●機械仕掛けの翼は往く
雪の降り積もる釧路湿原。
獣毛のフードを被った死神『ティネコロカムイ』は、意志無き瞳を持った1体のダモクレスを見つめていた。
「今度は、あなたに出向いてもらおうかしら。市街地に向かい、破壊の限りを尽くして来なさい」
「かしこまりました、ティネコロカムイ様。あなた様の為に、私の力を使わせて頂きます」
意志無き機械の様な言葉を発しながら、そのダモクレスは背に搭載されたスチームパンク風の巨大な翼を広げる。
「あなたの雄姿は、この子達が私に届けてくれる。期待しているわ」
「必ずや、あなた様の望みをお叶え致します」
あくまで機械的に頭を下げると、ダモクレスは翼をたたみ、ティネコロカムイの部下たる怪魚達を引き連れ、釧路の街を目指し歩き出した。
●機械仕掛けの命を止めに
「こんな寒い日なんだけど、ティネコロカムイの活動が確認された。説明次第、釧路にヘリオンを飛ばす」
厚手のコートを羽織った、大淀・雄大(太陽の花のヘリオライダー・en0056)は、そう言って今回の依頼内容の説明を始める。
「釧路湿原近くで暗躍している『ティネコロカムイ』だけど、作戦は変わりなく、第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスを強化サルベージし、釧路市街を襲撃しようとしている。みんなには、サルベージされたデウスエクスの討伐をお願いしたい」
ティネコロカムイ自身の居所は未だ発見されていないが、釧路市街の襲撃だけは何としても防がなければならない。
「予知により、侵攻経路は判明しているから、湿原の入口辺りで迎撃と言う事になる。で、今回の撃破対象は、サルベージされたダモクレス。形状としては、スチームパンク風とでも言えばいいのかな? 歯車等が露出しているタイプで、背中には大きな機械仕掛けの翼が搭載されている」
飛行機能は失われているらしいが、その翼を利用したグラビティを使い分けてくるタイプとのことだ。
「ダモクレスの攻撃手段は、翼からグラビティを巻き起こして風刃を放ってくる攻撃、翼を鋭利な刃物の様に使う単体斬撃、翼で竜巻を起こして複数人に一気にダメージを与える攻撃の3つだな。ダモクレスの護衛兼監視として、3匹の怪魚型死神も一緒に居る。こっちの撃破もしっかり行って欲しい」
ダモクレスは遠距離攻撃型で、怪魚型死神は前衛でダモクレスを護る様に動くらしい。
「サルベージされたダモクレスの個体識別コードは『ツバサ』その名の通り、翼が自慢の個体だったんだろう。けれど、飛べなくなったのであれば、そのまま眠らせてやるべきだ。死んだダモクレスの魂が何処に行くかは俺にも分からないけれど、それでも飛べないまま、死神の操り人形として生きるのは、ダモクレスでも可哀想だと思う。釧路の人達に被害も出せないしな。しっかり撃破、頼んだぜ、みんな!」
言うと、雄大はこげ茶色の髪を寒風に靡かせ、ヘリオン操縦室へと向かった。
参加者 | |
---|---|
ミューシエル・フォード(キュリオシティウィンド・e00331) |
カルディア・スタウロス(炎鎖の天蠍・e01084) |
凪沢・悠李(想いと共に消えた泡沫の夢・e01425) |
アルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000) |
リヒト・セレーネ(玉兎・e07921) |
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615) |
エリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850) |
ルタ・ルタル(飛翔の夢少女・e34965) |
●死神の手に落ちた翼
「んー、死神も懲りないね」
釧路の雪原を踏みしめながら、凪沢・悠李(想いと共に消えた泡沫の夢・e01425)が『やれやれ』と言った様子で口にする。
「こう何回もデウスエクスを蘇生されると、対応も面倒なんだよなぁ……まぁ、折角だし……楽しませてもらおうかなっ♪」
気だるげな声の中にも、これから戦う事になる、戦士の姿を深紅の瞳に夢想し、悠李は微笑む。
「……やっぱり、この時期の釧路は冷えるな。……ダモクレスでも、寒さは感じるのか? ……それとも死んだ後じゃ、何も感じないのか」
