夜来の花

作者:秋月諒

●黒衣に落ちる影はあわく
 花の香りがする。
 茉莉花の甘い香りが風に揺れていた。
「あぁ、ぁ……ッ」
 血に濡れたこの地にあっては花の香りはあまりに異様であった。熱が頬を焼き、血に濡れた足を引きずりながらも、女は顔を上げた。
「あの、子……だけは」
 大切な家族。大切な妹。
 掠れる声で呼んだ先、女の目に映ったのは妹の前に立つ黒い喪服の様な衣装を纏う女の姿であった。薄く笑みを浮かべるその表情はヴェールに隠され伺えず、一見すると淑女のようなその『女』の手には弧を描く斧があった。腹から飛び出た肋骨がその『女』を普通でないと伝えている。
「長イ、長イ潜伏ノ対価ヲ。構ワナイデショウ、ソウ。レジーナ様ヘノ手土産ニ」
 紅いルージュをひいた唇が弧を描く。振り上がる腕に見えるのは球体関節。その白い指先を汚すことなく機械仕掛けの淑女は奪い続けていた。ショッピングモールに訪れた人々を。そして今、その斧が妹に向かおうとしている。
「いや、やめて待って! ルシア動きなさい、ルシィ……!」
「略奪コソ生命――」
 美しい白い髪を揺らし、ダモクレス・ジャスミンはまたひとつ幼いパーツを奪い取る。

●夜と花の淑女
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
 レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)はケルベロス達を見た。
「クリスマスにゴッドサンタが言っていた『新たなダモクレスの幹部』の情報に動きができました」
 指揮官型ダモクレスの地球侵略が始まってしまったのだ。
「指揮官型の一体『コマンダー・レジーナ』は、既に多くの配下ダモクレスを地球に送り込んでいたらしく、彼女の着任と同時に、潜伏していたダモクレスが動き出したようです」
 動き出したダモクレスの多くは、そのまま撤退したようですが、中には行きがけの駄賃のようにグラビティ・チェインを略奪するものも少なくなく、多数の事件が予知されているのだ。
「皆様に向かって頂きたいのは、神奈川県にあるショッピングモール。相手はコードネーム『ジャスミン』というダモクレスです」
 茉莉花の花を身体の至る所に纏わせ、大きな歯車をその身の中心に据えた機械仕掛けの淑女だ。
「今から行けば、ジャスミンが少女に斧を振り下ろす前には辿り着ける筈です」
 ジャスミンの気を惹き、その間に少女を救うこともできるだろう。他にもショッピングモールには生存者はいるのだという。
「ダモクレス・ジャスミンは弧を描く斧を背負い、その身を武具に戦います」
 球体関節や歯車でちぐはぐに動きその動きは素早。性格は非常に狡猾だ。故に今回も姉の前で妹を先に奪おうとしているのだろう。
「ジャスミンはパーツを『奪う』事に固執し、襲い掛かってくるようです」
 ショッピングモールからの避難、客の救護ついては、こちらからも指示を出しておきます、とレイリは言った。
「ですが、ジャスミンに現場を突破されてしまえば避難の全ては間に合いません。皆様にはどうか、ジャスミンの撃破をお願い致します」
 これ以上の被害が出ないように。そしてあの姉妹を離れ離れにしない為にも。
 
「かなり多くのダモクレスが潜伏していた、と見て良いと思います」
 コマンダー・レジーナ、厄介な指揮官になるだろう。
「情報を渡すわけにはいきません。何よりこれ以上、好き勝手をされるわけにはいきませんから」
 撃破を、とレイリは言った。
 ジャスミンの、その略奪に終止符を。
「それでは、行きましょう。皆様に幸運を」


参加者
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
落内・眠堂(指括り・e01178)
飛鷺沢・司(灰梟・e01758)
夜刀神・罪剱(熾天の葬送者・e02878)
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
叢雲・紗綾(無邪気な兇弾・e05565)

