
 その枝を折りとらんと、祥空はレフトクイーン・ペルセポネー、ライトキング・ハーデースを縦横に振り抜いた。
 ばきんと折れた枝を蹴り上げ、枝ごと空高く飛び上がったダレンは、鋭角を描いてイロハモミジ本体へと飛びかかる。
 衝撃でイロハモミジは揺れ、はらはらと血のように赤い葉を散らした。葉ごとタクティのミミックが枝に喰らいつき、同時にタクティは足でイロハモミジを蹴り抜いた。
「……さて、紅葉狩りと行こうかねぇ。舞刃、開放。舞飛べ白雪」
 すらり――白刃を抜き放ち、国津・寂燕(好雲流酔・e01589)は前衛に向けて剣気を放った。秋の空には似つかわしくない雪の如き気が舞う。
「正に『芽を摘む』だね。うん、頑張るね!」
 雪を浴び、葉月・静夏(マイペースな闘士・e04116)は道路標識のように見える大きな斧を振りかぶる。
 飛び上がって、振り下ろす先は鹿だ。
「ごめんね。お煎餅はないの。代わりにこれをどうぞ、スカルブレイカー!」
「こうなってしまっては、ジャパニーズ・ワビサビとは縁遠いっスな」
 とイロハモミジを残念そうに見やり、ハチ・ファーヴニル(暁の獅子・e01897)は、モミジも望んでデウスエクスになったわけではないだろう……と植物の不運を憐れむ。
 だが、彼の拳は憐れむがゆえに鈍るものではない。故郷を滅ぼしたデウスエクスは倒すべき存在である、とハチはきちんと認識している。
 ハチはケルベロスチェインで前衛に向け、守護魔法陣を描いた。
 苛立たしげに角を振り立て鹿が突進してくる。がっしとハチはその角を受け止め、ぎりぎりと押す。
 フーッフーッと鼻息荒い鹿の目をまっすぐに見据え、
「強いっスね……でも、これもまた修行っス!」
 ハチは鹿をついに押し返した。
 もう一頭の鹿の突進をヒラリと避けながら、アレク・コーヒニック(無才の仔・e14780)は独りごちる。
「ここは、普通の人達に迷惑をかける心配はないってことだし……勉強した術を試せる絶好の機会かな」
 不謹慎かもしれないけど、と口の中で笑い、アレクは魔導書を開いた。
 かちり、と頭の奥で何かが切り替わった音が聞こえた。
 だが、アレクは変化を誰にも悟らせまいと平然と言う。
「一緒に闘う皆のためにも頑張るよ。『……侵セ』」
 魔導書の知識を励起し、混沌の緑を召喚――学習の通り、事象は成った。
 それに、アレクはホッと息をつく。
「行くよ……」
 主の命じるままに、静夏が斬った鹿に粘菌達がまとわりつき、じわりと体皮を浸透していく。悪夢を見せつけられ、両の目をめちゃくちゃに回して鹿は泡を吹いて倒れ伏した。
 倒した――アレクは自身の鹵獲術に手応えを覚えて頷く。
「……この戦いに勝ったら、またあいつらから鹵獲して、もっと強くなるんだ」
 口元に笑みを浮かべて、アレクは呟いた。
 イロハモミジはモミジとは思えない花を急速に宿す。丸い蕾は開くなり、灼熱を伴う閃光線を放った。
 光は祥空を灼き、皮膚を溶かす。流石デウスエクス、一撃一撃が重い。
 鉄塊剣を地面に突き刺して、自身を支え、祥空は呻く。
「……っま、だ……まだ倒れられません」
 突き刺した剣へと地獄を注ぎこむと、中身をむき出しにした剣はクロームシルバーの光を帯びて、主を癒やす。
 ヒュゥと口笛を吹き、ダレンは言う。
「やってくれるじゃねぇか」
 そして余裕の笑みを、悪い笑みに変えて、ダレンは拳を固めた。
「それじゃァ、正義の名の下にオシオキと行きますかね……ッ!」
 引き絞る拳を中心に、螺旋が生まれる。ダレンが秘める正義の心が青白い光となって拳に集まっていく。
「っらぁあ!」
 貯めに貯めた闘志を、悪しき樹木へとダレンはぶちかました。
 めきりとモミジはきしむ。しかしまだ、倒れるには至らない。
