時計の紳士は嘲笑う

作者:そらばる

●崩壊の時計塔
 リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン……。
 深みのある音色で、正午を告げる鐘が鳴る。
 観光スポットとなっている公園の中央に、その時計塔はあった。
 レトロで瀟洒な外観、都会のビル群からも垣間見える背丈、内部に入れば大きな歯車が複雑に動く様を間近に見る事も可能。街のランドマークともいえるその時計塔の周囲に、人々の姿は絶えない。
 いつものようにたくさんの見学者達を体内に招き入れる時計塔のたもとに、男が一人、ぶらりと現れた。
 ハットにステッキ、黒い靴、服、マント。英国紳士然とした装いの、背の高い色黒の男に見えた。服の要所要所に覗ける、時計の文字盤などの装飾はいささかトリッキーな雰囲気ではあったが、すれ違う人々は、奇矯なコスプレ程度に思って、あっさり見過ごしてしまった。
 その男が、人ならざる存在であるという事を。
「……ちく……たく……ちく……たく……」
 何気ない足取りで時計塔の入り口をくぐった男は、壁際に歩み寄り、左手で無造作にステッキを振るった。
 ドゴォッ……。
 重々しい轟音と共に、外壁に大穴が空いた。塔を支える柱の一本を巻き込んで。
 衝撃が、時計塔を震撼させた。人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。
「……ちく……たく……ちく……たく……」
 凶行に及んだ男は、懐中時計を取り出して見せびらかすように蓋を開けると、時計塔一階の壁際を沿うようにのんびりと歩きながら、気まぐれに壁を破壊していく。
 その口元は、人々を嘲笑うかのように歪んでいた。

●クビアラ軍団『ケイオス・クロック』
 クリスマスに現れたゴッドサンタは語った。
 『少なくとも『6基』の指揮官型ダモクレスが、マキナクロスより送り込まれてくる』と。
「指揮官型ダモクレスの地球侵略が、いよいよ開始されたものと思われます」
 戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は伏し目がちな瞳に神妙な光を宿して、ケルベロス達を迎え入れた。
「指揮官型の一体の名を、『踏破王クビアラ』。敵の戦闘データを得る事によって、自身と配下を大幅に強化するダモクレスにございます」
 クビアラは配下をケルベロスにぶつける事で、ケルベロスの戦闘データの取得を目論んでいる。
 送り込まれた配下は、より正確なデータを得る為、ケルベロスの全力を引き出そうとする。
 その為ならば、一般人を惨たらしく殺し回り、あるいは人質を取るなどの行為も平然と実行してくるのだという。
「敵の目的は、ケルベロスの力を暴く事……しかし、決して見過ごせる所業ではございませぬ」
 今回現れたクビアラの配下は、ケイオス・クロックという名のダモクレスだ。
 ケイオス・クロックは巨大な時計塔の一階を占拠。根元から塔を破壊していく事で、塔内を見学中だった一般人を、実質的に人質にとってしまった。
 時計塔が倒壊するか、ケルベロスが駆けつけるまで、ケイオス・クロックは破壊をやめないだろう。
 状況を打破する事ができるのは、ケルベロスしかいないのだ。

 敵はケイオス・クロック1体。配下などはいない。
 『ステッキを巧みに操る攻撃』『時計の針の音を何重にも響かせて相手を幻惑する』『服についた文字盤を逆回しにして回復する』といったグラビティを用いる。
 そこそこ強力ではあるが、凄まじく突出した強敵というほどではない。あくまで、データ収集を目的とした強度と考えておけばいいだろう。
「ケイオス・クロックは塔一階を占拠し、壁の破壊を続けております。皆様が駆けつける頃合いには、全体の五分の一程度が破壊された状態でございましょう」
 塔の構造上、まだ倒壊するほどではない。が、それ以上は、壊しどころによってはかなり危うくなってくるだろう。
 そして、時計塔の上層には、百人前後の一般人が取り残されている。時計塔が倒壊すればどれだけの大惨事になるかは、想像に難くない。
「ケイオス・クロックの目的は、あくまでケルベロスと対峙し、その全力を引き出す事。皆様がそれに見合わぬ行動を取っていると悟れば、敵は破壊活動を優先する事でしょう」
 ケルベロス達が時計塔前に到着すれば、ケイオス・クロックは自ら時計塔の外へと出て、ケルベロスとの戦闘に集中する。
 しかし、ケルベロス達が一般人の避難に手数を割いたり、データを取られないように手を抜くなどして、戦闘に全力を尽くさない場合は、外側から塔の破壊を続行して、危機感や戦意を煽ってくるかもしれない。かなり危機的な状況である事を、肝に銘じて行動すべきだろう。
「なんとも不気味な敵でございます……我々の急所を見抜き、それを的確に実行してくる……」
 鬼灯は呟き、しかし憂いを払うように瞳を上げた。
「たとえ敵の策略であろうと、予期されうる惨劇は、未然に防がれなければなりませぬ。一つずつ事件を阻止していく事で、敵を追い詰める攻略の糸口も、必ずや見えて参りましょう」


