命焼き尽くす緑の炎

作者:廉内球

 人口五十人程度の小さな農村は夜闇に包まれ、おやすみなさいという挨拶と共に、人々が家の中に消えていく。やがて家々の明かりは消え、一日の仕事を終えた村人は眠りについた。
 前兆は、ほんの小さな地震だった。村に迫りくる巨大なダモクレスの四脚が歩くたびに、大質量が大地を叩く。寝静まった人々はそれに気づくことはなかった。逃げられた者は、いなかった。
『目標、発見。殲滅シマス』
 ダモクレスの機体先端に配置された女性像から機械音声が流れた直後、轟音が山の木々を揺らし、村に四つの光が尾を引いて落ちた。巨大な砲門が、四つ同時に火を噴いたのだ。
 家々は木っ端みじんに吹き飛んだ。さらにダモクレスの上部二か所に配置された三連装ビーム砲から光線、さらにミサイルポッドから小型ミサイルが雨のように発射される。熱と光と炎が、命という命を焼き尽くし、人の営みを洗い流していった。
『目標、全滅。グラビティ・チェインノ回収ヲ確認。作戦終了。索敵モード二移行シマス』
 巨大な四脚のダモクレス・緑炎は、燃え上る農村を背に、次の標的を探して歩きだす。
 生存者なし。こうして、村が一つ、地図から消えた。
 
 ヘリポートでケルベロス達を出迎えるアレス・ランディス(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0088)の表情は暗い。
「指揮官型ダモクレスが動き出した。うち、ディザスター・キングが指揮する軍団の一機の動向が分かったが……すまない、すでに被害が出てしまっている」
 夜間に村が一つ襲われ、住民は全滅。襲撃を行ったダモクレスの名は緑炎。グラビティ・チェイン略奪を目的とし、山の間を歩き回り、人里を探しているという。
「相手は巨大だ、上部の砲台まで含めて、全高は十二メートルと言ったところか」
 縦横は八メートル前後。さらに側面から数枚の飛行甲板が伸びているため、スペックよりも巨大に見える。
「ディザスター・キング配下の襲撃阻止は難しい。現に、緑炎は最初の襲撃を成功させてしまっている」
 今は、次の襲撃地点へと移動中だという。移動経路は予測されている。そしてそこに、好機があるというのが、アレスの見立てだ。
「緑炎の移動ルート上に、放棄されたビル街がある。このまま進ませればビルに飛行甲板がひっかかり、移動速度が落ちるはずだ」
 そしてその時が、攻撃を行うチャンスだ。通常の速度で移動する相手を追いながら攻撃するより、はるかに戦いやすい。このチャンスを逃すわけにはいかない。逃せば、さらなる被害を生むことになるのは確実だ。
「巨大とはいえ相手は一体だ。どこでもいい、グラビティを叩き込めばダメージは通る」
 弱点となるような部位はないが、どこを叩いてもダメージ量はそう変わらない。足元を狙っても、上部の砲塔を狙っても、戦闘に要する時間はさして変わらないだろう。
 また、あくまで緑炎の目的はグラビティ・チェインの略奪にある。ケルベロスに迎撃されれば、まずは離脱を図る。
「逃げられんよう立ち回りを工夫してくれ。緑炎よりも周辺のビルの方が高い。屋上に上がれば上は取れるだろうが……やり方はお前たちに任せる」
 戦闘を回避できないと悟れば、緑炎は移動をやめ、戦闘に全力を傾けてくる。
「敵の兵装は二連装砲が二つ、それと三連装ビーム砲にナパームミサイルだ」
 二連装砲は主砲とあって衝撃が大きく、ケルベロスと言えども動きを止められてしまう場面もあるだろう。ミサイルポッドに装填されたナパームミサイルは、グラビティの炎でケルベロス達を苦しめる。
「ここで止めねば、被害はさらに拡大する。手ごわい相手だ、油断はするなよ」
 それまで硬い面持ちのままだったアレスは、情報を伝え終え、初めて表情を崩した。
「お前たちならできる。信じている」


参加者
クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)
新城・恭平(黒曜の魔術師・e00664)
ラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956)
灰野・余白(空白・e02087)
ノイア・ストアード(ブレイズドライブ・e04933)
ケイト・スター(ヘルダイバー・e26698)
イ・ド(リヴォルター・e33381)
マーリン・ジェローム(現在進行形魔女・e34742)

