翠晶剣の殲闘姫

作者:朱乃天

 長閑な風景が一帯に広がる、とある地方の田舎町。
 平穏な日常生活が営まれ、殺伐とした争い事とは無縁だったこの地にも、デウスエクスの魔の手が忍び寄る。
 自然豊かな山間部の渓谷の中を、一台の列車が走り抜けていく。車内は多くの行楽客で賑わって、窓から見える景観の美しさを堪能していた時だった。
 列車はトンネルへと差し掛かり、薄暗い空間の中で運転手が『何か』を発見した。
「うん? 何だありゃ、って……ひ、人がいる……!?」
 列車のライトが暗闇の奥を照らすその先に、一体の人影が光を浴びて朧気に浮かぶ。
 その姿は女性のようであり。重厚そうな装甲を身に纏い、手には翠石色に輝く一振りの剣が握られている。
 運転手は慌ててブレーキを掛けるが間に合わず。前方の女性を撥ねてしまうと思った瞬間――女性は微動だにせず、携えた剣を列車に向けて振り抜いた。
 鉄を斬り裂く激しい金属音と、乗客達の悲鳴がトンネル内に響き渡って。直後に大きな爆発音が轟いて、全てを掻き消し飲み込んでいく。
 列車は大破し灼け焦げて、中にいた乗客達は皆、見るも無残な姿に変わり果てていた。
「――任務完了。このまま次のターゲットの捜索に向かう」
 立ち上る黒煙の中から現れた鋼鉄の剣姫は、平然と佇みながら翡翠色のポニーテールを靡かせて、即座にその場を離れて移動を開始した。

「ゴッドサンタが言った指揮官型ダモクレスの地球侵略が、本格的に始まったみたいだよ」
 ヘリポートに召集されたケルベロス達を前にして、玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)が話を切り出した。
 六基の指揮官型ダモクレスは、それぞれの目的を果たすべく行動に移行している。
 その内の一体である『ディザスター・キング』は、グラビティ・チェインの略奪を任務とする主力軍団を率いており、有力な配下を派遣して襲撃事件を起こしているようだ。
「そこでキミ達には、襲撃を実行しているダモクレスの撃破に向かってほしいんだ。相手の名前は『エメラルド・ソード』。人型で、ポニーテールが特徴的な女性の姿をしているよ」
 ディザスター・キングが率いる部隊の襲撃を阻止することは困難で、ヘリオライダーの予知も及ばず、既に被害は出た後だった。
「ダモクレスは渓谷を通る列車を襲撃し、30人ほどいた全ての乗客達の命を奪っていったんだ。その後は人里を目指して線路伝いに移動してるけど、今なら次の襲撃に間に合うよ」
 最初の襲撃現場には、残念ながら生存者は一人もいない。現実は非情だが、もしこのまま放置しておけば、被害は更に広まってしまう。新たな襲撃を阻止する為には、早々に敵を迎え撃つ必要がある。
 今から急いで駆け付けたなら、川を渡る鉄橋付近で待ち受けられるとシュリは言う。
「今回戦う敵は一体のみだけど、主力部隊に名を連ねるだけあって、戦闘能力はかなり強力だと思った方がいいよ」
 ダモクレスの強さは大きさには非ず。相手は人型であっても相応の実力を備えていると、シュリは注意を促しながら説明を続ける。
 ダモクレスは部隊としての目的が最優先の為、不要な戦闘は避けようとする。よって逃走されないような工夫をしなければならない。そこで逃走が難しいと判断すれば、敵はケルベロスを振り払おうと戦闘を仕掛けてくるだろう。
 一度戦闘が始まりさえすれば、全力で戦いを挑んでくるので、以後は逃走の心配はない。
 敵の武器は、名前の通りビームソード一本だけだ。その威力はあらゆるモノを断ち、また非常に攻撃的な性格で、接近戦を主として積極果敢に突撃してくるようである。
 シュリは一通りの説明を伝え終えると、帽子の庇で目元を隠して、少しだけ考え込むような仕草をするのだが。すぐに前を向き、ケルベロス達の顔をじっと見つめて。
「犠牲になった人達はもう戻ってこないけど……。これ以上、敵の横暴を許すわけにはいかないからね。だから、キミ達の力を貸してほしいんだ」
 もう二度と、このような悲劇を繰り返さない為に。
 失われた命の無念を晴らすべく、戦士達を乗せたヘリオンは、決戦の地へと飛び立った。