参加者
鈴ヶ森・真言(心象監獄の司書・e00588)
喜多・きらら(単純きらきら物理姫・e03533)
時浦・零冶(幻鬼刀雷・e03656)
荒耶・四季(進化する阿頼耶識・e11847)
ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)
レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)
岩櫃・風太郎(閃光螺旋の双銃猿忍・e29164)
風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)

■リプレイ

●現る怪人
 そびえ立つ時計塔の袂に、穿たれた大穴と、崩れ落ちた瓦礫。
 まだ倒壊するほどではないとはいえ、複数の大穴がまちまちに口を開けているその様は、遠目に見てもひどい有様だ。
 急ぎ足を運びながら、次第に明瞭になってくる時計塔の現状を見取り、ケルベロス達は眉をひそめた。
「時計塔の紳士か……ふざけた奴だけど、侮れなさそうだね。だけど、俺達だって負けちゃいられない」
 レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)は呟き、気合を入れる。時計塔には多くの人々が閉じ込められたまま、ケルベロスの助けを待っているのだ。
「人質を取るなんて……。そんな事しなくても全力で潰してあげるのに!」
 息荒く、憤然と力のこもる風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)。ふくよかな体躯は、しかし人命がかかった今この時、思いがけない俊敏さで塔へとひた走る。
「データなんざ取って考えたとこで、考えた予測を上回れば良いまでだが、それ以前に我々が考える余地など与えはしねぇよ」
 喜多・きらら(単純きらきら物理姫・e03533)は決意を滲ませると、ふと、前方へと視線をやった。
「真言さんの決着のためにも……全力で行こうぜ」
 皆が、その視線を辿る。
 わずかに先をゆく鈴ヶ森・真言(心象監獄の司書・e00588)は、無言だった。今時計塔を占拠しているデウスエクスは、因縁の敵。はやるように急ぐ背中に、気迫が宿って見える。
 ほどもなくして、ケルベロス達は時計塔を見上げる近さにまで接近した。
「さて、どんな時間になるかな……」
 時浦・零冶(幻鬼刀雷・e03656)は適度な距離で足を止めると、懐中時計を一瞥した後、コートのポケットの中にねじ込んだ。
「大惨事になんてさせないためにも、やることヤらなくちゃ、ネ」
 ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)も敵の出現を待ち構えながら、ちらりと時計塔の上層階に視線をやった。目に見える範囲には一般人の姿はないが、あの塔内に人質がいる事は、肝に銘じておかねばならない。
「状況が許せば、不意打ちも考えるのだがな……」
 眉間にしわを刻む荒耶・四季(進化する阿頼耶識・e11847)。綺麗に舗装され視界の開けた広場で、身を隠す算段もなく隠密気流を使ったとして、気づかれる可能性は低くない。そもそも相手はケルベロスの到着を見越して行動しているのだから、奇襲の有効性は期待できないだろう。
「人質がいる以上、事は慎重に運ばねば……鈴ヶ森殿、無茶は禁物でござるよ!」
 同じく奇襲案を頭から拭いつつ、岩櫃・風太郎(閃光螺旋の双銃猿忍・e29164)が呼びかければ、「わかってるよ!」と荒っぽい返事が突っ返される。
 ちょうどその時、ケルベロス達が注視する時計塔の入り口に、独特なシルエットが浮かび上がった。
 白日の下に姿を現したのは、英国紳士風の、黒づくめの男。
 クビアラ軍団配下、ケイオス・クロックは、居並ぶケルベロス達を見やると、嘲笑うような口許をいっそう吊り上げた。

