四日市市、氷結の機楽隊

作者:白石小梅

●四日市市演奏会
 四日市コンビナート地帯。
 ケルベロスとダモクレスとが幾度となく激突を繰り返す、人呼んで『ミッション地域』の一つ。
 その日もまた、襲撃を掛けてきたダモクレス部隊と番犬たちが激しい戦闘を繰り広げたばかり。
「バイパーメイデン……確認が早かった機体の中では、やはり強大ね」
「残霊を掃うのとは違う。新人たちには良い経験になったろう」
 そう話すのは旅団長と副団長だろうか。
 その精鋭二人以外は、傷も多い。互いの傷を癒し合いながら、番犬たちはいつものように撤収する。
 だがその日は、波乱があった。
「……! 団長、敵だ!」
「なに? 討ち漏らし?」
 副団長の警告に団長が振り返った時。その視界に映ったのは。
「違う! 敵増援! 八、九……十体以上!」
 それはまるで、港の夕日に群れる白い鴎。
 天使型のダモクレスの群れだった。
『ケルベロス部隊確認、トランぺッター・メイデン01。戦闘データ転送開始。交戦を開始します』
 感情を感じさせぬ囁きと共に、十六体の機兵が傷ついた番犬たちを取り囲み、肌を切る冷気を放つ。瞬く間に、そこは混沌の戦場と化した。
「くっ……! どこに隠れていたのよ! なんて数!」
「団長! これ以上は新人たちが!」
「撤退よ! 皆、先に逃げなさい!」
 押し寄せる機兵。精鋭二人の指揮の下、番犬たちは戦闘不能者を抱え、冷撃の嵐の中を這う這うの体で脱していく。
『敵部隊の撤退を確認……任務を続行いたします』
 港の夕暮れに、死の天使の群れがするすると身を潜めていく。
 やがて、この空を彼女たちの同型機が埋め尽くす、その日の為に……。
 
●怒涛のダモクレス軍団
「クリスマスに掴んだ情報の通り、指揮官型ダモクレスが地球侵略を開始した模様です」
 望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)は表情も硬く、資料を配布する。
「敵は六体の指揮官が率いる六軍団。対立しつつ手柄を競合しているようで、横の連携は見受けられません。ですが、一概にこちらの利とは言えぬ状況です」
 すなわち、六軍団はそれぞれが異なるアプローチで攻めてくるということだ。
「この度、皆さんに担当してもらうのは指揮官『マザー・アイリス』の軍団の一角。彼女はやがて来るケルベロスとの闘いに向け、生産性に優れた量産型ダモクレスを投入するべく、試作機をダモクレス制圧下のミッション地域に放って実戦テストを行い始めたのです」
 テストの対象は当然、ケルベロスだ。すなわち……。
「すでに、ミッションからの帰還時に正体不明部隊から襲撃を受けたとの報告が相次いでいます」
 すでに損耗している部隊や、少人数の巡回中、戦闘能力の低い者が狙われ、少なからぬ被害が出ているらしい。敵の運用試験につき合う義理などないが、このまま勝利のデータを積み重ねさせるわけにはいかない。
「量産型ダモクレスはミッション地域の外縁部に潜み、襲撃活動を行っています。皆さんはミッション部隊とは別に出撃。外縁部を索敵し、量産型試作機を撃破してください」
 
●トランぺッター・メイデン
「今回、敵の出現を予知したのは四日市コンビナート外縁部です」
 資料写真には、海、クレーン、積まれたコンテナ、倉庫……典型的な埠頭の倉庫街。
「見敵必殺。サーチ&デストロイが今回の任務です。敵は奇襲を狙っていますが、索敵方法を上手く工夫出来れば裏をかける可能性もあります。もちろん互いに敵を認識し、正面衝突する可能性も高いですが」
 敵のデータは、との質問に、小夜は頷く。
「機種名TM01、トランぺッター・メイデン。総数16機からなる機甲兵小隊です。白布を纏った少女の姿をしており、所持したトランペットや機翼を用いて外気を氷結させて闘います。個の強さはケルベロスの脅威ではありません。今の皆さんなら、複数を同時に相手出来るでしょう」
 尤も、少人数でその数の敵に挑んだ経験を持つ者は少ない。今までとは違った闘いになりそうだ。
 アメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196)が、腰を上げる。
「了解した。仲間の被害を看過は出来ない。私にも出撃させてくれ」
 小夜は頷くと、他の面々に向き直った。
「……敵は今後もトランぺッターの調整を繰り返して送り込んでくることが予想されます。雑魚が何度来ようとも、ケルベロスの前には無力だと思い知らせてやりましょう。それでは出撃準備をお願い申し上げます」
 小夜はそう言って頭を下げた。


