デッドリー・ナイト

作者:東間

●紅滴るプレゼント
 にこにことした目は優しそうで、たっぷり蓄えた髭から覗く口も笑みを形作っている。赤い衣装に身を包んだ体は恰幅が良く、抱き着いたら柔らかくて温かそうだ。
 その姿はどこからどう見ても、季節外れの『サンタクロース』。
 だが、その頭には奇妙なネジが1つ、くっついていた。
「ふんふんふ~ん、ふんふんふ~ん♪」
 『サンタクロース』は楽しげな鼻歌を紡ぎながら、右へ左へとリズムに乗って体を揺らし、作業に没頭していた。ふとその手を止め、指でトントンと顎を叩く――つもりが、指はふかふかの髭に埋没していって。
「ほっほっほっ、顎が行方不明になっとる。えーと、何だったか……ほっ! そうそう、コマンダー・レジーナから命令が来とったの!」
 うんうんと頷き、作業を再開させなら浮かべたのは少し困っているような、そんな表情だ。ううん、と首を振り、目の前の『もの』へと目を向ける。
「コマンダー・レジーナには悪いが、長い事、じっとさせられてたからのぉ……先に、次のクリスマスの仕込みをさせてもらうわい」
 そう言っていったん手を止めると、大きな手で作業していた『もの』の頭を撫でた。
「もうちょっとで終わるから、我慢しておくれ。大事なお兄ちゃんと、ずうっといられるようにしてあげるからのぉ」
 撫でる手つきはとても優しく、眼差しは言葉と同じくらい慈愛に満ちている。
 しかし撫でる指先に付着しているのはべっとりとした紅で、『サンタクロース』の愛情を受けているのは、さらわれたのだろう幼い少年だった――。
 
●デッドリー・ナイト
 ラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)が、眉間に縒っていたしわを指先でぐいぐい伸ばし、息を吐く。
 次にはいつもの表情に戻っており、集まったケルベロス達に向け、指揮官型ダモクレスの地球侵略が始まった事を告げた。
「指揮官型の1体『コマンダー・レジーナ』が着任すると同時に、これまで潜伏していた多数の配下ダモクレスが動き出したみたいでね」
 多くはコマンダー・レジーナの命令通り撤退したようだが、中には命令に従わず、まずは一仕事――という者もいたらしい。
「君達には、撤退命令に背いて幼児誘拐及び改造事件を起こすダモクレス……『ロベルト・ホールデン』の撃破を頼みたいんだ」
 そう告げたラシードの眉間に、再びしわが刻まれる。
 何故なら、誘拐された少年は改造手術を始められている為、もう元には戻せない。生きて家族の元へ帰す事は、叶わない。
 今から出来る事はただ1つ。
 ロベルト・ホールデンを討ち、新たな被害を生まないようにする事だ。
「ロベルト・ホールデンは、廃工場を自分のアジトとして使っている。そこでさらった子……兄弟のいる子を改造して、残された兄弟の所へクリスマスに『届ける』つもりみたいなんだ」
 現場である廃工場は、1階建ての、ごく普通の工場だ。道路に面した側と、その反対側――田んぼに面した側に1つずつ出入り口があり、機材は業務停止と同時に業者が運んでいる為、開けているという。
 ロベルト・ホールデンによる『作業』は、廃工場の中央で行われているらしい。
 都市部から離れているので一般人を巻き込む心配はないが、ロベルト・ホールデンを確実に討つのなら、ただ戦うだけではない工夫が要るだろう。
「俺からは以上だよ。……クリスマスプレゼントっていうのは、誰かの笑顔や、幸せを願って作られるものだ。こんなもの、プレゼントでも何でもない」
 だから、どうか。
 願いを込めた呟きと共に、ラシードはケルベロス達にヘリオンへ乗り込むよう告げた。


参加者
光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
ライル・ユーストマ(紫閃の斬撃・e04584)
鷹司・灯乃(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e13737)
風音・和奈(固定制圧砲台・e13744)
バフォメット・アイベックス(山羊座の守護の下・e14843)
イアニス・ユーグ(アイフラッフィー・e18749)
エドワウ・ユールルウェン(夢路の此方・e22765)

