虎翼

■リプレイ

　澄み切った夜気の中、夜空に輝くのは白い月。
　地上にはっきりと影を残すほどの明るさで降り注ぐ月光は、周囲の雪に反射して世界を白く浮かび上がらせる。
　月の光を反射した運動場は、それ自体が光を放っているかに思えるような輝きを見せていて。
　周囲からは車や電車といった人の生活音が聞こえてくることもなく、まるでここが世間から切り離された別世界にも思えてくる。
「ふふ、月明りに照らされた銀世界とは美しい物です。この侭見惚れていたい気分ですが――」
　そんな幻想的な光景を、藤守・景臣（ウィスタリア・e00069）は目を細めて見つめて……遠くから聞こえてきた咆哮に、残念そうに笑って眼鏡に手をかける。
「――そうはいきませんか」
　そう。この場所は程なくしてデウスエクスとの戦場へと変わる。
　周囲から人の生活音が聞こえて来ないのは、それに備えて避難が行われているからこそ。
　眼鏡を外し、藤色の光を帯びた瞳で景臣は声の聞こえてきた方角を見据える。
「こう短期間に同じ場所へ出向く事になるとはな」
　同じ方角に顔を向けて、二度目となる釧路での戦いに英・虎次郎（魔飼者・e20924）は首を振る。
　釧路湿原で暗躍する死神『テイネコロカムイ』。
　今回の事件もまたこの死神が起こしたものなのだが……。
「一体何を企んでやがるか知らないが、どうも死神共のやる事は気に入らないぜ」
「死神……サルベージ……」
　なぜ釧路湿原にこだわるのか、何を企んでいるのか。
　見えない死神の狙いに虎次郎は小さく舌打ちし、胸中をよぎった嫌な予感にルナール・クー（冷たい夜へ・e10923）は身を震わせ……、
「今は呼び起こされた虎を止めることに専念しよう」
「ええ。何はともあれ、町への被害はないようにしなければ……！」
　ヴェルトゥ・エマイユ（星綴・e21569）の言葉に、ルナールは軽く首を振って意識を切り替える。
　そうしている間にも、咆哮は急速な勢いで近づいてきて――。
「――ゴォオアー！」
　――そして、運動場の壁を突き破って、咆哮の主がケルベロスたちの前に現れる。
　黒い魚影を従えて運動場へと現れたのは、雪を纏ったかのような白い毛並みの虎。
　そして、その背には鷹の如き一対の翼。
「翼ある白虎とは珍しい」
　その姿に香良洲・釧（望蜀・e26639）は感嘆の声を漏らす。
「虎さんに翼が生えるって、とってもわくわくします、ね！」
「ピコピコ」
　アニエス・ジケル（銀青仙花・e01341）がテレビニウムの『ポチ』に話すように、翼を持った虎という存在は古来より多くの人々のイメージを掻き立て、いくつもの絵や詩にその姿を残している。
　――だが、この翼は死神による支配の証。
「死してから得たものが自由にも飛べない羽というのも皮肉なものであるとは思うがね」
「虎に翼とは言いますが、肝心の翼はその本分を果たせずにいるとは……」
「……せいぜい死神たちに利用されてしまう前に、引導を渡すとしようか」
　痛まし気に相手を見つめて、釧は灰白色の翼と蛇のような尾をあらわにし、景臣はそっと首を振る。
「本当に、不愉快だよ」
「今回は特に、他人事とは思えない分余計にな」
　死神への不快さを隠すことなく得物を構えるディクロ・リガルジィ（静寂の魔銃士・e01872）に、虎次郎も頷きを返す。
　同じウェアライダーとして。そして、その中でもさらに同じ虎のウェアライダーとして。
　抱く思いはあれど、死神の手に落ちた相手を助ける手段はなく。自分たちにできることは一つだけ。
　だから、
「――ゴ、ォオアァアアー！」
「先輩と呼んだら良いのか？　まぁ来いよ野良猫先輩」
　武器を担いで手招きする神寅・闇號虎（デッドフール・e09010）に、ウェアライダーは咆哮を返して。

