●真夜中のグラン・ギニョール
雪のような色をしたさらさらの髪、くりっとした赤い瞳、低めの身長と華奢な体つき。身体の各部に、赤いラインの入った黒い装甲があってもなお、小動物を思わせる愛くるしさを感じさせる、幼い少女。
そんな子供が一人で、きょろきょろしながら、深夜の住宅街をうろついている。それは、あまりに危なっかしい光景と言えただろう。
『放ってはおけない』、『危険から守らなければ』……彼女はそのように、見る者の庇護欲をかき立てるような外見の少女だった。
だからこそ、通りすがりの男性が油断して声をかけてしまうのは、必然だったと思われる。
「お嬢ちゃん、こんな時間に一人で、一体どうしたんだ?」
にぃ、と、少女は笑った。ちらりと犬歯が覗く。
「ちょうどいいわね、あなたにするわ」
少女は右手に持った杖を男性に向ける。二本の刃がついている先端部分が、ぱしゅ、と、射出された。伸びるケーブルを伴ったその『牙』は、男性の首に突き立つ。
「え……」
彼の表情が恐怖に染まった。じゅるる、と、血液が抜き取られていく音が、静かな街並みに響き渡る。
「そのまま大人しくしててね。でないと、死んじゃうわよ? まあ、ケルベロスが来なかったら、結局あなたは死ぬけれどね」
少女の姿をしたダモクレス、SR01ダンピールは言い放った。
「あ……が……っ」
苦痛にあえぐ男性の肌の色は、次第に青ざめてゆく――。
●ヘリオライダーは語る
「――指揮官型ダモクレスの地球侵略が、始まりました。その内の一体、『踏破王クビアラ』が、配下『SR01ダンピール』を送り込んできました! どうやら、クビアラ自身と配下のパワーアップのために、ケルベロスとの戦闘経験を得る目的のようです」
白日・牡丹(自己肯定のヘリオライダー・en0151)は、真剣な表情で告げる。
「クビアラ配下のダモクレスは、ケルベロスの全力を引き出すことによって、より正確な戦闘データを取得しようとしています。そのためならば、非道な行為も平気で行うようで……」
それから牡丹が口にしたのは、一般人の男性が生きたまま血を抜かれる光景の予知。
「……被害者が血を抜かれている最中のタイミングで、皆さんは介入できます。つまり、助けられます。たとえダモクレスの目的がケルベロスの皆さんの力を暴くことだとしても、こんなひどいことを見逃すなんて……できません」
牡丹はわずかな間、目を閉じた。
それから牡丹は続ける。
「『ダンピール』の名を冠したこのダモクレスは、ナノマシンを搭載しており、それによる高速修復能力を持ちます。また、杖の先端部分を射出しての吸血と、杖の宝珠部分から広範囲にレーザーを放つ攻撃が行えるようです」
ポジションはクラッシャー。場にいる敵は、SR01ダンピール一体のみである。
「敵の目的は、ケルベロスとの戦闘です。なので、皆さんが到着次第、男性もすぐに解放されるでしょう。ですが、彼の救出などに人数を割いて全力で戦闘することがなかったり、戦闘データを取られないように手を抜いて戦闘していると思われてしまったり……そうした場合は、皆さんを本気にさせるために、一般人を殺すような行動をとることもあり得ます。被害者の男性だけでなく、周囲のマンションを無差別に破壊するなんてこともあるかもしれません」
仮にマンションが破壊されたら、犠牲は計り知れないだろう。
「……敵に戦闘データを渡さないためには、早期撃破が有効でしょう。さきほども述べたように、わざと手を抜いて戦うという方法もありますが、敗北や、一般人への被害のリスクもあります。あとは……普段皆さんが使わないような戦術で戦ってみるというのも一つの手かもしれません」
最後に牡丹は、祈るように手を組んでケルベロス達を見た。
「たとえ敵の策略であろうと、この惨劇は必ず阻止してください」
「……分かった。俺も行く」
アッサム・ミルク(食道楽のレプリカント・en0161)の浮かべる表情に、いつもの笑顔はない。
許しておける敵では、ない。
参加者 | |
---|---|
月枷・澄佳(天舞月華・e01311) |