■リプレイ

●待ち受けるは地獄の番犬
 遠目に見れば、それは小高い丘のようだった。緑色の装甲に包まれたダモクレス・緑炎。ゆっくりと、だが確実に、ケルベロス達の待つ市街地跡へと近づいてくる。
 屋上と地上の二手に分かれたケルベロス達は、緑炎の接近に備え、物陰に隠れていた。
「……気に入らん」
 低く囁いたのは灰野・余白(空白・e02087)だ。普段の口調とは異なるそれに、ケイト・スター(ヘルダイバー・e26698)がちらりと視線を送った。
「どうかした?」
「いえ、なんでも。それにしてもあれ、解体のし甲斐がありそうやなあ」
 すぐさま訛りのある口調に戻った余白に小さな引っ掛かりを覚えながら、ケイトも地響きの発生源を見る。市街地へはあと数分で到達、ビルの横を通るはずだった。
「WOW!! 機械仕掛けのATLUSネ! JAPANは面白い所ですヨ!」
 マーリン・ジェローム(現在進行形魔女・e34742)は巨神の名を挙げ、一人大興奮。一方ノイア・ストアード(ブレイズドライブ・e04933)は苦々しい表情で眉根を寄せた。
「……あんなもの」
 面白くもなんともない、と吐き捨て、緑炎を睨む。ここに至るまでに村一つを灰燼に帰したダモクレスを、憎まずにはいられなかった。
 そんな仲間たちの様子を見ながら、イ・ド(リヴォルター・e33381)は地上に残った面々を気にかけ、人気のないひび割れた道路に視線を落とす。そこには、先んじて市街地の様子を見に行ったケルベロスの姿があった。
 ボロボロの柱を見て、新城・恭平(黒曜の魔術師・e00664)は考える。この建物の一階部分を破壊するために、どれだけの時間がかかるだろうかと。
「爆薬が手に入ればよかったんだけどね」
 風雨にさらされ脆くなっているとはいえ、コンクリートを破壊するような威力の爆弾は、ケルベロスといえどそうそう手に入るものではない。となればグラビティで破壊するほかないが、戦闘中にその猶予があるかは未知数だ。
「無いものは仕方がありません。先に少し傷つけておけば、戦いの余波で倒壊してくれるかもしれませんね」
 クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)は地獄の炎をガントレットに纏わせ、手近なビルの柱を殴りつける。事前にビルを崩すことにより進路変更される可能性を考慮すると、派手な破壊もためらわれた。
 やがて巨大なダモクレスの足音も聞こえてきた頃、地上の二人に通信が入る。ラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956)からだった。
「敵が近づいてきました。そろそろ屋上へ」
 ケルベロス達の取る作戦は、ビルの上からの奇襲。恭平とクロハは手を止め、手近なビルの階段を駆け上ってく。