　巻き上がる雪の中、ケルベロスと白虎は爪牙を交わらせる。

●
「熱と氷で溶かしてしまおうか――燃えろ」
「そして、凍れ」
　釧の吐き出す炎の息とディクロの呼び出す氷河期の精霊が、嵐となって戦場を駆け巡り。
　続け、氷炎の嵐が消え去るより早く、走り込んだ闇號虎の振るう大剣が新たな嵐となって死神達を薙ぎ払う。
　巻き起こされる三重の嵐の中に、一瞬、死神達の姿は飲み込まれ――、
「――ハ、流石だな。先輩よ」
「……グゥ、ルゥ」
　しかし、三重の嵐の中から飛び出して、闇號虎の刃を受け止める白虎の毛並みには――一筋の傷跡もついていない。
　直後、
「――ガァッ！」
「ぐっ」
　景臣の張り巡らせた鎖の守りを突き抜けて、突き出される白虎の脚が守りの上から闇號虎を吹き飛ばす。
　変異強化によって高められた技量、そして二匹の死神による援護防御。
　その壁を超えて白虎に刃を届かせるのは、容易なことではない。
　――だが、
「モリオン、頼む」
　飛ばされた闇號虎の回復をボクスドラゴンの『モリオン』に呼びかけると同時に、ヴェルトゥの放つ神速の弾丸が追撃をかけようとする死神の牙を穿ち、退かせ。
「ピコピ！」
「えいっ……！」
　割り込んできたもう一体の死神をポチが凶器を振るって牽制している間に、アニエスの破鎧衝がよろめく死神に追撃をかける。
　高い技量を持つ白虎を中心とした連携を行う死神達だが、白虎に対して死神の実力は高いものではない。
　故に、そこを狙う。
「速やかに、倒れなさい！」
　ダメージの大きい死神をめがけて、ルナールの扇と虎次郎のナイフが閃く。
　――一閃、二閃――。
　二人の手で舞い踊る四つの刃は、舞うように死神の体を切り刻み――、
「……どけよ雑魚共。貴様等に用は無い」
　ひときわ鋭い斬撃が首を断ち、その死神の生に終わりを与える。
「まず一体！」
　死神を切り伏せたルナールが、消滅を確認して小さく息をつき……その場から飛び退った直後、白虎の拳が彼女のいた空間を通り抜ける。
　一体の死神は消滅しても、敵はまだ残っている。
　戦いはまだこれからなのだ。
「こちらは僕たちが引き受けます」
　続けて振るわれる白虎の拳を景臣が霊力を帯びた刃で受け流し、動きが止まった白虎に高々と飛び上がった闇號虎が手にした斧を渾身の力を込めて振り下ろす。
　その刃は白虎の肩を捉えて血をしぶかせるが、直後に振るわれた白虎の拳によってそれ以上深手を負わせる前に離される。
「手を休めるなよ。俺にもっと刺激をよこしな？」
　肩を並べて白虎を牽制する二人を、アニエスの放つ金属の光が包み込んで傷を癒す。
（「翼の生えた虎さん、とっても強そう、なのです……でもでも、アニエスたちもがんばりますよ！　負けませんよ！」）
　白虎の力は高く、時間をかければ押し切られてしまうかもしれないけれど、
「アニエスはヒーラーもディフェンダーもがんばります、よ！」
　怖さはぐっと拳を握って抑え込んで、アニエスは白虎を見据える。
　一人では勝てない相手でも、みんなでなら、きっと大丈夫なのだから。
「そこだ」
　舞い踊る死神の胴体をヴェルトゥが生み出す巨大な咢がとらえ、動きを鈍らせる。
　そこに釧の放つ星座のオーラを追いかけるように、大きく踏み込んだ虎次郎が炎を纏った一撃を撃ち込む。
「――！」
　大きく体を抉られながらも死神は、ルナールの放った気咬弾を身をひねらせて回避して、生命力を奪う牙を開いてヴェルトゥに躍りかかり――その尾を、漆黒の腕が絡めとる。
「……死神相手に言ったところで意味はないし、仕方ないんだろうけどさ」
　それは、ブラックスライムによって肥大化したディクロの猫尾。
　そして、その目に燃えるのは抑えることのない怒り。
「本当に、不愉快だよ。ウェアライダーが、デウスエクスだったのは400年くらいも前の話だ。それをいちいち、こうした形で思い起こされるのは実に不愉快だよ」
　殺意と憎悪の呪言は弾丸となり、手にした銃口から続けざまに撃ち出されて、死神の体を打ち据える。
　怒涛の勢いで撃ち込まれる弾丸に、死神の体は幾度となく跳ねまわり、
「僕らはもう、デウスエクスの駒じゃないんだ」
　最後の言葉と共に撃ち出された銃弾に眉間を貫かれ、その死神は動きを止めるのだった。
（「……なんとか、間に合いましたか」）
　消滅する死神を視界の端に映して景臣は小さく息をつき、自分の体にオーラを巡らせて傷を癒す。
　死神が倒れたことで、白虎を守る壁は無くなった。
　無論、死神の援護抜きでも白虎は決して楽観できる相手ではないが……それでも、ケルベロス全員で挑めるならば勝機はある。