●異能蒐集家
 人質を取り、ケルベロスの力を量らんとする、忌まわしき敵。
 しかしその姿を目の当たりにしても、ケルベロス達は飛び出したい衝動をぐっとこらえ、敵が、塔から離れられる限界距離まで歩み寄ってくるのを待った。
 すぐにでも仕掛けたい。が、敵が『塔に危害が及ばない立ち回り』ができる態勢を整えるまでは、下手な動きは控えるべきだった。奇襲が現実的でない今、性急に戦端を開いても、状況がケルベロスの有利に運ぶことはないだろう。
 敵にデータを渡さない為に重要なのは、『出会い頭に速攻で倒す』ことではない。『戦闘開始から撃退までの時間をいかに短く済ますか』なのだ。
 それを知ってか知らずか、ケイオス・クロックの足取りは人を食ったようにのんびりとしたものだった。杖をつく独特のリズムを刻みながら、口許を小さく動かしている。
 相対するに適した距離にようよう達しようという頃合い。焦れつつも食い入るように敵の動向を睨み据えていたケルベロス達の耳に、かすかな呟きが届く。
「……ちく……たく……ちく……たく……」
「――――!」
 その瞬間、真言の小柄な体が弾丸の如く飛び出した。そこが自制の限界だった。
 真言が瞬く間に距離を詰める間に、ケイオス・クロックの足が止まる。
「……ちく……たく……小生の為にその異能、ミセロ」
 不気味に呟くケイオス・クロックの顔面を、流星輝く飛び蹴りが打ち据えた。
 十分に整った舞台で、火蓋は切って落とされた。矢継ぎ早にケルベロス達の攻撃が殺到していく。
「素敵な紳士さん、アタシたちとデートして頂戴な。アタシたちに逢いたかったんでしょう?」
 気咬弾で、強力な火力を確実に命中させるムジカ。
「時計塔の見物客を人質にとるなんて卑劣な真似をする。人質は無事返してもらうぞ」
 少年から、アウトローへ。レスターのフロストレーザーは類まれな精度で照射される。
「やられる覚悟は出来てるんだろうな……? 『大いなる火龍よ、煉獄の炎により敵を焼き尽くせ』」
 冷え冷えと呟き、四季はドラゴニックミラージュを解き放つ。
「短期決着、単純明快……望む所だ。今の瞬間に全速全力で賭けようじゃねぇか! なあ、熾輝!」
 スピード重視は嫌いじゃないと、きららの声は弾んでいる。相棒のオウガメタルが呼びかけに応えて光輝く粒子を放出し、前衛の超感覚を覚醒させた。
(「とにかく、いち早く倒さなきゃ! データーなんて、取る暇、与えたくないもん」)
 錆次郎がクイックドロウで牽制。風太郎も同じく、少しでも手数を攻撃に割く為に、敵火力を削っていく。
 盾役の零冶も、憂いなく刀を振り抜きながら、挑発するように吐き捨てる。
「この時間、存分に楽しもうぜ」
 しかしその斬撃は、手元に感触を残さなかった。
「……ちく……たく……ちく……たく……」
 ひらりと回避したケイオス・クロックは、くつくつと喉を笑わせる。
「……時計持ちのダモクレス、お前の欲しがってる『心象監獄』持ちのお出ましだぞ?」
 眼差しを怒りに燃やし、真言の声音が低く地を這った。
「はて」
 被弾箇所の文字盤飾りの針を指で順々に逆回しにして、損傷をなかったことにしていきながら、ケイオス・クロックはわざとらしく首を傾げてみせる。
「見知った顔とも思えヌが……そも、小生の追い求める異能とは、『この程度』でアッタカ?」
 あからさまな、侮蔑と、挑発。
 ケルベロス達の闘志の炎にさらなる油を注ぎながら、時計の紳士は嗤った。