月光と雪の反射を燃ゆる左翼と角の地獄の炎で揺らめかせながら、ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)が呟く。
仲間達にその言葉をかけた訳でも無く、疑問として投げかけたのでも無く、ただ陰鬱気に口にしていた。
(「……飛べなくなったら悲しいのかな」)
一房だけ色の違う青銀の髪を風に靡かせながら、リヒト・セレーネ(玉兎・e07921)は、少しの疑問を持つ。
(「飛べないぼくには想像もつかないけど……自由が無くなるのは悲しい事だ。……悲しい事は、ぼく達が終わらせるんだ」)
「……一度でも翼もがれて地に落ちた鳥が、再び同じ空に戻れることはないのでしょう」
アルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000)の言葉に、リヒトは想いが声に出ていたのかと思ったが、そうでは無かった。
アルルカンもまた、飛べなくなったダモクレスにリヒトと同じ様な想いを抱いていたのだ。
「……死神のサルベージは厄介ではありますが……ケルベロスとして、還るべき所へと引導を渡すと致しましょうか」
そう言うと、アルルカンは前方から雪原を規則的な足音を発て歩いて来る、ダモクレスを視界に収め、ゆっくりと紫の瞳を細める。
「意思の無い瞳ですね。……羽ばたく力も、空に思いを馳せる思考も失いましたか。……敵とはいえ、哀れに思えますね」
歯車が剥き出しになった身体、飛ぶことの出来無くなった大きな翼、ただ命令を遂行するだけの存在となった、ダモクレス『ツバサ』を、カルディア・スタウロス(炎鎖の天蠍・e01084)は、そう評すると、腰に差した蠍座の力を宿す二本の星剣を引き抜く。
『クルシファイ・レサト』の名を持つその双剣は、禍々しい三又の刃を有していた。
「私達の手で再び眠らせてあげましょう。……空を舞う夢が見れるように」
赤き双剣の騎士として、カルディアは優雅且つ凛々しく、剣を構える。
「……静かで綺麗な月夜だ。……雪を踏む音しかしない。……死ぬならこんな夜がいい。……そうだろ、ツバサ」
ノチユは静かに攻撃的グラビティ・チェインを高めながらツバサに問いかけるが、ツバサの返答は無い。
「聞いていた通り、死神も着いて来ていますね。例え相手がデウスエクスであろうと、死者を冒涜する行為が許される筈がありません。……まして、釧路の住民に被害を及ぼす訳にはいかない」
ツバサを蘇らせた張本人である死神に、ハッキリと敵意を向け、エリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)はそう口にすると、仲間達の護りとなる紙兵を宙に舞わせる。
「必ずここで止めて見せます。今を生きる人々を守る為に!」
その言葉に反応したかの様に、怪魚達は大きく顎を開いた。
●翼を護りしモノ達
「空をとぶって、きもちいーよね! ミューも歌いながら、よくとんでるから気持ちは分かるし、とべなくなっちゃったのに……かってに動かされてるのはかわいそうだと思うけど……わるいことするならミューがゆるさないよ!」
死神を避け直接ツバサに狙いを定め、石化の魔力を込めた光線を放ちながら、ミューシエル・フォード(キュリオシティウィンド・e00331)が、無邪気さの中にケルベロスとしての強い意志を込め、強く言う。
「……きみを迎えに来たよ」
一部機械化された弓に心を貫くエネルギーの矢をつがえ、寂しげに笑いながら言うと、ルタ・ルタル(飛翔の夢少女・e34965)は、迷い無くその矢をツバサに放つ。
矢が放たれると、その反動でルタのシャンパンゴールドから少しずつピンクゴールドに色を変えていく絹糸の様な髪が揺れる。
ルタの相棒であるハチワレ模様のウイングキャット『マコハ』は、飛ぶと言うより、浮かび上がる事に特化した、その聖なる翼を羽ばたかせ、ケルベロス達に守護の力を与える。
「燃えつくばかり、枯れ尾花」
アルルカンの詠唱と共に、揺らぐ狐火が1つの青白の花となり、数を増やして数多の花となれば、咲き乱れた先は、幻影の彼岸を浮かび上がらせる。
「アナタの怒りは私に向けてもらいますよ」
静かに呟くと、アルルカンは唇に笑みを作る。
「……灰は灰に、塵は塵に、翼は空に。……まずは、てめぇ等からだけどな!」
ツバサに対し向けていた憐れみの瞳とは真逆の、好戦的な赤き瞳を死神達に向けると、カルディアは蠍座の力を二乗した十字の斬撃を死神に喰らわせる。
「……聞かせてやろうか……鳥になろうとした人間の噺を」