■リプレイ

●黒衣の淑女
 血と花の匂いが、惨劇の地にあった。黒衣の女を見上げたまま動けずにいる妹に姉が声をあげる。
「いや、やめて待って! ルシア動きなさい、ルシィ……!」
「略奪コソ生命――」
 そうして新たな惨劇は生まれるーー筈だった。
「オヤ」
 振り下ろされる筈の斧は、少女の頭上で止まっていた。少女と女の間に割り込んだ影があったからだ。
「届きませんね」
 血が、落ちる。驚いた気配を見せた黒衣の女をリティア・エルフィウム(白花・e00971)は見据える。
(「幼き姉妹の命が刈り取られてしまうだなんて、見過ごす訳には参りません」)
 略奪を阻止し、その身を砕いてみせましょう。
 払うように腕を振り上げる。手に武器を落とせば、続いて落ちたのはーー影だった。
「あなたにあげられるものなんて何一つないわ」
 夕日に生まれた影を蹴るように。アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)の斬撃が影の如く黒衣の女を切り裂いた。
「ナ……!?」
 今度こそ声を漏らした黒衣の女ーーダモクレス・ジャスミンが、その斧を構える。縦に構えたそれをだが、セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)は押し込むように膝蹴りを叩き込んだ。
「素晴らしい非道さ。大切な家族を失うことこそ最大の苦しみ。でもね、死をもたらすものに喪服は似合わない」
 衝撃に、浮き上がったその体を地面へと縫い止めるように魔力の篭ったピンヒールで踏み下ろした。
「さぁ、生命を讃えましょう。死をもって祝福しましょう。お前の命、捧げなさい。私は死の畏怖をもって生命を賛美するもの」
 悠然と告げたセレスティンの足元、歯車が軋み、瞬間、ジャスミンは跳ねるようにその身を起こした。ギ、と関節を軋ませーーだが機械の淑女はーー笑う。
「ソウ、貴方達ガ来マシタカ。ケルベロス」
 ゆるり、浮かべられた笑みに落内・眠堂(指括り・e01178)は踏み込む。黒衣が揺れれば花の香りが届く。身を逸らし、避けようとするジャスミンに、眠堂は身を前に倒しーー行く。
「どれだけ『パーツ』が重要だろうと、お前の為だけに、他の誰かの大事なもんを脅かすのは頂けねえな」
 緩やかな斬撃がジャスミンの肩口を引き裂いた。歯車が軋み、ぐん、と向けられた女の視線に眠堂は告げる。
「手出しはさせない、此処で散れ」
「コレハ正当ナ対価デス」
 斬撃にその身を揺らしながらもジャスミンは笑い告げた。その声を耳に飛鷺沢・司(灰梟・e01758)と叢雲・紗綾(無邪気な兇弾・e05565)は少女へと駆け寄る。
「ルシア?」
 頷いた少女——ルシアを紗綾は抱き上げる。ボクスドラゴンのアルゴルに後を任せた彼女を追って、司は姉の手を引いた。
「連レテ行クナド」
「させないって?」
 その視線を遮るように、夜刀神・罪剱(熾天の葬送者・e02878)は飛んだ。
「……それこそさせないさ」
 は、と息を吐き、罪剱は流星の重力と煌きを以って蹴りを叩き込む。ガウン、と重い音が響く頃には駆け出した仲間の足音は遠い。
「!」
「花みたいにきれい……とはいかないね。カラクリ仕掛けのおねーさん」
 口元に笑みを浮かべ、ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)が指先を伸ばせば煌めきが溢れた。前衛へと届けるのは光輝くオウガ粒子。
「略奪こそなんて過激な信念、ちょいとここらで壊させてもらおうかな」
 ソウ、と笑うジャスミンにルードヴィヒは悠然と笑みを浮かべーー言った。