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879) |
アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036) |
狼森・朔夜(迷い狗・e06190) |
ジェノバイド・ドラグロア(覇龍の称を求める狂紫焔龍・e06599) |
緋色・結衣(運命に背きし虚無の牙・e12652) |
ジャック・スプモーニ(死に損ないのジャック・e13073) |
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046) |
●番犬の怒り
近づいてくる複数の気配に気づいたのだろう。SR01ダンピールは、男性の首から刃を抜いた。
男性はその場に崩れ落ちる。ゆっくりと、血だまりが広がり始めた。
「来たわね、ケルベロス! さあ、私と戦いなさい!」
引き抜かれた刃は、月枷・澄佳(天舞月華・e01311)へ向けて飛ぶ。覚悟を宿した澄佳の瞳、そこに映る視界に、ジェノバイド・ドラグロア(覇龍の称を求める狂紫焔龍・e06599)の背中が割り込んだ。
「間違えんじゃねぇ、あんたの相手は、この紫龍よ!」
声を上げたジェノバイドは、血を啜る『牙』を自らの体で受け止める。
「美味いか? 劇薬を投入させられ毒となった俺の薄汚れた血はよ」
「へぇ……面白いじゃない」
SR01ダンピールはジェノバイドを見て微笑んだ。
「……」
狼森・朔夜(迷い狗・e06190)は一瞬、被害者の男性に視線を向け、密かに歯ぎしりを。
救出は後回し――それが今回の作戦。すぐに助けられない悔しさを、朔夜は敵への怒りに転嫁する。
「偉そうな肩書の割には、ナリもやることもみみっちぃな。望み通り叩き潰してやる」
挑発の言葉を投げかけてから、獣のごとく素早く地を駆け、SR01ダンピールの懐へ肉薄。闘気を放出すると共に、スピードを乗せた体当たりで吹き飛ばす。
「侵略者の尖兵だとからしいが、随分ちみっこい見た目してるんだな……正直、拍子抜けだぜ」
アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)が、軽く肩をすくめて言ってみせる。
「なんですって?」
「侵略者としての威厳とか、そういうのを全部廃材の底に埋めてきたような顔だって言ってんだよ」
アバンは皮肉っぽく言ってから、大地を断ち割るように、武器を力強く敵の体に叩きつける。鈍い音が響いた。
「……。ああ。そういうことね」
SR01ダンピールは、納得した様子で呟いた。挑発に効果は見られない。
「綺麗な花には棘……もとい牙ですかな」
そう言った、ジャック・スプモーニ(死に損ないのジャック・e13073)の表情は、南瓜マスクに覆われ、見えない。彼のブラックスライムが変形し、一瞬、敵を丸呑みにする。
「データを収集される前に、さっさと倒してしまうのですよ! 行くのですよ、ヴィーくん!」
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)のウイングキャット、『ヴィー・エフト』が尻尾の輪を飛ばす。ヒマラヤン自身は、緋色・結衣(運命に背きし虚無の牙・e12652)の前に光の盾を具現化させた。
「てめぇらに対する俺達の怒り、皆を守りたいと思うこの想いが、てめぇをぶっ潰すぜ。覚悟しな!」
青き地球のグラビティを乗せた歌、『青の凱歌(ブレイブソングオブガイア)』によるジェノバイドへのヒールを終えた、木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)が威勢よく啖呵を切る。
「貴女の望み通り、全力で行かせていただきます」
澄佳は、喰らった魂を己の身に降ろした。澄佳の全身に禍々しい呪紋が浮かぶ。
「ダモクレス。その醜悪な姿は、見ているだけで気分が悪いのでな。望み通り殺してやるよ」
結衣は、鉄塊剣『オルタ・ナグルファル』を勢いよく敵の頭上から叩きつけた。
