旧型機械の前夜祭

作者:犬塚ひなこ

●夕映えの街
 罅割れたゴーグルのレンズが夕焼けの光を反射する。
 廃工場の扉を潜った少女は瑠璃色の硝子めいた瞳を暫し暮れゆく夕空に向けた。静けさの中、胸に提げられた大きな懐中時計はカチコチと音を立て、規則的に時を刻んでいる。
「撤退ね。分かったの、レジーナ様」
 何かの情報を受信していた銀髪の少女、否、ダモクレスは了承したと呟いて頷く。
 暫しの潜伏命令を与えられていた彼女に新たに下されたのは撤退命令。コマンダー・レジーナの配下として動く彼女は無論、その命令にも従う心算でいた。だが――。
「すぐに戻るのもつまらないもの。少しくらい遅くなったっていいかしら」
 ダモクレスの少女はまるで本当の感情があるかのように無邪気な笑顔を浮かべ、人通りの多い方へ歩いていく。その片手は武骨なガトリングガンとなっており、少女はもう片方の腕に抱いたぼろぼろのぬいぐるみに話しかけた。
「そうだわ、グラビティ・チェインを持って帰ったらレジーナ様のお土産にもなるはずよね。それに……私、家族が欲しいの」
 くすりと笑んだダモクレスは街中の往来を見つめる。
 其処へ通り掛かったのは姉妹らしき二人組。お姉ちゃん、なあに、と笑いあって手を繋ぐ二人は実に幸せそうだ。丁度いいと二人に狙いを定めた彼女はその前に立ち塞がり、さも当たり前のように凶器を差し向けた。
「えへへ。ねえ、貴方達も私みたいになりましょう?」
 銃口が斜陽を映し、鈍く光る。
 そして――宛ら、任務遂行の前夜祭でも始めるかのように『エレント』による無邪気で純粋な殺戮の時間が幕あけた。
 
●ストレインの娘
 指揮官型ダモクレスの地球侵略が開始された。
 その中で予知されたのは指揮官型の一体、『コマンダー・レジーナ』が送り込んでいた配下ダモクレスが起こす事件だ。彼女の着任と同時に、これまで潜伏していたダモクレス達が動き出したらしい。
 そう語り、雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は説明を続ける。
「一時撤退の命令を受けたダモクレスの多くはそのまま撤退したようでございます。ですが、『エレント』という少女型ダモクレスは帰還前にグラビティ・チェインを略奪する為に凶行に出たのです」
 エレントは今、潜伏していた廃工場から街中に出ようとしている。
 今からすぐに向かえば其処を通り掛かった姉妹を襲われる直前に割り込むことが出来る。上手く姉妹を逃がしさえすれば、後は戦いに集中することが可能だ。
「敵は皆様がケルベロスだとわかれば応戦するはずです。全力で挑んでください」
 エレントは右腕のガトリングガンを用いる攻撃の他、ダモクレスとしての能力を発揮してくる。強敵ではあるが全員で協力しあえば勝ち目もあると話し、リルリカは皆に頑張って欲しい告げた。
 また、エレントはある程度の戦いを楽しむと撤退を行おうとする。
 彼女の本来の役目は潜伏時に収集した情報をコマンダー・レジーナに届けることだ。包囲する、背後に回るという行動だけでは撤退を止めることはできないので、何かしらの言葉や挑発で逃走を阻止する必要もあるだろう。
「もちろん、一気に攻勢に出て逃げられる前に倒すというのもありです。でもでも相手はとっても強いですから、気を引き締めていってくださいませ」
 リルリカはケルベロス達に応援の眼差しを向け、暫し考え込んだ。
 今回のエレントの他にもかなり多くのダモクレスが潜伏していたらしく、様々な事件が予知されている。この動きも何かの布石に違いない。
「……コマンダー・レジーナ、厄介な指揮官さんみたいですね」
 この事件を解決することはきっとレジーナの策略を阻止することに繋がる。凶行を止める為に、そして――エレントに纏わる因縁を断ち切る為にも。
 今こそ、番犬としての力を揮うべき時だ。
 