●鮮血と共に咲き
 遠く、金属のぶつかり合う音が聞こえる。伝わってくる振動は仲間が戦っている音だろう。駆けつけた救護隊に軽く状況を説明して、司は顔をあげた。
「ルシア、と……お姉さんは?」
「はい」
 ぎゅ、とルシアの手を握ったままの姉が顔を上げる。
「じゃあ二人共、いい子で逸れない様に」
 二つの小さな頭をくしゃりと撫でて、司はひらり、と手を振った。
「あの、お兄さん、お姉さんも、無事で……!」
 泣きそうな声に、司は手を振り、紗綾は微笑みを返して駆け出す。夕日の差し込む戦場は、血の匂いに満ちていた。ふいに、壊れた天井を見上げると、夕陽が薄暗く差し迫っているのが司の目に映る。
「……」
 バラバラの硝子片が壊された日常を表しているみたいで少し物悲しい。この感覚に慣れてはいけない、そんな気がした。
「行こう」
「はい。幸い救護隊とはすぐ落ち合えたので、戻るのもすぐです」
 紗綾が頷く。
 剣戟が耳に届く。夕日の戦場は、加速してゆく。

「あらあら、面白い攻撃をするのですねぇ。まるでコメディアンですよ」
 挑発するようにそう言って、床を蹴り上げる。軽い跳躍と共に加護を受けた斧を振り下ろした。
「ソウ、ソウデスカ」
 ゆるり、とジャスミンの唇が弧を描く。振り上げられた斧に、罪剱は踏み込む。
「略奪ノ邪魔ハ」
「……させないって?」
 絶空の刃は、黒衣を切り裂く。むき出しの歯車に僅かに罅が入る。
(「……へぇ、略奪を謳う機械か。それはまた珍しい。何かを奪いたがる奴は、総じて何も持っていない」)
 寂しい奴だな、と思う。
(「いや、俺と同じか」)
 た、と距離を取り直し、言い切る。
「……だったら、俺が相手になってやるよ。……もうこれ以上奪われるものなんて、有りはしない」
 敵を見据える。ソウ、と落ちた声と同時に斧を構えたジャスミンへと眠堂は意識を集中させる。
 瞬間、爆発が生じた。——だが笑う機械の方が早い。ぐん、と一気に前に踏み込むことで一撃を躱してきた相手に眠堂は護符を構える。さすがに、この命中率では届かなかったか。だが同じ属性の攻撃を続けるわけには行かない。それに。
「お前の気は惹かせてもらったさ」
「ナニ?」
 顔をあげたジャスミンに、影の弾丸が届く。セレスティンの一撃だ。
「私が黒衣を纏う理由は友を弔うため。今生きていることを常に感謝するため。死が身近にあるからこそ今が大事なの」
 指先を痛みと共に血が伝い落ちた。そんなの今は良い。
「お前は素晴らしい悪だわ。壊すことに躊躇う必要がない」
 言い切って見据えた先、花の名を持つダモクレスはうっそりと笑う。斧を振り上げれば次に来るのは接近か。此処を突破する勢いのある相手に、アリシスフェイルは息を吸う。
「金から銀に至り、その身、心を調和せよ」
 指先から紡がれるは、黄と紫の淡い光の糸。紬ぎあげられた癒しは、守護の殻。言の葉に呼応するように、包み届けられた癒しはやがて空に溶け消える。ぱた、と落ちた血だけが跡を残し、身を軽く、踏み込む仲間を正面にルードヴィヒは一度攻撃の手を選んだ。
 ゴウ、と砲撃に空が震えた。ジャスミンを囲い込むように、ケルベロス達は動く。足元、落ちた硝子の破片に注意しながら立ち回れば、戦場にあるのは剣戟と笑う女の声だけだ。
「ソウ、私ヲ囲ウノナラ」
 一撃に、敢えて距離を取ったジャスミンが歯車を回す。略奪ヲ、と機械の女は笑った。瞬間、振り下ろされた斧の一撃が狙うのはーー。
「周りの人を……!」
「させない!」
 いち早く気がついたリティアとアリシスフェイルが射線へと飛び込む。衝撃を受け止めるようにボクスドラゴンのエルレが翼を広げれば、その向こう、見えたのはジャスミンの姿。
「フフ」
 次は踏み込む気か。身を前に、た、と地を蹴ろうとするジャスミンの頭上に影が落ちた。
「ナ?」
「戦闘中に余所見とか余裕のつもりですかポンコツ野郎!」
 高く、響く声は夕焼けの空から。流星の煌きを受けて舞い落ちるは兇弾の二つ名を持つ少女。
「弱い者苛めがしたくて堪らないって感じですね、型落ち思考回路がハングアップしてるですかね!」
 紗綾の一撃が、ジャスミンへと落ちた。