参加者
草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)
藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)
桐屋・綾鷹(蕩我蓮空・e02883)
月隠・三日月(黄昏の猟犬・e03347)
空木・樒(病葉落とし・e19729)
椿木・旭矢(雷の手指・e22146)
ケオ・プレーステール(燃える暴風・e27442)
デリック・ヤング(渇望の拳・e30302)

■リプレイ

●コンビナート索敵行
 三重県四日市市。
 大型車両が忙しく行き交い、日本の製造業を支えている人々の営みを感じさせる。
 だがその一角に、残雪も薄く残ったまま人の出入りを感じさせぬ場所がある。
 そこが、ダモクレスとケルベロスが激しく争うミッション地域。
 そこで仲間たちを襲う量産機群を撃破すべく、番犬たちは降り立った。
「ケルベロス相手に運用試験とは、とんでもない奴らだな。これ以上仲間に被害を出さないためにも、ここでキッチリ撃破してやろう」
 腕を組んだ月隠・三日月(黄昏の猟犬・e03347)の視線の先には、半ば廃棄されたままの倉庫や工場の群れ。
「人がいないから薄暗いが……ヒールのおかげで電力供給や照明は生きてるな。索敵に問題はなさそうだ。そろそろ行くか」
 椿木・旭矢(雷の手指・e22146)が見るのは、配られた資料写真をじっと見つめる、草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)。
「雑魚が何体来ようが関係ねーが、天使ねぇ……いつもと毛色が違うダモクレスか。何か気になる、変な気分だ」
 考えても仕方がないと写真をしまった時、その背をとんと叩く人影。
「助太刀に来たぞ! あぽろは余が守る故、安心せよ!」
「識別コード、トランペッター・メイデンだったか……記憶にはない、が。ともかく、全力で戦えるようサポートしよう」
 そう言うのは、サポートに来たステラ・ハートと、流・朱里。
「なんだ。朱里もステラも、来てたのか。わざわざありがとな」
 あぽろと手を叩き合って、二人はサポート組のところへと去る。
 そこでは、女三人が寄り添うように対応を話していた。
「蓋を開けてみれば大所帯になりましたわね。索敵は隠密に行きたいところです……サポート組と本隊とは分けましょうか」
 シャーマンズゴーストのポラリスを撫でて、藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)が振り返る。今回の依頼のサポートには、合計で六人ものケルベロスが参集していた。
「ええ。まず私たちが予定通り先行して索敵。ウォーターハウスさんに皆さんを率いて後詰をお願いしましょう。戦闘では、打ち合わせの通りに」
 空木・樒(病葉落とし・e19729)がそう指示を出す。
 頷くアメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196)も含めれば、部隊は総勢十五人。全員で動いては、隠密も何もない。
「承知した。索敵を阻害せぬよう、後方より本隊を追随する」
「ええ。戦闘に入り次第すぐに駆けつけるわね」
「いずれこの地を開放するため……今はせめて、共に対処したく思います」
 アメリアと共に、リリー・リーゼンフェルトとフローネ・グラネットが力強く頷き返し。
「ここにいる眸とは普段から戦術を話し込んできた。実戦で試すいい機会だ」
「もちろん、敵を排除すルことが第一義。協力は惜しまなイ」
 背後で話し込んでいた玉榮・陣内と君乃・眸が、引き連れたサーヴァントと共に向き直る。
 頼もしい仲間を後詰に、番犬たちはコンビナートへ分け入っていく。