「ここからは本気で行くぞ！」
　得物を握りなおした闇號虎が気を吐き、雪原の上でケルベロスと白虎は再度ぶつかり合う。
「「――はっ！」」
「――ゴ、ォオ！」
　左右から撃ち込まれる虎次郎とルナールの連撃を白虎は両の爪で受け流し、炎を纏った闇號虎の斬撃を飛び退って回避して。
　空中からディクロに放たれる白虎の蹴りを割り込んだ景臣が受け流し、わずかに体勢を崩した隙にディクロの銃弾が撃ち込まれる。
　怒涛の銃撃を受けながらも着地する白虎が着地点を狙ったヴェルトゥのレゾナンスグリードに足を封じられた直後、釧の操るチェーンソーの刃が白虎の背を抉り、白と赤の飛沫を雪原に散らせる。
　雪を巻き上げ、熱気をはらんだ吹雪の中でケルベロスと白虎は戦いを繰り広げる。
「わ、わ。いそぎ、回復します……！」
「ええ、お願いします」
　傷を癒すアニエスに短く礼を言い、景臣は小さく息をつくと自分でも体にオーラを巡らせて捌ききれなかったダメージを癒す。
　白虎の攻撃は苛烈だが、景臣、アニエス、ポチ、闇號虎と、四人がディフェンダーに回ることで攻撃を分散させて耐えることができている。
　一方で、白虎の攻撃によるダメージを回復しきるにはメディックのモリオンだけでは足りず、アニエスや景臣も回復に回ることを幾度となく強いられている。
　無論、白虎も無傷ではなく、いくつもの傷を負い呪縛を受けて、力も早さも、本来のものからは数段劣る動きとなっている。
　確実に刃は白虎の喉元へ近づいている。だが、ケルベロスたちの限界もまた近い。
　押し切られるか、押し切るか。
　天秤をどちらにも揺らがせながら戦闘は続き……。
　幾度目かになる回復を行った直後、距離をとるアニエスに白虎の拳が振るわれる。
　避けるにも誰かがカバーするにも近すぎる距離で、猛威を以て振るわれる拳に――、
「アニエスも格闘術はちょっとかじってます、よ……！」
　アニエスは拳を握り、迫る拳に全力をこめて打ち返す。
　威力の大半を相殺したとはいえ、抑えきれなかった衝撃にアニエスの小さい体は宙を舞い……同時に、白虎もまた打ち返された衝撃に動きを封じられる。
　一瞬、だが、大きな瞬間。
「ご覧あそばせ」
　ルナールの声が響くと同時に、白虎の視界を無数の鴉が覆い隠す。
　それは、彼女の影に潜む怨念の集合体『花海棠』が作り出す、闇鴉の群れ。
　振り払われようとも消えることなく、幾度でも追いすがり喰らいつくその群れに、一瞬、白虎の意識が奪われて――、
「少し、じっとしていてもらおうか」
　直後、ヴェルトゥの生み出した鎖が白虎の足元から忍び寄るように這いより、絡みつく。
　一つ、二つ――絡みつく鎖からは無数の桔梗が咲き誇り、そして星屑のように散り、宙に掻き消えてゆく。
　舞い散り、消えゆく花の中、鎖に縛られて身動きを封じられた白虎に、ディクロの呼び出すドラゴンの幻影が炎を纏って襲い掛かり。
「刃の錆へと変えてくれよう」
　続けて踏み込んだ釧が手にしたチェーンソー剣を縦横に振るい、白虎を包む炎を巻き上げ、倍加させる。
「――！」
　炎に包まれ、満身創痍となりながらも、白虎の目からは戦意が消えることなくケルベロスたちに向けられる。
　その姿に、虎次郎の脳裏によぎるのは、かつての――狂月病に冒された、自身の姿。
（「……嫌になっちまうぜ」）
　そう、喉の奥から絞り出すように呟くも、見据える眼光も牙も鈍る事はない。
　鈍らせることはできない。
　白虎の燃え盛る眼光を正面から見つめて、闇號虎は静かに問う。
「地獄の炎に包まれ、あの世にも、この世にも留まれない哀れな魂に聞く」
「グ、ゥ……」
「今、笑えるか？」
「――――」
　その問いに、白虎はしばし沈黙して――、
「――グォ、ォオオオーー！」
「――そうか」
「――安心しな、アンタの名誉は守ってやるよ」
　空を仰いで高らかに咆哮をあげる白虎に、闇號虎と虎次郎は、ふっと笑みを浮かべて武器を構える。
「花よ我に華を、鳥よ我に獣の力を、風よ我に流れを、月よ我に光を……今宵、虎が貴様を喰らおうぞ」
「――――嗷ッ！！」
「――ゴ、オォ、アァアアーー！」
　剣、斧、拳、脚、あらゆる武器でただ振り下ろし、蹴りかかり、殴りかかり、斬りかかり、止まることなく猛攻を仕掛ける闇號虎。
　地に轟く猛々しい咆哮と共に相手に飛び掛かり、牙の如く鋭い鉄拳の一撃を打ち込む虎次郎。
　そして――高らかに、晴れやかに、ここまでの戦いの中で見せることが無かった、曇りのない咆哮をあげて拳を振るう白虎。
　一時、雪原に獣たちの咆哮が響き渡り――。