■リプレイ

●血濡れのファクトリー
 しん、とした夜だ。空気も音もただ静かで、冷たい。
 それ以上に冷たく恐ろしい事が、ダモクレス『ロベルト・ホールデン』のアジトであるこの廃工場で行われている。
 特定の年齢下、かつ兄弟の末っ子をさらって改造し、クリスマスに『贈る』というその凶行。さらわれた子を救う手立てはもう無いが、被害拡大を止めるべく集ったケルベロス達は、廃工場を挟んで二手に分かれていた。
 仲間達と共に田んぼを背にしたエドワウ・ユールルウェン(夢路の此方・e22765)はケープのひらひらとした襟に少し顔を埋め、『チョコ・モカ』と呼ぶ猫のぬいぐるみを抱き締めながら、片目を閉じる。
 同時刻、道路に面した側でライル・ユーストマ(紫閃の斬撃・e04584)も片目を閉じていた。
 中への突入、その要を担うのはレプリカントである2人だ。
 黙って見守っていた風音・和奈(固定制圧砲台・e13744)は、サポートは大丈夫そう、と判断し廃工場へ目を向け、得物を握り締める。自分が間に入るより、アイズフォンが使える2人の間で完結させた方が早い。
 田んぼと道路、それぞれがじっとその時を待って――数秒。
「みんな」
「今だ」
 声と同時にそれぞれの場所から突入してまず見たのは、真っ暗な中、明るく照らされ浮かび上がる廃工場の中央だった。繋ぎ合わせて広くした作業台。真っ赤な衣装に身を包んだ『サンタクロース』。そして。
「今、大事な仕込み中なんで邪魔せんでくれるかの」
 人ではない物にされてしまった『少年』が、ひとり。

●狂えるサンタ
「……許せない。絶対に許せない!」
「許せない? 何がかの?」
 首を傾げたロベルトに、光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)は再び怒りを露わにする。高く飛ぶと同時に桃色の翼をしまい、落ちる勢いと怒りそのままのネックブリーカー・ドロップを叩き込む。
 間髪入れず降った流星――ライルの蹴りでロベルトが呻いた時、その手が『少年』から離れた。
 サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は地を蹴って『少年』の手を取り、怪力無双で後ろに放った直後、両手を軸にぐん、と体を使う。
「俺んトコにゃ来ねぇ癖になあ」
 ケルベロスコートの裾が尾のように翻り、蹴りがロベルトを斬った。蹴り心地は上々と、自然口の端が吊り上がる。
 床を滑るように戦いのど真ん中から移された『少年』。両手でぽすりと受け止めた鷹司・灯乃(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e13737)の笑みに、少し影が差す。
(「気分悪いなぁ……人体改造とかほんまおもんないわ」)
 何で、という言葉も想いも過去には届かない。どうしようもない。けれど。
(「ちびさん、助けられんで堪忍な」)
 せめて家へ帰れるように。ひたり、とロベルトを見る。
(「おっちゃんたちが胸糞悪いサンタぶちのめしたるさかい」)
 灯乃の足元から黒猫達が軽やかに走り出し、前衛に祝福を授けて回る。その上を灯乃のテレビウムが飛び越え、ロベルトに飛び掛かった。
「う、いた、痛! まったく、仕込み中にケルベロスとは。面倒になったの……!」
 ロベルトがテレビウムを引き剥がし、放ってすぐプレゼント袋を掴む。袋の封が緩められた途端、次々と飛び出すプレゼント達。それらは全て煙の尾を引いて――触れる直前、爆ぜる。だが。
「頑丈さなら……自信はあるよ!」
「メル。おれ達も、いこう」
 晴れた煙の向こう、仲間を守った和奈は笑って光輝の粒子を溢れさせ、エドワウの放ったミサイルが四方八方からロベルトに降り注ぐ中、和奈にメルの属性が贈られる。
 同じく仲間の盾となったイアニス・ユーグ(アイフラッフィー・e18749)は、煌めきながら自分の周りで留まる粒子の中、嘆息と共に己のグラビティチェインを敵眼前で爆発させた。
「ほっ!?」
「見かけはサンタのはずなのになあ……夢も希望も無いな」
 ロベルトの行いに、バフォメット・アイベックス(山羊座の守護の下・e14843)も怒りを滾らせる。
「罪無き人を手に掛ける、その所業! 天に代わりて悪を討つ! 獣・身・変!」
 駆けながら獣人に変じ、振り上げた拳は鋼鬼のそれ。
「貴様の服を剥がしてあげましょう!」
 だがロベルトはプレゼント袋を背負い、後ろへ飛ぶと1つのプレゼント箱を手に取った。しゅる、と解けたリボンは一瞬で刃となり、メルを容赦なく斬り裂く。
「そうはいかん。これは大事な衣装での、これからの仕込みに欠かせんのじゃ」
 ロベルトが語ったその意味を、全員が理解した。
「逃げる隙なんてあげないんだから!」
 怒鳴った睦の、そして表情は変わらずとも、その分が攻撃の気迫に出たライルの飛び蹴りが立て続けに繰り出される。
 2つの出入り口を塞ぎ、ロベルトを囲んだこの布陣。だが、ロベルトはこの状況を切り抜け、これからも『プレゼント』を『贈り』続ける気だ。そうはさせまいと、ケルベロス達は次々に仕掛けていく。