死神にそっと近づくとノチユは、過ぎ去りし二度と語られぬ御伽噺を囁くと、グラビティを拳に込めて殴りつける。
「ウォーミーングアップは雑魚からだねッ! 行くよッ! 『神気狼』♪」
白銀に煌めく刃を閃かせながら、悠李は雪の積もった大地を蹴ると、軽快に死神を切り裂く。
その時、ツバサの翼が動くと巨大な竜巻を発生させた。
「皆さんの攻撃の手を緩めさせはしません。皆さんを護り、盾を張らせてもらいます!」
エリオットはカルディアの前に一瞬で出ると、竜巻に耐えながらマインドリングを光盾にすると、悠李に飛ばす。
「……死神がツバサを起こさなければ……戦う事はなかったのにっ!」
雷の障壁を張りながら、口惜しそうにリヒトがそう口にする。
(「許せないのは、死神だけど今は戦うしかない。……街の皆の為にも……」)
「ここから先には絶対行かせない」
ライトニングロッドを強く握り締め、リヒトは更にグラビティ・チェインを高めていく。
ミューシエルの御霊殲滅砲が、アルルカンの狐火が、ルタの胸部からの強烈なエネルギー光線がツバサを襲う中、死神を襲い続ける悠李の嬌声とカルディアの荒々しい叫びが戦場に響く。
「よっと……ほらほら、コッチだってばっ♪」
「邪魔だああああ!! さっさと死ねぇええええ!!」
死神の身体に残った、悠李の太刀筋が奔った痕、カルディアの剣閃が煌めいた痕は、ズブズブとヘドロの様な傷となる。
そんな二人のクラッシャーとは対照的に、ノチユはただ淡々と死神を屠る為だけに、刃の如き蹴りを決めていく。
死神も勿論反撃しているが、リヒトとマコハのヒールがすぐに、仲間達の傷を癒していく。
エリオットが盾を重ねていけば、ルタとアルルカン、そしてエリオット自身を含むディフェンダー達の防御力も増していく。
死神の牙程度なら軽傷で済む硬さになっている。
「ツバサのおにーさん。もうすぐ、死神はいなくなるからね。そうしたら、ちゃんとミューたちがもういちど眠らせてあげるからね」
縛霊手を構えたまま、慈愛を司る天使の様な笑みを湛え、ミューシエルはツバサに語りかけた。
●翼ある者
「死にやがれぇええええ!!」
カルディアの剣が最後の死神を切り裂き、切っ先が雪に触れれば、カルディアの身を焦がす自身の地獄の炎が、周辺の雪を溶かしていく。
「雑魚終了ッーー♪ 待たせたねッ、ツバサ♪」
メインディッシュが待ちきれなかった子供の様に歓喜の声を挙げると、悠李は高く跳び、空をも断ずる斬撃をツバサに浴びせる。
「悠李、引いて。翼の硬度が上がってる」
悠李がバックステップしたのを見計るとルタはその射線を塞ぐ様にツバサの前に立ち、エリオットの力で強固になった甲冑でツバサの翼の斬撃を受け止める。
「……きみは……よく似ているね、わたしと」
歯車が剥き出しの翼、蒸気機関を模した様なボディの作り、確かにルタとツバサは同系機と言っていい程に身体的特徴が似ていた。
だが、ルタとツバサには、決定的な違いがある……『心』だ。
ルタは『心』を手に入れたことでレプリカントとして新しい命を宿した。
ツバサはプログラムの中で生きてきた……そして今は、そのプログラムすら、ティネコロカムイに歪められ、意志無き人形となってしまっている。
そのことが、ルタの『心』を悲しみで包む。
「死神に遣わされ、飛べなくなって……酷い。…… これはきみの意志じゃないよね、全力で止めるよ」
魔を降ろした拳をツバサに打ち込みながら、ルタは決意の言葉を吐く。
「それでは、終極へ繋がる時間と参りましょう」
『Skoll』と『Hati』陽と月を喰む大神のナイフで舞う様にツバサを斬りつけながら、アルルカンが道化師の様に笑う。
「ぼくはそんなに強くないけど……皆と一緒ならきっと勝てる。力は増すんだよ。さぁ――遊んでおいで」
リヒトが想いと共に練り上げた光弾は、縦横無尽に雪原を跳ねるウサギの様に跳ね回ると、連続弾となってツバサに襲いかかる。
「お前が昔飛んでいた空は綺麗だったか? もしそうなら……その記憶だけ抱いて眠ればいい」
戦籠手に地獄の炎を纏わせると、ノチユはツバサを地獄の炎で包む程の重い一撃を与える。
(「……死者は、尊ばれるものだ。……それを玩ぶことは、冒涜だよ。それが例え……カムイだとしても」)
「ツバサのおにーさん、すぐおわらせるからね。ヤドリギさん、ごはんだよ!」
ミューシエルがツバサに植え付けた種子は、ツバサの仮初めのグラビティ・チェインを糧として急成長すると、ツバサの身体に歪な樹木を生やす。