参加者
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
守屋・一騎(戦場に在る者・e02341)
白波瀬・雅(サンライザー・e02440)
茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
尾神・秋津彦(走狗・e18742)
仙道・風(しゃべくり鎌鼬・e31694)
ユーシス・ボールドウィン(ウェアライダーの鹵獲術士・e32288)

■リプレイ

●非情なる邂逅
 澄み渡った青空が徐々に暮れ始め、稜線は茜色に染まり出していく。
 長閑な山間部の渓谷を、普段は列車が走る筈の線路上には、一つの影があるのみだった。
 列車を斬り捨て乗客の命を奪った鋼の剣鬼が、より多くの命を奪おうと、線路の先にある人里を目指す。
「既に30人もの命が奪われている以上、絶対に逃がさねえ。奴はここで断罪するぜ!」
 身に纏うのはトランクスのみという相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)は、半裸の格闘スタイルながら、冬の寒さも吹き飛ばすほど心が熱く燃えていた。
 事前に虐殺を止められなかった無念の思いが、泰地のケルベロスとしての使命感を一層強く駆り立てる。
「ヘリオライダー殿の予知にも掛からぬとは、厄介な相手でござるな。何にせよ、今は敵が来るのを待つでござるよ」
 忍者姿の仙道・風(しゃべくり鎌鼬・e31694)が、視線の先にある鉄橋を注視する。敵は川に架かるこの鉄橋を通過して、人里へ向かおうとする。その侵攻を阻止せんと、番犬達は鉄橋を進んだ先で待ち伏せていた。
 敵の逃走を防ぐ為、正面組が注意を引き付ける間、動物変身で茂みに潜伏している挟撃組と連携し、鉄橋出口で包囲するのが今回の作戦だ。敵の接近を警戒しながら待機していると――カツン、カツンと、鉄橋を渡り歩く足音が静かに響く。
 燃えるように赤い夕焼けの陽を浴びて、翠石色の剣姫がケルベロス達の前に姿を現した。
 歩みを止めることなく直進し、鉄橋を渡り終えようとしたその直前――剣姫は突然足を止め、周囲を見渡すような仕草を見せる。
 待ち受ける番犬達の気配を感じ取ったのか。可能であればもう少し寄せ付けたかったが、この程度は許容の範囲だ。とにかく逃走だけは許すわけにはいかないと、呼び止めようとする声が聞こえた。
「エメラルド姉さん、ですよね。妹の、アメジスト・シールドです」
 呼び掛ける声の主は、フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)だ。彼女は嘗てダモクレスであった。目の前の剣姫――エメラルド・ソードが自身と対の機体であることや、当時の思い出話を語り出す。
 それから地球で倒れたところを拾われて、そこで『ココロ』を貰ったことを、真摯な気持ちで訴えかける。きっとエメラルドにも、ココロが芽生えてくれると淡い期待を抱きつつ。だがその想いは、いとも容易く裏切られてしまう。
「戯言を。心に溺れ、力を捨てたような奴に用はない」
 フローネと目を合わせたのも一瞬だけで。姉と呼ばれた剣姫は、話を聞くだけ無駄だと耳を傾けず。ポニーテールを靡かせながら鉄橋の方へと踵を返す。
「いけない! 橋を飛び降りて逃げるつもりだ!」
 敵の様子をつぶさに観察していた白波瀬・雅(サンライザー・e02440)が、思わず声を張り上げる。どうにか止めなければ……雅が敵の気を引く為に、槍の投擲を試みようとした時だった。
「予定は多少狂いやしたが……黙って逃がすわけにはいきやせん」
 仕掛けの合図を待つより先に、茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)が三毛猫の姿から戻って飛び掛かる。三毛乃は利き手の左腕で銃を抜くと同時に、鉛の弾を牽制気味に撃ち放つ。
 対するエメラルドも素早く反応し、ビームソードを振るって弾丸を叩き落とした。だが、逃走を防ぐにはそれで十分だった。
「皆さん今です!」
 僅かとはいえ動きを止めた隙を見逃さず、フローネが号令を出す。想定とは差異が発生したものの、敵を包囲するべくケルベロス達が一斉に攻勢を掛ける。
「――小生の全霊で助太刀致すまで」
 狼からの変身を解いた尾神・秋津彦(走狗・e18742)が疾く駆け、雷纏いし太刀を振り回して敵の意識を引き付ける。
「お前には、俺達の相手をしてもらうッスよ」
 次いで、黒の柴犬の獣人である守屋・一騎(戦場に在る者・e02341)が、刃の如く鋭い蹴りを繰り出しながら、敵の脇を摺り抜けるように回り込む。
「やれやれ、なかなか上手くは騙せないものね」
 狐に変身していたユーシス・ボールドウィン(ウェアライダーの鹵獲術士・e32288)は、 儘ならないものだと溜め息を吐く。しかしすぐに気を取り直して、敵を束縛しようと漆黒の鎖を投げ飛ばす。
 そこへ正面組も合流を果たして、ケルベロス達はエメラルドを包囲する。こうして退路を塞がれた形のエメラルドだが、表情一つ変えずに群がる番犬達と対峙する。
「目障りな連中が。仕方ない――邪魔な障害物は、全て纏めて排除する」