●苦戦
 ムジカの如意直突きが、レスターのブレイズクラッシュが次々に叩き込まれる。風太郎は遠巻きにフロストレーザーを、四季はケイオスランサーを撃ち込む。きららは鏡現夢双極でトラウマを量産、零治はサイコフォースを炸裂させる。我を忘れて禁縄禁縛呪で締め上げる真言。錆次郎もグラインドファイアで果敢に攻め込む。
「……全力……全力……全力? ……全力……これガ?」
 打ち込まれる攻撃を正面から受け止め、あるいはいなし、その一つ一つの威力と戦術性を確かめながら、ケイオス・クロックは釈然としないように呟く。
 そうして、ケルベロス達の攻撃が一巡りしたと判断した瞬間、悪意に満ちた笑みに顔を歪めた。
「……アァ。『この程度』で全力、なのだろうナァ」
 次の瞬間、出し抜けに振られたステッキが、ケイオス・クロックの手を離れ宙を飛び、きまぐれな軌道を描いて後衛へと直進した。
「――そっちに手を出す時間なんてやるかよ」
 明らかにムジカを狙うステッキを、軌道の半ばで、零冶の刀が威力を受け流しながら弾いた。阻まれたステッキは、嘲るような動きで宙を翻り、紳士の手元へ戻っていく。
「人命第一! 皆さん、安心して戦ってください!」
 すぐさま錆次郎がジョブレスオーラを飛ばして傷を癒す。その間にも、仲間達は休む間も与えまいと攻めたてていく。
 『可能な限り短時間での撃破を目指す』。皆の方針は一致していた。
 が、ケルベロス達の攻撃は、ケルベロス達が期待していた効力を、少しずつ下回っているように思われた。
 手応えはある、敵が想定以上に強いという事もない、負ける気はしない。
 けれど敵も、回避できる攻撃はしっかり避けてくる。せっかく付与した状態異常も、回復で半数近く払拭されてしまう。
 瞬く間に数巡を消費し、確実に長期戦の様相を呈してきた事を、皆が痛感していた。
 ケルベロス達はもちろん手を抜いているわけではない。フェイクなど挟んでいる余裕はない。全力でかからなければ、短時間での撃破など望めるはずもない。
 敵もそれを見抜いている。だからこそ時計塔への攻撃は決行してこない。その上で、思うように事を運べずにいるケルベロス達を、嘲笑う。
「ヒッヒッヒッヒ」
 笑い声にとうとう卑しい響きを混ぜながら、ケイオス・クロックは腕を大仰に払うように、コートをばさりと広げた。
 服のあちこちに取りつけられた文字盤の針が、一斉にでたらめな時を刻み始めた。コチコチ、チッチッチッチ、チクタクチクタク。数多の秒針が重ねる無限重唱が、後衛を襲う。
「くっ……挑発してる場合じゃないわネ……」
 頭を振って眩暈を誤魔化しながら、からかってやる余裕もないと、言葉少なに攻撃に没頭するムジカ。
(「無様だな、フータロー」)
 風太郎の脳裏に、不意に、嘲笑う声が響いた。
(「双銃に螺旋を篭めよ。さすれば新たな螺旋が生まれん!」)
 突如、風太郎の携える二挺の銃が輝き始めた。
 ……敵は遠距離攻撃しかしてこない。接近戦を不得手とする身には望む所ではあったが、状況を打破する力を求め、風太郎は輝く二挺を手に駆け出した。
「これが成長した拙者の、新たな螺旋でござる!」
 素早く敵の懐に潜り込み――貫く!
「……ホウ」
 全身を揺さぶる激しい衝撃に、ケイオス・クロックは少し感心したような声を上げた。