参加者
火岬・律(幽蝶・e05593)
楠・琴葉(明日を掴む笑顔・e05988)
エレーネ・ストレイン(姉と向き合う旧式少女・e06933)
佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)
伊予野・仇兵衛(ヴィヴィオ満タンお願いします・e15447)
エトヴィン・コール(徒波・e23900)
六角・巴(盈虧・e27903)
ルシェル・オルテンシア(朽ちぬ花・e29166)

■リプレイ

●姉と妹
「――やっと見つけたのよ、姉様!」
 平穏な街に響くのは凛としていながらも切実で、何処か悲痛さが見え隠れする声。
 エレーネ・ストレイン(姉と向き合う旧式少女・e06933)が張り上げた声の先には、今まさに一般人の姉妹を襲おうとしているダモクレス――エレントの姿があった。
 エレーネとエレント。
 本来ならこれは妹姉の感動の再会のはずだった。しかし、少女機械は動じずにいる。
「あら、邪魔者ね。せっかく家族が増えそうなのに」
「させるか!」
 刹那、エレントが動揺する姉妹にガトリングを向けた。その動作に逸早く気付いた六角・巴(盈虧・e27903)が飛び出し、突然の事に戸惑う姉妹を庇う。
 鋭い衝撃が巴を襲ったが、彼は怯まず臆さずただ護るべき命の為に躯を張った。
 その隙にエトヴィン・コール(徒波・e23900)が姉妹と敵の斜線に割り込み、エレ―ネとエレントを見比べながら声をかける。
「折角本物の妹と会えたんだ、代替品に執着してる暇なくない?」
「本物の妹が会いに来てるのに無視するの? 冷たいんじゃない?」
 同様にルシェル・オルテンシア(朽ちぬ花・e29166)も一般人の姿をエレントから遮るように立ち、敵の気を引く。
「そうや、気にするんはこっちやで」
 そして、佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)はテレビウムのテレ坊と共敵との距離を詰めた。眩い閃光に続き、稲妻の突きがひといきに放たれる。
 楠・琴葉(明日を掴む笑顔・e05988)も攻撃に移り、相手の意識を自分達に向けようと狙った。その際に琴葉がちらりと件の姉妹を見遣ると、姉が妹を守るように抱きしめていた。彼女達の保護に入ったエレーネは一瞬だけ複雑そうな表情を浮かべた後、二人をライドキャリバーのシデンに乗せる。
 エレーネは愛機に二人を守るように願い、車体を発進させた。
「その腕は、絶対に離してはだめなのよ」
 少女が姉妹に託したのは自分達が出来なかったこと。そしてこの先、自分と姉のように苦しむことが無いようにという願いだった。
 伊予野・仇兵衛(ヴィヴィオ満タンお願いします・e15447)は保護が上手くいったと感じつつ、エレーネに呼び掛ける。
「とうとうこのときがきたんだね、エレ姉様。がんばっておてつだいするから、しっかりおはなししないとね!」
 敵がエレーネの姉となれば自分の姉も同然。
 そんな気持ちで相対すると示し、仇兵衛はしかと身構えた。
 既に周囲は、元々姉妹以外が通り掛かっていなかったことや、火岬・律(幽蝶・e05593)や照彦が避難誘導を行ったことでケルベロス達以外の人は居なくなっている。
 するとエレントはケルベロス達を見渡した。どうやら姉妹を追う心算はないらしく、此方を見定めているようだ。
「本物の妹? ふぅん……」
 エレントはエレーネを見つめ、意味ありげな笑みを浮かべた。その真意を読み取ることは出来ず、律は軽く頭を振る。
「方法はどうあれ、新しい家族を作る事は可能です。しかし……」
 今、機械少女が行おうとしていたことは家族を裂くことだ。されど相手がダモクレスという存在である以上は相容れぬ考えなのだろう。
「……姉様、ずっと探してたのよ」
 そのとき、ふとエレーネが姉を呼ぶ。思わず口を衝いて出た言葉に少女は口元を押さえた。そんな姿を見た照彦は胸中で思いを巡らせる。
 これから、彼女は自らの手で本当の姉を倒さなければならない。
 やっと見つけた、と語ったのは倒す為なのか。家族としてなのか。
 ケルベロスとしての使命。一人の少女としての想い。二つの心は胸裏に仕舞われたまま、宿命の戦いが始まりを迎えた。