●最期を贈られるのは
 見た目も口調も『サンタクロースのお爺さん』そのもののロベルトだが、繰り出してくる攻撃は厄介だった。
 広範囲を一気に狙ってくるプレゼント型ミサイルに、相手がどこにいても関係なく飛来するリボンの刃とジングルベルの光線。そしてスナイパーというその立ち位置。
「ほんま、胸糞悪いサンタや」
 オーラを高め、仲間を癒すのは何度目だったか。一瞬頭に過ぎった灯乃だが、そこに焦りは出ていない。共に癒す側として立つテレビウムが、『顔』に励ましの動画を流しながら、ちょこまかと動き回っている。その行き先は。
「クウ君、お願い!」
 自分と同じくらい、輝く粒子を解き放つ和奈だ。
 盾である少女は、仲間達がロベルトの攻撃を受けてもすぐ祓えるよう心掛け、少女と同じ盾を努めるイアニスとエドワウが、身を粉にしながらも攻撃に徹していた。
 何度も重ねられる癒しと、攻撃・回復それぞれに徹する盾達。それらが合わさった守りが、ケルベロス達をしっかりと支えている。
「ああ、ああ! お前さん達ケルベロスは、本当に面倒だのぉ!」
「こっちの台詞だ」
 イアニスは言い捨て、竜槌からの烈しい一撃を見舞う。その衝撃で後ろへたたらを踏んだロベルトの目が、エドワウを見た。
「そっちのお前さんは……うん。もっとこう、手を加えれば、そりゃあ素晴らしいプレゼントに……」
 兄弟のいる幼子を利用する。その手口を改めて見せつけられた気がしてイアニスは顔を歪ませた。エドワウも一瞬目を見開き――その目でロベルトを射抜く。
「もう、誰の家族も、きずつけさせない」
「ほほっ、出来るのかのぉ」
「できるよ。だって、おれだけじゃ、ない」
 直後、反対側からロベルトを襲ったのは、一点を突く激しい突き。
「こういう奴は本当許せない、ガンガンやっちゃおう!」
 敵に怒りを、同じチームである少年には信頼と心を向ける睦に、エドワウは頷き返してすぐ黒の残滓を解放する。
「む、ぐっ!」
 一瞬表情を歪ませたロベルトの手が、動こうとした。だが、それより早く、ぎらつく殺気溢れさすサイガのフルスイングが決まる。釘を生やしたその打法は強烈で、ケルベロス達がロベルトの身に刻んだ呪いを一気に増やした。
「壊されてくご気分は?」
「む、むむ、営業妨害……!」
 直後、ライルの見舞った魂喰らう一閃が飛来する。素早くロベルトの足を見たライルは、結果を見て思考を切り替えた。
(「……逃走防止の期待は出来なさそうか」)
 狙い通りに当てた事で、破壊されたブーツの下から機械パーツの足が覗いている。だが、ロベルトはそれを気に掛ける様子がない。気にしているのは、恐らく――。
「あ? トンズラする気か?」
 上は天井。横は壁。ロベルトの挙動を気にしていたサイガの一言が終わらぬ内に、バフォメットが両手を獣のそれに変えた。
「何度か躱されたましたが、今なら――!」
 動きを縛る呪い、増やされたそれ。バフォメットの『今なら』という予想は、咄嗟に避けようとしたロベルトが浮かべた驚愕と、鋼を撃つような轟音から確信に変わった。
 逃がさない為の布陣、それを維持する為に仲間達が欠けないよう放つ癒しと攻撃。そして連携がロベルト・ホールデンを強固に取り囲む。
「む、む……なぜ邪魔を! わしはただプレゼントを、ずっと一緒にいられるようにと……!」
「プレゼント? どこが!!」
「アンタは絶対に逃がさない……! そこから動くな!!」
 高く高く飛んだ睦の技が、ふかふかの髭なんて無いかのようにロベルトの喉にめり込んで。和奈の振り上げた竜槌が激しい号砲を響かせて。そうして重なった少女達の攻撃で、ロベルトの手からプレゼント袋が離れ落ちた。
「そんなプレゼント。サンタさんの、プレゼントじゃあ、ないよ」
 きらきらと光を反射するエドワウの目と、機械パーツを露出したロベルトの目が交差する。ロベルトの目に映った最期の光景は、己目掛け飛来するミサイルの群れだった。