●鉄橋での戦い
 ケルベロス達に向けられたエメラルドの言葉には、明確な殺意が込められていた。
 降り懸かる火の粉は払うのみだと光の剣を振り抜くと。剣圧が衝撃波となって放たれて、前衛に立つ番犬達を一網打尽に薙ぎ倒す。
「今すぐ我輩が治すでござるよ!」
 風が傷付く仲間を治癒せんと、回復術を行使する。鎖鎌を操って、風の描いた星座が眩く光り輝くと。仲間達の傷を即座に癒し、加護の力を齎した。
「こうなりゃ遠慮は無しだ。覚悟しやがれ!」
 泰地が全身から気合を漲らせ、拳の格闘籠手に青い冷気を纏わせる。腕を引き絞り、力を溜めて氷の拳を叩き付け、攻撃が決まると泰地は得意気に笑みを漏らした。
「これ以上、尊い命を奪わせはしない!」
 既に多くの人々が、ダモクレスの手に掛かって殺された。余りにも残酷な現実に、雅は怒りを隠さず立ち向かう。普段の明るい笑顔は険しく変貌し、気迫を押し出すように跳躍すると、流星の如く煌めく蹴りを炸裂させる。
「私は私のココロに従って、姉さんを止めます――アメジスト・シールド、全力展開!!」
 姉との予期せぬ戦いに、最初は戸惑うフローネだったが。しかしそう思えるのも、ココロを持てた証だと。もう迷いは微塵もない。必ず討つと覚悟を決めて臨む舞台。自身の全てを尽くすべく、防護壁を最大出力まで展開させて迎え撃つ。
「峻烈な剣技を繰り出されようと、小生の一刀流もまた実戦鍛え! 一歩とて引くつもりはありません!」
 一介の剣士として、ビーム剣と斬り結ぶ。秋津彦もまた己の矜持を示さんと、刃に闘気を纏わせば。噴き出る気流の推進力により、鋭さを増した刃で飛び込むように斬り付ける。
「小賢しい犬共め。早々に消えるが良い」
 ケルベロス達の攻撃にも微動だにせず。重厚な威圧感を漂わせ、エメラルドが凶刃を振り翳す。剣の軌道の先には、秋津彦がいた。しかし既の所で一騎が間に割り込み、身を挺して翠晶剣を受け流そうとする。
 ところが敵の剣勢は想像以上に凄まじく、一騎の防御を物ともせずに斬り裂いて、鮮やかな弧を描きながら血飛沫が舞う。
「くっ……かはぁ!? ま、まだ、戦える……!」
 痛むのは、身体に刻まれた傷だけではない。犠牲者達の悲痛な無念や、冷然と殺戮を行う敵の目的を勘考するだけで、一騎は全身が灼かれるような感覚に囚われてしまう。それでも戦場に在り続けんが為、一騎は気力を振り絞り、黒き波紋を宿して闘争心を滾らせる。
「あなた達みたいなのが闊歩して治安が悪くなっちゃうと、おばちゃんのお店……お客さん減っちゃうのよね」
 ユーシスが不満を口にしながら、伊達眼鏡越しに敵を見る。商売に影響が出たら堪らないと独り言ちるユーシスではあるが、癒しの気を練り上げた光球で、一騎の傷を和らげる。