 隠密気流を纏い、前方を双眼鏡で哨戒しながら、デリック・ヤング(渇望の拳・e30302)は獲物を探す獣のような動きで前進していく。
(「フン……多数と多数の乱戦か。そうそうない機会だ。楽しみだぜ」)
 すでにここは敵部隊の伏した地。身を刺すような緊張感に、思わず口の端が吊り上がる。
 番犬たちは事前に集めた地形データを元に、遮蔽物の影に纏まりつつ全方位を警戒しながら部隊を進めていく。
(「静かな潜入とか索敵……ああ! 必要なことだってのはわかってるが、早く敵を見つけてどかーっと戦いたい! 情熱を抑えるのが大変すぎる!」)
 隊列の中で、ケオ・プレーステール(燃える暴風・e27442)が苛々している。テレビウムのキオノスティヴァスが画面に『落ち着け』と流さんばかり。
 それは奇襲を掛ける隙など無い、堅実な警戒と慎重な進軍だった。
 ……ふと、ある倉庫の脇で。
 桐屋・綾鷹(蕩我蓮空・e02883)が、並んだコンテナの戸が開いたままであるのに気付いた。
「……」
 双眼鏡を覗けば、中には膝を抱えるように静止している天使型ダモクレスの群れ。そして一体が離れた位置から周囲を見回している。
(「……見付けた。にしても何でこんなにも大量生産したんだろうなぁ……予知に引っ掛かる時点で不良品じゃねぇのって思うが……」)
 ハンドサインで発見の合図を送ると、音を立てずに忍び寄った七人がコンテナに対して身構える。
 その時だった。後ろから、ほら貝を思わせる警戒の音がコンビナートに響き渡ったのは。
『ケルベロス部隊接近、ケルベロス部隊接近……!』
「……! こっちも見付かったか!」
 唱えられる警告に、ケオが振り返る。後方にあった一台のクレーン車の上で、一体の機械天使がトランペットを吹き鳴らしていた。コンテナが内側からぶち抜かれ、天使たちが上空へ舞い上がっていく。
「……本隊を伏して複数の哨戒員を置き、周囲を警戒してたのか」
 上空で戦闘開始の音色が響き合う中、旭矢が軽く舌を打った。
「なるほど。向こうは向こうで考えるな。もう一歩で出し抜けたんだが」
「ま、いいさ。一体残らずぶった斬るのは変わんねぇ」
 三日月に合わせて、綾鷹も刃を解き放つ。
「……ですね。奇襲を許さなかっただけで上出来でしょう」
 千鶴夜が目配せすると、樒が後方のサポート隊へと合図を送る。
『……戦闘データ転送開始。交戦を開始します』
 高空へと舞い上がった天使たちは、空中で編隊を組むと、真っ逆さまにこちらへと飛び込んで来た。