「雄大な大空を舞う『ツバサ』……貴方にこの名をつけた者は、どんな思いを抱いていたのでしょうか。最も『心』から無縁の存在のはずなのに、人々にとって純然たる脅威であることは間違いないのに……それでも、どこか……懐かしさを感じるのは何故なのでしょう……」
エリオットはこの戦闘でメインの盾として動きながら、ツバサの攻撃を受けつつ感じていた想いを口にする。
「きっと、僕にも貴方にも分からない事なのでしょうね……だからこそ、死神の呪縛から解き放ってあげなければならない。魂よ、今度こそ、大空へ還れ……!」
聖剣を掲げ、平和への祈りと人々を守護する意志を込め、闇を切り裂く光芒を切っ先から放ち、エリオットは決して折れることの無い正義の一撃でツバサの右腕を切り落とした……何故か、翼だけは落としてはいけない気がした……方翼だけだったとしても。
その時、ツバサの前方の雪が一瞬にして溶け、ツバサの視界を水蒸気が覆う。
真白の大地が更に真白で覆われる。
「切り裂いてやるぞ、ズタズタにぃぃ!! ル・クール・デュ・スコルピヨン!!」
真白の世界から抜け出る様に、紅色の炎を纏ったカルディアの金髪が揺れる。
双剣の連撃はツバサの動きを止め、腕を足を切り裂いていく。
そして、カルディアの一つに纏められた髪が、蠍の尾の様に動くと急所を突く毒針となってツバサにの胸を貫いた。
「彼岸に没せよ――然して、其の魂に安らぎと安寧を」
男声とも女声とも取れる詠唱が戦場に響くと、白銀の世界が鮮やかで深い紅へと光輝き染まっていく。
それを合図に、カルディアはツバサを飛び越す様に跳躍すると、悠李とツバサの射線を開ける。
「アハッ、なかなか楽しかったよ……それじゃ、バイバーイ♪」
不気味な程に深紅に染まった悠李の『魔天狼』の刃先は、ツバサの身体に吸い込まれる様に消えていくと、そのままツバサの命を切り裂いた。
彼岸の花が咲き誇った様な赤い世界が消え行けば、ツバサの身体は消えていた。
彼の名を現していた、大きな一対の機械仕掛けの翼だけを残して……。
●残された翼
「ふうー。やー、みんなお疲れ様ー」
一つ深呼吸をすると、悠李は戦闘中の狂気が嘘の様に、穏やかな笑顔で仲間達に労いの言葉をかける。
「この、残った翼……どうします?」
地獄の熱き疼きが止まり、こちらも女騎士然とした淑女の表情に戻った、カルディアが仲間達に尋ねる。
降り始めた雪が薄く積もり始めた、ツバサが居た証の大きな翼。
それだけは、死神の与えた命が消えても形として残っていた。
「これ、ツバサのおにーさんのおはかにしようよ♪」
ミューシエルが、とてもいいことを思い付いた様な笑顔で提案する。
「『ツバサ』の墓標ですか、良いですね」
エリオットが柔和な笑顔で言えば他の仲間達も賛同する。
「これでツバサもあるべき場所に還れるでしょう」
ツバサの墓標を作り終えると、アルルカンが呟く。
(「……今は自由に飛べているのかな?」)
弔いの祈りを捧げながら、リヒトはそうなら良いなと願う。
(「……命はいつか必ず終わるんだ。……僕も、お前も。……お前はもう、十分生きた筈だったんだよ。……ティネコロカムイなど居なければ良かったのにな」)
心の中でツバサに語りかけていた、ノチユの漆黒の髪が雪と月光の光で星屑の様に揺らめく。
それぞれ祈りを済ませると、強くなりだした雪を気にしながらヘリオンへと歩き出す。
……ただ1人だけ、降る雪にも構わず、機械仕掛けの翼を見つめ続ける者が居た。
胸に秘めていた同胞が居なくなった喪失感と孤独……自身に似た機体に会えた喜びと飛べない悲しみ……『心』に色々な想いを抱えていた事に気付いたルタは、時が経つのを忘れて『ツバサ』を見つめていた。
翼が雪に包まれ、白で埋め尽くされた時、ようやくルタはツバサへ別れの言葉を口にした。
「……大丈夫、空にはわたしの優しい同胞もいるから、安心して逝くといい……さよなら」
ルタはマコハを胸に抱くと、静かにツバサに背を向け歩き出した。
彼女の背中の一対の翼にも白い雪が降り積もっていた……。
作者:陸野蛍 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年1月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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