 三毛乃の右目が煌々と燃え盛る。紅蓮の地獄が敵を見据えて、右腕で軽々取り回した巨大な槌を砲台に変化させ、狙いを定めて砲弾を正確無比に撃ち込んだ。
 砲撃が爆ぜて煙が巻き上がる様を、三毛乃は黙したまま凝視する。油断は禁物とでも言いたげに、寡黙な女侠は気を張り詰めながら最大限の警戒をする。
 煙を払うように出てきた翠石色の剣姫の、装甲に損傷を与えはしたが手応えは未だ浅い。
「そう簡単には倒れてくれねえか。こいつはどうだ!」
 それならばと、泰地が上体を捻り遠心力を加えて回し蹴りを放つ。だがエメラルドはこの攻撃も構わず突進し、ビームソードを大きく振り被る。
「そうはさせません!」
 味方の危機を察知したフローネが咄嗟に庇い、紫水晶の盾を用いて斬撃を防ごうとする。しかし剣の威力に圧倒されて、遂には耐え切れずに盾が砕かれてしまう。
 更にはフローネ自身も衝撃で吹き飛ばされて、鉄橋に全身を強く打ち付け倒れ込む。
「フローネ殿、大丈夫でござるか!?」
 飄々と戦況を伺っていた風であったが、ここに来て敵に脅威を覚えたか。表情から余裕が失せて、焦りの色が滲み出る。風はこの事態を立て直すべく、魔法の木の葉を召喚し、急いで処置を施した。
「やってくれるね……これはお返しだよ!」
 雅の心に苛立ちと憤りが込み上げる。荒ぶる魂を、輝く小手に融合させて拳を捻じ込んで。霊糸の網を絡めて敵の動きを抑え込む。
「確かに、剣の名に恥じぬ戦いぶりでありますな。ですが、小生とて負けてはおれません」
 我が身の負傷も厭わずに、その戦いぶりは狂戦士の如く獰猛で。秋津彦はそんな相手と刃を交わすことに、どこか楽しむように武者震いして。ならば敵の剣をも超えてみせようと、秋津彦は体得した兵法の、持てる技の限りを尽くすのだった。
 戦場に響き渡る剣戟と、充満する血と硝煙の臭いに、一騎の鼓動が激しく脈を打つ。不快感と高揚感が混在し、拭い切れない激情が、右目に銀の炎を灯して凶暴性を増していく。
「勝手っスね、お互いに。けど……このままでは退けねぇよ。あんたを終わらせるまでな」
 戦い続けることが自分の存在意義だと。猛る炎を全身に纏い、思いをぶつけるように叩き込んだ渾身の一撃は――敵の装甲を打ち抜いて、エメラルドは思わずよろめき片膝を突く。
 だがそれも束の間で、鋼の剣姫はすぐさま剣を握って攻め立てる。その動きは流れるように美しく、翠色に煌めく光は見る者の心だけでなく、魂をも奪う死の剣舞。
 暴力的な刃の嵐に斬り刻まれて、意識が遠退きながらも必死に抗おうとする、不屈の魂すらも断ち斬られ――勇敢な黒き獣の少年は、無慈悲な刃の前に力尽きてしまう。