これは、今回の作戦の要……すなわち『キャスターによる怒りの付与』。アッサム・ミルク(食道楽のレプリカント・en0161)は、ドローンで前衛の守りを固めながら、その結衣の行動を見守った。
●窮地
「まとめて薙ぎ払ってあげるわ」
SR01ダンピールが持つ杖の宝珠が、赤く輝いた。
そこから放たれたレーザーは――結衣へと、向かう。
中衛への列攻撃であるがゆえに、ケルベロス側の被害は少ない。
おそらくは、人数が多い前衛を狙うつもりだったのだろう。つまりこれは、結衣が敵に付与した怒りによって、攻撃対象が変更された結果、起きたことである。
「っ!」
悔しげな表情を浮かべるSR01ダンピール。
(「作戦通りだな。これなら、いける」)
稲妻を帯びた突きを放ちながら、朔夜は内心思う。
「このままどんどん行くぜ……見せてやるぜ、俺達の絆!」
アバンは拳に青白い光を宿す。自分の中に取り憑く同胞達の霊魂から霊力をもらって、敵に叩き込む――『ソウルレイ・ジェネレード』。
「一緒に戦おうぜ」
誰もいない場所にアバンは顔を向け、軽く笑って声をかける。霊力の残滓が、同胞が、きっとそこにいると信じて。
他のケルベロス達も攻撃を重ねていく。SR01ダンピールの負傷は、次第に蓄積されていった。
先刻と同じように、敵が列攻撃を使い続けたなら、ケルベロス達の圧勝……そのようにも思われる状況であった。
しかし。
「なら、これでどう?」
SR01ダンピールが放った攻撃は、杖に備わった『牙』によるもの……すなわち、単体攻撃。
その狙いは、結衣。怒りで対象が変更されたわけではなく、最初から結衣を狙ったのだ。
ケルベロス側はディフェンダーを多めに配置し、結衣への攻撃に備えていた――それでも、運が悪ければ庇うことはできない。
回避の可能性を高めるために、怒りを付与する結衣はキャスターであった――それでも、絶対に回避できるわけではない。
対策は、確かに重ねてあった。けれど、完全に予防できるわけではなかった。……作戦の要、キャスターの結衣が、生き血を啜られ、致命的な被害を受けるという、この事態の発生を。
「……くっ、……ぐ、うぅっ」
結衣は激痛をこらえながら、ぼやけかける頭を必死に働かせる。
(「もし俺が倒れたら……前衛はどうなる……?」)
仮にそうなれば、SR01ダンピールは、スレイレーザーを自由に前衛に撃てるようになる……そんな事態に陥る。
(「――それだけは、駄目だ……!」)
●激戦の結末
「緋色!」
すぐさま朔夜が、オーラを結衣の身に溜める。
「しっかりするんだ。俺達が守るのは、地球と地球に宿る沢山の命の輝きなんだぜ! あんたにも聴こえるだろ? 地球の歌が。メロディが」
続けてウタが、勇気をもたらす『青の凱歌』によって結衣を癒す。
「これは……少々まずい、か?」
支援に来た陣内が、光のシールドで結衣へのヒールを手伝った。ウイングキャットの『猫』も懸命に羽ばたきを送る。
ジャックの一撃に合わせる形で、不安を振り切るようにヒマラヤンが前へ出た。
「この距離ならっ! コード=ドレッドノート! 呉式改弐! フルバースト!」
『コード=ドレッドノートR2(セカンドリモデリング)』。戦艦竜『呉』を模した技である。竜の顎に見立てたヒマラヤンの両手から、ブレスのような攻撃が放たれる。それと共に、グラビティ製の兵装が至近距離で斉射された。
「おい、結衣、大丈夫か!」
地裂撃を放ってから、アバンが心配げな叫びを上げた。次に絶空斬で敵を刻んだジェノバイドも、結衣の方を一瞬振り返る。
「……すまない。何とも言えない」
結衣はそう応じた。ここで『大丈夫だ』と答えて、結果として仲間を壊滅させるのだけは避けたい――かと言って、仲間を不安にさせたり、敵に余計な情報を与えたりするわけにもいかない、という判断だ。それから、結衣はSR01ダンピールに向き直る。
「歪んだ心では何も得られない。ただ奪い、傷つける。それが終わりなき因果ならば、俺が断ち斬る――咎人よ、穢れた血を抱いて眠れ」
『命穿<怨恨の輪廻>(エンシェントアヴェンジャー)』。生きる力を阻害し蝕む、呪詛の囁きを、結衣は敵へと贈った。