●移動要塞、来る
 緑の巨体が市街地に差し掛かる。廃ビル群にかまわず、一歩ずつ歩を進める緑炎。だがダモクレスは、その大きさについて一つ見誤った。左右に張り出した簡易滑走路ともいうべき飛行甲板が、ビルに引っかかったのだ。
「今です」
 ビルの屋上からノイアは飛び降りた。落ちながら緑炎の前足に強烈な蹴りを放ち、機動力を削ぐ。鉄板から返るは確かな手ごたえ。着地と同時に、腰に下げた大量のUSBメモリがジャラと鳴る。後を追って降ってくるミミック・アランは、箱の中で生成したエクトプラズムの武器をばらまき追撃を仕掛けた。
『ケルベロスヲ発見。離脱ヲ開始シマス』
「させないよ!」
 ケイトが短く発すると同時に、砲撃形態へと移行したドラゴニックハンマーが前足の関節部を撃った。命中を確認し、今度は日本刀を抜きはらう。投げ捨てた鞘はそのまま屋上に残され、緑炎の後方に白刃の光が落ちた。
『後方ニ、敵戦力ヲ確認。突破シマス』
「させません。……今度もまた良い戦いとなれば良いのですが」
 クロハの指先から地獄の炎がほとばしり、脚部を焼いていく。間近で見る巨体は倒し甲斐がありそうで、冷静沈着な面持ちに余裕の笑みがかすかに浮かんだ。
「《反抗》、開始」
 イ・ドはチェーンソーを唸らせ、ダモクレスの足に斬りかかった。火花が滝のように落ち、脚部の機構をねじ切っていく。振り抜きざま、赤熱する傷から周辺へと視線を巡らせる。敵の進路を阻むための瓦礫を探すために。
「さて、どれが効くかな……」
 ラインハルトの細められた目が緑炎を余さず観察し、最も効果的な攻撃方法を見抜かんとしている。だが『効果的』にはさまざまな種類がある。破壊力、当てやすさ、戦闘の流れ、そして自身の能力傾向。多くの場合、そのすべてにおいて最高となる技はなく、どこかを切り捨てねばならないが。
「まずは……You're mine!」
 ラインハルトの周辺に魔力が渦を巻き、鮮血から作られた剣が実体化する。鋭利な深紅の刃はダモクレスの前足部装甲に向かって一斉に飛び、突き立っていく。
『前方ニ、敵ノ増援後方ニ、敵ノ増援ヲ確前方、脚部ニ損傷、バランサー修正』
 次々と現れるケルベロス達に、緑炎のアナウンスが追いつかなくなる。
「流石にまだ壊れんか、デカいだけあって結構面倒じゃな」
 煙草をくわえたまま、余白もまたスターゲイザーを見舞う。狙いは前足の一本。集中的に攻撃を受けた装甲はひしゃげているが、隙間から覗く内部の機構はまだ生きているようで、余白は表情を曇らせた。
 しかし、敵にもケルベロス達の意図は伝わったらしい。緑炎が足を止め、同時にその身を構成する機構を唸らせる。
『警告、警告、ケルベロスノ襲撃。撤退困難。迎撃モード、起動』
 機械音声の終了と同時に、緑炎の機体から幾筋もの白煙が伸びた。その先端には、ミサイルが。緑炎の周辺に立て続けに着弾した弾頭から燃料がまき散らされ、たちまち辺りが火の海に包まれた。その衝撃にケルベロス達はもとより、建物も少なからぬ被害を受けた。
「いけない……障りを退ける壁と為せ!」
 恭平はとっさに判断を下した。緑炎の周辺にいたケルベロス達を雷の壁で炎から守る。同時に、建物は焼けるに任せてコンクリートを脆くする。放棄された都市だ、誰も困りはしない。
 雷電の盾の中で、マーリンは考えていた。取り巻く熱は苦しいが、展開された防壁のおかげか、幾分楽になった気がする。
「Hmm……何度もやったら当たらなそうネ。まあいいデス」
 当初彼女は黒魔術の連発で足を破壊しようとしていた。しかし同じ傾向の技の連続使用は、敵に動きを読まれてしまう。それでも回避不能となりそうな格下相手か、スナイパーとして参戦していれば、あるいは有効な戦術ではあったかもしれないが。
「とにかく攻撃するネ。HEY! ここは大型車は進入禁止・NoEntryデス!」
 黒魔術(空式)【GAILSLAST】(ブラックマジック・エア・ゲイルスラスト)。携帯端末に魔法陣を展開したマーリンは、風を操り刃を作る。鎌鼬と呼ばれる現象を実現させる魔術の刃は、熱風をも切り裂いて緑の装甲に傷をつけた。
 パチパチと、炎が爆ぜている。その中にあって緑炎は、炎を踏みつぶして迎撃態勢を整える。まず第一の目的であった足止めは、達成されたとみてよさそうだった。

