ガス灯と女

作者:麻香水娜

 静岡県天城峠――。
「さむっ! やっぱ雰囲気あるなぁ……」
 心霊スポットとして有名な旧天城トンネル入り口で、村上・英二が白い息を吐く。
「車で通ったらエンストしたり手形がびっしりってのは、車に何かあったらい嫌だけど、女の幽霊なら徒歩でも見られるよな!」
 しっかり写真におさめてやる、とスマホを握り締めた。
 そして、恐る恐るトンネルの中に入っていく。
 ――ドサ。
 英二は突然背後から何者かに心臓を穿たれ、地面に倒れ伏した。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 大きな鍵を持った黒いローブの女性――魔女・アウゲイアスが一人ごちる。
 その傍らには、白い服を着た長い髪の女の幽霊が立っていた。
 
「この寒い冬の夜中に幽霊を探しに行くというのもどうなんでしょうね……」
 若干うんざりしたように祠崎・蒼梧(シャドウエルフのヘリオライダー・en0061)が溜め息を吐く。
 どうやら、トンネルに出るという幽霊を写真に収めようとした青年が、『興味』を奪われる事件が起こるようだ。
「ふふ、季節はずれの肝試しかしら」
 ソウゴは寒いのが苦手なの? とヒメル・カルミンロート(セブンスヘブン・e33233)がくすくす笑みを漏らす。
 得意ではありませんね、と苦笑混じりに答えてから、 こほんと1つ咳払いをして、
「『興味』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようですが、奪った『興味』を元にして現実化した幽霊が事件を起こそうとしているようです」
 被害が出る前に幽霊ドリームイーターを撃破して欲しいと続けた。
「白い服を着た髪の長い女性の幽霊……定番といえば定番の幽霊ですが、心臓の辺りがモザイクになっておりますし、本物のトンネルに出る幽霊と間違える事はないでしょう」
 本当に幽霊が出てくるかは分かりませんが、と続けて。
「この幽霊も自分は誰か聞いてくるの?」
 関わった似たような事件を思い出しながらヒメルが口を開いた。
「はい。『幽霊』と答えれば襲われないようですが、『通行人』や『通りすがりのお姉さん』等、さも生きている人間に接するように答えると襲ってきます」
 この特性を使い戦闘を有利に運ぶ事もできるだろう。
 蒼梧は幽霊ドリームイーターが使ってくるグラビティを説明し、
「幽霊だけあって、消えたり突然現れたりするので攻撃を当てるのが少し大変かもしれませんね」
 と締めくくった。
「怪奇現象に興味を持つ方は少なくないと思いますが……それで幽霊ドリームイーターが増えるのもどうかと思います。村上さんをこのままにしておくわけにもいきませんし、ドリームイーターの撃破をお願い致します」


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
天津・総一郎(クリップラー・e03243)
ノルン・コットフィア(星天の剣を掲げる蟹座の医師・e18080)
錆滑・躯繰(カリカチュア・e24265)
左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)
ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)
ハートレス・ゼロ(復讐の炎・e29646)
ヒメル・カルミンロート(セブンスヘブン・e33233)

■リプレイ

●風邪引かないように
「このトンネル、旧天城トンネルは有名な小説の舞台にもなった由緒ある所だったんだ。とはいえ、今は新しいのができたようだから此処は使われていない……」
 其れゆえか、心霊現象の噂話も数多く語られている、と錆滑・躯繰(カリカチュア・e24265)が淡々と口を開いた。
「観光名所であり、心霊スポットでもある。よくある話ね」
 躯繰の話にノルン・コットフィア(星天の剣を掲げる蟹座の医師・e18080)が相槌を打つ。
「歴史的建造物としての趣も充分だし……心霊スポットじゃなきゃ言うこと無いんだが……」
 2人の言葉に左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)がどこか残念そうに呟いた。特に幽霊が苦手というわけでもないが、好きでもないから好んで心霊スポットに行こうという被害者の気持ちが理解できないらしい。
「クク……幽霊はデウスエクスだろうと本物だろうと自身の人生を彩る刺激でしかないな」
 見たもの、確かめたものだけを信じるペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)は、幽霊自体を信じていない上に怖いとも思ってない模様だ。
「あ、いたいた! あそこにあった休憩所にでも運んでおきましょうか」
 ヒメル・カルミンロート(セブンスヘブン・e33233)が倒れている村上・英二を見つけて小走りに駆け寄る。
「体が冷えるといけないわ」
 ゆっくりとその後を追ったノルンが、持っていた毛布で英二の体を包んだ。
「俺が運ぼう」
「じゃあ、先に行ってこれ敷いてくるね」
 ハートレス・ゼロ(復讐の炎・e29646)が毛布に包まれた英二を軽々と抱え、敷物を持ったメリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)が先に休憩所に向かう。
「じゃあ俺は念のために……」
「手伝うぜ」
 十郎がキープアウトテープを取り出すと、天津・総一郎(クリップラー・e03243)がトンネルの入り口に貼るのを手伝った。