●開戦のファンファーレ
 デリックとケオが、笑みを浮かべて真っすぐ跳躍する。
「フン……トランペッターだとォ? せいぜいあの世で俺のためにファンファーレでも吹くがいいぜ!」
「この時を待ち侘びたぞ! 本当に! その身に我が溜まりに溜まった情熱を受けるといい!」
 渾身の蹴りと、石化の閃光。空から落ちてくる機械天使と雷の如く激突し、先陣を切った天使を弾き飛ばす。
 その光景を見ながら、頭を押さえるのは、あぽろ。
「なんだ……さっきから変な既視感がしやがる……顔か? 無表情だってのに何か……いや、構うな! 光あれ、加へ光あれ、我らの行く道に光条あれ!」
 頭痛に似た感覚を振り払って指を鳴らすと、夕日が墜ちてきたかの如き光線が、空を舞う機天使たちを後ろから薙ぎはらった。その内の一体。先ほど連撃を受けた個体が、翼の折れた鴎のように滑落して砕け散る。
『ルナ7、ダウン』
 響き渡る、十五人分の呟き。その言葉に合わせるように、白い群れはすぐさま空中で態勢を立て直した。
「チッ……さすがに十六体もいると、望んだほどの威力じゃねーか!」
 数体が氷結の音色を奏で、冷気が迫る。
 だが前衛の身に纏わりつく氷の呪いは、三日月が放った星辰の加護が薙ぎ払った。
「草火部殿、謙遜するな。あれだけ広範囲で尚、この威力……正直、感服する。数で寄せる相手には、十分に有効な手だ」
 列攻撃には、確かに一撃必殺の威力はない。しかし群れに対してなら、与えるダメージの総量において、単攻撃に遥かに勝る。
「感心ばっかしてられると楽だが、そうもいかねぇか。弱ったところを確実に撃ち落とさねぇと。俺たちの出番だな」
 綾鷹が、黒白の刃を重ね合わせて空を断つ。天使の腕が一本、ばね仕掛けのように飛んだ。その一体に、キオノスティヴァスとポラリスがしがみ付く。
「ええ。弾が効くのならば、天使であろうと何であろうと、全て撃ち落してご覧に入れますわ」
 瞬間、空中で揉み合う天使の頭蓋を、一発の跳弾が正確にぶち抜く。ふっと笑みを漏らすのは、千鶴夜。
『ルナ2、ダウン……一斉攻撃開始』
 番犬たちを球状に取り囲んだトランペットが一斉に奏でられ、氷結の嵐がコンビナートに吹き荒れる。
「仲間を喪おうとも、微塵の躊躇も動揺もなし、か。機械の強みだな。だが、そう簡単に通させはしない」
 旭矢が放っていた紙兵たちが、仲間の身代わりにはらはらと落ちていく。それを貫通して前衛の身を裂いた凍傷には、樒の調合した暖かな薬液の雨が降り注いで。
「わたくしの眼前で戦闘不能者を出すなど、決してさせたり致しません。椿木さんは構わず攻撃を。サポート組、支援をお願いいたします……!」
 頷いた旭矢が爆炎を吐き、挟み込むように火炎の剣と無尽の花びらが天使たちを弾いた。
「突入に成功。しかし敵陣は強固だ。分断は難しイな。どうすル?」
「なに。弾除けが増えただけでも意味はあるさ。さあ、愉しもうぜ?」
 眸と陣内を先頭にサポート組が包囲球の中へと雪崩れ込んでくる。
 開戦のファンファーレは鳴り終わった。ここからは、全力の激突だ。