●前夜祭には未だ早く
「そう……そんなに私を探してくれてたなら、家族になりましょうよ」
 ケルベロス達を標的として定めたエレントは無邪気な笑顔を見せる。その表情だけを見れば同じ年頃の娘と何ら変わらぬように思えた。
 しかし、相手は心の無いダモクレス。その笑顔も言葉も仮初めのものでしかない。
 ルシェルが身構えて相手の様子を窺うと、エトヴィンが月光の斬撃で以て斬りかかった。すると、一閃をひらりと避けたエレントは硝子めいた瞳を細めて笑う。
「ただし、少し痛めつけてあげてからじゃないとね?」
 次の瞬間、エレントのガトリングガンから銃弾が勢いよく吐き出された。琴葉は即座にビハインドの音姫に呼び掛け、仲間を守るように願う。
「家族って、暖かいよね。一緒に居るだけで幸せになれる。……すごくわかるんだよ、エレントさんの気持ち」
 語り掛けると同時に琴葉は緊張を覚えていた。親友の姉であった娘を攻撃するということに心が揺らがないはずがない。それでも、相手は倒すべき存在なのだ。
 音姫が仇兵衛を守る中、琴葉は星座の重力を剣に宿した。
 攻勢に移る仲間に続いて、仇兵衛も地面を蹴りあげた。エレーネとエレントは実によく似ていた。その出で立ちも、雰囲気も、瞳も。
 だが――決定的に違うのは心が其処に在るかどうか。
「家族は話し合わないと。悩み事も、楽しいことも、なんでも、ね」
 仇兵衛は切実な思いを言葉に変え、流星めいた蹴りで敵を穿つ。それでもくすくすと笑い続けるエレントは此方を物としか見ていないように思えた。
 律も攻撃の機を合わせ、蹴撃で相手を揺らがせる。
 決して敵から目を離すまいと決め、一手を終えた律はエレントを囲い込む形で布陣についた。それは逃走経路を阻む為でもあるが、相手が本気にさえなれば突破されてしまうだろうとも感じられる。
「エレント、貴方が欲しいのは本当に家族ですか?」
「それはどういう意味かしら」
 律がかけた声に対し、エレントは理解できないという風に目を瞬かせた。
 巴は相手に掴み所がないと感じ、肩を竦める。目の前に可愛い妹であるエレーネがいるというのにエレントの態度は最初と何ら変わっていなかった。
「家族が欲しいんなら『ごっこ遊び』くらいは付き合ってやるよ」
 そうして、巴は旋刃の一閃を叩き込む。機械部位が軋んだ音を立てるほどの一撃を受けたというのに敵はびくともしていない。
 ただ倒すだけでもかなりの労力と本気が要ると察し、照彦は拳を握り締めた。
「君ら姉妹なんやろ? わざわざ作らんでも本物ここにいてるやん」
「いいえ、本物じゃないのよ。私と『同じ』にならなくちゃ」
 対するエレントの返答は、ダモクレスとしての家族を増やす、という意味合いの言葉だった。照彦がそうやない、と口に出すとテレ坊もぶんぶんと首を振る。
 本当なら、二人が元の姉妹に戻れたらいいと思った。
 しかし、この場の誰もが彼女を機械からヒトへ戻す方法を知らない。ルシェルは歯痒い思いを押し隠し、戦いへの思いを強めていく。
「ルシェは何もできないかもしれない。それでも、今できることをやるのよ」
 舞うようなルシェルの炎蹴が戦場に躍り、赤い軌跡を描いた。其処に続いて、保護から戻って来たシデンの突撃が加わる。
 ダモクレスといえど、その連撃によって態勢が崩れたようだ。
 エレーネは戻って来たシデンの様子から、姉妹が無事に逃げ切れたのだと察する。後は遠慮も心配も要らないと感じ、奇環砲を握る片手に力を込めた。
 だが、複雑な思いは消しきれない。
「もしやり直せたならなんて……詭弁かしら」
 エレーネの思いを砕くかのようにエレントがガトリングを連射しようと構えた。エトヴィンは仲間の様子に気付き、そっと嗜める形で呼びかける。
「……来るよ、気を付けて」
 彼に続く形で琴葉と仇兵衛も彼女に思いを伝えてゆく。
「無理はしないでね、エレーネちゃん」
「エレーネ姉様、ボク達がついてるよ!」
 そして、エトヴィンや琴葉達の声に頷いたエレーネは、しっかりと顔をあげた。
「わかっているのよ……やり直しなんて、できないって」
 その一瞬後、エレントとエレーネが其々に放った銃弾が戦場内で交差する。
「えへへ。何故だか分からないけど、あなたとの戦いは楽しいわ」
 飛び散る火の粉と弾が舞い飛ぶ様は不思議と、二人が戦いの中でも言葉を交わしているようにも見えた。敵の動きに注視しながら、姉妹を眺めていた律は不意にエレントの様子が微妙に変わって来たと気付く。
 そろそろ警戒すべきかもしれないと皆に伝えた律は敵を敢えて挑発していった。
「それにしても……家族、を作るには手荒い勧誘ですね。落ち着いたらどうです? 欲求に先走る輩が望むものを得た前例は、ありませんよ」
 決して、敵を逃しはしない。ルシェルも間髪入れずにエレントに問いかけた。
「今目の前にいるのはずっと欲しがっていた家族ではなかったの? それとも一目会えたらもう満足? 欲しいなんて、結局はその程度の気持ちだったのかしら!」
「家族は欲しいわ。でも、どうしてかしらね」
 すると逃走を図りそうだったエレントは首を傾げて立ち止まる。そのとき、仇兵衛は何故か沸々と湧き上がる罪悪感を覚えていた。
「公園で、遊んでる姉妹、命令、工場、誘拐……犯人は……ううん、駄目」
 何かを思い出しそうになりながらも、仇兵衛は思いを振り払う。今は自分の事ではなく、目の前の相手の事を考えるべきだ、と。
 そして、エレーネも語り掛けていく。
「姉様は昔、私に言ったでしょう。たとえ不利になっても逃げる様な弱虫にはなるな、それじゃ欲しいものはなにも得られないって」
 昔の姉を思い返したエレーネは胸を押さえ、唇を噛み締めた。しかし、その瞳は彼女を射抜くように正面から捉えている。
 身内殺しの重み。殺されるのを目の当たりにする辛さ。どちらがマシなんだろう、と考えたエトヴィンの表情は普段のままに見えたが、その心は漣立っていた。
 だが、もう何もかも過ぎたことだ。
 妹は姉を見つけ、姉は妹を歪んだ意味で求める。互いがケルベロスであり、デウスエクスである以上――その先に待つ答えは一つだけだった。