●いつでも出て来い!
「……よし」
 十郎が用意したキープアウトテープを貼り終えた総一郎が、トンネルの入り口で帽子を被り直し、グローブも嵌め直す。
「行くか」
 被害者を休憩所に運んだ仲間達が合流したのを確認した十郎が、トンネルの奥へと歩き出した。
「背後から襲われないとは限らないな」
 総一郎が呟いて最後尾に位置し、重点的に背後に気を配る。
「手形とか女の幽霊とか、なかなかベタな話だな」
 先頭を歩きながら十郎が、ふぅ、と溜め息を漏らす。
「ふむ、幽霊か。ダンジョンなどに出る残霊のようなものだろうか」
 その隣に並ぶハートレスが考え込むように呟いた。
「ユーレイ? ま、本物だろうとなんだろうと、ヒメルがきっちり冥府に送り返してあげるわ!」
 ヒメルは自信満々に強気な瞳を見せる。
 ――パキン。
 幽霊が出る時に聞こえるというラップ音が響いた。
「な、何!? 来たの!?」
「来たかな」
 ヒメルが隣にいたメリルディの後ろに隠れてしまうと、メリルディの表情が引き締まる。
「大丈夫? 送り返してあげるんじゃなかったのかい?」
「だだだ大丈夫よ! ビビビビってなんかいないわ!」
 躯繰が穏やかに声をかけると、明らかに挙動不審でビクビクしているヒメルは精一杯強気に振舞った。
 8人は背を預けあってそれぞれの方向に警戒を向ける。
『ふふふ……』
「ほう、あれだな」
 ペルの視線の先に、スゥッと白い服を着て長い髪を靡かせた女が現れた。
「でででで出たあぁぁー!?」
 声の方向を向いたヒメルの悲鳴と共に殺気と剣気が周囲に広がる。万が一、自分達が見つけられなかった一般人がいても、虚脱状態にしてこちらへ来ないようにと。
『ねぇ……私は誰かしら……』
 女が静かに問いかけてきた。
「幽霊、だろう? 子供の我は目の前に幽霊が出てきて震えてしまうな……クク……」
 全く怖がっている様子のないペルであったが、女は他の者達に視線を向ける。
「幽霊が出るという噂は本当だったか……」
 ハートレスが驚いたように目を見開いて固まった。
「こんな冬に肝試しとは、物好きなお嬢さんだな」
「なんだよ、アイツの他にも一般人がいたのか。とっとと帰りな」
 十郎が呆れたように口を開き、総一郎が注意する。まるで一般人を見つけたように。
『ふふふ……肝試し? 一般人? これでも……?』
 女は笑いながら胸のモザイクを飛ばした。