●悲しみと、未来と
 戦闘の痕跡が癒えていき、一部が幻想化する。
 ヒールし終えたイアニスからの、どうだ、と問う視線に対しライルは首を振った。
 少年がダモクレスとして起動しないか見ていたが、改造を施されてしまった少年は微動だにしない。目も、表情も、呼吸も――何もかも、止められてしまったままだ。
「遺留品が無いか探してみるつもりだ。見つけられれば、家族の元へ早く戻れるかもしれない」
「ああ、それはえぇね。俺も……ちびさんをおうちに帰らしてあげたいわ」
「遺留品探し、アタシもやるよ」
 灯乃は少年へそっと視線を向け、ライルと同じ事を考えていた和奈は小さく手を挙げ同意した。
(「帰る、か」)
 黙って聞いていたサイガは少年を見る。人というには不完全な姿だ。だが、それでも帰宅出来た方がずっといいだろう。ここで朽ちてしまっては、誰にも朝は来ない。
「なあ」
 この子を弔いたい。呟いたイアニスの拳が、ぎり、と握られる。助けられなかったという後悔の波は、絶えず浮かぶばかりで消えてはくれそうにない。
 そうしましょう、とバフォメットが囁く。神父である彼の言葉もあれば、夜闇の中であってもいくらか家路が見えそうに思えた。
「神よ。ここにあなたの子羊を送ります。せめて、彼の魂に救済を」
 しん、と流れ落ちた空気に悲哀が満ちた。
「仇は取ったよ……。でも、助けられなくてごめんなさい……」
 和奈は笑顔を曇らせ、睦も謝りながら少年に花を手向ける。特別親しいわけではないが、集まりの度に成長を感じさせられる従兄弟は、この少年と同じくらいの年頃だ。
「もっと早く、駆け付けてあげられなくてごめんね」
 自分が従兄弟の成長を見て嬉しくなるのと同様に、少年の家族もきっと――。
 共に祈っていたエドワウが、ぱち、と瞼を開いた。そこに映った少年の姿は、こうなってしまう前とどれくらい違うのだろう。
 『死』を癒す事は出来ない為、人としての生を奪われ、終わりにされた少年にヒールグラビティを施しても効果はない。それでも、少しでも元の姿へ近付けられたらと、そう思ってしまう。
「たすけられなくて、ごめんね」
 過去は変えられないからこそ、悼む気持ちが止まらない。
 しかし、ダモクレス『ロベルト・ホールデン』が撃破された事で、いつかまた来たかもしれない悪夢のような聖夜は防がれた。それは、未来に繋がる確かな一夜だろう。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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