●姉妹の結末
 敵の気を引いた結果、戦いは続いてゆく。
「なかなかやるみたいね。流石だわ」
 戦いの中で、エレントはケルベロス達の実力を認めていた。挑発に乗り、一度は立ち止まってしまった現在、もう一度逃げ出すような隙は残されていない。
 琴葉は戦いながら敵を見つめ、今一度言葉をかけた。
「私には家族が居ないから……もう会えない私と違って、エレントさんにはエレーネちゃんがいる。何も探す必要はないんだよ? だって、目の前に家族が居るんだもの」
 だから、此処に居て。そう告げた琴葉は終わりを願いし少女の剣を振るった。
 照彦も其処に続き、重い一撃を放っていく。
「本物の妹、家族やで。報告とかいつでも出来る事より、もうちょい家族の時間大切にしよやぁ。感情があるなら、な」
「たとえ感情がなくても、家族が欲しいっていう思いは嘘じゃないよね!」
 仇兵衛はそう信じ、鮮血の百機夜皇を発動させた。其処に心が宿っていなくても彼女は家族を――妹を欲しがった。無くした片割れを求めるように、きっと。
 そして、律は相手が弱ってきたと察する。
「……千里の外、四方の界」
 鎮魂の呪術を纏った律はひといきに衝撃波を打ち込んだ。冴える程に辺りが鎮まり。鈴に近い清音が残響となる。
 ルシェルは敵を見つめ、終焉と結末が近付いていると感じた。
「ルシェが『終わり』を刻んであげる!」
 彼女が踊れば炎と灰が花弁のように空に舞い、渦を成して敵を燃やし始める。
「楽しめたか? 欲しい物は得られたか? 詳しい事は知らないが、多分……妹の方が随分大人になってるよ」
 巴も其処に続き、あんたにとって家族とは何だ、と問いかける。
「家族っていうのは……」
 だが、エレントは答えられない。もしかすればその答えを探そうとして言い淀んだのだろうか。エトヴィンは想像を巡らせながら、全力の一撃を畳みかけにゆく。
 それは宛ら、終わりを齎す腕。
「エレーネちゃん、最期はその手で」
 エトヴィンからの言葉を受け、エレーネは頷きを返した。そうして、もう一度だけ姉だったモノを瞳に映した少女は儚く笑う。
「私、今でも姉様のこと大好きよ。だけどもう、さよならしないといけないわよね」
 刹那、終焉の一閃が放たれた。
 そして――まるで硝子細工のように脆く、少女の形をした機械は砕け散った。