「一刻も早く、倒します」
澄佳は半透明の『御業』でSR01ダンピールの胴体を鷲掴みにする。守りも連携も考えず、ひたすらに。それが最善だと信じて。
「なるほどね……ここでは、こうするのがベストかしらね?」
SR01ダンピールは、己の左腕を振るう。霧にも似たナノマシンが全身を包み、高速修復が行われた。
「てめぇ、長引かせる気か……させないっ、ぶっとばす!」
朔夜が疾風のごとく駆ける。鋭く冴えた『気甲衝』の一撃が敵を襲った。
「ふぅむ。確かに小動物的な愛らしさは庇護欲を掻き立てられます……が。同時に嗜虐心も湧いてきますねぇ……」
ジャックは攻性植物を変形させ、敵を喰らわせる。容赦も躊躇もなく。南瓜マスクの下で彼がどんな顔をしているかは、誰にも分からない。
「……ジャックちゃん。それ、私もちょっと怖いのですよ」
白髪金目の猫のウェアライダーである、ヒマラヤンが小さく呟いて、槍のごとく伸ばしたブラックスライムを敵に向かわせる。
「おっと、これは失敬」
ジャックの表情は、やはり読めなかった。
「さあ、倒してやるぜ、侵略者!」
アバンが再度、青白い魂の輝きを敵に撃ち込む。
「……なんなのよ、こいつら!」
虚空を見ながら、SR01ダンピールは鬱陶しげに叫んだ。アバンの攻撃により、彼女だけに見えるトラウマが発生しているのだ。
「受けろ!」
敵のその頭に向かって、ジェノバイドのルーンアックスが振り下ろされる。
「地獄の炎を味わえ!」
ウタが、炎を宿した武器をSR01ダンピールの胴体に叩きつけた。
次いで、結衣が地獄の炎弾を飛ばし、敵の生命力を喰らう。
「……くっ……!」
ばちばち、と、SR01ダンピールの機械の身体にスパークが起きる。ケルベロス達の猛攻を受けた彼女には、限界が訪れようとしていた。
「澄佳さん、引導を」
柔らかく言った結衣に、澄佳は頷く。
「仮初の器を満たすのは、神が鍛えし宝具の欠片」
『九片の神器(ナイン・フラグメンツ)』。喰らったデウスエクスの魂を代償として捧げ、半透明の『御業』を武器に変形させる澄佳のグラビティ。大剣の形状に変化した『御業』の一撃は、SR01ダンピールの機体を上下に二分割した。
「……ああ、ここまでなのね」
無念そうに呟いたSR01ダンピールの瞳から光が失われ、そのまま彼女は完全に沈黙する。
「貴女の魂、頂きます」
澄佳は静かに自分の目を閉じた。
●守られたもの
すぐに、ケルベロス達による被害者男性へのヒールが行われる、が……彼は起き上がらない。
「おい、まさか……」
朔夜の声が震えた。
アッサムが男性に駆け寄り、様子を観察する。
「……大丈夫。気を失ってるだけだ」
ケルベロス達に安堵が広がる。間に合ったのだ。
「なんとかなって、良かったぜ」
「ああ」
アバンとジェノバイドが言葉を交わす。
「やれやれ、難儀な戦いでしたねぇ」
ジャックは呟いて、南瓜マスクの向きを直した。
(「出来損ないの試作機の分際で……よくも手こずらせてくれたな」)
結衣が敵に向ける感情はあくまでも冷たい。
「どれだけのデータが敵に行ったか判らないのですが、ますます面倒なことになりそうなのですよ」
ヒマラヤンが、ぴょこんと猫耳を揺らして言った。
「そうですね……」
澄佳は、己の胸にそっと手を当てる。
一方、ウタは、柔らかく美しい旋律の鎮魂曲を奏でていた。
「あばよ。あんたもあんたなりに、自分の使命に殉じたってコトなんだろうな……」
――地球の重力の元で安らかに。
ウタはそう願いながら、演奏を続ける。
このレクイエムが終わりを迎える頃には、住宅街には、夜の静寂が――ケルベロス達が守った平穏が、戻ってくることだろう。
作者:地斬理々亜 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年1月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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