●略奪を歌い
 一撃がジャスミンに叩きつけられた。ぐらり、とその身を揺らしながらジャスミンは笑みをしく。
「其ノパーツ、貴方達カラ奪オウト、思ッタノダケレド」
「そう……。なら残念だね」
 一般人をパーツと言う相手に、自らの攻撃力をあげながら司は顔を上げた。合流は完了した。もう一般人を狙う攻撃などさせるつもりは、無い。
 踏み込んだ眠堂に、ジャスミンは身を引く。斧を持つ腕を引き上げようとしたそこにーーだが罪剱の落下の一撃が落ちた。
「……止まってろよ」
「ガ……ッ」
 その蹴りにジャスミンの体が傾ぐ。罪剱を追うように視線をあげた一瞬、生まれたその隙を逃すことなく眠堂は刃を手にした。
「さぞ――その顔は綺麗だろうに。別嬪を手に掛けるのは気が引けるな、なんて。……略奪こそ生命、だったか? 捻くれてんなあ お前さん」
 眠堂の斬撃が、黒衣に深く沈んだ。ク、とジャスミンが顔をあげる。
「捧ぐ喜びは俺が教えてやるよ。まずは一発、拳でも見舞ってやろうか」
「不要」
 ヴェールの向こう、表情ひとつ伺わせぬままジャスミンは斧を振るう。振り回すだけのそれに眠堂は身を横に飛ばす。開いた射線、後方より構えた仲間の攻撃が届いた。
「……略奪コソ生命」
 鋼が欠け落ち、火花を散らしながらもジャスミンは斧を振るう。高い命中力は変わらずーーだが分かっていれば、対応はできる。叩き込まれ、時に其の一撃を弾き返しながらケルベロス達は動き続けた。作り上げた囲いを強固にし、その意識の全てを自分たちへと向ける為だ。
(「パーツは見当たらない……」)
 戦闘データの送信行為を紗綾は警戒していたが、見る限りジャスミンにその手のパーツは見当たらない。戦闘時のデータは収集してはいないのだろう。
「なら、倒すだけです」
 花と血の匂いの満ちる戦場を、ケルベロス達は駆けた。