●戦場の合奏
 機械天使の翼が輝き始めた時、無数のナイフがその肢体を貫いた。体中の関節を射抜かれ、一体が力なく落ちていく。
『ルナ8、ダウン』
「御覚悟下さいまし……と、言うのが遅れましたわ。どうにも、敵の方が弱いのに、慣れませんわね」
 千鶴夜がそう言い終わる間には、後方で黒の刃が一閃。身に帯びた白布ごと、少女めいた体が袈裟懸けに断ち割られる。
「加護を断つまでもなしかよ……そもそも呪縛を重ねるまでほとんどもたねぇぜ、こいつら」
『ルナ1、ダウン』
 綾鷹の言う通り。グラビティブレイクで加護を破ると、それがとどめになってしまう。
「こりゃあいいな! 呪縛を重ねる戦術より、素の威力が大事な闘い! 俺向きだ!」
「ハハハ! 冷たい音色だ! まるでキオノスみたいだな! 熱くなる音色でも奏でてもらおう!」
 デリックは機械天使に圧し掛かり、降魔真拳でそのまま大地へと叩きつける。ケオは高く笑いながら跳躍して、空を舞う一体を稲妻突きで串刺しにしている。
『ルナ11、ルナ16、ダウン』
 だが六体を墜とされてもなお、敵は未だ十二体。その数こそが脅威。
 周囲全てを死に導く零下の輝きが、一斉に戦場を凍てつかせていく。舌を打った二人の肌を冷気が斬り裂き、噴き出る血さえ凍りつく。
 しかしこちらも、攻め手を支える者がいる。
「闘いの基本は数……一人ならば手こずったでしょうね。ウォーターハウスさんらは中衛を。私が前衛を担当いたします」
「了解した。続けて指示を頼むぞ……!」
 樒の指示に、アメリアが後ろを振り返る。付き従うように支援に入るリリーとフローネが、共に癒しと解呪に入っていた。
「任せて! ミッション破壊作戦でワガママ聞いて貰った恩を返すわ!」
「ここにこれ以上、敵をのさばらせはしません! アメジスト・ドローン! お願い!」
 重なり合う癒しの輝きの中、樒は僅かに苦笑を漏らして治癒の電磁波を放つ。
「これでは偵察戦というより、医療部隊の指揮経験を積みに来たかのようですわね……」
 その援護で凍傷を塞ぎ、白い霞から飛び出すのは、三日月と旭矢。
「後方援護は厚い……今は後ろを気にする必要はないな。攪乱する! 椿木殿、続いてくれ!」
 そう言うや否や、双刃が煌めいた。幾重にも重なった一閃が、群がる敵を薙ぎ払い、その回路に氷結を走らせていく。先ほど燃え移った炎に視界を塞がれていた一体が、氷に絡み付かれて姿勢を乱した。
「炎を気にするのも結構だが……守りが薄いな。冬の雷は、怖いぞ」
 旭矢の指さした先に、稲妻が落ちる。胸倉を射抜かれて、また一体が粉々になって落ちていく。二人のジャマーは視線を交わして頷き合う。
 吹き荒れる嵐のような戦場。
 突進していく味方。撃墜される敵群。
 そんな中、あぽろは独り、湧きあがる違和感の中にいる。
(「さっきから攻撃の手が止まりかける……なんか、攻撃しちゃいけないような……知人を攻撃するみてーな……」)
 目の前に飛び込んで来た一体を、あぽろは月を断つ一閃で払い除けた。すぐさまポラリスとキオノスティヴァスがその一体に襲い掛かり、とどめを刺す。
 地面には、飛び散った無数の金属片。そこに混じる、艶やかな黄金の装飾。
(「こいつらの身に着けてる物……月、か? 駄目だ。考えるな!」)
 振り払い、空を仰ぐ。
 部隊の半壊した機械天使たちが、夕日の中で舞っている……。

「これで三体目だッ! ハハッ、気分がいい! 次も俺の獲物だ!」
「何を! 先に仕留めた方のものだ! 出し抜いてみろ! ……そう睨むなって、キオノス!」
 楽し気に手柄首を争うデリックとケオが、敵陣にどんどん斬りこんでいく。
「あの二人……さすがに生傷も多くなってきてるのに。自軍の優勢は傷を忘れさせるものなんだな」
 旭矢が言う。自分は予定通り、援護に徹すべきか。それとも再び攻撃に加わるべきか。
「この人数で怪我人など出せば、それは支援者の恥。最後まで堅実に参りましょう。手伝ってください。椿木殿はわたくしと共にあの二人を。月隠殿は……」
「わかっている。これはどうにも原理が掴めないから苦手なんだが、戦闘が早く終わるに越したことはない」
 樒の頼みに、三日月が頷く。
 すぐさま祝福の矢が弾け、分身が仲間を覆い、加護の爆炎が前衛を勢いづかせていく。
 サポートのステラが、更にそこに援護を重ねる。
「朋なる光輪に誓って余はみなを守る翼を広げるのじゃよ! ……あぽろ、大丈夫か?」
 潤沢な支援の中、攻撃手は思いのまま刃を振るい、弾丸を放っている。敵はすでに、四体まで数を減らしていた。
(「あの敵……あぽろを見た時のような感覚が、しなくもない……いや。今は、支えるのみだ」)
 朱里に支えられ、あぽろは頷いた。
「ありがと、二人とも。少し落ち着いた……ああ。奴らはただの量産された機械だ。いつも通り戦って、違和感纏めて消し飛ばすッ! それでいい!」
 雄叫びと共に指を鳴らせば、再び落ちる赤光の陽。爆音と共に薙ぎ払う力は、十六体を相手に放った時とは段違いの威力を見せた。光の柱に呑み込まれるように、二体の天使が砕けた破片と化す。
 辛うじて踏みとどまったのは、二体。
『ルナ13、ルナ4、ダウ……』
 もはや聞きなれた電子音が、黒い弾丸にかき消される。
「貴女もですわ、慌てん坊の天使さん。世界の終末には未だ早かったようですわね」
 黒影弾の影もまだ残る銃口を、千鶴夜が残る一体へと翻した瞬間。最後の機械天使の体が、見えぬ斬撃を打ち込まれたが如く、四散した。
 落ちてきたコインを受け止めて、刀をしまうのは、綾鷹。
「これにてお仕舞……と。やれやれ、面倒くさい奴らだった」
 ため息と共に見上げれば、すでに日は沈んでいる。
 死を告げる天使の影は、消えていた。