 タクティも同じくモミジに拳を放つ。
 衝撃によって彼の肩に落ちる風流な紅葉に、タクティは眉を下げた。
「これだけ見りゃ美しいんだぜ。なんだって、こんな美しい風景を壊すんだぜ? もったいないんだぜ……」
 降魔の一撃を支援するように、ミミックもオーラで財宝を撒き散らした。
「全くだ。折角の紅葉も楽しむ暇はなしとはな」
 残念そうにフランツもタクティの言葉に頷き、祥空に溜めたオーラを与えて癒やす。
「鹿も可哀想にね」
 懲りずに頭を低く下げて突進してくる鹿の角を、寂燕は刀と鞘を交差させて受け止める。
 そして返す刀で鹿をずはりと斬った。
「……向かって来ないなら斬る必要も無いというのに」
「そうっスね、正気に戻ってくれるなら、それが一番っスが……!」
 ふらつく鹿にハチが達人の域に達した拳でとどめを刺す。
(「何の罪もない動物や植物まで巻き込む攻性植物……許せないっス!」)
 鹿の躯を見下ろし、ハチはデウスエクスへの怒りを高めるのであった。
「夏の夜空に勝利の花火を打ち上げよう!」
 静夏は宙返りをしながら、鹿に迫り何度も何度も蹴りあげる。足が当たるたびに、秋の青空には少し似つかわしくない花火が放たれる。
 最後に大爆発を伴うアッパーをくれてやった静夏は、鹿の死を確認するまでもないとばかりに、モミジへと視線を向けた。
「鹿狩りの次はもみじ狩りね。紅葉の赤を血の赤にはさせられないから、覚悟してね」

●椛の散るらむ
 アレクが伸ばした黒き鎖がイロハモミジを縛り上げる。
 モミジは回復のために実を付けた。ひび割れなどのダメージが癒えていく。
 祥空の二刀による攻撃とフランツが吐いた焔、ハチのサイコフォースを難なく避けて見せるイロハモミジだが、ダレンの飛び蹴りに揺れ、寂燕が放つ雷に似た弾丸を食らって樹皮を落とし、葉を散らす。
「夏塩打ち上げ花火!!」
 悶絶する攻性植物に静夏の花火を伴うサマーソルトキックの連発が決まる。
「コォォォォ……」
 呼吸を整え、タクティは拳を突き出す。
「そこ……だぜっ!」
 拳から放たれた碧の衝撃波がイロハモミジに炸裂する。疾走・双碧降拳波によって、イロハモミジは枝を吹き飛ばされる。
「無残なものだ……」
 フランツが眉をひそめた。裸になりつつあるモミジほど、秋に酷いものはない。
「血で汚れるなんて見たくないからね、綺麗なものは綺麗なまま、塵にしてあげたかったのだけれど」
 なかなかしぶといから、と寂燕も無粋なるイロハモミジの惨状にため息を吐いた。
 アレクの掌が放たれる竜の幻影はとぐろ巻いて、イロハモミジに襲いかかるなり、口を大きく開く。咆哮と共に放たれた業炎がイロハモミジを包む。
 モミジが再び花をつける。
 次に狙ったのは静夏だ。
「熱っ……!」
 露出の多い服装故に多量にむき出しになっていた彼女の白い皮膚が焼けただれていく。
 くっと痛みに顔を歪めた静夏は、しかし楽しそうに呟く。
「……スリル、味あわせてもらったよ」
「回復するっスよ!」
 ハチがオーラを渡すと、静夏の皮膚は見るに耐えない状況から、つるりとしたいつも通りの美肌に戻った。静夏の怪我の状況を確認して、内心ほっとするハチ。
(「女の子っスもんね、痕が残ったら大変っス」)
「駄目押ししておこうか」
 フランツも静夏にバトルオーラを渡してやる。
 イロハモミジの樹皮にダレンの斬霊刀が突き立つ。ビリリと雷が刃から樹木へと走った。
 刺突で開いた穴を正確に広げんと寂燕の刀が真紅の弧を描いて放たれた。八百万の神を刃に宿す国津に伝えられる一振りは、寂燕の意に添うようにきちりと仕事を成す。
「仕返しするよ!」
 再び交通標識めいたルーンアックスを担いだ静夏は、天高くから真っ二つにしてやろうとイロハモミジめがけて落下する。