●茉莉花は踊り
 夕焼けの戦場は火花と共に加速する。その身を血に濡らしながら、だがケルベロス達は踏み込んだ。毒を、傷を、分かったと痛みを今は置いて。一撃をーー叩き込む。
「略奪ヲ」
 勢い良く振り下ろされるジャスミンの一撃をアリシスフェイルは受け止めた。
「ーーッ」
 衝撃に、僅かに声が漏れた。痛みはある。けれど、耐えられる。戦う身として、この戦場における壁役として。
(「私は目の前で家族を殺された。同じような思いを他の人にはさせたくないもの」)
 此処で負ければ、ジャスミンはあの姉妹にも手を出すだろう。
「あなたが奪うというなら、私はそれを全力で阻止するまでよ」
 真っ直ぐに敵を見据え、悠然と告げる。
「私の腕でも持っていく? それとも、この一撃貰っていく?」
 伸ばした指先の向こう、ドラゴンの幻影が炎を放った。避けるように床を蹴るがーーだが、その足が凍りついて動かない。
「レハ……!」
 それは、紗綾の一撃で生まれた制約。驚愕に似た声をかき消すように、アリシスフェイルの炎がジャスミンを包んだ。
 炎の中、歯車が軋む。マダ、と落ちた声と共にジャスミンが斧を構え踏み込んで来る。その動きが鈍り出していた。今、この夕刻の戦場の主はケルベロス達に変わろうとしている。
「回復をするよ!」
 ルードヴィヒが回復を告げれば、ジャスミンの視線がこちらを向いた。叩きつけられる殺意に、だが青年は笑い告げる。
「誰も、奪わせは、しない。……のも戦いのひとつ、だよね。命を支えるのも奪うより魅力的だと思うんだ」
 手を伸ばす。届くように、零すことは無いように。回復を届ける先は前衛、壁役がやはり傷が多い。中でも、リティアに集中しているのは背の羽をわざとはためかせているからだろう。パーツを奪おうとする、というその欲望のまま、ジャスミンは斧を振るって来ているのだ。
「奪うことに固執するなら、奪われないことに執着してみせたいね」
 ジャスミンの言葉を拾いルードヴィヒは静かに告げた。
「花は摘みとらずに愛でるものっていうけども、ここで終わりだ、刈らせてもらうよ、女王(レジーナ)の茉莉花」
「終ワリニナド」
 させないと、そう続く筈だったのか。ジャスミンが言葉を紡ぐより早く、司は床を蹴った。白磁のナイフが真紅に染まり、火の粉が舞う。
「!」
 接近に気がつけば、茉莉花が熱を持つ。白い花びらが一瞬染まりーー揺れた。踏み込みに、弦のように引き絞った腕に。一直線に薙げば、歯車を引き裂く音と共にガシャン、と鋼が崩れ落ちた。
「――奪うのなら、奪われる覚悟は出来てるか」
「ァ……!」
 息を飲む音と共にジャスミンは大きく、その身を揺らした。歯車の欠片が落ちる。黒衣から溢れたパーツを踏み越え、向かうのは眠堂だ。
「お前さんの終わりだ」
 ひら、と舞い上がった護符が手の中、刃に変わる。薙ぎ払う一撃に続けてリティアは自らの斧を振り上げた。
「パーツヲ」
 は、と顔をあげ、一撃受け止めるようにジャスミンが斧を構える。
「それじゃ届かないですねぇ」
 おちょくるような言葉をまだ残して、リティアは勢い良く一撃を叩き込んだ。加護を受けた一撃は、庇うジャスミンの斧を滑りーーその身に届く。
 ギィイ、と軋む音と同時に火花が散った。歯車のひとつが落ちる。
「遠慮は要らないです、全弾纏めて持っていけですー!」
 一瞬の精神集中の後、放たれるのは紗綾の無数の弾丸だ。
 ここで決まる、とアリシスフェイルは思った。
「……細大なく艱苦を斥け――絹湮の繭」
 だからこそ今、回復を紡ぐ。夕刻の戦場に終わりを告げる為に。
「略奪ハ、マダーー」
 まだ、と踏み込もうとした機械の女に、セレスティンの蹴りが落ちた。ガ、と音が響く。は、と顔をあげたジャスミンにセレスティンは嫋やかな微笑みを崩さずに言った。
「機械にも死の恐怖がわかるかしら」
 命乞いしてもいいのよ。生命を賛美することこそ私の目的。
「ふふ、生かしてあげないけれどね」
 黒衣の淑女は凛と美しくーーされど冷酷に告げる。
「お前の命はお前が傷つけた者のため使わなければならない」
「ック、マダ、略奪コソ……!」
 生命と、続く言葉を見送るように罪剱は銃口を向けた。
 それは、自らを堕天使と定義して、拳銃から放たれる一発の銃弾を葬送とする罪剱の暗殺術。
 無音の銃声は、ダモクレス・ジャスミンへと届いた。
「ァ」
「……まあ、安らかに眠れよ」
 衝撃に、落ちる歯車に漸くその事実に気がついた機械の女は声を漏らす。伸ばした手が、斧を持つ指先が欠ける。
「――貴女の葬送に花は無く、貴女の墓石に名は不要」
「略奪、コソ……」
 茉莉花の花が散る。ガタン、と一際大きな歯車が落ちーー欠けた。それを合図とするように、機械仕掛けの淑女・ジャスミンは崩れ落ちた。

 夕日の差し込む戦場に、静寂が戻る。終わったな、と告げる声が重なった。遠く救護隊の声がする。
「こっちだ。終わった」
 ひら、と手をあげて眠堂は言う。もうきっと、二人一緒にいるだろう姉妹にどうかいつまでも仲良く、と願いながらセレスティンは顔をあげた。ふわり、と割れ落ちた天井が仲間のヒールに癒される。美しいステンドグラスの色彩が、労うようにケルベロス達の頬に触れた。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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