●幽霊を殴り飛ばせ
(「来る……!」)
 モザイクの塊は真っ直ぐ総一郎に向かい、その体を包み込む。
「く……っ」
 体中に痺れが走り、眉間に深い皺が刻まれた。
「やってくれるぜ……」
 痺れを煩わしそうにしながらも気合でマインドシールドを自らの周りに浮遊させる。傷を癒しながら守りを固めた。
「いくよっ」
 メリルディが前衛にメタリックバーストを使って超感覚を覚醒させる。
「助かったぜ」
 オウガ粒子は傷を癒し、メディックであるメリルディが使ったことで総一郎の痺れも取り除いた。
 オウガ粒子を纏う躯繰が両手にナイフを構えて女を見据える。
「祈祷や説法を聴かせるよりも殴った方が早いだろう?」
 女が姿を消そうとした瞬間、消えきる間際に鋭く斬りつけた。
「お嬢さん、体が冷え切る前に帰った方がいいんじゃないか?」
 十郎は、今度は自分を狙うようにと、更に挑発を続けながら、前衛の仲間達にオウガ粒子を放出して更に感覚を研ぎ澄まさせる。
「畳み掛けるわよっ」
 ノルンが凛とした声をトンネルの中に響かせながらスターゲイザーで女に重力の錘をつけると、サーヴァントのディアが凶器を振りかざして殴りかかった。
『あ、あ……』
 ディアの凶器攻撃を受けて女の顔が恐怖に引きつる。
「駄目ではないか、物理攻撃が効いてしまうなどなぁ……食らえ」
 ペルがよろめいた女にブラックスライムをけしかけて飲み込ませた。
「オレの地獄に付き合ってもらおうか」
 ハートレスはチェーンソー剣を鳴らしながら斬りつけて傷口を広げ、サーヴァントのサイレントイレブンが炎を纏って突進する。
「オバケでも叩っ斬れるなら全然怖くないですし!」
 仲間達の攻撃が次々と命中する様を見て怯えを消したヒメルが、サイレントレイブンの後ろに続くようにヴァルキュリアブラストで猛突進した。
『あ、あ、あ……』
 傷だらけで怯えきった女は、まるで本当に事故にあった幽霊のように見えない事もない。
『ああああああああああ!!!!』
 女は甲高い声を上げ、自分の体にモザイクを集める。そのモザイクは女を包み、傷口に吸収されると傷が癒された。怯えの表情と炎も消えたが、若干まだ動き難そうにしているのを見るに、体の動きは完全に回復できなかったらしい。
「治されたらまたつけりゃいいんだろっ」
「トラウマもねっ」
 総一郎が瞬時に女に詰め寄りスターゲイザーで再び重力の錘をつけ、魔導書を開いたメリルディは無貌の従属で悪夢を見せる。
「さぁ、ついて来れるかい?」
 2人の連携攻撃に悶える女が体勢を立て直す前にと、躯繰が心拍数を一時的に増加させて体感時間を早めることで超高速でナイフを振りかざした。
『!!』
 急いで姿を消そうした女だったが、体が重くて思うように動けず、大きく斬りつけられてしまう。
「そんな薄着じゃ寒いだろ?」
 軽く冗談を口にした十郎が炎を纏った脚で思い切り蹴りつけると、冗談めかす声を聞いてタイミングを合わせたノルンが戦術超鋼拳で思い切り鳩尾に拳を叩き込んだ。ディアが顔を光らせた瞬間、女はよろめきながらもその光から逃れる。しかし、炎が燃え上がった。
『くぅ……!』
「まだ動けるのだなぁ……」
 呟いたペルが小さな体で軽やかにスターゲイザーを撃ち込む。
「念には念をだ」
 ハートレスがサイレントイレブンに声をかけると、意図を汲み取って女の足を轢き潰した。次の瞬間、フロストレーザーが女の腹に命中する。
「引き裂いてやるわ!」
 続けてヒメルがバリケードクラッシュで、女の胸から腹を縦に引き裂いた。
『許さない……許さないわ……』
 女の形相は正に恨みに満ちた幽霊そのもの。
 怒りのオーラに髪がふわりと広がると、ガス灯がパリンッと割れる。砕け散ったガラスや地に転がっていた小石が最も深手を負わせてくる躯繰に向かった。
「これが俺の仕事なんでねっ」
 さっと躯繰の前に立ちはだかり、ガラス片や小石が礫となって十郎の体に撃ちつけられる。
「助かった。礼を言うよ」
 背後から声をかけた躯繰は、その背から飛び出してブラッディダンシングでザクザクと体中を斬りつけた。
『キャアアア!!』
 女の悲鳴がトンネル中に響くと、指先やつま先からだんだんモザイクが体中に広がる。
『ケルベロスゥ……! 許さないわアァァァ……』
 段々悲鳴も小さくなっていくと、モザイクの塊はパーンと弾けて消えた。

●観光名所を元の姿に
 女――幽霊ドリームイーターがモザイクとなって霧散すると、警戒を緩めたケルベロス達はトンネルの修復にかかる。
 心霊スポットとして有名であるが、躯繰が説明したように小説の舞台にもなった観光名所でもあるのだ。ガス灯は割れ、トンネル内部のあちこちが傷付いた姿を見せるわけにはいかない。
「フン、コイツより睡魔の方がよほど強敵だったぜ」
 ヒールがひと段落して総一郎が鼻を鳴らす。
「ほーんと、幽霊ごとき大したことなかったわね」
 戦闘前はビクビクして、現れたら本気の悲鳴を上げていたヒメルがドヤ顔で総一郎に同意した。
「あれ? どうしたのお嬢さん、忘れ物?」
 ふいに十郎が誰かに話しかける。
「え!? まだいるの!?」
 顔を青褪めさせて、近くにいたノルンの背後に隠れた。
「いないわ。あなたもからかっちゃダメよ」
 ノルンはヒメルの頭を軽くぽんぽんと撫で、十郎に苦笑する。
「いや、あれは……」
「えぇ!?」
 躯繰がぼそりと口を開くと、ヒメルはノルンの白衣を握り締めた。
「あ、英二の様子見てこなきゃ」
 仲間達にからかわれて涙目になっているヒメルをくすくすと見守っていたメリルディが思い出したように口を開く。
「そうだな。いくら毛布に包まれているとはいえ、寝かしておくわけにもいくまい」
 ハートレスが頷くと、全員で被害者の寝ている休憩所へと足を向けた。

作者:麻香水娜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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