「――さぞやお疲れでしょう。さあ、再びお眠りなさい」
　膝をついた白虎に、景臣が静かに歩み寄る。
　既に四肢は折れ、胸を撃ち抜かれた白虎には立ち上がる力はすでにない。
　そして――、
「今度こそ良い夢を見られます様に」
　銀光が閃いて、呼び覚まされた白虎に再度の眠りを与えた。

●
「ポチくん、おつかれさまです」
　静けさの戻った戦場で、アニエスは優しくポチを撫でて疲れをねぎらう。
　戦闘時の熱から冷めた釧の見つめる先には白虎の体はすでになく、先刻までの戦いを語るのは地面に残された傷跡のみ。
　月光が照らす白雪を見つめて、景臣はそっと風の音に耳を傾ける。
　ふいに、一陣の風が吹き抜けて高い音色を奏でるも……獣の咆哮は、もう聞こえない。
「虎に翼、か。確かにその姿も能力も文字通りだったが……こんな形で力を得て、この白い虎はどの様な気持ちでいたのだろうな」
　亡骸のあった場所を見つめるヴェルトゥの呟きにも、返る答えはない。
（「本当に、死神の能力はやるせない気持ちにさせられる」）
「あいつの咆哮はもう届かないだろう。でも、アイツがいたと言う思い出は俺達に残るのだろう」
「眠れ名も知らぬ同胞よ――今度こそゆっくり、な」
　風の中、亡骸を残すこともなく消えていった白虎に、闇號虎と虎次郎は静かに黙祷を捧げる。
　名も知らない同氏の眠りが、これ以上妨げられることの無いように。
　彼らと並んで、ディクロもまた白虎へ祈りを捧げ、
「その為にも、この騒ぎの元凶を見つけ出して仕留めなきゃ……」
「……ええ」
　夜闇の向こう、釧路湿原を見つめて拳を握るディクロに、ルナールも扇子を握って頷きを返す。
　彼女の脳裏によぎるのは、掘り起こされた跡の残る墓。
「……なんだか、嫌な予感がしますの」

作者：椎名遥	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年2月12日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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