●火花散る
 チェーンソーの刃が回る。イ・ドのグラビティを注ぎ込まれて回転音は甲高く、やがて悲鳴にも似た音域に達した。自壊すら厭わず、ただ、目の前の敵を切り裂くためだけに。
「灰燼と帰せッ!」
 いくつもの裂傷を刻まれた緑炎の脚部に、新たな傷が一つ。振り抜かれたチェーンソーが金属を破壊せしめ、装甲に隠された内部構造までも食いちぎっていく。
「こうなったら、徹底的にやってやろうかのう。その脚もらおか」
 焼けるアスファルトを蹴り、余白は深手を負い脆くなった関節部に蹴りを叩き込む。今この瞬間、最も脆くなっている場所へ。
『破損、破損』
 無機質なアナウンスと共に、足が一本、完全に沈黙した。余白の顔にどうだとばかりに笑みが浮かぶ。
 緑炎はバランスを崩し、座り込むかのように傾いた。それでも砲塔はケルベロスを狙い、何度目かの砲撃音がどうと鳴る。その先には満身創痍のマーリンが。
「アラン!」
 ノイアが叫ぶ。砲身の射線上、飛び出しマーリンを突き飛ばしたミミックが砲弾の直撃を受けて消滅した。砲弾はアランのいた場所を突き抜け、その先のビルへと直撃。それを見届け、ダモクレスを睨みながら、ノイアは攻撃のタイミングを計る。
「Thank youネ……アランの分、お返しヨ!」
 端末の魔術陣を切り替え、イメージする。魔眼持つ蜥蜴の力。古代語によって呼び起こされる、石化の光線。
「バジリスクのEyesは無機質も石にするネ!」
「マーリンさん、危ない、こちらへ!」
「What!?」
 ミシミシという嫌な音に気付いたラインハルトが叫ぶ。度重なる攻撃の余波に先ほどの砲弾がとどめとなり、ついにビルが倒壊しようとしていた。グラビティによらない傷では死ぬことのないケルベロスと言えど、倒壊するビルの下敷きになって即座に戦線に復帰することはできない。痛む体を????咤し退避するマーリンを、恭平が魔術で癒す。
「これでやっと、狙い通りか……あとは仕留めるだけだな」
 足を集中攻撃されたうえ、進路は瓦礫でふさがっている。もはや緑炎に逃げ場はない。
「ええ。大物狩りです……その首、貰い受けます!」
 ラインハルトは刀を構えたまま跳躍し、緑炎の船首像にも似た女性型パーツの前に躍り出る。そして居合いで一直線に切り裂くと、女性型の上半身が大きく傾く。
「ここで破壊させて位だたきます。……完全に」
 ノイアがエアシューズの摩擦を用い、緑色の装甲を赤熱せしめた。熱風にあおられ、黒衣がひらひらと踊る。
「もう一発!」
 周辺のビルから落下した破片を、ケイトはダブルジャンプで軽々と飛び越える。そして女性像に肉薄、愛刀『初月』の氷刃が炎に照らされ、橙の光を放つ。達人の域まで高められた一太刀が、切り口を凍らせていく。
「生憎と我々は搾取されるばかりの立場ではないのですよ」
 クロハは眉一つ動かすことなく、ダモクレスとの距離を詰める。
 長きに渡りデウスエクスに蹂躙されてきた地球の人々。だが今は違う。ケルベロスという存在。反撃の狼煙は、すでに上がっている。
 クロハが突き立てるは指一本。されどそれは、敵の気脈を断つグラビティ。デウスエクスに死を与える、重力の力。
 突如として、警報音が鳴り響いた。
『負カ限ンンカカカ界、突ッッ破……爆クハハハ発シシマス』
 ノイズにまみれた震える機械音声に、ケルベロス達は顔を見合わせる。
「往生際の悪い……離れましょう!」
 ノイアを先頭に、ケルベロス達はその場を離れる。少しして、大きな爆発音が旧市街地を揺らした。

●炎は消えて
 爆発も収まり、現場に戻ってきたケルベロス達の目に飛び込んできたのは、崩壊した市街地と、巨大なスクラップと化した緑炎の姿だった。
「Hmm……持って帰るには大きすぎネ」
 緑炎の残骸を見上げて、マーリンは腕組みする。破片をこっそり持ち帰ろうにも、全高十二メートルの巨大なダモクレスはパーツ一つ取っても抱えるほどの大きさだ。回収は諦めざるを得ない。
 恭平も、何か情報がある部品でもと破片の山を見渡すが、一見してそれらしいものはない。
「残念だな。……けど、敵の戦力も無限ではないはずだ。いつまで消耗を許容できるかな?」
 デウスエクスが動くのであれば、ケルベロスが必ず迎え撃つだろう。恭平は決意と共に残骸を睨む。
「周辺には、敵影は無いようです。……見た目以上の性能でしたね」
 クロハの視線の先、砲塔は既に沈黙して久しい。大きさだけが強さではないにせよ、骨の折れる相手だった。残骸の撤去にしても、また然り。
 少し離れて、余白が煙管をふかしながら残骸を漁る。ラインハルトは風上で、関節ごとに千切れて動かなくなったダモクレスの上半身を観察していた。
「貰い受けると言いましたが、さすがにこの首は大きすぎますね」
「たぶん、これ腕やろなぁ……見事にバラバラやね」
 つまみ上げるどころか抱えても持ち上がらなそうな、巨大なダモクレスの腕部。爆発の衝撃で割れて折れ飛び四散した機体に、これ以上の情報はなさそうだ。
 言葉もなく、ダモクレスであった金属塊を見上げるノイアは何を思うのか。肩口から立ち上る地獄の炎は、今は穏やかに揺れる。敵の攻撃を受け消滅したミミックも、じき戻ってくるだろう。
「ヒールとかしなくていいかな? ちょっとくらいやっておく?」
 人の住まない場所とはいえ、壊したものは直しておかねば収まりが悪い。ケイトは日本刀を抜き振るう。乱れ桜(ミダレザクラ)によって生み出された桜の花弁が風に舞い、崩れかかる建物に花を咲かせた。
「《反抗》、完了」
 イ・ドは排熱を済ませ、ひとり呟く。
 破滅の炎は、地獄の番犬の牙に食い破られた。風が、熱の残滓をさらっていく。かの機械に命が焼かれることは、もう、無い。

作者:廉内球 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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