●解放と余韻
 ケルベロス達は諦めずに攻撃を重ねていく。もはや己の全力を尽くすのみ。
「一気に畳むぜ!」
 我流の喧嘩殺法で磨いた身のこなしで、スピードに乗ってアイスエイジインパクトを叩き込むきらら。
「『生は死、死は生。相克する螺旋に飲まれるがいい―――黒き触手の招来……!』」
 魔導書を繰る四季の詠唱に合わせ、おぞましき触手が招来し、敵に襲い掛かる。
「時計の針は巻き戻せない……死人は還らないんだ」
 ぽつりと零しながら、ライフルの照準を合わせるレスター。悲痛な因縁を抱える仲間の為にも、今尽くせる最善を。
「でも……俺達は今を生きている。未来はいくらでも良い方向に変えていける」
「フム」
 グラビティを昂ぶらせる銃口が己に向けられているのを見て取り、ケイオス・クロックは、文字盤の針を逆回しにしてもみすぼらしいままの、自身の有様を見下ろした。
「ちく……たく。小生の命運もここまででアルカ。……しかし」
 レスターの銃口が、ついに呪われた弾丸を吐き出した。
「その為に、キミの時計を撃ち砕く!」
 最後の聖餐が敵を食い破り、群舞する蝶を敵に幻視させた。
「調査というなら、貴方は成功したし失敗したのかも」
 ムジカは敵へと肉薄しながら口元を笑わせる。
「皆を傷つけようとしたのは失敗ネ。アタシたちは守るものがあるほどに強くなるのだから。能力でなく想いなの」
 鮮麗一蹴。花綻び咲き、鳥狙い穿つが如く、強烈な火力が、的確に敵の芯に打ち込まれる。
「データは一つの指標になるだろうが、戦闘において絶対というものは無い。まぁ今の俺たちのデータを得たところで、未来の俺たちはそれを上回るけどな」
 零冶は刀を構え、呼吸を殺すと、多面からの連撃を集中的に浴びせる。
「もう、しつこい! 早く倒れてよ!」
 錆次郎も素早い動きでグラインドファイアを浴びせる。
「裁きの時だ……! 『終末の時、無限のエネルギーを使い、汝よ閉塞世界を滅ぼせ。―――愚者の光輪……!』」
 四季の詠じる未来語が、禍々しい光輪を生み出した。第三宇宙速度にて放出された光輪は、着弾と同時に大爆発を巻き起こす。
 ……左手に見えるは光の屈折が創る歪んだ幻想、右手に見えるは闇の深淵が模る眠っていた恐怖。きららは敵を悪夢へと誘う。
「光と闇が両方そなわり最強に見える……つまり汝が見てるそれだよそれ」
 開幕から付与し、しつこくまとわりつかせ、消されても消されても追加してきた『トラウマ』。
 どんな幻を見ているか知らないが、ケイオス・クロックの嘲笑に、ずいぶんとこの状態異常に手を焼かされたとばかりの、苦々しいものが初めて見え隠れした。
「貴様の敗因は『人類の成長の可能性』! 拙者達はこの瞬間にも成長し、データの上をゆく! ゆえに今回の戦闘データの信憑性は端から存在せぬわ!」
 大見得を切り、攻撃を叩き込み、風太郎は鋭く叫ぶ。
「鈴ヶ森殿、今が好機ッ!」
「――ああ」
 存外に冷静な声は、ケイオス・クロックの背後から返った。
「とりあえず……ぶっ壊れとけや」
 監獄白書・魔刃死狂。一族より代々受け継がれてきた封印が解き放たれる。
 背中から恐怖を再現する魔刃に貫かれたケイオス・クロックは低くうめき……しかし、最後の力で首を回して真言を振り返り、にやりと嗤った。
「充溢たる異能の情報提供、ゴクロウ」
 ちく、たく、ちく、たく。断末魔の絶叫代わりに皮肉げな呟きを残して、時計の紳士は全機能を停止させた。

 残骸となったケイオス・クロックは、ほどなく灰の如く崩れ果て、瞬く間にパーツ一つ残さず消えうせてしまった。
「結局、有用な情報はなし、か」
 零冶が呟いた。戦闘中、敵がデータを送信しているようなそぶりは、肉眼では見とれなかった。
「そんなことより人命救助ですよ!!」
 言うが早いか鉄砲玉のように時計台へと飛び出す錆次郎。
「だな。終わってみればいつも通りの戦果ってやつだ。ややこしい話はあとあと」
 きららは三色の階調を描く髪を軽く払うと、胸を張って後に続く。
「被害状況の確認をせねば。今日のヒールは大掛かりになりそうだ」
 四季も思考を切り替え、他の皆とともに時計塔へ急いだ。
 避難経路を重点的に修復し、人質達と接触後、錆次郎を中心とした八面六臂の救助活動が開始された。
 幸い、大きな怪我や深刻な病気を訴える者はなく、死者は出ていない事が確認された。皆、ケルベロス達が落ち着かせるように声をかけていくと、心底安堵した様子で救助に協力してくれた。
 順調な救助活動が進むさなか、しかし真言の耳目には、未だ戦いの余韻が焼き付いて離れなかった。
 ちく、たく、という呟き。ゴクロウ。そう嘲笑う、歪んだ笑みが。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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