 少し目算が狂ったか、イロハモミジの最後の枝を打ち払っただけに終わってしまったが、すでにもはやこの攻性植物が元は何の樹だったのか、素人目では判らない。
 杭のように突っ立つ幹だけが残る……。
「侵セ……!」
 アレクが再び緑の粘菌を幹にまとわりつかせる。
 粘菌に侵されつつも、イロハモミジがデウスエクスらしく急速に枝を伸ばそうとした時、大台ケ原に詠唱が響いた。
「我が地獄を治めし可憐なる乙女達に願い奉る。神討つ力を我に与え賜え」
 祥空から九つの色の焔が燃え上がり、九つの刃に変化する。
 モミジに殺到した祥空は、
「山々の紅葉する様子を『燃えるよう』とも表現しますが、地獄の炎で実際に燃やして差し上げましょう」
 と言うなり、地獄による九連撃を放った。
 神すら焼き尽くす『ナインブレイズ』――イロハモミジが耐えきれるはずもなく、あえなくデウスエクスは焼け木杭と化した。
「……下手な冗談でしたね」
 祥空は、炭化していくイロハモミジを見送り、大真面目に呟いたのだった。

●守られた秋晴れ
 なんとかなったね、と静夏は勝利を実感して笑った。
 彼女の後ろで、アレクは独り、
「……もっと、強くなるんだ。皆に頼りにされるように」
 とこれからの目標を胸に抱く。自身の中で茫洋としていた鹵獲術が、自分のモノになっていく感覚は、アレクにとって快楽と同様に思えた。
 快楽を喜ぶサキュバスであるアレクは、戦いの中の喜びを確かに感じていたのだ。
「ふぅ、ちったぁ風情ある状況で楽しみかったもんだね。紅葉狩り」
 赤や黄色の木々を見上げ、寂燕は布津御魂の刀身を鞘へと収める。キンと澄んだ音が山に響く。
「まぁ、良かった良かったってね」
 足元を見れば鹿が横たわって木が炭化しているが、上だけ見れば秋晴れの蒼に、紅葉が差し色となってなんとも雅である。
「……酒があれば尚良しか……ね」
 四季折々の美しい情景は肴にするに限ると考える寂燕にとって、少し手持ち無沙汰な気持ちになる光景だ。
 カチリとライターの火をおこし、ダレンは戦後の一服を始める。もちろん携帯灰皿は持っている。
 ふはぁと紫煙を吐き、ダレンは周囲を見回した。
「この辺一帯の木が全部攻性植物になってたらと思うと、ゾっとするね」
 見る限り、デウスエクス化したのは先程のイロハモミジのみのようだ。ダレンは胸をなでおろした。
「植物にかける言葉ではないかもしれんっスが。せめて安らかにと思わずにはおれんっスよ」
 真っ黒になったイロハモミジの残骸に手を当てるとまだほのかに温かい。ハチは悼むように目を閉じて、頭を垂れた。
 攻性植物の花粉にとりつかれなければ、この木も人々の目を楽しませつつ、樹木として自然を支えながら生きていたろうに。
 緑の粘菌にまみれて死んだ鹿をしゃがみこんで観察しながら、
「……この鹿って食べても大丈夫なのかなだぜ、命をむだにするわけにはいかないしだぜ」
 とタクティは言ってみるも――おそらく大丈夫ではなさそうだ。肩を落とす彼の隣で、ミミックもなんだかしょんぼりしている。
「誰一人、重い傷を負うことなく状況終了だ。良かったな、祥空君」
 フランツは祥空の肩を叩き、ニッと笑ってみせた。
 祥空は頷き、そして共に戦った戦友たるケルベロス達に向き直る。
「ともあれ、危機は去りました――。改めて、ありがとうございます。皆さん」
 そう言って、祥空は深く頭を下げるのであった。

作者:あき缶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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