●引き継がれるココロ
「姉さん……よくも、一騎さんを……」
 仲間が目の前で横たわる現実に、フローネは身体を震わせ低い声で呟きながら、姉と呼ぶダモクレスを激しく睨む。
「他人が傷付くことに、怯え、狼狽え、苦しむか。下らんモノだな、ココロとやらは」
 片やエメラルドは、妹と名乗るレプリカントを無機質な目で一瞥し、呆れ蔑むように冷たく苦言を吐き捨てる。
「まずいわね……これ以上の被害は、何としても食い止めないといけないわ」
 一騎の安否を心配しつつ、ユーシスが危機感を一層募らせる。火力特化の敵を前にして、前衛陣の負担は増す一方だ。この劣勢をどうにか覆そうと、ユーシスは力強い歌声で、仲間の闘志を奮い立たせる。
「……今は耐える時でござんす。潮目は何れ、変わりまさァ」
 戦闘は膠着状態となるが、敵へのダメージは着実に蓄積されている。三毛乃は冷静に大局を見極めて、流れを呼び込むべく熟練の射撃術で援護する。
「何があっても、最後の一瞬まで……絶対に諦めはしない!」
 雅の脳裏には、凄惨な戦いの記憶が過る。あの時は後戻りできない道を選んだが、もう同じ轍を踏むつもりはない。だから余計に倒れるわけにはいかないと、己を鼓舞して得意の格闘術で食い下がる。
「少しでも手を止めたら終わりだぜ。ここは攻撃あるのみだ」
 雅と入れ替わるようにして、泰地が駆け寄り間合いを詰める。
 腕に宿した空の霊力が、うねりを上げて渦を巻き。全力で打ち込む螺旋の拳撃は、敵の防御を破って機械の身体を掻き抉る。
 今度こそ手応えありと思えたが、鋼の剣姫は攻めの姿勢を崩すことなく、番犬達を力尽くで捻じ伏せようとする。
 振り抜く一閃が、泰地の鍛え抜かれた筋肉を裂く。が――傷は決して浅くはないのだが、火力は今までよりも落ちている。ここまで積み重ねてきた攻撃が、漸く実を結んだ格好だ。
「流石に弱ってきたでござるな。皆の衆、今こそ畳み掛ける好機でござるよ!」
 ユーシスと共に回復役を担ってきた風が、戦線を維持し続けながら状況判断し、勢いに乗じて士気を高めようと発破を掛ける。
「――尾神一刀流『秋津陽』。枉事罪穢、祓い捨てる――金輪奈落に沈んでいけ!」
 光の霊力を帯びた太刀を手に、秋津彦が鋭迅怒涛の連撃を、鋼の剣姫に見舞わせる。その性質は山神が齎す『神火』の如く。燦然たる白き光芒が、蝕む不浄を斬り祓う。
「お前さんのその動き――猫の目にゃァ止まって見えやすぜ」
 三毛乃が伝承に纏わる猫の力を具現化し、動体視力を急速的に上昇させる。三毛乃の瞳に視える世界は、全てがコマ送りで流れているようで。狙い澄ました銃弾は、剣を握る腕を撃ち抜き、威力を更に削いでいく。
「こっちも最後の勝負だ! これで決着を付ける!」
 番犬達の押し寄せる猛攻に、さしもの剣姫も著しく消耗し、もはや手負いの状態だ。雅は光の槍を携えて、止めを刺そうと打って出る。しかし、エメラルドの方が先に動いて、剣を抜く。
 雅を斬り伏せようと、刃が降り下ろされて迫り来る――刹那。再構築された紫水晶の盾が剣姫の前に立ちはだかって、翠晶剣を受け止める。
「ココロ折れぬ限り、何度でも立ち上がる。それが、姉さんや、ダモクレスとの違いです」
 圧し潰されそうになる上体を、下半身に力を込めて耐え抜いて。揺るがぬ誇りと信念が、魂なき破壊の刃を撥ね退けた。
「……私はあの敗戦で学びました。これこそが、レプリカントの……人の力です!」
 フローネの紫色の瞳に映るのは、命の危機を救ってくれた少女の顔だ。雅が力強く頷き返すと、託された想いに呼応するように、光の槍の輝きが一段と増す。
 大切なものは絶対に守り通すから――あの時暴走した自分を助けてくれた、今度は代わりに自分が力になる番だ。
「貴方の切り捨てたものが、私達の最後の切り札だ――来たれ光槍、ブリュンヒルデ!」
 紫焔の光を灯す聖槍に、想いの全てを込めて放った一突きは――エメラルドの剣を弾き返して装甲をも砕き、胸を深々と貫き穿つ。
 雅が槍を引き抜くと、エメラルドは糸が切れたように崩れ落ち。倒れ掛かる彼女の体躯を、フローネが支えるように抱き止める。
 触れ合う肌の温もりは、戦いの火照りが残って未だ熱く。その直後――エメラルドの全身から淡い光が溢れ出し。妹の腕の中で眠るようにして、光の粒子となって消え散った。
 そして彼女の代名詞である剣は、力の呪縛から解き放たれたかのように、その手を離れて落ちていく。
 それは、彼女が死の間際、この世界に唯一遺した『ココロ』だったのかもしれない。
 零れる想いを掬い上げ、フローネは静かに瞼を閉じて。慈しむように死を悼み、愛おしむように剣を抱き締める。

 ――初めてココロを得てから、幾年月が過ぎた今日。
 もう一つのココロが、少女の心の中に息衝いていた。

作者:朱乃天 重傷:守屋・一騎(戦場に在る者・e02341) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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