●静謐の勝利
 戦場は落ち着きを取り戻した。遠くに響く戦闘音は、ミッション部隊が敵を撃破している音だろう。それも、やがて落ち着きつつある。彼らの帰還を襲う者は、もういない。
「戦闘不能者はゼロ。本隊もサポートも、サーヴァントにもだ」
 リリー、フローネと共に、仲間をヒールして回ったアメリアが、そう報告する。
「当たり前か……騎馬武者と足軽が正面からぶつかり合ったようなものだからな。結局は連中、十分と持たなかった」
「先手は逃したけど、激突した時点でほぼ同数だもんな。サーヴァントを含めれば、むしろこっちが多かったし。俺は楽で、良かったけど」
 三日月と綾鷹が頷き合う。
 結果は、片隅で話し込んでいた陣内と眸が、少し暴れすぎたかとばつが悪そうにするほどの圧勝だった。
「いやいや! 良い闘いだった! 前のめりなのは気持ちいいな! ただ……先手を取るにはどうしたら良かったかな! 私にはさっぱりだ!」
 ケオはそう言ってけらけらと笑う。
「失敗したわけじゃないだろ。向こうだって先手は取れなかった。いい結果だったんじゃないか? あと一工夫で奇襲も成功しそうだったしな」
 応えたのは、デリック。闘いの熱も冷め、心地よさげなため息を落とす。
 そう。失敗は何一つない。浸透して敵にぶつかるだけなら、完璧だ。ただ敵の裏をかくには、警戒に力を入れ過ぎた。
 千鶴夜が、ポラリスを撫でて口を開く。
「今回はウォンテッドを用意していましたが……敵は部隊を伏して哨兵を立てていました。他の量産型は不明ですが、敵を見失わぬための能力より、先に敵の位置を探る工夫が活きそうですわね」
 現場のヒールを終えて戻ってきた樒が、言う。
「隠密気流があっても、近距離に多人数が動いていれば見付かる可能性は高くなります……連携できる狭い範囲なら手分けして潰す、くらい攻めの姿勢でも良かったかもしれませんね」
 戦術を話し込む皆から少し離れて、旭矢がバラバラに散った破片を探っている。
(「……ダモクレスとはいえ、遺体を荒らすようだが……悪いな」)
 その手の内には、スパークして焼け焦げた小さな回路の破片。しかし、彼が探す記憶媒体のようなものは見当たらない。
「闘いながらデータを送信しているのか、遠距離から観測する手段があるのか……」
 旭矢が顔をあげると、黄金の月の欠片を手に持ったあぽろが、目に入った。
「月……か」
 朱里とステラが傍で見守る中、その呟きは、冷風の中に散る。

 番犬たちはその日、四日市コンビナートに潜む敵部隊を一つ、殲滅した。
 だがそれは、日本全土で攻勢に出たダモクレスたちの、ほんの一角。一軍団の中の更に一部隊に過ぎない。
 大攻勢を続けるダモクレスたちは、まだまだ次の手を繰り出してくるだろう。
 全土を覆う襲撃の嵐の中、番犬たちが次に赴く戦場は、果たして……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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