●姉と向き合う旧式少女
 その日、少女が大好きだった姉は、壊れた。
 ただの機会と成り果てた物に死という概念が当てはまるのかは分からない。されど、心を取り戻せなかった時点で彼女は既に死んでいたのだろう。
 戦いが終わり、エレーネが俯く姿を琴葉と仇兵衛はそっと見守る。たとえ大親友や友人であっても、今だけはただ傍に居ることしか出来なかった。
「姉様……私達、ずっと家族だったのよ」
 少女の呟きを聞き、エトヴィンは踵を返した。煙草に火を点けながらその場から立ち去る彼は、死を悼むのは一人きりでいいのだと思う。
 おそらく、それは誰とも分かち合えないものなのだから。
 エレントはもはや修復することも、以前のような姿に戻すことも出来ないだろう。律は最期まで家族という存在に拘った機械を思い、小さく俯いた。
 新しい家族を求めても、失った家族が戻る訳ではない。同じものはない。
 それでも、一時の夢の様に歪でも求めずにはいられなかったのか。
(「だとすればそれは――妹にとって姉がそうであった様に、姉にもまた妹が強く引き合う。たった一つの……」)
 律は思いを敢えて言葉にせず、二人の絆を思う。
 照彦もまた、少女達に目を向けた。自分の奥で響き続ける耳鳴りのような感覚に首を振った照彦はぽつりと言葉を落とす。
「レプリカントて、割と簡単にあっち側にいけるねん。でもな……」
「大丈夫よ。きっと、大丈夫」
 自分に対しての戒めの言葉でもあったが、照彦はエレーネの心が心配でもあった。だが、ルシェルがあの子は強いはずだと頷く。
 そうして、巴は地面に落ちていたボロボロのぬいぐるみを拾い上げた。
「形見代わりに持っておくか、それとも残さず燃やすか、君の好きにしたら良い」
 どんな形であれ、最後に血を分けた姉に出会えた。それをどう思うかは君次第だと告げ、巴はぬいぐるみをエレーネに手渡す。
 エレーネはそれを受け取り、姉がそうしていたように強く抱きしめた。
「本当はね、姉様に話したかったの。大切な人や素敵な友達ができた事、料理が少し上手くなった事。たくさん、たくさんの事を……」
 ――でも、それはもう叶わないのね。
 独り言のように零した言の葉は冷たい風に乗って消えていった。
 過去も、此処に在る今も、変えられない。けれど全てが無駄になったわけでも、後悔ばかりが募るわけでもなかった。これは最後の最期まで、最愛の姉と向き合った結果であり自分達なりの結末なのだ。
 ゴーグルの下の硝子の瞳で、少女は何を思うのか。
 その想いは、彼女だけが識る感情だ。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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